本書のタイトルにある「思考実験」という語句が目に飛び込んで来た。「論理的思考力を鍛える」とある。思考実験という語句がおもしろい。関心を惹きつける。早速読んでみようという気になる。どんな思考実験をしようというのか。「論理的思考力」という言葉には弱い。それを鍛えられるならちょっとおもしトレーニングになるかも・・・・・。
本書は平成29年(2017)5月に単行本として刊行されている。本書で著者を初めて知ったのだが、著者略歴を読むとパズル作家である。知る人ぞ知るなのかも。パズルの世界はあまり手をだしていないので、私が無知なだけかもしれない。
「論理的思考力を鍛える」という修飾句は単なる看板ではなかった。出された課題について、できるだけ論理的に考えながら読み進めたが、課題に対して論理的思考の展開の中途半端さに気づかされたことは確かである。幅広く、抜けなく、緻密に論理的に分析し、思考するという点での詰めの弱さを自己分析するのに役だった。考えながら通読したくらいなので、「鍛えられた」とまでは言いがたい。論理的思考の思考実験に参加したということと、己の論理的思考力の弱点に気づいたのは事実。そういう意味では有益かつ面白かった。
さて、世の中にはいろんなことを思考実験として考えている人々がいて、それがかなり知られているということを本書で初めて知ったことが一つの収穫だった。本書は著者が独創してまとめた思考実験実例ばかりではなさそうだ。世界で有名になっている思考実験を紹介しながら、そこからの著者のアレンジあるいは、新たな思考実験の事例創作という形になっている感じである。紹介と創作の境界は私には判別しかねるが、とにかく事例を論理的に考えてみさせるという姿勢で記述してあること、思考実験事例がステップアップする形で編集されている点、文による説明を補足する形で図解が沢山導入されていること・・・・これらが読者に読みやすさを与え、思考実験に誘っている。ちょっと頭を絞らされながら、楽しめる思考実験である。
本書では4つの側面それぞれの思考実験を取り上げている。章毎にちょっとご紹介し、本書への誘いとしよう。
<第1章 倫理感を揺さぶる思考実験>
冒頭表紙の左上に、トロッコの絵が描かれている。このトロッコが線路の上を暴走していく。線路は一人の作業員がいるところに切り替えスイッチがあり、分岐点になっている。両方の線路のすぐ先に、一方には5人の作業員グループ、もう一方には1人の作業員がいる。切り替えスイッチの傍の作業員は暴走トロッコに気づいた。線路の先の作業員たちは異常なスピードで暴走してくるトロッコに気づいていない。
この「暴走トロッコと作業員」は、1967年にイギリスの倫理学者フィリッパ・フットが提示した思考実験だという。切り替えスイッチのところにいる作業員(=あなた)は5人を助けるか、1人を助けるか・・・・・。この思考実験において、背景としての条件設定がいろいろに変化していく。その都度、それぞれの事例で読者は己の倫理観と併せて論理的思考を重ねていかねばならない。
この「暴走トロッコと作業員」の思考実験が、「臓器くじ」「完全平等な臓器くじ」「6人の患者と薬」「効かない薬」「村のおたずねもの」という変形・変容・創作された新たな思考実験へと展開されていく。
勿論、思考実験なので、現実とは隔たりのある制約条件が加えられている。条件設定に極端な側面もあるが、それが逆に論理的思考を推し進める梃子にもなっている。興味深い点でもある。
<第2章 矛盾が絡みつくパラドックス>
ここではパラドックス、ジレンマという矛盾をもたらす命題を突き詰める論理的思考力が試されている。著者はここでの思考実験は「脳に好奇心を持たせ、悩ませる深い思考で刺激」(p63)を与えると言う。そのレベルを読んで楽しんでいただくとよい。
表紙の右下に帆船の絵が描かれている。これは「テセウスの船」と呼ばれる有名な思考実験の紹介として始まる。ローマ帝国のギリシア人倫理学者であり作家のプルタルコスによる伝説として今に伝わる有名な思考実験だとか。修理と復元という観点での思考実験で、「本物」はいずれかを考えさせる。これはなかなかおもしろい。
帆船の絵の斜め左上に、亀が描かれている。この章で「アキレスと亀」の話も取り上げられている。
それから、「5億年ボタン」という思考実験やタイムマシンを登場させる思考実験(3事例)で、読者の頭をキリキリさせる思考実験が続く。
<第3章 数字と現実の不一致を味わう思考実験>
アメリカにモンティ・ホールという司会者が担当する人気長寿番組があったそうだ。私は全く知らなかった。その中で、ある駆け引きゲームが披露されたとか。このゲームに対して1つのコラム記事が書かれ、それが大論争を引き起こしたと言う。司会者の名前をとって、「モンティ・ホール問題」。司会者がこのゲームのプレイヤーに3つのドアの1つを選ぶように指示し、どれかが選ばれると、その時点である駆け引きを持ちかけるというのがゲームの始まり。駆け引きで論理的思考力を発揮して、正解したら車をゲット!不正解ならヤギが出てくる。この駆け引き方法がさらにステップアップされていくところが、まずおもしろい思考実験になる。
ここから、様々なタイプの思考実験に展開されていく。「不平等なデザインコンテスト」「ギャンブラーの葛藤」「トランプの奇跡」「カードの表と裏」「見抜く質問」「注文伝票の裏側」「2つの封筒」(2事例)、「エレベータの男女」と続く。最後に「あり得ない計算式」という算数の世界の思考実験(2事例)になる。ここには実にトリッキーなおもしろさがある。
基本的に、この章では確率に関しての論理的思考力が求められている。それぞれの思考実験の解説を読んだとき、そこまで分析的、緻密に論理的思考ができていなかった点に気づかされた次第。論理的思考力、マダマダ、マダマダ・・・・お粗末だなあ・・・・実感。
<第4章 不条理な世の中を生き抜くための思考実験>
冒頭に、「この章は、様々な角度から思考を巡らせることができる、幅広いテーマの思考実験を集めた章です」(p214)と記されている。ここには7つの思考実験が収録されている。章の冒頭の見出しが振るっている。「世間の渡り方を思考実験から学べ」である。
ここでの思考実験のタイトルだけ列挙してみよう。「抜き打ちテスト」「生きるための答え」(2事例)「共犯者の自白」「マリーの部屋」「バイオリニストとボランティア」「コンピュータが支配する世界」。これらのタイトルだけからもバラエティに富んでいそうという感じを受けられることだろう。
これらの思考実験のうち、「共犯者の自白」は読み初めたとき、ふと「囚人のジレンマ」という問題を連想した。また表紙の若者はリンゴを手に持っている。このリンゴは、「マリーの部屋」に関連していることがわかった。
著者によると、「バイオリニストとボランティア」という思考実験は、アメリカの哲学者ジュディス・ジャーヴィス・トムソンの思考実験を元にしているそうだ。この思考実験も全く知らなかった。この思考実験は、第1章での思考実験とも繋がっている。著者は「消極的義務」「積極的義務」という観点でフィリッパ・フットの論じる点を紹介していて興味深い。
「おわりに」で、著者は航空機史上最大の死者数を出した大参事について、イギリスの心理学者ジョン・リーチの研究結果を紹介する。そして、直接の体験がなくても、見聞することから「思考を深く巡らせ、自分なりの思考実験をすることが、いざという時の生死さえ左右するかもしれないのです」と論じている。
頭をキリキリさせながら楽しめるおもしろい思考実験が詰まっている一冊だ。ネットで検索していて著者が『究極の思考実験』(ワニブックス)を刊行していることを知った。少なくとも、もう1册は楽しめそうだ。
ご一読ありがとうございます。
本書に関連して、ネット検索で得られる事項を少し調べてみた。一覧にしておきたい。
フィリッパ・フット :ウィキペディア
『究極の思考実験』北村良子 2019/9/21 :「ダ・ヴィンチ」
「トロッコ問題」に正解はあるのか?【図や具体例でわかりやすく解説】:「ズノウライフ」
人間の倫理は非理性的か:「トロッコ問題」が示すパラドックス :「WIRED」
テセウスの船 :ウィキペディア
菅原そうた オフィシャル・ホーム・ページ
Let's Make a Deal From Wikipedia, the free encyclopedia
モンティ・ホール問題 :ウィキペディア
確率 :ウィキペディア
確率の計算 :「統計WEB」
期待値 :ウィキペディア
囚人のジレンマ :ウィキペディア
Judith Jarvis Thomson From Wikipedia, the free encyclopedia
テネリフェ空港ジャンボ機衝突事故 :ウィキペディア
凍りつき症候群|災害時の人間の心理と本能 :「ピ-スアップ」
防災・危機管理心理学 :「防災システム研究所」
インターネットに有益な情報を掲載してくださった皆様に感謝します。
(情報提供サイトへのリンクのアクセスがネット事情でいつか途切れるかもしれません。
その節には、直接に検索してアクセスしてみてください。掲載時点の後のフォローは致しません。
その点、ご寛恕ください。)
奥書で知った本書著者の運営サイト
IQ脳.net
老年若脳
本書は平成29年(2017)5月に単行本として刊行されている。本書で著者を初めて知ったのだが、著者略歴を読むとパズル作家である。知る人ぞ知るなのかも。パズルの世界はあまり手をだしていないので、私が無知なだけかもしれない。
「論理的思考力を鍛える」という修飾句は単なる看板ではなかった。出された課題について、できるだけ論理的に考えながら読み進めたが、課題に対して論理的思考の展開の中途半端さに気づかされたことは確かである。幅広く、抜けなく、緻密に論理的に分析し、思考するという点での詰めの弱さを自己分析するのに役だった。考えながら通読したくらいなので、「鍛えられた」とまでは言いがたい。論理的思考の思考実験に参加したということと、己の論理的思考力の弱点に気づいたのは事実。そういう意味では有益かつ面白かった。
さて、世の中にはいろんなことを思考実験として考えている人々がいて、それがかなり知られているということを本書で初めて知ったことが一つの収穫だった。本書は著者が独創してまとめた思考実験実例ばかりではなさそうだ。世界で有名になっている思考実験を紹介しながら、そこからの著者のアレンジあるいは、新たな思考実験の事例創作という形になっている感じである。紹介と創作の境界は私には判別しかねるが、とにかく事例を論理的に考えてみさせるという姿勢で記述してあること、思考実験事例がステップアップする形で編集されている点、文による説明を補足する形で図解が沢山導入されていること・・・・これらが読者に読みやすさを与え、思考実験に誘っている。ちょっと頭を絞らされながら、楽しめる思考実験である。
本書では4つの側面それぞれの思考実験を取り上げている。章毎にちょっとご紹介し、本書への誘いとしよう。
<第1章 倫理感を揺さぶる思考実験>
冒頭表紙の左上に、トロッコの絵が描かれている。このトロッコが線路の上を暴走していく。線路は一人の作業員がいるところに切り替えスイッチがあり、分岐点になっている。両方の線路のすぐ先に、一方には5人の作業員グループ、もう一方には1人の作業員がいる。切り替えスイッチの傍の作業員は暴走トロッコに気づいた。線路の先の作業員たちは異常なスピードで暴走してくるトロッコに気づいていない。
この「暴走トロッコと作業員」は、1967年にイギリスの倫理学者フィリッパ・フットが提示した思考実験だという。切り替えスイッチのところにいる作業員(=あなた)は5人を助けるか、1人を助けるか・・・・・。この思考実験において、背景としての条件設定がいろいろに変化していく。その都度、それぞれの事例で読者は己の倫理観と併せて論理的思考を重ねていかねばならない。
この「暴走トロッコと作業員」の思考実験が、「臓器くじ」「完全平等な臓器くじ」「6人の患者と薬」「効かない薬」「村のおたずねもの」という変形・変容・創作された新たな思考実験へと展開されていく。
勿論、思考実験なので、現実とは隔たりのある制約条件が加えられている。条件設定に極端な側面もあるが、それが逆に論理的思考を推し進める梃子にもなっている。興味深い点でもある。
<第2章 矛盾が絡みつくパラドックス>
ここではパラドックス、ジレンマという矛盾をもたらす命題を突き詰める論理的思考力が試されている。著者はここでの思考実験は「脳に好奇心を持たせ、悩ませる深い思考で刺激」(p63)を与えると言う。そのレベルを読んで楽しんでいただくとよい。
表紙の右下に帆船の絵が描かれている。これは「テセウスの船」と呼ばれる有名な思考実験の紹介として始まる。ローマ帝国のギリシア人倫理学者であり作家のプルタルコスによる伝説として今に伝わる有名な思考実験だとか。修理と復元という観点での思考実験で、「本物」はいずれかを考えさせる。これはなかなかおもしろい。
帆船の絵の斜め左上に、亀が描かれている。この章で「アキレスと亀」の話も取り上げられている。
それから、「5億年ボタン」という思考実験やタイムマシンを登場させる思考実験(3事例)で、読者の頭をキリキリさせる思考実験が続く。
<第3章 数字と現実の不一致を味わう思考実験>
アメリカにモンティ・ホールという司会者が担当する人気長寿番組があったそうだ。私は全く知らなかった。その中で、ある駆け引きゲームが披露されたとか。このゲームに対して1つのコラム記事が書かれ、それが大論争を引き起こしたと言う。司会者の名前をとって、「モンティ・ホール問題」。司会者がこのゲームのプレイヤーに3つのドアの1つを選ぶように指示し、どれかが選ばれると、その時点である駆け引きを持ちかけるというのがゲームの始まり。駆け引きで論理的思考力を発揮して、正解したら車をゲット!不正解ならヤギが出てくる。この駆け引き方法がさらにステップアップされていくところが、まずおもしろい思考実験になる。
ここから、様々なタイプの思考実験に展開されていく。「不平等なデザインコンテスト」「ギャンブラーの葛藤」「トランプの奇跡」「カードの表と裏」「見抜く質問」「注文伝票の裏側」「2つの封筒」(2事例)、「エレベータの男女」と続く。最後に「あり得ない計算式」という算数の世界の思考実験(2事例)になる。ここには実にトリッキーなおもしろさがある。
基本的に、この章では確率に関しての論理的思考力が求められている。それぞれの思考実験の解説を読んだとき、そこまで分析的、緻密に論理的思考ができていなかった点に気づかされた次第。論理的思考力、マダマダ、マダマダ・・・・お粗末だなあ・・・・実感。
<第4章 不条理な世の中を生き抜くための思考実験>
冒頭に、「この章は、様々な角度から思考を巡らせることができる、幅広いテーマの思考実験を集めた章です」(p214)と記されている。ここには7つの思考実験が収録されている。章の冒頭の見出しが振るっている。「世間の渡り方を思考実験から学べ」である。
ここでの思考実験のタイトルだけ列挙してみよう。「抜き打ちテスト」「生きるための答え」(2事例)「共犯者の自白」「マリーの部屋」「バイオリニストとボランティア」「コンピュータが支配する世界」。これらのタイトルだけからもバラエティに富んでいそうという感じを受けられることだろう。
これらの思考実験のうち、「共犯者の自白」は読み初めたとき、ふと「囚人のジレンマ」という問題を連想した。また表紙の若者はリンゴを手に持っている。このリンゴは、「マリーの部屋」に関連していることがわかった。
著者によると、「バイオリニストとボランティア」という思考実験は、アメリカの哲学者ジュディス・ジャーヴィス・トムソンの思考実験を元にしているそうだ。この思考実験も全く知らなかった。この思考実験は、第1章での思考実験とも繋がっている。著者は「消極的義務」「積極的義務」という観点でフィリッパ・フットの論じる点を紹介していて興味深い。
「おわりに」で、著者は航空機史上最大の死者数を出した大参事について、イギリスの心理学者ジョン・リーチの研究結果を紹介する。そして、直接の体験がなくても、見聞することから「思考を深く巡らせ、自分なりの思考実験をすることが、いざという時の生死さえ左右するかもしれないのです」と論じている。
頭をキリキリさせながら楽しめるおもしろい思考実験が詰まっている一冊だ。ネットで検索していて著者が『究極の思考実験』(ワニブックス)を刊行していることを知った。少なくとも、もう1册は楽しめそうだ。
ご一読ありがとうございます。
本書に関連して、ネット検索で得られる事項を少し調べてみた。一覧にしておきたい。
フィリッパ・フット :ウィキペディア
『究極の思考実験』北村良子 2019/9/21 :「ダ・ヴィンチ」
「トロッコ問題」に正解はあるのか?【図や具体例でわかりやすく解説】:「ズノウライフ」
人間の倫理は非理性的か:「トロッコ問題」が示すパラドックス :「WIRED」
テセウスの船 :ウィキペディア
菅原そうた オフィシャル・ホーム・ページ
Let's Make a Deal From Wikipedia, the free encyclopedia
モンティ・ホール問題 :ウィキペディア
確率 :ウィキペディア
確率の計算 :「統計WEB」
期待値 :ウィキペディア
囚人のジレンマ :ウィキペディア
Judith Jarvis Thomson From Wikipedia, the free encyclopedia
テネリフェ空港ジャンボ機衝突事故 :ウィキペディア
凍りつき症候群|災害時の人間の心理と本能 :「ピ-スアップ」
防災・危機管理心理学 :「防災システム研究所」
インターネットに有益な情報を掲載してくださった皆様に感謝します。
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その点、ご寛恕ください。)
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