夕顔や酔うて顔出す窓の穴 芭蕉 元禄六年
芭蕉はお酒が好きだった。酔いの楽しみを詠っている。夏の夕暮れ芭蕉は一人、酒を楽しんでいた。手酌の酒にうっとりしていると小便をもよおした。ゆっくり立ち上がり厠に行った。厠に設けられた小窓から顔を出してみると夕顔に出会った。
小便をした後の清涼感のせいか、夕顔の花が綺麗だった。源氏物語に出てくる夕顔を思い出していた。光源氏が愛した夕顔の君はどんな女だったのか、想像力が膨らんでいった。夕方の顔の印影が光源氏の心に突き刺さったのだと芭蕉は思った。夕方になるにしたがって会いたいと思う気持ちが大きくなる成熟した女性のイメージが芭蕉の心を満たしていくのを感じていた。
「白菊の目に立て見る塵もなし」と詠んだ女性、園女(そのめ)の姿を芭蕉は思い描いていた。園女は夕顔だ。夕闇が迫ると精彩を放つ。淑やかな清潔感に吸い寄せられていく。一緒にいるだけで気持ちが安らぐ。
酔いの楽しみは想像力にある。酔いが想像力を喚起する。厠の小さな窓から覗いた夕顔の花から刺激された芭蕉の想像力はいつ果てるのかわからない。うっとりしていたのは数分だったのかもしれない。