遊心逍遙記

読書三昧は楽しいひととき。遊心と知的好奇心で本とネットを逍遥した読後印象記です。一書がさらに関心の波紋を広げていきます。

『破弾 刑事・鳴沢了』  堂場瞬一  中公文庫

2015-05-31 09:29:14 | レビュー
 この第2作では、東京都の多摩署が鳴沢の刑事稼業の振り出しの場所になる。なぜ、再スタート? 第1作『雪虫』では、鳴沢の生まれた新潟県が舞台だった。親子三代つづく警察官。鳴沢が一つの事件に巻き込まれ、新潟県警捜査一課長まで務めた祖父が関わった50年前の事件の事実を知ったことがきっかけで新潟県警を辞めたからである。その鳴沢が東京に出て、再び刑事なったのだ。
 つまり、舞台が東京に転換し、鳴沢が様々な事件の解決に挑んでいくことになる。第1作での展開は、いわば鳴沢の刑事としての生き様、考え方の基盤となり、そこに戻って行く原点として、常に心の基底に潜む背景となる。鳴沢はときとして、己が刑事である意味を問いかけるようになっている。「これが自分の天職だとずっと信じていたのに、今はそう言い切る自信がない。これでいいのか。」

 一方で、この第2作が始まるにあたり、一つの伏線が敷かれる。新潟県警を自ら辞めた刑事が、それも東京の警視庁で刑事になれるのか? 警視庁が、外国語のできる人間を、時々正規の枠外で採用している。その語学採用に応募して採用されたのだ。鳴沢が学生時代、アメリカに留学していた経験が生きる。だが、警視庁では、中国語や韓国語の方がニーズが高いはず。留学していたからといって、英語で? 鳴沢が反目する父の後押しが影にあったのかもしれない。鳴沢はそのことを確かめることもできない。「あいつは、親父のコネを使って警視庁に入ってきた。そんな奴に仕事をやらせる必要はない。」と周囲の人間は噂に屋上屋を重ねて結論づけている。鳴沢はそんな悪意を意識する中で、刑事稼業を続けるという出だしである。この特異性がどういう影響を与えて行くか。興味津々だ。

 さて、この第2作の面白い点の一つは、「刑事の仕事は八割は、報告書を書くことである」という書き出しから始まる点に関係する。おや!と思わせる書き出し。だが「古い捜査資料」が事件解決を導く宝庫になるというモチーフがそこにある。
 多摩署に赴任して以来、雑務の処理が仕事という鳴沢が、夕方以降の空いた時間を潰すために古い捜査資料を丹念に読み込むという作業を始めたのである。「一人資料室で埃にまみれているだけなのだ」という状況。「どんなにひどい文章で書かれていても、報告書からは必ず事件の臭いが立ち昇ってくるものだ」-それを鳴沢は追っている。そんな、いわば長い間、アイドリングを続けているという状況に鳴沢はいた。
 刑事らしい仕事がしたいという想いが強まる一方だったところに、刑事課の係長・水島から資料室に居る鳴沢に「どうせ暇なんだろうし」と声がかかる。多摩南公園でホームレスが傷害にあったという通報が入ったのだ。その現場に行けという指示である。
 事件現場でホームレスの脇田一幸から、同じくホームレスの沢ちゃんと呼ばれていた男が事件に遭ったという状況を聞く。脇田が救急車を呼ぶため公衆電話をかけに行った間に、その被害者本人がいなくなっていたのだ。被害者が姿を消すというこの奇妙な事件が、鳴沢の捜査のプロセスで過去の捜査資料に結びついて行く。鳴沢がこの事件の発生を意識して読み込んでいた訳ではない。しかし、膨大な報告書の中の、ある捜査資料が鳴沢の頭の中で結びつき、事件解決に弾みをつけていく。「温故知新」の新バージョンというところ。発端はささいに見えた事件だが、根の深い意外な様相が見え始めるというストーリー展開がおもしろい。

 もう一つは、警察もので事件捜査を行うときの刑事の相棒である。この作品で登場するのが、一月前に多摩署に赴任してきた女刑事・小野寺冴(おのでらさえ)だ。事件現場には、鳴沢よりも一足先に到着していて、既に脇田から事情聴取していたという時点から、小野寺冴が鳴沢の相棒となっていくことが決定づけられる。署に戻り、水島係長に報告すると、二人でこの事件を担当せよと指示がでることになるのだから。多摩署刑事課の管理者からみれば、ホームレスの被害者が現場から消えたという、この程度の事件に人手は割けない。多摩署に来た新参者にやらせればよいという始まりである。

 ストーリーの流れの中で徐々に書き込まれていく小野寺冴のプロフィールの一端にまず触れておこう。背が高く、少しヒールの高い靴を履くと鳴沢と目の高さがかわらないほど。夜遅くでも、八時間はたぷり寝た後のようにすっきりとした顔つき、少し異常と思えるほど長い脚の美人である。大食いと自称する。年齢30歳で鳴沢と同期。刑事になって5年。新宿、機捜、渋谷。自ら修羅場をくぐってきていると言う。そんな経歴の小野寺冴がなぜ多摩署にという小さな疑問が鳴沢の心に浮かぶ。
 鳴沢と小野寺がコンビとなり、この事件を担当するようにと指示した水島が、小野寺と組ませる際、「食い殺されないように気をつけろよ」と鳴沢に言う。一癖のある相当のじゃじゃ馬刑事なのだ。一方で、小野寺冴自身か゛「ここでは厄介者」という意識を持っている。
 小野寺冴の姿勢は明瞭である。「やる気のない相棒は困るのよ。・・・とにかく、しゃんとして。きちんと仕事をして。それ以外のことはどうだっていいから」というもの。鳴沢了の考えと何ら変わらない。ある意味、似たもの同士というところ。だから、二人の関係がおもしろくなる。
 事件捜査の経過と併行して、鳴沢と小野寺の会話の中で、刑事小野寺冴の背景がすこしずつ明らかになっていくというのも、副次的ストーリーとしておもしろい。勿論、その折に鳴沢の考えや過去の一端が小野寺にも語られることにもなるのだが。
 ホームレス傷害事件が、刑事としての鳴沢了と小野寺冴の縁が深まっていく始まりである。

 例により事件は聞き込み調査から始まる。テント生活者の一人岩熊哲郎が鳴沢に情報をもたらす。彼は自称物書きだという。一つの情報は「外れ」。しかし、公園のケヤキの木の根元の洞に押し込められている物のことを知らせる。それは「C」マーク入り帽子だった。こちらはその前に鳴沢が近くの団地で聞き込んだ10月2日に公園で子どもたちが関わるトラブルがあったという情報と結びついて行く。事件との関わりが不明のまま、捜査を広げるきっかけがここに生まれてくる。一方で、岩熊は何らかの事実を知っていることを鳴沢に匂わせるのだった。

捜査がそれほど進展しないうちに、暗い連鎖が起こる。聖蹟桜ヶ丘駅近くの自宅の前で、帰宅してきた穴井宗次、51歳、会社員がいきなり殴りかかられて意識不明となる事件が発生する。穴井はその後、病院で死亡する。この現場に行けという指示を鳴沢は受ける。こちらには公安が絡んでいると水島係長は鳴沢に告げる。
 鳴沢・小野寺はこちらの事件の聞き込み捜査をする。署に戻った後、簡単な捜査会議で被害者には極左の活動歴があった事実が知らされる。

 同僚の筧刑事の伝手から公安の山口という人物を鳴沢は紹介される。そして、鳴沢が捜査している被害者の沢ちゃんという男が、極左の活動歴があった事実を知ることになる。捜査が大きく動き出すきっかけをつかめることになる。山口の記憶から作成され、提供されたかつての極左の活動家だったメンバーのリストが聞き込み捜査の始まりとなる。
 
 ホームレス被害の事件と穴井宗次殺害事件が、極左という観点でつながっていく。そして、それは鳴沢の先輩であり、大学時代にラグビーに共に汗を流した友、沢口がかかわってくるという意外な展開に突き進んでいく。
 地道な聞き込み捜査がやはり事件解決への鍵を握っているという側面が克明に書き込まれていく。

 刑事としての鳴沢了の活躍と人間・鳴沢了の生き方はコインの両面である。人間・鳴沢了の生き方における人間関係として、この作品で鳴沢了と小野寺冴の関わりが始まる。二人の関係が深まり、一方でその関係の限界も見え始めていく。この側面のストーリー展開を読み進めていくという一つの軸がサブテーマになっていると思う。興味深い展開である。

 最後に、この作品に記された印象深い文をご紹介しておこう。
*捨てたつもりでも、捨てられないものがある。例えばそれは、誰かを想う気持ちだ。    p161
*相性が良いか悪いかはともかく、私たちは似た者同士なのだ。この仕事でしか、生きていけない。刑事として歩き続けることで傷を負い、時には自分がどれほど下らない人間かを思い知らされることになっても、この道を歩いていくしかない。たぶん、私も冴も、この仕事しかできないのだ。刑事を辞めることは、自分の人生に終止符を打つことと同じだ。  p201
*互いの考えが手に取るように分かれば、確かに仕事はしやすいだろう。しかし、これがプライベートな問題となると話は別だ。互いの気持ちが読めないからこそ、人は言葉をぶつけ合う努力をするものである。男と女の間では、それは時に恋と呼ばれる。 p458


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作品の背景イメージを豊にするために、記載の語句あるいは関連語句のいくつかをネット検索してみた。一覧にしておきたい。

多摩センター駅  :ウィキペディア
多摩中央公園  :「公園へ行こう!」
聖蹟桜ヶ丘駅  :ウィキペディア
ペデストリアンデッキ :ウィキペディア
利用者意識を考慮した駅前ペデストリアンデッキのあり方に関する研究
    中尾成政・浅野光行 共著  論文

インプレッサ スポーツ  :「スバル」
スバル・インプレッサ   :ウィキペディア
バニティミラー  :「自動車用語」
バニティミラー(ばにてぃ・みらー)/【装備】  :「自動車なんでも用語集」
日産・スカイラインGT-R  :ウィキペディア

資格経歴等の評定 :「警視庁 平成27年度警視庁採用サイト」
特別捜査官    :「警視庁 平成27年度警視庁採用サイト」

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徒然に読んできた作品の印象記として、以下のものがあります。
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『雪虫 刑事・鳴沢了』 中公文庫


『狗賓童子の島』  飯嶋和一  小学館

2015-05-25 10:15:45 | レビュー
 この小説は、弘化3年(1846)陰暦5月から始まり、慶応4年(1868)陰暦8月までの期間を扱っている。舞台は狗賓(ぐひん)童子の島と称され、島後(どうご)と呼ばれた島である。出雲から北東へ海上20里も離れた島々であり。内地の人々はこれらの島々を「おきんおしま」と呼んだ。古くは後醍醐天皇が配流された島であり、江戸時代においても、政治犯を含め犯罪者を流人として送る島としての役割を押しつけられてきたところである。
 なぜ狗賓童子の島と呼ばれたのか。島後の最高峰大満寺山の奥には、樹齢千年を超える巨樹「千年杉」があり、その杉には狗賓が巣くっていると信じられてきのだ。狗賓は、島の民に危害をおよぼす者をけして許すことはなかったという。島の中で選ばれた子どもだけが、「狗賓童子」と呼ばれ、教えられた山道を歩み「千年杉」のところに行きつき、その杉を見上げることができたのだ。そして、村に無事帰還した狗賓童子が島の治安を守る若衆組の指導者になっていく。ひいては、島の庄屋などの重要な役割を担い、島の治安の中核になるのだった。島に害をおよぼす者を排除するという治安の中核をかつて狗賓童子に選ばれた一群の人々が担ってきたのだ。
 この小説の主人公は、縁あってその狗賓童子に選ばれることになった人物である。

 この作品は非常に特異な人物を主人公に設定している。
 主人公は西村常太郎。数え15歳で流人として島後に島流しにされてきた。河内国志紀郡弓削村の庄屋だった西村七右衞門(履三郎)の惣領(長男)である。
 常太郎の父・履三郎がこの作品の背景として重要な位置に居る。この小説の底流にあるのが、西村履三郎が河内きっての大庄屋という立場において、おのれの信条・意思を全うするために加担し、身を投じざるを得なかった大塩平八郎の乱である。そこには、天明の大飢饉(1782-1787)の50有余年後に再発した天保の大飢饉(1833-1839)と江戸幕藩体制が根本にある。
 大塩平八郎の乱並びに、それに加担した河内の庄屋・西村履三郎のことを、島後の人々がよく伝え聞いていたのである。西村履三郎は大塩四高弟の一人として知れ渡っていたのだ。
 履三郎は死後にその浅草にあった墓が暴かれ、遺体が樽に塩詰めにされ大坂に送還された後、大坂三郷引き廻しという処罰を受け、幼少だった常太郎と弟は一旦親類預けとなって、数え15歳で隠岐へ遠島されてきたのである。
 著者はこの常太郎の生き様を冒頭に述べた期間を軸に描きだしていく。そして、島後の人々の置かれた政治経済状況と日常生活、さらには島後が内地とどのように関わっていたか。幕藩体制の中で腐りきっていた武士階級の局面と尊皇攘夷という激変の時代世相、その姿を浮かび上がらせる。常に流人という基盤に立ち、観察者の立場に己を置かざるをえなかった常太郎の目を通して、島後と内地の関わり、島後の変化、江戸幕藩体制の変転をとらえ、描いて行く。常太郎は、島後では漢方医学を学ぶ機会を得、かけがえのない医者として島民からの信頼を得て、生きていく。

 本書は、被支配者の立場に置かれた人々の視点から捉え直した江戸時代の幕末史であり、歴史を捕らえ直す材料になる作品である。勝者の立場では書かれることのない歴史の局面が描き尽くされていく。実に興味深い作品である。限られた学校教育の時間枠と進学受験という背景で学ぶ日本史では絶対に見えることのない視点と歴史的事実の一端が、フィクションという設定の中ではあるが、鮮やかに描かれて行く。被支配者、庶民の目線から幕末という時代を考えるトリガーになると思う。

 著者はいくつものテーマを相互に絡ませながら描いていると思う。私なりに整理してみると次のようになる。
1.西村常太郎の島後における生き様を描く。
  己の預かり知らぬ罪で、罪人として位置づけられ、数え15で隠岐の島に渡る。暗澹とした思いの常太郎が、島の人々から予期せぬ温かい眼差しで迎え入れられる。そして、島の人々からは流人としてではなく、民のために戦って死んだ西村履三郎の子として遇される。常太郎が、島に居る漢方医・村上良準の薫陶を受け、漢方医として成長し、島の人々に貢献していく姿が描かれる。そこにも、少なくとも3つのサブテーマがある。
  1) 外来人(流人)が島後の島人へと定着していくプロセス。狗賓童子に選ばれ、その自覚を持ち始める姿を描く。お初を介して、お幾という伴侶を見出していくところがストーリーに華を添える。常太郎の人生を描き出す。
  2) 父履三郎の成した行為を捕らえ直すプロセス。父の罪の相対化であり、被支配者側からの捕らえ直しである。それは幕末の社会経済構造の再分析にも連なって行く。
  3) 漢方医としての修練・一人立ちから、医者そのものの立場・行動へと進展する姿を描く。種痘の導入譚は興味深い。そして、島後における医療問題との格闘が絡んでいく。開国に伴う疫病の伝播への対応へと広がりをみせる。
  このサブテーマは流人・常太郎の視点から、幕末の社会経済機構のとらえ方に重層していく。村上良準、流人・惣太郎との関わりが重要な影響を常太郎に及ぼす。

2. 島後の政治・社会経済機構と人々の生き方の姿を、幕末という時代との関わりで描く。
 1) 島後の人々の生き方の姿を描く。
 2) 島後が幕藩体制にどのように組み込まれていたか。そこに潜む矛盾点を描く。
   それは結局、内地の各藩内の構造と通じる側面があるように思う。島の規模が小さくて、海上に孤立した存在故に、全体の社会経済構造が捕らえやすくて考えやすい。
 3) 島後を幕末の社会経済体制の中で、海上交通という視点で改めて組み込まれ、変貌していく状況を描く。上記2)と関わるが、「隠岐騒動」もその一局面。
 ある意味で、島後を日本の縮図として著者は描こうとしているのではないか。

3. 幕末史の側面を描く。
 1) 天保の大飢饉を根源とし、それに対し無策に留まった江戸幕府並びに諸藩の実態と被支配者側の反応と行動を描く。
   ここでフォーカスをあてられたサブテーマがある。
   *大坂での大塩平八郎の乱の顛末と民衆の関わり方
   *「江州湖辺大一揆」「福知山大一揆」の事実・実態とその顛末
   *乱や一揆の発生地と地方との間の共通性と差異性、受け止め方と反応
  事実とフィクションの境界がどこかは分からないが、被支配者の視点から、この時代を捕らえ直すのに役に立つ。一揆のリアル感に引き込まれていく。
 2) 尊皇攘夷論 時代の動き及び、論と実態のギャップを浮き彫りにする。
  ここにも、さらにサブテーマがある。
   *京の都、江戸という中心地と地方の二極における意識と対応のギャップ
   *攘夷の実態と開国  江戸幕府の無能性、馬関戦争や鹿児島戦争の実態
   *尊皇攘夷論が島後の人々に及ぼした影響と人々の行動
 3) 政権交代の実態とその意味
   *権力構造の実態と為政者の意識
   *島後の人々にとっての維新到来の意味
   *流人西村常太郎の視点

 こんなテーマ、サブテーマが重層的に相互関連を持ちながら、内地から海上二十里も離れた狗賓童子の島の人々をつき動かしていく。絶海の孤島に見えて、海の道により各地と様々につながる島後。民衆という被支配者の視点に立つと、その有様は日本の縮図として描き出されているように感じた。
 この小説は、己に罪なき罪を背負った流人・西村常太郎の半生史であるとともに、民衆の幕末史である。読み応えがある。考える材料が数多く盛り込まれた作品だ。

 最後にこんな章句を引用しておきたい。
*常太郎は、絶海の孤島ゆえの底力をそこに見た。個々の民が強くなければとてもこうはいかなかった。それぞれが強いがゆえに自らを律して生きることがこの島では可能だった。だが、新政府はその底力ゆえにこの島の民を脅威と感じ、危険を察知した。学問も武道も民には不要であり、ただ頭を垂れて年貢を納めるだけの衆愚を、新政府も必要としているだけのことだった。自ら手にした権益は堅く保持し、民からはとことん搾取し続ける。それこそが新たな中央政府の本質だった。それも旧幕府と全く同じ構図だった。 p500
*ただ否定や破壊することが、混迷を打ち破る良策に映ることが間々起こる。だが、思考することを止めて短絡に走れば、それは必ず自滅を招く。  p522
*すべてのツケは、結局細民に押しつけられる。目的のためには民を踏みにじるという根本の体質は、維新政府も旧幕府と何の変わりもなかった。  p548

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本作品に関連する用語などをネット検索してみた。一覧にまとめておきたい。

隠岐諸島    :ウィキペディア
隠岐観光web  隠岐の島町観光協会公式サイト
隠岐国     :ウィキペディア
隠岐の歴史   :ウィキペディア
隠岐氏     :「戦国大名探究」
65. 隠岐国   :「国府物語」

隠岐騒動    :ウィキペディア
隠岐騒動 島内旧家に残る億岐騒動の刀弾痕  :「幕末 刀痕 弾痕 探訪記」
隠岐島における維新  :「明治・その時代を考えてみよう」

大塩平八郎の乱 :ウィキペディア
あの人の人生を知ろう~大塩平八郎 :「文芸ジャンキー・パラダイス」
大塩の乱資料館 ホームページ
大塩平八郎のこと-三木家文書より-  西田素康・瀬山励共著 論文
歴史のお話 ~第31回 大塩平八郎の乱~ 主演 文化歴史学者Kick MizukoshiとLife-Like、宇塚彩子 U-STREAM番組  :YouTube
大塩平八郎の乱と八尾市田井中の関係 :「Web石井行政書士事務所」

近江天保一揆  :ウィキペディア
【天保義民・平兵衛大明神】土川平兵衛(つちかわ・へいべえ)・滋賀の偉人
   :【偉人録】郷土の偉人を学ぶ
一近江商人の凶作記録「天保七丙申年大凶作書」  古川与志継氏  論文
近江天保一揆の記録を読む 歴史の小窓 古川与志継氏 2ページ目 「広報やす」
探訪 近江・天井川の里:三雲~甲西 -1 横田渡常夜灯・天保義民碑
  もう一つの拙ブログ「遊心六中記」での「天保義民碑」ご紹介記事です。

十津川と隠岐の共通点  :「奈良県立十津川高等学校」
歌帝後鳥羽院と隠岐の風景  吉田 薫 氏  :「A.S.P.E 島根県技師会」

【著者に訊け】飯嶋和一氏 6年ぶりの新作『狗賓童子の島』 2015年3月13日 16時0分
   :「Infoseek 楽天 NEWS」

 
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徒然に読んできた作品の印象記に以下のものがあります。
こちらもお読みいただけると、うれしいかぎりです。

『始祖鳥記』 小学館
『出星前夜』 小学館


『波濤の牙 海上保安庁特殊救難隊』 今野 敏  ハルキ文庫

2015-05-21 10:47:52 | レビュー
 一読者として私の知る限りにおいて、著者・今野が海を直接の舞台として人々が活躍する小説を書いているのはこの作品だけだろうと思う。いくつかのシリーズものを波紋が広がるように読み継いできて、この小説が出版されていることに目を留めたのは、最近のことだった。2014年3月に入手し、2013年8月刊行の作品までを網羅する「今野敏の作品リスト」が手許にある。それには第80作として掲載されているのだが、見過ごしていた。
 この作品は1996年4月に祥伝社のノン・ノベルとして刊行され、2004年にハルキ文庫で出版、2011年1月に新装版として刊行された。冒頭のカバー写真は新装版の表紙である。

 海難救助ものとして一躍有名になったのが『海猿』だ。私は未読で、映画も見ていない。未見の私がこの読後印象をまとめようとして、連想するぐらいだから相当に親炙している作品だろう。ウィキペディアに項目があった。「『海猿』(うみざる)は、作者佐藤秀峰、原案・取材小森陽一による日本の漫画。1999年より連載され2001年に完結したが、翌2002年にテレビドラマ化、さらに2004年に映画化された人気作品である。」と冒頭にある。
 今野のこの『波濤の牙』もかいじょう保安庁特殊救難隊が海上救難活動をすることから事件が展開していく作品である。佐藤秀峰という漫画家の作品の愛読者は1999年から海上保安庁の海難救助ものをご存じだったのだろうが、一般的にはやはり、2002年のテレビドラマ化、2004年の映画化あたりから『海猿』が世間に広まっていったのだろう。
 海難救助ものというジャンルで捕らえると、今野のこの小説がいち早く作品化されていたということに、今改めて新鮮な感覚を抱く。

 「特殊救難隊」は海上保安庁の組織の中に、実際に存在する。ホームページに掲載の「海上保安庁パンフレット」を見ると、「特殊救難隊」が載っていて、「転覆した船舶や火災を起こした危険物積載船等における人命救助や火災消火等高度な救助技術と専門的知識を必要とする特殊な海難に対応するための救助のスペシャリストです。救急救命士を含む6隊36名編成で、全国の特殊な海難に航空機で即座に対応できるように24時間出動できる体制をとっています」と説明されている。つまり、海上保安庁には、一般的な海難救助の役割を担うチームと、緊急かつ高度な救助技術を必要とする海難に対する特殊救難の役割を担うチームが居るようだ。
 
 この小説は、海が時化て豪雨が視界を遮る中で、63トンの漁船・第十二豊政丸が、突然現れた倍ほどの大きさの漁船をよけきれずに、衝突する。相手の船の船尾部が第十二豊政丸の左舷に衝突したのだ。乗組員5人が漁船の沈没の危機に晒される。船長は当て逃げして豪雨の中を去っていった大きな漁船の船体にハングルが書かれていたことで、北朝鮮の漁船と推測する。この海難救助をするのが、海上保安庁特殊救難隊の第二隊、惣領正の率いるチームである。冒頭から海難事故と救助のシーンがリアルに描かれる。以下特殊救難隊を作品内での略称に合わせて特救隊と記す。
 そして、船体にハングルが書かれていた大きな漁船が、このストーリー展開への伏線となっていく。

 著者は、まず特救隊を簡潔に説明している。「海上保安庁の第三管区保安本部警備救難部救難課に属している。1974年に東京湾で起こった『第十雄洋丸』と『パシフィック・アレス号』の衝突・炎上の事故を契機に検討され、翌75年10月1日に発足した。当初は隊長1名、隊員4名のわずか5名しかいなかった。現在は東京・羽田に基地を置き、隊員は24名だ。隊長、副隊長、隊員4名(うち1名は救急救命士)の6名ずつの4隊編成になっており、24時間の出動体制を取っている。」作品が刊行されたのが1996年だから、現時点ではさらに2隊12名が増員されているということになる。

 この小説は、第十二豊政丸の乗組員を海難救助した惣領が、隊員の赤井と会話する内容から始まることになる。北朝鮮の船らしいという当て逃げした漁船の行方がわからなくなっているのだ。北朝鮮の船であり、もしそれにスパイが乗っていたとしたら・・・という論議は、海上保安庁と海上自衛隊の観点の違いを含ませていて、かつクライマックスでの一場面の伏線にもなっている。これはまあ、読了して気づいた事なのだが。このやりとり自体も、さりげなく書かれているが、やはり重要な視点だろう。
 第十二豊政丸に船尾をぶつけた大きな漁船がその後の台風の接近の中で、海難に遭わないかという惣領の危惧が的中することになっていく。本部から海難信号を受信したことで、出動指令が出る。惣領以下第二隊が出動することになる。船が浸水。動力を失っているようで、船は北朝鮮船籍の漁船だという。茅ヶ崎沖北緯35度東経139度20分。
 第二隊は、ヘリコプターで2名が先行し、惣領他3名が巡視船で現場に向かうことになる。ヘリコプターで先行した赤井が機長に本部への連絡を依頼する。対象の船を発見したが、船体にハングル、北朝鮮の旗と救助要請の一字信号旗を確認。ただし、国籍を偽装している可能性もあると付け加えたのだ。

 惣領たちは、横浜港から乗り込むのは非番だった『すがなみ』という30m級の巡視艇だった。総トン数125トン、最大13人乗り、30ノット(55km)で航行できる船である。これで現場に向かう一方、先行したヘリコプターは天候の関係で対象船の発見後、基地に引き返すことになる。つまり、惣領を含め4人で海難救助の任に就くことになのだ。
 
 この小説のおもしろいところは、その展開である。
 第1段階は、何は救助要請に対する海難救助活動の状況描写である。救助の展開プロセスが興味深い。ところが、その救助した漁船の乗組員3人には場違いな風体の者も含まれていた。そして、この助けた連中を巡視艇『すがなみ』に無事乗り移らせた段階で、拳銃をつきつけられて、シージャックに遭うこととなる。北朝鮮の旗は、赤井が疑問視したように、偽装だった。
 第2段階は、彼らが漁船に残した荷物を特救隊に取りに行かせるという危険を冒させる。彼らの航行目的はその荷物にあった。その一方で、巡視艇の無線機を銃で撃ち破壊するという暴挙に出る。嵐の中で、無線を破壊してまで確保したい荷物とは? 覚醒剤である。荷物の回収を惣領はやらざるを得なくなる。この間の経緯と覚醒剤という荷物の回収が一つの転換点となる。惣領たちはどう対処すべきなのか。「たしかに惣領たちは海難救助のプロだが、海上保安官の仕事は海難救助だけではない。犯罪の検挙も仕事のひとつ」なのだから。
 第3段階がこの小説の大きなテーマとなる。台風が近づいてきている荒れた海上で、シージャックされた巡視艇。海難救助から覚醒剤の密輸入という犯罪にどう対応するか。救助した連中3人がそれぞれリボルバーの拳銃を持っている。無線は破壊されている。特救隊は惣領を含め3人。巡視艇は浅田艇長を含め4名。海上保安庁の7人は、丸腰である。台風は刻々と接近してくる。無線経由で台風に関わる気象情報を入手することはもはやできない。台風が接近するなかで、巡視艇『すがなみ』が他の海上保安庁の艦艇の助力を得られる術もない。
 無線での連絡手段がない荒れた海上。そこでのシージャックという危難にどんな対応策をとれるのか。その展開プロセスが読ませどころである。
 この読ませどころには、『すがなみ』と連絡がとれない状況に置かれた横浜港の基地側の立場を描いて行く。ヘリコプターで引き返して基地に留まる赤井と他の特救隊が示す信頼関係と予期せぬ事態に対する状況分・析判断と行動にある。
 
 この小説の展開に多少の彩りと第三者的切り口を加えるのは、惣領の恋人でニュースショウのキャスターになることを目標にしている有賀沙恵子である。沙恵子は台風18号の接近、台風の房総沖通過という予測により、久しぶりのデートが惣領からの電話でキャンセルになる。そして、沙恵子は東京テレビネットワークのプロデューサーがニュースショウの女性キャスターの仕事の話を、沙恵子へのプロポーズの土産としてくっつけるという形で、アプローチしてきたのだ。
 沙恵子は、基地にいる惣領に電話をかけると、赤井が状況を告げる。沙恵子は横浜港の基地に駆けつけていくことになる。そして、海上保安庁の職員の家族同様の扱いを受ける形の中で、刻々と展開していく状況を監察する立場になる。この第三者の目線がひとつの奥行きをこのプロセスに加える働きにもなっている。
 そして・・・・・沙恵子は結果的に、ジャーナリストとしてスクープをものにする立場に立つ。この落ちは実に自然でかつ喝采という終わり方である。

 後半は台風接近というタイムリミットがある中で、荒れ狂う海上が舞台となる。銃をつきつけられた人質という立場に居ながら、海上保安庁の職員として、最後まで犯罪と対決していこうとするファイト。丸腰の人間が行う知的格闘がメインとなり、強力な信頼関係にある仲間の阿吽の呼吸が生み出す決め手がストーリーの展開を盛り上げていく。エンターテインメント性も十分ある。
 なぜ、この特救隊ものが、シリーズとして後続していないのか。ちょっと不思議な気もする。


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海猿  :ウィキペディア
海上保安庁 ホームページ
  警備救難部救難課
  平成12年版 海上保安白書  目次
    不審船事案への対応  第2部 第1章 Ⅰの4項
     第4章が「海難及び人身事故の救助」 左のメニューからアクセス
  「海上保安庁」パンフレット
    13ページ「命を守る」に海難救助の説明があります。特殊救難隊も提示。
  第三管区海上保安本部
     生命を救う  海難救助
第三管区海上保安本部  :ウィキペディア
第三管区海上保安本部羽田特殊救難基地   :ウィキペディア

捜索救難における漂流予測方針の検討について  及川幸四郎氏 論文
救難機器  :「太洋無線株式会社
海上通信 :「電波利用ホームページ」(総務省)
主な艦載兵装
護衛艦  :「JMSDF 海上自衛隊ホームページ」


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このブログを書き始めた以降に、徒然に読んできた作品の印象記に以下のものがあります。
こちらもお読みいただけると、うれしいかぎりです。
『チェイス・ゲーム ボディーガード工藤兵悟2』 ハルキ文庫
『襲撃』  徳間文庫
『アキハバラ』  中公文庫
『パラレル』  中公文庫
『軌跡』  角川文庫
『ペトロ』 中央公論新社
『自覚 隠蔽捜査 5.5』  新潮社
『捜査組曲 東京湾臨海署安曇班』  角川春樹事務所
『廉恥 警視庁強行犯係・樋口顕』  幻冬舎
『闇の争覇 歌舞伎町特別診療所』  徳間文庫

=== 今野 敏 作品 読後印象記一覧 ===   更新4版 (45冊)

『チェイス・ゲーム ボディーガード工藤兵悟2』 今野 敏  ハルキ文庫

2015-05-16 17:44:30 | レビュー
 ストレートで現代にマッチする題名である。1999年にハルキ文庫に入った時点で改題された。そして、2008年9月に新装版が出版されている。上掲のカバーは新装版のもの。
 このタイトルから、はやくもストーリーの一端が明瞭に見えてくる。ボデーガードを仕事として請け負う工藤兵悟という男が、何かを追跡するストーリーであり、そこには簡単には捕まえがたいハードルがあり、難関を乗り越えなければならないゲーム性を秘めている・・・・。そんなところまでは想像できる。

 この作品は、最初1994年に祥伝社から刊行された。その原題は『追跡原生林北八ヶ岳72時間の壁』だった。こちらはさらに具体的なタイトルだ。まあ、今風のタイトルの方が、若者受けしそうであるが。
 原題を重ねると、一層具体的にストーリーの予告に近くなる。場所は北八ヶ岳。そして普通の人ならあまり近寄らない原生林の中で追跡バトルが始まる。デッドラインは72時間後、このタイムリミットまでに工藤兵悟は追跡のゲームを完了させないと、誰かのボディーガードの役割を果たせない。工藤が追跡しているのだから、守るべき対象が捕らわれていてそれを追跡しているか、守るべき対象が何らかの理由でどこかに居て、その対象を守る為には、チェイス・ゲームを行っているその対象を捕まえなければ、ボディーガードできない状況にいる。

 これだけでたぶん興味がそそられるのではないか。同文庫で現在出ている第1作『ナイトランナー』をお読みであればこれで十分かもしれない。

 それでは少し足りないと感じる方のために、私自身の読後記憶を引き出すためのメモを兼ねて、少し読後印象を交えて続きを記しておきたい。

 この作品のおもしろいところは、やはり追跡というテーマで、追う者・追われる者の互いの知力と経験、持てるスキルを駆使したバトル・ゲームが展開されるところにある。どんな罠が仕掛けられるか、それをどう回避できるか。どんな捕まり方になるのか。いわゆる、そのストーリー展開のワクワク、ヒヤヒヤ感、バトル展開のスピード感、どこまで意外な展開となるか・・・そのエンターテインメント性にある。この点、72時間というタイムリミットが嫌でもその感覚を高めていく。これは常套手段なのかもしれないが。

 工藤兵悟は、乃木坂のビルの1階にある『ミスティー』という地味なカウンター・バーの奧の部屋を間借りし、そのバーに用心棒を兼ねて身を寄せている。そして、ボディーガードの仕事を単発的に請け負って生業としている。だが、彼はかつてフランス外人部隊の第四連隊に属し、みっちりと鍛えられた優秀な兵士だった。そして、フリーランスの傭兵として世界の戦場で戦いサバイバルしてきた男である。銃・ナイフなどの武器の扱い、チェイスのためのスキルなど、兵士としての条件は抜群なのだ。その世界では名が知られた存在になっている。
 『ミスティー』に、アル・ソラッツオというイタリア人の戦友が突然に、厳重に包装された円盤状の包みを大事そうに持って、訪ねて来のだ。工藤はアルと傭兵時代を一緒にすごしたことがある。アルもまた、一流の優秀な兵士だった。アルはマフィアに追われているという。事情があり、兵悟を頼って日本に来たという。兵悟に助力して欲しいというのだ。ボディーガードとしての兵悟を傭いたいとアルは言うが、工藤は拒否する。
 そこで、アルが工藤に頼み込むのは、円盤状の荷物を一時的に秘かに預かってほしいことと、逃げ延びるための最初の手助けである。彼は日本の山岳地帯に一旦逃げ込みたいという。実は、森林山岳地帯での行動はアルが特に得意とする分野なのだ。森林帯での傭兵としての卓越した行動力には、工藤が一目置いているほどなのだ、その分野では工藤自体がアルには及ばないと自覚している。
 工藤はトレーニングのために使いメモを書き込んだ山岳地図を含め、山岳地帯でのサバイバルに必要な最小限の道具一式をアルに提供してやる。そして、自分のパジェロでアルを後30キロも行けば碓氷峠という山道のところまで送ってやることになる。アルは工藤に言う。「このあたりから、俺の世界のような気がする」と。
 このアルが追われる者になり、工藤が追う者の立場に投げ込まれるのである。
 互いを知り尽くした者同士の間でのチェイス・ゲームが始まらざるを得ない状況が持ち上がる。

 一方、そのチェース・ゲームはなぜ、何のために行われるのか? その切実感がないと、単に遊び感覚だけになる。この作品はその切実感を十分にいくつかの視点で含ませている。そこに意外性も秘められて、最後のクライマックスで一挙に納得感も出るストーリー構成になっている。
 このゲームの始まる「切実感」は多面的である。誰の立場に立つかによって、その切実感の中身が違う。勿論、メインとなる切実感は工藤自身に課せられたタイムリミットの背景にある切実感である。まずは、登場人物周辺の切実感の要点に触れておく。

 アルの切実感。大事そうに携えてきた円盤状の包みを守りきるために、追われる立場で生き延びること。彼は、新興のコルレオーネ・マフィアがある物(ブツ)を極秘に運ぶ途中で、その品物を盗んだというのだ。そのコルレオーネ・マフィアから追われる身であるという。如何にその品物を保持し、生き延びるか? 追われる者のサバイバルという切実感。

 追う立場にあるコルレオーネ・マフィアは、その極秘の品物をアメリカン・マフィアと取引関係を築く材料にしようとしていた。そして己の勢力基盤の構築を目指していたのである。秘密で物を運ぶことを得意とするチャイニーズ・マフィアと手を結んでいた。そのため、チャイニーズ・マフィアを介して、日本国内でのアルの追跡を進めてきていたのだ。そして、アルが『ミスティー』に工藤を訪ねたことを突き止める。勿論、工藤のキャリアも知ることになる。
 マフィアにとっては、アメリカン・マフィアとのでかい取引を成功させるには、その物をアルから取り戻さねばならないのだ。取引の日限が迫っている。このチャンスを逃がすと、新興マフィアが盤石なマフィアへの生き残りができないくなるという切実感。

 そこで、工藤の投げ込まれた切実感に繋がって行く。
 アルを森林帯の入口に送った翌日の夜、アルを追っているマフィアが「ミスティー」に現れる。ヴィート・カルデローネが、エンリケ、パオロ、ルチアーノという名の男3人、エマという名の女の計4人の手下を引き連れてやってきたのだ。勿論、工藤の素性を承知の上でである。
 そして、工藤にアルを捕まえて3日後の午後6時までに探して店まで連れ戻せと言うのだ。バーテンダーの黒崎と今はこの店の従業員になっている水木亜希子の2人を人質とする。3日間の期限までに、アルを連れてこなければ人質を殺すと宣言するのだ。
 黒崎は工藤にとっては家主である。黒崎は足を洗ったもとヤクザ。亜希子はもと環境保護団体「グリーン・アーク」のスタッフだった。工藤は亜希子のボディーガードとして彼女の決定的危機を守りきったことがある。英語は自由に使いこなせ、「グリーン・アーク」に所属していたとき、エド・ヴァヘニアンという名の戦闘プロから訓練を受けたことがある女性である。
 ヴィート・カルデローネは部下のパオロとルチアーノを工藤のアシスタントに付けるという。工藤の行動の監視役だ。エマは18歳で軍隊に入り、5年間の専門的な訓練を積んでいるという。パオロは街中で肩を怒らせるタイプの男だが、ナイフさばきと格闘には自信を持つ若者である。工藤に選択の余地はない。
 工藤は自分の使い慣れた道具一式はアルに渡している。チェイス・ゲームのための道具一式を揃えることから始め無ければならないのである。
 そして、北八ヶ岳の原生林に入り、工藤が自分のトレーニング用に使っていた地図、それも詳細な書き込みをした地図を持つアルの行動を予測しながらのチェイスが始まって行く。

 このチェイス・ゲームで興味深い点がいくつかある。
1. チェイス・ゲームにどんな道具や品物を工藤が揃えるか。
2. 工藤が行うアルの行動予測と、アルが逆に工藤の行動をどう捕らえるか。
  つまり、工藤のチェイスに対して、アルがどんな戦略をとるか。
3. 軍隊経験のあるエマと街中のチンピラとの森林帯での意識と行動の対比とその描写
  工藤が2人の監視役をどう扱っていくか。
4. アルが仕掛ける罠、それを工藤らがどう回避できるか
5. 72時間というタイムリミットまでを、著者がどうストーリー展開していくか。
 
 そして、工藤がチェイス・ゲームの中で、アルにマグライトを点滅させU・H・Eという信号を送る。それが決め手になって行く。

 本書の面白さは、チェイス・ゲームの展開の面白さと、クライマックスでの意外性である。
 この作品は、フィレンツェにあるウフィツィ美術館のすぐ傍の4階建てアパートがほぼ全壊するくらいの爆発が真夜中に突発する。自動車に仕掛けられていた爆弾の爆発に起因する。爆弾テロはマフィアの仕業だったのだ。この爆破テロで美術館も一部破壊され、作品の損傷も発生する。こんなシーンの描写から始まっていく。
 
 一気に読ませるエンタテインメント作品であり、サバイバル行動を想像の世界で楽しめる作品だ。原生林の漆黒の闇を空想してみることから始めていただきたい。


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この作品に出てくる語句を検索してみた。イメージを膨らませるのに役に立つ。一覧にしておく。

ウフィツィ美術館 (Galleria degli Uffizi)  :ウィキペディア
FLORENCE MUSEUM ウエブサイト

マフィア  :ウィキペディア
イタリア警察、マフィアの加入儀式を初めて撮影 Italy captures mafia initiation rites on film, 40 arrests   AFPBB News :YouTube
Mafia From Wikipedia, the free encyclopedia

サバイバルキット開発  :「硬派野郎ども」
野営装備  :「硬派野郎ども」
アル・マーのナイフ :「フラッシュライト・ナイフ・防災備品あれこれ」
フィクションを見るための軍用ナイフ講座 (1)  :「火薬と鋼」
SOGスペシャルフォース  AL-MAR/page9
スイスチャンプ  :「ビクトリノックス」
マグライト   :「MAG・LITE」

実弾射撃 トカレフ TT-33 自動拳銃 (Tokarev TT-33 Automatic Pistol) :YouTube
USSR トカレフ / СССР ТТ 【自動拳銃】 :「MEDIAGUN DATABASE」


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=== 今野 敏 作品 読後印象記一覧 ===   更新4版 (45冊)


『韃靼の馬』  辻原 登  日本経済新聞出版社

2015-05-09 09:33:05 | レビュー
 この作品のキーワードは「一身二生」だろう。対馬藩朝鮮方佐役(ちょうせんかたさやく)であり、寛永13年(1636)の朝鮮通信使迎聘にあたっては、「真文役」となった雨森芳洲が阿比留(あびる)利根に、兄の克人のことについて伝えようとしてふと口にし、それ以上告げることを思いとどまらざるを得なかった一言である。対馬藩士であった阿比留克人が、なぜ、朝鮮人・金次東(キムチャドン)として生きたか。その人生を軸にしながら、当時の政治経済や人の交流、江戸幕府と対馬藩の関係、今風にいえばインテリジェンス領域に関与していくことの問題、二重スパイの宿命などが織りなされていく。

 この作品は、妹の阿比留利根が回想するという形で、プロローグ、間奏、エピローグに登場する。第一部は、対馬藩士・阿比留克人としての人生が「朝鮮通信使」との関わりの中で展開する。第二部は、「朝鮮通信使」の通訳として随行した克人が、朝鮮通信使一行の帰国旅程の途中、大坂に到ったときに、逐電せざるを得なくなる。そして15年後、朝鮮人・金次東として生きている最中に、再び対馬藩の命運を託されるという宿命となる。そして遙かなる韃靼(モンゴル)の地に、汗血馬と称された天馬を求めて出かけて行く。託された使命を無事完了するが、その後、阿比留克人に戻ることなく、金次東としての人生を生きて行く。
 第一部は史実の行間に巧みにフィクションを織り交ぜた創作である。第二部はそこからさらに韃靼(モンゴル)へ天馬を求める探索の旅に出かけさせるという雄大なスケールのフィクションへと飛翔させていく。それが将軍吉宗による「日光社参」復活という史実にリンクさせる構想は意外な展開だが、自然な流れに思わせる巧みさに溢れている。
 前半は時代背景の描写、朝鮮通信使の旅程の詳細な描写と比較的スローな時間やストーリー展開に若干辟易とされるかもしれない。後半はダイナミックな冒険譚風の描写が主となり、ストーリー展開にスピード感が加わる。読み応えのある作品だ。

 第一部は、六代将軍家宣の侍講として仕えた新井白石が、29年ぶりに来日する「朝鮮通信使」に対する通信使聘礼における国書交換にあたり、難題を対馬藩に突きつけてくる。それは、朝鮮国王から川将軍への国書の称号を、それまでの「日本国大君(たいくん)」から「日本国王」に変更するよう申し入れよというもの。既に、朝鮮国王の国書を携行した正使が通信使一行とともに漢城(ソウル)を出発しているという知らせが倭館から対馬藩に届いている段階で発生した難題なのだ。もはや事前交渉段階ではない。一旦作成された国書を、強引に説得して書き換えてもらうという、通常なら考えられない事態に直面するのである。
 この時、阿比留克人は対馬藩から派遣され、朝鮮の倭館に、朝鮮との外交交渉を担当する10人の「裁判(さいはん)」の最年少として勤めていた。外交交渉に携わりつつ、朝鮮や中国の情報収集活動をする役目である。そこには必然的に情報収集の見返りとしての何らかの情報提供も生じてくる。第一線にいる人間には、職務の性格上、二重スパイ化する要因の内在は回避が難しいことでもある。
 倭館を訪れた雨森芳洲が、裁判の克人に「王号復号」問題という難題を相談するところから、具体的にストーリーが展開していく。倭館窯に専属として雇われていた朝鮮人陶工・李順之との邂逅から、克人は李順之の裏の任務を知る。そこから、暗行御史(あんこうぎょし:朝鮮国王の密偵)の利用する「銀の道」を使い、最短距離で既に漢城を出発している朝鮮通信使一行を捕まえるという思いつきが芽生える。正使に会い「国号復号」問題への対処を何とか願おうという策である。
 阿比留克人の父は対馬藩の朝鮮方佐役であったが36歳の折り不意の病で亡くなり、その後を襲って雨森芳洲がその任についた。克人は芳洲の薫陶を受けて育つ。そして、朝鮮語・漢語を修得する。また、対馬の慶雲寺にいた旅の僧から手ほどきを受け、薩南示現流を激しい修練を経て会得していた。そんな克人がその役割を担うこととなる。

 「銀の道」を馬上でひた走る克人が、滝の近くで水のにおいを吸い込もうと覆面をはずしたことがきっかけで、同じ道を利用していた監察御史・柳成一(ソンイル)に見とがめられて誰何される。その結果、対決する羽目になり、克人も肩に傷を負うことになる。柳成一との偶然の出会いが、結果的に克人の大きな運命を変えていく始まりとなる。克人にとっては、協力者・李順之の存在を知られてはならない絶対事項なのだから。
 
 克人の活躍で、「王号復号」のための国書の差し替えは無事解決し、対馬経由で朝鮮通信使は江戸への旅を続ける。この折り、雨森芳洲は「真文役」、克人は外交交渉の通訳として随行する。真文役とは、「通信使の江戸往復の全行程に護行し、道中における公式文書(漢文)作成のいっさいに携わる」という役割である。
 一方、この通信使一行の警備・護衛を担当する軍官の指揮系統の一元化で、その長に監察御史の柳成一が就くことになる。ここに、克人と成一の間で行路における陰での確執が始まって行く。

 この第一部は、日本と朝鮮との外交問題、対馬藩を軸にした日朝交易問題、対馬藩による100年前の国書偽造事件の顛末、将軍家宣の侍講・新井白石の外交政策と人物像、朝鮮通信使の迎聘がどのようなものであったかという史実が克明に描かれて行く。
 この側面、「朝鮮通信使とは何だったのか」というのを描き出すことが著者にとって、一つのテーマだったのだろうと思う。その史実の空隙に阿比留克人や柳成一などが登場し活躍する創作局面が実にリアルに織り込まれていくことになる。
 読者にとって、本作品の第一部は、歴史における「朝鮮通信使」の存在と実態を学ぶ機会にもなっている。またそれは、雨森芳洲という近江国(滋賀県)湖北に生まれた偉人の一人を知る機会でもある。雨森芳洲という人物名はかなり以前から知ってはいたが、どんな役割を果たしてきた人物なのか、その詳細を知らなかった。この小説を通じて、雨森芳洲という歴史的偉人の一端に触れたことで、彼の思想と行動、その事績に関心が芽生えてきた。

 「銀の道」で肩に傷を負った克人を助けるのはリョンハンという旅芸人である。彼女は揚州仮面劇団(ヤンジュタルチュム)の花形だった。リョンハンはテウンと綱渡りの演技を見せ場とする。そのリョハンが克人を追って、通信使一行に随行する芸能団の一員に加わり、ストーリーに花を添えるとともに、重要な役回りを果たすことになっていく。大坂で、遂に克人が柳成一と対決することになる折りにリョンハンが己の意思で関わって行くのだ。克人は逐電せざるを得ない羽目になる。それは「一身二生」の始まりだった。

 第二部は、江戸幕府の政治状況の変転が、仮の姿・李次東として生き始めた克人にも影響を及ぼす。15年の歳月が経つ。李次東はマウルの住人となり家庭を築き、陶工として生活している。そこにかつて逐電することを勧め、その援助をした唐金屋が訪ねて来る。唐金屋は、対馬藩の窮状と己の状況を説明し、将軍吉宗がどうしても天馬・韃靼の馬を手に入れたいという望みを抱いていることを告げる。対馬藩は幕府に二十万両の借りがあり、老中・勘定方はその貸付金の返済を迫っているという。雨森芳洲と唐金屋は天馬の献上と拝借金の一部相殺ができないかと思案する。そして、李次東に天馬の入手を告げにきたのだ。虫の良い話だが、対馬を救えるのは克人以外に適任者がいないと。藩命と受けとめて実行してほしいという。
 「しかし、私はもはや対馬藩士ではない。朝鮮人金次東として生きてゆくことを決めた人間です。それに、馬にも詳しくはない」と。馬のことに関して唐金屋は哥老会の協力が得られるという。
 対馬への思いが、金次東として生きる克人を揺り動かしていく。そして、会稽(フェリヨン)を経て、長白山脈、さらに大興安嶺を越え数百里の彼方の大草原の秘密の牧場に育てられているという天馬の探索、入手の冒険に駆り立てられていく。
 冬季の大草原へのはるかなる冒険探索の旅というダイナミックな展開はおもしろい。前半のストーリー展開のテンポと対比すると、後半のストーリー展開はスピードアップする。それは、唐金屋が李次東に話を持ち込んだ時点で、対馬藩の貸付金返済期限が迫っていること。馬の献上をそれまでにして、馬と返済金の一部相殺を交渉するには、馬を入手するのに正味4ヵ月の期間というタイムリミットが課せられているせいでもある。
 第一部の朝鮮通信使一行の往復の旅程は1年有余に及ぶものだったから、ある意味当然の展開テンポの違いともいえるが・・・・。
 読者としての読みやすさは、やはり第二部のストーリー展開の方がスリリングである。 また、ちょっと奇想天外な桃源郷の如き、天馬が飼育される秘密の牧場が出てくる。これも意外性が加わりそれほど違和感がなくすんなり、おもしろく感じ楽しめる設定だった。
 
 しかし、第二部のストーリー展開にのめり込めるのは、第一部の顛末がベースとなっているからでもある。この中での人間関係が、第二部での天馬探索の冒険譚の大いなる伏線となっているのだ。その人間関係の濃密さは、本書を開いて味わっていただきたい。
 また、阿比留家に伝わり、今は克人と利根しか解読できないという阿比留文字が、克人・利根間の通信手段として暗号代わりに使われるという道具が持ち込まれている。これが、利根を介して、克人と李順之との通信手段になっていく。この阿比留文字がこの作品では興味深い小道具としてストーリー展開で生きている。どこで活きているかも、この作品を読む上でのお楽しみに。

 最後にもう一つ、第二部には徐青(ソチョン)という若い朝鮮人が登場してくる。徐青は人生の不思議な巡り合わせを象徴するかのような存在として描かれている。阿比留克人は金次東としての人生を生きるために、朝鮮のマウルに戻って行く。エピローグで克人の妹・利根は、事情を知らぬまま、徐青について次のように語る。
「この方は対馬に残り、のちに藩に召し抱えられ、名も柳川調行(しげゆき)と改め、椎名さまの配下となりました」と。これは、対馬藩にとっての一つの落ちとしての巡り合わせでもある。この点もこの小説での味わいを感じる局面である。

 阿比留叙情詩を引用しておく。克人が妹・利根との競作で作詩したものとして、登場し、この作品の底流に流れている詩である。巻末に、著者は金鐘漢の『たらちねのうた』の中の詩を変奏したものと付記している。

 閏(うるう)四月
 しだれ柳は老いぼれて
 井戸の底には くっきりと
 碧空(あおぞら)のかけらが落ちて
 
 いもうとよ
 ことしも郭公(かっこう)が鳴いていますね
 
 つつましいあなたは 答えないで
 夕顔のようにほほえみながら
 つるべにあふれる 碧空をくみあげる

 径(みち)は麦畑の中を折れて
 庭さきに杏の花も咲いている
 あれはわれらの家
 まどろみながら 牛が雲を反芻(はんすう)している

 ほら 水甕(みずがめ)にも いもうとよ
 碧空があふれている


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本作品と直接間接に関連する事項を検索してみた。一覧にしておきたい。
対馬府中藩  :ウィキペディア
対馬の歴史  江戸時代  :「国境の島 対馬へ」(対馬観光物産協会)
対馬を支配した宗氏   歴史研究所日本史レポート  :「歴史研究所」
対馬 対馬藩 歴史  :「江戸三百藩」
雨森芳洲   :ウィキペディア
東アジア交流ハウス雨森芳洲庵    :「長浜米原奧びわ湖」
雨森芳洲再考-近世日本の「自-他」認識の視点から- 論文:「KATSURAJIMA's Website」
仲尾宏さんが講演「雨森芳洲の多文化共生論」 :「朝鮮日報」
雨森芳洲の墓  :「ORC」
新井白石   :ウィキペディア
朝鮮後期知識人と新井白石像の形成   鄭英實氏 論文
新井白石 ・ 折りたく柴の記   :「松岡正剛の千夜千冊」
朝鮮通信使   :ウィキペディア
やさしい朝鮮通信使の話  :「八幡ガイド」
朝鮮通信使の真実 :「KOKIのざっぱ汁」
朝鮮通信使 文化史17  :「フィールド・ミュージアム京都」
草梁倭館時代  :「釜山でお昼を」
阿比留文字  :ウィキペディア
阿比留草文字 :ウィキペディア
大内神社 古代文字「阿比留文字」の考察  丸谷憲二氏
対馬国の防人と大族の阿比留姓  古沢襄  :「歴史・神話  杜父魚ブログ」
宗 氏  :「戦国大名探究」
阿比留氏  :ウィキペディア
清津市(チョンジンし)  :ウィキペディア
会寧市(フェリョンし)  :ウィキペディア
哥老会  ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説 :「コトバンク」
ガルダン・ハーン   :ウィキペディア
金鐘漢の「たらちねの歌」  :「s3731127306の資料室」
以酊庵  :「ぶらり城下町・厳原歴史探訪(1)」
タタール :ウィキペディア
北元   :ウィキペディア
日光社参  :ウィキペディア
享保の日光社参における公儀御用の編成  阿部 昭氏  論文
八代将軍吉宗の日光社参  :「日下古文書研究会」
汗血馬 幻の名馬「血の汗を流す馬]-発見  :「アシア文化社」
汗血馬の赤い汗の正体 ・・・( ̄  ̄;) うーん  :「化学屋の呟き」
日本在来馬と西洋馬 -獣医療の進展と日欧獣医学交流史- 小佐々学氏 論文
白登山の戦い  :ウィキペディア
陶庵夢憶  ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説  :「コトバンク」
『陶庵夢憶』からほんの少しメモ  :「古書 比良木屋」
フェルガーナ → フェルガナ  :ウィキペディア
駐防八旗  世界大百科事典内の駐防八旗の言及  :「コトバンク」
八旗   :ウィキペディア


大陸駆ける冒険ロマン 辻原登に聞く『韃靼の馬』 :「朝日新聞 DIGITAL」
   著者に対するインタビュー記事


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『影踏み鬼 新撰組篠原泰之進日録』  葉室 麟  文藝春秋

2015-05-03 10:29:36 | レビュー
 歴史は勝者が書いたもの、もしくは勝者の立場を支持する者が書いたものが残る。敗者の立場からの歴史は抹殺される。その中間にある者の書いたものは、誰かが意識的・意図的に残すことがない限り、時代の流れの中で取捨選択されて残るのだろう。
 この作品の主人公・篠原泰之進は、歴史でいう勝者でも敗者でもないと思う。九州・久留米の石工の息子として生まれ、宝蔵院流槍術、剣術、良移心当流柔術を修行する。長じて久留米藩家老の中間となったことから、供をして江戸に出る。アメリカのペリー提督が5年前に浦賀に来航したという時期である。結果的に、尊皇攘夷の志を抱き、脱藩して水戸に走る。根っからの尊攘派浪士となる。そんな泰之進は伊東甲子太郎の門下に入り、甲子太郎に信服して、行動を共にすることとなる。草莽の大義で行動した一介の浪士なのだから。

 大筋を捕らえておこう。甲子太郎に随い、新撰組に入隊。新撰組の当初の理念に相違し、その実態が見えてくると、甲子太郎に随い新撰組から分離する。そして、伊東甲子太郎を筆頭にして、崩御された孝明天皇の御陵を警衛する役目、御陵衛士となる。だが、伊東甲子太郎は、新撰組の近藤勇の指示により、暗殺されてしまう。泰之進は甲子太郎の実弟・鈴木三樹三郎らと共に、近藤勇を追い、甲子太郎の無念をはらそうとする。そのため、赤報隊に入り、近藤の後を追おうとするが、赤報隊は桑名で解散を命じられる。赤報隊解散後、粗暴の凶徒の一人とみなされて泰之進は投獄の憂き目に。嫌疑が晴れて釈放された後、官軍として越後の戦線に向かう。その2ヶ月ほど前に、近藤勇は既に板橋で処刑されていた。泰之進が自らに課した目標が消滅する。その泰之進は結局幕末動乱期を生き延び、維新後大蔵省で勤務した後、ある事件が契機で嫌気がさし、大蔵省を辞す。そして、実業家の道を歩む。この小説は明治25年4月、65歳で健在だったところまで描いている。
 この最後の場面が、末尾の一文を引き立たせるのだ。最後の一文を記しておこう。
 「泰之進は鬼となって追いかけねばならない影が消えていくのを見た。」(p246)

 その篠原泰之進は、「秦林親日記」(筑後之住秦林親称泰之進履歴表)というものを残している。国会図書館のデジタルアーカイヴである「近代デジタルライブラリー」でその内容を読むことができる。それが公開されているのを確認したが、現時点で私は未読である。
 少なくとも、世を動かすという意味の勝者でもなく、主流から抹殺されていった完全な敗者でもない。しいていえば、個人の生き様を正当化する視点が含まれている記録かもしれない。だが、泰林親が見聞・体験した激動の時代の事実について、何らかの意味を加え得る史料として、厳然と残されている。読んで見ようとは思っている。

 この小説の著者・葉室はたぶんこの史料を踏まえ、他の諸資(史)料と併せて独自に解釈した上で、記録の行間に想像力を働かせてこの作品を紡ぎ出したのだろう。対比分析をしていないので、著者がどこをどのように解釈して作品化をしているかは知らない。

 尊攘派浪士の一人だった篠原泰之進という男の生き様を主軸にしながら、著者は幕末動乱期の政治情勢の変転と、その時代に深く関わった人々の思想・思考と志、そして複雑怪奇な人間関係、その両面の紆余曲折を一つの歴史の流れとして織りなして行く。

 <影踏み鬼>という遊びがある。鬼の役になった子供が追いかけて相手の影を踏んだら、踏まれた子が今度は鬼の役に切り替わり、他の子を追うという遊びである。
 著者は、幕末動乱期の時代と人々の動きを、<影踏み鬼>のようなものだったのではという視点から、描き出しているように思う。
 著者は、泰之進にこう言わせている。「伊東さんの仇は必ず討ちます。昨夜はわれらが、奴らに追われたが、今度はわれらが近藤、土方を追う番だ」「わたしたちは負けてはいない。勝負を決するのはこれからだぞ」と。そして、<影を踏まれた者が鬼となり、踏んだ相手を追いかける影踏み鬼に似ているな、と泰之進は思った>と記している。(p206)
 
 この小説の構成と展開において興味深い点がいくつもある。思いつくままに列挙してみる。
*江戸に出た篠原泰之進が尊攘派浪士となった経緯から、赤報隊解散までが克明に描かれていく点。その後は要点が簡明に描かれることで、篠原泰之進の伝記風小説になっている。
*「尊皇攘夷]という言葉が如何に多様に多面的に使われていたか、その点を浮かび上がらせている。そこが一つのテーマだったのではと思う。この四文字を改めて捕らえ直す必要があるようだ。やはり、一筋縄ではいかないカメレオン的な語句だ。
*新撰組に入隊し、御陵衛士として分離するまでの経緯に一つの焦点が当たっている。そこでは新撰組の隊士として活躍する泰之進を描いているのではない。新撰組がどのような理念でどのような組織として、京都で行動していたのかを描き出す。泰之進を、新撰組の実態を内部から見る告発者の視点で描いている感すらある。近藤・土方は結局幕臣になるのが夢であり、そのために新撰組を己の欲望達成の道具としてどのように使ったか・・・・。そんな局面を色濃く感じる。土方は近藤を理想像として維持し、己は一切の汚れ役を引き受けたという視点がある。泰之進が土方のスタンスを見抜いた上で、土方との人間関係を築くという経緯がおもしろい。
*伊東甲子太郎を師と仰ぎ、その伊東の弱点を知りつつ、伊東を支えていこうとする泰之進の立場を、新撰組の組織の人間関係の内で描いている点が興味深い。
*泰之進が坂本龍馬と対面する縁があり、その折に坂本龍馬を直感的に体感したと描く。この点がおもしろい。坂本龍馬の暗殺に関わる経緯が描かれているが、泰之進の立場も併せて書き込まれていく点が興味深い。
*西郷隆盛を、ここでは権謀術数・老獪な人物として描き出す。「西郷はいつもそうだ。浪士を都合よく使いはするが、自分たちの上を行こうとすると叩き落とす。薩摩に邪魔だと思えば一顧だにせぬ。あの坂本龍馬が死んだのがいい例ではないか」(p5)西郷隆盛はほんの少し描かれる程度だが、ストーリーの展開ではいきている。やはり、西郷はおもしろい人物だ。
*伊東甲子太郎の思想とその人物・行動に興味を抱かせることになる小説でもある。
 伊東が坂本龍馬に会い行き、龍馬が狙われている旨の忠告をしたと描かれている点が興味深い。
*やはり、小説には男女の関わりが緯糸として欠かせない。この小説では幾組かの男女の有り様が描き込まれていく。
 まずは、泰之進と萩野とその子・松之助との関わり方が一貫して底流にある。泰之進は六角獄舎で斬首された酒井伝次郎のために、門前に立ち黙祷した後、立ち去ろうとしたとき、獄舎に石を投げつけたことで門番に追われる子供(松之助)を助ける。それがきっかけで、その子の母・萩野を知り、その母子が京都から大坂に行くのを手助けする羽目になる。しかし、それが萩野との関わりを深めて行く。それは泰之進がおりょうや龍馬に出会う縁にもなっている。
 近藤勇と近藤が休息所(私宅)に囲っていた深雪太夫の関係も近藤勇の一面として描かれている。
 ほんの数場面の描写としてだが、坂本龍馬とおりょうも登場する。
 さらに、泰之進を篠原先生と呼び敬慕する新撰組隊員・松原忠司と、夫が殺められて寡婦となった妙との関係も、男女の一つの在り様として描き込む。

 最後に、京都に関わる事項がいくつか出てくる。たぶん史実と思われるので、覚書をまとめておきたい。いずれ再確認したいためでもある。
*新撰組は当初の壬生の屯所を残したままで、組織規模が大きくなると西本願寺を屯所として利用した。三番目の屯所は不動堂村に移した。広さ三千坪だという。
*尊皇攘夷の志士は多数が三条新地の牢屋敷、通称<六角獄舎>に投獄された。
*伏見の寺田屋は薩摩藩が定宿にしていた。
*近藤勇は七条醒ヶ井木津屋橋下ルの興正寺下屋敷を休息所(私宅)にして、大坂新町の織屋の抱え芸妓、深雪太夫を囲っていた。
*御陵衛士は東山高台寺内の月真院を屯所とした。高台寺党と呼ばれるようになる。
*伊東甲子太郎は油小路七条の近辺で新撰組に暗殺された。

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本作品と直接間接に関連する事項をいくつか検索してみた。一覧にしておきたい。

維新日乗纂輯. 第3 安政記事稿本.永田重三筆記.美玉 岩崎英重編
  :「近代デジタルライブラリー」
 この中に、「秦林親日記」(筑後之住秦林親称泰之進履歴表)が収録されています。
  166~202/272コマの部分です。
-所蔵資料紹介- 明治時代の公文書にみる新撰組隊士 東京都公文書館だより
  「篠原泰之進の事績」の説明項目があります。
篠原泰之進  :「幕末維新新選組」
篠原秦之進(秦林親)  :「誠斎伊東甲子太郎と御陵衛士」
  篠原秦之進の年表も詳細にまとめてあります。
伊東甲子太郎  :ウィキペディア
「見直し・新選組」6 - 伊東甲子太郎ノート  中村武生氏
月真院  :「京都観光avi」
京都史蹟散策 82 新選組、不動村屯所跡の幻・その全貌  :「資料の京都史跡散策」
七条油小路の変  伊東甲子太郎の足跡  :「研究新選組」
下京再発見-明治維新の跡をたずねてコース-  :「京都市下京区」

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