続・トコモカリス無法地帯

うんざりするほど長文です。

読書感想 「アルゴリズム・キル」

2020-02-05 18:56:07 | 読書感想

それではシリーズ3作目。
「アルゴリズム・キル」感想です。ネタバレ全開です。

今作でも冒頭からの掴みは安定した引きの強さ。
交通安全イベントの音楽隊が演奏する中、駐車場の隅に現れたのはガリガリに痩せこけた少女。血痕の付いた服、手足の打撲傷、歯は全部折られている、どう見ても強烈な虐待を受けた被害者です。それを切っ掛けに未成年者の連続変死事件が発覚します。
一方で、GPSと連動したオンラインゲーム『侵×抗』内では現実の変死事件が起こるたびに、該当箇所の時刻と位置情報が申請されていました。次々と犯行現場を予告するかのような更新申請は、全て同一ユーザーに依るものでした。

アカウント名は「kilu」

被害者はみな生前に激しい暴行を受けた痕跡があり、その打撲痕や指紋は大人では小さすぎました。つまり子供が子供へ死ぬほど殴る蹴るの暴行を加えているということ。そして毎回犯行現場にゲーム上から死亡時間と位置情報を上げ続ける同一ユーザー。

ここで私が想像したのは、子供を集めて殺し合わせるデスゲーム管理人を気取った犯罪者でした。未成年者達を監禁服従させ、気まぐれに一人を標的にし、子供達に死ぬまで集団暴行を強制する。そして犠牲者を予告場所に捨て、世間に挑発的なアピールを繰り返す、強烈な支配欲求と自己顕示欲の怪物。
こんな無茶苦茶な集団を維持するには、未成年者を集めて生活出来る施設と管理支配するノウハウが必要不可欠です。集団生活するカルト団体や福祉崩れかと予想していました。ブラック企業の社員使い潰しにも似てるけど、あれはもっと普通に「キラキラ輝いてる会社」を正業で誇示できるので、わざわざ狭いオンラインゲーム内だけに死亡者情報をこっそり書き込む意味はありません。この犯人には反社会的行為の自覚ありながら、それでも世間に自慢したくてしたくてたまらない歪んだ自意識が伺えます。名前も「kilu」キル、殺すのもじり。スペルミスもつっこみ待ちなのか、ありふれた「kill」との差別化なのか。どちらにせよなかなか個性的です。

コイツは吐き気を催す邪悪だ。邪も悪も嫌いじゃないが、しつこい被害者晒しが鼻につく。かなりつく。監禁虐待など実は割とどうでもいい、浅慮な「俺って残酷でしょスゴイでしょ」自慢が癇に障る。
犯人想像しただけで即このテキスト量。この「kilu」てのは大嫌いなタイプの行動パターンだが、悪役としては申し分ないです。悪役は読者のヘイト稼いでなんぼの役割だからな。前作の「echo」にがっかりしたから、その分余計に期待してます。

その期待はまたも打ち砕かれたわけだが。
冒頭に猟奇的シーンを配置したけれど、そこから物語がすんなりとは事件捜査へ続いて行きませんでした。今作での文章の大部分は警察内部の裏金問題の描写に割かれます。しかも裏金問題とクロハには直接関係がありません。他所の部署の話だし、しかも経理担当者は既に自殺しており、とっくに終わった事件です。ところがその帳簿データがクロハへ渡された疑惑が起こり、当人の知らぬところで疑心暗鬼の派閥抗争に巻き込まれていきます。

これは悪手です。群像劇ならまだしも、クロハシリーズは一貫して読者の視点は主人公クロハと同じ位置に置かれます。クロハが知らないことは読者も知り得ません。そしてこの主人公はよく言えば孤高、悪く言えば一人ぼっち、実直な性格の反面で柔軟性に欠けています。察しも悪く親しい友人もいないため、こうした人間関係の探り合いに最も不向きな性格です。そのため周囲からの勘繰りアプローチもぎこちなく、挙動不審な同僚達の「聞いてるか?」「知ってるか?」「奴は何と言った?」「気をつけろ」と主語を省いた曖昧な揺さぶりばかりが続きます。始めから終わりまでずっとこの調子です。クロハと重なる読者視点でも「なんのことですか」と当惑するのも当たり前です。

この裏金問題は作中情報提示具合が極めて悪く、過去にあった根本の事件から、関係者の名前や立場、現状進んでいる状況、どれも隠蔽されたまま続くため、読んでいても情報が整理できず、冗長を通り越して無駄な文字列化していました。本部だの駆け引きだの、それがクロハと何の関係があるんだよ。「kilu」捜査の邪魔すんじゃねーよ。
違うよ、記述分量の配分を見ても未成年変死事件はおまけです。今作は警察組織内の軋轢で身動きとれなくなるクロハの話です。そういうのが読みたいんじゃないんだよ。

そして肝心の「kilu」捜査も開始早々腰砕け。児童相談所から情報を得ようとしたら無戸籍児童の話へ流れていき、クロハは居るのか居ないのかわからない謎の少年達の目撃情報を追い始めます。貧困の中で懸命に行きている子供の姿が断片的情報でちらちら描かれ、クロハは彼らが事件に近いところに居るのではないかと捜査するのですが……、そうじゃない、そうじゃないよクロハさん。私が読みたいのは世界名作劇場のような不幸な子供の物語ではない。ゴールディングの「蝿の王(無人島に漂着した少年達が権力争いで殺し合う)」のような、閉鎖環境で弱い順からリンチにかけられ減っていく、子供の姿をした共食いモンスターの話が読みたいのだ。さらにそこから法と正義を盾にした冷酷残忍な大人が、子供を容赦なく駆除していく暴行と殺傷の連鎖の物語だ。前2作だけでは流血バトル要素が足りなくて、こっちは腹が空いてるんだよ。

しかし、彷徨う児童を描いていく繊細な本編にそんな残虐場面が出てくるはずもなく、クロハが行く先々で見聞きする幻のような少年達は、小さく儚い者たちが寄り添って遊ぶ姿ばかりでした。個人の嗜好は別として、これらの描写がえらく郷愁を誘う内容です。ゲームセンターの片隅、夕暮れの公園、河川敷の広場、親の姿は無く子供達だけがそこで遊んでいた、という光景をクロハは聞き込みのたびに思い浮かべます。
だからそうじゃない、そういうのを求めて読み始めたわけじゃない、『鼓動』、タカハシ、あんたらの居た頃は良かったよ。警官が殺伐として居られたよ。

いや、今作でも警察は殺伐としてますよ。既に裏金問題で死人が出てる。クロハの目の前でも1人死んだ。それなのにどういう事件でそれがクロハにどう関係すんのかさっぱりわからない。だからそれと未成年連続変死事件に何の関係があるんだよ。

今作のクロハは、作中内通して状態異常:弱体化がかかっています。警察内部から頭を抑えられ、足を引っ張られ、派閥争い不祥事に巻き込まれた挙げ句に周囲は敵対的です。正面から攻撃してこないけど、遠回しな牽制と妨害がひっきりなしです。
実態として内容は、クロハが警察署内に居ると嫌がらせ受けてばかりなので、息抜きに外出して未確認児童を探し回る話でした。
またあらすじと違う展開になりやがった。「kilu」の捜査がまったく進まないままページは90%近くまで来て、ようやく警察内部裏金不祥事問題は片付きました。証拠データ持ってた職員は殺されました。そのデータは密かにクロハへメールで送られてました。署内は不正を握り潰したい側の人事で敵だらけでした。でもクロハはお構いなしにスタンドプレーで不正を暴きました。終わり。
それはともかく、この警察関連エピソードは「kilu」事件と全く無関係でした。ただクロハを動きにくくするだけにある文章。丸々削除しても「アルゴリズム・キル」は成り立つと思います。

長大な道草描写に痺れを切らしていたのは、私だけではありません。ラスボスもブチ切れていました。370ページも費やしてさっぱり事件が解明される様子が無かったため、もう残り時間が僅かだからと真犯人自らが打って出てきます。現在、人質を取り役所に籠城をしているそうです。
真犯人はタカシロという男です。誰ですか?と思うほど存在感がありません。登場したのは序盤の6ページほど顔出ししたくらいかな。
交渉しに向かったクロハに、この犯人はベラベラと自分のことをよく喋るんだ。

ーー末期がんなんだって。
ーー子供を集め餌を与え殺し合わせたんだって。
ーー役所の児童福祉関係部所の職員だから、訳有りの子供を集めるのも住まわすのも簡単だったそうな。

いつまで待っても主人公が倒しに来ないから、ラスボス自ら出向いて全部解説してくれました。重病人にこんな気遣いと苦労させて、ぬるい捜査も大概にしろよクロハてめーこらー。
全部白状した直後にタカシロは拳銃自殺したので事件は終了です。何から何までラスボス頼り、至れり尽くせり解決も大概にしろよクロハてめーこらー。

子供はどうなったのさ。そういやまだ見つけてなかったな。2人生きてました。終わり。

それじゃ困る、気がすまない、結局「kilu」とは何者だったのか。
タカシロは子供を集め、殺し合わせただけでした。
オンラインゲーム上に時間と位置情報を挙げてたのは「キリウ」という少年、学校行ってない子だから「kiliu」をスペルミスしてしまい「kilu」と一字違い。自分たちが殺される場所と時間をゲームに挙げて、救助を求めていました。
つまり、連続未成年殺人犯人タカシロと、その目を逃れてオンラインゲームに位置情報を通報する被害者側「kilu」の2つが、外から見ると自作自演の連続猟奇殺人鬼「kilu」に見えたわけだ。
あれ救難信号だったのか。粘着質な犯人の被害者晒しと手柄自慢だと思ってました。

そして読書始めに私が想像した凶悪殺人ゲーム主催者「kilu」など存在しませんでした。もちろん狂暴な共食いモンスター児童も存在しませんでした。怪物なんて最初からいなかったんだよ、よかったな。よくねえよ。
今回も期待は大きく外れました。もしかしたら凶悪殺人犯と「蝿の王」的クソガキーズをぶっ倒しに行く、行ける、行けないんじゃないかな、行かないわこれ、と読書中は希望を保つよう努めましたが無駄でした。警察不祥事パートも興味が下がりつつ読み切りました。タカシロが籠城した時は、まだこれから話が逆転するかとも考えました。
するわけないだろ。
今作は未確認児童を想うクロハの視点が優しすぎる。これで年齢無差別級デスマッチが起こるわけないだろ。バトル脳もいいかげんにしろ。


このシリーズ、帯や始めのあらすじではスゴイ凶悪犯罪に単身立ち向かう的な煽り文だけど、中身とギャップがあります。
1作目「プラ・バロック」こそ終始陰惨な緊張感とカタルシスがありますが、2作目・3作目では妨害と牽制でネチネチ嫌がらせを受ける場面が多く、作風がかなり違います。
『鼓動』みたいな怪物をもう一度追いかけてみたい、という期待は捨てたほうが良さげです。
そもそも『鼓動』だってタカハシの獲物で、クロハは「関わらんどこ」と退却してるだろ。戦ってないだろ。あれは決戦場として「港湾振興会館」のシチュエーションが飛び抜けて良かったから、雰囲気に飲まれて錯覚しただけですよ。
クロハも決して「悪党には容赦しない苛烈な性格」じゃありません。目上に愛想悪いけど、目下には柔らかい対応してます。特に子供に優しいよね。誤解してました。

『鼓動』「echo」「kilu」どれも開幕のおどろおどろしさが際立っていたのよね。でもそれは錯覚。クロハシリーズの登場人物は蓋を開けてみれば、皆それぞれ悩みを持つ等身大の人間でした。いや、鼎計はどうかな。


頭から「怪物」「猟奇殺人鬼」「最終決戦」などの意識を抜いて、もう一度「アルゴリズム・キル」を読み直しました。警察金銭不祥事の下りは、やはり好みに合わなかったけれど、クロハが「社会から見えてない子供達」の足取りを追う場面は細やかな記述で、もう失われてしまった光景・風景を拾い集めてるようでした。すると、脳内に浮かぶクロハの容貌が前とは違ってきます。
「プラ・バロック」の時は拳銃を構えた鋭い表情。
「アルゴリズム・キル」では視線を下げた憂鬱な表情。
最後に、探していた『細身の少年』キリウシロウをようやく救出した場面の文章は、
「けれど、その奥に」
と途切れているがそれまで十分に書き連ねて、もう重ねる必要の無い言葉が省略されているのでしょう。私は「安堵」を読みました。

 

自分の読む姿勢が作品と合っていなかっただけのこと。
「アルゴリズム・キル」は目標を捕えて迫って行くタイプの話ではありませんでした。こぼれた欠片を拾い集めて元の場所に運んでいくタイプな気がします。

ただし私にとって、そんなかったるい話は読書時に気分のギアをかなり落とす必要があります。エンスト寸前まで落とし、衝撃の結果を焦らず、大胆な起伏も望まず、異様な設定も欲さず、穏やかに物語と寄り添って読んでゆくのです。
そんなん無ー理ー、私には無ー理ー。エンタメにはセックス&バイオレンスと呼ばれるジャンルがありますけど、私は元々バイオレンス&バイオレンス嗜好なんだ。バイオレンスさえあればよく、エロとセックスは退屈、そんな暇あったらもう一発多く攻撃当てろ、もう一撃深く抉れという主義です。老若男女一切の差別無しにみな全力戦闘してください、休憩時間はありません。
今後もそんな物語を探します。今回は間違いました。


読書感想 「エコイック・メモリ」

2020-02-04 21:40:53 | 読書感想

それではシリーズ2作目。
「エコイック・メモリ」感想です。ネタバレ全開です。

始まりはとても良いです。前作の『鼓動』以上のブチ切れた犯罪者を期待してたので「動画投稿サイトに実際の殺人動画『回線上の死』をアップロードする猟奇殺人犯」なんて掴みは上々、今度の犯人も楽しそうだと思いました。

ぶっちゃけると今回の犯罪者「echo」は言動や容姿では、かなり有望な素質がありました。小柄な体格・陰湿な性格・耳障りな嬉笑。モンスターの如き狂気の犯罪者として個性の話です。
しかし本作を読んでいても気分が盛り上がりませんでした。前作のような因縁の収束具合に欠けてました。

中盤までは良いんだ……とも言えません。序盤の物語2割程進んだ辺りから部外者の介入が入り、そちらの描写に文字数が割かれ本筋が停滞し始めます。このスタートダッシュの躓きが最後まで響きました。

あらすじにあるとおりの、動画サイトに殺人動画を上げる猟奇犯罪の捜査物語を読みたいのですが、内容は警察の発砲問題や、暴力団とオンラインゲーム運営トラブルや、クロハを狙う殺し屋や、甥の親権をめぐる裁判の描写といった、傍らエピソードばかりが重なり、その合間に「回線上の死」の捜査が少しづつ挟まる配分で、前作での畳み掛けるような展開の速さはありません。クロハが仕事と私事と外部介入により慌ただしく振り回される場面ばかりが続き、事件捜査に集中していないように見えます。今回クロハは一度に抱える案件数が多すぎるんだよ。
人物配置も悪くて、片仮名の名前持ちキャラは行動の記述が少なく、登場しても話が進まないのに、キャラ名すら出てこない奴が裏でこそこそ活動してて、クロハ側から見えるのはその余波ばかりです。私には原因がわからない結果描写を意味不明として読み飛ばすクセがあるので、今クロハは何してるんだっけ、と物語の流れを見失うこともしばしば。

それでも動画を解析して犯行場所を探り出し、遺体発見からさらに犯行状況を明らかにしていく過程は読んでいて楽しめました。特に音声編集の痕跡から「意図的に消された音」を復元し、金属の軋みのような甲高い音を発見するあたり。これ犯人「echo」の笑い声なんだよね。こういう不気味な描写は好きです。そしてそんな怪物じみた猟奇殺人者を追い詰めていく展開はもっと好きです。
だから期待が肩透かしで終わった「エコイック・メモリ」は嫌いです。

ここから先のモチベーションは下るだけ。
殺人犯「echo」とクロハの間に、有限会社閃光社という暴力団が割り込んできます。わりと序盤。こいつらがクロハへ殺し屋を送り込み「echo」の命も狙い始めます。本編の1/3くらいは閃光社絡みの展開になり、もう回線上の死どころじゃありません。なんで暴力団が「echo」まで狙うのかといえば、被害者の中に組員の親類がいたらしいです。それも判明するのが終章のため、ずっと意味不明な妨害と襲撃が続きました。わかりにくい。中盤以降はクライムガンアクション的に話が流れていき、結婚式場跡らしき廃墟で銃撃戦。その前にカースタント場面もあったかな。
裏表紙に書いてあるあらすじと関係ない方向に物語がズレていって、そのまま話が終わりました。サイコスリラーを期待してたので読了後がっかり。

途中からのジャンル変更感もマズいが、今作では読者への情報開示タイミングが雑に感じました。前作「プラ・バロック」の冴えが嘘のよう。
だって劇中捜査でぜんぜん「echo」の概要が掴めないんだよ。思わせぶりに出てくる汚職警官イワムロや、犯罪組織閃光社や、オンラインゲーム運営トラブル、どれも「回線場の死事件」究明に関わるわけでもなく、クロハの行動を空振りさせます。
そのへんの事情は、閃光社の雇われ殺し屋「サイ」がクロハを襲撃中に説明してくれます。ただコイツの口調が遠回しなうえ、出す情報量が多いので、余計に事件概要と犯人像がぼやけていきます。

サイはクロハを襲撃したり、事情解説したり、奇麗だと言ったり、そのまま殺そうとしたり、これらを一度の遭遇で全部やるのだから行動が支離滅裂です。もう残りページが少ないのに話が全然進んでないから、コイツが一人で最強の敵・情報屋・恋愛ドラマ・共闘ライバル・後事を託す師匠を全部こなす事態となり、結果的に劇中最も狂ったキャラになってます。地の文で多少の狂気描写もあるけど、最大理由は整合性の無い言動です。

サイが退場後にクロハは真犯人と対峙します。
犯人「echo」とは本名「鼎計(カナエ・ケイ)」という小柄で神経質な笑い方をする女です。他人を唆して操り破滅させるのが好きな虚言癖の女、というのがサイの解説。職業はジャーナリストだが過去に少年犯罪を取材しており、その事件の加害者少年達を「回線上の死」で殺害していきます。回線上の死は複数人の寄せ集めメンバーで実行しており、鼎計は彼らにリンチ殺人を煽って楽しんでいただけらしいです。そのメンバーも後から殺す予定らしいです。
らしいらしいと、そのへんはっきりしないのは、本編が同僚の妨害と閃光社のヒットマン絡みばかりで全然捜査が進まず、サイの説明もわかりにくい言い回しで、最終場面で対面した鼎計はただの拳銃射殺魔と化しており、事件内情がさっぱりわからないままだったせいです。
ネットを駆使し他者を煽り、陰湿なリンチ殺人を繰り返すサイコキラーだった「echo」鼎計が、捜査の手が及ぶ前に警官襲撃・拳銃強奪・連続射殺魔にクラスチェンジしてしまいました。本編の中頃には知能犯から粗暴犯に変わり、猟奇犯罪者としての魅力はもうありません。殺害理由もただの口封じで、そこに情熱や快楽の強さは感じられません。

最初の始まり方までは良かったんだよ。リンチ殺人動画の連続投稿する犯人なんて、異常な自己顕示欲と加虐嗜好が溢れ出てるキャラクターです。前作の『鼓動』に欠けていた自己顕示欲と、引けを取らない残虐さを持った怪物のような殺人犯を期待していました。きっと終盤にコイツの「撮影スタジオ」に乗り込む場面は、前作の悪魔の塔「港湾振興会館」よろしく、血まみれの部屋への討ち入りになるのだろうか、という希望もありました。さらに「echo」の正体が小柄な女性と判明した時点で、拳銃に頼らずともクロハが体力的に十分対抗できる相手なため、殺人現場スタジオから「敏腕刑事クロハVSネットリンチ煽り手echo」のガチンコ殴り合い対決を生中継、くらいサービスしてくれんのかなと思ってました。だって前作の港湾振興会館バトルは、割れたガラスが散乱する展望室で無視界戦闘だったから、今度も最終決戦場は凝った場所だろうと、前作以上に盛るだろうと思うじゃない。

ちなみに今回のオチは、クロハが鼎計に拳銃突きつけてる間に応援の警察官達が駆け付けて、そのまま取り押さえて逮捕しました。普通すぎる。

そして話はあと27ページも続きます。とっくに着地してるだろ。回収する伏線も謎も無いだろ。
オンラインゲーム運営の話が少し。今回の事件に関係ないよね。
クロハは甥の親権を義兄に取られたとか。忙しいから仕方ないよね。


「プラ・バロック」の続編としては期待はずれでした。かなり肩透かしを食らいました。
続編として読む以上、前作と比較は必然で、サービスの行き届いた「プラ・バロック」に対し、品書きと中身の違う「エコイック・メモリ」には大きく落胆しています。
しかしシリーズはまだ続きます。3作目「アルゴリズム・キル」を読み始めました。まだ判断決めるには早いよね。次こそクロハVS凶悪犯罪者の物語が楽しめるかもよ。

しかし、読んでみると……期待してたんとずいぶん違ってたんだなこれが。


読書感想 「プラ・バロック」

2020-02-03 19:07:28 | 読書感想

特に目当ても無く本屋へ行ったときに、文庫本新刊コーナーに平積みされていた本がありました。タイトルは「アルゴリズム・キル」表紙裏のあらすじではシリーズ3作目の新刊だそうで。てことは前作があるのね。物語出だしの描写から興味をそそる感じがしたので、まず1作目「プラ・バロック」を購入して読みました。巻末の解説文だとこのシリーズは毎回たいへんな凶悪犯と対決する内容らしいので、最初から対決要素を期待して読みました。

「常軌を逸した極悪人VS苛烈な容赦なし刑事」の激突が見たかったので。

結論から言うと、大当たりを引きました。キャラ描写は簡潔、展開は丁寧かつ速度も適切で中だるみがまったくありません。場面ごとの情報開示量が的確なので、読んでいて状況確認のために読み直すという手間がほとんど無く、状況シチュエーションが脳内で映像として明確に浮かびました。これは私が読者として作品と相性がよかったせいもあるでしょう。おそらく作者と同世代なので観ているものが近く、劇中描写と自分の知る似た状況の「あの作品のあの場面」を結びつけるイメージを掴みやすかったのだと思います。そうしたとっつきの良さから内容に没頭して読めたのですが、終盤にいきなり物語から放り出されました。
なんだこれ?と混乱したものの、実はそれすら作者の仕込んだギミックでした。放り出された先には次の座席が用意してあり、そこからは物語の構造を一覧して見通せるようになっていました。


今までバラバラの散発的に配置されていた情報がわずか数行の文章で一気に繋がり、物語の最初から最後まで全部の流れが一枚絵のように頭の中で組みあがりました。なにこれすごい。頭の中に詰め込まれたパズルのピースを組み立てようとしたら、もう組みあがっていた、とんでもない超絶技巧構成でした。驚愕の真相とか、意表を突く展開ではないのです。話としてはそれほど複雑でもありませんが、その分解した記述の配置バランスと、組み立ての計算具合が緻密極まりない。物語情報のパーツ配置と回収手順、2つ両立出来て初めて成立する構成です。読んでいて美しさすら感じます。内容は暗く陰惨な話なんですけど、読後感は爽やかです。物語も構成もカタルシスがあってスカッと気分が晴れます。

では「プラ・バロック」感想。思い切りネタバレします。

クロハという女性警官が主人公です。このシリーズでは主要人物名はカタカナ表示で書かれていますが、それが読んでいて情報整理を助けてくれます。現代日本が舞台の場合、漢字名だと複数の親族関係者や地名と混ざって識別しづらくなる場合があり、以前に読んだ他所の小説では登場人物名が悉く難読文字を当てられているせいで、非常に読みづらく人物関係も覚えにくく、結局読み終えても内容は曖昧で再度読み返す気にもならなかった、という経験がありました。登場人物名というのは、劇中で起こる行動の主語です。いわばアクションの索引で、ここが曖昧=誰が何をしたのか分からない=物語がどう変わったのかわからない、ただの漢字文字列と化します。
この作品ではカタカナ表記がキャラ名=アイコンな程まで視覚的に判別しやすくしたおかげで、人物名と行動・内面描写が離れることがありません。映像なら視線誘導のテクニックにあたる手法でしょう。常に物語の動きに読者の視点のピントが合うよう計算されています。

そして主人公のクロハは、個人的にとても好みの人物でした。冷静沈着、理性的、観察力に長け、自分の力の届く範囲ならば常に全力でベストを尽くす人です。その分、自他共に態度が厳しいので目上のウケが悪く、親しい友人もぜんぜん居ません。性格は剛毅実直、詭弁を弄するのは苦手なようで、他人の悪意から身をはぐらかすのも下手です。ぶっちゃけ若干発達障害気味な人ですが、目的に向かう真剣さはたいへんストイックで無駄を排した性格と行動が、読んでいて非常に好感を持てました。私はこういう主人公を待ってたのです。状況に対して常に全力で挑む姿勢、正直ここに美貌の女性設定は要らないとすら思っています。凶悪犯罪者を追い詰める執念と狂気の追跡者が見たいので、そこに老若男女はあまり関係無く判断力と行動が全てです。

でも、少し前までのこうしたハードボイルドサイコサスペンスアクション系の主人公の多くは、強くてモテる設定のために雑念が多く、戦闘しながら恋愛にも浮かれて、ついでに家族団欒も満喫してて、ちっとも全力で戦ってないように見えてました。そのイチャつきに使う体力を戦闘にもまわしたらもっと多くの強い敵と長時間戦えるのに。真面目に戦えば苦戦もピンチも無いだろうに迂闊過ぎんだろコイツ馬鹿じゃねえのと。つまり主人公は手抜き、敵役は間抜け、ぬるい戦闘をだらだら続け劇中でモブにすごいすごいと持ち上げさせる自画自賛。今まで読んできた他の作品では大抵そんな感じでした。クロハは違ったんだよ。

しかし、これはクロハが優秀というより、私が戦闘特化主人公像に飢餓状態だったせいで、彼女が必要以上に輝いて見えてしまっただけでしょう。

文章構造やら他所への不満やらでちっとも物語の感想に入れませんね。始めに書いたのだから早くネタバレしないと。

1作目でクロハが挑むのは大量自殺事件です。上司ウケの悪いクロハは冒頭で発生した派手な惨殺事件の捜査から外されて、使用代金不払いの港湾倉庫の確認現場へ立会いに行かされます。その倉庫から出てきたのは冷凍された大量の遺体。
のっけからの掴みが強いです。なぜ大量?なぜ冷凍?この人達誰なの?何がしたいの?あまりに不穏すぎるスタートに、読んでいてどうしても事件の原因と理由を知りたくなりました。ここで私の視点と事件捜査するクロハの視点が重なりました。以降は完全にクロハに感情移入していました。珍しく感情移入できたのです。
何しろ彼女は行動に無駄がありません。もしも自分が同様の状況に置かれた時にどうするか。こんな推理ゲームで選択肢が出たならば、彼女は妥当なコマンドを選んで期待よりも若干多めな収穫を得て来るタイプです。云わば「ウザさをまったく感じない主人公」で、私が想定するよりも賢く事態に対処するし、手詰まりでも諦めず熟考して手間を惜しみません。それでいて凹んだ時には気晴らし方がネット内コミュニティで少ない知り合いと話す、という妙にリアルで内向的なところに愛嬌も感じます。
このネット内コミュニティが重要な伏線で、起こる事件の大部分がネット内で進んでおり、世間から見える範囲はごく表層に過ぎません。


このシリーズでは群像劇化するのを意図的に避けてるのか、他者の視点を徹底的に除外し、物語は終始クロハを通して語られます。だから読み終えて全体像を知れば、彼女にも失点はいくつもあるのでしょうが、読書中は主人公と読者に情報格差が無く、常に最善手を尽くしてるクロハに対して否定的な気分を感じたことはありません。この人よくやってるよ。

性格的には可愛げ無いが、視点を委ねるには文句なしの良主人公クロハ、自機が用意されたなら次は背景世界です。東京近郊の他県都市が舞台、劇中の屋外場面では雨降りばかりで海沿いの区域らしい描写も重なり、一貫して高湿度で寒々しい雰囲気が続きます。灰色の空、錆びついた倉庫の群れ、古びたコンクリ建築物、歩いてる人影はほとんど居ない、そんな風景が浮かびました。その中で特徴的な建物が出てきます。

「港湾振興会館」
2つの建物が上部で繋がる独特な形状の高層建築。ところどころ錆び付き看板は外され、本来の役割を失ったようなビルです。序盤でここだけ名称と形状が描写されますが、これはどう考えても「悪魔の塔」だよ。最終決戦場だよ。
先読みではありません。これは作者の予告宣伝、クライマックスはここで決戦だから期待しとけという視点誘導。もうここで私の脳内には雨の中で暗い塔を登っていくシチュエーションが浮かんでいました。そういう感じのゲームを昔よくやったからな。サイレン。

最終ステージの前フリが済んだところで、さらに事態は進んでいきます。検死解剖の結果、遺体の死亡原因は全員睡眠薬に拠る自殺のようです。
意味不明な大量自殺ですが情報が無いので序盤の捜査はとても地味です。倉庫近辺の監視カメラ映像を確認、遺体の顔と行方不明・失踪者の写真を照合、限られた人員で少しづつ時間を掛けて情報を掴んで行くしかありません。数人のデータが一致し僅かに進展したかというあたりで、新たな知らせが入りました。別の倉庫からさらに複数の死体発見。やっぱりな、1箇所だけじゃないとは思ってたんだ。

ここからは立て続けに新しい情報が入り、事件の概要がじわじわと見えてきます。この情報開示ペースがたいへんに上手いです。他にも自殺者がいた、それらの遺体を調べて身元を割り出す、身元判明した人物の周辺と行動を調査、遺書のメールを発見、他にも遺書メールがあった、しかし人数とメール発信数が合わない、遺体が1人分少ない。
捜査状況が慌しくもぐいぐい進展します。情報量の濃度に読んでて心配になりました。だってこれまだ前半だよ、遺体と遺書の数が合わないなんて、クライマックスに使うような仕掛けだよ。中だるみぜんぜんしないのは良いけど飛ばしすぎでないかい。

クロハが遺書と遺体数の不一致から、生き残りが居るはずと見立てて行動を起しましたが、予期せぬアクシデントによってその生き残りも亡くなってしまいました。これは嫌味な上司キャラ・カガの初動ミスのせいです。自殺しようとして死に切れなくて、後ろめたさや孤独感で不安定ギリギリの精神状態な人を、デカイ声でガミガミ問い詰めたら混乱して逃げ出すのは当たり前で、周りが見えなくなったままトラックの前に飛び出してしまったのです。不幸な事故、大失態、読んでる私も失望です。唯一の手がかりが無くなっちまった。カガてめーこらー。

そこに別方向からアプローチが入ります。重要人物タカハシの登場。
黒スーツにメガネの鋭い容貌、一見エリート官僚的にすら見えるのに、連れているボディガード2人は暴力団崩れ、胡散臭い雰囲気が消えません。どう見たってカタギじゃない。
でもな、クロハは集団自殺事件捜査で忙しいんだ、カガだって忙しいんだ、エリートヤクザの相手してる暇なんて無いんだよ、と言いたいところがタカハシも同事件を追ってる様子です。警察を通さずに自前の民間力で調べてるみたいよ。

それはさておき、事件捜査はさらに進みます。県外の倉庫からも集団自殺遺体発見。2箇所発見されたなら、そりゃ3箇所目もあるよね。被害者が増えた分、遺書メールも増えました。この遺書メールにはどれも謎の添付ファイルがあって、そのへんの謎も解けてきました。それぞれの添付ファイルは3Dデータの欠片でしかなく、全部組み合わせると立体図形画像になりました。
それはアゲハ蝶に見えます。しかしよく見ると実は蛾でした。
ここでようやく見えてくる犯人像。大変性格が悪いです。
生きることに疲れてる人々を「キレイな記念碑に残します」と集めて、自殺をけしかけながら「記念碑に残すけどキレイではないよ」と嘘ついたわけだ。

さらに捜査を進め、犯人の計画から漏れた生き残りを保護したあたりから事件の全容が見えて来ました。
インターネット上の自殺掲示板の管理人『鼓動』
どうやらコイツが計画を実行している犯人らしい。
自殺者のそばで舞台を用意し、命を絶つ手伝いを繰り返している殺人鬼です。

これで主要キャラクターが出揃いました。
敏腕警官:クロハ
凶悪殺人犯:『鼓動』
謎の男:タカハシ

以降、警察が『鼓動』の情報を調べて追いかける場面に入ります。しかし捜査は後手後手に廻り、ようやく捕まえた『鼓動』と思われる男も替え玉でした。これは警察の捜査ミスではなく、最初から仕組まれていた陽動です。『鼓動』という人物は非常に用心深く、被害者が皆個人情報を徹底的に削除した後に自殺しているのも『鼓動』の主導です。もちろん自分に関わる痕跡はほとんど残していません。そして事件が報道されてからは逃走準備を整え、替え玉を用意し警察を牽制しつつ逃げ切るつもりのようです。
物語開始時点で犯人は準備万端整っており、そこを手探りで調べていくクロハは、その時々の最善手・最適手を打っているけれど、容易に尻尾は捕まえられません。むしろよくやってる、この緻密な犯行に大分迫っている手腕を褒めてあげたいです。
キレ者ぽいタカハシだって長いこと『鼓動』を追ってるようだけど、狙いを絞りきれてない様子でした。仕方ないよね。

そもそも『鼓動』という犯人が少々変わっています。この手の警察VS猟奇殺人犯のフィクションでは、異常な自己顕示欲の殺人鬼が警察や被害者に向けて挑発的な声明文を送り、心情を煽りまくる展開が多いです。それは手紙だったり、遺体の一部だったり、ビデオレターだったり、あれこれと世間に向けて「俺ってクレイジーでしょ」としつこくアピールするものです。
ところが『鼓動』って全然そういうことしないのよ。後で分かるけどこいつ芸術家気取りの殺人鬼なのに、社会へ作品を発表するとか、自分の手柄自慢とか全く興味ないのよ。それでいて創作意欲と継続意識だけはとても強いから、行動が大胆かつ慎重というやりにくい相手です。

容疑者が逮捕されたので捜査班は解散し、クロハが所轄に戻ったところで不穏な話が出てきました。
「弟さんから着替えを送るから届け先を教えてくれ」と電話があったそうな。
クロハには姉と幼い甥以外に親族はいません。しかし、迂闊な当直員は届け先を教えてしまいました。
弟を名乗る怪しい男は本物の『鼓動』です。
警察に替え玉を掴ませて、いくらか時間を稼げた『鼓動』が反撃にでました。反撃なのかな、これ。

クロハは捜査期間中、一時的に姉宅に宿泊していたので『鼓動』が向かったのは姉宅です。クロハが急行するも既に凶行が行われた後でした。姉は首を切り裂かれ死亡、まだ赤子の甥の姿はどこにもありません。

たしか『鼓動』は自殺幇助する殺人犯じゃなかった?こんな派手に刃物を使う奴だっけ?手口はむしろ冒頭に出てきた惨殺事件によく似てます。
結果から言うと全て『鼓動』の犯行です。自殺者をコンテナに送り込んで凍死させるのも、自殺志願者の首を刃物で切り裂くのも彼にとって大差はなく、自分がその時期にやりたい方法で殺人をするだけらしいです。


この『鼓動』という殺人犯のキャラクターが面白い、個人的には好感すら湧きました。
しばしばサイコスリラー系の連続殺人犯は超能力者のように描写され、都合が良過ぎるほどの探知・感知・予知の能力で、事件を追う主人公を翻弄する場面が多く見られます。周到な仕込みや協力者ネットワークを駆使する天才的犯罪者を描こうとして、やりすぎチート系異能者化してしまう例はいくつもあります。それはもはや犯罪者つーより怪人。警察より仮面ライダーと戦うのが相応だと思います。

『鼓動』は用意周到で隙の無い超常殺人犯ぽいけど、彼のやることは全て常人の延長線にあり、熱意と根気と知識と技術があれば個人でも十分可能な範囲です。目的のために自分で「蒼の自殺掲示板」というサイトを作り管理して、自殺志願者を見繕っていたようです。しかしそれを実際に行う場合は、全部のスレッドに目を通して、見込み有りの書き込みにはレスを返し、荒らしが来たら削除して、場合によっては自作自演で盛り上げたり、そもそも人が来ないと意味がないので外部に向けて宣伝工作も行っていたのではないでしょうか。必要な作業だからやらないといけません。扱うネタの「自殺」なんて不謹慎だと世間では叩かれがちですから、運営には細心の注意を払っていたでしょう。
うわ『鼓動』さんお疲れさまです。その真摯な態度に頭が下がります。
しかもこの人他者を呼び込むだけじゃなく、自分でも外部へ積極的に残酷殺人画像探して回ってたらしいのね。

でも、例えば出会い系サイト運営する人達はこのくらいの行動してるもんじゃないの?あちらは性欲でこちらは殺傷欲、違うのそこだけ。『鼓動』の「殺傷癖」を「特殊性癖」に入れ替えると同レベルに行動力ある人いますよね、ふたばちゃんねる辺りに。

他にも『鼓動』の特徴的な性格として、犠牲者を無駄にいたぶる様子がありません。相手の尊厳を壊すとか、罵倒嘲笑して蔑むとか、女性を陵辱するとか、そんな要素が一切なく他人の生命を確実に奪うことだけを徹底しています。つまり被害者の返事応答態度には興味がなく、自分が殺す実感だけを追求する自己完結型のようです。他人を見下してるフシは随所にあるけど、他人を下げて貶める行動はせず、ひたすら自己内部の高みを目指してる感じがします。
この辺の詳細事情は最終決戦時に判明するんだけど。


それでは最終決戦へ。舞台は悪魔のツインタワー「港湾振興会館」です。
クロハは『鼓動』の居場所に見当がつかず、とりあえず犯行現場だったコンテナ倉庫まで行ったものの、そのまま途方に暮れていました。
そこへ歩いてきた人影1人。タカハシの護衛の片方です。彼曰く「タカハシさんは死んだよ」
見上げた先には夜の暗闇と大雨の中そびえ立つ港湾振興会館。
ここからの情景描写と情報開示のテンポの良さが素晴らしい。
彼曰く「『鼓動』の武器はでかい工具だ」
そして「『鼓動』にはためらいが無い、これっぽっちもない」
未だに顔も声もわからない『鼓動』のビジュアルが頭に浮かびました。日常的な工具を用途外の持ち方している大男。雨と錆と血がこびり着いた鉄の塔。
ゲーム「サイレント・ヒル」がそんな雰囲気でした。何度も遊んだので馴染みの光景です。
そこにクロハの携帯電話に着信が来ました。表示相手は姉。先程『鼓動』に首を切られて殺された姉。
心霊ホラーじゃないです。先の犯行時に『鼓動』が姉の携帯電話と幼い甥を持ち去っていただけです。もう奴をぶっ倒す以外の解決方法ないぞ。

『鼓動』からの電話内容は塔への招待でした。呼ばれなくても行くつもりだったわ。しかし塔の上の『鼓動』からこちらの動きは丸見えらしく、応援を呼ぶことは出来ません。1人で行かないと甥が死ぬとよ。行くしか無い、現状の配置が相手に有利過ぎる。まず接近しないと。

駐車場に車を停めると、闇夜の雨の中、拳銃を構えてクロハは港湾振興会館へ向かいます。案の定、途中にタカハシが血を流して倒れていましたが、もう死んでるようなので放置して先に進みました。
ここからの劇中対決描写は、雨音、無人のエレベーターホール、暗闇と非常ランプ、風音、全て割られたガラス窓、必要最低限な状況説明なのに読んでいると頭の中に場面映像がばんばん浮かんでくる臨場感でした。イメージ元はサイレント・ヒルやバイオハザードの背景屋内画像なんだけど。そういうシチュエーションを他所でたくさん見ただけなんだけど。

最上階でついにクロハと『鼓動』が対峙します。悪天候の夜間に照明も無い屋内なので相手の姿はよく見えないけれど、いかつい大男だということだけは確認出来ました。その大男が自分の事をベラベラとよく喋るんだ。

--子供の頃から『殺したい』衝動に気づいていた--
--治療を受けたが衝動は消えなかった--
--5年前に殺人をして満たされた--
--その後、繰り返し思い出して抑えていた--
--自殺幇助することを思いついた--
--それだけでは満たされなくなったので刃物で殺害に変えた--

ここで明かしておかないと、各事件の繋がりが不明なままだから『鼓動』は洗いざらい全部喋ってくれます。時間経過で犯人内でも心境の変化が起こってたんだな。だから集団冷凍自殺幇助の後から頸動脈切り裂き殺人に変わったのか。つか、掲示板管理人の前歴からも伺えるけど『鼓動』はたいへん理性的な人物で、厄介な衝動を自覚し、社会と折り合いつけるために自分なりの改善努力を尽くしてきたようです。でも抑制するほど反動も大きいタイプらしく、段階的にタガが外れて行き、現状では完全に開き直って善悪倫理観がまったく通じません。
こんな夜中に港湾振興会館に来たのも、昔ここで働いていた履歴書を処分するため、ついでに追いかけてくるタカハシとクロハをまとめて始末するため、だそうです。コイツ完全に第二の人生始めるモードだ。今後も殺人満喫するつもりだ。

これまで全部ぶちまけたのだから後は決着つけるのみ。しかしクロハVS『鼓動』の勝者は決まりませんでした。互いに深手負ったところで『鼓動』がクロハの甥(乳児)の件を出して交渉、クロハは甥救助へ屋上に、『鼓動』は反対側の通路から逃げていきました。引き分け、両者リングアウトです。
ふざけんな。

まだ生きていた甥を抱えてクロハは帰路に向かいました。途中でタカハシの死体が無くなっているのに気付きました。あいつ死んでなかったみたい。『鼓動』が通ったハズの通路には大量の血痕。もちろん本人の姿は何処にも無い。そしてタカハシの車もありません。クロハは「関わるべきではない」とドン引きしています。なんじゃそりゃ。意味深に倒れていたくせに、そのまま車で帰宅する強引なフェイドアウト。なんだったんだタカハシ。最終決戦が消化不良に加え、物語ラストで大暴投。
残り12ページしか無いのに収拾つかないだろ、ふざけんな。


では「終章」
クロハの普段から立ち寄ってるネットコミュニティの場面です。しかし今日は私用ではなく警察署から、他の職員も大勢が見ている中でのアクセス。
オンラインゲーム風の仮想空間内酒場にて、そこの管理人へ詳しい話を聞く必要がありました。この管理人は物語冒頭で、クロハの本名と職業を何故か知っている描写がありました。HNしか登録していないハズなのに。

管理人=タカハシでした。
そして小説内にここまで記述された謎が全て繋がります。
『鼓動』による最初の殺人事件が5年前。被害者名はタカハシコウ。
それからしばらく『鼓動』は殺人衝動を抑えていました。つまり逮捕されず、表にも出て来ていない。
一方で、被害者タカハシコウの関係者に社会的グレーな汚れ仕事を扱う者がいました。彼は5年前の殺人事件で捕まらなかった犯人を独自に追い始め、少ない情報から犯人を捕らえるための「網」を仕掛けました。広範囲に『鼓動』が好みそうな餌を撒き、アクセスした相手を全員調べるという地味で膨大な作業をずっと続けていました。その彼がタカハシ。仮想空間酒場はたくさん張った網の一つでしかなく、クロハが入り浸っていたのはただの偶然です。

『鼓動』とタカハシの戦いは5年前から既に始まっており、しかしそれはずっと追手が索敵を続けるばかりで、物語としての起伏に欠けています。毎日ひたすら罠を張りながら「今日も収穫なし」の繰り返しでは読者もつまらないでしょう。『鼓動』の行動範囲とタカハシの地元が離れていたのも悪条件でした。
そこでタカハシは『鼓動』の生活エリアで、情報を優先的に扱える警察官と接触を図ろうとしました。クロハが頑張って連続自殺事件を捜査してた時期のことです。
ところが、事件報道されたことで『鼓動』が自身へ捜査が及ぶのを知り、逃走を始めます。奴は後顧の憂いを絶つために身辺情報の消去を図りました。就業履歴を消すために港湾振興会館へ。
その頃、タカハシもクロハから漏れ聞いた「蒼の自殺掲示板」キーワードから『鼓動』の動向を掴み、こちらも港湾振興会館へ。

第1戦は『鼓動』の勝ちでした。
ボディガード1人死亡、タカハシは瀕死の重症、生き残りのボディガードが逃げた先でクロハに会い、小説本編での決戦場面へ移ります。

第2戦の『鼓動』対クロハは引き分けでした。
『鼓動』はクロハに銃撃されて負傷したものの、証拠隠滅は済ませてあとは逃げるだけです。しかし、その姿をタカハシに見つかりました。タカハシも死にかけですが『鼓動』への憎悪のほうが強かったようです。

第3戦また『鼓動』VSタカハシ。
逃走体制だった『鼓動』はタカハシの奇襲を受けて、泣き言を上げ、命乞いするも一方的に叩き殺されたようです。顔が変形するほど苛烈な暴行を受けた『鼓動』は、タカハシが車のトランクに詰めて運び去りました。
その後、甥を救出したクロハが港湾振興会館の出口に来た頃には、事態は既に終わっていました。

 

ネット上で音声だけのやり取りでしたが、『鼓動』の遺体の場所も判明し、事件の全貌は解明されました。
タカハシは身体の負傷が重く、もう長くないみたいです。復讐を終えたタカハシが寂しそうに、でも穏やかにクロハと話す場面で物語は終わりました。


視点をクロハからタカハシへ、ひょいとズラせば事件全てが見通せるシンプルな構図。そこまで散発的に、だけど混乱するほど複雑でもなく、小さな欠片状に配置されていた事件概要が、最後に一気に繋がる構成の絶妙な上手さです。

「終章」でようやく、この事件の主役が『鼓動』とタカハシであり、警官のクロハはそれを特等席で見ていただけ、というのがわかります。しかし『鼓動』視点でもタカハシ視点でも、劇中時間5年は状況が変わらず停滞が続きます。だから両者の戦いの情報を集約出来る立場の第3者の視点が必要でした。偶然タカハシの網にかかり、仕事で『鼓動』を捜査するクロハ視点が、読者に情報提示する分量と速度に最も適切でした。
事件の発端、犯人の意図、主人公の不穏な環境、第3者の思惑、仕掛けられていた伏線、犯罪手段の解明、事件の収束。
全部計算づくだったのですね。残り12ページで収拾つかないだろ、ふざけんなとか思ってすいませんでした。


ここまで構成の上手さについて書いたけれど、キャラ描写も良いです。自分が読んでいると、この小説には殺人鬼『鼓動』を含めて、嫌いな登場人物はいませんでした。嫌味な上役だったカガにも中盤までは「カガてめーこらー」くらい思ってましたが、終盤ではかわいく見えてきます。

登場人物と物語内容、事件描写と展開速度、どれも期待以上の面白さでした。
「プラ・バロック」は1作目、続編があと2冊あります。今後のクロハの活躍が楽しみです。凶悪犯罪者を敏腕捜査官が追い詰めていくサスペンス・ミステリーを読みたくて、早速2作目「エコイック・メモリ」3作目「アルゴリズム・キル」を買ってきました。

しかし、読んでみると……期待してたんと違ってたんだなこれが。