本書の表紙は、背に翼を拡げ、甲冑をまとったミカエルが眼下の心臓に対して長大な剣の切っ先を今正に突き立てようとするかの如きイラストである。裏表紙には、天秤のイラストの下に、 The Justice of St. Michael と記されている。これらのイラストが、本書のテーマを象徴しているな・・・・と読後印象に繋がる。
本書は当初、「週刊文春」(2020年1月2日・9日60周年記念新年号特大号~2021年1月28日号)に連載され、加筆修正ののち、2021年10月に単行本化された。
プロローグは、10月下旬、北海道大雪山連峰の主峰・旭岳(標高2291m)に、軽装で一人の男が登る。天候の急変により彼は遭難の危機に直面する。「見えない何かを睨む。死ねない。まだ死ねない。やつが見つけたものを探し出すまで、死ぬわけにはいかない。」という意思を露わにするところで、本篇に入る。このプロローグは、本篇とは殆ど無縁の形にとどまり、エピローグで遭難の危機場面に繋がって行く。その時に、この登山と本篇がリンクしてる意味が見えて来る。このサンドイッチ型の構成が一つのミステリーの柱になるとも言える。「やつが見つけたもの」を探るミステリーが本篇の後半から浮かび上がっていく。そして、この登山の結末描写に対する解釈は読者に委ねられている。私はそう感じた。この解釈がミステリーとしてのおもしろさにもなる。
さて、このストーリーは北海道中央大学病院が舞台である。北中大病院における病院長のポストを巡る派閥争いを背景とした医療ミステリーと言える。
北中大病院は来年、設立100周年を迎えるという道内でトップクラスの大学病院。15年前に前任病院長がロボット支援下手術を導入した。その医療用ロボットがミカエルと称される。現在の病院長は循環器外科系の医師である曾我部一夫。曾我部は、北中大病院をミカエルの活用を中軸にして、全国屈指の医療機関に押し上げようと目論んでいる。
西條泰己は循環器第二外科の外科医であり科長である。3年前にミカエルを使い国内初の心臓手術を成功させた。それ以来、心臓手術について問い合わせが殺到し注目を浴びるようになった。今や西條はロボット支援下手術の第一人者とみなされている。西條自身も自負心を持ち、医療用ロボットを利用した医療の平等化をめざしている。曾我部は西條を支援し、ミカエルの使用による医療を表看板にしていく方針を表明してきた。
このストーリーは、ロボット支援下手術がどういうものかいう点とミカエルの性能向上に伴う医療用ロボット体制の拡充状況、北中大病院がどのような組織構成になっているかの背景描写を導入部として始まっていく。
医学用語を使った手術の場面が数多く登場するので、正確な意味が理解できずに表層的に読み進める部分がけっこうある。戸惑いがあるのは事実だが、ストーリーの骨子を理解していくことは素人でも充分ついて行ける。逆に未知の領域に触れる感覚もあり、興味が湧くという面もある。普段、健常人として心臓のことをそれほど意識してこなかったから・・・・。
病院長曾我部は2年前に、経営戦略担当病院長補佐・佐々木の任期満了に伴い、外部から雨宮香澄をベンチャーキャピタル企業からスカウトして経営戦略担当病院長補佐に据えた。雨宮はミカエルを使用する医療ビジネスの促進を表明した。そこには病院長方針を越える彼女自身の意思が込められていた。なぜ、雨宮がこの医療分野に執着するのか、その謎を後に西條は知ることに繋がっていく。
また、曾我部は、女性問題を原因に左遷する決定を下した沼田の代わりに、歯科担当副病院長に富塚を推すことを、西條に事前に教えた。そこには曾我部自身が退職をするまでの病院経営も期間における派閥事情という裏面を見据えた戦略があった。西條にそういう人事の妙の側面を伝えようとしてもいた。そこには西條への期待と彼を足下に置く意図があるのだろう。
循環器第一外科科長で教授の大友英彦が実家の内科医院を継ぐために辞職することになった。西條は大友の後任は前園圭太しかいないと考えていた。だが、相談という形をとり、曾我部は科長に真木一義という外部の人材を起用すると告げる。それは決定と同義だった。真木のことを西條は少し思い出す。彼は国内で有数の心臓専門病院である東京心臓センターで若手のホープと噂の高い凄腕の心臓外科医だった。だが、突然にその病院を辞めてしまっていた。
西條の戸惑いが始まる。真木の起用は、曾我部がミカエル使用による医療促進という方針を転換するシグナルなのか・・・・・。
真木が循環器第一外科科長となり、彼らの日常の医療活動が進行していく。このストーリーはそのプロセスでパラレルに西條がいくつかの謎を感じ始めるという形で、動き始める。
日常の医療行為のアプローチは対照的なものとなる。西條はミカエルを使った外科手術であり、真木は従来型の人の手による外科手術である。真木の場合、そのスキルが超越していてまさに神業の域にある。術式の違いに加え、そこに西條と真木の個性の違いが関わってくる。
東京の大病院からの紹介で、12歳の白石航(わたる)が患者として両親とともに訪れる。航の疾患は、房室中隔欠損症である。航に対する事前検査をした後、どういう方法で外科手術をするか。その術式の違いの対立が焦点となってくる。航に対する手術という案件がストーリーの中軸となり、航の検査入院から手術の完了までの紆余曲折が読ませどころとなっていく。航の命を救うという最終目的について西條と真木は完全に一致する。だが、それに至る方法論、術式がまったく異なるのである。
さて、それだけなら、ミステリ-には繋がらない。だが、そこで、航の手術を行うこととの関わりで重要な疑惑が別のところから発生してくる。
西條は、ミカエルを使用する手術の術式を普及する活動にも時間を割き、力を入れている。だが、あるきっかけで、その活動を控えるようにと病院長から広報担当病院長補佐に指示が出されていたことを知る。一方、秋に広島総生大学病院で講演会とロボット支援下手術の技術指導の予定があり、その関係資料が届いていたので西條は開封した。広総大の循環器外科医布施寿利の名が技術研修参加者リストに記載されていなかった。布施はミカエルによる術式の信奉者だった。疑問を抱いた西條は問い合わせをして、布施が退職していたことを知る。さらに、その布施が自死した事実に直面する。布施の妻に会い、西條は布施の自死がミカエルと関係がありそうだということを知る。
ミカエルの何が問題なのか? その謎の解明は、航の手術に直接からんでいく可能性がある。西條は布施とも絡むこの謎の解明に迫られていく。そんな最中に、黒沢というフリーライターが西條にコンタクトを取ってくる。
航の手術に関わる会議などを通じて、西條は真木という人間の背景を知りたくなる。真木の心臓外科手術に対する信念はどこから来るのか。真木とは何者か。その謎の解明を西條は追い求めていく。黒沢が独自に真木についても調べていることを、西條は黒沢との会話から知る。
東京心臓センターという有名病院を自ら辞めた真木が、なぜドイツで心臓外科医に復帰し、なぜそこでのポストも抛ち、わざわざ北海道の病院に勤めるという道を選択したのか。真木は心臓外科手術に対しどういう思いで臨んでいるのか。彼は今のポジションをどう考えているのか。彼は何を考えているのか。西條にとって、これらの謎は、西條の今後の処世にも関わってくるという意識が強まってくる。この謎の解明は西條にとって必然的なことと思われた。西條はこのミステリーの解明にも一歩踏み込んで行く。
そこにもう一つ、西條自身の家庭問題が加わって行く。西條と妻の美咲の関係が冷えていくプロセスが底流に織り込まれて行く。そこに西條の一側面が反映しているとも言える。
西條の抱いたミステリーは、航の手術というステージに雪崩込んでいく。その手術は劇的な転換を迫られることに・・・・・・。結果としては、難題の心臓手術成功物語となる。
だが、西條は、その結果に対して己の信念を貫く行動をとり始める。これが2つめの読ませどころといえる。
さて、ミカエルに触れておこう。
1つは、このストーリーの中に出てくるミカエルである。医療用ロボットに付けられた名称。
2つめは、ミカエルという作品名の石像。その像が北中大病院の中庭の一角にドーム型の温室があり、その中の生い茂った植物の中心に置かれたものとして登場する。
「台座を含めて、1メートルほどの高さのものだ。
背中に羽が生えた天使の像で、右手に剣、左手に天秤を持っている。直立した姿勢で、剣を天に向け、天秤を緩やかに下げていた。」(p87)
西條が初めて真木に出会うのが、この像の傍なのだ。
3つめは、ミカエルについて調べてみたこと。(ウィキペデイアほかより)
ミカエルは、カトリック教会では大天使聖ミカエルの称号で呼ばれているそうである。
そして、ミカエルの意味を直訳すれば、「神に似たるものは誰か」という意味を持つ。左手に持つ天秤は魂の公正さを測るために携えているという。
これで、裏表紙の英語のフレーズの意味が繋がる。
最後に、このストーリーに出てくる印象深い文をいくつかご紹介しておこう。
*命は平等だ。ならば医療も平等でなければならない。 p129 西條の信念
*壊れた心臓は、手術で修復できる。だが、心が死んだままでは、本当の意味で救ったことにはならない。いま、白石航に必要なのは、生きる意志だ。本人が生きたいと思わない限り、手術が成功しても彼は治らない。 p231 真木の発言
*逆に、人に決定を委ねた者は、何事においても不満を抱く。 p351
人生の意味は、自分が納得できるかだ。結果がどうあれ、自分が決めた道なら後悔はない。
p352 西條の思い
*医療は信仰だ。・・・患者は、・・・救われたいからくるんだ。・・・医者は神であり。患者は信者だ。 p393 曾我部の言
*死に対する救いはなんだと思う。諦めと納得だ。・・・・患者や遺族の悔いを少しでも軽くし、前に進めるようにするのも、我々、医療者の役目だ。 p394 曾我部の考え
*医者は神じゃない。
たしかに患者は医師に救いを求めている。でもそれは、信者が偶像を崇拝するような一方的なものじゃない。人と人が平等であるように、医師と患者も平等だ。医師は患者を救いたいと思い、患者は医師を信頼する。両者の心が向き合ったさきに、本当の救いがある。
p396 西條の考え
お読みいただきありがとうございます。
本書に関連し、関心事項をネット検索してみた。一覧にしておきたい。
次世代医療ロボットの需要とメリット~手術ロボットの開発に求められるエンジニアとは~ :「Ties」
【特集】国産初の手術支援ロボ「hinotori」未来医療をつくる両輪"技術者と医師"に聞く『不死鳥』の真価(2021年3月26日) YouTube
医療ロボット最新型『 ダビンチXi 』手術支援ロボット YouTube
手術支援ロボット「ダヴィンチ」徹底解剖 :「東京医科大学病院」
医療ロボット・AIの実践 :「藤田医科大学」
医療・介護の現場で使われているロボットの問題点と未来とは?:「PTOT スタイル」
医療ロボットを導入する3つのメリットとは?おすすめの医療ロボット3選:「PITTALAB」
ミカエル :ウィキペディア
ミカエル :「コトバンク」
モンサンミッシェルの大天使像、修繕終え再び尖塔に :「AFP BBC NEWS」
モン・サン・ミッシェルと輝きを取り戻した銀色の大天使ミカエル:「TOURISME JAPONAIS」
大天使ミカエル信仰、プーリア聖地とサンタンジェロ城 :「World Voice」
インターネットに有益な情報を掲載してくださった皆様に感謝します。
(情報提供サイトへのリンクのアクセスがネット事情でいつか途切れるかもしれません。
その節には、直接に検索してアクセスしてみてください。掲載時点の後のフォローは致しません。
その点、ご寛恕ください。)
徒然に読んできた著者の作品の中で印象記を以下のものについて書いています。
こちらもお読みいただけると、うれしいかぎりです。
『月下のサクラ』 徳間書店
『暴虎の牙』 角川書店
『検事の信義』 角川書店
『盤上の向日葵』 中央公論新社
『凶犬の眼』 角川書店
『合理的にあり得ない 上水流涼子の解明』 講談社
『蟻の菜園 -アント・ガーデン-』 宝島社
『朽ちないサクラ』 徳間書店
『孤狼の血』 角川書店
『あしたの君へ』 文藝春秋
『パレートの誤算』 祥伝社
『慈雨』 集英社
『ウツボカズラの甘い息』 幻冬舎
『検事の死命』 宝島社
『検事の本懐』 宝島社
本書は当初、「週刊文春」(2020年1月2日・9日60周年記念新年号特大号~2021年1月28日号)に連載され、加筆修正ののち、2021年10月に単行本化された。
プロローグは、10月下旬、北海道大雪山連峰の主峰・旭岳(標高2291m)に、軽装で一人の男が登る。天候の急変により彼は遭難の危機に直面する。「見えない何かを睨む。死ねない。まだ死ねない。やつが見つけたものを探し出すまで、死ぬわけにはいかない。」という意思を露わにするところで、本篇に入る。このプロローグは、本篇とは殆ど無縁の形にとどまり、エピローグで遭難の危機場面に繋がって行く。その時に、この登山と本篇がリンクしてる意味が見えて来る。このサンドイッチ型の構成が一つのミステリーの柱になるとも言える。「やつが見つけたもの」を探るミステリーが本篇の後半から浮かび上がっていく。そして、この登山の結末描写に対する解釈は読者に委ねられている。私はそう感じた。この解釈がミステリーとしてのおもしろさにもなる。
さて、このストーリーは北海道中央大学病院が舞台である。北中大病院における病院長のポストを巡る派閥争いを背景とした医療ミステリーと言える。
北中大病院は来年、設立100周年を迎えるという道内でトップクラスの大学病院。15年前に前任病院長がロボット支援下手術を導入した。その医療用ロボットがミカエルと称される。現在の病院長は循環器外科系の医師である曾我部一夫。曾我部は、北中大病院をミカエルの活用を中軸にして、全国屈指の医療機関に押し上げようと目論んでいる。
西條泰己は循環器第二外科の外科医であり科長である。3年前にミカエルを使い国内初の心臓手術を成功させた。それ以来、心臓手術について問い合わせが殺到し注目を浴びるようになった。今や西條はロボット支援下手術の第一人者とみなされている。西條自身も自負心を持ち、医療用ロボットを利用した医療の平等化をめざしている。曾我部は西條を支援し、ミカエルの使用による医療を表看板にしていく方針を表明してきた。
このストーリーは、ロボット支援下手術がどういうものかいう点とミカエルの性能向上に伴う医療用ロボット体制の拡充状況、北中大病院がどのような組織構成になっているかの背景描写を導入部として始まっていく。
医学用語を使った手術の場面が数多く登場するので、正確な意味が理解できずに表層的に読み進める部分がけっこうある。戸惑いがあるのは事実だが、ストーリーの骨子を理解していくことは素人でも充分ついて行ける。逆に未知の領域に触れる感覚もあり、興味が湧くという面もある。普段、健常人として心臓のことをそれほど意識してこなかったから・・・・。
病院長曾我部は2年前に、経営戦略担当病院長補佐・佐々木の任期満了に伴い、外部から雨宮香澄をベンチャーキャピタル企業からスカウトして経営戦略担当病院長補佐に据えた。雨宮はミカエルを使用する医療ビジネスの促進を表明した。そこには病院長方針を越える彼女自身の意思が込められていた。なぜ、雨宮がこの医療分野に執着するのか、その謎を後に西條は知ることに繋がっていく。
また、曾我部は、女性問題を原因に左遷する決定を下した沼田の代わりに、歯科担当副病院長に富塚を推すことを、西條に事前に教えた。そこには曾我部自身が退職をするまでの病院経営も期間における派閥事情という裏面を見据えた戦略があった。西條にそういう人事の妙の側面を伝えようとしてもいた。そこには西條への期待と彼を足下に置く意図があるのだろう。
循環器第一外科科長で教授の大友英彦が実家の内科医院を継ぐために辞職することになった。西條は大友の後任は前園圭太しかいないと考えていた。だが、相談という形をとり、曾我部は科長に真木一義という外部の人材を起用すると告げる。それは決定と同義だった。真木のことを西條は少し思い出す。彼は国内で有数の心臓専門病院である東京心臓センターで若手のホープと噂の高い凄腕の心臓外科医だった。だが、突然にその病院を辞めてしまっていた。
西條の戸惑いが始まる。真木の起用は、曾我部がミカエル使用による医療促進という方針を転換するシグナルなのか・・・・・。
真木が循環器第一外科科長となり、彼らの日常の医療活動が進行していく。このストーリーはそのプロセスでパラレルに西條がいくつかの謎を感じ始めるという形で、動き始める。
日常の医療行為のアプローチは対照的なものとなる。西條はミカエルを使った外科手術であり、真木は従来型の人の手による外科手術である。真木の場合、そのスキルが超越していてまさに神業の域にある。術式の違いに加え、そこに西條と真木の個性の違いが関わってくる。
東京の大病院からの紹介で、12歳の白石航(わたる)が患者として両親とともに訪れる。航の疾患は、房室中隔欠損症である。航に対する事前検査をした後、どういう方法で外科手術をするか。その術式の違いの対立が焦点となってくる。航に対する手術という案件がストーリーの中軸となり、航の検査入院から手術の完了までの紆余曲折が読ませどころとなっていく。航の命を救うという最終目的について西條と真木は完全に一致する。だが、それに至る方法論、術式がまったく異なるのである。
さて、それだけなら、ミステリ-には繋がらない。だが、そこで、航の手術を行うこととの関わりで重要な疑惑が別のところから発生してくる。
西條は、ミカエルを使用する手術の術式を普及する活動にも時間を割き、力を入れている。だが、あるきっかけで、その活動を控えるようにと病院長から広報担当病院長補佐に指示が出されていたことを知る。一方、秋に広島総生大学病院で講演会とロボット支援下手術の技術指導の予定があり、その関係資料が届いていたので西條は開封した。広総大の循環器外科医布施寿利の名が技術研修参加者リストに記載されていなかった。布施はミカエルによる術式の信奉者だった。疑問を抱いた西條は問い合わせをして、布施が退職していたことを知る。さらに、その布施が自死した事実に直面する。布施の妻に会い、西條は布施の自死がミカエルと関係がありそうだということを知る。
ミカエルの何が問題なのか? その謎の解明は、航の手術に直接からんでいく可能性がある。西條は布施とも絡むこの謎の解明に迫られていく。そんな最中に、黒沢というフリーライターが西條にコンタクトを取ってくる。
航の手術に関わる会議などを通じて、西條は真木という人間の背景を知りたくなる。真木の心臓外科手術に対する信念はどこから来るのか。真木とは何者か。その謎の解明を西條は追い求めていく。黒沢が独自に真木についても調べていることを、西條は黒沢との会話から知る。
東京心臓センターという有名病院を自ら辞めた真木が、なぜドイツで心臓外科医に復帰し、なぜそこでのポストも抛ち、わざわざ北海道の病院に勤めるという道を選択したのか。真木は心臓外科手術に対しどういう思いで臨んでいるのか。彼は今のポジションをどう考えているのか。彼は何を考えているのか。西條にとって、これらの謎は、西條の今後の処世にも関わってくるという意識が強まってくる。この謎の解明は西條にとって必然的なことと思われた。西條はこのミステリーの解明にも一歩踏み込んで行く。
そこにもう一つ、西條自身の家庭問題が加わって行く。西條と妻の美咲の関係が冷えていくプロセスが底流に織り込まれて行く。そこに西條の一側面が反映しているとも言える。
西條の抱いたミステリーは、航の手術というステージに雪崩込んでいく。その手術は劇的な転換を迫られることに・・・・・・。結果としては、難題の心臓手術成功物語となる。
だが、西條は、その結果に対して己の信念を貫く行動をとり始める。これが2つめの読ませどころといえる。
さて、ミカエルに触れておこう。
1つは、このストーリーの中に出てくるミカエルである。医療用ロボットに付けられた名称。
2つめは、ミカエルという作品名の石像。その像が北中大病院の中庭の一角にドーム型の温室があり、その中の生い茂った植物の中心に置かれたものとして登場する。
「台座を含めて、1メートルほどの高さのものだ。
背中に羽が生えた天使の像で、右手に剣、左手に天秤を持っている。直立した姿勢で、剣を天に向け、天秤を緩やかに下げていた。」(p87)
西條が初めて真木に出会うのが、この像の傍なのだ。
3つめは、ミカエルについて調べてみたこと。(ウィキペデイアほかより)
ミカエルは、カトリック教会では大天使聖ミカエルの称号で呼ばれているそうである。
そして、ミカエルの意味を直訳すれば、「神に似たるものは誰か」という意味を持つ。左手に持つ天秤は魂の公正さを測るために携えているという。
これで、裏表紙の英語のフレーズの意味が繋がる。
最後に、このストーリーに出てくる印象深い文をいくつかご紹介しておこう。
*命は平等だ。ならば医療も平等でなければならない。 p129 西條の信念
*壊れた心臓は、手術で修復できる。だが、心が死んだままでは、本当の意味で救ったことにはならない。いま、白石航に必要なのは、生きる意志だ。本人が生きたいと思わない限り、手術が成功しても彼は治らない。 p231 真木の発言
*逆に、人に決定を委ねた者は、何事においても不満を抱く。 p351
人生の意味は、自分が納得できるかだ。結果がどうあれ、自分が決めた道なら後悔はない。
p352 西條の思い
*医療は信仰だ。・・・患者は、・・・救われたいからくるんだ。・・・医者は神であり。患者は信者だ。 p393 曾我部の言
*死に対する救いはなんだと思う。諦めと納得だ。・・・・患者や遺族の悔いを少しでも軽くし、前に進めるようにするのも、我々、医療者の役目だ。 p394 曾我部の考え
*医者は神じゃない。
たしかに患者は医師に救いを求めている。でもそれは、信者が偶像を崇拝するような一方的なものじゃない。人と人が平等であるように、医師と患者も平等だ。医師は患者を救いたいと思い、患者は医師を信頼する。両者の心が向き合ったさきに、本当の救いがある。
p396 西條の考え
お読みいただきありがとうございます。
本書に関連し、関心事項をネット検索してみた。一覧にしておきたい。
次世代医療ロボットの需要とメリット~手術ロボットの開発に求められるエンジニアとは~ :「Ties」
【特集】国産初の手術支援ロボ「hinotori」未来医療をつくる両輪"技術者と医師"に聞く『不死鳥』の真価(2021年3月26日) YouTube
医療ロボット最新型『 ダビンチXi 』手術支援ロボット YouTube
手術支援ロボット「ダヴィンチ」徹底解剖 :「東京医科大学病院」
医療ロボット・AIの実践 :「藤田医科大学」
医療・介護の現場で使われているロボットの問題点と未来とは?:「PTOT スタイル」
医療ロボットを導入する3つのメリットとは?おすすめの医療ロボット3選:「PITTALAB」
ミカエル :ウィキペディア
ミカエル :「コトバンク」
モンサンミッシェルの大天使像、修繕終え再び尖塔に :「AFP BBC NEWS」
モン・サン・ミッシェルと輝きを取り戻した銀色の大天使ミカエル:「TOURISME JAPONAIS」
大天使ミカエル信仰、プーリア聖地とサンタンジェロ城 :「World Voice」
インターネットに有益な情報を掲載してくださった皆様に感謝します。
(情報提供サイトへのリンクのアクセスがネット事情でいつか途切れるかもしれません。
その節には、直接に検索してアクセスしてみてください。掲載時点の後のフォローは致しません。
その点、ご寛恕ください。)
徒然に読んできた著者の作品の中で印象記を以下のものについて書いています。
こちらもお読みいただけると、うれしいかぎりです。
『月下のサクラ』 徳間書店
『暴虎の牙』 角川書店
『検事の信義』 角川書店
『盤上の向日葵』 中央公論新社
『凶犬の眼』 角川書店
『合理的にあり得ない 上水流涼子の解明』 講談社
『蟻の菜園 -アント・ガーデン-』 宝島社
『朽ちないサクラ』 徳間書店
『孤狼の血』 角川書店
『あしたの君へ』 文藝春秋
『パレートの誤算』 祥伝社
『慈雨』 集英社
『ウツボカズラの甘い息』 幻冬舎
『検事の死命』 宝島社
『検事の本懐』 宝島社