単行本として出版された時(2010年)は、『カルテット』が主タイトルでそれにナンバーが付され、副題が付いていたようだ。つまり、『カルテット1 渋谷デッドエンド』、『カルテット2 イケニエのマチ』と。この2冊が合冊されてこの文庫本になっている。このカルテット・シリーズの構想と設定がおもしろくて、立て続けに『カルテット3 指揮官』『カルテット4 解放者(リベレーター)』を単行本で読んでしまった。読んでから気づいて調べて見ると、このシリーズ3と4が合冊本で既に2015年10月に文庫本化されていた。
文庫本化において、副題に「特殊捜査班カルテット」となったようだ。結果的にはこの副題の方が関心を呼ぶ気がする。また、「イケニエのマチ」よりも「生贄のマチ」の方が漢字の醸すインパクトが強いように感じる。
「特殊捜査班」ってどういうこと? どんな特殊な捜査をするのか? カルテットってこの特殊捜査班のコード名? それともカルテットだから4人で構成された班なのか? 「生贄のマチ」って、すごいネーミングだけど、マチが生贄になるってこと・・・?という風に、本の背表紙を見ただけで興味を惹かれるネーミングだから。
読後印象記を書き始める以前に、著者の『新宿鮫』シリーズにまず引きこまれ新書版で全部読んでしまっていた。それ以来、タイトルに惹かれた本を時折読み継いできている。そんな読み方なので、このシリーズもまず、文庫本のタイトルに惹かれたのがきっかけである。なかなかおもしろい設定と構想のシリーズで、物語としては読みやすいと思う。
さて、読後印象に移る。文庫本の解説で、ゲームデザイナーの小島秀夫氏は「本作は、ジュブナイルではなく、ライトノベルとハードボイルドの間、その空白地帯に位置すると思う」と記されている。確かにそういう次元の物語だと思う。「まさに若者達、特に十代の思春期に必要な刺激物」としての冒険小説であり、若者が「ハードボイルドの息吹」を感じるのに適した「物語」に位置づけらる内容になっている。だが、この構想の設定と取り上げられている内容を考えると、活字離れしている「大人」にとっても十分おもしろく楽しめる内容の物語だと言える。活字離れしていない私自身でも、立て続けに読んでみたくなるシリーズになっているのだから・・・・。
勿論それは、「物語」の範疇であるという前提を置けばである。というのは、構想と設定がかなりぶっ飛んでいるからだ。だからこそ、逆にマンガ風に楽しめるとも言える。このストーリーは、劇画にしたらさらに読者が増えるかもしれない。
まず第1作は、特殊捜査班の編成ができる契機を描いた物語である。「カルテット」というのは中核が4人-クチナワ、カスミ、タケル、アツシ-で構成されるという意味だった。ただし、この4人は特殊な編成プロセスを経る。クチナワにある目的を持って協力するカスミという少女が中心になり、カスミに見出されたタケルとアツシが納得して加わる。そしてカスミ・タケル・アツシの3人がチームを組む。直接の特殊捜査行動を取るのはこの3人。クチナワは特殊捜査の指示だけ出し、監視し、バックアップするという立場である。
「特殊捜査」とは国家権力である警察組織を背景にして、警察の合法的な立場でありながら、通常では想定できない法規の縛りを逸脱した次元の捜査活動をする、超法規的権限を与えられ行動するということである。クチナワと呼ばれるエリート警察官僚がかつて構想し、理由は定かではないが頓挫した構想・方法論を別の形で復活させたのだ。それがこの特殊捜査班というわけである。クチナワの目的は悪の根元を殲滅すること。そのための手段は問わないとでも言える極めて特殊な捜査活動となる。なぜなら、カスミ・タケル・アツシは警察とは無縁の若者なのだから。
このシリーズのおもしろいところは、章立てがこの4人の名前で編成されていくことである。それは、各人に関わる過去について情報を差し挟みながら、その思いと行動をストーリーとして展開していく形になっていく。それら4人の動きが交錯しながら一つのストーリーに収斂し、織り上げられていくのである。
タケルは18歳。一匹狼として、渋谷で悪を潰すという目的で獲物を狩るという行動を取っている。それはタケルの内奥にある怒りのなさしめる結果である。この物語の始まる8年前に、引っ越したばかりの郊外の一戸建ての家にタケルが帰宅したとき、ひとつ下のミツキが玄関口の階段の中腹にて、両親がリビングにて、それぞれ惨殺されている現場に遭遇したのだ。この殺人事件は未解決のままである。家族を一度に惨殺されて一人残されたタケルの怒りがタケルを、悪だと判断した獲物を狩る獣に変えたのだ。渋谷でドラッグを売るプッシャーなどをターゲットにして、潰していくという行動を取り続ける。
このタケルが窮地に陥ったとき、クチナワが助けることから二人の関わりが始まる。だが、クチナワがタケルを助けるという筋書きを前提として、クチナワが提示したリストからタケルを選んだのはカスミなのだ。
第1作は、残留孤児二世のホウ(日本名はアツシ)がチームに加わる経緯がまず特殊捜査の活動に関係する。ホウは、同じ残留孤児二世で天才的DJであるリンの才能に敬服し、リンの個人的セキュリティという立場、いわばボディガードの機能を果たしている。リンは24,5才。クスリを常用している。ホウは20歳そこそこ。
リンがDJをこなすイベントはすべて塚本が企画する。その塚本の資金源は”本社”と呼ばれる組織。イベント会場では、”本社”が卸したドラッグが売りまくられるという構造である。クチナワの狙いは塚本を押さえることを契機に本社を潰すことにある。
カスミは既に塚本の懐に飛び込んでいた。そして、タケルがまずカスミとのチームとして活動する。それが平和島の「ムーン」で開催されるリンのイベントである。「ムーン」を舞台としてストーリーは意外な展開となる。
そして、その現場に現れたクチナワは最後に「警視庁組織犯罪対策部特殊斑だ」と名乗る。また、クチナワはホウについて「リンがいなくなった今、ホウは糸の切れた凧だ」と評価する。
この第1作が興味深いのは、クチナワとカスミが協力する関係が今ひとつベールに包まれた形で終わり、関心を惹きつけること。そして、この特殊捜査班がどこまで超法規的行動を取るのかが見え始めることである。「物語」故にできるストーリー構想と言える。
この作品は、クチナワがパソコンに次の文を入力する事で終わる。
「活動は停止するが、チームの解散は延期するものとする。次回任務については、摘発に潜入捜査を必要とする、青少年がらみの組織犯罪に限定して案件を絞り込み、チームの訓練に当面専念する」と。
第2作のタイトルが「生贄のマチ」である。
この物語には2つのストーリーがある。最初は、第1作で登場したホウ(=アツシ)がどのようにしてチームの一員となるかの描写。2つ目がカスミ・タケル・アツシがチームとして特殊捜査班の活動をするストーリーである。
この第2作にクチナワのスタンスが明確に記されている。1.犯罪捜査を戦闘だととらえる。2.自分を含め捜査員すべては消耗品である。3.必要以上に人間を消耗するような作戦は選ばない。つまり、クチナワにとり、カスミ・タケル・アツシは消耗品なのだ。また、常に身体的な危険にさらされ、それに対応できる戦闘能力をもち、己が消耗品だという覚悟を持つ補佐官として、通称トカゲが登場している。クチナワはトカゲ一人を補佐に従えているだけである。現在のクチナワは両脚を失い、電動歩行車を使う身なのだ。なぜこうなったのか? それはなぞのまま・・・。先取りすると、第4作でもその過去は語られていない。興味津々というところである。
第1作の末尾でクチナワがパソコンに入力した内容がこのストーリーの枠組みとなっていく。
潜入捜査活動実行者: カスミ・タケル・アツシのチーム。
潜入捜査の目的 : 10歳未満の4人の女の子が首を絞められ殺され遺棄された。
性的な暴行は受けていない。死体遺棄地点は殺害現場でないことは判明している。
4人全員がミドリ町の住人だった可能性が強い。犯人の捜査と逮捕を目的とする。
潜入捜査の対象地 : 川崎市川崎区にあるミドリ町(ちょう)。
古いアパートが何棟も建つ区域が買い取られ、一帯に推定2,000人の中国人が在住。
1990年代の初めに中国吉林省で生まれた「無限(ウーシェン)」教団の信者が多い。
閉鎖的で特殊な街が形成され警察はもちろん一般の人間もまず立ち入れない区域。
このミドリ町に3人が潜入捜査に入る。残留孤児二世のホウの中国語力が役に立つという設定である。このミドリ町に入り込むための3人の犯罪歴はクチナワがお膳立てするという次第。両親と共に日本に戻ってきたホウは、日本人を憎み、日本人であることを望んでいない。しかし、中国人の住むこのミドリ町では中国人として人々から認められない。中国語を母国語として話せるホウは、己のアイデンティティ問題にまさに直面する。
経営危機に陥り工場跡地を産業廃棄物処理場にする予定が、バブル崩壊の影響でブラックマネーが流れ込んだこともあり、「塩漬け」の土地になった。なかば不法占拠されている状態だが、地権者問題が複雑で民事上の整理ができていず、手がつけられない状態なのである。
なぜ、この街が作られたのか。街の中で何が行われているのか。誰が支配しているのか。住人の多くは吹き寄せられるようにこのミドリ町に集まってきた下層の一般中国人なのだ。それをカモフラージュにして、何かが行われている。4人の女児殺人事件がこの町とどう結びつくのか? 3人の捜査が始まる。
この設定自体が現在の日本では「物語」にすぎない。しかし、どこか現実味を感じさせる側面がある。こんなゾーンが日本にできないとも限らない・・・。
いずれにしても、今は「物語」として興味深い設定にとどまる。
4人の女の子が誰かの生贄になった。このミドリ町に潜み蠢く悪の存在が曝かれるなら、ミドリ町の存在は潰される対象になるだろう。ここに集まった一般在日中国人は結果的に、生贄となるのか・・・・。
カスミ、タケル、ホウ(=アツシ)の心の中の葛藤が三者三様に始まって行く。
この第2作は、3人のチームが確実なものになるかどうかの試金石でもある。おもしろい展開となっていく。エンターテインメント性十分な読み物である。
ご一読ありがとうございます。
↑↑ クリックしていただけると嬉しいです。
徒然にこの作家の小説を読み、印象記を書き始めた以降のものは次の小説です。
こちらもお読みいただけると、うれしいかぎりです。
『撃つ薔薇 AD2023 涼子』 光文社文庫
『海と月の迷路』 毎日新聞社
『獣眼』 徳間書店
『雨の狩人』 幻冬舎
文庫本化において、副題に「特殊捜査班カルテット」となったようだ。結果的にはこの副題の方が関心を呼ぶ気がする。また、「イケニエのマチ」よりも「生贄のマチ」の方が漢字の醸すインパクトが強いように感じる。
「特殊捜査班」ってどういうこと? どんな特殊な捜査をするのか? カルテットってこの特殊捜査班のコード名? それともカルテットだから4人で構成された班なのか? 「生贄のマチ」って、すごいネーミングだけど、マチが生贄になるってこと・・・?という風に、本の背表紙を見ただけで興味を惹かれるネーミングだから。
読後印象記を書き始める以前に、著者の『新宿鮫』シリーズにまず引きこまれ新書版で全部読んでしまっていた。それ以来、タイトルに惹かれた本を時折読み継いできている。そんな読み方なので、このシリーズもまず、文庫本のタイトルに惹かれたのがきっかけである。なかなかおもしろい設定と構想のシリーズで、物語としては読みやすいと思う。
さて、読後印象に移る。文庫本の解説で、ゲームデザイナーの小島秀夫氏は「本作は、ジュブナイルではなく、ライトノベルとハードボイルドの間、その空白地帯に位置すると思う」と記されている。確かにそういう次元の物語だと思う。「まさに若者達、特に十代の思春期に必要な刺激物」としての冒険小説であり、若者が「ハードボイルドの息吹」を感じるのに適した「物語」に位置づけらる内容になっている。だが、この構想の設定と取り上げられている内容を考えると、活字離れしている「大人」にとっても十分おもしろく楽しめる内容の物語だと言える。活字離れしていない私自身でも、立て続けに読んでみたくなるシリーズになっているのだから・・・・。
勿論それは、「物語」の範疇であるという前提を置けばである。というのは、構想と設定がかなりぶっ飛んでいるからだ。だからこそ、逆にマンガ風に楽しめるとも言える。このストーリーは、劇画にしたらさらに読者が増えるかもしれない。
まず第1作は、特殊捜査班の編成ができる契機を描いた物語である。「カルテット」というのは中核が4人-クチナワ、カスミ、タケル、アツシ-で構成されるという意味だった。ただし、この4人は特殊な編成プロセスを経る。クチナワにある目的を持って協力するカスミという少女が中心になり、カスミに見出されたタケルとアツシが納得して加わる。そしてカスミ・タケル・アツシの3人がチームを組む。直接の特殊捜査行動を取るのはこの3人。クチナワは特殊捜査の指示だけ出し、監視し、バックアップするという立場である。
「特殊捜査」とは国家権力である警察組織を背景にして、警察の合法的な立場でありながら、通常では想定できない法規の縛りを逸脱した次元の捜査活動をする、超法規的権限を与えられ行動するということである。クチナワと呼ばれるエリート警察官僚がかつて構想し、理由は定かではないが頓挫した構想・方法論を別の形で復活させたのだ。それがこの特殊捜査班というわけである。クチナワの目的は悪の根元を殲滅すること。そのための手段は問わないとでも言える極めて特殊な捜査活動となる。なぜなら、カスミ・タケル・アツシは警察とは無縁の若者なのだから。
このシリーズのおもしろいところは、章立てがこの4人の名前で編成されていくことである。それは、各人に関わる過去について情報を差し挟みながら、その思いと行動をストーリーとして展開していく形になっていく。それら4人の動きが交錯しながら一つのストーリーに収斂し、織り上げられていくのである。
タケルは18歳。一匹狼として、渋谷で悪を潰すという目的で獲物を狩るという行動を取っている。それはタケルの内奥にある怒りのなさしめる結果である。この物語の始まる8年前に、引っ越したばかりの郊外の一戸建ての家にタケルが帰宅したとき、ひとつ下のミツキが玄関口の階段の中腹にて、両親がリビングにて、それぞれ惨殺されている現場に遭遇したのだ。この殺人事件は未解決のままである。家族を一度に惨殺されて一人残されたタケルの怒りがタケルを、悪だと判断した獲物を狩る獣に変えたのだ。渋谷でドラッグを売るプッシャーなどをターゲットにして、潰していくという行動を取り続ける。
このタケルが窮地に陥ったとき、クチナワが助けることから二人の関わりが始まる。だが、クチナワがタケルを助けるという筋書きを前提として、クチナワが提示したリストからタケルを選んだのはカスミなのだ。
第1作は、残留孤児二世のホウ(日本名はアツシ)がチームに加わる経緯がまず特殊捜査の活動に関係する。ホウは、同じ残留孤児二世で天才的DJであるリンの才能に敬服し、リンの個人的セキュリティという立場、いわばボディガードの機能を果たしている。リンは24,5才。クスリを常用している。ホウは20歳そこそこ。
リンがDJをこなすイベントはすべて塚本が企画する。その塚本の資金源は”本社”と呼ばれる組織。イベント会場では、”本社”が卸したドラッグが売りまくられるという構造である。クチナワの狙いは塚本を押さえることを契機に本社を潰すことにある。
カスミは既に塚本の懐に飛び込んでいた。そして、タケルがまずカスミとのチームとして活動する。それが平和島の「ムーン」で開催されるリンのイベントである。「ムーン」を舞台としてストーリーは意外な展開となる。
そして、その現場に現れたクチナワは最後に「警視庁組織犯罪対策部特殊斑だ」と名乗る。また、クチナワはホウについて「リンがいなくなった今、ホウは糸の切れた凧だ」と評価する。
この第1作が興味深いのは、クチナワとカスミが協力する関係が今ひとつベールに包まれた形で終わり、関心を惹きつけること。そして、この特殊捜査班がどこまで超法規的行動を取るのかが見え始めることである。「物語」故にできるストーリー構想と言える。
この作品は、クチナワがパソコンに次の文を入力する事で終わる。
「活動は停止するが、チームの解散は延期するものとする。次回任務については、摘発に潜入捜査を必要とする、青少年がらみの組織犯罪に限定して案件を絞り込み、チームの訓練に当面専念する」と。
第2作のタイトルが「生贄のマチ」である。
この物語には2つのストーリーがある。最初は、第1作で登場したホウ(=アツシ)がどのようにしてチームの一員となるかの描写。2つ目がカスミ・タケル・アツシがチームとして特殊捜査班の活動をするストーリーである。
この第2作にクチナワのスタンスが明確に記されている。1.犯罪捜査を戦闘だととらえる。2.自分を含め捜査員すべては消耗品である。3.必要以上に人間を消耗するような作戦は選ばない。つまり、クチナワにとり、カスミ・タケル・アツシは消耗品なのだ。また、常に身体的な危険にさらされ、それに対応できる戦闘能力をもち、己が消耗品だという覚悟を持つ補佐官として、通称トカゲが登場している。クチナワはトカゲ一人を補佐に従えているだけである。現在のクチナワは両脚を失い、電動歩行車を使う身なのだ。なぜこうなったのか? それはなぞのまま・・・。先取りすると、第4作でもその過去は語られていない。興味津々というところである。
第1作の末尾でクチナワがパソコンに入力した内容がこのストーリーの枠組みとなっていく。
潜入捜査活動実行者: カスミ・タケル・アツシのチーム。
潜入捜査の目的 : 10歳未満の4人の女の子が首を絞められ殺され遺棄された。
性的な暴行は受けていない。死体遺棄地点は殺害現場でないことは判明している。
4人全員がミドリ町の住人だった可能性が強い。犯人の捜査と逮捕を目的とする。
潜入捜査の対象地 : 川崎市川崎区にあるミドリ町(ちょう)。
古いアパートが何棟も建つ区域が買い取られ、一帯に推定2,000人の中国人が在住。
1990年代の初めに中国吉林省で生まれた「無限(ウーシェン)」教団の信者が多い。
閉鎖的で特殊な街が形成され警察はもちろん一般の人間もまず立ち入れない区域。
このミドリ町に3人が潜入捜査に入る。残留孤児二世のホウの中国語力が役に立つという設定である。このミドリ町に入り込むための3人の犯罪歴はクチナワがお膳立てするという次第。両親と共に日本に戻ってきたホウは、日本人を憎み、日本人であることを望んでいない。しかし、中国人の住むこのミドリ町では中国人として人々から認められない。中国語を母国語として話せるホウは、己のアイデンティティ問題にまさに直面する。
経営危機に陥り工場跡地を産業廃棄物処理場にする予定が、バブル崩壊の影響でブラックマネーが流れ込んだこともあり、「塩漬け」の土地になった。なかば不法占拠されている状態だが、地権者問題が複雑で民事上の整理ができていず、手がつけられない状態なのである。
なぜ、この街が作られたのか。街の中で何が行われているのか。誰が支配しているのか。住人の多くは吹き寄せられるようにこのミドリ町に集まってきた下層の一般中国人なのだ。それをカモフラージュにして、何かが行われている。4人の女児殺人事件がこの町とどう結びつくのか? 3人の捜査が始まる。
この設定自体が現在の日本では「物語」にすぎない。しかし、どこか現実味を感じさせる側面がある。こんなゾーンが日本にできないとも限らない・・・。
いずれにしても、今は「物語」として興味深い設定にとどまる。
4人の女の子が誰かの生贄になった。このミドリ町に潜み蠢く悪の存在が曝かれるなら、ミドリ町の存在は潰される対象になるだろう。ここに集まった一般在日中国人は結果的に、生贄となるのか・・・・。
カスミ、タケル、ホウ(=アツシ)の心の中の葛藤が三者三様に始まって行く。
この第2作は、3人のチームが確実なものになるかどうかの試金石でもある。おもしろい展開となっていく。エンターテインメント性十分な読み物である。
ご一読ありがとうございます。
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徒然にこの作家の小説を読み、印象記を書き始めた以降のものは次の小説です。
こちらもお読みいただけると、うれしいかぎりです。
『撃つ薔薇 AD2023 涼子』 光文社文庫
『海と月の迷路』 毎日新聞社
『獣眼』 徳間書店
『雨の狩人』 幻冬舎