炉開きや左官老い行く鬢の霜 芭蕉 元禄五年
朝の明りに優しさがある。たるんだ蜘蛛の糸につかまっている露が朝日に光っている。日に日に寒さの厳しさが身に沁みてくる。芭蕉は決断した。夏の間、閉じていた囲炉裏を開こう。この前の芭蕉庵の囲炉裏の世話になった左官に頼もう。囲炉裏は芭蕉にとって暖をとる場所であると同時に煮炊きする場所でもあった。
芭蕉が深川・小名木川の端に庵を結んで十年が過ぎていた。その間、芭蕉は庵をたたみ、他人に渡し、旅に出ることがあった。芭蕉の四十代は旅を棲家とする生活だった。『おくのほそ道』の旅を終え、四九歳になった芭蕉は元禄五年春、江戸深川の芭蕉庵に帰って来ていた。江戸に帰った五回の師匠芭蕉の面倒を見てくれる弟子たちが集まっていた。
芭蕉庵を初めて開いた年の冬、お世話になった左官に芭蕉はお願いした。左官がやってきた。芭蕉は左官の髪の毛に白いものが混じっているのを見て、自分の年を思った。前に見た時にはなかった額の皺に年を経た年月を感じた。しみじみと芭蕉は十年と言う年月の長さを感じていた。