続・トコモカリス無法地帯

うんざりするほど長文です。

読書感想 「冷たい檻」

2022-07-10 05:18:34 | 読書感想

去年の読書その2
「冷たい檻」
また伊岡瞬の作品。

北陸地方にある村の駐在所から警官が失踪した。から始まる、地方社会を舞台に医療問題をエッセンスに加えた今風な警察小説でした。現代の社会問題に誇張された凄惨さを足して、特別捜査官が謎を追う小説が読みたかったので。

内容や事件の真相などは正統派サスペンスだけど、主人公の描かれ方が少々おかしい。よくある警察サスペンスだけど、現代の事件に挑むはずの主人公が纏う80年代臭がすげえ濃い。作者のセンスが古いんじゃなくて、わざと狙って80年代マッチョ主人公を書いてるフシがすげえ高い。そして作者は80年代アクション主人公を少しバカにしてる様子もある。

というのも、表の主人公である秘密調査官・樋口透吾という人物の出番どれもが「ケンカが強くて女にモテる口の悪い一匹狼」型キャラクターの典型的な発言と行動ばかりです。そしてその全てが滑ってる。昔は通用したかもだけど今じゃイタいサムい馴染めない20世紀のカッコよさを、全身から溢れ出させてるものの、彼はあまり劇中で活躍しません。

だって、冒頭から秘密機関から司令を受ける主人公は人妻とベッドイン中で、仕事が入ったと切り上げて女性から不満を買う、古き良きハードボイルド小説主人公のごとき登場をします。野獣死すべし、伊達邦彦かよ。大藪春彦かよ。
そいで、赤い外車に乗ってとある村の駐在所にやってくるのさ。しかも女に運転させて遅刻して。赤い外車からサングラスした樋口さんが降りてくるのさ。もちろん車内の女もサングラス。あまりに露骨な狙い過ぎ感に笑っちゃった。絵面にしたらすげー80年代臭い場面しか思い浮かばないんだ。ハートカクテルかよ。いまだにバブル引き摺ってんのかよ、おめでてーな。そんな時代錯誤なハードボイルド主人公樋口透吾さんは年齢設定48歳で、20世紀の青春をいまだに忘れられずに、当時そのままライフスタイルを続けている、生きた化石のようなキャラクターでした。作者は絶対にわかって書いてると思うのよ、現代に80年代感覚のカッコよさをそのまま置くと滑稽な姿になることを自覚してるとおもうのよ。でないと、この出で立ちからのミスマッチを起こす描写までしっかり書けないからさ。

この古臭い旧時代ヒーローが遅れて現れたところを出迎えるのは現地の警察官・島崎智久29歳。バブルの幻影を纏いし樋口さんの妖しさに対して、新婚子持ち住宅ローンを抱えた地方公務員と、現代社会家庭人ロールモデルの如き地に足の付いた地味さ。そして当然この2人の会話は噛み合いません。主に樋口さんが原因で。樋口さん頭が古いんで会話スタイルが皮肉や挑発主体の昭和刑事口調なんだ。全体的に言葉足らずで説明不足なうえに、目下年下には煽るような物言いだから、余程察しの良い気配りさん以外では会話が難しいです。当然ながら島崎さんとはギクシャクした関係からスタートです。当たり前だよ、こんな80年代俺様主人公は周囲がすげーすげーと盛り上げてくれるから成立するわけで、初対面の人間へぶっきら棒に単語で話し、通じなければ皮肉や煽りで相手を貶す、そんな古い会話スタイルが通じる時代ではありません。劇中でも容姿の描写では格好良さげなんだけど、周囲との会話シーンで少々浮いて見えるんだよ樋口さん。ただでさえ口数少ないうえに主語を省いたぞんざいな物言いをするため、相手が意図を理解できずに困惑する場面が実際にあります。会って間もない相手でもお構いなしの察しろとばかりのデカい態度、しかも戸惑う相手を見下す様子さえ隠そうともしません。なにこのモラハラ捜査官。読んでて私も当惑しました。平成末期か令和初頭かの時期に、昭和の軽井沢シンドロームみたいな会話されても困るじゃない。

この小説は本編587ページもある長編で、登場人物も多い群像劇なんだけど、初っ端の時代錯誤主人公のインパクトが大き過ぎてなかなか内容が頭に入ってきませんでした。そして一般人目線代表のような現地警官の島崎さんとのぎこちないやり取りを読みながら、案の定滑ってるのを見て当初とは別の期待が湧いてきました。はじめは田舎舞台の現代病理による医療サスペンスを期待していましたが、今では登場舞台を40年間違えた骨董ハードボイルド男が現代犯罪に通用するのか、という興味です。

結果から言えば通用しませんでした。この小説は群像劇なので、事件究明に係わる複数の物語が同時進行しており、樋口さんは親子愛・人情パート担当です。樋口さんには、幼い息子を誘拐されてしまい、捜索するも手がかり無く家庭も失ったという苦い過去がありますが、うん、まー、子供の消えた家庭でこんな口も態度も悪い男と暮らせないだろ、離婚も当然だわ。そいであまり事件の核心にも迫れませんが、事故発生を防ぐことは出来ました。

この小説を要約すると田舎にある大型医療施設の児童・老人養護施設内で、違法薬剤の研究と人体実験が行われてました、という内容。群像劇らしく複数の主人公視点で話が進みます。

しかし群像劇にする必要あったか疑問です。本は厚いしボリューム多いけれど、各視点で話の進みが遅く、組織や施設構造を複雑にした設定が物語の深みに寄与してるとも感じません。先述した古い主人公の樋口さんは事件の解決に届かず、周辺で家族ドラマを演ずるだけでした。施設内部の視点になる小学生の主人公・小久保貴くんは事件を間近で見るほぼ当事者ですが、無力な子供なのでやはり解決には繋がりませんでした。思わせぶりに何度も登場する青年・レイイチは、秘められた過去と中二的多重人格キャラですが、やはり事件とは関係なく、樋口さんの誘拐された息子の成長した姿で、家族ドラマ要員でしかありません。

そもそも、この小説では「どんな問題と事件が起こっているか」描写が淡白で、警官失踪・老人転落死・不良青年惨殺、とあれこれ異常事態発生しながらほとんど報道されず、主人公も外側から調査するためなかなか核心が見えてきません。その間に島崎さんが謎の襲撃を受けて拳銃を奪われたり、地元の有力者達がゴルフをしながら癒着会話を長々を続けたり、内容が事件捜査から逸れまくります。
田舎で何か起こってるらしいけど、視点が外野か、内部でも情報の少ない子供視点なので、概要を把握するには常時情報不足な小説です。なにせ悪役の姿は見えず、被害者の存在も伝聞でしかないのだから、あとは田舎風景描写が淡々と続き、物語への掴みと引き込む力が極めて弱い。読んでて真相を知りたくなる謎や陰謀が出てこない。実は謎も陰謀もあるけれど、それはまた別の登場人物が解決します。ハニートラップで。内通者から情報を得て。つまり調査と推理に依るサスペンス的面白さに著しく欠けています。田舎の医療施設で起きた事件の謎を解き明かしていく楽しさはまったくありません。

真相は医療施設がアルツハイマー治療の新薬を開発しており、施設内の児童養護施設の子供に投与して人体実験していた、というもの。その新薬を投与された子は興奮状態になり、徒党を組んで気に入らない者を襲うことがありました、というのが起きた殺人事件の概要。

でもどちらも設定でしかなく、劇中描写では殆ど描かれません。じゃあこれなんの話なの?家族の再生の話です。昔に誘拐された子供と父親が再会する話が主題です。なんだそれ。そういうの期待してなかったんだよな。
でも樋口さんは同性には当たりのキツい不遜な性格で、しかも目下にはモラハラ気味に接するから、誘拐された挙げ句に養親から虐待され、更生施設で陰鬱に暮らすレイイチ君と上手くやってく姿が想像出来ないんだ。父と息子とはいえ、20年間離れて互いの性格は知らないし、父は子育て経験ほぼ無し、なおかつ口の悪いハードボイルド、かたや息子は危険なもう一人の人格を抱えており、すぐキレる真性中二病。巨悪と戦うバトルファンタジーなら協力もできそうだけど、日本のホームドラマやるのは無理でしょ。どっちも家族のふれあいスキル皆無だし、今から覚えるにはどちらも歳を取り過ぎてます。
最後は、ぶっちゃけ家族が再会したよ、ハートフルな心暖まるラストに仕上げましたよ、のつもりかもしれませんが、絵空事綺麗事の家族ネタで誤魔化された雑で陳腐な終わり方だと思いました。

せっかく薬で凶暴化した児童集団が出てきたのだから、小久保貴くん視点で子供バーサーカー達が暴れ狂う現場を描いて、これは早く解決しないと不味いくらいの状況理解を読者に促す文章が必要だったと思うのですが、誰が犯人かわかりきってるのに事件の発見情報を事後報告的に出すだけだから、そちらの事件も終始影が薄いままです。

先にも書いたけど、複雑な設定と多数の登場人物が互いに干渉せず別個に動くため、物語としてまとまりに欠けています。同じ舞台のオムニバス話を細切れにして時系列に沿って並べただけでした。その時系列順記述が刻一刻と状況変化する臨場感演出等にまったく繋がっておらず、頻繁な視点変更のせいで感情移入できる人物もおらず、事件概要が見えないまま停滞した物語が最後にホームドラマの前フリで終わってしまいました。それだけの話でした。

表主人公の樋口さんは、最終場面で凶暴化した子供達を追って拳銃で撃たれてしまい、結局は事件の解決に繋がる活躍はしませんでした。いつも嫌味なくらい格好つけてるけど、決定力に欠ける終わった旧世代ヒーローなのは相変わらずでした。というか、こんな古臭いキャラでは現代の事件に通用しないと描く裏テーマがあったのではないかと勘ぐっています。なぜなら中盤からやたら優秀な裏主人公が登場するからです。

裏主人公の深見梗平という人物は、職業はブローカー、施設の女性職員を篭絡し情報を引き出す等、やってることはどうにもしょぼい悪党ぽいのですが、外見はゴリラ、しかも目には知的な光があり、常に落ち着き紳士的に振る舞うなど、外見や言動にギャップのある面白い人物に描かれています。そしてブローカー職も女性篭絡も強い目的のために割り切って使う手段であり、どうも本職はまた別にありそうです。樋口さん曰く、同業な別組織の調査員らしいようで。しかし樋口さんのように人を食ったような態度ではなく、普段から礼儀正しく本人も可能な限り誠実であろうと努めているフシも見えます。調査終了後、利用した女性に対し謝罪の手紙と事件概要を報告しています。協力してくれたことへの礼と、伏せていた情報の開示と、最後に公表する判断を委ねます。汚れ仕事でもしっかり働き関係者への敬意も欠かさず、自分の行動への自覚と潔さも備えています。外見の残念さに対して中身がキレイ、とくに周囲を下げないのが気配りの要求される現代のヒーロー像を体現してる様子です。

つまり、この物語を深見梗平視点ならば、施設で進められる陰謀と周辺で起こる事件の概要を順当に追っていく、わかりやすくも複雑で濃厚な犯罪サスペンス小説になったと思います。なんでまとまりないオムニバスもどき群像劇にしちゃうかな。最後の終章で種明かしされても、それ主人公と関係ない話ですよね?としか感じませんでした。

主人公交代でも構わないんだけど、読了後は消化不良感が強く残りました。作者の中に「深見梗平物語」本編が存在するけど、それは別に取っておき今回はスピンオフ周辺外伝を1本にまとめてお出しされたような、中心の情報を伏せられたまま関連設定だけを読まされたような、作者の作品を網羅してる読者向けの内輪作品を間違えて手に取ってしまったような、そんな場違い拒絶感が読書中ずっと消えませんでした。

自分の好みに合わなかったんだよ。


読書感想 「乙霧村の七人」

2022-07-10 05:17:07 | 読書感想

去年の読書
「乙霧村の七人」
作者は伊岡瞬て人。

戦慄のホラー・サスペンス、とあらすじにありますけど既にここからトリックが始まっています。
まずは、都市伝説風に昔とある村で起きた惨殺事件を紹介し、現場となった村をへ大学生の男女7人が訪ねて調査に向かうところから話が始まります。ただ、それだけだと昔の2ちゃんオカ板洒落怖スレの肝試しテンプレ話と変わるところがありません。もちろんプロの作家がサスペンスを書く以上、ありがちなスタートからいかに物語をひっくり返せるかが主題であり、これもその変化球を狙った小説です。叙述トリックが仕込まれています。

ありがちな導入から始めて、惨劇のあった村で大学生達がトラブルに遭遇するのが前半の第1部。そのトラブル中に読者に違和感を与えるのが目的のパートです。惨劇の起きた村で、今夜また新たな惨劇が……と思わせて、あれ?これ惨劇じゃないなといくつも引っかかる伏線を撒いています。

本編は参加した大学生7人の側面を掘り下げていき、事件の真相を明らかにする第2部のほうです。ここで見えてくる参加者7名の人物像がなかなかに癖があり、基本的に好ましくない嫌な人物が揃っています。ただし単純に悪人ではなく、それぞれに嫌味具合が違い、傲慢や卑劣、狡猾や貪欲、しかしそれぞれ性格が多少曲がるのも理解できそうな苦労も抱えており、唾棄すべき極悪人ではなく、長所短所が同居する少々情けない小悪人のように書かれています。これらを調査していく探偵役が実は……のトリックもありますが、それは勘が良い読者なら1部で気づいてるネタ。

この小説のひっくり返す範囲はもっと大きいです。しかしそれが物語を大化けさせるどんでん返しとまでは機能しておらず、むしろ狙ったのは物語ではなく読者への疑問提示効果ではないかと思います。
つまり「噂の証言や資料にも恣意が含まれる」そもそも前提の噂は正しいの?という疑問です。よくある典型的な都市伝説の原典にも最初から錯誤が含まれているかもよ。


読書感想 「終わりなき戦い」

2022-07-03 05:36:08 | 読書感想

今週の読書。
「終りなき戦い」ジョー・ホールドマン著。

50年くらい昔のSF。有名な「宇宙の戦士」と同様に、パワードスーツを着て異星人と戦う物語なのだが、作者がベトナム戦争に参加した経験をもとに書いてるそうで、実際ハイテク兵器の設定や、SF戦術の描写はあるものの、全体的に個人の判断と行動だけではどうにもならない状況に巻き込まれて悩む、スケールの割に等身大な個人の苦しみの物語に収まってます。戦況は目まぐるしく変わり、劇中時間は2千年もかかる大規模星間戦争なのに、その中で周囲の変化に戸惑い、孤独に悩み、それでもやれる努力は尽くし、若干の諦観を漂わせ、どこまでも主人公の内面をしっかり描いており、視点のブレない長さのわりに読みやすい物語でした。

最初こそ、パワードスーツを着た戦闘技術訓練や、初の敵宇宙人と遭遇し接近戦に入ったり、SFバトルアクション要素がありますが、戦争規模が拡大するにつれ一介の歩兵である主人公の意図を超えた戦況に巻き込まれ、中盤からは輸送機内で敵ミサイル回避中には結果を待つだけの手持ち無沙汰感や、帰還後にも仕事に就けず生活が難しい現状など、状況に対して受け身にならざるを得ない主人公の悩みが続きます。それが退屈かといえば、まったくそんなことはなく、主張の少ない主人公ながら目先の状況にできるかぎり最善を尽くそうと努力します。それは敵を倒して戦争に勝つぞ、という戦意高揚の努力ではなく自分の生活や正気を維持したいという、ごく個人的な小さい努力ですけど十分共感できるもので、逆に50年前冷戦バリバリの時代に戦争と兵士の物語でありながら、こんなに肩の力が抜けた主人公が成立してたことに驚きました。

1974年のSF戦争描写ってもっとこう「戦え!負けるな!勝利を掴め!今だ必殺ウルトラスーパーミサイル光線!」みたいのを想像してました。ところが、この主人公は劇中終始一貫してずっとセックスのことばかり考えています。では頭の中が性欲でいっぱいのスケベ野郎なのかというと、むしろ逆で淡白なくらい普段の言動も思考も落ち着いてます。セックスの悩みなのは違いないけれど女性と性交したくてモテたい悩みとは違いました。2020年も過ぎた現代では性別だのジェンダー論だのが紛糾した挙げ句に混乱して、もう異性との駆け引きとか無駄なコストなので、避けれるならば避けたい事象になりました。でもこの小説内では社会における男女の役割と立ち位置は重要で、劇中でも古代人に入る20世紀生まれの主人公は、社会における男性のポジションを果たすことで所属意識を保つ考え方をしています。もちろん男女で立場も役割も違う頃に生まれ育った人間なので、意識の根本ルールとして「自分は男性であり女性と向かい合って対になって生活する」のを念頭に置いている様子です。しかし長大な物語時間の中で社会は変質し、男女差は両者を隔絶し、性愛は生殖と切り離され、出生は社会システムによって管理され、男女のあり方などまったく意味を成さない世界に取り残されてしまった主人公は、終始セックスによる社会への向き合い方を捨てられずに悩みます。つまり自分は男である、と当然の認識を持ち、男として生きるつもりだったのに、男女性差が消えてしまいアイデンティティが保てなくなってしまいました。肩の力抜いて紳士的な振る舞いしようにも「そういうのいいから」と払いのけられる状態です。彼の場合はセックスに代表される性差が社会の根本にあったので、セックスの悩みとして描かれているのだけど、これは帰属意識とアイデンティティの問題です。自分も人格形成を支えている文化基盤を全部取っ払われて、ゼロから知らない社会に馴染むしかない状況に置かれたら相当に苦しむだろうことは想像出来ます。

だからSFや戦争のモチーフを通して、なんとも頼りない自己のあり方に悩む姿は普遍的な物語として、50年近く時間が経った今でもすんなり共感理解のできる作品に仕上がっています。最初にあらすじから期待した内容は、パワードスーツ+ベトナム戦争の泥臭く血生臭いメカバトル要素だったのだけど、実際読んでみると想像したものとは大きくズレた内容でした。中盤からはよくわからない戦況をよくわからないまま生還し、自分の働きなどまるで戦果に寄与しない末端兵士が翻弄される話でしかないのですが、それでも彼は最後まで生きて帰ることを諦めないし、社会の男であることも止めないし、ラストはハッピーエンドで終わるのでキレイな読後感で終わりました。


それはさておき、この物語は壮大な異星間戦争が舞台ですが、敵異星人「トーラン」の記述があまりに少なく敵の姿が見えないため、パワードスーツを着込んだメカニカルバトルアクションを期待すると肩透かしに遭います。SF戦争に必須成分「戦闘メカVS宇宙モンスター」要素が全然足りません。読んでもさっぱり摂取出来ません。しかし作者の筆力が高いので、主人公が陥る普遍的な悩みに引き込まれてしまいます。

ちなみに戦争相手の異星文明種族「トーラン」という呼称は、地球の移民船が牡牛座アルデバラン星の近くで何者かに破壊される事件が起こり、どうやらその辺りに敵対的な異星文明がいるらしいことから牡牛座「(トーラス)のアルデバラン」星人を略してトーランと名付けられた、はるか遠くに居る、姿はさっぱり見えないけれど事件痕跡から推定される曖昧模糊とした存在で、物語序盤ではまるでイメージできないぼんやりとした敵です。ぶっちゃけ対戦相手としてのキャラクター像がまったく出来ていません。そりゃあ戦意も盛り上がらないよ。そもそもいるの?そんな奴と疑うほどに漠然としています。

そのトーランとの第一次接近遭遇と初戦闘では、何もかもが初遭遇のためトーランについての解説がほとんどありません。容姿としては、大きく膨れた胴体と大きな骨盤が細い腰で繋がっており、腕も足も細長く、頭は首がなく胴体から直接盛り上がってる形状で、目は魚の卵塊のよう、鼻の位置には房状の塊、口は喉より低いところに穴が空いてるだけで、衣服を着ている様子はなく性別もわからない。シャボン玉のような透明な球体で身体を覆い、乗り物や防護服のように使います。しかし負傷すると赤い血のような液体が流れて死にます。身体構造や科学技術体系に違いはあれど、人間と撃ち合い斬り合いが成り立つほぼ同サイズの種族でした。劇中描写を読む分には容姿や行動に共存不可能な凶暴生物としての記述が薄く、初遭遇では生態や主義主張がまったく不明なまま戦闘に突入し、一方的に殲滅して人間側が勝利しました。そして本編でのトーランの生態に関する記述もここでほぼ終わります。

以降、トーランと主人公が互いに視認できる状況での戦闘は長期間にわたり発生しません。光速で飛ぶ宇宙船で移動する間に数十年、数百年、主人公が冷凍睡眠している間に戦線はどんどん拡大し、移動中にミサイルを撃って撃たれて回避と撃沈が宇宙のそこかしこで起こり、歩兵の主人公が出る幕はありません。敵のミサイル回避は宇宙船操縦士とコンピュータに任せて、命中しないことを祈りながら加速シェルに潜り眠ることしか出来ません。宇宙戦争バトルシップアクションなどまったく期待できません。そして初遭遇時はシャボン玉に入った全裸宇宙人でしかなかったトーランは、宇宙空間での撃ち合いならば恐るべき強敵です。何せ姿はまったく見えず、広域に展開した観測機からこっちに向けて撃たれたミサイルの数と到達時間が知られされるだけで、戦ってどうにか出来る状況でもありません。ただ祈り耐えて待つだけの時間。これキッツいわ。

そして冷凍睡眠から起きれば、また時間が数百年も経っており、社会の仕組みも技術も大きく変わり、主人公はさらに悩み始めます。退役軍人の社会復帰もままならず、主人公は不本意ながら軍隊に戻りました。もう周囲に同期の友人知人は1人しか残っていませんが、その友人とは別部隊に配属されました。そしてまたもや冷凍睡眠に入り、互いに別の遥か遠くの星へ飛ばされて行きます。ウラシマ効果で寝ている間の数日が、実時間では数百年の時差になります。再会は絶望的です。

最後の戦闘場面は、サード138という縮潰星からさらに数ヶ月かかる惑星での基地建設中に起こります。縮潰星(コラプサー)ジャンプというブラックホールを利用した宇宙航行技術で数値的に意味不明なほど遠くの星へ行き、そこでトーランの襲撃を警戒しながら基地をこそこそ建てる作戦ですが、やはりここでも怖いのは宇宙船からの爆撃であり、トーランの顔など見えません。主人公はパワードスーツを着込んで基地建設と上空警戒の指揮を執ってます。書類上の従軍期間がとんでもない長さなので、戦争初期から生き残ってるだけでも昇進してしまいました。戦場で活躍してる場面は全然無いのだけど同期はとっくに戦死か寿命で誰も残っていません。そして周囲の新兵達は全員が同性愛者です。冷凍睡眠で眠っている間に人間の社会は激変しており、出生は管理され異性愛は不安定な要素として排斥されています。20世紀生まれのノーマルでヘテロな主人公は大変に悩みます。自分の学んできた社会での男性の立ち振舞作法が一切通用しません。変わらないのはトーランだけだよ。奴等はこの時代でも相変わらず恒星間長距離ミサイルを撃ち込んで来ます。

しかし、この時代の戦闘は科学技術が進みすぎて意味不明です。停滞フィールドという爆弾もレーザーも止まる空間を作り、それに入ると人間もトーランも死ぬので、停滞フィールド防御服を着た兵士が刃物で殴るという末期的状況です。それでも近接白兵戦は停滞フィールドを持ち出す前に、まず惑星破壊爆弾や防御レーザーやタキオンロケットを撃ち合って、おおよその物体がなにもかも消し飛んだ後の残存兵力が最後に使う戦術らしいです。大抵の人員は星々の向こうから飛んでくる惑星破壊ミサイルで、宇宙船や基地ごと一瞬で吹き飛ぶ戦争です。個人の才覚でどうこう出来る規模じゃないのよ。

しかし最終戦は基地占拠を狙ったトーランの歩兵部隊が殺到してくる泥沼の白兵戦です。防衛システムは焼き尽くされ、基地もミサイルの爆発エネルギーによる地震で崩壊しました。主人公は残存した兵士を停滞フィールドのドーム内に避難させました。この中には外からの砲撃爆撃の一切が止まるけど防御服無しでは生きられず、外への視界も効かないため状況も把握できません。しかし刃物は通るんだよ。外部の見えない灰色のドームに上からダーツを投げ落とす攻撃が2度、そしてドームを囲むように並んだトーランが、盾と武器を手に構えて一斉に雪崩込んできました。あとはもう乱戦乱戦また乱戦。50人いた生き残りも20人ほどまで減ったけど、その数倍のトーランの死体の山が出来たころに敵部隊は撤退していきました。そして散発的なダーツ投下攻撃はあるものの、トーラン側に大きな動きがありません。周囲の状況がわからないので停滞フィールド外へ鉄の棒を出してみると、手元に戻した棒の先は溶けて無くなっていました。つまり停滞フィールドの外は爆弾で焼かれた灼熱地獄になっています。トーラン側は周囲を焼きながら持久戦の構えです。どうしようこれ。

実は停滞フィールドは持ち運び可能です。防御服を着た人間が4人くらいで担げばフィールド発生機を移動させることが出来ます。そこで主人公は「新型爆弾時間差爆破作戦」を考えました。フィールド内にあった戦闘艇から新型の超強力な爆弾を取り外し、停滞フィールド内で起動状態にして爆弾を置いたまま、自分達は停滞フィールド発生機を抱えて移動する。停滞フィールド外に出た爆弾は爆発し周囲で待ち構えているトーラン達を一掃するだろう。するかもしれない。灰色の停滞フィールド内から外部は見えないので博打戦術ですが、他に使える策はありません。

では作戦決行、フィールド外に出た途端に爆弾は大爆発し停滞フィールド内も一瞬変な色になったけれど、概ね狙い通りに行きました。後は爆発の熱が冷めるのを停滞フィールド内で待つのだが、計算としては6日ほどかかりそう。6日間休み、試しにフィールド外へ出した鉄棒は溶けることなくそのまま戻ってきました。トーランは去ったのか。停滞フィールド発生機のスイッチを切ったところでこの戦闘の記述は終わりでした。

結果から言えばトーランは撤退しており、主人公は仲間を連れて残った戦闘艇に乗り本隊へ帰還します。
確かにSFギミックあるけど、トーランの宇宙人的描写があまりに薄いです。容姿に若干の異形部分がありますが、両手両足等身大と身体構造が人間とかわりません。しかも使う道具は、シャボン玉状の外見差異があれど、防御服に宇宙船にミサイル、近づけば盾と刃物と打撃棒、と人間と同じ動きをします。作者がベトナム戦争従軍経験をもとに書いた小説ですが、トーランてのはそのまま北ベトナム軍とソ連軍がモデルでしょう。劇中では人間とトーランの終戦協定が結ばれた後に主人公達が2百年以上の時差を経て帰還して終わりますが、主人公は最後までトーランという存在の思考を理解できずに終わります。トーランてのは他所の星で生まれた自然発生のクローン生物で、個体差が無い種族らしく、人間側もクローンが社会の維持管理を行うようになってから両者の理解が進み、ようやく戦争が終わったとあります。最初から個人では何も解決できない出来事ばかりの物語です。

では個人なんて無力、洗練された管理社会礼賛の物語かといえば、作品テーマは真逆で主人公が悩んでもがくだけでは足りないけど、そこに他者とつながる気持ちが少し足されると良いことありますよ、とキレイに締めくくられる収まりの良い話です。伊達に賞を3つも取ってません。主人公は作中通してずっとセックスに悩み続けているのに、性欲の生臭さや下卑た下心といった下半身事情はまったく無くて、性別を通して自分が社会と向き合う姿勢を真剣に考え続けてる印象が強いです。決して20世紀的タフガイ・マッチョ型の人物じゃないし、状況に流され続けても自分を見失う場面が一切無かったので、強いカッコいい頼りになるヒーローキャラでもないけど、悩みに押しつぶされる弱さもなく、一見中庸に見えて意外に芯が強く、なんとも捕らえ所のない主人公です。

SFを期待すると薄味、戦争を期待すると流れが見えず、主人公の活躍を期待すると能動的行動が少ない、それなのに全体を通して読むと壮大な宇宙戦争の中で、誠実に強かに懸命に生きる主人公の姿が見えてきます。通して読むと見えてくる主人公は苦境逆境の連続なのに、強く自己主張をするでもなく諦観すら漂わせているのに、どんな激戦の中でも常に理性的でした。
だからこれは凡人の偉大さを書いた物語に思えます。凡人なのかな?理性は凡人の誰でも備えてるものでしょう。それが無い人は粗暴や幼稚と呼ばれる低い枠で凡人には含まれないと思います。

 


読書感想 「アルゴリズム・キル」

2020-02-05 18:56:07 | 読書感想

それではシリーズ3作目。
「アルゴリズム・キル」感想です。ネタバレ全開です。

今作でも冒頭からの掴みは安定した引きの強さ。
交通安全イベントの音楽隊が演奏する中、駐車場の隅に現れたのはガリガリに痩せこけた少女。血痕の付いた服、手足の打撲傷、歯は全部折られている、どう見ても強烈な虐待を受けた被害者です。それを切っ掛けに未成年者の連続変死事件が発覚します。
一方で、GPSと連動したオンラインゲーム『侵×抗』内では現実の変死事件が起こるたびに、該当箇所の時刻と位置情報が申請されていました。次々と犯行現場を予告するかのような更新申請は、全て同一ユーザーに依るものでした。

アカウント名は「kilu」

被害者はみな生前に激しい暴行を受けた痕跡があり、その打撲痕や指紋は大人では小さすぎました。つまり子供が子供へ死ぬほど殴る蹴るの暴行を加えているということ。そして毎回犯行現場にゲーム上から死亡時間と位置情報を上げ続ける同一ユーザー。

ここで私が想像したのは、子供を集めて殺し合わせるデスゲーム管理人を気取った犯罪者でした。未成年者達を監禁服従させ、気まぐれに一人を標的にし、子供達に死ぬまで集団暴行を強制する。そして犠牲者を予告場所に捨て、世間に挑発的なアピールを繰り返す、強烈な支配欲求と自己顕示欲の怪物。
こんな無茶苦茶な集団を維持するには、未成年者を集めて生活出来る施設と管理支配するノウハウが必要不可欠です。集団生活するカルト団体や福祉崩れかと予想していました。ブラック企業の社員使い潰しにも似てるけど、あれはもっと普通に「キラキラ輝いてる会社」を正業で誇示できるので、わざわざ狭いオンラインゲーム内だけに死亡者情報をこっそり書き込む意味はありません。この犯人には反社会的行為の自覚ありながら、それでも世間に自慢したくてしたくてたまらない歪んだ自意識が伺えます。名前も「kilu」キル、殺すのもじり。スペルミスもつっこみ待ちなのか、ありふれた「kill」との差別化なのか。どちらにせよなかなか個性的です。

コイツは吐き気を催す邪悪だ。邪も悪も嫌いじゃないが、しつこい被害者晒しが鼻につく。かなりつく。監禁虐待など実は割とどうでもいい、浅慮な「俺って残酷でしょスゴイでしょ」自慢が癇に障る。
犯人想像しただけで即このテキスト量。この「kilu」てのは大嫌いなタイプの行動パターンだが、悪役としては申し分ないです。悪役は読者のヘイト稼いでなんぼの役割だからな。前作の「echo」にがっかりしたから、その分余計に期待してます。

その期待はまたも打ち砕かれたわけだが。
冒頭に猟奇的シーンを配置したけれど、そこから物語がすんなりとは事件捜査へ続いて行きませんでした。今作での文章の大部分は警察内部の裏金問題の描写に割かれます。しかも裏金問題とクロハには直接関係がありません。他所の部署の話だし、しかも経理担当者は既に自殺しており、とっくに終わった事件です。ところがその帳簿データがクロハへ渡された疑惑が起こり、当人の知らぬところで疑心暗鬼の派閥抗争に巻き込まれていきます。

これは悪手です。群像劇ならまだしも、クロハシリーズは一貫して読者の視点は主人公クロハと同じ位置に置かれます。クロハが知らないことは読者も知り得ません。そしてこの主人公はよく言えば孤高、悪く言えば一人ぼっち、実直な性格の反面で柔軟性に欠けています。察しも悪く親しい友人もいないため、こうした人間関係の探り合いに最も不向きな性格です。そのため周囲からの勘繰りアプローチもぎこちなく、挙動不審な同僚達の「聞いてるか?」「知ってるか?」「奴は何と言った?」「気をつけろ」と主語を省いた曖昧な揺さぶりばかりが続きます。始めから終わりまでずっとこの調子です。クロハと重なる読者視点でも「なんのことですか」と当惑するのも当たり前です。

この裏金問題は作中情報提示具合が極めて悪く、過去にあった根本の事件から、関係者の名前や立場、現状進んでいる状況、どれも隠蔽されたまま続くため、読んでいても情報が整理できず、冗長を通り越して無駄な文字列化していました。本部だの駆け引きだの、それがクロハと何の関係があるんだよ。「kilu」捜査の邪魔すんじゃねーよ。
違うよ、記述分量の配分を見ても未成年変死事件はおまけです。今作は警察組織内の軋轢で身動きとれなくなるクロハの話です。そういうのが読みたいんじゃないんだよ。

そして肝心の「kilu」捜査も開始早々腰砕け。児童相談所から情報を得ようとしたら無戸籍児童の話へ流れていき、クロハは居るのか居ないのかわからない謎の少年達の目撃情報を追い始めます。貧困の中で懸命に行きている子供の姿が断片的情報でちらちら描かれ、クロハは彼らが事件に近いところに居るのではないかと捜査するのですが……、そうじゃない、そうじゃないよクロハさん。私が読みたいのは世界名作劇場のような不幸な子供の物語ではない。ゴールディングの「蝿の王(無人島に漂着した少年達が権力争いで殺し合う)」のような、閉鎖環境で弱い順からリンチにかけられ減っていく、子供の姿をした共食いモンスターの話が読みたいのだ。さらにそこから法と正義を盾にした冷酷残忍な大人が、子供を容赦なく駆除していく暴行と殺傷の連鎖の物語だ。前2作だけでは流血バトル要素が足りなくて、こっちは腹が空いてるんだよ。

しかし、彷徨う児童を描いていく繊細な本編にそんな残虐場面が出てくるはずもなく、クロハが行く先々で見聞きする幻のような少年達は、小さく儚い者たちが寄り添って遊ぶ姿ばかりでした。個人の嗜好は別として、これらの描写がえらく郷愁を誘う内容です。ゲームセンターの片隅、夕暮れの公園、河川敷の広場、親の姿は無く子供達だけがそこで遊んでいた、という光景をクロハは聞き込みのたびに思い浮かべます。
だからそうじゃない、そういうのを求めて読み始めたわけじゃない、『鼓動』、タカハシ、あんたらの居た頃は良かったよ。警官が殺伐として居られたよ。

いや、今作でも警察は殺伐としてますよ。既に裏金問題で死人が出てる。クロハの目の前でも1人死んだ。それなのにどういう事件でそれがクロハにどう関係すんのかさっぱりわからない。だからそれと未成年連続変死事件に何の関係があるんだよ。

今作のクロハは、作中内通して状態異常:弱体化がかかっています。警察内部から頭を抑えられ、足を引っ張られ、派閥争い不祥事に巻き込まれた挙げ句に周囲は敵対的です。正面から攻撃してこないけど、遠回しな牽制と妨害がひっきりなしです。
実態として内容は、クロハが警察署内に居ると嫌がらせ受けてばかりなので、息抜きに外出して未確認児童を探し回る話でした。
またあらすじと違う展開になりやがった。「kilu」の捜査がまったく進まないままページは90%近くまで来て、ようやく警察内部裏金不祥事問題は片付きました。証拠データ持ってた職員は殺されました。そのデータは密かにクロハへメールで送られてました。署内は不正を握り潰したい側の人事で敵だらけでした。でもクロハはお構いなしにスタンドプレーで不正を暴きました。終わり。
それはともかく、この警察関連エピソードは「kilu」事件と全く無関係でした。ただクロハを動きにくくするだけにある文章。丸々削除しても「アルゴリズム・キル」は成り立つと思います。

長大な道草描写に痺れを切らしていたのは、私だけではありません。ラスボスもブチ切れていました。370ページも費やしてさっぱり事件が解明される様子が無かったため、もう残り時間が僅かだからと真犯人自らが打って出てきます。現在、人質を取り役所に籠城をしているそうです。
真犯人はタカシロという男です。誰ですか?と思うほど存在感がありません。登場したのは序盤の6ページほど顔出ししたくらいかな。
交渉しに向かったクロハに、この犯人はベラベラと自分のことをよく喋るんだ。

ーー末期がんなんだって。
ーー子供を集め餌を与え殺し合わせたんだって。
ーー役所の児童福祉関係部所の職員だから、訳有りの子供を集めるのも住まわすのも簡単だったそうな。

いつまで待っても主人公が倒しに来ないから、ラスボス自ら出向いて全部解説してくれました。重病人にこんな気遣いと苦労させて、ぬるい捜査も大概にしろよクロハてめーこらー。
全部白状した直後にタカシロは拳銃自殺したので事件は終了です。何から何までラスボス頼り、至れり尽くせり解決も大概にしろよクロハてめーこらー。

子供はどうなったのさ。そういやまだ見つけてなかったな。2人生きてました。終わり。

それじゃ困る、気がすまない、結局「kilu」とは何者だったのか。
タカシロは子供を集め、殺し合わせただけでした。
オンラインゲーム上に時間と位置情報を挙げてたのは「キリウ」という少年、学校行ってない子だから「kiliu」をスペルミスしてしまい「kilu」と一字違い。自分たちが殺される場所と時間をゲームに挙げて、救助を求めていました。
つまり、連続未成年殺人犯人タカシロと、その目を逃れてオンラインゲームに位置情報を通報する被害者側「kilu」の2つが、外から見ると自作自演の連続猟奇殺人鬼「kilu」に見えたわけだ。
あれ救難信号だったのか。粘着質な犯人の被害者晒しと手柄自慢だと思ってました。

そして読書始めに私が想像した凶悪殺人ゲーム主催者「kilu」など存在しませんでした。もちろん狂暴な共食いモンスター児童も存在しませんでした。怪物なんて最初からいなかったんだよ、よかったな。よくねえよ。
今回も期待は大きく外れました。もしかしたら凶悪殺人犯と「蝿の王」的クソガキーズをぶっ倒しに行く、行ける、行けないんじゃないかな、行かないわこれ、と読書中は希望を保つよう努めましたが無駄でした。警察不祥事パートも興味が下がりつつ読み切りました。タカシロが籠城した時は、まだこれから話が逆転するかとも考えました。
するわけないだろ。
今作は未確認児童を想うクロハの視点が優しすぎる。これで年齢無差別級デスマッチが起こるわけないだろ。バトル脳もいいかげんにしろ。


このシリーズ、帯や始めのあらすじではスゴイ凶悪犯罪に単身立ち向かう的な煽り文だけど、中身とギャップがあります。
1作目「プラ・バロック」こそ終始陰惨な緊張感とカタルシスがありますが、2作目・3作目では妨害と牽制でネチネチ嫌がらせを受ける場面が多く、作風がかなり違います。
『鼓動』みたいな怪物をもう一度追いかけてみたい、という期待は捨てたほうが良さげです。
そもそも『鼓動』だってタカハシの獲物で、クロハは「関わらんどこ」と退却してるだろ。戦ってないだろ。あれは決戦場として「港湾振興会館」のシチュエーションが飛び抜けて良かったから、雰囲気に飲まれて錯覚しただけですよ。
クロハも決して「悪党には容赦しない苛烈な性格」じゃありません。目上に愛想悪いけど、目下には柔らかい対応してます。特に子供に優しいよね。誤解してました。

『鼓動』「echo」「kilu」どれも開幕のおどろおどろしさが際立っていたのよね。でもそれは錯覚。クロハシリーズの登場人物は蓋を開けてみれば、皆それぞれ悩みを持つ等身大の人間でした。いや、鼎計はどうかな。


頭から「怪物」「猟奇殺人鬼」「最終決戦」などの意識を抜いて、もう一度「アルゴリズム・キル」を読み直しました。警察金銭不祥事の下りは、やはり好みに合わなかったけれど、クロハが「社会から見えてない子供達」の足取りを追う場面は細やかな記述で、もう失われてしまった光景・風景を拾い集めてるようでした。すると、脳内に浮かぶクロハの容貌が前とは違ってきます。
「プラ・バロック」の時は拳銃を構えた鋭い表情。
「アルゴリズム・キル」では視線を下げた憂鬱な表情。
最後に、探していた『細身の少年』キリウシロウをようやく救出した場面の文章は、
「けれど、その奥に」
と途切れているがそれまで十分に書き連ねて、もう重ねる必要の無い言葉が省略されているのでしょう。私は「安堵」を読みました。

 

自分の読む姿勢が作品と合っていなかっただけのこと。
「アルゴリズム・キル」は目標を捕えて迫って行くタイプの話ではありませんでした。こぼれた欠片を拾い集めて元の場所に運んでいくタイプな気がします。

ただし私にとって、そんなかったるい話は読書時に気分のギアをかなり落とす必要があります。エンスト寸前まで落とし、衝撃の結果を焦らず、大胆な起伏も望まず、異様な設定も欲さず、穏やかに物語と寄り添って読んでゆくのです。
そんなん無ー理ー、私には無ー理ー。エンタメにはセックス&バイオレンスと呼ばれるジャンルがありますけど、私は元々バイオレンス&バイオレンス嗜好なんだ。バイオレンスさえあればよく、エロとセックスは退屈、そんな暇あったらもう一発多く攻撃当てろ、もう一撃深く抉れという主義です。老若男女一切の差別無しにみな全力戦闘してください、休憩時間はありません。
今後もそんな物語を探します。今回は間違いました。


読書感想 「エコイック・メモリ」

2020-02-04 21:40:53 | 読書感想

それではシリーズ2作目。
「エコイック・メモリ」感想です。ネタバレ全開です。

始まりはとても良いです。前作の『鼓動』以上のブチ切れた犯罪者を期待してたので「動画投稿サイトに実際の殺人動画『回線上の死』をアップロードする猟奇殺人犯」なんて掴みは上々、今度の犯人も楽しそうだと思いました。

ぶっちゃけると今回の犯罪者「echo」は言動や容姿では、かなり有望な素質がありました。小柄な体格・陰湿な性格・耳障りな嬉笑。モンスターの如き狂気の犯罪者として個性の話です。
しかし本作を読んでいても気分が盛り上がりませんでした。前作のような因縁の収束具合に欠けてました。

中盤までは良いんだ……とも言えません。序盤の物語2割程進んだ辺りから部外者の介入が入り、そちらの描写に文字数が割かれ本筋が停滞し始めます。このスタートダッシュの躓きが最後まで響きました。

あらすじにあるとおりの、動画サイトに殺人動画を上げる猟奇犯罪の捜査物語を読みたいのですが、内容は警察の発砲問題や、暴力団とオンラインゲーム運営トラブルや、クロハを狙う殺し屋や、甥の親権をめぐる裁判の描写といった、傍らエピソードばかりが重なり、その合間に「回線上の死」の捜査が少しづつ挟まる配分で、前作での畳み掛けるような展開の速さはありません。クロハが仕事と私事と外部介入により慌ただしく振り回される場面ばかりが続き、事件捜査に集中していないように見えます。今回クロハは一度に抱える案件数が多すぎるんだよ。
人物配置も悪くて、片仮名の名前持ちキャラは行動の記述が少なく、登場しても話が進まないのに、キャラ名すら出てこない奴が裏でこそこそ活動してて、クロハ側から見えるのはその余波ばかりです。私には原因がわからない結果描写を意味不明として読み飛ばすクセがあるので、今クロハは何してるんだっけ、と物語の流れを見失うこともしばしば。

それでも動画を解析して犯行場所を探り出し、遺体発見からさらに犯行状況を明らかにしていく過程は読んでいて楽しめました。特に音声編集の痕跡から「意図的に消された音」を復元し、金属の軋みのような甲高い音を発見するあたり。これ犯人「echo」の笑い声なんだよね。こういう不気味な描写は好きです。そしてそんな怪物じみた猟奇殺人者を追い詰めていく展開はもっと好きです。
だから期待が肩透かしで終わった「エコイック・メモリ」は嫌いです。

ここから先のモチベーションは下るだけ。
殺人犯「echo」とクロハの間に、有限会社閃光社という暴力団が割り込んできます。わりと序盤。こいつらがクロハへ殺し屋を送り込み「echo」の命も狙い始めます。本編の1/3くらいは閃光社絡みの展開になり、もう回線上の死どころじゃありません。なんで暴力団が「echo」まで狙うのかといえば、被害者の中に組員の親類がいたらしいです。それも判明するのが終章のため、ずっと意味不明な妨害と襲撃が続きました。わかりにくい。中盤以降はクライムガンアクション的に話が流れていき、結婚式場跡らしき廃墟で銃撃戦。その前にカースタント場面もあったかな。
裏表紙に書いてあるあらすじと関係ない方向に物語がズレていって、そのまま話が終わりました。サイコスリラーを期待してたので読了後がっかり。

途中からのジャンル変更感もマズいが、今作では読者への情報開示タイミングが雑に感じました。前作「プラ・バロック」の冴えが嘘のよう。
だって劇中捜査でぜんぜん「echo」の概要が掴めないんだよ。思わせぶりに出てくる汚職警官イワムロや、犯罪組織閃光社や、オンラインゲーム運営トラブル、どれも「回線場の死事件」究明に関わるわけでもなく、クロハの行動を空振りさせます。
そのへんの事情は、閃光社の雇われ殺し屋「サイ」がクロハを襲撃中に説明してくれます。ただコイツの口調が遠回しなうえ、出す情報量が多いので、余計に事件概要と犯人像がぼやけていきます。

サイはクロハを襲撃したり、事情解説したり、奇麗だと言ったり、そのまま殺そうとしたり、これらを一度の遭遇で全部やるのだから行動が支離滅裂です。もう残りページが少ないのに話が全然進んでないから、コイツが一人で最強の敵・情報屋・恋愛ドラマ・共闘ライバル・後事を託す師匠を全部こなす事態となり、結果的に劇中最も狂ったキャラになってます。地の文で多少の狂気描写もあるけど、最大理由は整合性の無い言動です。

サイが退場後にクロハは真犯人と対峙します。
犯人「echo」とは本名「鼎計(カナエ・ケイ)」という小柄で神経質な笑い方をする女です。他人を唆して操り破滅させるのが好きな虚言癖の女、というのがサイの解説。職業はジャーナリストだが過去に少年犯罪を取材しており、その事件の加害者少年達を「回線上の死」で殺害していきます。回線上の死は複数人の寄せ集めメンバーで実行しており、鼎計は彼らにリンチ殺人を煽って楽しんでいただけらしいです。そのメンバーも後から殺す予定らしいです。
らしいらしいと、そのへんはっきりしないのは、本編が同僚の妨害と閃光社のヒットマン絡みばかりで全然捜査が進まず、サイの説明もわかりにくい言い回しで、最終場面で対面した鼎計はただの拳銃射殺魔と化しており、事件内情がさっぱりわからないままだったせいです。
ネットを駆使し他者を煽り、陰湿なリンチ殺人を繰り返すサイコキラーだった「echo」鼎計が、捜査の手が及ぶ前に警官襲撃・拳銃強奪・連続射殺魔にクラスチェンジしてしまいました。本編の中頃には知能犯から粗暴犯に変わり、猟奇犯罪者としての魅力はもうありません。殺害理由もただの口封じで、そこに情熱や快楽の強さは感じられません。

最初の始まり方までは良かったんだよ。リンチ殺人動画の連続投稿する犯人なんて、異常な自己顕示欲と加虐嗜好が溢れ出てるキャラクターです。前作の『鼓動』に欠けていた自己顕示欲と、引けを取らない残虐さを持った怪物のような殺人犯を期待していました。きっと終盤にコイツの「撮影スタジオ」に乗り込む場面は、前作の悪魔の塔「港湾振興会館」よろしく、血まみれの部屋への討ち入りになるのだろうか、という希望もありました。さらに「echo」の正体が小柄な女性と判明した時点で、拳銃に頼らずともクロハが体力的に十分対抗できる相手なため、殺人現場スタジオから「敏腕刑事クロハVSネットリンチ煽り手echo」のガチンコ殴り合い対決を生中継、くらいサービスしてくれんのかなと思ってました。だって前作の港湾振興会館バトルは、割れたガラスが散乱する展望室で無視界戦闘だったから、今度も最終決戦場は凝った場所だろうと、前作以上に盛るだろうと思うじゃない。

ちなみに今回のオチは、クロハが鼎計に拳銃突きつけてる間に応援の警察官達が駆け付けて、そのまま取り押さえて逮捕しました。普通すぎる。

そして話はあと27ページも続きます。とっくに着地してるだろ。回収する伏線も謎も無いだろ。
オンラインゲーム運営の話が少し。今回の事件に関係ないよね。
クロハは甥の親権を義兄に取られたとか。忙しいから仕方ないよね。


「プラ・バロック」の続編としては期待はずれでした。かなり肩透かしを食らいました。
続編として読む以上、前作と比較は必然で、サービスの行き届いた「プラ・バロック」に対し、品書きと中身の違う「エコイック・メモリ」には大きく落胆しています。
しかしシリーズはまだ続きます。3作目「アルゴリズム・キル」を読み始めました。まだ判断決めるには早いよね。次こそクロハVS凶悪犯罪者の物語が楽しめるかもよ。

しかし、読んでみると……期待してたんとずいぶん違ってたんだなこれが。


読書感想 「プラ・バロック」

2020-02-03 19:07:28 | 読書感想

特に目当ても無く本屋へ行ったときに、文庫本新刊コーナーに平積みされていた本がありました。タイトルは「アルゴリズム・キル」表紙裏のあらすじではシリーズ3作目の新刊だそうで。てことは前作があるのね。物語出だしの描写から興味をそそる感じがしたので、まず1作目「プラ・バロック」を購入して読みました。巻末の解説文だとこのシリーズは毎回たいへんな凶悪犯と対決する内容らしいので、最初から対決要素を期待して読みました。

「常軌を逸した極悪人VS苛烈な容赦なし刑事」の激突が見たかったので。

結論から言うと、大当たりを引きました。キャラ描写は簡潔、展開は丁寧かつ速度も適切で中だるみがまったくありません。場面ごとの情報開示量が的確なので、読んでいて状況確認のために読み直すという手間がほとんど無く、状況シチュエーションが脳内で映像として明確に浮かびました。これは私が読者として作品と相性がよかったせいもあるでしょう。おそらく作者と同世代なので観ているものが近く、劇中描写と自分の知る似た状況の「あの作品のあの場面」を結びつけるイメージを掴みやすかったのだと思います。そうしたとっつきの良さから内容に没頭して読めたのですが、終盤にいきなり物語から放り出されました。
なんだこれ?と混乱したものの、実はそれすら作者の仕込んだギミックでした。放り出された先には次の座席が用意してあり、そこからは物語の構造を一覧して見通せるようになっていました。


今までバラバラの散発的に配置されていた情報がわずか数行の文章で一気に繋がり、物語の最初から最後まで全部の流れが一枚絵のように頭の中で組みあがりました。なにこれすごい。頭の中に詰め込まれたパズルのピースを組み立てようとしたら、もう組みあがっていた、とんでもない超絶技巧構成でした。驚愕の真相とか、意表を突く展開ではないのです。話としてはそれほど複雑でもありませんが、その分解した記述の配置バランスと、組み立ての計算具合が緻密極まりない。物語情報のパーツ配置と回収手順、2つ両立出来て初めて成立する構成です。読んでいて美しさすら感じます。内容は暗く陰惨な話なんですけど、読後感は爽やかです。物語も構成もカタルシスがあってスカッと気分が晴れます。

では「プラ・バロック」感想。思い切りネタバレします。

クロハという女性警官が主人公です。このシリーズでは主要人物名はカタカナ表示で書かれていますが、それが読んでいて情報整理を助けてくれます。現代日本が舞台の場合、漢字名だと複数の親族関係者や地名と混ざって識別しづらくなる場合があり、以前に読んだ他所の小説では登場人物名が悉く難読文字を当てられているせいで、非常に読みづらく人物関係も覚えにくく、結局読み終えても内容は曖昧で再度読み返す気にもならなかった、という経験がありました。登場人物名というのは、劇中で起こる行動の主語です。いわばアクションの索引で、ここが曖昧=誰が何をしたのか分からない=物語がどう変わったのかわからない、ただの漢字文字列と化します。
この作品ではカタカナ表記がキャラ名=アイコンな程まで視覚的に判別しやすくしたおかげで、人物名と行動・内面描写が離れることがありません。映像なら視線誘導のテクニックにあたる手法でしょう。常に物語の動きに読者の視点のピントが合うよう計算されています。

そして主人公のクロハは、個人的にとても好みの人物でした。冷静沈着、理性的、観察力に長け、自分の力の届く範囲ならば常に全力でベストを尽くす人です。その分、自他共に態度が厳しいので目上のウケが悪く、親しい友人もぜんぜん居ません。性格は剛毅実直、詭弁を弄するのは苦手なようで、他人の悪意から身をはぐらかすのも下手です。ぶっちゃけ若干発達障害気味な人ですが、目的に向かう真剣さはたいへんストイックで無駄を排した性格と行動が、読んでいて非常に好感を持てました。私はこういう主人公を待ってたのです。状況に対して常に全力で挑む姿勢、正直ここに美貌の女性設定は要らないとすら思っています。凶悪犯罪者を追い詰める執念と狂気の追跡者が見たいので、そこに老若男女はあまり関係無く判断力と行動が全てです。

でも、少し前までのこうしたハードボイルドサイコサスペンスアクション系の主人公の多くは、強くてモテる設定のために雑念が多く、戦闘しながら恋愛にも浮かれて、ついでに家族団欒も満喫してて、ちっとも全力で戦ってないように見えてました。そのイチャつきに使う体力を戦闘にもまわしたらもっと多くの強い敵と長時間戦えるのに。真面目に戦えば苦戦もピンチも無いだろうに迂闊過ぎんだろコイツ馬鹿じゃねえのと。つまり主人公は手抜き、敵役は間抜け、ぬるい戦闘をだらだら続け劇中でモブにすごいすごいと持ち上げさせる自画自賛。今まで読んできた他の作品では大抵そんな感じでした。クロハは違ったんだよ。

しかし、これはクロハが優秀というより、私が戦闘特化主人公像に飢餓状態だったせいで、彼女が必要以上に輝いて見えてしまっただけでしょう。

文章構造やら他所への不満やらでちっとも物語の感想に入れませんね。始めに書いたのだから早くネタバレしないと。

1作目でクロハが挑むのは大量自殺事件です。上司ウケの悪いクロハは冒頭で発生した派手な惨殺事件の捜査から外されて、使用代金不払いの港湾倉庫の確認現場へ立会いに行かされます。その倉庫から出てきたのは冷凍された大量の遺体。
のっけからの掴みが強いです。なぜ大量?なぜ冷凍?この人達誰なの?何がしたいの?あまりに不穏すぎるスタートに、読んでいてどうしても事件の原因と理由を知りたくなりました。ここで私の視点と事件捜査するクロハの視点が重なりました。以降は完全にクロハに感情移入していました。珍しく感情移入できたのです。
何しろ彼女は行動に無駄がありません。もしも自分が同様の状況に置かれた時にどうするか。こんな推理ゲームで選択肢が出たならば、彼女は妥当なコマンドを選んで期待よりも若干多めな収穫を得て来るタイプです。云わば「ウザさをまったく感じない主人公」で、私が想定するよりも賢く事態に対処するし、手詰まりでも諦めず熟考して手間を惜しみません。それでいて凹んだ時には気晴らし方がネット内コミュニティで少ない知り合いと話す、という妙にリアルで内向的なところに愛嬌も感じます。
このネット内コミュニティが重要な伏線で、起こる事件の大部分がネット内で進んでおり、世間から見える範囲はごく表層に過ぎません。


このシリーズでは群像劇化するのを意図的に避けてるのか、他者の視点を徹底的に除外し、物語は終始クロハを通して語られます。だから読み終えて全体像を知れば、彼女にも失点はいくつもあるのでしょうが、読書中は主人公と読者に情報格差が無く、常に最善手を尽くしてるクロハに対して否定的な気分を感じたことはありません。この人よくやってるよ。

性格的には可愛げ無いが、視点を委ねるには文句なしの良主人公クロハ、自機が用意されたなら次は背景世界です。東京近郊の他県都市が舞台、劇中の屋外場面では雨降りばかりで海沿いの区域らしい描写も重なり、一貫して高湿度で寒々しい雰囲気が続きます。灰色の空、錆びついた倉庫の群れ、古びたコンクリ建築物、歩いてる人影はほとんど居ない、そんな風景が浮かびました。その中で特徴的な建物が出てきます。

「港湾振興会館」
2つの建物が上部で繋がる独特な形状の高層建築。ところどころ錆び付き看板は外され、本来の役割を失ったようなビルです。序盤でここだけ名称と形状が描写されますが、これはどう考えても「悪魔の塔」だよ。最終決戦場だよ。
先読みではありません。これは作者の予告宣伝、クライマックスはここで決戦だから期待しとけという視点誘導。もうここで私の脳内には雨の中で暗い塔を登っていくシチュエーションが浮かんでいました。そういう感じのゲームを昔よくやったからな。サイレン。

最終ステージの前フリが済んだところで、さらに事態は進んでいきます。検死解剖の結果、遺体の死亡原因は全員睡眠薬に拠る自殺のようです。
意味不明な大量自殺ですが情報が無いので序盤の捜査はとても地味です。倉庫近辺の監視カメラ映像を確認、遺体の顔と行方不明・失踪者の写真を照合、限られた人員で少しづつ時間を掛けて情報を掴んで行くしかありません。数人のデータが一致し僅かに進展したかというあたりで、新たな知らせが入りました。別の倉庫からさらに複数の死体発見。やっぱりな、1箇所だけじゃないとは思ってたんだ。

ここからは立て続けに新しい情報が入り、事件の概要がじわじわと見えてきます。この情報開示ペースがたいへんに上手いです。他にも自殺者がいた、それらの遺体を調べて身元を割り出す、身元判明した人物の周辺と行動を調査、遺書のメールを発見、他にも遺書メールがあった、しかし人数とメール発信数が合わない、遺体が1人分少ない。
捜査状況が慌しくもぐいぐい進展します。情報量の濃度に読んでて心配になりました。だってこれまだ前半だよ、遺体と遺書の数が合わないなんて、クライマックスに使うような仕掛けだよ。中だるみぜんぜんしないのは良いけど飛ばしすぎでないかい。

クロハが遺書と遺体数の不一致から、生き残りが居るはずと見立てて行動を起しましたが、予期せぬアクシデントによってその生き残りも亡くなってしまいました。これは嫌味な上司キャラ・カガの初動ミスのせいです。自殺しようとして死に切れなくて、後ろめたさや孤独感で不安定ギリギリの精神状態な人を、デカイ声でガミガミ問い詰めたら混乱して逃げ出すのは当たり前で、周りが見えなくなったままトラックの前に飛び出してしまったのです。不幸な事故、大失態、読んでる私も失望です。唯一の手がかりが無くなっちまった。カガてめーこらー。

そこに別方向からアプローチが入ります。重要人物タカハシの登場。
黒スーツにメガネの鋭い容貌、一見エリート官僚的にすら見えるのに、連れているボディガード2人は暴力団崩れ、胡散臭い雰囲気が消えません。どう見たってカタギじゃない。
でもな、クロハは集団自殺事件捜査で忙しいんだ、カガだって忙しいんだ、エリートヤクザの相手してる暇なんて無いんだよ、と言いたいところがタカハシも同事件を追ってる様子です。警察を通さずに自前の民間力で調べてるみたいよ。

それはさておき、事件捜査はさらに進みます。県外の倉庫からも集団自殺遺体発見。2箇所発見されたなら、そりゃ3箇所目もあるよね。被害者が増えた分、遺書メールも増えました。この遺書メールにはどれも謎の添付ファイルがあって、そのへんの謎も解けてきました。それぞれの添付ファイルは3Dデータの欠片でしかなく、全部組み合わせると立体図形画像になりました。
それはアゲハ蝶に見えます。しかしよく見ると実は蛾でした。
ここでようやく見えてくる犯人像。大変性格が悪いです。
生きることに疲れてる人々を「キレイな記念碑に残します」と集めて、自殺をけしかけながら「記念碑に残すけどキレイではないよ」と嘘ついたわけだ。

さらに捜査を進め、犯人の計画から漏れた生き残りを保護したあたりから事件の全容が見えて来ました。
インターネット上の自殺掲示板の管理人『鼓動』
どうやらコイツが計画を実行している犯人らしい。
自殺者のそばで舞台を用意し、命を絶つ手伝いを繰り返している殺人鬼です。

これで主要キャラクターが出揃いました。
敏腕警官:クロハ
凶悪殺人犯:『鼓動』
謎の男:タカハシ

以降、警察が『鼓動』の情報を調べて追いかける場面に入ります。しかし捜査は後手後手に廻り、ようやく捕まえた『鼓動』と思われる男も替え玉でした。これは警察の捜査ミスではなく、最初から仕組まれていた陽動です。『鼓動』という人物は非常に用心深く、被害者が皆個人情報を徹底的に削除した後に自殺しているのも『鼓動』の主導です。もちろん自分に関わる痕跡はほとんど残していません。そして事件が報道されてからは逃走準備を整え、替え玉を用意し警察を牽制しつつ逃げ切るつもりのようです。
物語開始時点で犯人は準備万端整っており、そこを手探りで調べていくクロハは、その時々の最善手・最適手を打っているけれど、容易に尻尾は捕まえられません。むしろよくやってる、この緻密な犯行に大分迫っている手腕を褒めてあげたいです。
キレ者ぽいタカハシだって長いこと『鼓動』を追ってるようだけど、狙いを絞りきれてない様子でした。仕方ないよね。

そもそも『鼓動』という犯人が少々変わっています。この手の警察VS猟奇殺人犯のフィクションでは、異常な自己顕示欲の殺人鬼が警察や被害者に向けて挑発的な声明文を送り、心情を煽りまくる展開が多いです。それは手紙だったり、遺体の一部だったり、ビデオレターだったり、あれこれと世間に向けて「俺ってクレイジーでしょ」としつこくアピールするものです。
ところが『鼓動』って全然そういうことしないのよ。後で分かるけどこいつ芸術家気取りの殺人鬼なのに、社会へ作品を発表するとか、自分の手柄自慢とか全く興味ないのよ。それでいて創作意欲と継続意識だけはとても強いから、行動が大胆かつ慎重というやりにくい相手です。

容疑者が逮捕されたので捜査班は解散し、クロハが所轄に戻ったところで不穏な話が出てきました。
「弟さんから着替えを送るから届け先を教えてくれ」と電話があったそうな。
クロハには姉と幼い甥以外に親族はいません。しかし、迂闊な当直員は届け先を教えてしまいました。
弟を名乗る怪しい男は本物の『鼓動』です。
警察に替え玉を掴ませて、いくらか時間を稼げた『鼓動』が反撃にでました。反撃なのかな、これ。

クロハは捜査期間中、一時的に姉宅に宿泊していたので『鼓動』が向かったのは姉宅です。クロハが急行するも既に凶行が行われた後でした。姉は首を切り裂かれ死亡、まだ赤子の甥の姿はどこにもありません。

たしか『鼓動』は自殺幇助する殺人犯じゃなかった?こんな派手に刃物を使う奴だっけ?手口はむしろ冒頭に出てきた惨殺事件によく似てます。
結果から言うと全て『鼓動』の犯行です。自殺者をコンテナに送り込んで凍死させるのも、自殺志願者の首を刃物で切り裂くのも彼にとって大差はなく、自分がその時期にやりたい方法で殺人をするだけらしいです。


この『鼓動』という殺人犯のキャラクターが面白い、個人的には好感すら湧きました。
しばしばサイコスリラー系の連続殺人犯は超能力者のように描写され、都合が良過ぎるほどの探知・感知・予知の能力で、事件を追う主人公を翻弄する場面が多く見られます。周到な仕込みや協力者ネットワークを駆使する天才的犯罪者を描こうとして、やりすぎチート系異能者化してしまう例はいくつもあります。それはもはや犯罪者つーより怪人。警察より仮面ライダーと戦うのが相応だと思います。

『鼓動』は用意周到で隙の無い超常殺人犯ぽいけど、彼のやることは全て常人の延長線にあり、熱意と根気と知識と技術があれば個人でも十分可能な範囲です。目的のために自分で「蒼の自殺掲示板」というサイトを作り管理して、自殺志願者を見繕っていたようです。しかしそれを実際に行う場合は、全部のスレッドに目を通して、見込み有りの書き込みにはレスを返し、荒らしが来たら削除して、場合によっては自作自演で盛り上げたり、そもそも人が来ないと意味がないので外部に向けて宣伝工作も行っていたのではないでしょうか。必要な作業だからやらないといけません。扱うネタの「自殺」なんて不謹慎だと世間では叩かれがちですから、運営には細心の注意を払っていたでしょう。
うわ『鼓動』さんお疲れさまです。その真摯な態度に頭が下がります。
しかもこの人他者を呼び込むだけじゃなく、自分でも外部へ積極的に残酷殺人画像探して回ってたらしいのね。

でも、例えば出会い系サイト運営する人達はこのくらいの行動してるもんじゃないの?あちらは性欲でこちらは殺傷欲、違うのそこだけ。『鼓動』の「殺傷癖」を「特殊性癖」に入れ替えると同レベルに行動力ある人いますよね、ふたばちゃんねる辺りに。

他にも『鼓動』の特徴的な性格として、犠牲者を無駄にいたぶる様子がありません。相手の尊厳を壊すとか、罵倒嘲笑して蔑むとか、女性を陵辱するとか、そんな要素が一切なく他人の生命を確実に奪うことだけを徹底しています。つまり被害者の返事応答態度には興味がなく、自分が殺す実感だけを追求する自己完結型のようです。他人を見下してるフシは随所にあるけど、他人を下げて貶める行動はせず、ひたすら自己内部の高みを目指してる感じがします。
この辺の詳細事情は最終決戦時に判明するんだけど。


それでは最終決戦へ。舞台は悪魔のツインタワー「港湾振興会館」です。
クロハは『鼓動』の居場所に見当がつかず、とりあえず犯行現場だったコンテナ倉庫まで行ったものの、そのまま途方に暮れていました。
そこへ歩いてきた人影1人。タカハシの護衛の片方です。彼曰く「タカハシさんは死んだよ」
見上げた先には夜の暗闇と大雨の中そびえ立つ港湾振興会館。
ここからの情景描写と情報開示のテンポの良さが素晴らしい。
彼曰く「『鼓動』の武器はでかい工具だ」
そして「『鼓動』にはためらいが無い、これっぽっちもない」
未だに顔も声もわからない『鼓動』のビジュアルが頭に浮かびました。日常的な工具を用途外の持ち方している大男。雨と錆と血がこびり着いた鉄の塔。
ゲーム「サイレント・ヒル」がそんな雰囲気でした。何度も遊んだので馴染みの光景です。
そこにクロハの携帯電話に着信が来ました。表示相手は姉。先程『鼓動』に首を切られて殺された姉。
心霊ホラーじゃないです。先の犯行時に『鼓動』が姉の携帯電話と幼い甥を持ち去っていただけです。もう奴をぶっ倒す以外の解決方法ないぞ。

『鼓動』からの電話内容は塔への招待でした。呼ばれなくても行くつもりだったわ。しかし塔の上の『鼓動』からこちらの動きは丸見えらしく、応援を呼ぶことは出来ません。1人で行かないと甥が死ぬとよ。行くしか無い、現状の配置が相手に有利過ぎる。まず接近しないと。

駐車場に車を停めると、闇夜の雨の中、拳銃を構えてクロハは港湾振興会館へ向かいます。案の定、途中にタカハシが血を流して倒れていましたが、もう死んでるようなので放置して先に進みました。
ここからの劇中対決描写は、雨音、無人のエレベーターホール、暗闇と非常ランプ、風音、全て割られたガラス窓、必要最低限な状況説明なのに読んでいると頭の中に場面映像がばんばん浮かんでくる臨場感でした。イメージ元はサイレント・ヒルやバイオハザードの背景屋内画像なんだけど。そういうシチュエーションを他所でたくさん見ただけなんだけど。

最上階でついにクロハと『鼓動』が対峙します。悪天候の夜間に照明も無い屋内なので相手の姿はよく見えないけれど、いかつい大男だということだけは確認出来ました。その大男が自分の事をベラベラとよく喋るんだ。

--子供の頃から『殺したい』衝動に気づいていた--
--治療を受けたが衝動は消えなかった--
--5年前に殺人をして満たされた--
--その後、繰り返し思い出して抑えていた--
--自殺幇助することを思いついた--
--それだけでは満たされなくなったので刃物で殺害に変えた--

ここで明かしておかないと、各事件の繋がりが不明なままだから『鼓動』は洗いざらい全部喋ってくれます。時間経過で犯人内でも心境の変化が起こってたんだな。だから集団冷凍自殺幇助の後から頸動脈切り裂き殺人に変わったのか。つか、掲示板管理人の前歴からも伺えるけど『鼓動』はたいへん理性的な人物で、厄介な衝動を自覚し、社会と折り合いつけるために自分なりの改善努力を尽くしてきたようです。でも抑制するほど反動も大きいタイプらしく、段階的にタガが外れて行き、現状では完全に開き直って善悪倫理観がまったく通じません。
こんな夜中に港湾振興会館に来たのも、昔ここで働いていた履歴書を処分するため、ついでに追いかけてくるタカハシとクロハをまとめて始末するため、だそうです。コイツ完全に第二の人生始めるモードだ。今後も殺人満喫するつもりだ。

これまで全部ぶちまけたのだから後は決着つけるのみ。しかしクロハVS『鼓動』の勝者は決まりませんでした。互いに深手負ったところで『鼓動』がクロハの甥(乳児)の件を出して交渉、クロハは甥救助へ屋上に、『鼓動』は反対側の通路から逃げていきました。引き分け、両者リングアウトです。
ふざけんな。

まだ生きていた甥を抱えてクロハは帰路に向かいました。途中でタカハシの死体が無くなっているのに気付きました。あいつ死んでなかったみたい。『鼓動』が通ったハズの通路には大量の血痕。もちろん本人の姿は何処にも無い。そしてタカハシの車もありません。クロハは「関わるべきではない」とドン引きしています。なんじゃそりゃ。意味深に倒れていたくせに、そのまま車で帰宅する強引なフェイドアウト。なんだったんだタカハシ。最終決戦が消化不良に加え、物語ラストで大暴投。
残り12ページしか無いのに収拾つかないだろ、ふざけんな。


では「終章」
クロハの普段から立ち寄ってるネットコミュニティの場面です。しかし今日は私用ではなく警察署から、他の職員も大勢が見ている中でのアクセス。
オンラインゲーム風の仮想空間内酒場にて、そこの管理人へ詳しい話を聞く必要がありました。この管理人は物語冒頭で、クロハの本名と職業を何故か知っている描写がありました。HNしか登録していないハズなのに。

管理人=タカハシでした。
そして小説内にここまで記述された謎が全て繋がります。
『鼓動』による最初の殺人事件が5年前。被害者名はタカハシコウ。
それからしばらく『鼓動』は殺人衝動を抑えていました。つまり逮捕されず、表にも出て来ていない。
一方で、被害者タカハシコウの関係者に社会的グレーな汚れ仕事を扱う者がいました。彼は5年前の殺人事件で捕まらなかった犯人を独自に追い始め、少ない情報から犯人を捕らえるための「網」を仕掛けました。広範囲に『鼓動』が好みそうな餌を撒き、アクセスした相手を全員調べるという地味で膨大な作業をずっと続けていました。その彼がタカハシ。仮想空間酒場はたくさん張った網の一つでしかなく、クロハが入り浸っていたのはただの偶然です。

『鼓動』とタカハシの戦いは5年前から既に始まっており、しかしそれはずっと追手が索敵を続けるばかりで、物語としての起伏に欠けています。毎日ひたすら罠を張りながら「今日も収穫なし」の繰り返しでは読者もつまらないでしょう。『鼓動』の行動範囲とタカハシの地元が離れていたのも悪条件でした。
そこでタカハシは『鼓動』の生活エリアで、情報を優先的に扱える警察官と接触を図ろうとしました。クロハが頑張って連続自殺事件を捜査してた時期のことです。
ところが、事件報道されたことで『鼓動』が自身へ捜査が及ぶのを知り、逃走を始めます。奴は後顧の憂いを絶つために身辺情報の消去を図りました。就業履歴を消すために港湾振興会館へ。
その頃、タカハシもクロハから漏れ聞いた「蒼の自殺掲示板」キーワードから『鼓動』の動向を掴み、こちらも港湾振興会館へ。

第1戦は『鼓動』の勝ちでした。
ボディガード1人死亡、タカハシは瀕死の重症、生き残りのボディガードが逃げた先でクロハに会い、小説本編での決戦場面へ移ります。

第2戦の『鼓動』対クロハは引き分けでした。
『鼓動』はクロハに銃撃されて負傷したものの、証拠隠滅は済ませてあとは逃げるだけです。しかし、その姿をタカハシに見つかりました。タカハシも死にかけですが『鼓動』への憎悪のほうが強かったようです。

第3戦また『鼓動』VSタカハシ。
逃走体制だった『鼓動』はタカハシの奇襲を受けて、泣き言を上げ、命乞いするも一方的に叩き殺されたようです。顔が変形するほど苛烈な暴行を受けた『鼓動』は、タカハシが車のトランクに詰めて運び去りました。
その後、甥を救出したクロハが港湾振興会館の出口に来た頃には、事態は既に終わっていました。

 

ネット上で音声だけのやり取りでしたが、『鼓動』の遺体の場所も判明し、事件の全貌は解明されました。
タカハシは身体の負傷が重く、もう長くないみたいです。復讐を終えたタカハシが寂しそうに、でも穏やかにクロハと話す場面で物語は終わりました。


視点をクロハからタカハシへ、ひょいとズラせば事件全てが見通せるシンプルな構図。そこまで散発的に、だけど混乱するほど複雑でもなく、小さな欠片状に配置されていた事件概要が、最後に一気に繋がる構成の絶妙な上手さです。

「終章」でようやく、この事件の主役が『鼓動』とタカハシであり、警官のクロハはそれを特等席で見ていただけ、というのがわかります。しかし『鼓動』視点でもタカハシ視点でも、劇中時間5年は状況が変わらず停滞が続きます。だから両者の戦いの情報を集約出来る立場の第3者の視点が必要でした。偶然タカハシの網にかかり、仕事で『鼓動』を捜査するクロハ視点が、読者に情報提示する分量と速度に最も適切でした。
事件の発端、犯人の意図、主人公の不穏な環境、第3者の思惑、仕掛けられていた伏線、犯罪手段の解明、事件の収束。
全部計算づくだったのですね。残り12ページで収拾つかないだろ、ふざけんなとか思ってすいませんでした。


ここまで構成の上手さについて書いたけれど、キャラ描写も良いです。自分が読んでいると、この小説には殺人鬼『鼓動』を含めて、嫌いな登場人物はいませんでした。嫌味な上役だったカガにも中盤までは「カガてめーこらー」くらい思ってましたが、終盤ではかわいく見えてきます。

登場人物と物語内容、事件描写と展開速度、どれも期待以上の面白さでした。
「プラ・バロック」は1作目、続編があと2冊あります。今後のクロハの活躍が楽しみです。凶悪犯罪者を敏腕捜査官が追い詰めていくサスペンス・ミステリーを読みたくて、早速2作目「エコイック・メモリ」3作目「アルゴリズム・キル」を買ってきました。

しかし、読んでみると……期待してたんと違ってたんだなこれが。


刑事モノ

2012-11-27 22:50:30 | 読書感想

先の連休には2冊の小説を読んで、4体のプラモデルを組み立てました。3日間の成果としては良いほうだと思うので満足していますが、本の内容には少々不満です。

1冊目。
「十角館の殺人」
たいへん有名な作品です。購入したのはかなり前なのですが、登場人物が互いに探偵のニックネームで呼び合うのがどうにも恥ずかしいというか痛々しいというか、冒頭で萎えて読み進めることができなかったのですが、今回はなんだか落ち着いて読めました。どんでん返しのインパクトで有名な作品ですが、私は事前情報を仕入れずに読んだのでオチを楽しむことが出来ました。古い作品のせいか割と正統派。ストロングスタイル。ラスト間近までにミスリード含めて情報はほぼ出揃い、私は見事に引っかかったので終盤で「なんだと?!」と驚愕。え、それはありえなくね?というトリックを「ありえる」ように見せかける段取り説明に入ってからは、ああ、あれはそうだったのかーと納得。同時にこんな細かく事件の仕組みを考えないとならない推理小説家という人種に気の毒な気分が湧いてきました。あとがきにもありましたが、常に読者の裏をかくことを期待されるうえ、先人のアイデアを使うとパクリと貶され、ミスリード満載や情報を不足させたままのオチだとこれも卑怯と非難されるのです。
昔のPSのギャルゲーで「Lの季節」というのがあって、学園内で起こる事件の犯人は異世界の魔王だったという酷いシナリオで、これギャルゲーだからいいけど、推理小説でやったら総スカンだなと呆れたものです。今はそういう反則手もアリとして支持層があるそうですが、普通は読者の信用失ったらもう本は買ってもらえません。作者が読み手の裏をかくことに意識が向きすぎて、予測を裏切ろうとして期待も同時に裏切っちゃって、誰も得しない展開ばかり続けて終いには見放される、という事例がいくつもあるので、物語を書く人は大変だとしみじみ思います。
この本は当たりの部類。わりと直球剛速球なトリックもの。最初に途方もない嘘をかましておいて最後にひっくり返す展開。よく読めばところどころにちゃんと正解のヒントもあります。これがデビュー作かよ。登場人物の掘り下げとかはそれなりですが、全編パズル的に組まれた技巧作品。よく出来たびっくり箱なのですが1回しか使えない使い捨てギミックなので2回読む必要はありません。どういう真相なのだろうという先への期待で引っ張るタイプなので、オチが分かって読む話ではありません。ページのほとんどはなんだか癖のある少々嫌な感じの登場人物達がいがみ合う描写に使われているので、文章自体が楽しいわけではありませんし。

この無難なタイトルがかえって良かったと思います。
以前に叙述トリックがすごい小説としてどこかで紹介されていた「ハサミ男」。正体不明の殺人鬼ハサミ男が獲物を横取りされて真相を追う、というあらすじ紹介なのですが「正体不明だったら男かどうかわからんだろ」とか思ってたらそれがオチで使われるトリックでがっかり。ハサミ男の正体は女。うん最初から読めてました。
こないだ映画になった「ドラゴンタトゥーの女」は宣伝文句が「誰がハリエットを殺したのか?」でしたが、そもそもハリエットは死んでない、という酷いネタバレをふたばのスレで見てがっかりしたこともありました。ミステリ・サスペンスの類は最初の嘘がでかいほど仕掛けを大きくできるけれど、その嘘が露骨なミスリード誘いや前提崩しだと失望度も比例して増えます。


もう1冊。
「血まみれの月」
キチガイ殺人鬼を天才刑事が追う話。異常事態を異常人材で解決するのってなんだか面白そうです。自分の想像を超えた常識外の対応が見れると期待するものです。
これは期待ハズレでした。

問題その1。文章が読みにくいです。海外小説は訳者の文章センスも大きく影響されますが、この本はあとがきで「作者は文章が下手です」と言われてました。多分それは訳者のいいわけではなく事実でしょう。短い文章を積み重ねるタイプですが表現やら語句の配置がイマイチです。文章そのものの並び配置を訳者が入れ替えしすぎては内容の意味が変わるので、おそらく元々がこういう味気ない文章。質より量の文章。描写が丁寧なわけでもなく心情が豊富なわけでもなく、それはもうわかったということを何度も書くような記述の薄味を文字数で補うようなスタイルで、個人的には苦手です。

問題その2。話の進みが遅いです。全4部構成ですが犯人と刑事が向き合うのが3章から。そこ以前の2部は異常殺人鬼と変人刑事の個々のエピソードで、話は交わりません。このパートが不要とまでは言わないけどプロローグで1/10に削っても十分だと思います。そして肝心の3章に入ってもなかなか主人公二人は向き合わない。確かに刑事と犯人が向き合ったら逮捕か射殺で話が即終了してしまうので仕方のないことですが、犯人側が極めて用意周到に動くため、刑事側がなかなか的を絞れず動きが取れません。

問題その3。登場人物がキモい。主人公刑事は天才的な刑事という設定なのですが、この人、閃き型なのです。いきなり脈絡なく犯人のイメージが湧いて唐突に動くから周囲の理解がなかなか得られません。閃き型主人公としては程度はかなりマシなほうで、一応捜査データと睨み合う場面も多いのですが、これって要は作者がこいつにしか情報与えないよという制限方式でして、逆に言えば主人公を天才にするために周囲を馬鹿に描くという、手法としてはかなり低級な部類に入ります。なのでキチガイ描写はしつこいけれど論理的な展開はぞんざいでどいつもこいつもボンクラに見えて感情移入を阻みます。狂人殺人鬼は超ナルシストストーカーでありがちなわかりやすいキチガイテンプレートをなぞっているため、だいたい行動は予想通りでそれ程キャラは立っていません。なので刑事側に力をいれたのか主人公刑事も変人です。悪い方向で。すぐに頭に血が上って叫ぶし、冷静に殺害現場を捜査したかと思ったら、別の場面ではキチガイルームで悲鳴を上げて逃げたり、家族関係も一方的な依存が見えるし、そのうえ女性にはだらしないという40歳の大人とは思えない程に落ち着きがありません。主人公キャラとしてはかなり残念な出来で、愛嬌のある悪漢という描き方でもありません。単に作者が狂気設定を持て余して異常な行動が散発しているだけに見えます。しかも先に書いたように事件解決の糸口を論理的に組み立てるのではなく、閃きという形で作者からの啓示を受ける巫女のように得るので、ちっとも頭脳明晰に見えません。コイツ自分で頭使ってないじゃん。頃合がきたから作者がぶっちゃけてるだけじゃん。作者はかっこいい主人公と考えているのかもしれないけど、描写力量が足りていません。
で、これだけ悪口書いてるけど感じたキモさのまだ半分くらいです。キモさの本体はホモ臭いこと。変態殺人鬼も狂人刑事もどちらもホモレイプされて狂っちゃった人です。悪いのは全部ホモ。若い頃にホモに襲われて精神が不安定になっちゃった二人がだんだんお互いを意識し始め、互いのテリトリーを侵しつつ、最後には殺し合う話です。実際の作者の性癖がどうなのか知りませんが、ホモセクシャルが胸糞悪く書かれていて、元々ホモネタが嫌いで苦手な私はますます話に乗れず、殺人鬼はもちろん刑事にも感情移入が出来ず、結局キモいからさっさと殺し合って終わってくださいとうんざりしながら終盤を読み進めました。登場人物の誰にも共感できませんでした。誰も好きになれませんでした。チンピラ汚職警官が自殺する場面だけは「こんな舞台からはさっさと退場したいよなあ」と理解できました。このチンピラ汚職警官が学生時代に犯人をホモレイプしたせいで、そいつが変態殺人鬼にクラスチェンジしちまったから、元はといえばコイツが事件の元凶なのですが、こいつ自身がその後の人生を嫌々生きてきたらしき事情が書かれていたので、あっさり死んだけどそれはそれでいいや。

刑事モノを書くのが難しいのはわかります。犯人のエピソードを派手に書くほど刑事は後手に廻り、なかなか良い活躍ができません。構造上仕方ありません。それでも新宿鮫の1作目、ダーティハリーの1作目は、犯罪者のヤバさとキレた刑事の激突がいい感じに書かれてたと思います。


お手並み拝見

2012-10-09 03:22:41 | 読書感想

基本的に私は意地の悪い性格で、他人の失敗を見て喜ぶというタチの悪い傾向があります。今日も地下鉄で耳にイヤホンかけたスカシた高校生のガキが、目の前でパスケースを落っことしたのを知らん顔して済ましました。聴覚遮断してるからそんなミスに気づかないんだよ、バーカ。改札機の前で慌てればいいよ、いい気味。とか思ってたら横にいた女が「落としましたよ」とか余計なお世話。つまんね。いらんことすんなや。

そんな根性の悪い私は本を読む態度もひん曲がっていて、難しい展開をどう捌くのか作者のお手並み拝見と上から目線で読むことが多いです。そこで、安直な進め方をすると「所詮その程度かよ」と切り捨てて処分箱行きになるわけです。超展開、後付け設定、伏線放り投げ、際限ない引き伸ばし、全部アウトです。緻密な計算で構成された高い完成度を求めるわけですが、みんながみんなそんな良い仕事出来るわけないです。

今現在、最も意地悪い視点で読んでいるのがラブコメジャンル。

「神のみぞ知るセカイ」
大変面白いと思うけれどあれはラブコメではないな。かといってバトル系でもない。開戦直前の情報戦なのだろうか。今の話は魔界の秘密結社が決起直前まで水面下で動いていて、それを最前線指揮官が水際でくい止めるために極秘に対抗し得るコマを並べているところですな。コマは攻略対象の女の子で敵も味方も全員ペテンにかけて戦況をひっくり返そうという孤軍奮闘の状態。状況的には圧倒的不利なのに、頼りになるのは主人公の分析力と行動力だけというすごい逆境。これどうするの?と心配になる難しい展開なのですが作者はかなり計算力の高い人らしく、今のところ見事な切り返しとまとめ上げで話を組み上げていっています。ヒロイン達の描き方も丁寧だし、視点が広くて感心します。1人イレギュラーな子がいるのです。上位ヒロイン枠からこぼれ落ちたとでも言いましょうか、残念な子。その子にもきちんと視点が向いてます。たくさん登場人物がいるけれど捨てキャラが居ない。これは良い出来の作品だと思います。

「やさしいセカイのつくりかた」
意図せず女子高教師になってしまった天才数学者の主人公と、彼をめぐる2人のヒロインという構図なのですが、これはマズイ、困る、後に行くほどつらくなると心配です。作者が。なぜかというとハッピーエンドに至るルートが見えないのです。主人公が特殊で恋愛に価値を置いていません。彼の目的は研究資金の捻出で、今の境遇は不本意な寄り道なのです。しかも設定年齢19歳。天才的な研究家ですが人間的には未発達。あまり教師として立派とは言えず、実際そんなに熱心な教師ではないし、生徒との関わりで情にほだされていく様子も無い。生徒に教えるのは通過点に過ぎず、彼の目標はもっと上を見ています。こんな男にどうやって一介の女子高生がアプローチすれば良いのか。作中でも尽くフラグをスルー・クラッシュされて玉砕する姿が描かれています。これは設定ミスじゃないの?だって主人公がこのヒロイン達から得られるものは何もありません。かといって主人公がヒロインにアプローチしていくほど彼は彼女らに関心持っていないし、ぶっちゃけ主人公側にメリットが見られない。最初に提示された、アメリカで研究を続けるという目的を捨ててまで拾いに行くほどのヒロイン達とは思えない。ヒロイン達は普通に良い子達ではあるけれど、それは他の普通の男が拾えばイイわけで、わりとキャラが立ってる主人公が日和ってくっつく展開は安直で不自然に感じます。主人公は天才で、高い志と目的があって、理解者もきちんと居て、家族の愛情も足りていて、付け入る隙がありません。対するヒロイン達は、ちょっと自分に嘘をついてる内向きな娘と、ギャルっぽいけどピュアな娘、どっちも力量が足りてません。先程出た最新刊の3巻でもちっともフラグが立ちません。片っ端からへし折れてます。これは彼女らだけの努力でどうにか出来る相手ではない気がします。かといって主人公がいきなり惚れてくる展開も不自然。仮に惚れても地位も目的も投げ捨てて得るほどの女じゃないよね。良くも悪くも所詮は女子高生、まだ人間レベル1くらい。かなりイベント仕込んでバランスを崩さないと無理目。正直なところ、私はこの漫画にはハッピーエンドはまったく求めていません。盛大な玉砕を期待していたりしますが、このタイトルではそれはないかな。

私が作者ならこんな既に先の無いヒロインズで引っ張る必要性を全然感じないので、さっさと捨てて次の話にとりかかりますが。


私はまた最近少々捻りが加わってきて逆転構図を好んで見ています。今まで散々漫画やゲームでヒロインを落とす展開を見てきたので、逆に女性側から男を落とす展開が見たいと思うわけです。もう一つの理由は私の中身がシステムダウンして性欲が無くなっちゃったので、ヒロインを追う主人公という構図が遠く感じるというのもあります。「めぞん一刻」を読み返した時に思ったのが、こんなに人を愛せないわーという呆れに近いもの。もう私も残り時間が多くないので、ツンがデレるまで待ってられないのよ。先述の「やさしいセカイのつかりかた」ではヒロインは1巻の中盤ですでにデレが入るのですが、私自身はもうコイツいらねえやとか思ってました。そのくらい今の私は切り捨てるのが早い。