珍しく朝早くに目が覚めた。
もしかしたら自分一人?と怖くなって横を向くと、隣のベッドに母がいた。
窓から差し込む朝日のおかげで逆光になっていたが、こちらをやさしい笑顔で見ているのがわかった。
すべてが無事に済んで、ほっとしたような満足げな笑顔だった。
「あぁ、ついにこの時がきたのか…!」と、僕はベッドの中でワクワクした。
残念ながら、この後の肝心の場面は全く覚えていない。
かれこれ15年以上も前の記憶である。
あれ以来、久しぶりにこの場所を訪れた。
残念ながら建物はとっくの昔に解体されてしまったようで、資材置き場になってしまっていた。
しかし、目の前に広大な児童公園が広がっているのは相変わらずであった。
目を閉じると、かつての記憶がボンヤリと、途切れ途切れに浮かび上がってくる。
当時4歳であった僕は、親に付き合わされてずっとこの場所に滞在していた。
ここに居なければいけない理由があったからだ。
しかし、僕はずっと退屈だった。
「●●クンにこれあげるよ!」
ある日、従業員のおばさんが僕にプレゼントを渡してくれた。
見たことも無いくらいに古い、ボロボロのセドリックのトミカ。
ベッドの隙間に落ちていたものだそうだ。
おそらく以前に滞在していた子供が忘れていったものだろう。
変な赤い模様が入っていたそのトミカは、天井部分に小さな穴が開いていた。
「あぁ、タクシーのミニカーだ。上の部分が取れちゃったんだ…」
と少し後になってから分かった。
当時から古いものが大好きだった僕は、この思わぬプレゼントが非常に嬉しかった。
お気に入りのミニカーだったはずだが、現在はどこかに行ってしまった。
ある日、父に連れられて近所に買い物に出かけた。
父もずっと退屈していた。
家族がみんな、「その時」を待っていたのだ。
近所と言っても、まだ幼い僕にとっては長い長い道のりであった。
こうして久々にその距離を歩いてみても、それなりの距離がある。
よくこの距離を歩いたものだと我ながら感心する。
雨上がりの、じりじりとした日差しがとても不快だ。
すれ違う人々が、みな暑さに顔を歪めている。
目を閉じると、再び過去の記憶が浮かび上がる。
どんよりと厚く雲がかかった空の下に、青い大きな看板が見えた。
長い道のりを歩き、ようやく辿り着いたスーパーマーケット。
手前の横断歩道がやけに大きく感じられた。
この時もミニカーをもらった。
退屈しているだろうと思った父が、僕に買い与えてくれたプレゼントである。
あまり売っていないような、少し古い形をしたものであった。
古いもの好きの僕は、やはり喜んだ。
このミニカーは、恐らくまだ部屋の奥に眠っているだろう。
この周辺の記憶はほとんどないが、近くの道路沿いに小さな喫茶店があったのは覚えている。
ひらがな三文字。
屋根に掲げられた3枚のパネルに一字ずつ、巨大な白文字で書かれていた。
丸っこく書かれたその三文字が、子供の目には面白く映った。
やはり空は厚い雲に覆われ、どんよりとしていた。
その三文字の店名がどうしても思い出せない。
親に何度か聞いてもすぐに忘れてしまう。
聞いたことも無い単語である。
あの喫茶店はまだあるのだろうか、と探してみたが、どこにも残っていなかった。
残念ながら、あの可愛らしい3つのひらがなを再び見ることは出来なかった。
あの三文字を見るために、僕はまた目を閉じる。
そして遠い過去へと戻る。
珍しく朝早くに目が覚めた。
もしかしたら自分一人?と怖くなって横を向くと、隣のベッドに母がいた。
窓から差し込む朝日のおかげで逆光になっていたが、こちらをやさしい笑顔で見ているのがわかった。
すべてが無事に済んで、ほっとしたような満足げな笑顔だった。
「あぁ、ついにこの時がきたのか…!」と、僕はベッドの中でワクワクした。
家族みんなが待ち望んでいた、記念すべき日がやっと来た。
その日から、僕は「おにいちゃん」になった。