29歳独身の淵神律子巡査部長が主人公。律子は警視庁捜査一課強行犯捜査四係に所属していた時、元岡繁之巡査長とともに、ベガと呼ばれる連続殺人犯をビルに追い詰めた。だが、二人ともベガの持つ刃により負傷する。追い詰めたはずのビルが、実はベガが周到に計画していた逃走経路でもあったのだ。律子は拳銃を撃つが手の震えで弾丸はベガから大きく逸れてしまうという失態となる。手の震えはなぜか? それは律子がアルコール依存症になっているからだった。勿論、そのことを誰にも知られないようにしているのだが。
この時の負傷が原因で、相棒の元岡は警察官として再起不能となり退職する。律子は刺された上に、顔を切られ、左頬に7cmほどの大きな傷痕が残った。現代の美容整形技術を以てすれば、傷痕を目立たなくすることも可能と知りながら、その傷痕を残したままにしている。スカーフェイスであることは、律子がベガを自分の手で捉えるための己に課したしるしなのだ。
この作品は、律子が第三係に異動となった後も、ベガによる連続殺人事件を追跡し、律子がこの事件の解決に至るまでを描いていく。4件の殺人事件が周期的に発生した。被害者の体には、それぞれにV,E,G,Aという一文字が刻まれていたのだ。そこから連続殺人事件と判断され、犯人はベガと仮に称されたのだ。
ストーリーの構成と展開がなかなか巧妙である。主人公・律子のキャラクター設定も、標準的な刑事でなくちょっと一癖あって惹きつけられる。女の刑事というところが面白みを加えている。
律子は、負傷して警察病院入院中に世話になった看護師の町田景子31歳と、女性二人で世田谷区にある七階建ての瀟洒なマンションに暮らすという生活をしている。景子は極力律子のアルコール依存症から立ち直らせようと努力するが、律子はストレスからか、景子に隠れて酒を飲むという悪癖を繰り返している。この二人は互いにそれぞれの過去の人生には触れないという暗黙の合意で共同生活をする。この暗黙の了解部分に秘められていたことが表に出て来たとき、景子自身もベガの連続殺人事件関わる遠因の中に居たという接点が現れる。どこでどう繋がって行くかが一つの読ませどころともいえる。読後印象として、まず燈台下暗しという言葉を思い浮かべた・・・・。
さて、律子のキャラクター設定が興味深い。父は警察官だったが、家庭では酒乱の気があり、妻や子に暴力を振るう。律子の母や弟は父の暴力の餌食になるが、律子はその父に反抗し、父の暴力の対象の外に立つ。だが、弟が自殺したのだ。律子は父を憎みながらも、警察官となり、いつしか己もアルコール依存症となっている。警察仲間からは「スカーフェイス」とあだ名されている。律子は強行犯捜査三係の巡査部長・芹沢義次からは、「疫病神」と罵られる。「犯人を逮捕するためなら、仲間を犠牲にしてもいいのかってことだ。今度は鳥谷を犠牲にしたそうじゃねえか。ベガに刺された元岡は退職した。鳥谷も退職させる気かよ?」とねちねちと嫌味をいわれるのだ。律子は芹沢を無視するが、一方でその芹沢に共通する部分が律子にもある。さらに、律子はその気があればSPにもなれる射撃術を持ているのだ。
本書は三部構成である。
第一部「スカーフェイス」: 律子と景子の過去の一端を点描しながら、律子がスカーフェイスとあだ名されるに至る経緯および強行犯捜査三係での律子を描いて行く。女刑事として、ベガの逮捕を念願しつつ、日常の事件に追われる姿を描く。その中で、律子が事件の犯人逮捕でやりすぎて、合法的ではあるが犯人に怪我を負わせるという行為を積み重ねていく。元岡刑事が負傷で退職。相棒の鳥谷刑事が犯人逮捕の際に負傷。そこで、律子はキャリア組で長官官房から季節外れの異動でやってきた藤平保を相棒として組むことになる。射撃は下手くそだが、頭脳はきれるという存在。律子が犯人逮捕のプロセスでやり過ぎてしまう。
第二部「特別捜査第三係」: 強行犯捜査係からみれば、事件書類整理の窓際部署である。その第三係に律子が異動させられる。捜査畑から外されるなら無用の長物、窓際になる位ならいっそ退職をと律子は考え始める。だが・・・である。第三係の広辞苑とあだ名をつけられている円浩爾(まどかこうじ)との会話がきっかけで、別の光が見えてくるのだ。
円は律子に言う。「率直に言うが、ずっと前から、わたしは君に会いたいと思っていた」「君がスカーフェイスだからだよ」「君の顔に、その傷痕を残したのはベガだ。つまり、君はベガに最も接近した人間ということになる。・・・・」「ベガを捕まえたいからだよ。他に何の理由がある?・・・・・」
円は、ベガの連続殺人事件の捜査資料を徹底的に読み込み、生き字引の如くにその経緯を熟知していたのだ。第三係にはこの係なりの捜査ができると言う。それこそ自らその気になれば、専念できるに等しいと。
面白いのは、相棒の藤平刑事が、律子への一種左遷的異動発令に対して、自ら希望して律子についてこの第三係に異動するという点。ベガについての広辞苑となっている円、ベガに一番接近した律子、頭脳明晰な藤平のチームプレイが始まっていく。
それは、ベガ連続殺人事件の過去の一連の捜査資料の再吟味から始まり、再び現場に足を運ぶというプロセスの開始だった。
この災い転じて福と成すための基礎作業がつぶさにストーリー展開する。
一方で、看護師として勤務する景子の病院での仕事と人間関係が点描される。それは伏線でもある。
第三部「ベガ」: ベガを逮捕するまでは退職した元岡には会わないつもりだった律子が、捜査資料の再吟味の一環として、元岡に会いに出かける。そして、捜査記録にも記載されなかった事実の一端を発見する。それが、藤平のシャープな分析により、ひとつの仮説設定に結びついて行く。元岡との再会が事件解決への重要な糸口を加えることになるのだ。
この第三部の展開は、それまでに各所で分かってきた断片的事実や書き込まれた伏線が、ジグソーパズルのように、必要な箇所にはまっていき、全体像が見えていくプロセスである。犯人像は意外な姿を見せていく。そして、最後は危機一髪という大団円となる。
この小説を読み、「スティレット」とう武器があったことを初めて知った。別名「ミセリコルデ」(慈悲の剣)と呼ばれるそうだ。
この小説、エピローグで「オペレイター」なるものが浮上してくる。事件解決のために再び負傷した律子に「オペレイター」が携帯電話を介して語りかけるのだ。
「入院中の君を殺すことは簡単だが、それは心配しなくていい。ゲームはフェアでなければならない。君の傷が回復したらゲームを始めよう」と。
まるでアメリカ映画の終わり方のようだ。なんだかワクワクさせるエンディングである。次作が構想されているのだろう。期待しよう。
ご一読ありがとうございます。
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本書に出てくる用語で補足説明のないもので知らないものをネット検索してみた。一覧にしておきたい。
グリセオール ← グリセオール注 :「ナースではたらこ」
静脈留置針 :「安全器材と個人用防護具」
バイタル ← バイタルサイン :ウィキペディア
警察大学校 トップページ
SP → セキュリティポリス :ウィキペディア
警察庁の精鋭「SP」の正体 彼らに必要な資格は? :「livedoor’NEWS」
タンデマー ← タンデム :「バイク用語辞典」
バタフライナイフ :ウィキペディア
スティレット :ウィキペディア
Stiletto From Wikipedia, the free encyclopedia
Misericorde (weapon) From Wikipedia, the free encyclopedia
V-42 stiletto From Wikipedia, the free encyclopedia
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(情報提供サイトへのリンクのアクセスがネット事情でいつか途切れるかもしれません。
その節には、直接に検索してアクセスしてみてください。掲載時点の後のフォローは致しません。
その点、ご寛恕ください。)
徒然に読んできた作品の印象記に以下のものがあります。
こちらもお読みいただけると、うれしいかぎりです。
『早雲の軍配者』 中央公論新社
『信玄の軍配者』 中央公論新社
『謙信の軍配者』 中央公論新社
この時の負傷が原因で、相棒の元岡は警察官として再起不能となり退職する。律子は刺された上に、顔を切られ、左頬に7cmほどの大きな傷痕が残った。現代の美容整形技術を以てすれば、傷痕を目立たなくすることも可能と知りながら、その傷痕を残したままにしている。スカーフェイスであることは、律子がベガを自分の手で捉えるための己に課したしるしなのだ。
この作品は、律子が第三係に異動となった後も、ベガによる連続殺人事件を追跡し、律子がこの事件の解決に至るまでを描いていく。4件の殺人事件が周期的に発生した。被害者の体には、それぞれにV,E,G,Aという一文字が刻まれていたのだ。そこから連続殺人事件と判断され、犯人はベガと仮に称されたのだ。
ストーリーの構成と展開がなかなか巧妙である。主人公・律子のキャラクター設定も、標準的な刑事でなくちょっと一癖あって惹きつけられる。女の刑事というところが面白みを加えている。
律子は、負傷して警察病院入院中に世話になった看護師の町田景子31歳と、女性二人で世田谷区にある七階建ての瀟洒なマンションに暮らすという生活をしている。景子は極力律子のアルコール依存症から立ち直らせようと努力するが、律子はストレスからか、景子に隠れて酒を飲むという悪癖を繰り返している。この二人は互いにそれぞれの過去の人生には触れないという暗黙の合意で共同生活をする。この暗黙の了解部分に秘められていたことが表に出て来たとき、景子自身もベガの連続殺人事件関わる遠因の中に居たという接点が現れる。どこでどう繋がって行くかが一つの読ませどころともいえる。読後印象として、まず燈台下暗しという言葉を思い浮かべた・・・・。
さて、律子のキャラクター設定が興味深い。父は警察官だったが、家庭では酒乱の気があり、妻や子に暴力を振るう。律子の母や弟は父の暴力の餌食になるが、律子はその父に反抗し、父の暴力の対象の外に立つ。だが、弟が自殺したのだ。律子は父を憎みながらも、警察官となり、いつしか己もアルコール依存症となっている。警察仲間からは「スカーフェイス」とあだ名されている。律子は強行犯捜査三係の巡査部長・芹沢義次からは、「疫病神」と罵られる。「犯人を逮捕するためなら、仲間を犠牲にしてもいいのかってことだ。今度は鳥谷を犠牲にしたそうじゃねえか。ベガに刺された元岡は退職した。鳥谷も退職させる気かよ?」とねちねちと嫌味をいわれるのだ。律子は芹沢を無視するが、一方でその芹沢に共通する部分が律子にもある。さらに、律子はその気があればSPにもなれる射撃術を持ているのだ。
本書は三部構成である。
第一部「スカーフェイス」: 律子と景子の過去の一端を点描しながら、律子がスカーフェイスとあだ名されるに至る経緯および強行犯捜査三係での律子を描いて行く。女刑事として、ベガの逮捕を念願しつつ、日常の事件に追われる姿を描く。その中で、律子が事件の犯人逮捕でやりすぎて、合法的ではあるが犯人に怪我を負わせるという行為を積み重ねていく。元岡刑事が負傷で退職。相棒の鳥谷刑事が犯人逮捕の際に負傷。そこで、律子はキャリア組で長官官房から季節外れの異動でやってきた藤平保を相棒として組むことになる。射撃は下手くそだが、頭脳はきれるという存在。律子が犯人逮捕のプロセスでやり過ぎてしまう。
第二部「特別捜査第三係」: 強行犯捜査係からみれば、事件書類整理の窓際部署である。その第三係に律子が異動させられる。捜査畑から外されるなら無用の長物、窓際になる位ならいっそ退職をと律子は考え始める。だが・・・である。第三係の広辞苑とあだ名をつけられている円浩爾(まどかこうじ)との会話がきっかけで、別の光が見えてくるのだ。
円は律子に言う。「率直に言うが、ずっと前から、わたしは君に会いたいと思っていた」「君がスカーフェイスだからだよ」「君の顔に、その傷痕を残したのはベガだ。つまり、君はベガに最も接近した人間ということになる。・・・・」「ベガを捕まえたいからだよ。他に何の理由がある?・・・・・」
円は、ベガの連続殺人事件の捜査資料を徹底的に読み込み、生き字引の如くにその経緯を熟知していたのだ。第三係にはこの係なりの捜査ができると言う。それこそ自らその気になれば、専念できるに等しいと。
面白いのは、相棒の藤平刑事が、律子への一種左遷的異動発令に対して、自ら希望して律子についてこの第三係に異動するという点。ベガについての広辞苑となっている円、ベガに一番接近した律子、頭脳明晰な藤平のチームプレイが始まっていく。
それは、ベガ連続殺人事件の過去の一連の捜査資料の再吟味から始まり、再び現場に足を運ぶというプロセスの開始だった。
この災い転じて福と成すための基礎作業がつぶさにストーリー展開する。
一方で、看護師として勤務する景子の病院での仕事と人間関係が点描される。それは伏線でもある。
第三部「ベガ」: ベガを逮捕するまでは退職した元岡には会わないつもりだった律子が、捜査資料の再吟味の一環として、元岡に会いに出かける。そして、捜査記録にも記載されなかった事実の一端を発見する。それが、藤平のシャープな分析により、ひとつの仮説設定に結びついて行く。元岡との再会が事件解決への重要な糸口を加えることになるのだ。
この第三部の展開は、それまでに各所で分かってきた断片的事実や書き込まれた伏線が、ジグソーパズルのように、必要な箇所にはまっていき、全体像が見えていくプロセスである。犯人像は意外な姿を見せていく。そして、最後は危機一髪という大団円となる。
この小説を読み、「スティレット」とう武器があったことを初めて知った。別名「ミセリコルデ」(慈悲の剣)と呼ばれるそうだ。
この小説、エピローグで「オペレイター」なるものが浮上してくる。事件解決のために再び負傷した律子に「オペレイター」が携帯電話を介して語りかけるのだ。
「入院中の君を殺すことは簡単だが、それは心配しなくていい。ゲームはフェアでなければならない。君の傷が回復したらゲームを始めよう」と。
まるでアメリカ映画の終わり方のようだ。なんだかワクワクさせるエンディングである。次作が構想されているのだろう。期待しよう。
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本書に出てくる用語で補足説明のないもので知らないものをネット検索してみた。一覧にしておきたい。
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『早雲の軍配者』 中央公論新社
『信玄の軍配者』 中央公論新社
『謙信の軍配者』 中央公論新社