■■■チェンマイ慕情 (6)■■■■■■■■■■■■■■■■■■■
■「タイの観光戦略」
●古都チェンマイの秋は,「灯篭流し」の行事で始まる。
4月の「ソンクラン」(水かけ祭り)と並ぶチェンマイの2大イベントである。 観光
先進国として世界に誇るタイの目玉的なお祭りで、チェンマイ挙げて観光で賑
わう。
●タイはもともと農業国だったが、第2次世界大戦後のタイ経済は 政府策定の
経済開発計画によって強力に進められてきた。中でも地勢を生かした観光産業
は、1970年以降、国策として飛躍的に伸展した。
その結果、1970年以降40年間に工業国に変容し、急速に経済成長を遂げる事
になったが、観光分野では、国内外の民間資本を呼びこんで、 リゾートやホテル
の開発に務め、1982年には、主力の米輸出を抜いて外貨獲得の最上位になった。
そしてタイの年間観光客数は、2015年には3000万人を超え、いまや 世界有数の
観光大国に躍り出た。
●そのタイの国際観光の魅力は、極めて多彩である。
・歴史的な仏教寺院などの文化遺産、
・宮廷料理から屋台料理に至るバラエティにとんだタイ料理、
・伝統的なタイのリラクリゼイション、マッサージやスパ
・シルクや陶器や民芸など、伝統的なブランドの商品
・特にアジアに冠たる世界的な山岳リゾートホテルの存在、
そしてその魅力のほとんどが、チェンマイを中心に存在する事に注目したい。
■「山岳リゾートの趣き」
●あくまで私見だが、タイ北部地方にある古都チェンマイの、観光の最たる象
徴といえるのが、世界的な山岳リゾートの存在である。
私も当初は、なぜこんな立派な山岳リゾートが、チェンマイにあるのか、目を疑
ったほどである。日本のリゾートとは、全くスケールが違う。
1泊10万円を超えるチェンマイの山岳リゾートにたれが泊まるのか、果たしてこ
の広大なリゾートの経営が成り立つのか、大いに訝ったもの。
●まず数多くある チェンマイの山岳リゾートのなかから 「フォーシーズンズ」と
「ビェランダハイリゾートチェンマイ」をご紹介しよう。
私も去る15年ほど前に初めて、ここを訪れたことがある、後に4回ほど訪ねたが、
いまだ泊まった事はない。ロケーションを見て食事をするににとどまる。大自然
と伝統美の調和が素晴らしい。 しかし泊まるには、高すぎて手が出ない、因
みに平均1泊10万円から20万円である。
●顧客は、タイや欧州や中近東の富裕層の長期保養の人たちだという。
タイは、徹底した階級社会、タイのお金持ちといえば、日本とケタ違い超ド級の
人たちが多い。タイには相続税がないので、親譲りの金満家でが多い。羨まし
い限りである。中には、前のタクシン首相のように海外の著名なサッカーチーム
を持つオナーもいる。
チェンマイは、街全体が標高約4百m。日本の軽井沢と同じ趣である。バンコク
は、どこえ行っても人、人、人、年中暑い。
前にもご紹介したが、現役のビジネスオーナーは、週末、自家用ゼットヘリで、
暑いバンコクをさけて、チェンマイの山岳リゾートで週末を過ごすという。
チェンマイのリゾートの存在を知ってから、タイ国の観光に対する私の理解が、
全く変わったのは事実だ。
●「観光」には本来、物見雄山的な概念があり、いささか贅沢で特別なものだっ
た。それが戦後の日本では、所得の中層化が進み、観光の大衆化が進んだ。
海外旅行は、その最たる現象と言っていい。海外ロングステイも本質は異なるが,
形態はその一端といえるかもしれない。 ただここにきて検証すると 「観光」を
ここまで大衆化したのは、「情報」の力が大きかったと認識している。。
■「ロングステイは観光ではない」
●日本におけるタイロングスティの業務は、もともとタイ商務省の貿易センター
が担ってきたが、2003年のタクシン政権の登場で、スポーツ観光省が発足し、
外局の観光庁(TAT)に業務が移管された。
ロングステイは、観光の範疇であると認識されたうえでの業務移管だった。
●タイ観光庁の日本事務所は、東京と大阪にあり、日本を二分してタイ観光の
広報や海外旅行の促進業務、旅行企業とのコンタクト、加えてタイロングステイ
の広報促進を担当することになった。
●私達が2000年に立ち上げたNPO・JTIROは、当初タイ国商務省貿易センタ
ーと日本初のタイ・ロングスティのプロモーションを協働したが、その後業務移管
に伴い2003年からは、タイ観光庁と協働することになった。
●その時、タイ観光庁が打ち出したタイロングスティの利点は
・日本の約3分の1の生活費で暮らせる。(夫婦で月額平均15万円)
・どの国よりも手軽なロングスティ査証取得条件(例、80万バーツの銀行預金証明)
・チェンマイの環境のよさ、
だった。
参考資料「国別・ロングスティ査証取得条件一覧」
(国名) (ロングステイ査証名) (主な取得条件)
・タイ 「ロングステイ・ビザ 」 80万BT(約280万円)の預金証明
・マレーシア 「長期滞在ビザMM2H] 約1650万円の財産証明(期間10年)
・豪州 「投資退職者ビザ405 75万豪ドル〈約6600万円)と
年間50、000豪ドルの不労所得
●タイロングステイは、参加条件の魅力と、タイで生活経験のある定年者が加
わった事もあり、参加者数は好調に推移し、2006年のチェンマイ滞在者数は、
6年間で約2000人に達した。
それ以降ロングスティ滞在者が急速に伸びたのは、携帯電話やスマホの出現
による情報通信の普及や、2008年以降の 700万人を超える 団塊世代の一斉
退職が好影響したと想定される。
■「チェンマイ在住日本人の足跡」(参考資料)
(年次) (在住人口)人 (備考)
・平成12年(2000) ●タイ政府商務省ロングステイ開始
・平成13年(2001)
・平成14年(2002)
・平成15年(2003) ●タイ観光庁ロングステイ(業務移管)
・平成16年(2004)
・平成17年(2005)
・平成18年(2006) 1,965人●クーデター)
・平成19年(2007) 1,733 ●日本、民主党政権
・平成20年(2008) 1,970 ●空港占拠騒動 ● ;
・平成21年(2009) 2,247 ● ;
・平成22年(2010) 2,407 ●団塊世代700万人の定年退職
・平成23年(2011) 2,616 ●タイ大水害発生)
・平成24年(2012) 3,573
・平成25年(2013) 3,867
・平成26年(2014) 3,843 ●国軍クーデター)●ロングステイ減少始まる
・平成27年(2015) 3,733 (- 2,9%)
・平成28年(2016) 3,318 (-11,1%)
(出所:日本外務省、「海外在留邦人数調査統計」)
●私どもは、社会貢献事業に携わる立場から、海外ロングステイを、観光では
なく「老後の海外生活」として、広報し催行するよう常に観光庁に要請してきた。
たとえば長期に及ぶ海外生活滞在の場合、自己責任とはいえ予期しない現地
での病魔の危惧もあるし、年を取れば介護の手配も必要になる。
私どもは当初から、タイ観光庁に「海外ロングステイ」は、観光ではなく、これは
「定年後シニアの海外生活」という視点で、広報とプロモーションをして欲しいと
いい続けてきたが、国情の違いからか、なかなか理解が及ばなかった。
●いまチェンマイでは、3800人の日本人ロングスティヤーのなかで、30人近い
孤独死が出たり、高齢化による介護者が増えているという厳しい現実がある。
にも拘らず、今年もタイ観光庁主催・ロ ングステイ財団の共催による、チェンマイ
ロングステイをプロモーションするフーォラムが、日本からの定年後シニア参加者
を集めて、チェンマイのホテルで華やかに開催された。
今年は盛況とはいかず40人程度の参加だったようだが「チェンマイロングスティ」
の二律背反的な厳しい実情を知る私どもからすると、非常に心が痛む。
●先日も知り合いのシニアの方から問い合わせの電話をもらった。
最近、「定年後の楽園の見つけ方、海外移住性向のヒント」太田尚樹著 新潮
新書刊 を読んで、以前 行ったことのあるチェンマイでロングステイしたいが、
最近のチェンマイ事情を 伺いたいとの事だった。
この方は、パソコンをやらないので、私のこのブログを読んでいないという事な
ので、一部をコピーして送ることにした。
私は 「あくまで日本に生活の本拠を残して、1年程度を限度に出かけてきて欲
しい。日本より安い暮らしのロングステイを目的に行くのなら、やめたほうがいい。
タイは、急速な経済成長によって、物価が上がり、いうほど安くない。
行くのであれば、ちょっと贅沢で、貴重なチェンマイでの海外ロングスティを体験
してきて欲しい。 3年前のタイとは相当変わったことを前提に出かけるように」 と
伝えた。
●日本の定年後シニアのライフスタイルを変えたい。 タイをはじめアジアの実情を
日本のシニアに体験して欲しい。
そんな熱い熱い思いで取り組んだ「シニアのための海外ロングステイ・プロジェクト」
だったが 壁は極めて厚かった。しかし貴重な体験だった。
海外ロングステイを通じて、多くの人達との出会いがあった。そして多くの方々にお
世話になった。チェンマイやアジア事情についても深く知る事ができた。
この17年間で大きく変化した事は、内外の情報と通信事情だろう。それに伴い内外
の人々の交流が頻繁になり、いまタイが大きく変ろうとしている。
しかし古都チェンマイだけは、いつまでも変わらないで欲しいと願っている。
(まだまだ続く)
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