春というより、初夏の暑さを感じる一日でした。以前にも書いたことがありますが、ちょっと東備地域の海沿いをぶらりとしてみました。
下の歌碑は瀬戸内市の一本松展望園に立っています。
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原文は「奴波多麻能 欲波安氣奴良之 多麻能宇良尓 安佐里須流多豆 奈伎和多流奈里」となります。万葉集の時代なので表記は全て漢字でした。遣新羅使が詠んだ歌と言われています。
解説は以下にあります。「多麻の浦」には諸説あると記されていますが、岡山県内には「玉の浦」も存在し、今の玉野市の地名の由来にもなっていますので、塩田を錦海湾と断定してしまうには若干の不安要素があります。
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標題に記した『春の海 ひねもすのたり のたりかな』の句は、ご存知の通り与謝蕪村の有名な句の一つですね。瀬戸内海なので、春の海でなくても終日(ひねもす)どころか一年中のたりのたりなのですが(笑)
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左の手前の方に見える小さい島は鼠島、奥に霞んでいるのは小豆島、その手前が前島、そのまた手前は牛窓の山になります。
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春霞の頃なので、家島までは見えませんでした。
続いては、虫明の海と長島です。
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ほんの数十メートルの狭い海峡が途轍もなく遠い時代がありました。ハンセン病療養施設、長島愛生園と邑久光明園がある長島は、かつては岡山県内にあっても岡山県ではない、国の直轄地でした。
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島に渡るには一日に数便しかないフェリーのみで、近くて遠い「絶望の島」として『砂の器』などの作品にも取り上げられた悲しく切ない歴史の島です。
長島大橋が開通した現在では島に渡るのも簡単になりましたが、この橋の開通に際しても悲喜こもごもの物語がありました。
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最後に黒井山のしだれ桜です。左側のソメイヨシノは既に葉桜ですが、しだれ桜はまだ綺麗に咲いていました。
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瀬戸の海はどこも波静かです。
瀬戸内芸術祭が開かれる直前の春の海を訪れた取り留めのないお話でした。
晴れの国 どこを切っても 晴れの国 「お粗末でした」