醸楽庵(じょうらくあん)だより 

主に芭蕉の俳句、紀行文の鑑賞、お酒、蔵元の話、政治、社会問題、短編小説、文学批評など

醸楽庵だより   1061号   白井一道

2019-05-08 15:57:11 | 随筆・小説



    今年の五月一日

 五月一日と言えば、メーデーでしよう。私にとって五月一日はメーデーだ。今年の五月一日、私は入院していた。病院で新聞を買い求め、紙面を開いて驚いた。「令和」一色に塗りつぶされていた。病院の中はひっそりしていた。年号が変わったことについて話題にする人はいなかった。
 新しい時代が始まったと新聞紙面が伝えても現実の病院の中は昨日と同じ日が続いていた。何も変わるものがなかった。新しい時代は何も始まらなかった。昨日となんら変わることのない日常がたんたんと続いていた。新聞とテレビが国民を置いてけぼりにしてはしゃいでいた。このような印象だ。
 マスコミはなぜこのようにはしゃぐのか、その理由が知りたかった。読売新聞は号外を100万部出したという話を聞いた。朝日新聞は20万部発行したようだ。30年間読み続けた朝日新聞を止めて数年になる。政府広報に金を払うことがバカバカしくなったからである。
 新聞やテレビはほぼすべて政府広報のようだ。政府を批判する記事はない。追従の記事に金を払う余裕が私にはない。テレビに出演した朝日新聞記者が発言していた。今時、新聞記事を読む読者がいるのだろうかと記者同士が話し合っているという。
 1945年8月12日に朝日新聞記者たちは日本の敗戦を知っていた。無条件降伏することを知っていた。しかし、8月12日も、13日も、14日も日本の勝利が新聞紙面を飾っていたという。
 朝日新聞記者たちは三日間、嘘を書いていた。このことを恥じて新聞記者を辞めた人がいた。その話を聞き、発言した人が一人いた。「私には妻と子供がいるから辞められない」。