「薄桜鬼」の二次創作小説です。
制作会社様とは関係ありません。
二次創作・BLが嫌いな方はご遠慮ください。
「八郎、何でてめぇがここにいる?」
「働きに来たんだ。」
「言っとくが、うちは即戦力を求めている。お前ぇみたいな金持ちの社会勉強なんざお呼びじゃねぇんだ。」
「僕を余り見縊らないでくれる?」
「へぇ、そう言うのなら、お前ぇが接客業が務まるのかをとくとこの目で見てやろうじゃねぇか!」
歳三は、そう言うと八郎を睨んだ。
「南蛮チキン定食三つ、鶏の唐揚げ定食四つ、親子丼二つ上がったよ~!」
「はいよ!」
八郎はテキパキと店内を歩き回り、客からの注文を聞き取った。
「やりますね、伊庭さん。」
「ふん、あれ位出来る。」
「まぁ、いいんじゃないんですか、雇っても。伊庭さんはこの店の戦力になりますよ。」
「そうか。」
「トシ、伊庭君を雇ってくれないか?」
「あんたがそう言うんなら、仕方ないな。」
「ありがとう、トシ!」
「大袈裟だなぁ、あんた。」
歳三はそう言って溜息を吐くと、沢庵を壺の中から取り出した。
(また、腐っていやがる。)
「邪魔するぞ。」
「てめぇ、いい加減にしやがれ!」
歳三はそう叫ぶと、沢庵を千景の顔に投げつけた。
「また懲りずにあそこへ行ったのですか。」
「うるさい、出せ。」
千景は天霧から白いレースのハンカチを受け取り、沢庵で汚れた顔をそれで拭いた。
ハンカチは黄ばんだ。
「はい、アップルパイです!」
「頂きます!」
「美味いな、伊庭君のアップルパイ。何処で作り方を習ったんだ?」
「実は僕、パティシエになりたくて、今一人暮らしをしながら、調理専門学校に通っているんです。アップルパイの作り方は、母から習いました。」
「へぇ、何で実家から出たんだ?」
「金持ちにも、色々と事情があるんだよ。」
「そうか。」
「僕は、いつか自分の店を持ちたいんだ。」
「夢を持つのは、いい事だ。」
「そうですよね!」
八郎が誠食堂のメンバーとなってから、店の人手不足は解消した。
彼は、良く働いてくれるし、何より愛想がいい。
「今日は忙しかったですね。」
「そうだな。まぁ、クリスマスシーズン中だから、ランチタイムのデザートに出しているケーキも好評ですし。」
「まぁな。それにしても、最近弁当の無料配布に並んでいる路上生活者の年齢層が少し変わっているような気がするんだ。」
「確かに。女性や若者が多いような気がするな。」
ある日の夜、歳三達はそう言いながら酒を飲んでいた。
「コロナで会社が倒産したり、アルバイト先から解雇されたりして、路頭に迷ったりしている人が多くなっているからな。」
「そうですよね。」
「総司は?」
「部屋で休んでいますよ。それよりもトシさん、来年彼受験ですよね?」
「あぁ。」
「店は上手くいっていますし、総司君の成績なら良い高校に行けますよ。」
「まぁ、こればかりは本人が決めるしかねぇな。」
「学歴は関係ないといいますけど、やっぱり高校位は出ておかないと・・」
「うちはお前ぇの家みたいに余り教育に金をかけられねぇが、あいつの為になるなら何だってやってやりてぇ。」
「あ、そういえばトシさん、来週の金曜空いています?」
「今の所、何も予定は入っていないが、何かあるのか?」
「実は、父がトシさんの事を気に入ってね、一度会ってみたいと言っているんだ。」
「へぇ・・」
「まぁ、そんなに緊張しなくてもいいよ。ほんの、ささやかな集まりだから。」
「そうか。」
八郎から彼の実家のホームパーティーに誘われ、歳三はその週の金曜日、勇と共に伊庭家へと向かった。
「なぁ、どこもおかしくないか?」
「あぁ、大丈夫だ。」
「二人共、デート楽しんでくださいね。」
「総司、済まないな、受験勉強が忙しいのに留守番を頼んで。」
「いいですよ。気を付けて行ってらっしゃい。」
「わかった。」
歳三と勇を玄関先で見送った後、総司はケージの前で自分を見つめる“もちお”と目が合った。
「今日は、僕達だけだね。」
(これの何処が、“ささやかな集まり”なんだよ!)
伊庭家のホームパーティーに出席した歳三は、リビングの中央に氷の彫像が置かれている事に気づき、えらい所に来てしまったと思った。
「トシ、俺達ここに来て大丈夫か?」
「あぁ。」
あらかじめ、勇はスーツ、歳三は訪問着でこのパーティーに行こうと思い、パーティーの前に基本的なマナーを身につけようと、駅前の大型書店で冠婚葬祭やマナーについて書かれた本を読み漁っていた。
「あ~、何だか緊張するな・・」
「大丈夫だ。」
「トシさ~ん!」
歳三と勇がそんな事を話していると、そこへ八郎がやって来た。
「八郎、これが、“ささやかな集まり”なのか?」
「そうだよ。」
(金持ちの感覚はわからねぇな・・)
歳三がそんな事を思いながら苦笑していると、そこへいつも歳三から沢庵ビンタを喰らっている風間千景がやって来た。
「今夜のお前は美しいな。」
「は?」
「俺の所へ来い。そうすれば、一生贅沢させてやる。」
「俺ぁお前ぇみたいな金で物を言わせるような奴は嫌いだね。」
「何だと!?」
「心は金で買えねぇって事さ。」
「わかった・・行くぞ、天霧。」
「はい。」
(あいつ、何かひっかかるんだよなぁ・・)
「トシ、どうした?」
「俺、あいつと会った事があるんだが、思い出せねぇんだ。」
「そうか。まぁ、無理に思い出さなくてもいいだろう。」
「そうだな・・」
伊庭家のパーティーから帰ると、総司は居間で勉強をしていた。
「こんなに遅くまで起きていて大丈夫か?」
「ええ。むしろ寝ようと思ったら、目が冴えちゃって・・」
「そうか、余り無理するなよ。」
「はい。」
「勝っちゃん、明日は店を休もうぜ。色々と疲れたぜ。」
「そうだな。」
歳三達がそんな事を話している時、千景は風間邸のダイニングで遅めの夕食を取っていた。
(向こうは、俺の事は憶えておらぬのか・・)
「どうしましたか、風間?」
「あの者・・土方といったか・・向こうは、俺と会った事すら憶えていないらしい。」
「まぁ、それはそうでしょう。まだお互い子供だったのですから。」
「そうか・・」
千景は、何故か自分が生まれる前の記憶―すなわち前世の記憶を持っていた。
はじめは、時折夢に現れる自分と瓜二つの顔をした男が最初誰なのかわからなかったが、やがてそれは自分の前世である事に気づいた。
夢の中で現れるのは、いつも一人の男だった。
美しく艶やかな黒髪をなびかせ、宝石のように美しい紫の瞳に、千景は夢の中でありながらもいつも魅せられていた。
その男といつか会ってみたい―そう思いながら千景が、“運命の日”を迎えたのは、彼の十歳の誕生日パーティーでの事だった。
主役ではあったが、このパーティーを開いた父親の目的は、社交だった。
大人達の社交場で子供が退屈するのは当たり前で、千景は母屋から人気のない中庭へと抜け出した。
明治の頃、風間家の何代目かの当主が贅を尽くして専門の職人に作らせた美しい薔薇園は、月明かりに照らされて美しい姿を客達に見せていた。
噴水の前まで千景が来ると、そこには先客が居た。
真紅の地に美しい白梅の模様が描かれている、一流の職人の手によるものと思しき美しい振袖と、漆黒の帯を締めたその少女は、眉間に皺を寄せた後、千景を睨みつけながら、彼にこう言い放った。
「何見てんだ、てめぇ?」
(やっと見つけた。)
夢の中でしか会えなかった男と“運命の出会い”を果たした千景は、感動の余りその少女の唇を塞いだのだった。
「何しやがる、この変態!」
冬空に、小気味いい音が薔薇園に響いたのだった。
あれからもう十年以上経ったが、千景は未だにあの少女―もとい土方歳三に恋をしていた。
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