『クローズアップ』(2013.5刊)の一つ前の作品である。2011年5月、第1刷発行。
メインの登場人物は布施京一と黒田祐介。最初に二人のプロフィールとその関係者を簡略に記しておこう。
布施京一: TBNテレビ報道局社会部所属。現在は同局看板番組「ニュースイレブン」専属の遊軍記者。独身。独自の取材着眼から数々のスクープをものにしている。「遊ぶときは本気で遊ぶのだ。遊びを仕事に生かそうなどとは思っていない。」(p26)「誰でも受け入れてしまうようなところがある。警戒心を抱かせないのだ。」(p27)「まるで空気のような存在とでも言おうか。それでいて無視できない。」(p38)「ふにゃふにゃしているようで、実はぶっとい芯が通っている。さらに、誰とでもすぐに仲良くなるくせに、決して本当の自分を魅せようとしない。」(p45)こんな印象を与える人物。
番組デスクの鳩村明夫は、こんな布施を好き勝手をする記者と見て、気にくわない。だが布施の記者としての力量は認めざるを得ない。管理者として彼の行動に問題を感じている。一方、「ニュースイレブン」のメインキャスターはベテランアナウンサーの鳥飼行雄。キャスターの香山恵理子は美人で中年視聴者の人気の的である。鳥飼と恵理子は布施がスクープをものにする能力を評価し、鳩村の布施批判には布施弁護あるいは支持側となる。鳥飼は鳩村に言う。「布施ちゃんを鎖でつないでおこうと思っても、無駄だよ」(p6)と。
黒田祐介: 警視庁捜査1課内に新設された特命捜査対策室にある特命捜査第2係所属。部長刑事。第2係は未解決事件の継続捜査を担当している。単独行動をすることを好む。「しごかれることには慣れている。だが、下の者と組むのは苦手だった。人にものを教えるタイプではない」(p21)と思っている。未解決事件の膨大な書類や写真の記録を何度も読み返しながら、事件解決への見落としが無いか精査し、解決の糸口を探す日々を送る。地道な捜査の日々である。相棒は谷口勲という刑事。未解決事件に取り組む過程で黒田は徐々に谷口の発想と力量に見所を見いだしていく。谷口刑事はけっこう黒田を助けて活躍する役回りとなっている。
事件を捜査する刑事は、まとわりつく報道陣、記者を毛嫌いする。捜査の邪魔をする輩としか見ていない。黒田も同様である。その黒田がなぜか布施には少し接し方が違うのだ。布施のスタンスに受け入れられるものを感じている。ギブ・アンド・テイクの関係を保てる相手という意識を持つ。「夜回り」の一環で東都新聞の記者・持田豊にもつきまとわれる。黒田が『かめ吉』で布施と並んでカウンター席にいると、必ず目ざとく傍に寄ってくる。黒田の嫌いな記者であり、邪慳に応対するのだが、布施は気軽にその間を取りもってやる。持田は布施を介して、二人から情報の一端を入手する代わりに、ときには新聞社ルートで調べた情報も提供することがある。布施程には事件へのセンスがよくない記者で、黒田は相手にしていない。
事件情報開示について、捜査過程での関わりは犬猿の仲ともいうべき刑事と報道記者が、微妙でかつ奇妙な協力関係を保ちつつ、未解決事件を解決に導くというストーリーである。
この作品は、布施が放送局のアーカイヴ室に籠もって1年前の猟奇殺人事件情報を再度調べているというところから始まる。その事件とは、美容学校の学生だった19歳の女性・折田有希恵が両腕や両足、頭部を切断され、乳房も切り取られてばらばらに遺棄されたというもの。被害者が行方不明になっても1ヵ月近く誰も気に留めていなかったことを布施は記憶していた。最近ドラッグを買った女の子が何人か行方不明になっているという噂を聞いたことがきっかけで、布施はふと1年前の猟奇殺人事件を思い出したというのだ。その噂の方は誰も行方不明について警察に通報すらしないという。ドラッグの売買も日常で、人が行方不明になってしまうのも日常なのだという。だがそこに何があるのか。布施はそれを独自の情報ソースやアーカイブ室の情報で探り始める。
一方、黒田刑事は未解決事件の一つとして、この猟奇殺人事件に取り組んでいた。最近被害者の周辺で小さな変化が起きているのに注目したのだ。被害者・折田と同じ美容学校に通い、折田と同じ秋田県出身、同年齢であり、仲良くしていた女性・三原由紀は事件発覚後に相当に衝撃を受けていた様子だったという。だが、普通なら時間の経過とともに悲しみは癒えていくものである。だが三原由紀は逆に、半年ほど前から、不眠が続き、体重も減少し、心療内科に通っているという。新興宗教か何かに入信したという噂もあるのだ。心療内科通いと新興宗教、それは三原由紀が何らかの罪の意識に苛まれているためなのか・・・・。参考人ですらならなかった同県人の友人に現れた小さな変化。黒田は事件と結びつけて考えようとする。デリケートな捜査にならざるを得ない。
そんな矢先に、布施が猟奇殺人事件のことを調べ始めたというのである。
黒田刑事は、布施になぜ調べているのかと聞きに行くことには悔しさを感じる。そこで千代田区平河町にある『かめ吉』に出かけていき、そこで布施を待ってみる決断をする。ボリューム満点で安く、ツケがきくので警視庁の警察官がよく飲みに行く店なのだ。そのため、記者が「夜回り」で刑事を追いかける店にもなる。
『かめ吉』のカウンターに居る黒田の許に、持田が現れ、布施も現れる。黒田は布施に尋ねる。猟奇殺人事件を調べ直すきっかけでもあったのかと。布施は「きっかけなんてないですよ。昨夜急に思い出しちゃいましてね」と答える。このちょっとしたやりとりから、黒田が美容学校生殺人事件を担当しているという手ごたえを布施は感じる。黒田は布施が何かをつかんだのではないか、それならばなんとしても聞き出す必要があると感じ始める。
その後、黒田は布施に張り付くことを決断する。記者が刑事の後を追い張り付くのが普通だが、今回は逆だ。刑事が記者に張り付くという。黒田は布施に電話をかけ、布施と会う。そして、布施に張り付くことを伝える。
布施が美容学校女学生の猟奇殺人事件に再び関心を抱いたのは、最近ドラッグを買った女の子が行方不明になっているという噂がきっかけだということを黒田は聞かされる。ドラッグと若者の行方不明。「ドラッグの売買も日常で、人が行方不明になってしまうのもも日常だと・・・?」
ドラッグという観点で見ると、三原由紀の症状も見方が変化する可能性がある・・・。
布施の情報収集活動に黒田が張り付いて同行するという行動が始まる。ギブ・アンド・テイクである。布施の情報ソースの一端に踏み込み、情報が得られる。一方、黒田が事件の捜査情報をどこまで開示するか、開示が許されるか・・・そこが微妙でおもしろいし、興味深いところでもある。
布施の着眼切り口が黒田の継続捜査の事案解決に結びついていく。猟奇殺人事件の被害者・折田の友人である非行グループには初動捜査の段階でアリバイが存在することが判明し、捜査対象外になっていた。しかし、その連中の別の測面が見え始める。布施の切り口が事件解明へのテコになっていく。ドラッグがやはりキーになっていた。そして捜査線上に『マルガ教団』という新興宗教が浮かび上がってくる。
この作品にはいくつかの視点があって楽しめる。
第1は勿論、黒田刑事と布施という放送記者が、特異な協力関係をとりながら、情報追求するプロセス。その結果、二人の観点の違うアプローチが結びついていくという展開のおもしろさである。今までとはちょっと異色な行動パターンをベースとしたストーリー運びの興味深さがある。布施の情報人脈は、インターネットにベースを置くフリーの有名外国人ジャーナリスト、その伝でCIAエージェントにも及んでいくのだ。黒田も決断せざるをえない。
第2はデスクの鳩村が放送局外での布施の夜の飲み歩き行動につきあってみる気になる。そこから発見する布施の姿。鳩村の知らなかった布施の側面。さらに布施の持つ記者意識に対する認識プロセスが描き込まれる。鳩村は己と布施を対比しながら、布施という男を記者としてより客観的に評価しようとする。その結果、デスクとして、上司としての己のポジショニングを調整していくことになる。
それは、報道番組が放映されるまでのプロセスとも関連する。つまり、ニュース番組制作プロセスの舞台裏が描き出されていくので、そのプロセスを垣間見るということにもなる。この点、興味深く読みごたえが加味されている。
第3は黒田刑事が相棒の谷口刑事を布施に引き合わせ、相棒谷口の発言や行動を見つめながら、年若い相棒との関係を見つめ直すという側面。そして谷口刑事の力量を認識評価していくという側面が描き込まれていく。谷口刑事の言動への思いを黒田の目から描いていておもしろい。谷口、なかなかやるな・・・というところだ。良いコンビである。
事実報道は、結果的には事実総体の中のある側面の報道となる可能性を内在し、事実への操作性が加わる可能性を秘める。この作品はこの必然性について描いているという点が一つの社会的警鐘への切り口になっているという見方もできる。また、初動捜査が事件解明に如何に重要かを間接的に描いているともいえる。
この作品の思考基盤になっている記述を抽出しておこう。地の文、あるいは登場人物に語らせている箇所である。
*警察は民事不介入が原則だ。犯罪性が明らかにならない限りは、何があろうと警察は動かないのだ。
最近は、男女間のトラブルや幼児虐待について、事件になる前に積極的に関与するという方針を打ち出したようだが、現場はとにかく忙しい。余計なことに手を出したくはないといのが、本音なのだ。 p164-165
*こいつは、まだ若い。世の中をシステムで割り切れると考えているようだ。世間というのは、仕組みだけで成り立っているわけではない。人と人との関係で成立しているのだ。制度とか仕組みとかは、その補助に過ぎない。それを理解することが、年の功なのかもしれない。 p182
*人は連絡業務をなるべく簡単に済まそうとしてしまう。また、手際よく連絡や報告をしている者が有能だと感じてしまいがちだ。だが、連絡や報告は人と人の間で行われることだ。顔が見えているのと見えていないのとでは、伝わり方もちがってくるだろう。 p31
*医者が犯罪性を確認したり、その可能性を確認した場合は、当局に届けることが守秘義務より優先される。 p193
*いくつかの事実を無視し、選択的に事実を報じてしまったかもしれない。・・・・いくつかの事実を無視したという言い方が悪かったとしたら、見逃していたと言ってもいいです。そう、あくまでも事実を報道したのです。でも、すべての事実ではありません。 p222
*現場の記者は、事実の重みを知っているからこそ、裏を取ろうと必死になるんです。さらに突っこんだことを知ろうと、捜査員に夜討ち朝駈けをかける。 p222
*俺たちは、事実を選択的に報じ、なおかつ、実に悲惨な事件が起きたという態度と表情で、視聴者に特別な印象を与えてしまった。それは事実ではなくフィクションですよ。そして、報道する側が、そのフィクションを信じてしまったのです。 p226
*報道マンが正義を振りかざしたら終わりですよ。
それはとても危険なことなんです。マスコミは第4の権力と呼ばれています。立法、行政、司法の3権力を監視する立場にあるからです。我々は権力を持っているのです。そして、正義というのは、立場によって変化するものです。マスコミが正義を振りかざしたとき、それは社会的な圧力となりかねない。それによって、弾圧されたり、傷ついたりする人が必ず出るのです。
俺たちの仕事は、視聴者の耳や眼の代わりになることです。・・・・俺はただ、視聴者が見たいと思う映像を押さえられるように努力するだけです。 p308-309
ご一読ありがとうございます。
↑↑ クリックしていただけると嬉しいです。
ドラッグ関連の法律と用語をネットで検索してみた一覧にしておきたい。
麻薬及び向精神薬取締法
覚せい剤取締法
あへん法
大麻取締法
薬物乱用防止に関する情報 :「厚生労働省」
このページからリンクされている「ポスター」「リーフレット」 ゴルゴ13がイラストに使われている。こんなポスター類を使うのは誰のアイデアか? Nice, Good!!
違法ドラッグ・脱法ハーブについて :「神奈川県」
『「合法ハーブ」等と称して販売される薬物(いわゆる脱法ドラッグ)』には、絶対に手を出さないでください! :「政府広報オンライン」
薬物 :ウィキペディア
麻薬 :ウィキペディア
覚醒剤 :ウィキペディア
向精神薬 :ウィキペディア
習慣性医薬品 :ウィキペディア
睡眠薬 :ウィキペディア
精神安定剤 :ウィキペディア
以下本作品の内容とは直接関係がないがネット検索で得た動画である。
脱法ドラッグの恐怖 :Youtube
リアルやくざ・覚せい剤中毒・暗闇から光へ :Youtube
壮絶密着 ドラッグ中毒の大学生 :Youtube
小向美奈子、薬物の恐怖を語る 1/2 :Youtube
小向美奈子、薬物の恐怖を語る 2/2 :Youtube
閉鎖病棟 薬物依存との戦い :Youtube
肉を溶かす麻薬 "クロコディル" 1/4 - Russia's Deadliest Drug Part 1
肉を溶かす麻薬 "クロコディル" 2/4 - Russia's Deadliest Drug Part 2
肉を溶かす麻薬 "クロコディル" 3/4 - Russia's Deadliest Drug Part 3
肉を溶かす麻薬 "クロコディル" 4/4 - Russia's Deadliest Drug Part 4
世界最凶ドラッグ 1/2 - World's Scariest Drug Part 1
ギリシャの新ドラッグ「シサ」を追う 1/2 - Sisa: Cocaine of the Poor Part 1
ギリシャの新ドラッグ「シサ」を追う 2/2 - Sisa: Cocaine of the Poor Part 2
密着! ヤクの売人 - How to Sell Drugs :Youtube
インターネットに有益な情報を掲載してくださった皆様に感謝します。
↑↑ クリックしていただけると嬉しいです。
(情報提供サイトへのリンクのアクセスがネット事情でいつか途切れるかもしれません。
その節には、直接に検索してアクセスしてみてください。掲載時点の後のフォローは致しません。
その点、ご寛恕ください。)
徒然に読んできた作品の印象記に以下のものがあります。
こちらもお読みいただけると、うれしいかぎりです。
『獅子神の密命』 朝日文庫
『赤い密約』 徳間文庫
『内調特命班 徒手捜査』 徳間文庫
『龍の哭く街』 集英社文庫
『宰領 隠蔽捜査5』 新潮社
『密闘 渋谷署強行犯係』 徳間文庫
『最後の戦慄』 徳間文庫
『宿闘 渋谷署強行犯係』 徳間文庫
『クローズアップ』 集英社
=== 今野 敏 作品 読後印象記一覧 === 更新2版
メインの登場人物は布施京一と黒田祐介。最初に二人のプロフィールとその関係者を簡略に記しておこう。
布施京一: TBNテレビ報道局社会部所属。現在は同局看板番組「ニュースイレブン」専属の遊軍記者。独身。独自の取材着眼から数々のスクープをものにしている。「遊ぶときは本気で遊ぶのだ。遊びを仕事に生かそうなどとは思っていない。」(p26)「誰でも受け入れてしまうようなところがある。警戒心を抱かせないのだ。」(p27)「まるで空気のような存在とでも言おうか。それでいて無視できない。」(p38)「ふにゃふにゃしているようで、実はぶっとい芯が通っている。さらに、誰とでもすぐに仲良くなるくせに、決して本当の自分を魅せようとしない。」(p45)こんな印象を与える人物。
番組デスクの鳩村明夫は、こんな布施を好き勝手をする記者と見て、気にくわない。だが布施の記者としての力量は認めざるを得ない。管理者として彼の行動に問題を感じている。一方、「ニュースイレブン」のメインキャスターはベテランアナウンサーの鳥飼行雄。キャスターの香山恵理子は美人で中年視聴者の人気の的である。鳥飼と恵理子は布施がスクープをものにする能力を評価し、鳩村の布施批判には布施弁護あるいは支持側となる。鳥飼は鳩村に言う。「布施ちゃんを鎖でつないでおこうと思っても、無駄だよ」(p6)と。
黒田祐介: 警視庁捜査1課内に新設された特命捜査対策室にある特命捜査第2係所属。部長刑事。第2係は未解決事件の継続捜査を担当している。単独行動をすることを好む。「しごかれることには慣れている。だが、下の者と組むのは苦手だった。人にものを教えるタイプではない」(p21)と思っている。未解決事件の膨大な書類や写真の記録を何度も読み返しながら、事件解決への見落としが無いか精査し、解決の糸口を探す日々を送る。地道な捜査の日々である。相棒は谷口勲という刑事。未解決事件に取り組む過程で黒田は徐々に谷口の発想と力量に見所を見いだしていく。谷口刑事はけっこう黒田を助けて活躍する役回りとなっている。
事件を捜査する刑事は、まとわりつく報道陣、記者を毛嫌いする。捜査の邪魔をする輩としか見ていない。黒田も同様である。その黒田がなぜか布施には少し接し方が違うのだ。布施のスタンスに受け入れられるものを感じている。ギブ・アンド・テイクの関係を保てる相手という意識を持つ。「夜回り」の一環で東都新聞の記者・持田豊にもつきまとわれる。黒田が『かめ吉』で布施と並んでカウンター席にいると、必ず目ざとく傍に寄ってくる。黒田の嫌いな記者であり、邪慳に応対するのだが、布施は気軽にその間を取りもってやる。持田は布施を介して、二人から情報の一端を入手する代わりに、ときには新聞社ルートで調べた情報も提供することがある。布施程には事件へのセンスがよくない記者で、黒田は相手にしていない。
事件情報開示について、捜査過程での関わりは犬猿の仲ともいうべき刑事と報道記者が、微妙でかつ奇妙な協力関係を保ちつつ、未解決事件を解決に導くというストーリーである。
この作品は、布施が放送局のアーカイヴ室に籠もって1年前の猟奇殺人事件情報を再度調べているというところから始まる。その事件とは、美容学校の学生だった19歳の女性・折田有希恵が両腕や両足、頭部を切断され、乳房も切り取られてばらばらに遺棄されたというもの。被害者が行方不明になっても1ヵ月近く誰も気に留めていなかったことを布施は記憶していた。最近ドラッグを買った女の子が何人か行方不明になっているという噂を聞いたことがきっかけで、布施はふと1年前の猟奇殺人事件を思い出したというのだ。その噂の方は誰も行方不明について警察に通報すらしないという。ドラッグの売買も日常で、人が行方不明になってしまうのも日常なのだという。だがそこに何があるのか。布施はそれを独自の情報ソースやアーカイブ室の情報で探り始める。
一方、黒田刑事は未解決事件の一つとして、この猟奇殺人事件に取り組んでいた。最近被害者の周辺で小さな変化が起きているのに注目したのだ。被害者・折田と同じ美容学校に通い、折田と同じ秋田県出身、同年齢であり、仲良くしていた女性・三原由紀は事件発覚後に相当に衝撃を受けていた様子だったという。だが、普通なら時間の経過とともに悲しみは癒えていくものである。だが三原由紀は逆に、半年ほど前から、不眠が続き、体重も減少し、心療内科に通っているという。新興宗教か何かに入信したという噂もあるのだ。心療内科通いと新興宗教、それは三原由紀が何らかの罪の意識に苛まれているためなのか・・・・。参考人ですらならなかった同県人の友人に現れた小さな変化。黒田は事件と結びつけて考えようとする。デリケートな捜査にならざるを得ない。
そんな矢先に、布施が猟奇殺人事件のことを調べ始めたというのである。
黒田刑事は、布施になぜ調べているのかと聞きに行くことには悔しさを感じる。そこで千代田区平河町にある『かめ吉』に出かけていき、そこで布施を待ってみる決断をする。ボリューム満点で安く、ツケがきくので警視庁の警察官がよく飲みに行く店なのだ。そのため、記者が「夜回り」で刑事を追いかける店にもなる。
『かめ吉』のカウンターに居る黒田の許に、持田が現れ、布施も現れる。黒田は布施に尋ねる。猟奇殺人事件を調べ直すきっかけでもあったのかと。布施は「きっかけなんてないですよ。昨夜急に思い出しちゃいましてね」と答える。このちょっとしたやりとりから、黒田が美容学校生殺人事件を担当しているという手ごたえを布施は感じる。黒田は布施が何かをつかんだのではないか、それならばなんとしても聞き出す必要があると感じ始める。
その後、黒田は布施に張り付くことを決断する。記者が刑事の後を追い張り付くのが普通だが、今回は逆だ。刑事が記者に張り付くという。黒田は布施に電話をかけ、布施と会う。そして、布施に張り付くことを伝える。
布施が美容学校女学生の猟奇殺人事件に再び関心を抱いたのは、最近ドラッグを買った女の子が行方不明になっているという噂がきっかけだということを黒田は聞かされる。ドラッグと若者の行方不明。「ドラッグの売買も日常で、人が行方不明になってしまうのもも日常だと・・・?」
ドラッグという観点で見ると、三原由紀の症状も見方が変化する可能性がある・・・。
布施の情報収集活動に黒田が張り付いて同行するという行動が始まる。ギブ・アンド・テイクである。布施の情報ソースの一端に踏み込み、情報が得られる。一方、黒田が事件の捜査情報をどこまで開示するか、開示が許されるか・・・そこが微妙でおもしろいし、興味深いところでもある。
布施の着眼切り口が黒田の継続捜査の事案解決に結びついていく。猟奇殺人事件の被害者・折田の友人である非行グループには初動捜査の段階でアリバイが存在することが判明し、捜査対象外になっていた。しかし、その連中の別の測面が見え始める。布施の切り口が事件解明へのテコになっていく。ドラッグがやはりキーになっていた。そして捜査線上に『マルガ教団』という新興宗教が浮かび上がってくる。
この作品にはいくつかの視点があって楽しめる。
第1は勿論、黒田刑事と布施という放送記者が、特異な協力関係をとりながら、情報追求するプロセス。その結果、二人の観点の違うアプローチが結びついていくという展開のおもしろさである。今までとはちょっと異色な行動パターンをベースとしたストーリー運びの興味深さがある。布施の情報人脈は、インターネットにベースを置くフリーの有名外国人ジャーナリスト、その伝でCIAエージェントにも及んでいくのだ。黒田も決断せざるをえない。
第2はデスクの鳩村が放送局外での布施の夜の飲み歩き行動につきあってみる気になる。そこから発見する布施の姿。鳩村の知らなかった布施の側面。さらに布施の持つ記者意識に対する認識プロセスが描き込まれる。鳩村は己と布施を対比しながら、布施という男を記者としてより客観的に評価しようとする。その結果、デスクとして、上司としての己のポジショニングを調整していくことになる。
それは、報道番組が放映されるまでのプロセスとも関連する。つまり、ニュース番組制作プロセスの舞台裏が描き出されていくので、そのプロセスを垣間見るということにもなる。この点、興味深く読みごたえが加味されている。
第3は黒田刑事が相棒の谷口刑事を布施に引き合わせ、相棒谷口の発言や行動を見つめながら、年若い相棒との関係を見つめ直すという側面。そして谷口刑事の力量を認識評価していくという側面が描き込まれていく。谷口刑事の言動への思いを黒田の目から描いていておもしろい。谷口、なかなかやるな・・・というところだ。良いコンビである。
事実報道は、結果的には事実総体の中のある側面の報道となる可能性を内在し、事実への操作性が加わる可能性を秘める。この作品はこの必然性について描いているという点が一つの社会的警鐘への切り口になっているという見方もできる。また、初動捜査が事件解明に如何に重要かを間接的に描いているともいえる。
この作品の思考基盤になっている記述を抽出しておこう。地の文、あるいは登場人物に語らせている箇所である。
*警察は民事不介入が原則だ。犯罪性が明らかにならない限りは、何があろうと警察は動かないのだ。
最近は、男女間のトラブルや幼児虐待について、事件になる前に積極的に関与するという方針を打ち出したようだが、現場はとにかく忙しい。余計なことに手を出したくはないといのが、本音なのだ。 p164-165
*こいつは、まだ若い。世の中をシステムで割り切れると考えているようだ。世間というのは、仕組みだけで成り立っているわけではない。人と人との関係で成立しているのだ。制度とか仕組みとかは、その補助に過ぎない。それを理解することが、年の功なのかもしれない。 p182
*人は連絡業務をなるべく簡単に済まそうとしてしまう。また、手際よく連絡や報告をしている者が有能だと感じてしまいがちだ。だが、連絡や報告は人と人の間で行われることだ。顔が見えているのと見えていないのとでは、伝わり方もちがってくるだろう。 p31
*医者が犯罪性を確認したり、その可能性を確認した場合は、当局に届けることが守秘義務より優先される。 p193
*いくつかの事実を無視し、選択的に事実を報じてしまったかもしれない。・・・・いくつかの事実を無視したという言い方が悪かったとしたら、見逃していたと言ってもいいです。そう、あくまでも事実を報道したのです。でも、すべての事実ではありません。 p222
*現場の記者は、事実の重みを知っているからこそ、裏を取ろうと必死になるんです。さらに突っこんだことを知ろうと、捜査員に夜討ち朝駈けをかける。 p222
*俺たちは、事実を選択的に報じ、なおかつ、実に悲惨な事件が起きたという態度と表情で、視聴者に特別な印象を与えてしまった。それは事実ではなくフィクションですよ。そして、報道する側が、そのフィクションを信じてしまったのです。 p226
*報道マンが正義を振りかざしたら終わりですよ。
それはとても危険なことなんです。マスコミは第4の権力と呼ばれています。立法、行政、司法の3権力を監視する立場にあるからです。我々は権力を持っているのです。そして、正義というのは、立場によって変化するものです。マスコミが正義を振りかざしたとき、それは社会的な圧力となりかねない。それによって、弾圧されたり、傷ついたりする人が必ず出るのです。
俺たちの仕事は、視聴者の耳や眼の代わりになることです。・・・・俺はただ、視聴者が見たいと思う映像を押さえられるように努力するだけです。 p308-309
ご一読ありがとうございます。
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ドラッグ関連の法律と用語をネットで検索してみた一覧にしておきたい。
麻薬及び向精神薬取締法
覚せい剤取締法
あへん法
大麻取締法
薬物乱用防止に関する情報 :「厚生労働省」
このページからリンクされている「ポスター」「リーフレット」 ゴルゴ13がイラストに使われている。こんなポスター類を使うのは誰のアイデアか? Nice, Good!!
違法ドラッグ・脱法ハーブについて :「神奈川県」
『「合法ハーブ」等と称して販売される薬物(いわゆる脱法ドラッグ)』には、絶対に手を出さないでください! :「政府広報オンライン」
薬物 :ウィキペディア
麻薬 :ウィキペディア
覚醒剤 :ウィキペディア
向精神薬 :ウィキペディア
習慣性医薬品 :ウィキペディア
睡眠薬 :ウィキペディア
精神安定剤 :ウィキペディア
以下本作品の内容とは直接関係がないがネット検索で得た動画である。
脱法ドラッグの恐怖 :Youtube
リアルやくざ・覚せい剤中毒・暗闇から光へ :Youtube
壮絶密着 ドラッグ中毒の大学生 :Youtube
小向美奈子、薬物の恐怖を語る 1/2 :Youtube
小向美奈子、薬物の恐怖を語る 2/2 :Youtube
閉鎖病棟 薬物依存との戦い :Youtube
肉を溶かす麻薬 "クロコディル" 1/4 - Russia's Deadliest Drug Part 1
肉を溶かす麻薬 "クロコディル" 2/4 - Russia's Deadliest Drug Part 2
肉を溶かす麻薬 "クロコディル" 3/4 - Russia's Deadliest Drug Part 3
肉を溶かす麻薬 "クロコディル" 4/4 - Russia's Deadliest Drug Part 4
世界最凶ドラッグ 1/2 - World's Scariest Drug Part 1
ギリシャの新ドラッグ「シサ」を追う 1/2 - Sisa: Cocaine of the Poor Part 1
ギリシャの新ドラッグ「シサ」を追う 2/2 - Sisa: Cocaine of the Poor Part 2
密着! ヤクの売人 - How to Sell Drugs :Youtube
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その点、ご寛恕ください。)
徒然に読んできた作品の印象記に以下のものがあります。
こちらもお読みいただけると、うれしいかぎりです。
『獅子神の密命』 朝日文庫
『赤い密約』 徳間文庫
『内調特命班 徒手捜査』 徳間文庫
『龍の哭く街』 集英社文庫
『宰領 隠蔽捜査5』 新潮社
『密闘 渋谷署強行犯係』 徳間文庫
『最後の戦慄』 徳間文庫
『宿闘 渋谷署強行犯係』 徳間文庫
『クローズアップ』 集英社
=== 今野 敏 作品 読後印象記一覧 === 更新2版