それではシリーズ3作目。
「アルゴリズム・キル」感想です。ネタバレ全開です。
今作でも冒頭からの掴みは安定した引きの強さ。
交通安全イベントの音楽隊が演奏する中、駐車場の隅に現れたのはガリガリに痩せこけた少女。血痕の付いた服、手足の打撲傷、歯は全部折られている、どう見ても強烈な虐待を受けた被害者です。それを切っ掛けに未成年者の連続変死事件が発覚します。
一方で、GPSと連動したオンラインゲーム『侵×抗』内では現実の変死事件が起こるたびに、該当箇所の時刻と位置情報が申請されていました。次々と犯行現場を予告するかのような更新申請は、全て同一ユーザーに依るものでした。
アカウント名は「kilu」
被害者はみな生前に激しい暴行を受けた痕跡があり、その打撲痕や指紋は大人では小さすぎました。つまり子供が子供へ死ぬほど殴る蹴るの暴行を加えているということ。そして毎回犯行現場にゲーム上から死亡時間と位置情報を上げ続ける同一ユーザー。
ここで私が想像したのは、子供を集めて殺し合わせるデスゲーム管理人を気取った犯罪者でした。未成年者達を監禁服従させ、気まぐれに一人を標的にし、子供達に死ぬまで集団暴行を強制する。そして犠牲者を予告場所に捨て、世間に挑発的なアピールを繰り返す、強烈な支配欲求と自己顕示欲の怪物。
こんな無茶苦茶な集団を維持するには、未成年者を集めて生活出来る施設と管理支配するノウハウが必要不可欠です。集団生活するカルト団体や福祉崩れかと予想していました。ブラック企業の社員使い潰しにも似てるけど、あれはもっと普通に「キラキラ輝いてる会社」を正業で誇示できるので、わざわざ狭いオンラインゲーム内だけに死亡者情報をこっそり書き込む意味はありません。この犯人には反社会的行為の自覚ありながら、それでも世間に自慢したくてしたくてたまらない歪んだ自意識が伺えます。名前も「kilu」キル、殺すのもじり。スペルミスもつっこみ待ちなのか、ありふれた「kill」との差別化なのか。どちらにせよなかなか個性的です。
コイツは吐き気を催す邪悪だ。邪も悪も嫌いじゃないが、しつこい被害者晒しが鼻につく。かなりつく。監禁虐待など実は割とどうでもいい、浅慮な「俺って残酷でしょスゴイでしょ」自慢が癇に障る。
犯人想像しただけで即このテキスト量。この「kilu」てのは大嫌いなタイプの行動パターンだが、悪役としては申し分ないです。悪役は読者のヘイト稼いでなんぼの役割だからな。前作の「echo」にがっかりしたから、その分余計に期待してます。
その期待はまたも打ち砕かれたわけだが。
冒頭に猟奇的シーンを配置したけれど、そこから物語がすんなりとは事件捜査へ続いて行きませんでした。今作での文章の大部分は警察内部の裏金問題の描写に割かれます。しかも裏金問題とクロハには直接関係がありません。他所の部署の話だし、しかも経理担当者は既に自殺しており、とっくに終わった事件です。ところがその帳簿データがクロハへ渡された疑惑が起こり、当人の知らぬところで疑心暗鬼の派閥抗争に巻き込まれていきます。
これは悪手です。群像劇ならまだしも、クロハシリーズは一貫して読者の視点は主人公クロハと同じ位置に置かれます。クロハが知らないことは読者も知り得ません。そしてこの主人公はよく言えば孤高、悪く言えば一人ぼっち、実直な性格の反面で柔軟性に欠けています。察しも悪く親しい友人もいないため、こうした人間関係の探り合いに最も不向きな性格です。そのため周囲からの勘繰りアプローチもぎこちなく、挙動不審な同僚達の「聞いてるか?」「知ってるか?」「奴は何と言った?」「気をつけろ」と主語を省いた曖昧な揺さぶりばかりが続きます。始めから終わりまでずっとこの調子です。クロハと重なる読者視点でも「なんのことですか」と当惑するのも当たり前です。
この裏金問題は作中情報提示具合が極めて悪く、過去にあった根本の事件から、関係者の名前や立場、現状進んでいる状況、どれも隠蔽されたまま続くため、読んでいても情報が整理できず、冗長を通り越して無駄な文字列化していました。本部だの駆け引きだの、それがクロハと何の関係があるんだよ。「kilu」捜査の邪魔すんじゃねーよ。
違うよ、記述分量の配分を見ても未成年変死事件はおまけです。今作は警察組織内の軋轢で身動きとれなくなるクロハの話です。そういうのが読みたいんじゃないんだよ。
そして肝心の「kilu」捜査も開始早々腰砕け。児童相談所から情報を得ようとしたら無戸籍児童の話へ流れていき、クロハは居るのか居ないのかわからない謎の少年達の目撃情報を追い始めます。貧困の中で懸命に行きている子供の姿が断片的情報でちらちら描かれ、クロハは彼らが事件に近いところに居るのではないかと捜査するのですが……、そうじゃない、そうじゃないよクロハさん。私が読みたいのは世界名作劇場のような不幸な子供の物語ではない。ゴールディングの「蝿の王(無人島に漂着した少年達が権力争いで殺し合う)」のような、閉鎖環境で弱い順からリンチにかけられ減っていく、子供の姿をした共食いモンスターの話が読みたいのだ。さらにそこから法と正義を盾にした冷酷残忍な大人が、子供を容赦なく駆除していく暴行と殺傷の連鎖の物語だ。前2作だけでは流血バトル要素が足りなくて、こっちは腹が空いてるんだよ。
しかし、彷徨う児童を描いていく繊細な本編にそんな残虐場面が出てくるはずもなく、クロハが行く先々で見聞きする幻のような少年達は、小さく儚い者たちが寄り添って遊ぶ姿ばかりでした。個人の嗜好は別として、これらの描写がえらく郷愁を誘う内容です。ゲームセンターの片隅、夕暮れの公園、河川敷の広場、親の姿は無く子供達だけがそこで遊んでいた、という光景をクロハは聞き込みのたびに思い浮かべます。
だからそうじゃない、そういうのを求めて読み始めたわけじゃない、『鼓動』、タカハシ、あんたらの居た頃は良かったよ。警官が殺伐として居られたよ。
いや、今作でも警察は殺伐としてますよ。既に裏金問題で死人が出てる。クロハの目の前でも1人死んだ。それなのにどういう事件でそれがクロハにどう関係すんのかさっぱりわからない。だからそれと未成年連続変死事件に何の関係があるんだよ。
今作のクロハは、作中内通して状態異常:弱体化がかかっています。警察内部から頭を抑えられ、足を引っ張られ、派閥争い不祥事に巻き込まれた挙げ句に周囲は敵対的です。正面から攻撃してこないけど、遠回しな牽制と妨害がひっきりなしです。
実態として内容は、クロハが警察署内に居ると嫌がらせ受けてばかりなので、息抜きに外出して未確認児童を探し回る話でした。
またあらすじと違う展開になりやがった。「kilu」の捜査がまったく進まないままページは90%近くまで来て、ようやく警察内部裏金不祥事問題は片付きました。証拠データ持ってた職員は殺されました。そのデータは密かにクロハへメールで送られてました。署内は不正を握り潰したい側の人事で敵だらけでした。でもクロハはお構いなしにスタンドプレーで不正を暴きました。終わり。
それはともかく、この警察関連エピソードは「kilu」事件と全く無関係でした。ただクロハを動きにくくするだけにある文章。丸々削除しても「アルゴリズム・キル」は成り立つと思います。
長大な道草描写に痺れを切らしていたのは、私だけではありません。ラスボスもブチ切れていました。370ページも費やしてさっぱり事件が解明される様子が無かったため、もう残り時間が僅かだからと真犯人自らが打って出てきます。現在、人質を取り役所に籠城をしているそうです。
真犯人はタカシロという男です。誰ですか?と思うほど存在感がありません。登場したのは序盤の6ページほど顔出ししたくらいかな。
交渉しに向かったクロハに、この犯人はベラベラと自分のことをよく喋るんだ。
ーー末期がんなんだって。
ーー子供を集め餌を与え殺し合わせたんだって。
ーー役所の児童福祉関係部所の職員だから、訳有りの子供を集めるのも住まわすのも簡単だったそうな。
いつまで待っても主人公が倒しに来ないから、ラスボス自ら出向いて全部解説してくれました。重病人にこんな気遣いと苦労させて、ぬるい捜査も大概にしろよクロハてめーこらー。
全部白状した直後にタカシロは拳銃自殺したので事件は終了です。何から何までラスボス頼り、至れり尽くせり解決も大概にしろよクロハてめーこらー。
子供はどうなったのさ。そういやまだ見つけてなかったな。2人生きてました。終わり。
それじゃ困る、気がすまない、結局「kilu」とは何者だったのか。
タカシロは子供を集め、殺し合わせただけでした。
オンラインゲーム上に時間と位置情報を挙げてたのは「キリウ」という少年、学校行ってない子だから「kiliu」をスペルミスしてしまい「kilu」と一字違い。自分たちが殺される場所と時間をゲームに挙げて、救助を求めていました。
つまり、連続未成年殺人犯人タカシロと、その目を逃れてオンラインゲームに位置情報を通報する被害者側「kilu」の2つが、外から見ると自作自演の連続猟奇殺人鬼「kilu」に見えたわけだ。
あれ救難信号だったのか。粘着質な犯人の被害者晒しと手柄自慢だと思ってました。
そして読書始めに私が想像した凶悪殺人ゲーム主催者「kilu」など存在しませんでした。もちろん狂暴な共食いモンスター児童も存在しませんでした。怪物なんて最初からいなかったんだよ、よかったな。よくねえよ。
今回も期待は大きく外れました。もしかしたら凶悪殺人犯と「蝿の王」的クソガキーズをぶっ倒しに行く、行ける、行けないんじゃないかな、行かないわこれ、と読書中は希望を保つよう努めましたが無駄でした。警察不祥事パートも興味が下がりつつ読み切りました。タカシロが籠城した時は、まだこれから話が逆転するかとも考えました。
するわけないだろ。
今作は未確認児童を想うクロハの視点が優しすぎる。これで年齢無差別級デスマッチが起こるわけないだろ。バトル脳もいいかげんにしろ。
このシリーズ、帯や始めのあらすじではスゴイ凶悪犯罪に単身立ち向かう的な煽り文だけど、中身とギャップがあります。
1作目「プラ・バロック」こそ終始陰惨な緊張感とカタルシスがありますが、2作目・3作目では妨害と牽制でネチネチ嫌がらせを受ける場面が多く、作風がかなり違います。
『鼓動』みたいな怪物をもう一度追いかけてみたい、という期待は捨てたほうが良さげです。
そもそも『鼓動』だってタカハシの獲物で、クロハは「関わらんどこ」と退却してるだろ。戦ってないだろ。あれは決戦場として「港湾振興会館」のシチュエーションが飛び抜けて良かったから、雰囲気に飲まれて錯覚しただけですよ。
クロハも決して「悪党には容赦しない苛烈な性格」じゃありません。目上に愛想悪いけど、目下には柔らかい対応してます。特に子供に優しいよね。誤解してました。
『鼓動』「echo」「kilu」どれも開幕のおどろおどろしさが際立っていたのよね。でもそれは錯覚。クロハシリーズの登場人物は蓋を開けてみれば、皆それぞれ悩みを持つ等身大の人間でした。いや、鼎計はどうかな。
頭から「怪物」「猟奇殺人鬼」「最終決戦」などの意識を抜いて、もう一度「アルゴリズム・キル」を読み直しました。警察金銭不祥事の下りは、やはり好みに合わなかったけれど、クロハが「社会から見えてない子供達」の足取りを追う場面は細やかな記述で、もう失われてしまった光景・風景を拾い集めてるようでした。すると、脳内に浮かぶクロハの容貌が前とは違ってきます。
「プラ・バロック」の時は拳銃を構えた鋭い表情。
「アルゴリズム・キル」では視線を下げた憂鬱な表情。
最後に、探していた『細身の少年』キリウシロウをようやく救出した場面の文章は、
「けれど、その奥に」
と途切れているがそれまで十分に書き連ねて、もう重ねる必要の無い言葉が省略されているのでしょう。私は「安堵」を読みました。
自分の読む姿勢が作品と合っていなかっただけのこと。
「アルゴリズム・キル」は目標を捕えて迫って行くタイプの話ではありませんでした。こぼれた欠片を拾い集めて元の場所に運んでいくタイプな気がします。
ただし私にとって、そんなかったるい話は読書時に気分のギアをかなり落とす必要があります。エンスト寸前まで落とし、衝撃の結果を焦らず、大胆な起伏も望まず、異様な設定も欲さず、穏やかに物語と寄り添って読んでゆくのです。
そんなん無ー理ー、私には無ー理ー。エンタメにはセックス&バイオレンスと呼ばれるジャンルがありますけど、私は元々バイオレンス&バイオレンス嗜好なんだ。バイオレンスさえあればよく、エロとセックスは退屈、そんな暇あったらもう一発多く攻撃当てろ、もう一撃深く抉れという主義です。老若男女一切の差別無しにみな全力戦闘してください、休憩時間はありません。
今後もそんな物語を探します。今回は間違いました。