■モリアーティ秘録 上/キム・ニューマン 2019.9.2
キム・ニューマン著 『モリアーティ秘録 上』 を読みました。
本書は、4章からなり各章それぞれ独立した話しで構成されています。
いずれの章の話しも面白いのですが、何故か、ぼくにとっては読みにくい。
訳の加減か、原文のせいか。
とにかく読み終えるのに時間が掛かりました。
下については、考え中。
ここで挫折しても、物語に連続性はないのでいいのです。
では、少し長くなりますが、モリアーティ教授とラモン大佐の関わりについて拾ってみましょう。
ジェイムズ・モリアーティ教授とセバスチャン・モラン大佐
バーの背後の大きな鏡に映った自分を見ると、頬が嫌な赤い色に染まっていた。深紅の顔料よりも赤かった。拳は手すりを握り締め、白くなっていた。これで俺は、自分が「爆発する」直前らしい、と分かった。俺が時々「爆発する」のを、誰もまったく避けることはできない。たいてい、俺が「正気になる」と手錠を掛けられており、両目にあざを作った警官に挟まれている。その他の奴、もしくは奴ら、さもなくば御婦人は、病院に運ばれのに忙しくて告発できない。
「銃は持っているか、大佐?」
俺はよく質屋を使うし、実際に一族の銀器を質入れしていた。勲章を積んで掛け金を競り上げるし、自分の姉妹に客を取らせもするし(賛美歌を歌う年増女など誰も買わないだろうが)、英国海軍の魚雷の設計図だってロシアに売り飛ばす・・・・・・だが男の銃だけは不可侵なのだ。俺の銃はアングロ=インディアン・クラブに置いてあるのだが、油を差して包んで、分類した弾薬を詰め込んだ背嚢と一緒に、さくら材のケースに仕舞ってある。
「お前は連隊から抜けて、不名誉除隊という互いの恥辱を回避するため、上官の要請で退役した。・・・・・・たいていの賭博に耽溺しているが、性的行為、飲酒、動物を殺すこと、相手をカモにすることも好む。お前は生まれてこのかた、常に猪突猛進して失敗している。思うがままに盗んだり殴ったりするが、極めて危険な瞬間には不思議と冷静沈着で、そのおかげで他の人間なら死んでいたような状況を生き延びることができる。実のところ、お前が本当に耽溺しているのは、“危険”であり、恐怖である---死に直面した時だけ、生きていると実感するのだ。平然と悪事を行い、道徳規準を持たず、常に暴力的。現在は無収入だが、お前の趣味嗜好は定期的な資金の流入を必要とする。」
だが彼のお説教には我慢がならなかった。この手の話しは、親父からたっぷり一生分を喰らったからだ。
「俺の知らないこと教えてくれ」と俺は遮った・・・・・・。
教授は不意をつかれて不愉快そうだった。まるでそれまで誰も彼が喋っているところへ割り込んだことなどないかのようだった。彼は直ちに話しを中断し、頭を回してショットガンの銃口のような両眼を俺に向けた。
「バザーで経験したことがある。・・・・・・俺は前評判から、もっとましなショウを期待していたんだがな、“教授”」
彼は俺の顔を平手打ちした----湿った皮のような手で、素早く。
今度は、俺が不意を突かれた。
またしても顔が真っ赤になり、臨戦態勢に入ったのが自分で分かった。
モリアーティは目にも留まらぬ速さで動き、コートの裾が翻ると、ブーツの先が俺の股間、腹、胸を直撃した。気がつけば俺は椅子に深く座り込んでおり、衝撃のあまり痛いとは思わなかった。筋張った力強い両手が俺の両手首を肘掛けに押さえつけていて、身動きできない。生気のない顔が俺に近づけられ、俺の視界はあの両眼で一杯になった。
彼が言及した冷静沈着さが、俺に訪れた。そしてただじっと座って聞いているべきだと分かった。
「・・・・・・なんぴとたりと、私がその人物について、“すべて”を知ることなしにこの部屋に入ることはない。それは、密かに調査するという単純な手段で探し出せるのだ。・・・・・・公的な記録は簡単に得られる。だが、興味深い情報だけは、その人物の敵からもたらされる。私は奇術師ではない、モラン大佐。私は科学者なのだ」
「今を楽しめ」イートンでそう言われた。とにかく撃て、ジャングルでそう学んだ。思い切ってやらねば、なにも得られない。
モリアーティ教授は、常に彼女のことを“あのあばずれ”と呼ぶ。
モリアーティ教授は、部屋に人がいなくなるまで席に座ったままだった。
「ジェイムズ」演壇のステントは、メモ類をかき集めつつ陽気に言った。「健康そうなあなたに会えてよかった。今は、頬の血色がいいですよ。それでは、おやすみなさい」
教授は大敵に向かって頷いた。ステントは後ろのドアから出て行った。
モリアーティは席から動かなかった。動くことができるのだろうか、と俺は思った。
ステントは、数学者モリアーティの抹殺を企てた。彼は被害者がもうひとつの自我を持っていようとは疑いもしなかったのだ。それは不死身で慈悲のかけらもない、悪魔なのである。
『 モリアーティ秘録/キム・ニューマン/北原尚彦訳/創元推理文庫 』
キム・ニューマン著 『モリアーティ秘録 上』 を読みました。
本書は、4章からなり各章それぞれ独立した話しで構成されています。
いずれの章の話しも面白いのですが、何故か、ぼくにとっては読みにくい。
訳の加減か、原文のせいか。
とにかく読み終えるのに時間が掛かりました。
下については、考え中。
ここで挫折しても、物語に連続性はないのでいいのです。
では、少し長くなりますが、モリアーティ教授とラモン大佐の関わりについて拾ってみましょう。
ジェイムズ・モリアーティ教授とセバスチャン・モラン大佐
バーの背後の大きな鏡に映った自分を見ると、頬が嫌な赤い色に染まっていた。深紅の顔料よりも赤かった。拳は手すりを握り締め、白くなっていた。これで俺は、自分が「爆発する」直前らしい、と分かった。俺が時々「爆発する」のを、誰もまったく避けることはできない。たいてい、俺が「正気になる」と手錠を掛けられており、両目にあざを作った警官に挟まれている。その他の奴、もしくは奴ら、さもなくば御婦人は、病院に運ばれのに忙しくて告発できない。
「銃は持っているか、大佐?」
俺はよく質屋を使うし、実際に一族の銀器を質入れしていた。勲章を積んで掛け金を競り上げるし、自分の姉妹に客を取らせもするし(賛美歌を歌う年増女など誰も買わないだろうが)、英国海軍の魚雷の設計図だってロシアに売り飛ばす・・・・・・だが男の銃だけは不可侵なのだ。俺の銃はアングロ=インディアン・クラブに置いてあるのだが、油を差して包んで、分類した弾薬を詰め込んだ背嚢と一緒に、さくら材のケースに仕舞ってある。
「お前は連隊から抜けて、不名誉除隊という互いの恥辱を回避するため、上官の要請で退役した。・・・・・・たいていの賭博に耽溺しているが、性的行為、飲酒、動物を殺すこと、相手をカモにすることも好む。お前は生まれてこのかた、常に猪突猛進して失敗している。思うがままに盗んだり殴ったりするが、極めて危険な瞬間には不思議と冷静沈着で、そのおかげで他の人間なら死んでいたような状況を生き延びることができる。実のところ、お前が本当に耽溺しているのは、“危険”であり、恐怖である---死に直面した時だけ、生きていると実感するのだ。平然と悪事を行い、道徳規準を持たず、常に暴力的。現在は無収入だが、お前の趣味嗜好は定期的な資金の流入を必要とする。」
だが彼のお説教には我慢がならなかった。この手の話しは、親父からたっぷり一生分を喰らったからだ。
「俺の知らないこと教えてくれ」と俺は遮った・・・・・・。
教授は不意をつかれて不愉快そうだった。まるでそれまで誰も彼が喋っているところへ割り込んだことなどないかのようだった。彼は直ちに話しを中断し、頭を回してショットガンの銃口のような両眼を俺に向けた。
「バザーで経験したことがある。・・・・・・俺は前評判から、もっとましなショウを期待していたんだがな、“教授”」
彼は俺の顔を平手打ちした----湿った皮のような手で、素早く。
今度は、俺が不意を突かれた。
またしても顔が真っ赤になり、臨戦態勢に入ったのが自分で分かった。
モリアーティは目にも留まらぬ速さで動き、コートの裾が翻ると、ブーツの先が俺の股間、腹、胸を直撃した。気がつけば俺は椅子に深く座り込んでおり、衝撃のあまり痛いとは思わなかった。筋張った力強い両手が俺の両手首を肘掛けに押さえつけていて、身動きできない。生気のない顔が俺に近づけられ、俺の視界はあの両眼で一杯になった。
彼が言及した冷静沈着さが、俺に訪れた。そしてただじっと座って聞いているべきだと分かった。
「・・・・・・なんぴとたりと、私がその人物について、“すべて”を知ることなしにこの部屋に入ることはない。それは、密かに調査するという単純な手段で探し出せるのだ。・・・・・・公的な記録は簡単に得られる。だが、興味深い情報だけは、その人物の敵からもたらされる。私は奇術師ではない、モラン大佐。私は科学者なのだ」
「今を楽しめ」イートンでそう言われた。とにかく撃て、ジャングルでそう学んだ。思い切ってやらねば、なにも得られない。
モリアーティ教授は、常に彼女のことを“あのあばずれ”と呼ぶ。
モリアーティ教授は、部屋に人がいなくなるまで席に座ったままだった。
「ジェイムズ」演壇のステントは、メモ類をかき集めつつ陽気に言った。「健康そうなあなたに会えてよかった。今は、頬の血色がいいですよ。それでは、おやすみなさい」
教授は大敵に向かって頷いた。ステントは後ろのドアから出て行った。
モリアーティは席から動かなかった。動くことができるのだろうか、と俺は思った。
ステントは、数学者モリアーティの抹殺を企てた。彼は被害者がもうひとつの自我を持っていようとは疑いもしなかったのだ。それは不死身で慈悲のかけらもない、悪魔なのである。
『 モリアーティ秘録/キム・ニューマン/北原尚彦訳/創元推理文庫 』