BELOVED

好きな漫画やBL小説の二次小説を書いています。
作者様・出版社様とは一切関係ありません。

誠食堂ものがたり 第三話

2024年10月11日 | 薄桜鬼 現代パラレル二次創作小説「誠食堂ものがたり」


「薄桜鬼」の二次創作小説です。

制作会社様とは関係ありません。

二次創作・BLが嫌いな方はご遠慮ください。

「どうした、トシ?浮かない顔して?」
「いや、何でもない。」
「公園で見かけたあの子の事が気になっているんだろう?」
「どうして、そんな・・」
「何年、お前と暮らしていると思っているんだ?」
「敵わねぇな、あんたには。」
「あの子は、児童養護施設に引き取られたそうだ。」
「そうか。そこではちゃんと、飯食えているのかな?」
「そうだと思いたいな。」
勇はそう言って溜息を吐きながら、無料弁当の仕込みを終えた。
「コラ、教室から出て行かない!」
「先生、また沖田君が・・」
二人が営む食堂の近くにある小学校で、一人の少年は今日もまた癇癪を起こして学校から飛び出していった。
「沖田君、待ちなさい!」
結局少年―総司は、施設のスタッフに引き取られていった。
「全くもぅ、こんなに散らかして!少しは片付けようとか思わないの!?」
「ごめんなさい・・」
「さっさと片付けなさい!」
総司は俯きながら、散らかった物を机の上から片付け始めた。
「あの子は一体、どういうつもりなのかしら?」
「本当よね。やっぱり、あんな親に育てられたんじゃぁねぇ・・」
「あのままじゃ、誰も・・」
物心ついた頃から、父は居なかった。
母親は水商売をしていて、総司はいつも放っておかれた。
総司は、ADHD(注意欠陥・多動性障害)と、LD(学習障害)のひとつである、読字障害(ディスレクシア)を抱えていたが、彼も母親もわからなかった。
“あんたの所為で、あたしの人生滅茶苦茶よ!”
母の交際相手は、母と共に総司を殴った。
彼が死んで施設に入った総司だったが、そこは安息の地ではなかった。
“何で片付けないの!?”
“好き嫌いせずにちゃんと食べなさい!”
“もう、何でみんなと同じように出来ないの!”
小学校に転校した途端、総司は周囲に溶け込めず、いつも癇癪ばかり起こしていた。
“沖田君の字、変なの!”
“もう、ちゃんとみんなと同じように書きなさい!”
(どうして、僕だけ怒られるの?)
総司は、まるで出口の見えないトンネルの中を歩いているかのようだった。
「あ、沖田君また残している!」
「もぅ、駄目でしょう!」
食事の時間は、総司にとって最も苦痛な時間だった。
彼は感覚過敏で、聴覚と味覚が人一倍敏感だった。
だから、施設で出される食事は口に合わず、いつも残していた。
総司が食べられる物といえば、カップラーメンやレトルト、冷凍食品、スナック菓子などだった。
勉強が出来ない分、運動は得意だった。
スポーツ、特に週に一度市民会館で行われている剣道教室で汗を流していると、嫌な事を全て忘れてしまうのだった。
「一度精神科に診せた方がいいわね。」
「何を言っているの、沖田君はああいう“性格”なの!うちがちゃんとあの子を“躾け”れば、“治る”ものなの!」
「でも・・」
「いちいちあの子に構っている暇なんかないのよ!」
院長からそう言われ、スタッフの一人は黙るしかなかった。
そんな中、事件は起きた。
いつものように総司が食事を残していると、それを目ざとく見つけた院長が、彼を黒板の前に立たせた。
「ちゃんと反省するまで、ここに立っていなさい!」
「ギャ~!」
酷い癇癪を起こした総司は、そのまま食堂を飛び出し、自分の私物が入ったリュックサックを掴むと施設から出て行った。
行く当てもなく、総司は夜の街を彷徨った。
その日、東京を含む関東地方は大雪に見舞われていた。
雪が舞い散る中、総司は寒さに震えながら、ズボンのポケットから一枚の名刺を取り出した。
そこには、誠食堂の住所が書かれていた。
住所を頼りに総司が道を歩いていると、彼はゴミ捨て場に捨てられたハムスターケージを見た。
その中には、怯えた顔で自分を見つめているゴールデンハムスターが床材の中から現れた。
放っておけず、総司はハムスターケージを抱えて歩き出した。
「やっと終わったな、勝っちゃん。」
「あぁ。」
「俺、暖簾を外してくる。」
「わかった。」
暖簾を店の中へとしまおうとした時、歳三は店の前に何故かハムスターケージを抱えている少年が立っている事に気づいた。
「おい、大丈夫か?」
「助けて・・」
「トシ、どうした?」
「勝っちゃん、そいつを病院へ連れて行け!俺はハムスターを夜間の動物病院へ連れて行く!」
「あぁ、わかった・・」
少年を勇に任せ、歳三はハムスターを夜間診察してくれる動物病院へと向かった。
そこは良くレティシアを診てくれる所で、ハムスターなどの小動物を診てくれる所だった。
「この子は?」
「ゴミ捨て場に捨てられていたんです!」
「そうですか・・」
ハムスターは寒空の下長時間放置されていたが、内臓には異常なかった。
「最近多いんですよね、コロナ禍で在宅勤務が増えたから動物を飼って捨てる人が。犬猫もそうだけれども、ハムスターは生体の値段が安いから、子供の遊び相手にとかいう安易な理由で飼って捨てる人も多いし、学校で飼って面倒見れなくなって捨てる人が、ここ数ヶ月増えているんですよ。」
「ハムスターは夜行性だし、ストレスに弱いから学校では向いていないのに。」
「そうですよ。それに、動物をぬいぐるみとか何かと勘違いしている人が多いですよね。動物を飼うのをいっそ免許制にして、虐待したりしたら剥奪するというシステムにした方がいいと、僕は常々思っているんですよ。」
「本当にそうですね。」
「お宅は猫ちゃん飼われていますから、お部屋はちゃんと分けておかないといけませんね。」
「えぇ。」
歳三がキッチンカーでハムスターを連れて帰宅すると、先に帰宅していた勇が、リビングの隣にある部屋で、ペットショップで購入したハムスターの飼育用品を棚に整理していた。
「お帰り、トシ。」
「ただいま。勝っちゃん、あの子は?」
「あの子は、脱水症状を起こして入院中だ。養護施設の方が来て下さって、あの子が抱える実情をこのノートに書いて下さったんだ。」
「そうか・・」
それは、B5サイズの方眼ノートだった。
そこには、“総司君の取り扱い説明書”というタイトルがつけられていた。
中を開くと、そこには総司少年のこだわりや、得意な事や苦手な事が十ページにわたって詳細に綴られていた。
“大きな音(クラクションや学校のチャイム音、水洗トイレの音、赤ちゃんの泣き声)などが苦手です。”
“酸味が強い物(ネギ、キムチなど)、カレーライスが苦手です。”
”二つの事が同時に出来ません。“
“部屋の片づけが苦手です。”
“常に落ち着きがなく、自分の思い通りにならないとすぐに癇癪を起こします。”
それらを見た後、歳三は彼が発達障害なのではないかと疑った。
「トシ、どうした?」
「なぁ勝っちゃん、あの子うちで引き取れねぇか?」
「難しいな・・俺達は法的には、“結婚”していないからなぁ。」
「そうだな・・」
日本には、近年同性パートナーの結婚を認めようとしている動きが高まってきているが、“少子化に拍車がかかる”という反対意見もあり、未だ法改正には至っていない。
「まぁ、あの子が俺達の所に来たのは何かの縁だ。」
「あぁ・・」
数日後、歳三と勇は総司を精神科へと連れて行き、そこで知能検査を受けた。
「先生、あの子は・・」
「そうですね、こちらのノートを拝見する限り、総司君にはADHDの特性がありますね。母親の育児放棄と身体的・精神的虐待を受けて来たのは、その特性が原因だったのでしょうね。育児は定型発達の子でも大変なのに、発達障害を持つ子の育児は更に大変です。総司君はまだいい方で、中には成人して三十代や四十代となってから発達障害と判る方が多いんです。」
「そうなのですか・・」
その日の夜、勇と歳三は今後の事を話し合った。
「店をやりながら育児をするのは大変だぞ。」
「そうだが・・」
「一度、あの子が居た施設に行ってみよう。」
「あぁ。」

二人が店の定休日に総司が居た児童養護施設へ向かうと、六十代と思しき女性が二人を出迎えた。

「沖田君は、決して発達障害なんかじゃありません!あの子の“性格”は、こちらが厳しく躾ければ治りますから!」

院長の言葉を聞いた二人は、驚きの余り絶句した。
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誠食堂ものがたり 第二話

2024年10月11日 | 薄桜鬼 現代パラレル二次創作小説「誠食堂ものがたり」


「薄桜鬼」の二次創作小説です。

制作会社様とは関係ありません。

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「勝っちゃんは休んでいてくれ。」
「わかった。」
歳三は勇にそう言うと、奥の休憩室から出た。
「どうした、坊主?」
「あの、お弁当まだありますか?」
そう言って五百円玉を握り締めた小学校高学年位の少年は、季節は真冬だというのに、半袖だった。
「坊主、少し待ってな。」
歳三はそう言うと、厨房へ向かい、唐揚げ弁当を作り始めた。
「はいよ。お代は要らねぇ。」
「ありがとうございます!」
「学校は、どうしたんだ?」
「行ってません・・四月から。父さんは僕が小さい時に死んで、母さんはいつも夜遅くまで働いています。新しいお父さんは、一日中お酒ばかり飲んで寝てる・・」
少年はそう言うと、唇を噛み締めながら俯いた。
彼がその“新しい父親”から虐待を受けているのは明らかだった。
「坊主、何か困った事あったら、ここに電話しな。」
そう言って歳三が少年に弁当と共に渡したのは、自分のスマートフォンの番号が書かれたメモだった。
「ありがとうございます・・」
弁当を持って自分に向かって一礼した少年は、何処か悲しそうな眼をしていた。
「シ、トシ!」
「あ、済まねぇ、少しボーっとしちまって・・」
「大丈夫か?顔色が悪いぞ?」
「ちょっと・・奥で休んでくる・・」
「そうした方が良い。」
ランチのピークが過ぎ、ディナーの下ごしらえを勇に任せた歳三は、奥の休憩室で仮眠を取った。
「大丈夫か、トシ?」
「あぁ・・」
「少し熱があるな。」
勇はそう言うと、そっと歳三の額に掌を当てた。
「今日は俺一人で大丈夫だから、病院へ行った方がいいぞ?」
「あぁ、そうする・・」
歳三は店を早退して、病院へと向かった。
「風邪ですね。まだ寒さが厳しいし、余り無理しないで下さいね?」
「はい・・」
一週間分の薬を貰い、歳三は帰路に着く途中、公園であの少年を見かけた。
もうすぐ日が暮れようとしているというのに、少年はじっとブランコの上に座ったままだった。
一瞬歳三が声を掛けようとした時、少年の元に中年の男がやって来た。
男は、一言二言何か少年に言うと、拳で彼の頬を殴った。
少年は、男から殴られても顔色ひとつ変えず、とぼとぼとした様子で男の後ろについていった。
家で夕飯の支度をしていても、歳三はあの少年の事が気になってしまい、カレーを焦がしてしまった。
「済まねぇ・・」
「焦げたカレーも美味いぞ!」
「そ、そうか・・」
「今日は早く寝た方がいい。」
「わかった・・」
寝室のベッドで横になっていると、半分開いたドアの隙間から、レティシアが入って来た。
「何だ、俺を心配してくれているのか?」
歳三はそう言ってレティシアの頭を撫でると、彼女はゴロゴロと嬉しそうに喉を鳴らした。
「お休み。」
温かい布団の中で眠りながら、歳三はあの少年の事を想った。
彼はちゃんと、食べているのだろうか。
夜中の二時頃、遠くから消防車のサイレンが聞こえた。
「トシ、お前も起きたのか。」
「何があったんだ?」
「数軒先で火事があったそうだ。」
「そうか。」
火事の様子が気になった二人は、マンションから出て火元の家の方へと向かった。
「危ないから下がって!」
「ねぇ、あそこ沖田さんの所じゃない?」
「本当だわ、あそこ・・」
「またあいつ酒飲んで暴れたのよ、きっと。」
「男にだらしない母親を持った子供が可哀想ねぇ。」
近所の住民達がそんな事を話していると、燃え盛る家の中から遺体が入った袋を消防隊員が運び出していた。
「たっちゃん、たっちゃん!」
「危ないから、下がって!」
「いや~、たっちゃん!」
いつの間にか住宅街の前に停められていたタクシーの中から飛び出してきた水商売風の女が、金切り声を上げて髪を振り乱していた。
「家が火事だっていうのに、こんな時間まで・・」
「どうせまた、“お仕事”なんでしょう?」
「子供をほったらかしにして・・」
「総司君は?まさか・・」
「おい、あれ総司君じゃないか!」
消防隊員の一人に抱きかかえられながら、火傷を負ったあの少年が家の中から出て来た。
「・・何だ、生きてたの。あんたが死ねば良かったのに。」
母親が、押し殺したかのような声でそう呟いたのを、歳三は聞き逃さなかった。
母親ならば、子供が無事である事を手放しで喜ぶべきではないのか。
だが、世にはこの女のような、母性の欠片すらない者が居るのだ。
たとえば、子供にまるでペットの犬猫につけるかのような変な名前をつけたり、子供を己のアクセサリーのように着飾らせたりする、一部の親。
「トシ、帰ろう・・」
「あぁ・・」
歳三は、救急車に乗せられてゆく少年を見送ると、勇と共にその場を後にした。
「あの子、どうなるんだ?」
「母親があんな様子だと、施設行きだろうな。」
「そうか。」
「お前が気に病む事はない。それよりも、風邪を早く治さないと。」
「あぁ、そうだな・・」
キッチンカーが二人の元にやって来たのは、あの火事から数日後の事だった。
「どうだ、いいだろう?」
「あぁ・・」
歳三は、浅葱色にドクロのデザインがあしらわれたキッチンカーを見て、若干笑みを引き攣らせた。
「なぁ勝っちゃん、何でドクロにしたんだ?」
「いやぁ、格好良いだろ?」
「そうだな・・」
「キッチンカーも来た所だし、これから巡る所を決めないとな!」
そういえば、勇はドクロが大好きなのだという事を、歳三は今思い出した。
「熱、少し下がってきたな。」
「あぁ。」
「余り無理しないでくれよ。」
風邪を治した歳三は、その週の水曜日、勇と共に新しいキッチンカーで新宿へと向かった。
公園に着くと、他のボランティア団体がホームレスへの無料炊き出しをしていたが、歳三達のキッチンカーの前には温かい食べ物を求める人々が長蛇の列を作った。
「あと一時間でなくなるな。」
「あぁ。」
三百個用意していた無料弁当は、正午前には残り十個のみとなっていた。
「無料弁当いかがですか~?」
「とても美味しいですよ~!」
公園で炊き出しをしている歳三の姿を、千景は車の中から眺めていた。
「出せ。」
「かしこまりました。」
キッチンカーを勇が自宅マンションへ向けて運転していると、背後から一台の車がついて来ている事に気づいた。
「どうした?」
「あの車、さっきからこの車について来ているんだが・・」
「あやしいな。」
二人の車が交差点で信号待ちをしていると、彼らの車を尾行している赤いスポーツカーは、信号を無視して何処かへと消えていった。
「何だったんだ、あれ?」
「さぁ・・」
毎週水曜日、その赤いスポーツカーは二人のキッチンカーを交差点まで尾行し、去っていった。
「ったく、気味が悪いったらありゃしねぇ。」
「一度、警察に相談してみるか。」
勇は赤いスポーツカーに尾行されている事を警察に相談したが、まともに取り合ってくれなかった。
「事件が起きねぇと駄目か。」
「まぁ、今のところ危害が加えられていないし・・」
「そうだな。」
キッチンカーで炊き出しを勇達がいつものように公園でしていると、そこへ一人の少年がやって来た。
「唐揚げ弁当ひとつ、お願いします。」
「あいよ!」
歳三がそう言って少年の方を見ると、彼の左手には痛々しい火傷の痕があった。
(もしかして、この子は・・)
「ありがとうございました。」

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誠食堂ものがたり 第一話

2024年10月11日 | 薄桜鬼 現代パラレル二次創作小説「誠食堂ものがたり」


「薄桜鬼」の二次創作小説です。

制作会社様とは関係ありません。

二次創作・BLが嫌いな方はご遠慮ください。


その食堂は、東京の都会の、片隅にひっそりと佇んでいた。

浅葱色に「誠」の字を白く染め抜いた暖簾が目印で、店の中に入ると、壁一面にメニューが貼られていた。
この食堂の一番人気のメニューは、女将手作りの沢庵が添えられた、「塩むすび定食」である。
一見地味でありながら、海苔のパリっとした食感と、ホカホカで美味しい白米との相性が抜群なのだ。
これを目当てに毎日来る客も居て、店はそれなりに賑わっていた。
「トシ、チキン南蛮定食上がったぞ!」
「はいよ!」
店を切り盛りするのは、白い割烹着姿が眩しい、女将の土方歳三と、その夫の近藤勇である。
元々は大手飲食チェーンで勤務していた二人であったが、会社員生活に早めに終止符を打ち、コツコツと貯めていた金で駅前から少し離れた路地裏に、自分達の“城”を建てたのだった。
「なぁ、こんな所でいいのか?駅前のガード下だったら、もっと客が・・」
「あそこは集客が見込めるが、ここだと家賃が向こうより安いしいざという時に助かるだろ。」
「へぇ・・」
最初は勇の言葉に歳三は疑問を持っていたが、やがてコロナウィルス感染拡大により、飲食店は軒並み営業自粛を強いられるようになり、駅前の飲食店は高額な家賃が払えず、次々と閉店していった。
しかし、路地裏の近藤達の店は、そのあおりを受けなかった。
だが、外出自粛を含む「緊急事態宣言」が発令され、店は閑古鳥が鳴くようになり、一時期勇は店を閉めようかどうか悩んでいたのだが、歳三が、“宅配やテイクアウト中心に暫くやってみないか”と提案を出し、店の経営は徐々に開店当時の活気さを取り戻しつつあった。
営業時間は、午前八時から、午後十時まで。
酒類の提供は店主の意向で一切せず、モーニングとランチ、ディナーのみでやっている。
「ふぅ、忙しかった。」
モーニングの提供時間を終え、歳三は溜息を吐いて店の裏で煙草を吸った。
この店を二人でやらないかと勇から言われたのは、四年前のクリスマス・イヴだった。
『会社を辞めて、どうするんだ?』
夕食にワインを飲みながら、歳三が勇にそう尋ねると、彼は溜息を吐いた後、“もう今の仕事が嫌になった”とこぼした。
外食チェーン企業に二人が就職して、もう四年目を迎えようとしているが、毎日十六時間労働と過酷なノルマ、そして上司からのパワー・ハラスメントに耐える日々を送っていた。
勇は、学生時代の溌溂さが消え、いつも死んだ魚のような目をしていた。
“良いんじゃねぇか、あんな会社に義理立てする意味なんてねぇよ。それに、このままだとあんた死んぢまうぜ?”
“ありがとう、トシ。”
それから勇は会社を退職し、歳三は彼が退職した二月後に会社に退職届を出した。
『本当に辞めるのかね?君は若手のホープとして期待していたというのに、残念だよ。』
“短い間でしたが、お世話になりました。”
散々社員をこき使い、苛めておいて、辞めるとなると急に媚びて社員を引き留めようとする会社には、もう未練など残っていない。
晴れ晴れとした気持ちで会社から出た歳三は、天を仰いで溜息を吐いた。
その後、不動産業者と共に店舗の物件探しに奔走し、今の物件を見つけたのだった。
「トシ、朝から働いて疲れただろう?ランチまでまだ時間があるから、少し家に戻って休んだらどうだ?」
「あぁ、そうするよ。ランチの仕込みももう終わっているしな。」
歳三はそう言って店の裏口から外に出て、近くの駐輪場へと向かった。
そこに停めていた自転車に跨った彼が向かったのは、店から片道十分位かかるマンションだった。
ここの六階に、歳三と勇は暮らしている。
以前住んでいたのは、会社から二駅分離れたマンションに住み、毎朝満員電車に揺られていたが、店を始めてからはそこを引き払い、ストレスフリーの生活を送っている。
マンションのエントランスでオートロックを解除した後、歳三はエレベーターで六階の部屋へと向かった。
「ただいま~」
歳三がそう言いながら玄関先で靴を脱いでいると、カリカリという音がリビングの方から聞こえて来た。
彼がリビングのドアを開けると、一匹の美しい毛皮を持った猫が、甘えた声を出しながら歳三の足元に擦り寄って来た。
「そんなに甘えて、俺に会いたかったのか?」
歳三はそう言って屈むと、愛猫の頭を撫でた。
彼女は、保護猫カフェで会って、勇と共に一目惚れした子だった。
コロナ禍で、“暇潰しに”ペットを飼い、“思っていたのとは違う”、“懐かないから要らない”と、身勝手な理由で動物を捨てる人が増えている。
歳三は幼少の頃から、いつも周りには動物が居て当たり前の生活を送っていたし、最期まで彼らの面倒を見ていた。
動物を「家族」として迎えるのなら、それは当然の事であり、飼い主として当然の務めだと思っていた。
だから、動物の命をまるで汚れた食器や壊れたゲーム機か何かのように捨てる人間が許せなかったし、理解したくもなかった。
勇と相談し、彼女―“レティシア”がこの家にやって来たのは、昨年の暮れの事だった。
「今ごはんやるからな、待ってろよ。」
歳三がそう言うと、彼女はまるで彼の言葉が解るかのように、嬉しそうに鳴いた。
愛猫が美味そうにご飯を食べている姿を見ながら、歳三も少し遅めの昼食を取った。
といっても、前日の売れ残った弁当なのだが、捨てるよりは良い。
「ご馳走様でした。」
歳三はそう言って胸の前で合わせると、食べ終わった弁当の容器と、レティシアの餌皿を軽く洗った後、少しこたつに入って休んだ。
年明けのような厳しい寒さではないが、まだ一月という事もあり、肌寒い日が続いていた。
そろそろ戻ろうかと歳三が思っている時、不意にこたつの上に置いてあったスマートフォンがけたたましく鳴った。
「勝っちゃん、どうした?」
『トシ、うちの弁当に虫が入っているという苦情が来て・・』
「わかった、すぐ行く!」
歳三は慌てて部屋から出て自転車で店へ戻ると、そこにはスマートフォンを振りかざしているパーカー姿の男が、周囲を威嚇するかのように大声で怒鳴っていた。
「てめぇ、何こんな物売ってんだ?」
「申し訳ありません・・」
周囲の客達は、ヒソヒソとそのクレーマーの方を時折見ながら、『あれ絶対わざとだよね?』と囁き合っていた。
「お客様、このお弁当はいつ購入されましたか?」
「二日前だよ!」
「あれ、おかしいですね?うちのお弁当は、いつも作り置きはしてない筈なんですが・・それに、このカメラには、あなたが何かをうちの“お弁当”に入れている姿が映っているんですけれど?」
 歳三はそう言うと、男にこの店の監視カメラの映像を見せた。
「そ、それは・・」
「警察、行きましょうか?」
「すいません・・」
男は歳三の通報を受け、駆け付けた警察に逮捕された。
「トシ、済まなかったな。」
「これ位、どうって事ねぇよ。」
歳三はそう言って勇に微笑むと、レジへと向かった。
「ありがとうございました~」
その日の夜、最後の客を送り出した後、歳三は暖簾を店の中へ入れた。
「はぁ、疲れた。」
「さてと、店じまいして帰るとするか。」
「おう。」
歳三達が店を出て帰宅した時には、もう午後十一時を回っていた。
「今日の売り上げは先月と比べて上がっているな。」
「まぁ、ほとんど宅配とテイクアウトだけどな。段々客足が戻って来たから、嬉しいぜ。」
「そうだな。それよりもトシ、そろそろ新しい事を始めないか?」
「新しい事?」
「あぁ。キッチンカーをやろうと思うんだ。店の定休日に、公園でホームレスの炊き出しをしようと・・」
「へぇ、いいじゃねぇか。弁当は店の厨房で作るんだろう?」
「ああ。今、食事も満足にできない人が沢山居る。それに、店が一番大変だった時に、支えてくれたのは常連さん達だった。だから、今度は俺がみんなに恩返しをしたいんだ。」
「いいじゃないか。」
「キッチンカーは、知人から一週間後に譲り受ける事になっていて、保健所の許可も下りている。」
「そうか。となると、あとは弁当の値段だな?」
「店で出しているものと同じだから、三百円前後で出せると思う。」
「なぁ、思い切って百円にしねぇか?あ、それよりも無料で出さねぇか?三百円だと高いだろ?」
「そうだな・・」
それから二人は、一晩中キッチンカーの事について語り合った。
「おはよう、トシ。」
「おはよう、勝っちゃん。」
翌朝、歳三と勇は二人で並んで台所に立って朝食を作った。
今日は、週に一度の定休日だ。
「なぁ、来週からキッチンカーするんだろ?弁当のメニューはどうするんだ?」
「塩むすび弁当はどうだ?あれなら単価が安いだろう?」
「そうか。」
翌日、歳三が店の厨房でキッチンカー用の弁当を作っていると、店の引き戸がガラガラと大きな音を立てて開き、白いスーツ姿の男が中に入って来た。
「すいません、まだ準備中で・・」
「急に会社を辞めたかと思ったら、こんな所に居たのか、歳三。」
「てめぇ、ここには何しに来やがった?」
「貴様を口説きに来ただけだ。」
白スーツの男―風間千景は、塩が入った壺を握り締めて自分を睨みつけている元恋人を見た。
「帰れ!」
「フン、強情なのは昔から変わらないな。」
「てめぇの顔なんざ見たくもねぇ!」
歳三は塩が入った壺をカウンターに置くと、奥から沢庵を取り出し、それを千景の顔に叩きつけた。
「・・また来る。」
「畜生、てめぇに出す飯はねぇ!」
沢庵塗れの白スーツ姿の主を見た千景の秘書・天霧は、また彼が何かを“やらかした”のだとわかった。
「“覆水盆に返らず”ですよ、風間。」
「うるさい、出せ。」
「・・かしこまりました。」
天霧は溜息を吐きながら、店の手前にある道路に停めていた車のエンジンを掛けた。
「いらっしゃいませ~」
「塩サバ定食、ひとつ!」
「はいよ!」
店が開き、モーニングには出勤前に腹ごしらえをしようと、サラリーマンやOLが次々とやって来た。
「ご馳走様でした!」
「また来てくださいね!」
「あ、お弁当の注文、お願いします!」
「はい!」
コロナ禍でテレワーク(在宅勤務)となる企業が多い中、テレワークが出来ない接客業や教師、配達業者などがランチ時に店にやって来ては弁当を注文するので、漸く歳三達が遅めの昼食を取れるようになったのは、昼の二時位だった。
「なぁ、キッチンカーが届くのは明日なんだが、これから店と同時進行で進めるのは、少し難しいかもしれないな。」
「あぁ。定休日にやるとしても、一日中やる訳にはいかねぇな。ちゃんと時間を決めねぇとな。」
そんな事を二人が話していると、店の入り口の方から子供の声が聞こえて来た。
「すいませ~ん、誰か居ませんか!?」
(何でこんな時間に子供が?)
「トシ、どうする?」

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