BELOVED

好きな漫画やBL小説の二次小説を書いています。
作者様・出版社様とは一切関係ありません。

蓮姫 1

2023年12月09日 | FLESH&BLOOD 異世界ファンタジーパラレル二次創作小説「蓮姫」
「FLESH&BLOOD」の二次小説です。

作者様・出版社様は一切関係ありません。

海斗が両性具有設定です、苦手な方はご注意ください。

二次創作・BLが嫌いな方はご注意ください。

「カイト、カイトは何処なの!?」
「奥様、何かありましたか?」
「この花壇の花、枯れているから全部抜いて頂戴!」
「はい・・」
「辛気臭い顔を、これ以上見せないで!」
「わかりました・・」
東郷海斗は寒空の下、花壇の花を黙々と引き抜いていた。
「ちょっと邪魔よ、退きなさい。」
「はい。」
海斗が俯いている顔を上げると、そこには彼女の雇用主の娘・リゼルとその取り巻きの姿があった。
リゼル達の姿が見えなくなると、海斗はリゼルに対して頭の中で悪態を吐いた。
(クソ、さっさと金が貯まったらここから出て行ってやる!)
海斗がホテルのメイドとして働き始めたのは、彼女が居た孤児院が火事に遭った時からだった。
安住の地をなくした海斗は、住み込みで働ける場所を探した末に、現在のホテルに辿り着いた。
このホテルでメイドして働いて、もうすぐ四年目となるが、給料が低い上に朝から深夜まで働き詰めの毎日を送っていた。
キツイ仕事の他に、海斗はホテルのオーナーであるアンジェリンと、その娘であるリゼルに毎日雑用を押し付けられていた。
傲慢と高慢さを持った二人にこき使われた海斗の怒りが爆発したのは、その日の夜の事だった。
「俺は何も盗んでいません!」
「嘘おっしゃい、わたしはお前がエプロンのポケットにダイヤの指輪を入れたのを見たのよ!」
海斗は盗みの疑いを掛けられ、エプロンのポケットを裏返したが、何も出て来なかった。
「あら、わたしの勘違いだったみたいね。」
「ふざけるな、人を泥棒扱いしてそれだけで済ますのか!これ以上あんた達に振り回されるのはうんざりだ!」
海斗はそう叫んでアンジェリンに退職届を叩きつけると、そのまま荷物をまとめてホテルから出て行った。
これからどうしようか―海斗がそう思いながら石畳の道を歩いていると、一台の馬車が彼女の前に停まった。
「お前が、俺の花嫁か?」
「え・・」
「俺と共に来い。」
訳が分らぬまま、海斗は馬車の中へと引き摺り込まれた。
「一体何なの、あんた、誰?」
海斗はそう言うと、自分を馬車の中へと引き摺り込んだ男を睨んだ。
その男は金髪碧眼で、かなりの美男子だった。
それに、豪奢な服の上からでもわかる程の美しい筋肉の持ち主だった。
「俺はジェフリー=ロックフォード、お前の夫になる男だ。」
「はぁ?」
馬車に揺られ、海斗が謎の男と共に向かったのは、美しい白亜の屋敷だった。
「ここは?」
「俺の家だ。」
「え?」
「詳しい話は中で話そう。」
「うん・・」
海斗が男と共に屋敷の中へと入ると、奥から一人の男がやって来た。
「ジェフリー、遅かったな、その子は?」
「ナイジェル、その子は俺の“蓮姫”だ。」
「“蓮姫”だと?」
右目に眼帯をつけた男は、そう言った後海斗を睨んだ。
「お前、幾つだ?」
「もうすぐ十八になります。」
「家族は?」
「居ません。」
「そうか。仕事はどうした?」
「さっき、辞めて来ました。あの、俺はこれからどうすれば・・」
「お前、名は?」
「海斗です。」
「家事は出来るか?」
「はい。」
「そうか。カイト、急で申し訳ないが夕食の支度を手伝ってくれないか?」
「わかりました。」
右目に眼帯をした男はナイジェルと名乗り、海斗を厨房へと案内した。
「俺の事はナイジェルと呼んでくれ。」
「ナイジェルさん、“蓮姫”って何ですか?」
「それはジェフリーからお前に話してくれるだろう。」

そう言って俯いたナイジェルは、少し気まずそうな顔をしていた。

「ジェフリー、話がある。」
「何だ?」
「あの子に、“蓮姫”の事を話していないのか?」
「あぁ。」
「言っておくが、俺はあの子に教えるつもりはないからな。」
ナイジェルはジェフリーの書斎に夕食が載ったトレイを置いた後、厨房へと戻っていった。
そこでは、海斗が鍋の油汚れを必死に取ろうとしていた。
「何をしている?」
「この汚れ、中々落ちなくて・・」
「レモンの皮を使え。」
「わかりました。」
「仕事は何をしていた?厨房での仕事ぶりを見たが、手際が良かったぞ。」
「ホテルで働いていました。オーナーから散々こき使われた挙句、泥棒扱いされて堪忍袋の緒が切れて辞めました。と言っても、俺の財産は旅行鞄ひとつだけ。」
「困り果てていた所を、ジェフリーが拾った、という訳か。」
「はい・・」
「ナイジェル、カイトを少しかりたいんだが、いいか?」
「構わないさ。」
海斗が厨房から出てジェフリーと共に書斎へと向かうと、彼は一冊の本を本棚から取り出した。
「それは?」
「“蓮姫”について書かれた本だ。」
「“蓮姫”?」
海斗が本を開くと、そこには裸の男女が様々な体位で愛し合う絵が載っていた。
「これは・・」
「余り俺の方から教えたくなかったんだが・・“蓮姫”は、運命の相手と巡り会うと、その相手に“蜜”を与える伝説の存在だそうだ。」
“蜜”の意味がわかった海斗は、顔を赤く染めて俯いた。
「じゃぁ、俺があなたの・・」
「そういう事になるな。」
ジェフリーはそう言うと、海斗の唇を塞いだ。
その直後、乾いた音が書斎に響いた。
「どうした、ジェフリー、その痣は?カイトは何処に行った?」
「・・何も聞くな。」
海斗は屋敷から飛び出し、街の中を歩いていた。
(いきなりキスするなんて有り得ないだろ!)
ジェフリーの頬を叩いた後、彼女は気まずくなって屋敷から飛び出したものの、行くあてがなかった。
あのホテルに戻りたくはないが、この不景気の中簡単に仕事が見つかる訳がない。
これからどうしようか―そんな事を考えながら海斗が街を歩いていると、一人の男とぶつかった。
「あ、ごめんなさい・・」
「怪我は無いか?」
そう言いながら海斗に手を差し伸べたのは、美しい翠の瞳を持った男だった。
彼は、黒地に銀糸の刺繍が施された軍服を着ていた。
「あなたは・・」
「カイト、こんな所に居たのか!」
ナイジェルはカフェの前で見知らぬ男と話している海斗の姿を見つけた。
「ナイジェル・・」
「この男とは知り合いなのか?」
「ううん、彼とは初対面だよ。」
「ジェフリーがお前の事を心配している、一緒に帰ろう。」
「うん、わかった。」
「待ってくれ!」
ナイジェルと共に海斗が屋敷への道を歩き出そうとした時、黒い軍服の男が突然海斗の腕を掴んだ。
「カイトから離れろ。」
「ほう?わたしとやる気か?」
黒い軍服の男は、そう言うと腰に帯びている長剣へと手を伸ばした。
「カイト、下がっていろ。」
「でも・・」
「往来の真ん中でそんな物騒なものを振り回すとは感心しないね、セニョール?」
美しい金髪をなびかせ、そう言いながらナイジェルと男との間に割って入ったのは、ジェフリーだった。
「貴様は、あの・・」
「何だ、俺を見てそんなに驚く事はないだろう?」
口元に笑みを浮かべながらジェフリーが腰に帯びていた長剣を抜いた瞬間、男が長剣の切っ先を彼に向けて来た。
「何をしやがる!」
「こんな田舎で暮らしている間に、剣の腕が鈍ったのか?」
「抜かせ!」
突然始まった二人の戦いを、周囲に居た者達は興味深そうな様子で遠巻きに見つめていた。
「カイトに何の用がある?」
「彼女は、わたしの妻となる。故に、わたしが王都へと連れて行く。」
「馬鹿な事を!」
ジェフリーはそう叫ぶと、男の向う脛を蹴飛ばした。
「カイト、ナイジェル、逃げるぞ!」
「待て!」
脱兎の如く駈け出したジェフリー達を男は慌てて追い掛けようとしたが、彼らの姿は何処にもなかった。
「ビセンテ様、こちらにいらっしゃったのですね!」
「レオ。」
糖蜜色の髪を揺らしながら男の元へとやって来たのは、一人の少年だった。
彼の名は、レオナルド、男―ビセンテの小姓である。
「お姿が見えないので、心配していたのですよ!」
「済まない。チュロスを買ってやるから、許してくれ。」
「もう、僕を子供扱いして!」
「待ってくれ、レオ!」

慌ててレオの後を追いかけたビセンテは、暫くこの町に滞在する事を決めた。
そう、あの美しい赤毛の女神を妻として迎えるその日まで。

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茨の檻 第1話

2023年12月09日 | FLESH&BLOOD 昼ドラオメガバースパラレル二次創作小説「茨の檻」
「FLESH&BLOOD」の二次小説です。

作者様・出版社様は一切関係ありません。

海斗が両性具有設定です、苦手な方はご注意ください。

二次創作・BLが嫌いな方はご注意ください。

その日は、土砂降りの雨が降っていた。

―可哀想に、奥様あんなにお若いのに・・
―これから、どうなさるのかしら?
参列者達がそう囁き合う声を、東郷海斗は聞きながら俯いていた。
「カイト。」
「ジェフリー、来てくれたんだ・・」
「お前の事が心配で、来たんだ。」
「ありがとう・・」
海斗がジェフリーと話していると、遠くから彼女を呼ぶ声が聞こえて来た。
「ごめん、そろそろ行かないと・・」
「あぁ、後でな。」
海斗は夫の葬儀を終え、弔問客達への挨拶に追われていた。
「海斗さん、ちょっといいかしら?」
「はい・・」
姑に連れられ、海斗が向かった部屋には、赤子を抱いた男性の姿があった。
「初めまして、奥様・・」
彼が“何者”なのか、海斗は第六感でわかった。
「こちらの方は、鈴木光さん。正孝さんの愛人だった方よ。まぁ、光さんが念願の跡継ぎを産んでくれたから・・」
「わたしは、お役御免という訳ですか。」
「話が早くて助かるわぁ。」
姑はそう言って笑うと、背後に控えていた自分の秘書に目配せした。
すると彼は、海斗の私物が入った旅行鞄を彼女に手渡した。
「今まで、お世話になりました。」
海斗は左手薬指に嵌めていた指輪を外し、それをテーブルの上に置くと、そのまま部屋から出て行った。
(まぁ、こうなるっていう事は、わかっていたんだよね。)
婚家を後にした海斗は、土砂降りの雨の中、傘もささずに歩きながら、夫と過ごした短い結婚生活を思い出していた。
海斗の実家である東郷家と、婚家であった榎木家は、利害関係の一致と、それぞれの子供達の“第二性”による強い繋がりにより、結ばれた関係だった。
“第二性”は、本来の性別に加えて、甲種(アルファ)、乙種(ベータ)、丙種(オメガ)というものだった。
王侯貴族や資産家、富裕層の大半を占める甲種、商人や弁護士、医師、聖職者などの専門職に就いている者や、一般市民など、人口の大半を占める乙種、そして、性産業―娼婦や男娼などに就いている丙種が、“第二性”と呼ばれるものだった。
甲種と丙種の間には、番という、強力な関係が存在した。
それは、家族や夫婦といった関係上に深いものだった。
一度結ばれた甲種と丙種の番関係は、死ぬまで続くものだった。
海斗は、丙種として産まれ、榎木家嫡子である甲種の正孝と、双方の親達の承諾の下、“番”となった。
名門侯爵家の令嬢であった海斗は、伯爵家次期当主となる正孝と、薔薇色の結婚生活を送れると、幼い頃は信じていた。
だが今は、愛人と姑から婚家を追い出され、行く当てもなく雨の中を彷徨っていた。
寒さに震えながら、海斗は一軒のカフェに入った。
「いらっしゃいませ。」
全身ずぶ濡れの海斗を見た店員は、さりげなくタオルを彼女に手渡した。
「どうぞ。」
「頼んでいないけれど?」
「今日は、今年一番の寒さですから、これで身体を温めて下さい。お店からのサービスです。」
「ありがとう。」
海斗は熱いコーヒーを飲みながら、これからどうしようかと考えていた。
正孝が事故死し、実家とは彼が結婚した一年半前から絶縁している。
今更戻って来ても、実家に海斗の居場所はない。
仕事は結婚前に辞めてしまったが、将来への蓄えは充分ある。
コーヒーを飲み終えた海斗が店から出ると、雨は止んでいた。
濡れた石畳の道を歩きながら、海斗が泊まる所を探していると、彼女の前に一台の車が停まり、中からジェフリーが降りて来た。
「ジェフリー、どうして・・」
「ここのカフェのオーナーとは、学生時代の知り合いなんだ。」
「そう・・」
「一緒に来てくれ。後の事は俺が何とかする。」
「ありがとう・・」
ジェフリーと共に車に乗った海斗は、彼と共にホテルへと向かった。
「暫くここに滞在すればいい。費用の事は心配するな。」
「わかった・・」
ジェフリーが経営するホテルにチェックインした海斗は、部屋に入ると熱いシャワーを浴室で浴びた。
「ジェフリー、ちょっといいか?」
「どうした、ナイジェル?」
「カイトの事なんだが、あいつは今家に居るのか?」
「いや、どうやらあいつは婚家から追い出されたらしい。風の噂によると、愛人が夫の子供を連れて葬儀の席に来たらしいんだが・・」
「血も涙もない連中だな!」
「あいつには落ち着く時間が必要だ。」

二人が話している頃、海斗は部屋でベッドに横になって眠っていた。

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真珠の花嫁 1

2023年12月09日 | FLESH&BLOOD 近代ロマンスパラレル二次創作小説「真珠の花嫁」
「FLESH&BLOOD」の二次小説です。

作者様・出版社様は一切関係ありません。

海斗が両性具有設定です、苦手な方はご注意ください。

二次創作・BLが嫌いな方はご注意ください。


海斗は、またあの夢を見ていた。

深い霧の中で、誰かが自分を呼んでいる夢を。

「起きなさい、いつまで寝ているの!」
友恵に揺り起こされ、海斗は欠伸を噛み殺しながら、ベッドの中から出た。
「おはようございます、お嬢様。」
「おはようございます。」
女中達は海斗に挨拶すると、彼女の身支度を手伝った。
「海斗、早く行くわよ!」
「わかったよ!」
海斗は帽子を被り、家族が待つ馬車の中へと乗り込んだ。
その日は、日曜礼拝の日だった。
海斗達を乗せた馬車が教会へと向かっている最中、海斗は友恵にストッキングを穿いていない事を責められた。
「暑いし蒸れるから嫌だ。」
「勝手になさい!」
教会に着いた後、海斗と友恵は一言も口を利かなかった。
礼拝が終わり、友恵は婦人会の人達と集まり、何かを話していた。
「海斗、こちらへいらっしゃい。」
「はい、お母様。」
海斗が友恵達の方へと向かうと、そこには友恵の友人達が彼女の周りに集まって来た。
「娘の海斗ですわ。」
「はじめまして。」
「まぁ、可愛らしいお嬢さんね。」
「お幾つになられるの?」
「今年で18になります。」
「まぁ、良い年ね。社交界デビューはもうなさったのかしら?」
「はい・・」
ご婦人達から質問責めにされ、海斗がそれから漸く解放されたのは、昼近くだった。
「本当に、一人で大丈夫?」
「うん。」
「じゃぁ、気を付けて帰るのよ。」
「わかった。」
海斗は友恵達と彼女達の行きつけのカフェの前で別れ、ロンドンの街を歩いた。
レースの日傘をさしながら、彼女が暫く歩いていると、彼女は一人の男とぶつかった。
「すいません・・」
「怪我は無いか?」
「はい・・」
海斗がそう言って俯いていた顔を上げると、自分の前には金髪碧眼の美男子が立っていた。
「あの・・」
「これ、君のか?」
「はい。」
美男子が海斗に手渡したのは、彼女が髪に挿していた櫛だった。
それは、許婚の和哉が誕生日に贈ってくれたものだった。
「ジェフリー、何処に居る!」
「また会おう、お嬢さん。」
海斗に背を向けて歩き出した金髪碧眼の美男子―ジェフリー=ロックフォードは、自分を待っているナイジェル=グラハムの元へと向かった。
「済まない、待たせたな、ナイジェル。」
「一体何処で油を売っていたんだ?」
「そんなに怒るな。それよりも、今日の商談相手はドイツの貿易商か?」
「あぁ。」
「いいかジェフリー、あんたは何も喋るなよ。」
「わかったよ。」
商談の時、ジェフリーはいつもナイジェルに取引先の相手を任せていた。
というのも、ジェフリーは値段関係なく、良い物はさっさと買ってしまうのだ。
そして、その金遣いの荒さに気づいたナイジェルは、会社の金を厳重に管理し、商談などをはじめとした営業もするようになった。
ジェフリーは会社の仕事を全て親友に任せてしまっていいのかと一度ナイジェルに尋ねた時、彼はこう答えた。
「あんたは、社長としてどんと構えていればいい。」
ナイジェルと会社を立ち上げてから数年経つが、特に大きな問題は起きなかった。
むしろ、経理や事務などをナイジェルに任せ、ジェフリーが営業などをしていたら、会社の業績はますます伸びていった。
人には得手、不得手というものがある。
(ナイジェル、お前にはいつも感謝しているよ。お前が居てくれないと、会社は倒産していたかもしれないな。)
『ロックフォード殿、グラハム殿、お久し振りです。』
『お久し振りです、マイヤーさん。こちらのご婦人は?』
『あら、素敵な殿方がお二人も。』
カイゼル髭を口元にたくわえたマイヤーの隣には、淡褐色の髪を結い上げた美しい女が立っていた。
「初めまして、ラウル=デ=トレドと申します、以後お見知りおきを。」
「英語が話せるのですか?」
「ええ。フランス語とドイツ語も話せますわ。」
ラウルは胸元に輝くダイヤモンドのネックレスをジェフリー達に見せびらかしながらそう言うと笑った。
『今日は会えて嬉しかったです。そうだ、今夜8時に私の屋敷で舞踏会が開かれるから、是非来てくれ。』
『ええ、喜んで。』
『では、お待ちしておりますよ。』
マイヤーは二人に招待状を手渡すと、愛人と共に去っていった。
「ラウル=デ=トレド、か・・何処かで聞いたような名だな。」
「知っているのか?」
「噂だけだが・・フランスのある資産家の後妻となり、莫大な財産を相続した“魔性の女”だとか・・」
「“魔性の女”かぁ・・」
「ジェフリー、わかっているだろうが・・」
「はいはい、わかっているよ。」
ジェフリーはそう言ってナイジェルを見たが、彼は冷たい視線をジェフリーに向けていた。
「大人しくしていろよ、いいな?」
「俺は子供か・・」
その日の夜、盛装したジェフリーとナイジェルがマイヤー邸へと向かうと、そこには貴族や政財界の名士などがワイン片手に談笑していた。
その中で一際ジェフリーが目をひいていたのは、深緑のドレスを着た赤毛の少女だった。

(さっさと帰ろう・・)

海斗はそう思いながら人気のないバルコニーで涼んでいると、そこへ一人の男がやって来た。

「おや、美しいリコリスがバルコニーに咲いているかと思ったら、あなたでしたか。」

(え、誰?)

初対面だというのに、海斗に話し掛けて来た男はやけに馴れ馴れしかった。
「あなたは・・」
「これは失礼、俺はこういう者です。」
男はそう言うと、一枚の名刺を海斗に手渡した。
そこには、『G&N社長・ジェフリー=ロックフォード』と書かれていた。
(知らない会社だな・・)
そんな海斗の心を読んだかのように、男―ジェフリーは口端を上げて笑った。
「いつか、この会社は英国を代表する企業になりますよ。」
「まぁ・・」
「ところでまだあなたのお名前を聞いておりませんね、美しいお嬢さん。」
「あなたに名乗る程の者ではありませんわ。」
海斗がそう言ってジェフリーに背を向けると、バルコニーを後にした。
「海斗、もう帰るわよ。」
「うん・・」
友恵が少し不機嫌そうな顔をしている事に気づいた海斗は、嫌な予感がした。
そして、それは的中した。
真夜中に一階の書斎で両親が言い争うような声を聞いた海斗は、眠い目を擦りながら寝室から出ようとすると、乳母のアンナに止められた。
「お嬢様、ベッドに戻ってください。」
「アンナ・・」
「どうか・・」
翌朝、友恵は海斗と洋明を連れてウィーンへ行くと突然言い出した。
「お母様、一体何があったの?」
「あなた達には関係のない事です。」
「いいえ、関係あります。それに俺はもう子供ではありません。」
「わかったわ・・」
友恵は、昨夜洋介と離婚について話し合っていたが決裂し、暫く別居生活を送る事にしたという。
「洋明は、何て言っているの?」
「子供は母親と一緒に居るのが一番よ。」
そう言って友恵は笑ったが、洋明は英国に居る事を望んだので、海斗は友恵と共にウィーンで暮らす事になった。
ウィーンでの暮らしは、芸術が楽しめたが、海斗は社交場へ友恵に無理矢理連れて行かれるのが嫌で堪らなかった。
「海斗、早く支度なさい!」
「わかったよ!」
海斗がウィーンで暮らし始めて一ヶ月が経った。
(いつになったらロンドンに帰れるんだろう?)
友恵は最近塞ぎ込むようになり、海斗との会話は徐々に減っていった。
過干渉な友恵と距離を置けて海斗は嬉しかったが、ウィーンでの暮らしに少し嫌気が差していた。
そんな中、海斗は友恵と共にフロイデナウ競馬場へと来ていた。
競馬場には、“素敵な夫”との出会いを求める貴族の令嬢達や、娘の良縁を求める貴婦人達が集まっていた。
「海斗、こちらは・・」
「初めまして。」
友恵に半ば騙し討ちされたような形で、海斗はT公爵家のグレッグと見合いをした。
「まぁ、グレッグさんは乗馬をなさるの?」
「ええ。」
「海斗も乗馬をするんですよ。今度一緒に・・」
「お母様、気分が優れないので失礼致します。」
「海斗、待ちなさい!」
友恵に背を向け、海斗は人混みの中から抜け出した。
もう、こんな所には居たくない。
ロンドンに帰りたい。
そんな事を思いながら海斗がフロイデナウ競馬場の出口へと向かおうとした時、彼女は一人の男とぶつかった。
『ごめんなさい。』
『お怪我はありませんでしたか?』
そう言って海斗に微笑んだのは、金髪碧眼の美男子だった。
背は巨人のように高く、身なりからして何処かの貴族のようだ。
『はい。』
『ドイツ語を話せるのですね。』
『ええ。』
青年が何か言おうとした時、遠くから彼を呼ぶ声がした。
『失礼、また会える事を願っていますよ。』
(綺麗な人だったな。)
友恵より先に滞在先のホテルへと戻った海斗は、ロビーでジェフリーと再会した。
「また会えたな、お嬢さん。」
「ええ・・」
「海斗、勝手に帰るなんてどういうつもり!」
馬車から降りて来た友恵は、そう叫ぶと海斗を睨んだ。
「ごめんなさい、お母様・・」
「今夜はホーフブルク宮で舞踏会があるのよ、早く部屋に戻って支度しないと!」
「わかったよ!」
友恵と海斗は部屋に戻ると、休む間もなくホーフブルク宮の舞踏会に向けて準備をした。
「最高よ、海斗!これで皇太子様のお心を射止める事が出来るわ!」
「そうかな?」
「そうに決まっているわ!」
だが、一国の皇太子が、外国の縁がない華族の娘を見初める筈がなかった。
なので、ホーフブルク宮の舞踏会へ派手に着飾って来た海斗と友恵は、少し浮いていた。
「もう帰りましょうよ、お母様。」
「何を言っているの、まだ来たばかりじゃないの!」
友恵はそう言うと、海斗をウィーンの宮廷貴族達に紹介し始めた。
(疲れた・・)
シャンパングラスを片手に、海斗は大広間から人気のないバルコニーへと向かった。
ロンドンにいつ帰れるのかわからないので、海斗は友恵に一度その事を尋ねてみた。
すると彼女は、こう答えた。
「それはまだ、わからないわ。」
そう言った友恵の顔は、少し曇っていた。
「海斗、あなたはこれからどうしたいの?」
「俺は、ロンドンに戻りたい。」
「そう・・」
それ以上、友恵は何も言わなかった。
「また、会いましたね。」
「あなたは・・」
海斗が突然肩を叩かれ背後を振り向くと、そこにはフロイデナウ競馬場で会った青年が立っていた。
「あなたは、お美しいですね。わたしと一曲、踊って頂けないでしょうか?」
「はい。」
―ルドルフ様よ!
―ルドルフ様の隣にいらっしゃるのは、どなたなの?
海斗が青年とワルツを踊り出すと、周囲の視線が一斉に自分達に向けられている事に気づいた。
(もしかして、この人が皇太子様?)
「どうかされたのですか?」
「申し訳ありません、皇太子様とは知らず失礼な事を・・」
「気にしないでください。」
「ですが・・」
「あなたのお名前は?」
「カイトと申します。」
「カイト、あなたとお会い出来て良かった。」
青年―ルドルフ皇太子は海斗に優しく微笑むと、大広間から出て行った。
「あの娘の事を調べろ。」
「かしこまりました。」
ホーフブルク宮の舞踏会から数日後、海斗が滞在しているホテルのフロントに、ジェフリーが現れた。
「こちらに、カイト=トーゴ―という方は滞在していますか?」
「申し訳ありません、こちらでは教えられません。」
「そうか。じゃぁ、出直すとするか。」
ジェフリーがそう言ってホテルを後にしようとすると、丁度そこへ海斗がやって来た。
「あなたは・・」
「また会えたな。君と話したい事があるんだが、いいか?」
「いいけど・・」
ホテルから出た海斗とジェフリーは、ウィーンの街を歩いた。
「俺に何か話があるのですか?」
「あぁ。君は、どうしてウィーンに?」
「家の事情で・・」
海斗がそう言って俯いたので、ジェフリーは何も彼女に尋ねなかった。
「人生、色々あるさ。」
「本当は、ロンドンに一日も早く帰りたいです。ウィーンは素敵な街だけれど、ロンドンの方が好きだから・・」
「そうか。」
ジェフリーは、ただ黙って海斗の話を聞いていた。
「両親が離婚するのかどうか、わからないけれど、俺は・・」
「君が生きたいように生きればいい。」
「はい・・」
ジェフリーは、海斗に優しく微笑んだ。
「これを、君に贈ろう。」
「俺に、ですか?」
ジェフリーからジュエリーケースを手渡された海斗がその蓋を開けると、そこには美しい星形のエメラルドの髪飾りが入っていた。
「綺麗・・」
「今夜のホーフブルク宮の舞踏会にその髪飾りをつけて来てくれ。」
「わかった。」
その日の夜、ホーフブルク宮の舞踏会で、海斗はジェフリーから贈られたエメラルドの髪飾りをつけて現れた。
「来てくれたんだな。」
「どう、おかしくない?」
「良く似合っている。」
「ありがとう。」
ジェフリーと海斗がワルツを踊っている間、海斗の赤毛を飾ったエメラルドが、シャンデリアの光を受けて美しく輝いていた。
「今夜は楽しかったです。」
「俺もだ。」
ジェフリーはホーフブルク宮からホテルへと戻る馬車の中でそう言うと、海斗を抱き締めた。
「あの・・」
「カイト、また会えないか?」
「俺は・・」
「海斗!」
馬車から降りた二人の前に、一人の青年が現れた。
「和哉・・」
「彼は、誰だ?」
「俺の、許婚です。」
「許婚?」
「ごめん、今まで話そうと思っていたけれど・・」
「そうか。」
ジェフリーは去り際、海斗の手を握った。
「海斗、あの人は?」
「お世話になった人だよ。それよりも和哉、どうしてウィーンに?」
「君に会いたくて、来たんだ。」
「そう。」
「ねぇ海斗、さっきの人は本当に“お世話になった人”なの?」
「どうして急に、そんな事を聞くの、和哉?」
「少し、気になってね。」
和哉と共にホテルの部屋へと海斗が戻ると、和哉はそう言って海斗を見た。
「君が、僕以外の男と親しくなっていないかどうか・・」
「そんな事ないよ。」
「そう、良かった。」
和哉は、海斗と共に夕食を取った。
「ねぇ海斗、その髪飾りはどうしたの?」
「これは、ジェフリーさんから・・」
そう言った海斗の顔が、少し嬉しそうに見えた。
「そうなの。良く似合っているね。」
(ジェフリーという人は、そんなに君が“世話になった人”なの?)
和哉の中で、“ジェフリー”に対して黒い感情が渦巻き始めていた。
(海斗、君の許婚はこの僕だ。だから、他の男に心を奪われるなんて、絶対に許さないよ。)
「海斗、お帰りなさい。ホーフブルク宮の舞踏会で、皇太子様とは会えた?」
「ううん。」
「そうだわ。さっきパパから手紙が来たの。わたし達、離婚する事になったわ。」
「そう・・」
両親の離婚が決まり、友恵は海斗とウィーンで暮らす事を望んだので、海斗はそのままウィーンで暮らす事になった。
(ここが、俺達の暮らす家か・・)
ホテルを後にし、ウィーンの新居へと引っ越した海斗は、目の前に建っている小さい屋敷を見て絶句した。
玄関ホールの中に入ると、埃が舞い、海斗は思わず咳込んでしまった。
(掃除しないとな・・)
埃で汚れた部屋を海斗達が掃除していると、玄関のベルが高らかに鳴った。
「どちら様ですか?」
「カイト=トーゴ―様ですね。至急ホーフブルク宮へいらして下さい、皇太子様がお呼びです。」
(皇太子様が?)
状況がわからぬまま、海斗はホーフブルク宮へと向かった。
「カイト様、こちらへどうぞ。」
「はい・・」

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紺碧の彼方へ ◇1◇

2023年12月09日 | FLESH&BLOOD 昼ドラ転生パラレル二次創作小説「紺碧の彼方へ」
「FLESH&BLOOD」の二次小説です。

作者様・出版社様は一切関係ありません。

海斗が両性具有設定です、苦手な方はご注意ください。

二次創作・BLが嫌いな方はご注意ください。

―カイト。

何処からか、ジェフリーの声が聞こえる。
(あぁ、俺はジェフリーと一緒に帰って来たんだ・・)
ジェフリーの手を握ろうとした時、海斗は甘い夢から覚めた。
彼が居るのは、グローリア号の船長室ではなく、何処かの貴族の寝室だった。
「目が覚めたみたいだね?」
頭上から突然声が降って来て海斗が俯いていた顔を上げると、そこにはラウル=デ=トレドの姿があった。
「どうして・・」
「君をスペインから連れて来るのには骨が折れたよ。サンティリャーナ殿も、ロックフォード船長も躍起になって君を取り戻そうとしたけれど、結局はわたしが勝ったという訳だ。」
ラウルの言葉を聞いた海斗は、自分が何故フランドルに居るのかを思い出した。
あの日―パストラーナからスペインへと脱出しようとした海斗達だったが、ラウルの息がかかった者の手により、海斗は阿片入りのブランデーを飲まされ、そのままフランドルへと連れて行かれたのだった。
(ジェフリーは、無事なのかな?)
「安心おし、ロックフォード船長は殺さないでおいたよ。わたしは君さえ手に入ればどうでもいいからね。」
ラウルはそう言うと、寝室から出て行った。
(俺、これからどうなるの?ラウルの事だから、利用するだけ利用して俺を殺すのかもしれない。)
一人になった海斗は、そんな事を思いながら寝台の中で寝返りを打っていると、寝室にヤンが入って来た。
『逃げられなかったんだな。』
『うん・・後少しで、逃げられそうだったんだけれど・・詰めが甘かった。』
『そうか。顔色が少し悪そうだが・・』
『それ以上近寄らないで、肺病がうつる!』
『サンティリャーナが、お前を手放した理由がわかったよ。』
ヤンは少し悲しそうな顔をしてそう言った後、ある物を海斗に手渡した。
それは、真珠のボタンが使われた黒い天鵞絨の服だった。
『ラウルは、今出掛けている。あいつは色々と忙しいからな。』
『俺をここから逃がして、あなたは大丈夫なの?』
『ああ。』
こうして、海斗はヤンに助けられながら、フランドルから脱出し、パリへと向かった。
「へぇ、あの子が逃げた?」
「驚かないんだな。」
「あの子が逃げ出してしまう事など、わたしの想定内さ。それに、パリではわたしの息がかかった者が既に動いている。どう足掻いても、あの子はわたしから逃げられないのさ。」
海斗は、苦しそうに咳込みながら、パリの街を歩いていた。
ヤンから、フランドルを脱出した際に手渡された黒いマントを目深に被ると、彼はアルトヴィッチの屋敷へと向かった。
(大丈夫、上手くいく。)
アルトヴィッチの屋敷まであと数歩という所で、海斗は激しく咳込み、その場に蹲った。
(まだ、倒れる訳にはいかない。)
何とか呼吸を整え、起き上がり歩き出そうとした海斗だったが、路地裏に潜んでいたラウルの仲間によって彼は阿片が染み込んだハンカチを口に押し当てられた。
「君はいつも詰めが甘いねぇ・・わたしが苦労して手に入れた金の卵を、簡単に手放すと思うかい?」
ラウルはそう言うと、自分を睨んでいる海斗を見て笑った。
「さぁ、支度をしてわたしと共にネーデルラント総督府へ行くよ。ヤン、お前もついておいで。」
「あぁ、わかった。」
ネーデルラント総督府に着いた時、海斗はまるで生ける屍のようだった。
「総督閣下、スペインから奪還した稀代の予言者、カイトでございます。」
「ほぉ・・おもてを上げよ。」
「はい・・」
海斗が被っていた黒いマントを脱いで俯いている顔を上げると、そこには厳つい顔をした男が座っていた。
「見事な赤毛だ。」
「閣下、カイトは体調が崩れませぬ故、用件は手短にお願い致します。」
「わかった。」
総督府での“予言”は、海斗を心身共に疲弊させた。
やがて、海斗は肺病が悪化し、寝たきりになってしまった。
ラウルは海斗が逃亡するおそれがないと判断したのか、海斗に手出しをしなかった。
「ヤン、後は頼んだよ。」
「あぁ。」
ヤンが海斗の寝室に入ると、彼は寝台の天蓋を引き裂きロープ代わりにして窓から逃げようとしていた。
「何をしているんだ?」
「見ればわかるでしょう。」
「やめろ、死にたいのか!」
ヤンが海斗を止めようとすると、彼は激しく咳込みながらこう叫んだ。
「止めないで、俺はもうすぐ死ぬんだから、最期に好きな事位させてよ!」
ラウルは海斗を見縊っていた。
彼は決して諦めていなかった。
死の淵に立とうとも、彼は恋人の元へと―イングランドへと戻ろうとしていた。
「そう、あの子がね・・」
ラウルはそう言うと、ワインを一口飲んだ。
「坊やをどうするつもりだ?」
「あの子をこのまま閉じ込めるのは良くないから、海へ連れて行く事にするよ。メディナ=シドーニア閣下にもあの子を会わせたいしねぇ。」
ラウルは黄金色の瞳を光らせ、ヤンを見た。
「お前はどう思う?」
「別に。」
死ぬ前に海を見せてやれたら、海斗の気が少しは晴れるだろうか―ヤンは、そんな事を思いながらかつての仲間達に想いを馳せていた。
その頃、海斗奪還に失敗したジェフリーは、朝から浴びるように酒を飲んでいた。
「お頭・・」
「ルーファス、酒は?」
「それが・・」
「いい加減にしろ、ジェフリー。」

ナイジェルはそう言うと、ジェフリーの手から酒瓶を取り上げた。


「飲んで、忘れたいんだ。」
「あんたがそんな風になっていると、海斗がもし知ったら・・」
「あいつの事を言うな!」
ジェフリーはそう怒鳴ると、ナイジェルに殴りかかったが、その拳は空を切るだけだった。
「カイトを失って、悲しんでいるのはあんただけだと思っているのか?」
「ナイジェル・・」
その時気づいたのだ、ナイジェルが涙に濡れた灰青色の瞳で自分を見つめている事に。
(俺は、何て馬鹿なんだ・・)
カイトを失った悲しみから酒に溺れ、船長としての役目を忘れかけていたジェフリーは、軽く目を擦った後、ナイジェルにこう言った。
「カイトは何としてでも取り戻す。」
「それでこそ、俺達の船長だ。」
(綺麗な星・・ジェフリー達もこの星を見ているのかな?)
海斗は、甲板で上空に輝く星に向かって手を伸ばした。
「カイト、ここに居たのか。」
「ヤン・・」
「早く船室へ戻れ、風邪をひくぞ。」
「わかった。」
海斗は、苦しそうに咳込みながら船室へと戻っていった。
(ジェフリー、会いたい・・)
目を閉じると、ジェフリーの笑顔が目蓋の裏に浮かんで来る。
だが、目を開けると辛い現実が―ジェフリーが居ない現実が海斗に突きつけられる。
ラウルに利用され、このままジェフリーに会えずに死んでゆく。
(ジェフリー・・)
今頃、ジェフリーはどうしているのだろうか。
夢ではなく、一目だけでいいから会いたい。
あの宝石のような蒼い瞳に見つめられ、大きくて逞しい手に抱き締めて貰いたい。
「何を考えているの?」
背後から声がして振り返ると、海斗の前にはラウルが立っていた。
「可哀想に、そんなにジェフリーに会いたいの?」
「別に。」
「強がっても無駄だよ。まぁ、君の想い人には会わせないけれど、君に恋い焦がれている“彼”には会わせてあげるよ。」
ラウルが、誰の事を言っているのか海斗にはわかった。
(ビセンテ・・)
あの時、自分を逃がそうとしてくれた彼との再会の時は、すぐに訪れた。
「立てるか?」
「うん・・」
ヤンに支えられながら、海斗はビセンテが居る船へと移動した。
海斗の痩せ衰えた姿を見たビセンテは、緑の瞳に涙を溜めていた。
だが、彼は泣くのを堪えて、黙って海斗を抱き締めた。
「ヴィンセント・・」
「何も言うな。」
『カイト、お前、生きていたのか。』
ビセンテと離れた時、海斗は自分を見て蒼褪めたレオと目が合った。
『こんなに痩せちゃったけど。』
「レオ、カイトを船室へ・・」
海斗の病状は、日に日に悪化していった。
―カイト・・
苦しそうに息を吐きながら、海斗は静かに船室から出て砲弾飛び交う甲板へと向かった。
「カイト、船室へ戻るんだ!」
「ジェフリーが呼んでいる・・」
「カイト!」
砲撃の最中、海斗は確かに恋人の声を聞いた。
「ジェフリー、会えた・・」

神様、お願いです。

どうか、あの人をもう一度愛させて下さい。

どうか―

「あぁ、やっと起きたんですね。」
海斗が目を開けると、彼は何処かの港にあるベンチに座っていた。
(ここは・・)
周りを見渡すと、一隻の船が港に停泊していた。
その船は、まるであのタイタニックを思わせるかのようなものだった。
「あなたは?」
「わたしも、あなたと同じ船に乗る者ですよ。ここはね、転生する者が乗る船が停まっているんです。」
「そうなんですか?」
「ええ。でも、この船に乗る為には、ひとつ条件があるんです。」
「条件?」
「そう。あなたの大切な思い出を、このトランクに詰めるんです。」
そう言って青年は、海斗にトランクを一個手渡した。
いつの間にか海斗の前には、ジェフリー達と過ごした思い出が並べられていた。
「どうしよう、これじゃぁ全部詰められないよ。」
「それならば、少し置いていけばいいですよ。思い出は、あなたのここにありますから、大丈夫ですよ。」
青年はそう言って海斗に微笑むと、自分の胸を掌で叩いた。
遠くから汽笛の音が鳴り響き、港の近くに居た人々が次々と慌しく乗船の準備をしていた。
「さぁ、わたし達も行きましょうか。」
「うん・・」
海斗は、青年と共にトランクを持って港へと向かった。
船に乗り込む寸前、海斗は背後で強烈な視線を感じ、振り向こうとしたが、青年に止められた。
「決して振り向いてはいけませんよ。」
海斗は視線の端に、恨めしそうに光る淡褐色の瞳が映ったような気がした。
「ジェフリー!」
「カイト・・」
 船に乗り、海斗は吹き抜けの天井があるロビーでジェフリー達と再会した。
「あなたと、また会えるなんて・・」
そう言いながら、海斗の胸は刺すような痛みが広がった。
「そんな顔をするな、カイト。俺達は、いつかまだ何処かで会える。」
「本当?」
「ああ。」
ジェフリーがそう言って海斗を抱き締めると、そこへナイジェルがやって来た。
「カイト・・」
「ナイジェル・・」
「ジェフリー、もうすぐ俺達が降りる港に着くぞ。」
「わかった。」
ナイジェルは、ジェフリーの腕の中に居る海斗を見た。
「カイト、残念だがここでお別れだ。」
「一緒には行けないの?」
「あぁ。」
ナイジェルは、そっと海斗の髪を撫でた。
「この世界は、転生した者、あるいは転生する者は、同じ港で降りてはいけないんだ。」
「そう・・」
「カイト、何処に居ても、お前の魂を必ず見つけ出す。」
「信じているよ、メイト。」
「あぁ。」
海斗は、ボートに乗って船から離れてゆくジェフリー達に向かって手を振った。
「カイト、愛しているぞ!」
「俺も愛しているよ、ジェフリー!」
ジェフリー達が乗った船は、霧に包まれて見えなくなった。
「大丈夫、あなた達はまた結ばれますよ。」
背後から声がして海斗が振り向くと、そこには港で会った青年が立っていた。
彼の隣には、長身の男が立っていた。
「わたし達も、あなたの恋人と同じ港で降りるんです。」
「そうですか・・」
「会えて嬉しかったです。」
青年とその恋人を海斗は見送った後、別の港で船から降りる事になった。
「気をつけて。」
海斗が乗ったボートは、徐々にスピードを上げて港へと向かっていた。
あと少しで港に着こうとした時、ボートが激しく揺れ、水面から白い手が伸び、やがてそれはまるで蛇のように海斗の身体に巻き付いた。
「見つけたよ。」

海斗が意識を保っていたのは、そこまでだった。

海斗は、ゆっくりとベッドから起き上がると、浴室にある鏡で自分の顔を見た。

(酷い顔・・)

右目の下には、恋人から殴られた時に出来た痣があった。
その恋人は、出張に出掛けて数日間ここには戻って来ない。
逃げ出すなら、今だ―海斗は前もって逃亡資金として貯めていた金を洗面台の下から取り出すと、それを無造作にリュックの中へと突っ込んだ。
自分の私物はパスポートと鍵の形をしたネックレス以外、何もなかったので、すぐにまとめられた。
赤い髪が目立たないようにパーカーのフードを目深に被ると、まだ眠っている街を後にした。
「ジェフリー、起きろ!」
「ん・・」
ソファに寝転がったまま起きようとしない相棒に、ナイジェルは舌打ちしてスマートフォンのアラームを鳴らした。
「ナイジェル、驚かせるなよ。」
「もう昼過ぎだぞ、いつまで寝ているんだ!」
「お前の小言を聞くのは久しぶりだな、ナイジェル。」
「俺も、あんたの世話を焼くなんて思いもしなかったよ。」
ジェフリーとナイジェルは再会すると、『グローリア探偵事務所』を設立した。
海賊家業から探偵稼業への華やかな転身とはならなかったが、前世の頃とは比べて稼ぎは減ったものの、そこそこ裕福な暮らしを送っている。
「すいません、誰か居ませんか~!」
「何だ、うるさいな。」
ジェフリーがナイジェルのお手製の昼食を楽しもうとしていると、外から大きなノックの音が聞こえた。
「どうしましたか?」
「実は、恋人が行方不明なんです。」
「行方不明者なら、捜索願を警察に出されては?」
「それが・・」
依頼人の青年は、ナイジェルの言葉を受け、俯いた。
どうやら、彼には知られたくない事情があるようだ。
「どうぞ、中へ。」
「はい・・」
青年は、ジョンと名乗った。
「恋人が、昨日から行方不明なんです。」
「どうして、警察ではなくこちらへ依頼を?」
「それは・・」
ジョンは、両手を固く握りしめた後、それを小刻みに震わせた。
「とりあえず、恋人の写真を見せて下さい。」
「はい・・」
ジョンは、一枚の写真を二人に見せた。
そこに写っているのは、赤毛の少女がジョンと肩を抱き寄せて笑っている姿だった。
(カイト・・)
「失礼ですが、お仕事は?」
「営業です。昨日、彼女と喧嘩してしまって、そのまま出張に行って戻って来たら・・」
「そうですか。」
早速ジョンの依頼を受けたジェフリーとナイジェルは、海斗の職場であるレストランへと向かった。
「この子、彼氏に暴力振われているって聞いたわ。」
「本当ですか?」
「ほら、接客業だとお客さんに愛想よくするのは当たり前でしょう?それなのに、あいつはそれがわからなかったみたいで、肋骨を折られた事があったわね。」
海斗の同僚は、その事を二人に話した。
「ただいま。」
その日、遅番で職場のレストランから帰った海斗が自宅アパートの部屋に戻ると、奥からジョンがやって来た。
「遅かったな、浮気でもしていたのか?」
「違うよ、仕事で・・」
「嘘を吐くな!」
ジョンは、嫉妬深くて、些細な事で怒りを爆発させるような性格だった。
「早く別れたいって、零していたわ。でも、あいつが別れ話を切り出したら泣いて縋るって・・」
「聞けば聞く程、ムカつく話だ。よくも、俺達に向かって、“彼女が心配なんです”と抜かしやがって・・」
ナイジェルが吐き捨てるような口調でそう言った後、同僚の一人が次の言葉を継いだ。
「ジョンが結婚しようとカイトに迫ったけれど、カイトは別れたいって言っていたわ。そしたら、あいつは避妊してくれなかったって。」

ナイジェルは、ジョンが事務所に来た時にこう言っていたのを思い出した。

“彼女、妊娠しているんです。”

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