北田幸恵さんの「しんぶん赤旗」への寄稿文が掲載されたのは、1月20日です。宮本百合子が51歳で急逝したのは1951年1月21日でした。今年は宮本百合子(1899年~1951年)没後70周年にあたります。
北田さんは、日本近代文学研究者。元城西国際大学教授の経歴を持つ方です。著書には、「書く女たち 江戸から明治のメディア・文学・ジェンダーを読む」などがあります。
北田さんの思いは、「時空を超えて語りかける理知と情感の言葉」の見出しに表現されているように思います。以下、「ジェンダー問題の提起」の部分を紹介させていただきます。
「百合子はまた、現在、注目を集めているジェンダー問題を先駆的に提起した文学者でもある。ほぼ100年前の『伸子』では、女が個人としてではなく家父長制と性役割に縛られて生きることからの解放を追及した。『二つの庭』『道標』に描かれ、往復書簡に示されたロシア文学者湯浅芳子との愛と友情の葛藤の過程は、今日のLGBT問題を考えるうえでも重要なt意味を持つ」
「革命運動の中で出会った9歳年下の宮本顕治との恋愛と結婚は、顕治の投獄によって隔てられるが、獄内外をつなぐ往復書簡『12年の手紙』は凶暴な治安維持法さえ破壊することができなかった戦時下の愛を語る珠玉の人間ドキュメントとして結晶している」
「このような百合子の姿勢は、性、階級、人種を複合的に捉えるフェミニズムを提起して注目されているポスト・コロニアル批評のガヤトリ・スピヴァクの到達点に通じている」
「絶筆「『道標』を書き終えて」には、3千枚の『道標』の次に、続編『春のある冬』『12年』が予定され、創作方法においても模索の途上にあり、さらなる発展を試みようとしていたことが語られている。これらの課題は後世に託されたといってよいだろう」
「半世紀にわたって百合子が紡いだ理知と情感が融合した豊かな言葉は、時空を超えて私たちに語りかけてやまない。誰しもが自分らしく幸福に生きる権利を持ち、それを阻む力に対しては取り除く努力を怠らず、願いの実現のために協同すること、それこそがよりよい未来への扉を開く最高の魔法の鍵であるのだと」