「アラビアンナイトの国」の民族の「反撃の戦い」が始まっている

2005年07月10日 23時40分08秒 | イラク・テロ
ロンドン爆破テロ、地下鉄3件の爆発ほぼ同時刻 (読売新聞) - goo ニュース

 英国ロンドンにおける、同時多発テロ事件で、読売新聞の10日付朝刊が、「アル・カイーダ系別組織が犯行声明」と報じた。国際テロ組織アル・カイーダ系の「アブ・ハクス・イル・マスリ隊」を名乗る組織が9日、インターネットで犯行声明を出したのだという。
 石油天然ガスの宝庫である「中東」地域の大多数の国民は、どうしてこんなに貧しいのだろうか?この疑問が常につきまとう。「同時多発テロ事件」が起きるたびにこの矛盾に悩まされる。
 ところで、オサマ・ビン・ラディンとアル・カイーダによるとみられる「同時多発テロ」という個々の事件が発生するたびに、一連の事件の奥に潜む「本質的部分」が忘れられ勝ちなので、いま一度原点に立って、「イスラム社会=アラブ社会」が生み出したオサマ・ビン・ラディンとアル・カイーダが、一体何を狙って、何をめざしたかを再確認しておかねばならない。
 小生は、「9.11」事件の直後「ブッシュの陰謀~対テロ戦争・知られざるシナリオ」(『自由を守る戦争』の真っ赤なうそ!)というタイトルの本をKKベストセラーズより出版した。
 このなかで、「サウジアラビアと王室」について記述している。サウジアラビア人であるオサマ・ビン・ラディンは、アフガニスタンで旧ソ連軍と戦い、これを負かして帰国した後、「サウジアラビア王室打倒」をめざして活動を始めたのである。オサマ・ビン・ラディンの危険性について恐れおののいたサウジアラビア王室は、オサマ・ビン・ラディンをスーダンに追放した後、なんと、王族の一族である皇太子(数人の一人)が「資金援助」まで行なって、「対米戦略」ょ展開するなど大変したたかな外交を行なっている。
 その中核部分を拙著の中から引用を、少々長いので、以下ジャンプ先で紹介させて頂きたい。

板垣英憲著「ブッシュの陰謀」(KKベストセラーズ刊)

 我々の視野から、スポッと抜けているが、オサマ・ビン・ラディンやアルカイダの「同時多発テロ事件」の背後に、「サウジアラビア王室」が存在し、「アメリカ」と「オサマ・ビン・ラディンら過激派」を手玉にとっている側面について、もっと深く解明しなくてはならない。「アラビアンナイトの国」の民族であるアラブ人は、欧米列強にしいたげられた長い歴史なかで、しっかりと「反撃の戦い」を始めていることを見逃すべきではない。

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英国ロンドンの同時多発テロ事件は、中国にとっても他人事ではない!

2005年07月09日 23時24分00秒 | 反日問題
7月9日付・読売社説(1) (読売新聞) - goo ニュース

 読売新聞が7日の朝刊社説で、
「対テロ戦線の強化へ前進した」
と述べている。
 「対テロ戦の前戦は、イラン・イラクも含め、広範囲にてわたる」と呑気なことを言っているが、前線は、イラン・イラクどころか、マッキンダーの言うところのリムランド、つまり、大陸国家と海洋国家の接触ゾーンのすべてにわたったいるのではないか。
 この認識がない限り、「聖戦」を大義とするイスラム、あるいはアラブ民族による攻撃は、ほぼ永続的に続くに違いない。
 アラビア半島に対する、帝国主義国家の最たるものであった大英帝国の野蛮な行為に対しては、それこそ中国や韓国が日本に対して激しく「謝罪」を求める前に、是非とも大英帝国に対して、「歴史認識」や英国における「歴史教科書」の記述を大問題にして欲しいくらいである。
 しかし、やはり中国、北京政府は、大英帝国はもとより、アメリカやロシアに対しては弱腰であり、卑屈さえ感じられる行為を続け、その分、卑怯にも日本への風圧を強めている。
 中国・北京政府は、いつまでこんな卑屈な外交政策を続けていくのであろうか。
 一度でもいいから、北京政府も、従来のような欧米列強ゆ大日本帝国によって被害を受けた国として、いつまでも「被害国」をアピールばかりしてはいられない。
 辺境地域のイスラム民族がすでに、牙を向いて攻撃しかかっていることを痛烈に自覚すべきである。
 この点をもってしても、英国ロンドンにおける同時多発テロは、このとことを示す明確な「警告」と受け止めるべきであろう。
 イスラム教徒が大半であるアラブが民族の「恨み」は、おそらくは中国や韓国が日本に向けて「反日攻撃」を続け繰り返すのとは比べものにならないほどの強烈なものであると推察できる。
 大英帝国の残虐性は、大日本帝国の比ではない。アラビアのロレンスの映画を見た人は、大英帝国が、人類史上、言語を絶するほどの残虐なことを行なってきたかを心の底から知るであろう。その非道な行為はインドから清王朝の中国に及び、さらに上海の祖界地では、「中国人と犬は入るべからず」という張り紙をして中国人を排除したほどである。
 このことをいまの中国人が全く非難しないのは、信じ難いことであるが、せめて「アヘン戦争」を取り上げ、大英帝国、とりわけ、エリザベス女王に反省と謝罪を求めてはどうか、と言いたい。
 今日のロンドンにおける、同時多発テロ事件は、北京政府にとって、他人事ではない。近い将来、「北京政府」の交通の要所において、イスラム民族によってテロ攻撃されるときが必ず訪れるに違いない。
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ロンドンの同時多発テロ事件は、もはや「戦争」だから、日本も他人事ではなく警備体制の強化を

2005年07月08日 19時48分37秒 | イラク・テロ
英同時テロ、死者50人以上に…ロンドン警察 (読売新聞) - goo ニュース 

 英国ロンドン中心部の地下鉄構内3か所とバス1台で現地時間の7日朝(日本時間夕)、ほぼ同時多発で爆発が起き、38人(一説には、51人)が死亡、約700人が重軽傷を負った。折しも、主要国首脳会議(サミット)が、英国北部グレンイーグルズで開催中であり、ブレア英国首相は「サミットにタイミングを合わせた同時爆破テロ」と断定している。秘密組織「欧州の聖戦アルカイーダ組織」を名乗る正体不明の集団が、犯行声明を行っている。
 2001年9月11日の米国における同時多発テロ事件以来、英国はアメリカと共同歩調を取り、アフガニスタン空爆、イラク戦争に参加してきており、国際テロ組織「アルカイーダ」の標的になっていた。それが現実化したのである。
 世界3大金融市場である米国のニューヨーク・ウォール街、英国のシティ、東京の兜町のうち、2つがテロ攻撃された。残るは、東京・兜町である。日本の治安当局は、厳重な警戒が求められる。
 ところで、今回の同時多発テロは、英国が「9.11」以後のアフガニスタン空爆、イラク戦争に加担しているための「報復攻撃」とマスコミ報道は解説しているが、それはあまりにも近視眼的に過ぎる。
 少なくとも、1991年12月にソ連邦が解体し、1993年1月に、クリントン政権が誕生。2月28日にニューヨーク世界貿易センタービル爆破テロ事件が勃発、そのころ、オサマ・ビンラディンが、「ジハード論」を展開していたころからの動きから、今日のテロ事件をとらえないと、根本的な間違いをおかしてしまう。
 1994年夏、アフガニスタンでタリバンが登場。オサマ・ビンラディンは、「サウジアラビア王室を批判」。同年11月、タリバンがカンダハルを制圧。オサマ・ビンラディンは、サウジアラビアを追放され、スーダンに入っている。
 1995年4月19日、オクラホマシティ連邦政府ビル爆破テロ事件が発生。
 この年の11月、サウジアラビア国家警備隊訓練施設爆破事件が起きている。
 1996年9月、オサマ・ビンラディンは、国連の圧力でスーダンから国外追放され、アフガニスタンに舞い戻り、タリバンと接触する。
 こうした前段階の経緯があって、極めて重大な出来事が起こる。それは、1998年2月に、オサマビンラディンが行った「ユダヤ人と十字軍に対する聖戦のための国際イスラム戦線」結成と対米戦線の宗教命令「ファトゥ」発令である。これは、オサマビンラディンの事実上の「宣戦布告」であった。
 この年の8月7日、クリントン政権の下で、ケニア・タンザニアの米国大使館が、同時爆弾テロ事件に見舞われた。
 これに対して、クリントン大統領が、スーダン、アフガニスタンを空爆報復。
 2000年10月21日、イエメン・アデン港の米海軍イージス駆逐艦が爆破される事件が発生。
 2001年1月にブッシュ政権が誕生し、この年9月11日にニューヨーク貿易センタービル、ペンタゴンなどで同時多発テロ事件が発生し、米英連合軍によるアフガニスタン空爆、有志連合軍によるイラク戦争へと突入し、これに対する報復として、スペイン・マドリッド同時多発テロ事件、今回のロンドン中心部における同時多発テロ事件が起きているのである。
 ここで注意しなくてはならないのは、オサマ・ビンラディンないし、アルカイーダによる国際テロ組織による「犯罪」と単純に見ると、事の本質を見損なってしまう。
 確かに、現象的には、「テロ事件」は、「犯罪」である。だが、1998年2月にオサマビンラディンが行った「ユダヤ人と十字軍に対する聖戦のための国際イスラム戦線」結成と対米戦線の宗教命令「ファトゥ」発令が、基点になっているととらえると、単なる「犯罪」である「刑事事件」のような扱いをすると、この「国際テロ集団」との戦いには勝てないのである。
 戦争と言えば、国家と国家が互いに宣戦布告して戦争状態に入るものを通例として受け止め勝ちではあるが、現在起きている「テロ」は、「姿の見えない敵」との明らかな戦争であるととらえて、関係国は、本格的な戦争として応戦し、また、徹底的に攻撃態勢をとらなくてはならない。
 一口で言えば、「イスラム世界」の「国際テロ集団」と、主に「ユダヤ・キリスト教国家」との戦争である。オサマ・ビンラディンは、「ユダヤ教徒とキリスト教徒を殲滅する」とはっきり言っているので、そのつもりで戦う必要がある。「ユダヤ・キリスト教国家」と深く結びついている日本も、ターゲットにされているので、それなりに自衛措置を講ずるべきである。
 しかし、地球儀をクルリと回してみると直ぐにわかることではあるが、「イスラム世界」の「国際テロ集団」と戦っているのは、アメリカや英国、あるいは今回、名指しされたデクンマークだけではない。その図式は、ザッとみて、以下のようになっている。
①中国--VS--新彊・ウィグル地区などに住むイスラム系少数         民族の独立運動
②フィリビン--VS--イスラム民族過激派
③インドネシア--VS--イスラム民族過激派
④マレーシア--VS--イスラム民族過激派
⑤シンンガポール--VS--イスラム民族過激派
⑥インド--VS--バキスタン(イスラム国家)
⑦ロシア--VS--イスラム民族過激派(チェチェン、アゼルバイジャンなどの独立運動)
⑧イスラエル--VS--バレスチナ(イスラム民族)
⑨バルカン半島スラブ民族--VS--イスラム民族
⑩アメリカ--VS--イラン(イスラム民族)
⑪アメリカ--VS--イラク(イスラム民族)
⑫スペイン--VS--イスラム民族過激派
⑬英国--VS--イスラム民族過激派
⑭アフリカ・部族--VS--イスラム民族過激派

 このように、アメリカや英国などイラク戦争に参加している国々だけが、イスラム民族過激派から「テロ攻撃」を受けているわけではない。
 日本もターゲットにされているのであるから、国外から日本に入ってくる「イスラム系の人々」に対する警戒の目は、これまで以上に厳重にし、厳戒態勢を敷く必要があるだろう。入国管理事務所や警察の外事課、公安調査庁、あるいは、海上保安庁、陸海空自衛隊の一層の努力に期待したい。


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占領軍に遠慮して作成した「教育基本法」の欠陥を正し、改正案には「愛国心」を盛り込む必要あり

2005年07月07日 17時29分57秒 | 政治
「愛国心」は両論併記…教育基本法改正案の要綱案骨子 (読売新聞) - goo ニュース

 読売新聞が7日付の朝刊で、「教育基本法改正案の要綱案骨子」を報じた。「『愛国心』」両論併記」の見出しつきである。短いながらも、読売新聞記者のスクープ記事である。内容は以下の通りである。
 「教育の目標に『公共の精神に基づき主体的に社会の形成に参画する態度の涵養』と明記したことなどが柱だ。焦点の『愛国心』については、自民、公明両党の調整がつかず、『国を愛する』と『国を大切にする』の両論併記となった」
 この骨子は、前文や教育の目標など18項目からなり、「与党教育基本法改正に関する検討会」(座長=保利耕輔・元文相)の議論を受けて、文部科学省が作成したという。
 ところで、大東亜戦争に敗戦してからの日本の教育の最大の欠陥は、文部省が、「愛国心」「国を守る気概」教育を怠ってきたことにある。家庭にまで公権力が介入するのは、好ましくはないけれど文部省があえて家庭教育についても、少なくとも一定の指針を示す程度のことは、児童生徒の教育上、許されて然るべきであろう。にもかかわらず、文部省は、連合国軍最高司令部(GHQ)によって「皇国史観」が全面否定され、「教育勅語」が戦後廃止された経緯もあり、人間にとって最低限必要な「徳目」までも否定してしまったのである。「親の孝に、兄弟に友に、夫婦相和し、朋友相信じ、恭倹己を持し、博愛衆に及ぼし、学を修め、業を習い、以て知能を啓発し、徳器を成就して・・・」という徳目の一体、どこが悪いというのであろうか。
 「与党教育基本法改正に関する検討会」(座長=保利耕輔・元文相)の議論を受けて、文部科学省が作成したという骨子からして、文部官僚の腰が引けている。というよりも、「腰抜け」である。
 「愛国心教育」といえば、中国・北京政府が日中戦争の発端となった「蘆溝橋事件68周年」を契機として「愛国心教育」を徹底・強化し、「反日教育」を大々的に進める方針を決めているという。新聞、テレビ・ラジオなど「官製メディア」を総動員して、これまで以上に日本への攻撃を強めるというのである。何のために、こんなことを行うのか、北京政府の「謀略宣伝の意図」というものを疑わざるを得ないのであるが、悪質な「思想攻撃」という「間接侵略」に対して、日本としては、安閑としている場合ではない。それでなくても、同じ日本人でありながら、「利敵行為」を喜んで行う不埒な「左翼」が多いのである。日本人としては、国内外からの攻撃に翻弄され、国内を攪乱されることのないよう「思想を堅固」にして迎え撃つ必要がある。
 ところで、教育基本法になぜ「愛国心」という言葉が盛り込まれなかったのか。この疑問を氷解させてくれる文章を、「新渡戸稲造全集第1巻」の付録に見つけた。
 文部省学校教育局長を務めた「日高第四郎」(学習院次長兼同短大学長)という人物の「教育基本法とその日本的背景」と題する文章である。以下、この全文を引用する。

**********************************************
教育基本法とその日本的背景
日高第四郎

 太平洋戦争に敗退し降服した結果、日本は事実上明治憲法を廃止し、新しい憲法を制定せざるを得なかった。これに伴って敗戦前国民教育の淵源として重んぜられた教育勅語は歴史的文献として棚上げせられ、それに代って教育基本法が一九四七年三月に制定され、新しい教育の拠所とされた。この基本法が出来たのは聯合軍の日本占領後僅か一年半の頃であった。その上この法律は、司令部の強力な指導の下に制定されたと信ぜられた新憲法を、その基本前提としていたという事情もあったので、可なり多くの同胞は、これもまた占領軍の命令もしくは強制に基いて作成されたのではないかという疑惑をもっていたようである。
 現に十数年を経たあとに、荒木文部大臣はその就任画後改めてこの法律を読み返したところ、その前文にも本文にも普遍人類的な理念及び観点は強調され明示されているが、日本人としての自覚とか、民族的自主性とかいうような欠くべからざるも一つの大切な観点が欠如しており、恰も無国籍のコスモポリタンの養成を志すが如き印象を与えるというような慨歎を表明されたことがある。 実はこの法律の制定当時私は臨時に( 旧制) 第二局等学絞の教授から文部省の学校教育局長に転出していた。そして文教刷新に関する諸法律乃至諸制度の要綱案を諭議し作製するという重大な責任を担当された教育刷新委員会( 後に審議会と改称された) の会議に、私も事務的世話役の一員として始終出入して、その審議の模様を大体承知していた。私は占領下のこととて、米軍当局から特殊な干渉又は強圧がありはしないかと憂慮して極力注意を怠らなかったが、さいわい委員会の自主性は重んぜられ、又秘密の偵察らしいものも気付かれなかった。そしてむしろ公然と司令当局の代表者三名、刷新委員会代表者三名、及び文部省当局代表者三名とからなる連絡会(Steering Committee と呼んでいた) をしばしば開いて、情報の交換と意志の疎通がはかられた。私もそれに列席していたが、「この基本法の要綱に関する限り」格別行き違いも干渉がましい問題もなくてすんだ。
 かくして要綱が決定され内閣に正式に答申されると、文部省はそれに基いて法( 律) 案を作製し、先ずそれを枢密院会議に諮謁し、ついで最後の貴、衆両院の議会( 第九十二帝国議会) に上程されたのである。その際私共も政府委員として陪席し条文等に関する質疑に応答しなければならぬ立場に立たされたのである。
 その節私は「個人としては」先に述べた荒木文相の指摘されたような欠陥をはっきり自覚して、前文のどこか適当な個所に日本とか祖国とかいうが如き「国を思う心構え」表現して欲しいと切望していたのであるが、占領後間もない時期であったから、下手をすれば、戦捷国に対する反抗もしくは復讎の意図を以て国家意識を強調するのではないかという疑惑や誤解をまねく恐れもないとは言えなかったので「政府としては」やむを得ず慎重を期して国民的自覚という意味を伏せておかざるを得なかったと解せられる。
 それ故に議会の質疑に対しては、次の様な心覚えを用意していた。基本法の前文にある「普遍的にしてしかも個性ゆたかな文化の創造」をめざす教育を普及徹底しなければならないという条項の奥底には強調すれば「世界的な日本文化の創造」とも読める含蓄があること。又第一条にある、教育は人格の完成をめざし「平和な国家及び社会の形成者」としてというのは、決して単純な個人主義一点張りの人生観からではなく、具体的に言えは平和な国家及び社会という「共同体の構成員たる資格」の必要を指すのであること、更に第一条の終りに「国民の育成」を期してとあるが、それは過去の独善的な国家主義をすてて、真理と正義を愛し、個人の価値をたっとび、勤労と責任を重んずる、心身共に健康な、国民であるばかりでなく、しかも「自主的精神に充ちた」国民の育成を期するということ、短くいえば「歴とした日本国民」という含蓄が備えてあるということであった。
 たとえあの非常緊迫の事態には右の様な解釈説明が通用したとしても、おいおい平静を恢復した際、教育基本法をすらすらと読むならば、戦前並びに戦時において強調された極端な国家主義乃至軍国主義に対する激しい反感乃至反動があったが故に、正当な意味の日本人的自覚までも無視され消滅してしまったかの様な響きを残したことは、まことに残念であった。現にあの当時の貴族院議員憂国の志士ともいうべき佐々木惣一博士及び羽田享博士も質疑応答において政府の答弁をきいてその苦衷を十々察知し乍らも、この重要法案の内に、祖国を思う心構えが明確に表明されていないことに深い遺憾の意を表せられたのである。
 私は公人として公の場で応答する以外に、私人として折択先輩や友人方からも同様の不満を打明けられたことがある。彼らも大概は、この法律を恰も戦後の異邦人からの贈り物の如く早合点して「日本人の作とは考えてくれぬ」と言ったのである。それに対して私は二人の尊敬する日本人の名を上げてとくと考え直してみてくれと言った。一人は新渡戸稲造先生他は安倍能成先生であった。 安倍先生は基本法の直ぐ裏に立ってそれを支えた教育哲学的な太い柱であった。先生は終戦の翌年の一月文部大臣となり、その三月には米国教育使節団に対する挨拶( 安倍能成著『戦中戦後』二一九頁以下) の内に、日本の過去の教育の欠陥と過誤を正噴に徹底的に反省批判すると共に、今後のあるべき教育方針について、自主的自律的な所信をまことに率直に開陳すると共に、勝ち誇ったアメリカ人が自国の尺度を以て直ちに普遍妥当的な規範として日本に適用せざる様、大胆に訴えられた。この挨拶には、丁度一年後に判定された教育基本法に含まれた「重要概念」は殆ど全部羅列されていたのである。のみならず、そこには民族的個性の自覚も必要条件としてかくさず述べられていた。その上先生は、基本法の原案要綱の作製者たる教育刷新委員会' の委員長をもつとめられた人であった。新渡戸稲造先生は、教育基本法の精神の「歴史的背景」をおのずから築き上げられた、その育ての親であ' ったと、言えよう。というのは、この法律を恰も予測せるが如く、「透徹せる自律的人格主義に基く近代民主主義」を、思想的にも実践的にも情緒的にも生活に具現された新日本の開拓者たる趣きをもっておられたからである。
 新渡戸先生ならあの基本法を書かれるのに最もふさわしい方ではないだろうかと言うと、ある友人はただニヤリと笑った。あの法律の成立よりほぼ十四、五年前に既に他界された方を今更証人の様に引合に出すとは窮余の一策ではないかと言わぬばかりに。ところが先生は、時代に先んじて抜きん出た価値判断を身につけた学者、思想家、教育家であると共に温情ゆたかな宗教家でもあったらしい。その人が信仰をふりかざすことなしに校長として、大学の教授として、又学長として永年多くのすぐれた素質をもつ後輩に接したのである。その間にただならぬ師弟関係又は友誼関係の生れたことは推して知るべきであろう。
 実際先生の人格的思想的信仰的影響を身につけた次代の人々が、敗戦後の危機に際会して先生を忘れていたであろうか。多くの人々は先生に代わるような心持を以って祖国の復興の為にそれぞれの立場から身命を賭して立ち上がったであろう。たとえば戦後の文教関係の有力者について言えば、幣原内閣の文相前田多門氏は先生が信頼された愛弟子ではなかったか。前田氏の後任安倍能成氏は、前田氏が、やはり同門の田島道治氏との相談の上、頼まれたということである。その安倍氏こそ前述の如き重要任務を果されたのである。安倍文相の後任田中耕太郎博士も又当時の文部次官山崎匡輔博士も、その(旧制)一高時代に新渡戸校長の薫陶をつけられた方々である。のみならず基本法の生みの親たる教育刷新委員会の委員三十八名中、新渡戸先生と浅からぬ関係であったと推定できる方々は、八人を下らないようである。安倍能成(委員長)、南原繁(副委員長)、関口泰、天野貞祐、森戸辰男、河井道、上代たの、田島道治の諸氏である。ことによったら落合太郎、渡辺銕蔵、小宮豊隆の諸氏も之に準ずる方かも知れない。
 こう見てくると基本法の構想に関して先生は直接にこそ語られなかったにしても、この先覚者は後輩又は弟子を通じて思想的に影響を及ぼされたと見られないであろうか。
 明治中期以降の日本教育の方針は忠君愛国を基調としていたが、国際紛争に遭遇する毎に政治情勢を反映して、極端な国家主義が強調され、その反面国際的視野は無視され普遍人類的関心は枯渇しがちであった。かかる雰囲気に於いても新渡戸先生は、つとに文化や教養や信仰の歴史的発発展の過程に、普遍性と特殊性、国際性と国民性、人類性と民族性、社会性と個性等一見相反するが如き両要素間に相互補足の微妙な内面的関係あることを洞察され、両面の和解融合を意図され、それを実践生活にうつして行かれた、卓越した民衆の友であられたと思う。
 先生が( 旧制) 第一高等学校の校長時代に学習院長の乃木大将が、先生を訪ねられたという。日露戦争の「勇将」が、「平和の使徒」たる使命を荷える先生に何を求めて行かれたのであろうか、その時将軍は心の底に秘められた尽きぬ悲しみを歌に托して示された。
 語らじと思ふ心もさやかなる月にはえこそ隠さざりけれと。博士夫妻は、この勇将のこの歌心に涙をさそわれたという。この一見相反する立場の間にも、「純真な忠誠」と「内なる光」との融合媒介によって相結ばれる機縁があったのではあるまいか。
 私共も( 旧制) 第二局等学校の生徒時代に、前校長たる先生の「ファウスト物語」をよんだり、先生の愛読書カーライルのサーター・リザァタスを教室で学んだことがある。又「武士道」は桜井鴎村氏の訳で読んで感銘をうけた。そして先生の信奉されていたキリスト教からは、愛がにじみ出ているように感じた。それは先生の親友内村鑑三先生の所説には妥協をゆるさぬ峻厳な調子が宿っていたのとは大いに異っていたのではないか。先生の信仰は内心の自由と寛容とを本質的に支持されたのではないか。それ故に武士道を論ずる際にも、先ずそれをキリスト教的ヒューマニズムの懐に温く抱きしめて、その特異な発生基盤と環境との連関を通して、その道義的体系を理解し更に普遍的な理念の光に照してその意味内容を検討して全体としての価値判断を広く他国にも紹介したのだと言えるであろう。ところがそれは日本人自身にも非常に大切な反省と自覚のかてとなったと思われる。
 私は、先頃、矢内原忠雄氏の訳による「武士道」を読み直して感銘を再び新にした。第一に若い先生の日本の歴史的伝統に対する並々ならぬ深い関心と認識に驚いた。第二に古今のヨーロッパ諸民族の文化に対する博識と洞察に感心した。第三は、上述の両側面を微妙に整理して、内面的に結合させるクェーカーの信仰の奥床かしさに打たれた。「内なる光」を導きとする沈黙の祈りにおいて、神を仰ぎ、神の栄光の下に凡ての隣人と結ばれるという心境、私はそこにアッシシの聖フランチェスコの小さき花にある美しい宗教詩を思い起すと共に、西行の歌が連想された。
 わづかなる庭の小草の白露を求めて宿る秋の夜の月というのである。
 実は私は画接には殆んど先生を存じ上げていない。じかにお目にかかったのはたった一度に過ぎない。たしか昭和六、七年頃であった、( 旧制) 広島高等学校からのお願いで先生が講演にお見えになったことがある。その時私はそこの教授として応対に出て、久しく尊敬していた大先生にお目にかかる幸福を味った。その折ある旅館で先生と夕食をともにいただいた。先生は運ばれて来た料理の色々の皿から先づ一つの大皿に、召しあがる丈の分量を自らお集めになったあと、残された分を給仕の女性に、これは箸はつけてないと注意されて下げさせられた。私はそのつつましい嗜み-僅かのものにも、それの生産過程に払はれた人人の労苦を感謝するが如き心ばえの伺がわれるような措置-の奥ゆかしさに打たれた。そして先生は人々に隔てをおかぬ平民的な方ではあるが、「全くただ人ではない」と敬意を新にしたのである。
 先生が晩年には国際連盟の事務次長として、信望を荷われたことは、「国際人としての資格をゆたかに具えた類例少ない日本人の代表」と言えるであろう。
 もしも、教育基本法が教育上の「普遍的要素と個性的要素とをともに重くみる」新渡戸先生のような方々によって、今後の教育の実践に適用されたら、日本の行く手に輝きを放つにちがいないと思うが、どうであろうか。( 学習院次長兼同短大学長)

**************************************
教育基本法
  昭和22・3・31・法律 25号  

われらは、さきに、日本国憲法を確定し、民主的で文化的な国家を建設して、世界の平和と人類の福祉に貢献しようとする決意を示した。この理想の実現は、根本において教育の力にまつべきものである。
 われらは、個人の尊厳を重んじ、真理と平和を希求する人間の育成を期するとともに、普遍的にしてしかも個性ゆたかな文化の創造をめざす教育を普及徹底しなければならない。
 ここに、日本国憲法の精神に則り、教育の目的を明示して、新しい日本の教育の基本を確立するため、この法律を制定する。

(教育の目的)第1条 教育は、人格の完成をめざし、平和的な国家及び社会の形成者として、真理と正義を愛し、個人の価値をたつとび、勤労と責任を重んじ、自主的精神に充ちた心身ともに健康な国民の育成を期して行われなければならない。

(教育の方針)第2条 教育の目的は、あらゆる機会に、あらゆる場所において実現されなければならない。この目的を達成するためには、学問の自由を尊重し、実際生活に即し、自発的精神を養い、自他の敬愛と協力によって、文化の創造と発展に貢献するように努めなければならない。
(教育の機会均等)第3条 すべて国民は、ひとしく、その能力に応ずる教育を受ける機会を与えられなければならないものであって、人種、信条、性別、社会的身分、経済的地位又は門地によって、教育上差別されない。
2 国及び地方公共団体は、能力があるにもかかわらず、経済的理由によって就学困難な者に対して、奨学の方法を講じなければならない。

(義務教育)第4条 国民は、その保護する子女に、9年の普通教育を受けさせる義務を負う。2 国又は地方公共団体の設置する学校における義務教育については、授業料は、これを徴収しない。

(男女共学)第5条 男女は、互いに敬重し、協力しあわなければならないものであって、教育上男女の共学は、認められなければならない。

(学校教育)第6条 法律に定める学校は、公の性質をもつものであつて、国又は地方公共団体の外、法律に定める法人のみが、これを設置することができる。
2 法律に定める学校の教員は、全体の奉仕者であって、自己の使命を自覚し、その職責の遂行に努めなければならない。このためには、教員の身分は、尊重され、その待遇の適正が、期せられなければならない。

(社会教育)第7条 家庭教育及び勤労の場所その他社会において行われる教育は、国及び地方公共団体によって奨励されなければならない。
2 国及び地方公共団体は、図書館、博物館、公民館等の施設の設置、学校の施設の利用その他適当な方法によって教育の目的の実現に努めなければならない。

(政治教育)第8条 良識ある公民たるに必要な政治的教養は、教育上これを尊重しなければならない。2 法律に定める学校は、特定の政党を支持し、又はこれに反対するための政治教育その他政治的活動をしてはならない。

(宗教教育)第9条 宗教に関する寛容の態度及び宗教の社会生活における地位は、教育上これを尊重しなければならない。
2 国及び地方公共団体が設置する学校は、特定の宗教のための宗教教育その他宗教的活動をしてはならない。

(教育行政)第10条 教育は、不当な支配に服することなく、国民全体に対し直接に責任を負って行われるべきものである。
2 教育行政は、この自覚のもとに、教育の目的を遂行するに必要な諸条件の整備確立を目標として行われなければならない。

(補則)第11条 この法律に掲げる諸条項を実施するために必要がある場合には、適当な法令が制定されなければならない。




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小泉首相は、郵政民営化反対派の政治家を落選させるべく「解散・総選挙」を断行せよ

2005年07月06日 23時51分43秒 | 政治
郵政法案、5票差で衆院通過 反対票の副大臣ら4人更迭 (朝日新聞) - goo ニュース

 郵政民営化法関連案が5日の衆院本会議で、自民、公明両党の賛成多数で可決し、参議院に送付された。賛成233、反対228を5票上回る僅差。自民党内で反対37人をはじめ棄権、欠席など51人が造反し、小泉政権の求心力の弱さを露呈し、参議院で可決成立できるかどうか。総裁任期満了まで1年2か月余を残し、「死に体」になりつつあることがはっきりしてきた。
 小泉首相は、参議院で否決された場合、直ちに衆議院の解散・総選挙に打って出るか、一旦、継続審議にしたまま、秋の臨時国会での成立を図るかの決断を迫られている。国民の立場に立てば、小泉首相には、思い切って解散・総選挙を断行して欲しい。ダメな政治家は、有権者が、どんどん落選させればよい。
 郵政民営化をめぐっては、賛否両論が真っ向から激突している割には、国民の関心が薄い。郵政民営化よりも優先的に審議すべき政策課題があるからというのが、最大の理由である。国民に十分な理解を得られないのは、ひとえに小泉首相の責任であることは言うまでもない。
 だが、小泉首相が、「ワンフレーズ」でズバリ国民の心をとらえるのを得意としてきたはずなのに、この郵政民営化では、なぜ国民をスパッと理解させる「ワンフレーズ」が、小泉首相の口から出てこないのか。「官から民へ」というフレーズが、郵政民営化ではインパクトを持っていないのである。
 それは、郵便制度の成立ちのなかに主な原因があるのではないだろうか。つまり、明治維新以降、さまざまな産業が、「官営」から始まり、後に「払下げ方式」により、民間の事業として移管されたのに対して、郵便制度は、明治政府という「官」が、庄屋・名主という「民」に「官」の役目を委託したところから始まった。郵便局長に委嘱された庄屋・名主に「官吏」、戦後は「公務員」という身分を与えた。もともと「民」の財産をベースにして郵便局長が任命されていたので、その身分が「世襲」となるのは、当たり前のことであった。いまごろ、「特定郵便局長という公務員が世襲というのはおかしい」という議論があるけれど、それは、郵便局の成立ちを知らない「無知」からきている。
 従って、小泉首相が、「官を民へ」というワンフレーズが、説得力を持たないのである。庄屋や名主の子孫である特定郵便局長にしてみれば、もともと父祖伝来の財産を「官」に利用させてきたからである。
 だから、小泉首相が、郵政民営化を言うならば、「官から民へ」ではなく、「お役目御苦労さん、元の民へ」と言えば、実態を正確に反映するフレーズになったはずである。つまり、一見「官」に見える特定郵便局は、もともと「官営」ではなく、「民」の基盤の上に成り立っていたのであるから、ほかの産業、たとえば鉄鋼業などのような「払下げ」とは根本的に性格を異にしていた。ワンフレーーズで言うならば、国策により「官」にされていた庄屋・名主の財産の上に成り立っていた特定郵便局を「元の民への解放」と言えば正確な言い方となろう。
 ここのところが、一般国民には理解し難いところであり、政治家のなかにも、正しく理解している人が少ないために、群盲象を撫でるが如き、議論百出したとも言える。
 現実の郵便局を見れば、国民にとって大変便利な存在であり、何も今更、民営化などする必要がない立派な制度である。
 しかし、「官営」である現在の郵便局ですら、これほど国民の支持を得ているのであるから、「資本主義本来」の「民営」に原点復帰すれば、庄屋・名主が135年前に、それぞれの資産を基礎に郵便事業を始めたと思えば、「官営」による統制から解放されて、新たに「コンビニ事業」までできる新しい事業体として、思う存分、ビジネスを展開できるはずである。つまり、特定郵便局にとって、「民営」の方が、得なのである。
 この民営化により、封建制度の残滓として続いてきた特定郵便局を真の資本主義体制のなかでの事業として、より発展させることがが可能となる。むしろ、現在よりも「民営化」された方が、前途洋々なのである。
 自民党の「反対派」は、こうした歴史的使命を終えた特定郵便局の功績とこれから新たな使命を担う郵便事業のあり方について、理解が浅く、依然として「封建意識」にとらわれ過ぎているように見える。この封建体制の残滓が、実は、自民党という「保守勢力」の基盤、あるいは岩盤だったことから、この支持基盤が崩壊するのを恐れる余り、郵政民営化に反対しているとも言える。
 だが、いつまでも「封建制度の遺物」にばかりしがみつき、頼っていては、自民党が今後も政権政党であることはできないだろう。同じことは、民主党にも言えるのである。もっと未来を見据えて、新しい郵便事業を構想できないのであろうか。最近の政治家の「構想力」の貧弱さは、実に嘆かわしい限りである。郵便制度の創設者である前島密が、135年後の今日を見通して、何を考えていたかをいま一度振り返り、文献などから、前島密の考えを探ってみる必要がある。


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相続放棄した元横綱・若乃花に拍手、花田家は「貴乃花部屋」を盛り立ててこそ、一族の栄光と繁栄を築ける

2005年07月05日 17時23分41秒 | Weblog
新展開!花田勝氏が相続放棄 (スポーツニッポン) - goo ニュース 

 元横綱・若乃花(花田勝)の弁護士が4日、父親・二子山親方の遺産相続を放棄する手続きを東京家庭裁判所に行った報道機関にFAXした。弟・貴乃花親方(花田光司)は、突然のことで驚きの表情を隠していない。
 だが、何はともあれ、元横綱・若乃花の勇断に拍手を送ろうではないか。二子山親方の遺産のほとんどが、相撲に関するものなので廃業している兄よりも「相撲部屋」をもって弟子を育てている弟が相続するのが望ましいと判断しての決断だったようである。
 確かに、花田家は、「相撲あっての花田家」であり、相撲を離れての繁栄はない。「相撲の王道」を不器用に歩んでいる貴乃花親方を一族で支え、「貴乃花部屋」から関取を生み出し、やがては大関、横綱を輩出することで皆が一致団結する方が、一族同士いがみ合っているよりも生産的である。
 名古屋場所を控えて貴乃花親方が、激ヤセ姿をさらして弟子たちに稽古をつけている姿がテレビで放映され、痛々しさを多くの視聴者が感じたようだが、おそらくは、兄・花田勝氏も同様な感情を抱いたのではないか。あるいは、想像だが、自分も裸になって、若い相撲取りに稽古をつけてみたいと、案外に羨ましく思ったかもしれないのである。
 兄・若乃花は、廃業してアメリカン・フットボールに転身したもの、うまくいかず、タレント業にしてもいつまでもチヤホヤされ続けるのは難しく、やっぱり、「相撲」からは離れられないと痛感したものと推察される。当面は、「チャンコ鍋屋」の経営者として経営に成功しなければならないが、これとても、慣れない仕事であり必ず成功するとは限らない。もし、事業に成功しようと思うならばやはり、現職の親方としてちゃんと「相撲部屋」をもって弟子を育成している弟・貴乃花親方がいればこそ、「チャンコ鍋屋」も繁栄するというもの。たまには、タニマチの旦那衆の招きで、貴乃花親方が弟子たちを連れて店に足を運んでくれれば、その店も人気を呼び、商売繁盛になるに違いない。
 花田一族はいまや、貴乃花親方を中心に繁栄を築いていくしかないのである。そのことに一番気をもんでいたのは、いまは亡き二子山親方であったろう。
 当面は、名古屋場所で貴乃花部屋所属の若い弟子たちが、立派に成績を残してくれることである。名古屋場所が千秋楽を無事迎えてひとときでも落着きを取り戻したころを見計らって、兄弟が余人を交えずにサシで話し合い、これからの貴乃花部屋のことを相談し合えばよい。貴乃花親方が、「相撲に専念」できるように、兄は側面からでも協力したり、兄も裸になってたまには弟子たちに胸を貸したりして、あるいは、貴乃花親方が希望しているような「サポーター制度」を他の部屋に先駆けて確立するようにマネジメントしたりしてもよいだろう。
 いずれにしても、花田一族が繁栄するか衰退するかは、ひとえに「貴乃花部屋」という磁場がどれだけにエネルギーを持てるか否かによって左右されるのであるから、一族がこぞって、「貴乃花部屋」の繁栄のために力を結集し、盛り立てていけば、それが一族にまた跳ね返って、栄光と繁栄を手に出来、限りない恩恵を被ることができるのである。
 「若貴時代」という華やかな一時代を築いた兄弟であるからこそ今度は、「貴乃花部屋」に結集して、大相撲の「貴乃花部屋時代」を築いて欲しいものである。
 この花田家が、一つにまとまることができれば、日本国民のそれぞれの家庭や一族にとって、明るい希望となる。いまほど、家族がバラバラな時代は、未だかつてない。「兄弟は他人の始まり」という情ない言葉を是非とも死語にしてもらいたい。その代表例を花田一族が築いてくれれば、日本の将来も明るいものになるに違いない。
 (ちなみに、夫を捨て、家を捨てた元母・憲子さんのことは、どうでもよい。悪いのは、憲子さんであるから、自業自得といいたい)

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郵政民営化法案にあくまで反対し、抵抗する自民党議員は、速やかに離党すべきだ

2005年07月04日 17時25分17秒 | 政治
郵政法案、衆院特別委で可決へ…最終局面の攻防 (読売新聞) - goo ニュース

 自民党執行部は、郵政民営化関連法案の衆議院通過を目指して、「反対派」の切り崩しを精力的に行っている。東京都議会議員選挙への影響を憂慮する公明党に対する配慮から、衆議院郵政民営化特別委員会や本会議での法案の採決を都議会選挙の後に回した。
 衆議院本会議で否決された場合、小泉首相が、衆議院の解散・総選挙に踏み切る覚悟を決めているといわれている。際どい国会運営ともいえる。
 このため、国会日程上、差し迫った状況のなかで、自民党内の反対派の切り崩しが成功するか否かに国民の多くが注目している。
 衆議院議員の立場から言えば、「解散・総選挙」を望む人は少ないだろう。選挙の度に「3分の1」が入れ替わるといわれているだけに、「クビ」がつながるか、切って落とされるかは、最大の心配事である。
 しかし、国民の立場からすれば、郵政民営化関連法案について、国民に対して賛否を問うのは民主主義上、この際必要ではないか。「民意」を確かめた上で、改めて国会で採決しても遅くはない。
 というのは、、江戸時代に基礎がつくられた日本の「保守基盤」の上に郵便局が成り立ってきたからである。いわば「封建体制の残滓」ともいえる。
 郵便制度の祖といわれる前島密・初代逓信相が明治時代に、郵便制度を全国津々浦々に敷くに当たって、江戸時代から続いてきた名主・庄屋という豪農の持つ「土地や屋敷」、あるいは、各地域における「信用度の高さ」を活用して、「公務員」の身分を付与して、その上に郵便制度を築き、郵便局を依頼した。いわば名主・庄屋の私有財産を暫定的に利用して、国家機関としての郵便局を配置したという経緯があるので、その身分が世襲化されたのは、当然だったともいえる。
 国民のなかには、「公務員が世襲というのはおかしい」と批判する向きが多いのは、この経緯をよく知らない国民が少なくないからである。
 小泉首相がライフワークとしている「郵政民営化」は、こうした封建体制からの「訣別」を図る意味を含んでいる。小泉首相の思想の根底には、「日本が資本主義社会である以上、郵便局もこの資本の論理に任せればよい」という考え方がある。これは、明治時代から「暫定的に国営化していた郵便局」を、資本主義本来の「民営」の原則に立ち、「郵便局を民営化」しようということである。
 日本が明治維新をキッカケに資本主義社会に入った当初、たとえば鉄鋼産業も「国営」によって始められ、後に民間に払下げして、今日のような「新日本製鉄」のような民間企業として発展してきている。国鉄は昭和60年代になって、やっと中曽根首相の下で、民営化され「JR」となり、続いて、電電公社が民営化され、「NTT」という大企業に変貌している。郵政民営化もこうした流れの先端部分でおきていることである。とくに「郵便局」は、「封建体制の残滓」からの訣別が強く求められているのである。だからこそ、「郵政公社」という「準国有状態」からも逸早く脱却しなければならないのである。
 自民党の反対派、民社党の「廃案派」のどちらも、結果として、「封建体制の残滓」と「日本資本主義社会の暫定措置」をこのまま温存しようという抵抗勢力であるとも言えるだろう。
 民営化により、国家管轄から解放される特定郵便局長もそこで働いている「郵政労働者」である「下級公務員」も、「身分の変化」を恐れて「民営化」に反対しており、この結果、使う側、使われる側が奇しくも「利害」が一致しているように見える。
 しかし、我が国の「政治制度」と「経済制度」の基本をいま一度確認しておかなければならない。それは、「自由民主主義体制」と「資本主義体制」ということである。この当たり前のことがわかれば、「郵政民営化」は、もはや歴史の必然として避けては通れないのである。時間を江戸時代に逆戻ししたり、あるいは、「社会主義体制」や「共産主義体制」のような官僚社会主義の権化のような現在の「郵政」の存続は、認められない。
 自民党の反対派は、あくまでも小泉首相の公約に反し、かつ執行部の方針に反対して抵抗するのであれば、速やかに自民党を離党すべきである。
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阿南中国大使を更迭し、飯村大使を新中国大使に内定した町村外相の人事は、名人事である

2005年07月03日 21時00分33秒 | 反日問題
中国大使に飯村氏内定、外務審議官には西田氏 (読売新聞) - goo ニュース

 町村外相は2日、阿南惟茂中国大使を代えて後任に飯村豊インドネシア大使を充てる人事を内定、この秋に発令すると発表した。飯村大使は、外務省の中国語専門のいわゆる「チャイナ・スクール」と呼ばれる「親中派」ではなく、これまで中国とは関係が深くない外交官という。
 阿南大使が「チャイナ・スクール」の中心的存在だったのに対して、それ以外の人材を中国大使に任命するのは、悪化した中国との関係の立て直しが、最大の狙いであるらしい。
 「チャイナ・スクール」の大先輩といえば、加藤紘一元幹事長(元防衛庁長官)の顔が直ぐに思い浮かぶ。
 だが、人間というのは、あまり親しくなり過ぎると、相手の言いなりになってしまう危険が大きくなる。
 この点で、最近の日本の外務省の「対中外交」は、「情ない」の一字に尽きる。「癒着」とまでは言わないまでも、主客が転倒し、知らず知らずのうちに、どこの国の外交官かわからなくなり、相手の国の言い分を自分の国の政府に伝達する「メッセンジャー・ボ-イ」に成り下がるのである。この点で、「チャイナ・スクール」の外交官の罪は重い。
 つまり、日本の主張をきちんと北京政府に伝え、抗議すべきときは、しっかり抗議し、要求するものがあれば、堂々と要求すればいいものを、相手の機嫌を損ねて、ヘソを曲げられては困るという奇妙な遠慮が、帰って相手を増長させることになる。
 さらに悪いことには、相手に都合の悪いことを言ったり、要求したりして、相手との人間関係が悪化すると、自分の立場が不利になり、出世の妨げになると困る。そこで保身を図り、計算高く振る舞い、その結果、大事な外交問題をむしろこじらせてしまうことも往々にしてあり得るのである。
 北京政府が、「小泉首相の靖国神社公式参拝問題」や「歴史認識」「歴史教科書問題」などを材料に日本の小泉政権を批判し、外交問題にまで発展し、日中関係がこじれにこじれてしまったのは、何はさておいても、外務省の失態である。
 その最大の原因は、北京政府にゴマを擂り、相手の機嫌を取り、自分たちの保身に汲々となっていた「チャイナ・スクール」の外交官の不手際にあったとみることができる。町村外相が、新中国大使に「チャイナ・スクール」以外から人材を登用した背景には、このような事情があったものと推察できる。
 「チャイナ・スクール」の外交官たちは、日本が戦後、「戦争放棄」「戦力不保持」を明記している日本国憲法の下で、いかに「平和国家」として歩み、「商売熱心」な「商人国家」の道を歩んできたかを、どこまで理解させてきたのか、疑問に思う。しかも、日中平和友好条約発効以来、3兆3000億円を越えるODA(政府援助)予算を投じて中国経済の発展に貢献してきてたかを一般国民に衆知徹底するよう要求してきたかをとらえると、まったくその努力の形跡すら感じられないのは、どうしたことか。
 歴史教科書をとっても、あまりにも日本に対して、失礼極まりない記述にあふれているかについて、一度でも抗議したことがあるのか。
 「チャイナ・スクール」の外交官たちは、北京飯店で接待したりされたりの「儀典外交」にどっぷり漬かって、頭のなかは、老酒のアルコールが回って、思考能力も判断能力も低下してしまったのであろうか。こんな連中に、対等な中国外交が行なえるはずもない。 また、「親しき仲にも礼儀あり」という言葉があるけれど、最近の北京政府の首脳陣には、「不作法」で品がなく、「横柄」で「居丈高」で「教養のなさ」を感じさせる人物が多く目立っている。
 早い話が「育ちが悪い」のである。呉儀副首相は最悪の女性閣僚であり、小泉首相との会談をドタキャンした無礼さもさることながら、日本からの賓客との会談の席で、足を組んで横柄に話をしている姿をテレビで見ながら、本当にガッカリさせられた。
 どうも「強い」ところを見せつけたかったのかも知れない。賓客に対して、横柄に態度を示したところで、自分を卑しめ、祖国を辱めるだけにすぎないのに、そこのところが、教養のなさ、親の躾の悪さなのである。
 同じ中国でも「清王朝」(金族による征服王朝)のころの中国では、おそらく「礼儀」がかなり重んじられたであろう。いまの北京政府は、最低である。
 我が国を代表して天皇陛下に従い海外を訪問されている皇后陛下が、足を組んでお話されている姿を一度も見たことがないのに比べて、その程度の差には、呆れ果ててしまう。
 新しく赴任する飯村大使は、こんな粗野な国の首脳と対等に話し合おうと思わない方がよい。
 いずれにしても、中国は、まだまだ「後進国」である。「自由」も「民主主義」の未発達である。「人権思想」というのが、毛ほどもない危険極まりない国である。
 こちらは、少なくとも明治憲法制定以来、欧米近代化の過程で、「自由」と「民主主義」の訓練を重ねてきた先進国である。そこのところを勘違いして、日中が同等の関係にあると錯覚してはならない。
 そこで、先進国とはいかなる国を言い、どんな思想と哲学をもって政策を展開しているかを事細かに教え諭してやる必要がある。間違っても、中国共産党一党独裁の「後進国」の土俵に引き込まれて、欧米文化の価値観を血肉化している日本の思想、哲学、政策を曲げるようなことがあってはならない。最近の「親中派」と称する政治家や商売の損得勘定のみの観点から「中国を怒らせてはならない」と知ったふうな発言をしている財界人や学者、有識者、文化人らの発言を信じてもならない。
 我が国は、少なくとも日本国憲法をアメリカからもらい、60年近くのこの「法の支配」「法の精神」の下で、自由と民主主義の定着と血肉化に努めてきた実績がある。これをブチ壊しにするような「ゴマ擂り」をするなど恥ずかしい態度や行動をとくに中国に対して取るべきではないのである。
 飯村大使には、毅然とした日本外交を中国においても堂々と示して欲しい。その意味で、今回内定された町村外相の人事は、まさしく名人事であり、高く評価されるべきである。

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胡錦濤国家主席とプーチン大統領は、国連の「民族自決」「自由民主」「基本的人権」思想を学習し直せ

2005年07月02日 15時57分21秒 | Weblog
中ロ首脳会談、米の一極支配を牽制 経済など協力拡大へ (朝日新聞) - goo ニュース

 ロシア訪問中の中国の胡錦濤国家主席とプーチン露大統領が1日、クレムリンで会談した。この結果、中国が陳水扁政権の台湾独立を懸念する「台湾問題」と、ロシアが国際的な非難にさらされている「チェチェン戦争」について、中露が外交面の「相互支援体制を強化すること」で合意した。中露はアメリカを牽制する体制を強化することで一致し、「21世紀の国際秩序に関する共同宣言」に調印したという。
 今回の中露首脳会談と共同宣言調印により、両国が「大陸国家」(ランドパワー)としての結束を固め、「海洋国家」(シーパワー)であるアメリカと対決していく姿勢を一段と強めていくことが鮮明になった。
 二つのパワーの狭間にある「台湾」と「チェチェン」が、中国とロシアという「ランドパワー」からの極めて理不尽な脅迫を受けてそれぞれ「独立」を目指す運動が「圧殺」される危険がかなり濃厚となっている。
 「民族自決」というのは、第一次世界大戦以来の世界的潮流のはずである。これを圧殺するのは、まさに「不正義」の極みである。にもかかわらず、中国共産党一党独裁の北京政府は、「一つの中国」に固執し、台湾、東北部、チベット、内モンゴル、新彊・ウィグル地区など少数民族の居留地域の独立を認めず、むしろ独立運動を「国家反逆罪」と決めつけて弾圧をし続けてきた。中国は中央アジアに広がる地域を領土としており、ここには、イスラム民族がむかしから遊牧しながら住んでいる。このため、中国共産党一党独裁の北京政府は、ロシアと同様に「イスラム民族の独立運動」という問題を抱えている。
 歴史が証明しているように、中国の中原の地や万里の長城との関係からみて、台湾、東北部、チベット、内モンゴル、新彊・ウィグル地区など少数民族の居留地域が、中国の領土であるはずはないのである。
 中国共産党一党独裁の北京政府は、中華人民共和国建国以来、決して「平和国家」として国造りを進めてきたわけではなかった。「共産帝国主義」と言っても過言でないほど、周辺国や地域を「侵略」し続けてきた。中華思想という「覇権主義」が根底にあるのだが、ベトナムを侵略して殺戮を繰り返したのをはじめ、チベットを攻撃し、インドにも侵略の牙を剥き出しにしてきた。
 ロシアは、ソ連東欧の崩壊により、旧ソ連領からいくつかの共和国が独立して行った。ところが、プーチン政権は、チェチェンやアゼルバイジャンなど元々イスラム民族が多数居住する地域の独立に反対し、独立運動を繰り広げている過激派を「テロ犯」と決めつけて弾圧、そのうえ、ロシア軍を大量に派遣して、多くの市民を虐殺し続けており、犠牲者は20万人とも30万人とも言われている。 少数民族は、「独立精神」が旺盛になり自立心が強くなれば、なおさら「独立国家」を樹立したいであろう。これを支援し促進してきたのが、国際連盟であり、その精神を受け継ぐ国連である。
 ところが、北京政府、ロシア政府ともども、国連が掲げている「民族自決」に対して真正面から挑戦するかのような戦略と戦術を取ってきている。それが、今回の首脳会談と共同宣言で鮮明となり、「国連中心主義」を強調しているのとは裏腹に、「反国連主義的な外交戦略」で一致したことを世界中に宣言する皮肉な結果となっている。
 まず、胡錦濤国家主席がが、「台湾問題」を、プーチン露大統領が「チェチェン問題」をわざわさ持ち出し、「相互支援」することで合意したのは、「死活的利害にかかわる問題である」との認識で一致したからである。
 中国大陸に対面している「台湾」は、太平洋におけるアメリカの海軍戦略の最先端部分に位置している。このため中国が「石油・天然ガス資源」を求めて太平洋に進出を図ろうとするとき、第一番の障害となる。アメリカ軍が掌握している制海権、制空権の下では、自由に行動できないからである。だから、何はさておいても、「台湾」を中国大陸の一部として、支配下においていなければならないのである。それゆえに北京政府は「一つの中国」を主張し続けざるを得ない。ベトナムと朝鮮半島が、中国のノド元に匕首を突きつけられる重要な位置にあるのに対して、台湾は、中国の口元に位置しているのである。中国共産党一党独裁の北京政府にとって、アメリカと手を結んでいる台湾をアメリカから離間させたくてしようがないのである。
 一方、チェチエンは、アゼルバイジャンと並んで、黒海とカスピ海の間に位置して、しかも「石油・天然ガス」の宝庫である。この重要な地域が「独立」して、欧米諸国、とくにアメリカの影響下に入ることは、ロシアにとってまさしく「死活問題」である。だからいかに国際的に非難を浴びようとも、絶対に手放したくはない。
 このように胡錦濤国家主席とプーチン露大統領の「利害」が、「石油・天然ガスの確保」という点で一致したのであるが、気の毒なのは、台湾とチェチェンである。
 こうした実利的な面に加えて、胡錦濤国家主席とプーチン露大統領は、極めて「反自由主義」「反民主主義」的な「政治理念」においても一致している。
 どうみても、中国とロシアが「自由民主主義の国」ではなく、そのなかでも「基本的人権思想」が確立していない国々であることは国際社会の大半が認めるところであろう。中国共産党一党独裁の北京政府は、「思想信条の自由」を認めず、「言論出版その他の一切の表現の自由」も許さず、日本から持ち込まれそうになった教科書に台湾の色が違っているとクレームをつけて没収している。そのうえ「自由な政治活動」を禁止し、「言論弾圧」を繰り返しているのだ。このほかに、北京政府が、いかに基本的人権を軽視し無視しているかの具体例を列挙すれば、キリがなくなる。
 プーチン露大統領も、ロシア国内で「言論弾圧」を行い、往年の「諜報機関のプロぶり」を見せつけている。
 胡錦濤国家主席は、台湾独立運動やイスラム教徒の分離・独立運動の封じ込めと弾圧に躍起である。そのうえ、中国共産党一党独裁による「世界覇権戦略」を展開しようとしている。
 プーチン露大統領は、「EU」に加盟したい願望が欧州諸国に受け入れられず、民主化の後退を非難されながらも、「石油・天然ガス資源の確保」のためには、なりふり構わず、「基本的人権」を踏みにじり続けているのである。
 いずれも政治的後進国であるにもかかわらず、胡錦濤国家主席とプーチン露大統領は、「第三国に社会・政治制度のモデルを押しつけることは許されない」として、民主化や人権問題で中露に圧力をかけているアメリカに対して、連携して対抗する意思を明らかにしている。アメリカの勢力抑制を目指すために、何と国連を国際関係の軸に据えようとしているのだから、図々しいとしか言いようがない。
 胡錦濤国家主席とプーチン露大統領は、国連憲章や世界人権宣言を何と考えているのか。改めて、基礎教育を受けた方がよい。日本には、国際法や国際関係論に通じて学者が数多くいる。もし学習の希望があれば、これらの学者を招聘して、しっかり勉強して欲しいものである。
 ちなみに、日本は、「海洋国家」として「同盟国・アメリカ」や「友好国・英国」と共同歩調を取り、国際社会の「自由民主主義化」を図る必要がある。
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常態化している「犯罪の低年齢化」を一刻も早く食い止めるには「徳目教育」が不可欠である

2005年07月01日 22時49分36秒 | 社会
長崎誘拐殺人から2年、被害男児の父親が手記 (読売新聞) - goo ニュース

 長崎市の中学生による幼児殺害事件が起きてから丸2年になる。この事件の記憶がまだ新しいうちに、同じ長崎県の佐世保市で、毎日新聞社佐世保支局長の一人娘の小学生が、女子の同級生に刺殺される事件が発生しており、「犯罪の低い年齢化」という言葉が、すでに常体化し、小学生や中学生、高校生による凶悪犯罪が後を絶たない。
 6月30日には高知県土佐市の私立明徳義塾高校(吉田圭一校長)で3年生の少年が同級生をナイフで刺す殺人未遂事件が起きた。 少年が開設しているホーム・ページに「明日こそは殺そう」など書き込まれていたという。数日前、校内で身体が触れたことから口論になり、悪口を言われるようになったことへの恨みらしい。
 山口県光高校3年生が隣のクラスに火炎瓶を投下、東京都板橋区の高校1年生が父を撲殺、母を刺殺したうえ時限爆弾を爆発、福岡県では弟が兄を刺殺するなど少年による凶悪事件が多発している。 「イジメへの仕返し」「父に馬鹿にされた恨み」など感情的なもつれが原因だが、バーチャルな世界で殺人ゲーム遊びに熱中し、現実の生死が区別ができず、感情を抑制できない少年が増加している現状がある。これからも似たような事件が発生する可能性が高く、警察や教育関係者を悩ましている。
 いま考えてみても、長崎市の中学生による幼児殺害事件は、言葉に詰まるほどである。12歳の中学生は、4歳の子どもを駐車場の上から突き落として殺した。しかも、幼児の男性器をナイフで切り落としており、幼児は、絶叫したそうである。
 大人であれば、無期懲役か極刑を免れない大事件であるが、14歳未満ということで、刑法では罰せられない。この中学生は犯罪者として扱われない。被害者は「殺され損」であり、遺族の無念さは想像に絶する。
 この事件は、
 ①犯人である中学生の両親が離婚し復縁した経緯が起因し「人格形成過程」に何らかの影響を与えている。
 ②母親が、一人っ子である犯人を溺愛しすぎ、忍耐力をつける訓練を怠った。
 ③ゲームに熱中し仮想現実と現実との境界があいまいになった。 ④犯人は、ふざけ合ったり、冗談を言い合ったりする友人がいなかったため、自分より弱い幼児に興味を持ちすぎた。
 ⑤子どもから大人に移る際、身体と精神のバランスが崩れ、性的サディズムに陥った。 などの原因が考えられる。
 幼児が犠牲になった事件といえば、埼玉県内では、かつて「宮崎勤」による幼児連続殺人事件が起きており、未だに記憶に残っている。宮崎勤事件の後に、「サカキバラセイト」事件、大阪教育大学付属池田小学校事件などが起きている。
 今回もこの事件がキッカケになり類似の事件が再び起きないとも限らない。犯罪というのは、「伝染」し「模倣」される性質を持っているからである。

〔少年犯罪の兆候を見逃さない〕
 当面は、こうした犯罪が地域社会で発生しないように、警察はもちろん、地域住民も一緒になって警戒を強めなくてはならない。
 犯罪には、必ず「兆候」あるいは「前兆」というものが現れますから、どんなに「ささいなこと」でも見逃さないようにする必要がある。
 「落書き」も「兆候」の一つです。アメリカ・ニューヨークのジュリアーニ前市長は、犯罪撲滅に立ち上がったとき、真っ先に街角のあちこちに書かれていた「落書き」を消すことから始めて、大成功したと言われている。街が汚れれば、犯罪を誘発し、街がきれいになれば、犯罪が少なくなるという法則を実証してみせてくれたのである。

〔埼玉県内で街頭犯罪が倍増〕
 また、埼玉県内でも、街頭犯罪五種といわれる自転車盗、オートバイ盗、自販機荒し、ひったくり、路上強盗事件が平成十四年には六万五七二八件発生しており、これは全刑法犯の三七%、十年前の一・二倍になっている。このうち、とくに自転車盗、オートバイ盗は高原状態、ひったくり、路上強盗は、激増状態だそうである。街頭犯罪五種は、少年犯罪が主体であるというのも問題である。

〔町内での声かけが防犯に効果的〕
 少年非行というのは、「初発型非行」といわれる自転車盗、オートバイ盗から、自動販売機荒し、あるいは、ひったくり、路上強盗へと進行・悪化する傾向があるので、少年犯罪は早い時期に芽を摘み、凶悪な犯行に走らせないようにすることが大切である。
 住宅地では、ピッキングなどによる窃盗が急増しており、強盗・殺人事件に発展する危険もある。こうした犯罪を防ぐには、ご近所どうしが、挨拶を交わしたり、町内で不審な人物を見かけたら、やはり声をかけて見ることも効果的である。泥棒は、声をかけられると大体が、犯行を断念するそうである。地域住民が、共同体意識を持ち、「安全・安心」な街づくりに力を合わせていくように心がけよう。

 ちなみに、こんな痛ましい殺人事件が連続している原因の一つは文部科学省による戦後の教育行政、とくに「初等中等教育」に重大な欠陥があるからではないかと考える。
 賛否はあろうが、「徳目」を小学生のときからしっかりと叩き込むよう現場の教師を指導してこなかった責任は、極めて大きい。
 異論はあるだろうが、やはり「教育勅語」が戦前に果たした教育効果というものを再評価すべきではないか。明治天皇が勅令によって臣民に発せられたのが、「教育勅語」ではある。明治天皇が学校現場に行幸されたとき、児童生徒が、わけもわからず英語を勉強し知育に偏重していることを憂慮され、「徳目」の大切さを痛感されて、「教育勅語」の作成を文部省に命じられたという。
 形式はともかくとして、この「教育勅語」には、儒教とフランス革命精神とが混在していることに目を向けよう。

「教育勅語」
朕惟ふに我か皇祖皇宗国を肇むること宏遠に徳を樹つること深厚なり我か臣民克く忠に克く孝に億兆心を一にして世々厥の美を済せるは此れ我か国体の精華にして教育の淵源亦実に此に存す爾臣民父母に孝に兄弟に友に夫婦相和し朋友相信し恭倹己を持し博愛衆に及ほし学を修め業を習い以て知能を啓発し徳器を成就し進て公益を広め世務を開き常に国憲を重し国法に遵ひ一旦緩急あれば義勇公に奉し以て天壤無窮の皇運を扶翼すへし是の如きは独り朕か忠良の臣民たるのみならす又以て爾祖先の遺風を顕彰するに足らん斯の道は実に我か皇祖皇宗の遺訓にして子孫臣民の但に遵守すへき所之を古今に通して謬らす之を中外に施して悖らす朕爾臣民と但に拳々服庸して咸其の徳を一にせんことを庶幾ふ
                  明治二十三年十月三十日
  御名御璽

 この教育勅語の「父母に孝に兄弟に友に夫婦相和し朋友相信し恭倹己を持し」は、儒教の教えであり、「博愛衆に及ほし」は、フランス革命時の「自由平等博愛」の「博愛」である。
 「学を修め業を習い以て知能を啓発し徳器を成就し」は、やはり儒教の教えを反映している。
 「常に国憲を重し国法に遵ひ一旦緩急あれば義勇公に奉し以て天壤無窮の皇運を扶翼すへし」は、近代国家である「国民国家」の国民(臣民)であれば言わずもがなの当然の義務である。とくに国土防衛は「民族の生存」のためには、不可欠の義務であることは、言うを待たない。





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