遊心逍遙記

読書三昧は楽しいひととき。遊心と知的好奇心で本とネットを逍遥した読後印象記です。一書がさらに関心の波紋を広げていきます。

『防諜捜査』 今野 敏  文藝春秋

2016-07-31 10:35:30 | レビュー
 ゼロ研修の終了後に、倉島達夫が指示を受けて取り組んだ事案がある。それが第1作『アクティブメジャーズ』(文藝春秋)である。これは私が外事警察ものを初めて読んだ作品でもあった。本書のタイトルが同類型ではないので、登場人物の主軸となる倉島達夫の名前を冒頭で読んだとき、直ぐには結びつかなかった。少し読み初めて、第1作を想起した次第。
 倉島達夫、警視庁公安部外事1課所属。警察庁警備局警備企画課に置かれている係・ゼロの主管する研修帰りの公安マンである。ゼロ研修とはスパイとカウンターインテリジェンス(防諜)の訓練であり、CIAやFSBなどで養成されたエージェントに決して引けを取らない実力が養成される。公安のエースの道を歩む登竜門でもある。
 その倉島が上田係長に呼ばれる。そして、公安総務課長が替わると言う話を聞かされ、倉島が外事1課所属のままで作業班に入ることになるので心の準備をしておけと告げられる。
 倉島は第5係所属で、普段は、スパイ活動を監視するために、対象者を決めて、その行動確認などをするという業務に携わっている。午前中デスクワークをしていたが昼食にしようかと思っていた矢先に、同じ係の白崎敬が近づいてきてJRの駅で人身事故があったことを伝えたのだ。
 死んだのがロシア人の女性で、飛び込み自殺という見方が強いが、殺しではないかと疑う向きあるという。死んだのはマリア・アントノヴナ・ソロキナ、32歳のホステスで錦糸町のロシアンパブで働いていたという。何らかの公安事案に関わっているかどうか不明だが、ロシア大使館関係の情報源にあたってみてはと示唆を受ける。
 刑事から公安に移ってきた白崎の勘は馬鹿にはできないので、倉島が情報源にしている三等書記官のコソラポフに電話して、会ってみることにした。しかし、ソロキナのことをコソラポフは知らなかったようだという感触を受ける。一方、白崎が入手した現場の証言では、駅員によると自殺の兆候を見せていた風はなく、運転手もソロキナが後ろ向きにホームから落ちてきたと証言しているという。自殺者はふつう前を向いて線路に飛び込んでくるのだそうだ。 刑事事件としては事故ということで処理された。しかし、公安としてはまだ調べる余地があるかもしれないと、倉島は白崎をさそって、ソロキナの勤めていたロシアンパブに行ってみることにする。その日の午後、倉島は着任した佐久良公総課長から呼び出しを受け、口頭で作業班を命じられる。

 その翌日、伊藤次郎から突然倉敷の携帯電話に着信がある。届けを受けた所轄は本気で取り扱わなかったのだが、都内の中学校の教師が、ロシア人に命を狙われているかもしれないという届け出をしているという。秋葉原駅の人身事故、つまりソロキナはロシア人の殺し屋にやられたのだと言っているという。倉島は伊藤と昼食を一緒に食おうと告げる。伊藤は公安総務課の公安管理係にいるのだった。ロシア人女性の人身事故ということから関連をチェックしていて所轄の届け出をヒットしたという。
 ここから倉島の作業班の一人としての独自調査が始まる。オペレーションは全て自ら計画し、必要な要員を自ら調達して作業を開始することになる。

 倉島の当面の課題は、伊藤が入手した中学校教師の訴えの内容を確認し、その教師の身の安全を確保することとロシア人の殺し屋の出現を監視し、その背景を明らかにしていくことである。一方で、改めてコソラポフと接触しソロキナ及びロシア人の殺し屋に関する手がかりを掴むことだった。
 このオペレーションのために、白崎と伊藤の協力を得る。さらに倉島は安達前公総課長の指示で手掛けた事案の折に協力者として選んだ公機捜隊の片桐と彼の相棒である松島を公機捜隊長から借用する。さらには、白崎の助言を受け入れて外事1課の西本にもこのオペレーションに協力依頼をすることを決断する。オペレーションの直接の協力者は6人である。

 所轄に届け出をしていた中学校教師は九条と言い35歳。モスクワ日本人学校に赴任していたことがある人物。倉島は九条に面談し、なぜロシア人殺し屋に狙われていると判断するのかという理由を聞くことから始めて行く。九条は殺し屋の名前はオレグだという。
 九条の安全を確保するための監視張り込みの一方で、ソロキナの周辺の人間関係の調査を始める。そこから交友関係がかすかに姿を見せ始め、2人の男が浮かび上がってくる。
 ロシア人の入国情報を入手するために、入国管理局の出入国情報分析官である若手キャリアの木村忠に倉島はコンタクトし、協力を依頼する。木村とはある政治家の資金集めのパーティで知り合っていたのである。
 九条の監視を続ける一方で、九条の言ったロシア人オレグを調べ始めるが、幽霊のごとく姿を現すことがない。倉島はコソラポフに接触するが、オレグはありふれた名前である一方、そんな殺し屋が日本に来ていることはないし、来日していたら知らないはずはないと言う。

 この小説は、倉島が問題意識を持って始めたこのオペレーションが倉島にとって作業班としての試金石になるということである。倉島にとって、エースの道を歩むためには、失敗は許されない。彼は困難な状況にどう立ち向かって行くのかというストーリー展開への興味と面白さである。
 このストーリーの展開で興味深い点がいくつかある。
1.作業班のオペレーションがどういう風に調査態勢を形成していくものなのかという経緯を描き出していくプロセス自体への興味。
2.刑事の捜査と公安の調査の違いが描きこまれていく点。
3.倉島というエース級公安のスタンスと、彼の目に映じた協力者たち-白崎、西本、伊藤、片桐、松島、木村ーの人物像が書き込まれていく点。
4.倉島とコソラポフの会話での心理戦と互いの情報収集のプロセスが興味深い。駆け引きの面白さである。

 調査が進むに従い集積された情報から倉島は、事案の枠組みについて発想の転換を迫られていく。そして意外な事実に突き当たる。一方、調査のプロセスで第二の人身事故が発生してしまう。幽霊の如き殺し屋の追跡にも落とし穴があった。さらに倉島自身が窮地に陥る羽目になる。

 このストーリーはなかなかおもしろい構想の展開となっている。背景情報が少しずつ集まってくる。事案がスタートすると、ほぼ定石どおりの手順が分担毎に苦労しつつも坦々と進められていく。情報が集積され見落としていた視点、盲点に気づくことにより、急激に事態が展開し始める。意外性を組み込む構想が巧みである。殺し屋が持つミッションは2種あったのだ。そこに想定外の意外性がある。殺し屋として請け負った殺人というミッションと殺し屋自身が己のミッションとして殺人を計画していたという2種類である。
 読者としての私には想像の枠を超えた展開だった。おもしろく読み終えた。

 西本にゼロ研修へのお呼びがかかるという場面でこのストーリーはエンディングとなる。まさにやる気満々の意気揚々とした西本の姿が目に浮かぶ。
 エースへの道をさらに一歩踏み出した倉島達夫の次のオペレーションが待ち遠しい。
 外事警察ものもおもしろいと私は感じ始めている。

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このブログを書き始めた以降に、徒然に読んできた作品の印象記に以下のものがあります。
こちらもお読みいただけると、うれしいかぎりです。

『海に消えた神々』  双葉文庫
『潮流 東京湾臨海署安積班』 角川春樹事務所
『豹変』 角川書店
『憑物 [祓師・鬼龍光一]』  中公文庫
『陰陽 [祓師・鬼龍光一]』  中公文庫
『鬼龍』  中公文庫
=== 今野 敏 作品 読後印象記一覧 ===   更新5版 (62冊)

『複合捜査』 堂場瞬一  集英社文庫

2016-07-28 09:34:40 | レビュー
 この小説は『検証捜査』の系譜に連なる第2作である。『検証捜査』においては、永井理事官のもとに全国から選ばれた警察官がチームとなって冤罪に繋がる捜査の検証をするという捜査活動に携わった。そのメンバーの一人に、埼玉県警から選ばれた桜内がいた。この小説では、桜内が主な登場人物の一人として出てくる。さいたま市内での事件を扱うストーリーである。桜内はあるチームのナンバー2として、どちらかというとリーダーの暴走をコントロールするブレーキ役として組み込まれ行動する。
 ストーリーは、埼玉県警内に「夜間緊急警備班」、通称NESUが半年の実験期間で運用される形で発足するところから始まる。NESUは昨今さいたま市内繁華街で夜間の治安が悪化していることに対応するためであり、夜間におけるパトロール強化、事件発生時の迅速な捜査・検挙を目的とするものだった。県警刑事部、地域部、交通部の合同チームとして発足し、各組織からメンバーが実験期間中は専任として選ばれる。
 NESU班長は若林祐(たすく)警部である。捜査1課からは桜内省吾(さくらうちしょうご)41歳が加わった。彼は若林が突っ走ることに対してブレーキ役となることを期待されている。NESUチームには、機動捜査隊から28歳の大杉竜馬、大宮中央署刑事課から31歳の八幡悠之介などが加わり、班長の若林を含め28名の部隊。その組織がローテーションでシフトするチームを組む。初動捜査のより効率的な捜査をめざし、どの部にも属さない独立組織である。
 班長に任命された若林は、この実験的組織が恒常的な組織となることをめざし意欲に溢れている。「怪しそうな奴はどんどん引っ張れ。街からワルどもがいなくなるまで、所轄の留置場に空きを作るな」とメンバーにハッパをかける。若手からみれば若林は異常な仕事中毒である。溜め息が思わず漏れる。大杉の愚痴を聞き、桜内も認めざるを得ない。

 夜間パトロールが任務であるため、選ばれたメンバーはそれまでの勤務からすれば夜昼が転倒し、家族との関わり方、コミュニケーションの取り方が激変せざるを得ず、家庭問題も出かねない弊害もまた見え始める。メンバーには、刑事部長の思いつきで始まったかに見えるNESUが実験期間だけで終了することを願う気持ちも生まれるのだった。

 桜内の目からみれば、若林が張りきるのには理由があった。若林は部下に恵まれなかっただけでない。若林が捜査1課の課長補佐をしていた時、部下が目撃証言の偽造調書を作り、それがぎりぎりのところで発覚し公判には影響がなかったが、その責任を問われた。また、西浦和署刑事課の係長の折りには、部下がスピー違反のもみ消しをしたことがあったのだ。これらが原因となり若林は昇進の足止めを食っていた。また、若林は優秀な面はあるが警察官として不適格だと判断した部下の一人を辞職に追いやってもいた。
 桜内によると、警備班が結成される情報を察知した若林が、内部工作をして班長となり、正常な出世ルートに戻るための足がかりにしたいという願望もあるようだった。

 NESUの勤務の基本は午後8時から午前8時までで、2人1組となり繁華街を中心にパトロールし、犯罪を未然に防ぐ、あるいは事件発生においては誰よりも早く現場に急行するという初動捜査が目的であった。
 本来、若林はNESUの責任者として浦和中央署に置かれた本部で部下の報告を聞き指示を出す立場である。だが、現場に出てこそ警察官は価値があるという信条の持ち主なのだ。パトロール現場に自ら出て、動き回る。
 NESUがそれなりに実績を上げ始めた。若林は意気軒昂となっていく。
 そんな中で、放火事件が連続して起こる。勿論、若林はその現場に直行し、首を突っ込んでいく。
 さらに、大宮駅東口・南銀座付近で滅多刺しの遺体が発見される事件が発生する。
 若林はNESUの目的である初動捜査の枠組みから踏み出し、事件そのものの解決を図ろうと暴走し始める。
 滅多刺しの事件が発見された直後に、匿名の情報提供が警察に伝えられていた。

 桜内は勤務中に左のテールランプが切れている整備不良車を追跡し、緊急停止させて調べ、その車がコカイン5kgを運搬していたことを偶然にも発見する。運搬していたのは若林が西浦和グループと呼んでいるメンバーでもあった。西浦和グループは、乱闘騒ぎを起こしていた若者達の集団に警察が仮に付けた名称である。その集団のメンバーは強い繋がりがあるわけでもなかった。

 滅多刺しの遺体が見つかった翌日、今度はJR南与野駅の西側にある住宅街のアパートの駐車場で投げ捨てられた遺体が発見される。桜内は2つの殺しについて状況が似ていると判断し、同一犯の可能性を考える。若林もそれに同意する。
 
 NESUの発足以降に、起こった事件を時系列にすると、
 1.連続放火事件4件
 2.殺人事件その1(大宮駅東口、南銀座付近)
 3.コカイン所持で2人逮捕
 4.浦和駅西口乱闘事件
 5.殺人事件その2(JR与野駅西側、住宅街)
という具合に事件が連続して発生している。
 調べて行くと、次々と起こるこれら事件に関連性があるのではという疑問が出始める。個別の捜査ではなく複合捜査の観点で取り組むことが必要になっていく。そこには何か仕組まれた意図があるのではないか・・・・。
 
 このストーリーの展開にはおもしろいところがいくつかある。
1.犯罪予防と初動捜査という目的のNESUが、若林の警察官としての信条とやる気・功名心により暴走し、どんどん迷走を含めながら、捜査の深みにはまっていく。このプロセスが克明に描かれていく。それは独立したNESUと既存の警察組織との間で軋轢となる局面を著者が描き込んで行くことでもある。

2.若林の暴走故に事件の繋がりが見えて来るという側面があること。つまり、複合捜査で初めて見える側面がありえるという構想がおもしろい。ここまで仕組むということが現実に発生するか・・・・というと、疑問もある。小説という虚構の世界での面白さかもしれないが。

3.若林のブレーキ役になる立場の桜内が、事件の進展と共に若林の思考・推理を補強する役割を果たしていく。チームの若手と若林とのつなぎ役となる桜内の立場がおもしろい

4.この小説が『検証捜査』の系譜に連なると冒頭で述べた。これはこの小説を半ばまで読み進めて、その感を強くした。当初は『検証捜査』に登場した警察官のその後を個別に描く形で、この作品が描かれたのかと思っていたのだ。しかし、ストーリーの展開半ばで、桜内の携帯電話に永井理事官から電話が入る。そして、桜内にとって勘弁してほしいと思う相手、神谷からも連絡が入る。それが何を意味するのか。
 おもしろい展開になるとだけ述べておこう。

5.この小説は、第1部 夜を奔る、第2部 迷走、第3部 ターゲット、という構成になっている。NESUの活動は個別の事件対応から始まり、紆余曲折を経ながら複合捜査の観点で取り組まねば事件の解決ができないとわかり始める。集中して起こる一連の事件はNESUへの挑戦でもあったのだ。警察と犯人との知恵比べがこの小説のテーマといえる。それはなぜなのか。誰がターゲットにされているのか。ストーリーの途中で、誰が中心に居る犯人なのかが読者にはわかる。その上でストーリーがどう展開するかという興味深い流れとなる。NESUの立場と首謀者の立場がパラレルに進行し始める。本書を開いて楽しんでいただくとよい。
 クライマックスの状況に神谷が再登場するからおもしろいとだけ述べておこう。

 この小説を読み終え、読後印象をまとめる前に、第3作が発表されたことを新聞広告で知った。『共犯捜査』というタイトルである。今度はストーリーの舞台が福岡になり、福岡県警捜査一課刑事・皆川が登場するようだ。 いずれ読み継いでみたい。

 ご一読ありがとうございます。

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徒然に読んできた作品の読後印象記に以下のものがあります。
こちらもお読みいただけると、うれしいかぎりです。

『検証捜査』 集英社文庫
『七つの証言 刑事・鳴沢了外伝』  中公文庫
『久遠 刑事・鳴沢了』 上・下 中公文庫
『疑装 刑事・鳴沢了』  中公文庫
『被匿 刑事・鳴沢了』   中公文庫
『血烙 刑事・鳴沢了』  中公文庫
『讐雨 刑事・鳴沢了』  中公文庫
『帰郷 刑事・鳴沢了』  中公文庫
『孤狼 刑事・鳴沢了』  中公文庫
『熱欲 刑事・鳴沢了』  中公文庫
『破弾 刑事・鳴沢了』  中公文庫
『雪虫 刑事・鳴沢了』  中公文庫

『海に消えた神々』  今野 敏  双葉文庫

2016-07-24 13:17:15 | レビュー
 この小説の冒頭は、与那国島のホテル業を営む実家の近くで、ダイビング・ショップを開いた男が、ダイビングのガイドとして周辺すべての海を知る目的で、島の東南端、新川鼻(あらかわばな)の沖合でアンカーを打ち、潜っていくシーンから始まる。彼はそこで、奇妙な違和感を感じさせる巨大な人工物が海底に沈んでいることを発見する。

 だが、このストーリーの起点は東京である。刑事を辞めて個人営業の探偵事務所を開いている石神(いしがみ)達彦のところに、一人の少年がおどおどしながら現れ、仕事を依頼する。少年は園田圭介と名乗る高校生。友達の父親が自殺した。自殺じゃないかもしれないのでそれを調べてほしいという。「調べてどうするんだ?」という石神の質問に、「その人の、なんというか・・・・、無念を晴らしてあげたいんです」と少年は答える。
 4ヶ月程前に新聞報道されていて、警察は自殺と判断して処理していた。
 園田少年の話では、同級生の友達(自殺と判断された者の娘)が警察は本気で調べてくれなかったと言っているからだという。園田は石神が以前にピラミッドやUFOなどに関係があった殺人事件を解決した探偵であることをインターネットで見て、この件を調べてくれると思って依頼に来のだという。
 石神は最初その依頼を断ろうとするが、石神の助手・明智大五郎が依頼を引きうける方に強引に誘導する。石神は結局引きうけてしまう。

 自殺したとみなされているのは仲里博士。彼の調査結果が第2の捏造疑惑と取り沙汰される渦中で仲里博士が死亡する。仲里博士は沖縄あたりの海底遺跡や石板を調査していた。彼は、その海底遺跡が1万年以上前の文明のものであり、超古代遺跡なのだと主張しているという。仲里博士の遺体が発見されたのはその捏造疑惑の舞台となっている沖縄本島の北のほうにある宜名真海底鍾乳洞の近くだった。捏造疑惑が報じられている中でもその海底鍾乳洞の調査を続けていたのである。
 仲里博士は、伝説といわれるムー大陸の遺跡が沖縄にあると考えていたと少年は語る。園田少年は、研究が妨害された結果なのかもしれないと考えていて、「仲里博士の無念を晴らしたい」と言う。

 石神は当然の手順を踏む。まず背景情報の収集、園田の言う友達の周辺関係者から情報を収集、さらには、沖縄で調査をするにあたり、警視庁のかつての上司の伝手で沖縄県警の知り合いを紹介してもらうということなど。
 事前調査の過程で、石神は仲里博士の娘・麻由美にも面談する。麻由美は東京の叔母の家に引きとられていた。
 沖縄での現地調査には、石神の助手・明智とともに、仲里麻由美も同行するという。

 この作品を興味深く読み進めることができる点を列挙してみる。
1.石神が助手・明智の意見を受け入れ、ダイビングのライセンスをとる。そして、沖縄での調査の一環として海に潜るのだが、ライセンスを取る体験や初めて海に潜る体験が臨場感のある筆致で描き出されていくこと。

2.地質学者である仲里博士が主張した説という形で、沖縄諸島の地形形成史が語られ、ムー大陸の伝説が結び付けられ、魏志倭人伝の解釈が織り込まれる。日本文化論にまで及ぶ壮大な古代歴史の時間軸での話が展開されること。私はこの仲里説として語られる仮説はロマンがあっておもしろいと感じた。

3.那覇空港に降り立った石神たちはその足で、琉央大学理学部を訪れる。仲里博士の助手をしていた知念朝章(ちねんともあき)から当時の事情を聞くためである。ここから、今までに見えなかった学者・研究者の人間関係や大学内の組織運営・政治的人間関係が絡んできて、東京では得られない新たな要素が加わるという展開が興味深い。仲里博士の学者としての人間的な側面が見え始める。地質学者の仲里教授に対し、その説を否定する考古学者の佐久川教授が登場して来る。学内での政治手腕を持つ人物でもある。

4.警視庁の伝手を得て、石神は沖縄県警刑事部の島袋基善捜査一課長に挨拶に行く。島袋が仲里博士の死を自殺と最終判断したのである。この挨拶に行ったことで、島袋は志喜屋巡査部長を案内役につけるという。つまり、車も手配してくれた訳だが、それは体の良い監視役を石神につけることになる。石神の調査行動に対して、志喜屋がどういう役割を果たしていくことになるのか。読者に興味を覚えさせる。最終ステージに入り、志喜屋巡査部長が意外な問題意識を持っていたということがわかりおもしろい展開となる。

5.沖縄と言えば、米軍基地問題を避けて通れない。軍用地地主の存在という視点から基地問題を絡めていくというのも、この小説に社会的色彩を加えている。どのようにかかわるのか・・・・と興味をそそらせる展開である。捏造疑惑問題と絡めて保守系御用紙を登場させてくる点は定石かもしれない。だが、そこを一捻りしていく展開に著者の巧みさがうかがえる。

6.石神の助手・明智がけっこうおもしろい役割を果たしていく。明智がどこまで石神のサポートとして手腕を見せるかも、興味を引くところである。

7.最後に、仲里麻由美という少女の心理が変化していくプロセスがストーリー展開とパラレルに進展し描き込まれていく。石神は常に仲里麻由美がどう思い、どう感じているかが気がかりだという立場に立たされる。仲里麻由美は沖縄の民俗的な分野で知られているユタの血を引いているという。それがこのストーリーに神秘性を織り交ぜる局面となりおもしろい。

 この小説は、沖縄に実在する古代関連遺跡、沖縄の歴史と社会の現状、捏造疑惑問題に端を発した学者の死、研究者の立場の相剋、海底遺跡の神秘性などを巧みに絡めていく。沖縄を知るための情報とダイビングというものを書き込んでいる点でも読ませどころのある作品に仕上がっている。

 調査が終了した時点で、石神達は与那国島の海底遺跡ポイントでダイビングをすることがこの小説のエンディングである。海底遺跡に辿りついた石神は、その光景を人工の構造物と判断し、「太古にそこで何かを築き上げようとした人々の意志」を確信する。「海に消えた神々」というタイトルはここに由来するのだろう。
 この作品、沖縄のダイビング・スポット案内にもなっていておもしろい。

 ご一読ありがとうございます。

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本書に関連する事項をネット検索してみた。一覧にしておきたい。
伝説の超古代文明「ムー」  :「超常現象の謎解き」
【伝説は存在した!?伝説の3大陸】アトランティス大陸・ムー大陸・レムリア大陸:「NAVERまとめ」
ムー大陸はあった? いいえ。ありませんでした  :「四万十帯に便利」
神秘の海底鍾乳洞!宜名真海底鍾乳洞にDIVE!  :「4travel.jp」
辺戸岬海底洞窟  :YouTube
国頭村宜名真の海底洞窟に石器 1996.12.7 :「琉球新報」
与那国島海底地形  :ウィキペディア
海底遺跡写真集  新嵩喜八郎氏
歴史を覆すかも?与那国島付近の謎遺跡  :「NAVERまとめ」
海底遺跡  :「MARLIN」
線刻石板  2003.3.1 :「琉球新報」
線刻石板 主任:羽方 誠氏  :「沖縄県立博物館」
沖縄で発見された11枚の「線刻石板」++  2015.3.4 :「KiL'ament」
古代史21世紀の研究課題:ムー大陸(海底遺跡等) :「古代史の画像・日本人のルーツ」
  写真をクリックすると鮮明な拡大写真が見られます。
【画像付き】オーパーツの一覧 完全版  :「NAVERまとめ」
ユタ  :ウィキペディア

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(情報提供サイトへのリンクのアクセスがネット事情でいつか途切れるかもしれません。
その節には、直接に検索してアクセスしてみてください。掲載時点の後のフォローは致しません。
その点、ご寛恕ください。)


このブログを書き始めた以降に、徒然に読んできた作品の印象記に以下のものがあります。
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『潮流 東京湾臨海署安積班』 角川春樹事務所
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『憑物 [祓師・鬼龍光一]』  中公文庫
『陰陽 [祓師・鬼龍光一]』  中公文庫
『鬼龍』  中公文庫
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『パレイドリア・フェイス 水鏡推理』  松岡圭祐 講談社

2016-07-22 14:05:51 | レビュー
 「パレイドリア pareidolia」という単語を本書で初めて知った。本書の表紙でその単語のスペルを知って、手許の『リーダーズ英和辞典』(初版・研究社)を引くと載っていない。インターネットの「英辞郎 on the WEB」で単語検索すると、「<<医>>パレイドリア」と載っている。医学用語で英語で使われているようだが意味不明。
 そこで、ネット検索結果を引用してみると、『世界大百科事典 第2版』に、「精神医学の用語。空の雲が大入道の顔にみえたり,古壁のしみが動物に見えたりするように,対象が実際とは違って知覚されることをいう。意識が明瞭ないしはほとんど障害されていない状態で起きるもので,批判力は保たれ,それが本当は雲であり,しみであるとわかっている。熱性疾患のときにしばしば体験されるが,ほかに譫妄(せんもう),LSDなどの薬物酩酊時にも出現する。[小見山 実]」と説明されている。
 本書を読み始めると、79ページにパレイドリアについて、会話の中でこんな説明が出てくる。「パレイドリアだ。より狭義にはシミュラクラともいう。雲や壁のしみが、目と鼻と口を連想させる配列というだけで、顔面と感じる心の作用。心霊写真のからくりとして、よく説明される」と。

 なぜ、こんなタイトルが出てくるのか。それは栃木県北部、福島との県境に近い猜ヶ宇郡(あべがうぐん)、猪狩(いかり)村という寒村にある斧研(おのとぎ)山に突然エアーズロックのような巨大な塚が出現したことによる。この村の森林組合の職員として働く尾崎正嗣(まさつぐ)はこの斧研山担当であり、その現場に射守矢(いもりや)山を担当する同僚の筒井稔が仕事を終えて立ち寄りしばらく話し合っているとき、大きな地震が起こったのだ。その後山頂を見た二人が巨大な塚の出現を見て仰天する。森林組合が管理する7つの山に定点カメラが設置されているのだが、地震発生後、釜研山の3つの定点カメラが倒れていた。カメラのポールは地中深く刺さっていて、イノシシがぶつかってもびくともしないはずなのに、である。この山を担当する尾崎は地震以前に山を巡回していてもこんな塚をみなかったし、定点カメラの映像記録にもなかったはずという。
 ますは森林組合の本部に戻り、信じがたい現象を報告すると、村長が空からの状況を確認してもらう決断をした。
 栃木県防災航空隊に属する派遣消防職員がヘリで偵察に山の上空に向かう。そして、眼下を見て鳥肌が立つ思いをした。直径50m、木々のない円形の一帯がドーム状に盛り上がり、苦悶にお思える表情の巨大な人面を山肌に発見したのである。
 一躍、この寒村に出現した特異現象にマスコミが食いついてくる。「人面塚」出現と報道し、その出現の謎を喧伝する。

 収入源の乏しい寒村。人々の生活維持策をはかり、平和な村を運営したいと努力してきた村長。そこへ突然の人面塚の出現。斧研山の所有者である紀伊は、この「人面塚」報道利用し、これを観光資源にして儲けようと動き出す。不可思議さ・神秘性を維持するために、人面塚への立入調査を全面拒否する。一方、好奇心旺盛な人々が人面塚見たさに殺到してくる。
 人面塚の出現は地震との関連で起こった自然現象なのか? それともそこには人為的な作為がある人工物なのか? 
 地質遺産の観光化を考えるなら、公の原因調査がなされて、自然現象による地質遺産だと認められないと意味がないという問題が浮上する。人工物なら、誰が何のために造ったのか? 人工物なら、釜研山を担当する森林組合職員やその近辺を通って担当する山に向かう職員がいるにもかかわらず、発見されなかったことになる。それはなぜか?

 この小説には2つの大きな筋がある。一つがこの「人面塚」騒動である。
 しかし、ストーリーの本筋は猪狩村の隣の笛吹村にある。
 茨城大学や国立極地研究所が千葉での地磁気逆転の存在が報告されていた。その少し後に、75万年前の地層から磁極逆転の証拠となる鉱石が新潟と鹿児島で発見されたと安詮院大学の久保忠幸教授のグループ調査結果を発表したのである。そして、猪狩村で「人面塚」が話題になった最中に、久保忠幸教授のグループが笛吹村で、地磁気逆転に関する新たな調査を開始し、地磁気逆転の証拠が認められるという。そこに作為性が感じられるが、捏造につきものの杜撰なデータは見あたらない状況のようなのだ。久保教授が立て続けに3ヵ所目に取り組んでいるこれらの調査は厳然たる科学的事実なのか捏造なのか?

 なぜ、それを早急な問題とするのか? 文科省がそこに絡んでいるからである。
 このストーリーの主な登場人物として、廣瀬秀洋(ひでひろ)と水鏡瑞希(みかがみみずき)が登場する。
 廣瀬は文科省勤務、27歳で静岡大卒の総合職試験合格組、いわゆるキャリアの一人である。東大卒ではない。大臣官房の国際課に居たが、数部署を経て、大臣官房政策課評価室の傘下にある「研究における不正行為・研究費の不正使用に関するタスクフォース」に移されることとなる。人事評価調整官の宇賀からは、このタスクフォースに所属する事務官の水鏡瑞希を指導する立場になること、有り体に言えば監視役となるよう指示される。水鏡瑞希が同期の事務官とくらべて、始末書の提出回数がずば抜けて多い、すぐになにかをやらかす要注意人物とみなされているのである。
 この小説の冒頭は、映画007シリーズの冒頭エピソードの如くに、ある問題処理に関連し、水鏡瑞希がカミングアウトしてくるエピソードから始まる。このショートストーリーそのものがまずおもしろい。そして、このエピソードが、廣瀬をタスクフォースに移すという懲罰人事の原因ともなった。
 水鏡瑞希は廣瀬が異動辞令を受けたタスクフォースに所属する事務官で、二十代のヒラ職員。立箕(りっき)大学経済学部卒である。周りの男性事務官からは、事務官という立場をわきまえないお荷物とみなされている。

 タスクフォースに移った廣瀬は、笛吹村での久保教授グループによる地磁気逆転に関する調査の現場に赴き、その調査が捏造ではないかを調べてくるように指示される。必然的に事務官である水鏡を連れていくことになる。

 なぜ早急になのか? 大臣の諮問機関である教科用図書検定調査審議会から、申請中の教科書の記述についうて、専門的かつ学術的な判断を要請されていることが直接要因としてあるからなのだ。最後に発生した地磁気逆転の時期についての記述がかかわってくるのである。そこに、久保教授のグループが調査結果として発表した時期が絡んでくるのだ。 文科省には、2000年に発覚した旧石器発掘捏造問題という不祥の悪夢がある。それと同種の捏造問題の再来を恐れているのである。
 だが、問題はそれだけではなく、他省庁に絡む政治的案件も背後に絡んでいたのだ。勿論その次元は、文科省のトップクラスの官僚の胸中に留まることではあったが。

 この小説には、文科省が直接には関与しない「人面塚」発生原因究明にかかわる側面と、文科省主管事項になる笛吹村での地磁気逆転の証拠となる鉱石調査における捏造の可能性究明という側面が、織り交ぜられながら展開していく。そして、2つの別次元の問題が交点を持つようになる。その意外な展開の中で、水鏡瑞希の推理が事態の進展を加速化していくと言う点がおもしろい読ませどころである。
 
 地磁気逆転という事象を扱う故に、会話の中でかなり専門的な内容に深く入り込んでいる箇所が頻繁に出てくる。この領域の科学知識を持つ人々と門外漢では、会話に出てくるやりとりの理解と楽しみ方はたぶん、異なるだろう。門外漢の私にはその知識内容・説明が理解できたとは思えない。ただし、その会話の文脈は理解できるので、その小説の展開を楽しむ分には、専門分野の知的会話は一種のフレーバーを味わう感じだった。

 この小説にはいくつかのテーマが交錯しながら進展していく。
 主軸は、地磁気逆転という事象についての調査内容が捏造であるかどうかの究明プロセスを描くという点にある。そして、そのテーマの中で、旧石器発掘捏造問題という実際に発生した考古学研究領域での汚点の実態を点描する。そこから生まれる対比視点もおもしろい。
 副軸は、「人面塚」問題である。ここにも秩父原人騒動がアナロジーとして重ねられている。マスコミの動きや人々の好奇心、そこに商機を見る人間の行動などが、リアルに書き込まれ、「人面塚」の究明ストーリーが意外な方向に展開するおもしろさがある。
 釜研山の所有者紀伊の商魂を描くが、その裏に別の意図が潜んでいるという興味深さ。さり気なく描き出されているが、そこには現代社会の未解決事象である重要問題に繋がっている。さらりと社会問題批評の視点を絡ませている。
 ストーリーの底流には、文科省をモデルとして、キャリア官僚の実態を社会批判的視点から描くというテーマが潜んでいる。キーワードをいくつか要約してピックアップしてみる、事務次官をめざす出世レース、圧倒的多数の東大卒と差別を受ける他大学卒、終始見下すような態度、面倒事は一般職に押し付ける、抜け目なくたちまわる、幹部にとって官僚や事務官は盤上の駒、己に失点を残さない、責任を押し付ける相手を決めておく・・・・。誇張し、極端化し、一般化している面もあるだろうが、なるほどと感じるところも多い。
 
 水鏡推理は既にシリーズ化している。水鏡瑞希、興味深いキャラクターが新たに創造された。楽しみに読み継いでいきたい。廣瀬と水鏡の関係は、今後どうなるのかも、ちょっと楽しみである。

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本書に出てくる事項で関心を抱いたものをネット検索してみた。一覧にしておきたい。
ウルル  ← エアーズロック  :ウィキペディア
旧石器捏造事件  :ウィキペディア
埋蔵文化財|旧石器発掘ねつ造問題について  :「宮城県」
旧石器捏造・誰も書かなかった真相 奥野正男氏  :「邪馬台国の会」
火山灰編年学からみた前期旧石器発掘ねつ造事件  早川由起夫氏
--夢かうつつか“秩父原人”-- 上 冨安京子氏:「夕刊フジ特捜班(追跡)」
   --夢かうつつか“秩父原人”-- 下 
原人まつりの歴史  :「明石原人まつり」
地磁気逆転  :ウィキペディア
地球電磁気のQ&A  :「気象庁 地磁気観測所」
地球の地磁気逆転の手がかりとなる古代の住居が発見される(米研究):「カラパイア」
地磁気50のなぜ  制作 名古屋大学太陽地球環境研究所他   pdfファイル
大いなる磁石、地球  デビット P. スターン
   地磁気の逆転と大陸移動
中間貯蔵施設とは  :「中間貯蔵施設情報サイト 環境省」
   中間貯蔵施設に係わるこれまでの動き
中間貯蔵施設に関するトピックス  :「朝日新聞DIGITAL」

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これまでに読み継いできた作品のリストです。こちらもお読みいただけるとうれしいです。

松岡圭祐 読後印象記掲載リスト ver.1  2016.7.22


松岡圭祐 読後印象記掲載リスト ver.1 

2016-07-22 13:47:09 | レビュー
この読後印象記を掲載後に、松岡圭祐氏の作品を読み始めました。現在まで読み進めた作品の掲載アドレスを一覧にしてみました。読後作品が増えればこのリストの更新をしたいと思っています。

特等添乗員αに関して、読み進めてきたものは次の作品です。
こちらもお読みいただけると、うれしいです。

『特等添乗員αの難事件 Ⅰ』
『特等添乗員αの難事件 Ⅱ』
『特等添乗員αの難事件 Ⅲ』
『特等添乗員αの難事件 Ⅳ』
『特等添乗員αの難事件 Ⅴ』


万能鑑定士Qに関して、読み進めてきたシリーズは次の作品です。
 こちらもお読みいただけると、うれしいです。

『万能鑑定士Qの攻略本』 角川文庫編集部/編 松岡圭祐事務所/監修

『万能鑑定士Qの探偵譚』


☆短編集シリーズ
『万能鑑定士Qの短編集 Ⅰ』
『万能鑑定士Qの短編集 Ⅱ』

☆推理劇シリーズ
『万能鑑定士Qの推理劇 Ⅰ』
『万能鑑定士Qの推理劇 Ⅱ』
『万能鑑定士Qの推理劇 Ⅲ』
『万能鑑定士Qの推理劇 Ⅳ』 

☆事件簿シリーズは全作品分の印象記を掲載しています。
『万能鑑定士Q』(単行本) ← 文庫本ではⅠとⅡに分冊された。
『万能鑑定士Qの事件簿 Ⅲ』
『万能鑑定士Qの事件簿 Ⅳ』
『万能鑑定士Qの事件簿 Ⅴ』 
『万能鑑定士Qの事件簿 Ⅵ』
『万能鑑定士Qの事件簿 Ⅶ』
『万能鑑定士Qの事件簿 Ⅷ』
『万能鑑定士Qの事件簿 Ⅸ』
『万能鑑定士Qの事件簿 Ⅹ』
『万能鑑定士Qの事件簿 ⅩⅠ』
『万能鑑定士Qの事件簿 ⅩⅡ』

『謎深き庭 龍安寺石庭』 細野 透   淡交社

2016-07-20 11:52:57 | レビュー
 まず、2枚の写真をご紹介する。



 これらは、本書の帯として表紙に巻かれているものである。ここには本書に出てくる龍安寺の石庭の謎を解こうとして様々な人々が論じたキーワードが散りばめられている。

 現在、世界文化遺産に登録されている龍安寺の方丈の南側に枯山水の石庭がある。西・南・東の三方が築地塀で囲まれていて、庭の中央には白川から採取した白砂が敷かれ、そこに15の自然石が配置されている。石庭の広さは100坪。西と南の築地塀は油土塀と称される。菜種油やもち米のとぎ汁などを入れて練った粘土の土塀で、黄茶色であり、柿葺の屋根が載っている。
 石組は、[1群5石][2群2石][3群3石][4群2石][5群3石]という5組に分かれて配置している。この石の配置は庭を見る位置により隠れる石が出ててくる。石の足元を青苔がめぐり、白砂には箒目で砂紋が描かれている。

 この庭が何を語っているのか、様々な人々がその謎解きにチャレンジしてきた。それが上記のキーワードということになる。
 結論として、未だ龍安寺石庭について100%の人が納得できる形の説明をした人はいない。そういう見方ができるかにとどまる。たぶん、これは永久につづくのかもしれない。 著者は石庭の謎に挑み、ここに新たな解釈を加えた。本書は副題を「十五の石をめぐる五十五の推理」としている。つまり、過去に発表されてきた諸説を文献調査で渉猟し、新旧「五十五の推理」に整理分類・集大成して、これらに考察を加える。そして自らの推理を重ねて謎解きを推し進めている。新規の論点から謎解きにチャレンジしている。
 つまりキャッチフレーズ的に言えば、「この一冊携えて、石庭にチャレンジ!」でしょうか。この一冊を携えて龍安寺の石庭に行けば、石庭について既存のほとんどの謎解きアプローチを楽しむことができる。石庭と対話するのに役立つ謎解きのデパート的なガイドブックと言える。

 本書の特色をまずその構成と絡めてご紹介する。大分類すると「入門編」と「推理編」で構成されている。
1.「入門編」は龍安寺と石庭についての概説であり、基礎知識が簡潔にまとめられている。ここだけ読んでから、龍安寺を訪れてても楽しみ方が一歩深まること請け合いである。
 龍安寺のロケーションとレイアウト、その簡略史を押さえた上で、「5つの謎」を問題提起する。石庭が(1)いつ、つくられ、(2)誰が設計したのか。(3)石庭設計のテーマは何か。(4)なぜ石が15で5つの石組なのか、それは何を意味するのか。(5)石の配置はどのような構図(美的秩序)に基づくのか?
 この問題提起を知るだけで石庭を眺める見方が変わるだろう。世界遺産で、有名な庭だから・・・というよりも興味が増すだろう。
 入門編の最後のページに、著者は石庭の想定作者を10人リストアップし、簡単なプロフィール紹介をしている。

2.「推理編」で著者は上記のとおり「五十五の推理」を集大成している。つまり、謎解きとして発表された緒論を分類整理してその謎解きのエッセンスを概説してくれている。謎解きプロセスを一冊の著書としてまとめて自説を主張する本も多くでている。論文やそれら出版物のエッセンスを数ページに要約し、諸説を説明してくれている。
 そのため興味のある推理部分をまず読んで石庭を眺めると、その推理視点で石庭の謎を鑑賞できることになる。謎解き推理の要約本なのだ。

3.著者は謎解きの推理の手法を「物語分析法」と「美学発見法」に2分類して論じている。そのため、著者の整理フレームワークがわかりやすい。                                                      4.2分類した諸説について、評価軸を設定し、各評価項目に点数配分し総合得点100点で著者が評価点を付けるというおもしろい試みをしている。
 また、物語分析法と美学発見法は次元が異なるという理由で、評価軸が一部異なる。評価軸は次の通り。
 物語分析法:「5群15石の意味」「ゲニウス・ロキ(地霊)」「禅宗および公案」
       「説得力」「秘すれば花」  各項に20点を配分
 美学発見法:「美的価値」「石組への対応」「説得力」「秘すれば花」 各項に25点                            
 ただし、本書で公表しているのは総合点だけであり、その内訳や評価解説はない。読者としては少し物足りなさが残る。また評価軸が2分類で異なるので、同一範疇内で著者の視点を通した相対比較ができるにとどまる。ただ、試みとしてはおもしろい。
 一方、この設定された評価軸は石庭に対座して自ら鑑賞し、各説を自己評価する際には有益な評価軸となる。あなたの謎解き鑑賞の道具として使ってみることができる。

5.「推理編」の冒頭で、著者自身が石庭に潜む「秘密の構図」について「推理01」として自説を論じている。曲尺三角形のアンサンブル「龍安寺智恵の板」説を新説として主張する。同じ論法で、長谷川等伯筆「松林図屏風」の構図の絵解きもしていて興味深い。詳細は本書をお読みいただきたい。18ページにまとめ、イラスト図入りで説明されているの。簡潔なので主張点がわかりやすい。勿論、美学発見法の分類で100点評価が付されている。自画自賛的でおもしろい。
 「秘密の構図」では、「石隠し」説(推理02)の要点も説明されている。

6.その後は、要所要所でイラスト図を援用しながら諸説を論じていくが、推理の手法の2分類とは別に、観点・論点の整理をする形で、諸説を分類している。この分類が石庭の推理手法の「物語分析手法」「美学発見法」という分類と連動する。
 そこで、章立てになっている観点・論点とそこに幾つの説が載せられているかの件数をまとめておこう。推理編の1は上記の「秘密の構図」である。そこで、2)から始まる。
 2)「虎の子渡し」の暗号を解く   物語分析法(3説) 100点評価あり
 3)「七五三」の暗号を解く     物語分析法(4説)
 4)「日本的発想」と「西洋的テツガク」 物語分析法(5説) 美学発見法(3説)
 5)「あの手この手」の構図探し   美学発見法(9説)
 6) 石の存在感          美学発見法(6説)
 7) 美は白砂にあり        美学発見法(7説)
 8) 満月を仰ぎ、西行を想う    物語分析法(2説) 推理42は著者の新説!
 9) わが君「細川京兆家」の記憶  物語分析法(2説) 推理44は著者の新説!
 10) 先達の奇想天外        物語分析法(8説)
 11) 15の石、40の花、55の心    物語分析法(1説) 美学発見法(1説)

 著者の遊びこころは、55の推理と言いながら、自説を含めて54の推理を論じているのである。第55の推理は、「読者への挑戦」としている。つまり、「この庭に新たな心探すべし」という投げかけなのだ。

 末尾に主要参考文献リストが載っている。集大成本として各説の推理の骨格を知った上で、元の論文や本に遡っていくのもおもしろいだろう。そのガイドブックにもなる。

 龍安寺の石庭は大昔に訪れた記憶があすかにある。しかし当時は石庭の謎にそれほど感心がなかったのだろう。近年、いくつか関連本を読み、本書に気づいた。
 機会を見つけて、本書を携えて出かけてみたいと思っている。

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ネット検索で得た情報を一覧にしておきたい。
龍安寺石庭の謎  :「龍安寺」(ホームページ)
 刻印の謎・作庭の謎・遠近の謎・土塀の謎という4つの謎が語られている。
世界遺産 龍安寺 :「きぬかけの路」
龍安寺  :ウィキペディア
龍安寺の見どころまとめ!石庭を見に行く前に知っておきたいこと :「Find Travel」
【世界遺産】京都龍安寺に行ってみたくなる、石庭のミステリー:「みんなの一人旅」
龍安寺 石庭 ~15個の石の謎  :「京都トリビア」
龍安寺石庭の15個の石、本当は一度に見れます :「西陣に住んでます」
京都 龍安寺 石庭 ここから15個石が全部見えます  :YouTube
龍安寺石庭「虎の子渡しの謎」を解く(1):「日経アーキテクチュア」
龍安寺石庭における視覚的不協和について  芸術科学会論文誌掲載
日本禅庭園に秘められた視覚的かたち

龍安寺の真実

謎解き庭 龍安寺石庭 
 このウェブサイトは「謎深き庭─龍安寺石庭」を巡る「五十五の推理」を紹介していきます。


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ブログに読後印象を掲載に、この本についても載せています。こちらも御覧いただけるとうれしいです。
『京都名庭を歩く』 宮元健次 光文社新書
  第10章で龍安寺の庭の謎にも触れられています。
『龍安寺石庭を推理する』 宮元健次 集英社新書


『京の花街 ひと・わざ・まち』 太田 達・平竹耕三編著  日本評論社

2016-07-17 17:57:53 | レビュー
 四条大橋を起点にして、八坂神社までの区域や先斗町などは、京都で生まれ育ったために、幼い頃から現在まで数え切れないほど往来してきている。「都をどり」、「温習会」など幾度も鑑賞してきたし、舞妓さん・芸妓さんと多少は話をする機会もあった。島原の街も幾度か訪れ、角屋や輪違屋の建物内部を拝見したこともある。北野天満宮とその周辺の探訪で上七軒の外観も眺めた。
 しかし、「京の花街」の実態はほとんど知らないことに気づき、このブログを書き始める前から数冊の関連本を読み継いできた。
 そこで、本書のタイトルを見たとき、また違った視点で理解を深めることができることを期待して読んでみることにした。

 このブログ記事にアクセスしていただいた貴方は、以下の質問に答えられますか?
Q1.「花街」という語句をどう読みますか?
Q2.五花街とはどの地域のことを言いますか?
Q3.花街の恒例の春の舞踊公演が何時から始まったか、ご存知ですか?
Q5.秋の舞踊公演をご存知ですか?
Q6.花街で行われる年中行事にどのようなものがあるか、ご存知ですか?
Q7.京の舞妓・芸妓の数がほぼどれくらいか、またその人数の変遷をご存知ですか?
Q8.舞妓・芸妓が身につける「芸」にはどのような種類がありますか?
   それはどのようにして修得されるのか、ご存知ですか?
Q9.歌舞練場と呼ばれる建物が何か?どこにあるか?どんな構造か? 知ってます?
Q10.一例ですが、次の言葉の意味がわかりますか? 
   仕込みさん、見習さん、店出し、衿替え、引祝、一見さんお断り、節分・お化け
   梅花祭、大石忌、かにかく祭、総見、おことうさん、花かんざし、男衆 etc.

 答えられない人は、拙文をきっかけに、本書をお読みいただくとよいでしょう。

 本書は一般観光ガイドブックの類いではない。「はじめに」に記されていることをまず引用しよう。「花街が衣・食・住にわたるあらゆる伝統的な文化・芸術を包括しているにもかかわらず、学問的な立場からの資料収集や分析がほとんどなされていないことに気づいた。そこで、同じような問題意識をもち、何かはじめられないであろうかとの思いを共有した社会学・建築学・民俗学・歴史学・表象文化論・食文化など、さまざまなジャンルの若手研究者たちが集まり『花街文化研究会』を立ち上げ、2007年12月に『花街文化シンポジウム-上七軒の現在とこれから』を開催した。」つまり、このときのシンポジウムの内容を基盤として、本書が発刊されている。学問的な視点に立ち、様々な切り口から論じられているので、本格的かつ具体的な花街総論である。本書の第3部にこう記されている。
「とにかく、まずは等身大の花街に触れ、あなた自身で考えてほしい。日本の財産として皆で負担してでも残すべきものはあるか、それは何か。逆に花街が変わるべきことはあるか。それは何か」(p190)
「花街をどうするかということは、実は日本の伝統文化・芸能をどうするかという問題でもあるのだ。」(p191)

 様々な角度から、あなた自身が見聞し体験し考えるためのフレームワークをしっかりと与えてくれる書といえる。
 本書はタイトルの副題にある「ひと・わざ・まち」というキーワードで3部構成になっている。

 ひと 第1章 花街は今  第2章 花街の歴史  第3章 花街の誕生と五花街の成立
  ここでは、花街を歴史的視点と現状の二側面から説明している。
  Q1,Q2,Q3,Q7あたりの答えが具体的に語られている。

 わざ 第4章 花街の年中行事  第5章 伝統芸能文化と花街 
    第6章 花街を支えるモノとわざ
  見出しから推測できると思うが、Q3,Q5,Q8,Q10などの観点が具体的に点描される。
  花街の1年間の伝統的活動状況かがよくわかる。5花街の特徴と差異が論じられる。
  芸妓・舞妓が「芸」を身につける稽古のプロセス、「芸」の持つ意味が語られる。
  第6章で解説される花街の「よそおい」と花街にみる食文化は観光視点でも必読だ。

 まち 第7章 花街の建築  第9章 花街の町並保存
    第9章 花街はなぜ生きつづけているのか-京都の文化創生と花街
  第7章の具体的な説明は、花街を散策しウォッチングする際に+αの情報となる。
  第8章は祇園町南側の町並み保存で変貌した外観と町並みの維持努力がよくわかる。

 まずこの書を通読してから、祇園界隈、八坂神社、宮川町、先斗町あたりを観光し、散策するならば、見る目が変化し、見方に奥行きが加わることは間違いがない。偶然にもホンモノの舞妓さんや芸妓さんに出会うことができたら、その姿・よそおいについて見る視点が変わるにちがいない。「ワァ! キレイ」という感歎レベルから一歩も二歩も抜け出せるだろう。
 北野天満宮と上七軒の歴史的関係や上七軒の記述箇所を読んで、北野天満宮界隈を歩けば、きっと面白さが加わるに違いない。補足的に、島原についても然りである。

 本書を読み、島原が五花街(祇園甲部・祇園東・先斗町・宮川町・上七軒)とは異なり「花街」分類に現在入っていない理由を遅まきながら初めて知った。直接の原因は、「1980年に六花街から脱退した理由は、地方(じかた)・立方(たちかた)の芸妓の人数不足」(p71)したこと。1989年に芸妓がいなくなったという。島原にお茶屋さんが4軒あるそうだが、現在唯一営業しているのは「輪違屋(わちがいや)」だけで、島原太夫の伝統の側面を維持されている。有名な「角屋」はおもてなしの博物館として存続している。「輪違屋」当主・高橋利樹氏のコラム記事が興味深い。また、「六条三筋町」時代の灰屋紹益と吉野太夫のロマンスは知識として知っていたが、知恩院門跡・良純法親王と八千代太夫の大恋愛ということは本書の記述で初めて知った。p54にある「島原」の地名の由来説明がおもしろい。

 本書では「花街」を「明治以降、多人数を対象に芸妓などが歌舞音曲を披露する場である『歌舞練場』を中心にして、置屋の機能を併せ持つお茶屋が集合した地域」と定義している。(p45)
 一方で、「花街という言葉」の歴史的考証が為されていて興味深い。(p72-74)

 本書で認識を新たにしたことや初めて知ったことが幾つもあるが、特に印象深いことをいくつか覚書として要約し、ご紹介しておこう。
1.戦前の京都では「廓(くるわ)」ということばを使用したが、昭和20年代後半より「花街(かがい)」という語を使用し始めた。東京では戦後から「花街(はなまち)」と称した。
2.政治都市・平安京には花街に類いする街区の記述はない。朝廷の公式の宴席には内教坊より女官たち(舞姫など)が派遣された。室町期の「水茶屋」の発生が街区形成の淵源。
3.祇園(甲部および東)と上七軒の提灯の紋「つなぎ団子」は、お茶屋が門前の茶店から発生していることを端的に示す。茶立て女が後世の「芸子」(芸妓)のはじまり。
4.文献上で芸妓の出現時期の決め手はない。一方で、「舞子」(舞姫)のうちから義太夫などの芸能を身につけた「芸舞子」が生まれ、1751年に至り、「芸妓」という呼び名を得たものと考えるべきであろう。
5.1872(明治5)年の京都博覧会の附博覧として第1回「都をどり」が誕生したことは知っていたが、この折りに客のための茶席が設けられ、「立礼(りゅうれい)式の茶席」が始まったというのは知らなかった。「立礼棚は、裏千家11代玄々斎(1810-77年)が洋風スタイルの生活に合うよう、かねてから温めていたアイデアであったが、博覧会を機に数寄屋師の木村清兵衛につくらせ、円椅(えんき)に腰掛けて手前できるようにしたものである」(p125)
6.「都をどり」の鑑賞で、祇園甲部の歌舞練場の内部や庭などは何度も訪れ、舞台棟の廊下経由で八坂技芸学校の裏手に出る通路を利用させてもらった経験がある。しかし、他の歌舞練場はそれぞれ傍を通り外観を知るものの内部の構造は知らなかった。第7章で各歌舞練場の沿革や内部の説明を読み、それぞれに特徴があることを知り一層興味が深まった。舞踊公演の機会にでも訪れてみたくなった。

 この他にも興味深い記述がいろいろある。多角的な視点で論じられているので人により楽しめる箇所が異なることだろう。

 最後にこんな指摘がある点を、引用してご紹介しておきたい。

*花街の「おどり」は、単なるショーではない。「おどり」を見る客が、単に鑑賞者ではなく、半ば参加者であるということが大事な点である。・・・いわば「座」のような共同体として存在しているのである。     p115
*日本舞踊も直接的には歌舞伎から生まれ分かれたものである。現在、歌舞伎俳優が日本舞踊の家元を兼ねている例もあり、その歴史を物語っている。  p116
*芸妓舞妓はなぜ白塗りなのかと聞かれることがあるが、「昔の照明は蝋燭だったから」というのが一般的な答えである。  p145
*結局のところ、京都の気風というのは、美しい自然と荘厳な寺社、長年にわたって受け継がれてきた芸術文化や工芸の伝統など連綿と続く部分と、都として政治や経済、生活など浮き沈みのはげしさを、目の当たりにしてきた部分とからつくられている。 p222
*京都という土地柄は、自分たちが大切と評価したことは一時的な流行や「よそさん」の価値観には左右されない風土なのである。・・・そして、それを補足長く続けていくところに京都の良さがある。   p232

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少しネット検索してみた。一覧にしておきたい。
おおきに財団 Website  (公財)京都伝統技芸振興財団
都をどり公式ウェブサイト
宮川町 舞妓さんいあえるまち ホームページ
先斗町鴨川をどり ホームページ
上七軒歌舞会 ホームページ
祇園東歌舞会 ホームページ

五花街合同公演  :「おおきに財団」
弥栄会館 ギオンコーナー オフィシャルサイト
北座ぎをん思いで博物館(北座ぎをんギャラリー)  :「京都観光Navi」
歌舞練場  :ウィキペディア

芸舞妓、撮っておくれやす おおきに財団、京都で撮影会
  2015.10.06  :「京都新聞」
4都市の花街、豪華舞台 おおきに財団20年公演
  2016.1.16  :「京都新聞」
五花街は永遠…「今後も世界に伝統技芸を発信」 京都・おおきに財団が20周年記念式典  2016.1.16  :「産経WEST」
伝統伎芸保持者に芸妓3人認定 おおきに財団 2016.6.8 :「朝日新聞DIGITAL」

おちょぼ 第50話 お茶屋のメンバーになるのも大変  :「さらだ館」

第4回 京都・島原三百余年 花柳界の旅路「輪違屋」の"日常 :「YAMAHA」
京島原・輪違屋の夕べ  :「幕末ぶらりんこ04」
角屋(すみや)保存会  ホームページ

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『京都花街 舞妓と芸妓のうちあけ話』 相原恭子  淡交社

『麒麟の翼』  東野圭吾  講談社

2016-07-07 11:13:57 | レビュー
 「麒麟の翼」というタイトルに興味を覚えて手に取った。麒麟は中国の伝説上の動物で、聖獣だが翼があるとは聞いた事がない。それで、なぜこんなタイトルがつくのか? それがきっかけだった。

 単行本のカバーに使われている麒麟に翼がある像が、なんと東京の日本橋にあるという。インターネットで調べて見て、確かに! 知らなかった! 京都からは、ちょっと簡単には現物の麒麟像を見に行けないのが残念だ。

 事件はこの「麒麟の翼」像の場所から始まる。
 午後9時近くに日本橋交番の脇を通過し、上質のスーツ姿で初老と見当をつけた男がおぼつかない足取りで日本橋を渡り始める。交番の安田巡査がその後姿を視認していた。一旦視線を外し、周辺を見渡した後で、日本橋の方に目をやると、二体の麒麟像が置かれた装飾柱の台座のあたりに先ほどの男がもたれかかって動く様子がない。
 安田巡査は念のために、その男に近づいていき動天する。男の胸にナイフが深く突き刺さったままで、ワイシャツに赤黒い染みが付いていたのだ。使い慣れた無線機を身体のどこに装着したのか、一瞬思い出せないほどになる。
 男は救急車で病院に搬送されるが死亡する。緊急配備がかけられ、殺人事件として初動捜査が始まる。

 初動捜査の段階で死亡した被害者の身元が判明する。というのは、緊急配備で捜査に加わっていたパトロール中の巡査が事件発生から約2時間後に日本橋人形町にある浜町緑道という公園に潜んでいる不審な男に声を掛けると、その男が突然に逃げだし、道路に飛び出したところでトラックにはねられたのだ。男は意識不明の重態で病院に搬送される。
 その男が被害者の財布を持っていたことと、男が隠れていた場所から被害者のものと思われる鞄が発見された。そのため、被害者の家族にも直ぐに連絡がついた。家族は慌てて病院に駆けつける。被害者は青柳武明。
 一方、被疑者は八島冬彦。本人が持っていた原付免許証で氏名が判明し、八島の所持していた携帯電話で中原香織と連絡が取れた。八島と一緒に住んでいるという中原香織も京橋の救急病院に向かう。

 鑑識捜査の結果、被害者の流したかすかな血痕を辿り、首都高速道路江戸橋入口のすぐ手前の地下道の途中が、刺された現場と確定される。江戸橋は日本橋川に架かっていて、一方その地下道は10mちょっとの短いものだった。
 犯人にナイフで刺された青柳は、その地下道からなぜか誰にも連絡せず、日本橋交番で助けを求めることもなく、麒麟の翼の下までおぼつかない足取りで移動したのだ。なぜ、そんな行動をとったのか?

 日本橋警察署で、青柳武明の妻・史子は家族とともに、発見された財布や鞄の確認を依頼される。財布や書類鞄は武明のものと即答できたのだが、その中身についてはほとんど答えられない状態だった。財布に総額11万4850円が入っていたのだが、その額が所持額として妥当かどうかについても、金の管理を任せきりなので不確かという。
 カード類の中にインターネットカフェの会員証が入っていることに、息子の悠人は気づくがその疑問を口にしなかった。パソコンなら自宅にもあるし、父は会社でも使っているはずだから疑問を抱いた。眼鏡ケースについては、眼鏡の方は武明のものと確認できたが、眼鏡ケースは見たことのないものだという。また、デジタルカメラは鞄に入っていた遺留品の一つだが、家族は誰一人そのデジカメを見たことがないという。また、カメラで写真を撮る趣味はなかったと史子は発言した。

 中原香織は、午前11時を少し過ぎた頃、八島からの電話を受けたのだ。そのとき、「どうしよう。おれ、えらいことやっちまった・・・・。まずいことになつちゃったんだよ。どうしよう」ということが話されただけで、電話が切れたのだ。それは、どうも八島がトラックにはねられる直前だった。中原は八島が人を殺すことができる人間ではないと信じているが、彼のこの最後の言葉を松宮の質問に対しては言いそびれてしまう。
 
 日本橋警察署に捜査本部が開設される。
 この事件の捜査で主な登場人物となるのが、日本橋警察署の加賀恭一郎警部補と警視庁捜査一課所属の松宮脩平である。この二人は、練馬の少女殺害事件で組んだことがあるのだ。加藤と高宮は親戚関係にあり、高宮にとり加賀は従兄にあたる。

 被疑者が所持していた被害者の財布から被害者の住所・氏名が即座に判明し、被疑者が潜んでいた公園の場所から書類鞄も出ていた。被疑者の運転免許証から被疑者の氏名・住所も明らかになっている。意識不明で重態だが入院中の被疑者の意識が戻り、事情聴取ができれば、簡単に一件落着しそうな筋に思えた。しかし、八島は意識不明のまま無くなってしまう。
 死亡した八島を殺人事件の犯人と判断して、証拠から合理的に理由づけし事件を処理し、捜査本部を解散できるのか?
 被害者青柳武明の胸に深く突き刺さっていたナイフは、外国製のものだがそれほど珍しいものではないという。そのナイフが八島のものだという確実な証拠が出て来ない。犯行の凶器の出所、所持者が解明できない・・・・。
 簡単に思えた事件には、意外な壁が立ちはだかった。青柳武明の勤務先は新宿にある建築部品メーカー「カネセキ金属」で、製造本部長の肩書を持っていた人物。八島は現在失業中だった。病院での中原に対する事情聴取から、「カネセキ金属」という会社名で、青柳と八島の微かな接点が見つかりそうになる。
 人間関係の繋がりが加賀と松宮の地道な操作からわかり始める。一方、新宿に勤める青柳がなぜ日本橋近辺に居たのか? 会社の事を家では話さないという史子からは何のヒントも引き出せない。当日の仕事の関係でないことは捜査で判明する。なぜ、日本橋なのか? 一見単純に思えた殺人事件から、廻り廻ってどんどん複雑に接点を持つ背景が明るみに出てくる。一歩誤れば、冤罪事件になってしまいそうな事案でもあった。

 この小説は、揺るぎない証拠固めの重要性がテーマとなっているように思う。そして遺留品から事件解明に結びつく事実が少しずつ判明していく。その推理と論理の展開のおもしろさに読者は引きこまれて行くことだろう。日本橋警察署のエリアを我が庭のごとくに知り尽くした加賀の着眼点と発想が読者を魅了する。捜査本部という組織に対して、加賀と松宮がうまく役割分担するところもおもしろい。捜査本部という組織内での人間関係の使い方という点で。従兄という親戚関係にある二人の関係が、ここで役立ているのかもしれない。加賀と松宮はいわゆる良いコンビである。

 この小説にはいくつかの興味深い観点が含まれているように思う。
1.加賀の着眼と発想力。意外な切り口から事実を拾い出し、そこから推理と論理を展開していく。常に事件現場に立ち戻り思考する。その推理が事件を軸に様々な人間関係を連環させていく。加賀の推理がどこまでどのように進展するのかという興味深さがある。
 簡単に解決しそうに思えた事件が、次々に異なる顔を見せ始める。何気ないヒントが、その局面を転換させるトリガーとなっていく。それは加賀が事件現場に繰り返し戻って行く成果でもある。事件解決の鍵は事件現場にある。「麒麟の翼」が重要な意味を秘めていたのだ。
2.この小説の中で、日本橋を中心にしたある地理的エリアに徐々に馴染んでいくというおもしろさ。一種のタウンウォッチングの様相が加味されている。日本橋近辺の観光ガイド的文脈が事件の解明と密接に結びついていく。日本橋七福神巡りが事件に関わってくるのだから興味深い。そこにも着眼点が意外性を導いていく。

3.労災隠し問題と事件報道のあり方、人間教育の問題、及びインターネット社会の仮想的人間関係という社会事象の諸側面。それらが殺人事件の捜査プロセスに織り込まれていくという興味深さがある。一種の三題噺的な側面がこの小説の構想に含まれていておもしろさを加えるとともに、そこには著者の社会問題に対する批判的視点も描き込まれているように受け止めた。このあたりが、この作品に重みを与えているように思う。

 この小説を読んでいて、最後までこの小説の中だけでは解明できない謎が残った。
 それは、加賀隆正という二年前になくなった恭一郎の父と恭一郎との親子関係である。「おそらく隆正は周囲から尊敬される警察官だったのだろう」と記述された文脈が出てくる。この小説では、隆正の死期に担当看護師であった金森登紀子が冒頭に登場し、隆正の三回忌の法事を実施するように恭一郎に勧め、そのための労をとる。この側面が主な登場人物の一人となる加賀恭一郎のプロフィールの底流を形作る。
 なぜ、登紀子はそれほど熱心なのか? 隆正の死後も登紀子と恭一郎との間ではメールのやり取りが続き、彼が一周忌も墓参りもしていないという意味のことを書いていたことに端を発してる行為なのだ。
 恭一郎は父隆正との間に何があったのか? 謎のままで終わる。この局面がテーマとなる作品がいずれ創作されるのだろうか? あるいは、既に別の作品でその一端が語られているのだろうか。
 この一点についてこの作品は未完で終わる。

 ご一読ありがとうございます。

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この作品の波紋から、背景情報についていくつか関心事項を調べて見た。一覧にしておきたい。
日本橋(東京都中央区)  :ウィキペディア
江戸橋   :「神田川」
麒麟  :ウィキペディア
Images for 電工ナイフ  
日本橋七福神巡りコース   :「人形町」
水天宮 ホームページ
笠間稲荷神社 東京別社  :「笠間稲荷神社」
小網神社 ホームページ
松島神社(大鳥神社)  :「中央区 町会・自治会ネット」
浜町緑道コース おすすめ散歩コースMAP  :「人形町」 
日本橋 ゆうま :「人形町」
香り豊かな人形町の美味しいそば(蕎麦)20選 :「Retty」

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ふと手に取った作品から私の読書領域の対象に加わってきました。
次の本をまずは読み継いできました。お読みいただけるとうれしいです。

『プラチナデータ』  幻冬舎
『マスカレード・ホテル』 集英社