により匂はあるとあれば、それより誰が袖ふれ
し匂ひぞともよみ、袖の香にまがふとはよむ
事なれば、后のもてあそびし花なる程
に、その昔をとへばとなり。下句は涙の
心となり。
一 右衛門督通具。 于時參議正三位。内大臣
通親ノ二男也。 千五百番哥合とは、人数三
十人にて、十五番也。一人して百首づゝなれ
ば、三千首なり。左右となしたれば、千五百番
なり。住人にして百五十番づゝ判をせられ
し也。後鳥羽院ノ勅判と、慈鎮は哥一首づゝ
にて判し給ふなり。摂政どのは詩にてし給也。
俊成卿定家卿の判を見てその心をがてん
したるが稽古になるとのよしなり。
一 梅のはな誰袖ふれし匂ひぞと春やむかしの月にとはゞや
増抄に云。梅がゝの尋常にあらぬゆへに、これ
故誰袖ふれしぞ。むかしよりかはらずある
月にとはゞやとなり。下句は業平の月や
あらぬ春やむかしの春ならぬわがみひとつは
もとのみにしてといえへるを本哥にしてなり。
※業平の