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作者様・出版社様とは一切関係ありません。

真紅のカナリア 第1話

2024年02月20日 | FLESH&BLOOD ハーレクイン風パラレル二次創作小説「真紅のカナリア」
「FLESH&BLOOD」二次小説です。

作者様・出版社様とは一切関係ありません。

海斗が両性具有設定です、苦手な方はご注意ください。

「え、俺が歌うの!?」
「お願い、ミミの声が出なくなっちゃったの!」
歌手になる事を夢見て、渡英した東郷海斗だったが、現実は厳しかった。
海斗は生きる為に、英国で知り合った友人・リリーが経営しているクラブ「白鹿亭」で働く事になった。
住み込みとして働くので、海斗は「白鹿亭」の隣にあるアパートの二階の部屋で暮らす事になったが、そこは狭かった。
だが仕事も家もあるのだから、これ以上贅沢は言えない。
海斗の仕事は、ウェイトレスだった。
ただ客の料理を運んだり皿を洗ったり、厨房の掃除をしたりするもので、一日中立ちっぱなしなので仕事が終わった頃には着替えもせずにベッドに倒れ込むように朝まで眠ってしまう日々を送っていた。
従業員達は皆海斗には優しかったが、クラブの専属歌手・ミミだけは海斗に冷たく接した。
ミミは美しいブロンドの髪と蒼い瞳をした娘で、海斗と同じで歌手を夢見てロシアからやって来たのだった。
『あなたが歌手になりたい?笑わせないで。アジア人の歌姫なんて、ここじゃ通用しないわ。』
海斗は、ミミと初めて顔を合わせた時、面と向かってそう言われたので彼女の事を嫌いになった。
「リリー、今から歌えって言われても・・ドレスが・・」
「ドレスなら、わたしが用意するわ!」
こうして、海斗は声が出なくなったミミの代わりに、歌手としてクラブで歌う事になった。
「緊張するなぁ・・」
「大丈夫、あなたなら出来るわ!」
海斗は深呼吸した後、舞台へと向かった。
「ジェフリー、ここのクラブにダイヤモンドの原石が居るぞ。」
そう言って劇場の支配人と共にジェフリー=ロックフォードが入ったのは、小洒落たクラブだった。
海をイメージした、青で統一した調度品やソファに囲まれた店内には、心地良いジャズが流れていた。
「それでロブ、ダイヤモンドの原石というのは何処に?」
「このクラブでは毎晩9時に、専属歌手が歌うんだ。」
「へぇ・・」
やがて店内が暗くなり、舞台の方にスポットライトが当たった。
そこには、美しい赤毛の娘が立っていた。
バンドマンが曲を奏でると、娘は歌い出した。
その歌声は、美しく透き通るような歌声だった。
「あらぁロブ、お久しぶり、そちらの色男さんは?」
「ジェフリー=ロックフォード、我が劇場のスターさ。」
「そう。」
「リリー、あの娘は?」
「あの娘は、一週間前にわたしが雇った子です。カイトと言って、日本から来たんですよ。」
「へぇ・・」
ジェフリーの宝石のような蒼い瞳が、悪戯っぽくキラリと光った。
「ブラボー!」
海斗が客から喝采を浴びて舞台から降りようとすると、彼女は一人の男に腕を掴まれた。
(何、この人?)
「綺麗な赤毛だな。日本人は皆黒髪だと聞いたが?」
「生まれつきだよ。あんた、誰?」
「俺は、ジェフリー=ロックフォード。ロイヤル劇場のスターだ。」
「へぇ。」
「歌は何処で習った?」
「歌の家庭教師から習った。あの、腕が痛いからもう離してくれない?」
「あぁ、済まない。」
ジェフリーはそう言って慌てて海斗の腕を離すと、彼女に一枚のメモを手渡した。
「これは?」
「俺のアパートの住所と、電話番号を書いたメモだ。」
「ありがとう。」
一晩だけこの舞台に立てただけでも、海斗にとっては嬉しかった。
(夢はもう終わった。明日からは現実が待っている。)
海斗がそんな事を思いながらシャワーを浴びていると、誰かが部屋のドアをノックした。
(誰?こんな時間に・・)
慌ててバスローブを着て髪にタオルを巻いた海斗がドアを開けると、そこにはジェフリーが立っていた。
「どうして、俺がここに住んでいると知っているの?」
「リリーから聞いた。」
「え、ちょっと・・」
ジェフリーに突然ソファに押し倒され、海斗は抵抗したが、暫くすると彼は海斗の胸に顔を埋めながら眠ってしまった。
「ん・・」
ジェフリーが起きると、自分の目の前にはクラブで昨夜会った赤毛の娘がソファで眠っていた。
(俺は、一体・・)
「おはよう、カイト。ジェフリー、どうしてカイトの部屋にあなたが居るの!?」
「リリー、俺は・・」
「カイトが起きる前にわたしの部屋へ来て。」
「あぁ、わかった。」
海斗を起こさないように彼女の部屋から出たジェフリーとリリーは、リリーの家で紅茶を飲みながら、ある話をした。
「まぁ、本当なの!?」
「あぁ。」
「リリー、居る?」
「ええ、居るわよ、ハニー。どうしたの?」
「あ、あんた・・何しに来たんだよ!」
「そう怒るな。俺は、お前に良い話を持って来たんだ。」
「良い話って、何?」
「実は来月、『椿姫』の公演があってね。そのオーディションに君も・・」
「やります!」
「そうか。」
ジェフリーはそう言うと、海斗と固い握手を交わした。
「今度、ロイヤル劇場で会おう。」
「はい!」
海斗は、ジェフリーが去った後、リリーと抱き合った。
「まだオーディションまで時間があるから、今からあなたに声楽のレッスンを受けさせないとね!」
「リリー、そんな事をしなくても・・」
「カイト、何を言っているの!?運命の女神があなたに微笑むのは一度きりなのよ!」
「ありがとう、リリー。」
こうして、海斗はオーディションの日まで声楽のレッスンに通う事になった。
声楽のレッスンは、日本で家庭教師についていた頃の授業よりも本格的だった。
「あなたは筋が良いわ、この調子で頑張りなさい。」
「はい!」
ミミは、海斗が『椿姫』のオーディションを受ける事を知り、激しい嫉妬に駆られた。
(どうして、あの子が・・)
「ミミ、どうしたの?」
「どうしたもこうしたもないわよ!ジェフリー様が・・」
「何ですって、それは本当なの!?」
「ええ。」
ミミは行きつけのバーで、海斗がジェフリーに目を掛けられている事を友人に愚痴った。
「新入りの癖に、どうしてあの子ばかり・・」
「こんな所で腐っていないで、練習しなさいよ。」
「わかっていないわね、わたしの歌声はいつだって最高なのよ!」
『椿姫』のオーディションの日を、海斗は迎えた。
「しっかりね、カイト!」
「はい!」
ロイヤル劇場に海斗が向かうと、そこにはマルグリット役を狙う沢山のライバル達が居た。
「あら、あなたもオーディションに来たの?」
そう海斗に話し掛けて来たのは、ブロンドの少女だった。
「ええ。」
「そうなの。てっきり、劇場の使用人だと思った!」
少女の言葉に、周囲に居たライバル達がどっと笑った。
こんな事で怒ってはいけない。
「マルグリット役のオーディションを、今から開始します。番号で呼ばれたら、一人ずつ部屋へ来てください。」
オーディションの順番を海斗が待っていると、そこへジェフリーがやって来た。
「レディ達、頑張ってくれ!」
「ジェフリー様だわ!」
「いつも素敵ね!」
「ジェフリー様、わたくしを励ましに来てくださったの!?」
海斗に嫌味を言って来たブロンドの少女はそう言ってジェフリーに抱き着いたが、彼は少し嫌そうな顔をして少女から離れた。
「28番の方どうぞ。」
「はい!」
海斗は深呼吸した後、『乾杯の歌』を歌った。
「ただいま。」
「お帰り、カイト。お腹空いたでしょう?ご飯作ってあるわよ。」
オーディションの日の夜、海斗は溜息を吐きながらリリーが淹れたカモミールティーを飲んだ。
「オーディション、上手くいかなかったの?」
「上手くいったよ。でもね、ジェフリーの事が気になって・・」
「まぁ、ジェフリーに一目ぼれしたのね。」
「うん。オーディションの時、ジェフリーに抱き着いて来た子が居たんだ。」
「その子は、ジェフリーの婚約者よ。」
リリーはそう言うと、海斗の手を握った。
「大丈夫、あなたは全力を出したんだから。」
「そうだね。」
オーディションに、海斗は見事合格した。
「やったわね、カイト!」
「ありがとう、リリー。あなたのお陰だよ。」
「いいえ、あなたが実力で役を勝ち取ったのよ!」
『椿姫』の稽古に出た海斗は、そこでジェフリーと再会した。
「来たな、俺のマルグリット。」
「じゃぁ、あなたがアルフレード?」
「あぁ、今日から宜しく頼む。」
ロイヤル劇場のスター、ジェフリーと共に稽古する内に、海斗は次第に彼に惹かれていった。
そんな中、海斗の前にオーディションの時に嫌味を言って来たブロンド娘が現れた。
「わたしはアナスタシア=フォーリー。ジェフリー様から、わたし達の関係は聞いているわね?」
「ええ・・」
「わたしとジェフリー様は、いずれは結婚する関係なの。親同士が決めた縁談だけれど、わたしはジェフリー様の事を愛しているわ。」
海斗は、アナスタシアが自分に何を言おうとしているのかがわかった。
「安心して下さい、アナスタシアさん。俺は、決してジェフリーを好きになりませんから。」
「良かったわ、あなたからそんな言葉が聞けて。」
アナスタシアはそう言うと、『白鹿亭』から出て行った。
「あの子、カイトを自分の恋敵だと思っているのね。」
「ねぇリリー、アナスタシアさんって、どんな人?」
「アナスタシア様は、フォーリー侯爵家の一人娘で、ジェフリーはいずれフォーリー家の婿養子になる予定よ。」
「じゃぁ、ジェフリーは貴族なの?」
「ええ。でも、昨夜お父様がお亡くなりになられて、今ロックフォード家は相続争いで大変そうよ。」
「どうしてリリーは、そんな事を知っているの?」
「長年この商売をやっていると、色々と社交界の噂が耳に入って来るものよ。まぁ、わたしも昔、貴族社会の一員だったのよ。」
「え!?」
「型に嵌められるのが嫌で、さっさと半分カビが生えたような貴族社会から抜け出したのは、ここでの生活が気に入ったからよ。」
「へぇ、そうなんだ。」
「さてと、夜は長いから、わたしの身の上話でもしましょうか?」
「うん、もっとリリーの話を聞かせて!」
同じ頃、ロックフォード伯爵家では、ジェフリーの母・エセルが暖炉の前で右往左往しながら探偵からの報告を待っていた。
「お待たせ致しました、奥様。」
書斎の扉が開き、一人の男が入って来た。
皺だらけのコートを着た彼は、新聞記者兼探偵の、クリストファー=マーロウだった。
「これが、ご子息に関する報告書です。」
「ありがとう。」
「いいえ、またのごひいきに。」
エセルから金貨が詰まった袋を受け取ったマーロウことキットは、エセルに背を向けて書斎から去っていった。

(これで暫く、大家から文句を言われないな。)

クリストファー=マーロウことキットは、売れない劇作家だった。

だが数年前に『タンバレイン』を発表し、彼は一躍スターの仲間入りをしたが、作家業だけで食っていける筈もなく、キットは本業である新聞記者をしながら、探偵の副業もしていた。
(ロックフォード家は、あのおっかない奥様が家の実権を握っているから、ジェフリーが逃げ出したくなるのは当たり前だな。)
タイプライターで原稿を書きながら、キットは少し冷めた紅茶を飲んだ。
「キット、今夜ロイヤル劇場に行かないか?今、赤毛のマルグリットが凄いらしいぞ!」
「赤毛のマルグリットだって?」
「あぁ。」
キットはその日の夜、友人達と共にロイヤル劇場の『椿姫』を鑑賞した。
舞台の演出、衣装が何もかも素晴らしかったが、マーロウが最も心惹かれたのは、赤毛のマルグリットだった。
「アジア人のマルグリットなんて、珍しいな。」
「だが、彼女の才能は素晴らしい。」
マルグリットの歌声に魅了されたキットは、早速その正体を探る為、仕事に精を出し、『赤毛のマルグリット』こと、海斗のインタビュー記事を書く事に成功した。
「今日は、よろしくお願い致します。」
「はい、こちらこそよろしくお願い致します。」
海斗は少し緊張してしまい、キットに挨拶する時少し声が震えてしまった。
「どうした、カイト?」
「ジェフリー・・」
「おや、誰かと思ったら懐かしの友じゃないか!」
「キット、久し振りだな。」
「二人は、知り合いなの?」
「あぁ、俺達は同じパブリック=スクール出身なんだ。」
「そうなの。」
ジェフリーの登場により海斗の緊張は解け、キットと海斗はあっという間に打ち解けた。
「君が演じるマルグリットは素晴らしいよ、カイト。これからも頑張って欲しい。」
「ありがとうございます、キット。」
「敬語は使わなくてもいい。さてと、俺はこれで失礼するよ。これから記事を書かないといけないんでね。」
キットはロイヤル劇場を後にすると、新聞社へと戻り、タイプライターで海斗の記事を書き始めた。
「あら、この子・・」
「知っているのか?」
「ええ。この子は、『白鹿亭』の専属歌手よ。でも、この子には才能があるわ。」
「そうか。」
翌朝、キットの記事が一面に載り、海斗は名実ともにスターとなった。
『椿姫』は千秋楽を迎え、海斗はロックフォード家のパーティーに招待された。
「どう?おかしくない?」
「ええ。」
海斗は、ペールブルーのドレスを着て、胸元には真珠のネックレスをつけていた。
「何だか、緊張するなぁ・・」
「大丈夫よ、ハニー。」
迎えの車に乗り込んだ海斗は、深い溜息を吐いた。
同じ頃、ロックフォード邸には社交界デビューしたての令嬢達が、美しいドレスで着飾っていた。
「ねぇ、ジェフリー様はいらっしゃるのかしら?」
「あの方には、アナスタシア様がいらっしゃるわ。」
「でも・・」
「見て、あの方・・」
ロックフォード邸の大広間に入った海斗は、突然周囲の客達が自分に冷たい視線を向けている事に気づいた。
(何?)
「カイト、来てくれたのか?」
「ジェフリー・・」
海斗が振り向くと、そこには燕尾服姿のジェフリーが立っていた。
「ドレス、良く似合っているぞ。」
「ありがとう。」
「一曲、踊らないか?」
「うん。」
楽団がワルツを演奏すると、海斗とジェフリーは踊りの輪に加わった。
―あの方、一体どういうつもりで・・
―恥知らずもいいところだ。
―アジア人の癖に。
「周りの雑音は、気にするな。」
「うん・・」
「ジェフリー、一体これはどういうつもりなの?」
「見ての通りだ。アナスタシア、俺は君と結婚したくない。」
「どうして、そんな・・」
アナスタシアはそう叫ぶと、ジェフリーの頬を平手打ちにした。
「ジェフリー!」
「母さん・・」
「後で、わたしの部屋に来なさい!」
エセルはそう言うと、ジェフリーを睨んだ。
「母さん、俺はアナスタシアとは・・」
「あなたまさか、あのアジア人と・・」
「カイトをそんな風に言うな。」
「この家を捨てるつもりなら、そうしなさい!」
「わかった。」
ロックフォード邸から『白鹿亭』へと戻った海斗は、溜息を吐いた。
「ただいま。」
「お帰り、カイト。どうしたの、浮かない顔をして?パーティーで、何かあったの?」
「うん・・」
海斗はリリーに、ロックフォード邸で起きた事を話した。
「そうなの。これから、大変そうね。」
リリーと海斗がそんな事を話していると、突然店の外のドアが激しく叩かれた。
「誰かしら?」
「さぁね。」
リリーが恐る恐る店のドアを開けると、泥酔したジェフリーが店の中へと雪崩れ込んで来た。
「どうしたの、ジェフリー?」
「カイト、ジェフリーをそこのソファに寝かせて!」
リリーと二人がかりでジェフリーを店のソファに寝かせると、彼はそのまま朝まで起きて来なかった。
「一体どうしたのかしら?」
「さぁね。今日はお店がお休みで良かった。」
「カイト、よく眠れた?」
「まぁね。」
海斗はリリーと朝食を食べていると、店の方から大きな音がした。
「ジェフリー、大丈夫?」
「カイト、俺は・・」
「昨夜、あなたは泥酔してここに来たんだよ、憶えていない?」
「あぁ・・」
二日酔いで痛むこめかみを押さえていたジェフリーは、低く呻きながらソファに横になった。
「はい、お水。」
「ありがとう。」
「昨夜、何があったの?」
「話せば長くなる。」

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ロマンスを君に! 1

2024年02月20日 | FLESH&BLOOD 芸能界パラレル二次創作小説「ロマンスを君に!」


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海斗が両性具有設定です、苦手な方はご注意ください。


遂に、この日が来た。
東郷海斗は受験票を握り締めながら、その時を待った。

「それでは、発表致します!」

濃紺の制服に身を包んだアカデミー=スクールの在校生が、正門の前に入学試験の合格者の番号が書かれた紙を掲示板に貼り付けた。
海斗の番号は、254番。
(えぇっと、254・・あった!)
アカデミー=スクールは、英国王立演劇学校と並ぶ、演劇学校だ。
英国王立演劇学校と違うところは、アカデミー=スクールは英国で唯一の男子校だった。
毎年10月から11月末に掛けて行われる入学試験の受験者数は、定員数40名に対して約2000人。
世界各国から演劇のプロフェッショナルを目指す者達が、このアカデミー=スクールがあるプリマスへとやって来る。
「合格者の方は、こちらへ。」
肩を落として正門から去っていく受験者たちに背を向け、海斗達合格者は正門の中にある校舎へと向かった。
「合格者の皆さん、この度は合格おめでとうございます。」
アカデミー=スクール演劇科4年クリストファー=マーロウ(キット)は、そう言うと海斗達に微笑んだ。
「君達はこの4年間、プロの演劇人としての道を歩む事になる。今は色々と不安な事があると思うが、俺達が全力でサポートするから、安心してくれ!」
こうして、海斗達は夢への第一歩を踏み出そうとしていた。
「気を付けてね、海斗。」
「行って来ます。」
大きな夢と不安を抱いて、海斗はプリマスへと旅立った。
入学式を終え、海斗は学生寮の部屋へと入った。
そこは二人部屋で、それぞれのベッドと机、クローゼットがあり、入って右側には浴室があった。
(今日からここで暮らすのかぁ・・)
海斗がスーツケースから荷物を取り出していると、誰かが部屋のドアをノックした。
「はい?」
「ほぉ、お前が今日から俺の相棒か。可愛い顔をしているな。」
部屋に入って来たのは、金髪碧眼の美男子だった。
(誰?)
「俺はジェフリー=ロックフォード。これからよろしくな、赤毛の天使さん。」
「カイト=トーゴ―です、これからよろしくお願い致します。」
「ははっ、そう硬くなるなよ。」
ジェフリーはそう言って笑うと、海斗の肩を叩いた。
(なんなの、この人・・)
初対面だというのに、やけに馴れ馴れしいジェフリーに海斗は少しひいていたが、段々慣れて来た。
「うわぁ・・」
アカデミー=スクールの食堂は天井が吹き抜けで、窓には美しいステンドグラスが嵌められていた。
「ここの一番のお薦めは、ビーフシチューパイだ。」
「そう。」
海斗がジェフリーと共に食堂に入ると、突然周囲の生徒達がざわめいた。
(え?)
「ジェフリー、その子がお前の赤毛の天使か?」
「あぁ。」
「あの、俺・・」
「気にしなさんな。カイト、これからよろしくな。」
「はい・・」
アカデミー=スクールの授業は、ダンスや演技などの専門的な授業の他に、外国語やテーブルマナーなどの授業があった。
「バレエの授業は、初めてか?」
「はい・・」
「大丈夫だ、緊張しなくていい。」
バレエ=レッスン室に、一人の青年が入って来た。
「今日から俺が君達にバレエを教えるナイジェル=グラハムだ。」
灰青色の瞳が、射るように海斗を見つめた。

(え、何?)

「駄目だ、もっと足を伸ばして!」
「姿勢が悪い!」
バレエ=レッスンが始まるや否や、ナイジェルの怒声がレッスン室に響いた。
(きつい・・)
海斗は90分のレッスンが終わった後、へとへとになりながら寮の部屋に入るなり、ベッドに倒れ込んだ。
(本当にここでやっていけるのかな?)
バレエ=レッスンだけではなく、演劇関係の授業はきつく、その上先生達は毎回大量の宿題を出してくるので、海斗は毎日数時間くらいしか睡眠が取れなかった。
その所為か、海斗は中々身体の疲れが取れなくなってしまった。
「まだ寝ないのか?」
「このレポート、今日中に仕上げないと・・」
「カイト、一度鏡で自分の顔を見てみろ、酷い顔をしているぞ。」
ジェフリーからそう言われ、手鏡で自分の顔を見てみると、両目の下には隈が出来ていた。
「頑張るのはいい、だが根詰めたら駄目だ。」
「わかった・・」
少し寝た後、海斗は何とかレポートの締め切りに間に合った。
「ねぇジェフリー、グラハム先生の事は知っているの?」
「ナイジェルの事か?あいつとは、ガキの頃から知っている。」
「え、そうなの?」
海斗の驚いた顔を見て、ナイジェルが彼に何も話していない事をジェフリーは知った。
(昔から秘密主義だとは思っていたが、これ程までとは。)
海斗には話していないが、ナイジェルと自分には前世の記憶がある。
子供の頃からの付き合いというのは嘘ではないが、詳しい事はそんなに話さなくてもいいだろう。
「家が隣同士だったから、よく遊んでいたな。」
「へぇ・・バレエはいつから?」
「姉と一緒に、3歳の頃から家の近くにある公民館でやっているバレエ教室に通っていた。ここに入ったのは、俺はバレエダンサーよりも役者になりたかったからだ。」
「へぇ、そうなの。俺、昔からミュージカルを観るのが好きで・・まぁ、半分はババァ・・母さんの趣味に付き合わされたのがきっかけなんだけど。」
「そうなのか。」
「この学校の授業はきついが、努力は決して無駄にはならない。」
「わかった。」
それから、海斗はジェフリーと共にレッスンと勉学に励んだ。
そんなある日、学校に一人の女が訪ねて来た。
「ジェフリー、会いたかった!」
女はそう叫ぶと、ジェフリーに抱きついた。
彼女の名はイヴリン、ジェフリーの婚約者だった。
「急に俺に何の用だ、ジェフリー?」
「冷たいわね、ジェフリー。ロンドンからわざわざ来たっていうのに・・」
「帰れ、お前と話す事は何もない。」
「それが、父親の言う事なの!?」
「父親だと?」
「ええ、そうよ。わたし、あなたの子を妊娠したの。」
イヴリンはそう言うと、まだ目立たない下腹を撫でた。
「嘘吐くな。」
「あなたのご両親にはもう、報告しておいたわ。」
「イヴリン・・」
(厄介な事になったな・・)
「エマ、エマ!」
「奥様、どうかなさいましたか?」
「今すぐ支度をして頂戴、プリマスへ行くわ。」
ジェフリーの母・エセルは、ヘリコプターでプリマスへと向かった。
「どうした、溜息なんか吐いて?」
「キット・・」
「さては、恋の悩みか?このキット様に話してみな。」
「実は・・」
海斗がキットにジェフリーの婚約者の事を話すと、彼は少し呻いた後、こう言った。
「イヴリンは、厄介な女だからなぁ・・」
「彼女の事、知っているの?」
「あぁ。」
二人がそんな事を話していると、そこへ一人のブロンド美女がやって来た。
「あなたが、カイト?」
「はい、そうですが・・あなたは?」
「わたしはイヴリン、次期ロックフォード公爵夫人よ。」
ブロンド美女は、そう言うと海斗を冷たい蒼い瞳で見た。
「レディ・イヴリン、わざわざロンドンからお越し頂き、ありがとうございます。」
キットが慇懃無礼な口調でイヴリンにそう挨拶すると、彼女は不快そうに眉間に皺を寄せると、そのまま去っていった。
「放っておけ。」
「うん・・」
キットからそう言われ、海斗は余りイヴリンと関わらないようにしていたが、向こうはそうではないらしく、彼女は事あるごとに海斗に突っかかって来た。
「彼女、いつまで居るつもりなんだろう?」
「さぁな。」
イヴリンの地味な嫌がらせに海斗が少し参っていた頃、プリマスにロックフォード公爵夫人がやって来たというニュースが飛び交った。
「イヴリン以上に厄介な人が来たかぁ・・」
「ねぇキット、ジェフリーは貴族なの?」
「あぁ。しかも、あいつの母親がやり手の資産家なんだ。この学校に多額の寄付をしている。だが、彼女は・・」
キットが次の言葉を継ごうとした時、食堂にエセル=ロックフォードが入って来た。
エセルは、蒼い瞳で海斗を睨んだ。

(俺、何かした?)

「あなたが、この学校に入学したアジア人?」
「はい・・」
「アカデミー=スクールも地に堕ちたものね、アジア人の入学を許すなんて!」
「今の発言を取り消せ!」
「ジェフリー、役者なんて目指すのを辞めて、家に戻って来なさい!」
「お断りだね!」
「イヴリンはあなたの子を妊娠しているのよ!」
「ふん、そんなの嘘に決まっている!」
ジェフリーとエセルが食堂でやり合っていると、次第に二人の周りに人が集まって来た。
「カイト、こっちだ。」
「うん・・」
キットは、周りに気づかれないように、海斗を図書室へと避難させた。
「ここは静かだから、ゆっくり話せるな。」
「うん。」
「ジェフリーとあの人は、水と油でね。あの人はやり手の資産家で、頭の中は商売と家名を守る事しかない。それにあの人はレイシストでね。」
「レイシストなら、この国に来てから会ったよ。あんな風にあからさまに言われた事も、数え切れない程沢山ある。もう、慣れたけれど。」
「差別に慣れたら駄目だ。」
「そんな事を言っても、どうすればいいの?」
「耐えるよりも立ち向かえ、怒りを表現への糧にしろ。」
「わかった。」
二人が図書室から食堂に戻ると、そこにエセルとイヴリンの姿はなかった。
「二人は?」
「ロンドンに帰ったよ。少し頭を冷やせって、怒鳴られたよ。」
ジェフリーは溜息を吐くと、海斗を見た。
「あの女に言われた事を忘れろ。芸術の前に、人種や性別は関係ない。」
「うん。」
「さてと、ここで遅めのランチを頂くとするか。」
ジェフリーはそう言って海斗に微笑んだ。
ロンドンに戻ったイヴリンは、エセルと共にある人物と会っていた。
「遅くなって、申し訳ありません。」
「いいえ、わたし達は来たばかりですから。」
「そうですか。」
そう言って二人の前に座ったのは、ビセンテ=デ―サンティリャーナ、ロックフォード家の顧問弁護士だった。
「実は、この子とジェフリーの仲を引き裂いて欲しいの。」
エセルはそう言うと、ビセンテに海斗の顔写真を手渡した。
「この子は・・」
「知り合いでしたの?それなら話が早いですわ。」
エセルはそう言うと、ビセンテの耳元で何かを囁いた。
「わかりました、全力を尽くしましょう。」
「ありがとう、あなたに頼んでおいて良かったわ。」
「あ~、疲れた。」
海斗はバレエのレッスンを終えて、何度目かの溜息を吐いた後、そう言って持っていたタオルで額の汗を拭った。
「お疲れさん。」
「ジェフリー・・」
「余り根詰めると体力が無くなるぞ?」
「うん・・」
「それにしても、もうすぐハロウィンか。」
「この学校で、ハロウィンの時期に何かイベントでもあるの?」
「あぁ。ハロウィンの時期になると、仮装舞踏会が開かれる。それと、マーロウ脚本の劇かな。」
「劇かぁ、楽しみだな。」
海斗がそんな事を言いながらジェフリーと食堂に入ると、ナイジェルは何処か慌てたような表情を浮かべながら、彼らの元へと駆け寄って来た。
「二人共、今すぐレッスン室に来い!」
「わかった。」
(一体、何があったんだろう?)
「二人共、良く来たな!」
「キット、何かあったのか?」
「いや何、二人に劇の衣装合わせをして貰いたくてな。」
「衣装合わせ?」
「あぁ。」
キットから台本を渡された二人は、それに目を通した。
劇の内容は、中世ヨーロッパを舞台にした、ロマンスだった。
「このドレス、誰が作ったの?」
「俺だ。昔から裁縫が得意だったから、劇の衣装を作るのが楽しくなっちまったのさ。」
「へぇ、そうなんだ。」
「それにしても、あの二人があっさり引き下がったのが気になるな。」
「何か嫌な予感がする。」
「さぁて、そんな暗い気分は、ハロウィン気分で盛り上げよう!」
「うん。」
ハロウィンシーズンに入ったアカデミー=スクールでは、ハロウィンにちなんだ屋台などが並び、連日沢山の人で賑わっていた。
「何だか、夢の中に居るみたい。」
「そうだな。」
海斗とジェフリーが屋台で売られていたパンプキンパイを食べていると、そこへキットがやって来た。
「よぉお二人さん、楽しんでいるようだな?」
「まぁな。」
「さてと、俺はこれから台本の直しをしに部屋へ戻るよ。」
「余り無理するなよ。」
「わかったよ。」

ハロウィン=フェスティバル二日目の朝、キットが舞台衣装を保管してある空き教室へと向かうと、衣装が何者かによって無惨に引き裂かれていた。

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