徒然幸せ日記

作者が日常の生活で見たこと、感じたこと、感動したこと!を書いています。
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古関裕而さんが作られた名曲を知って感動!(歴史秘話ヒストリアを見て)

2020-09-25 20:36:58 | テレビ番組

一昨日放送のNHK歴史秘話ヒストリアをご覧になられましたか?

(ご覧になられていない方は再放送やNHK+,オンデマンドなどで見ることをお勧めします)

古関裕而さんといえば、現在の朝ドラの主人公のモデルで生涯に5000曲も作曲されたとか。

以下、私がこの番組を見て、特に印象に残ったことだけを書かせていただくことにする。

1 古関さんの出発は、「六甲おろし」(大阪タイガースの歌)のヒットにあった。(1936年)

  「六甲おろし」は関西の人であれば誰でもが知っているくらい有名な阪神タイガースの応援歌である。この曲がヒットするまでに、才能は認められていたが、売れなかったそうである。

この曲、非常に歯切れがいい。その秘密は4拍子の1拍目と3拍目を強く歌うように作られているかららしい。

 

2 戦時中は、「露営の歌」(勝ってくるぞと勇ましくで始まる歌、1937年)や「若鷲の歌」(若い血潮の予科練ので始まる歌、1943年)のような有名な軍歌を多く作曲した。

「若鷲の歌」は長調と短調と2曲作り、予科練の人に選んでもらったという。選ばれたのは哀愁を帯びた短調。

自分の作曲した歌で、結果的に若い人を戦争に導いたことに苦しんだという。

 

3 戦後、一番有名なのが「長崎の鐘」(1949年)。これは、長崎の人だけでなく日本国民全体へのエールとして書かれたという。

始まりは短調だが、「なぐさめ はげまし 長崎の ああ 長崎の 鐘がなる」というサビの部分だけ長調らしい。

 

4 そして、最大のエールといえるのが、夏の全国高等学校野球選手権大会の歌である「栄冠は君に輝く」(1948年)である。聞くと本当に元気が湧いてくる。

今年は、コロナの影響で聞くことができなかったが、全国150か所でこの歌が演奏され、インターネットで配信されたそうである。

 

こうした、数々の偉大な歌以外にも大学等の応援歌、社歌なども多く手掛けられ、「モスラの歌」も作曲されたそうである。

 

そして、これは、この番組以外のところで知ったのだが、古関さんは楽器を演奏することなく頭だけで作曲し、一度に3曲を作り上げたとか?!

凄い!の一言。である。

 


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