埋火や壁には客の影法師 芭蕉 元禄五年
「お母さん、火鉢の炭がまだ赤いよ」。登校前に手をあぶって家を出た子供のころを思い出す。真っ赤に燃えている炭を灰の中に深く埋め込んでくれた母の思い出でもある。
凍てつく朝の埋火への思いは強い。暖房設備がなかった時代の埋火への情緒は胸に染みる。
埋火は人と人とを結びつける温もりである。人は人と心を通わせることによって心が温くなる。冬の夜の人情の温もりを芭蕉は表現した。
芭蕉は一人っきりの冬の夜の温もりを自分の影に発見した喜びを詠んでいるのか、それとも江戸勤番であった曲水を訪ねての吟であるのか、分からないが、冬の夜の人情の温もりを埋火に発見した句なのであろう。それとも芭蕉は一人、自分の写った影法師に向かって熱い俳諧への思いを埋火に詠んでいるのかもしれない。
私は芭蕉庵で一人、冬の夜を過ごしている芭蕉の姿が瞼に浮かぶ。この句は孤高の俳人の句なのだ。