遊心逍遙記

読書三昧は楽しいひととき。遊心と知的好奇心で本とネットを逍遥した読後印象記です。一書がさらに関心の波紋を広げていきます。

『警視庁公安部・青山望 爆裂通貨』  濱 嘉之  文春文庫

2020-05-26 17:31:29 | レビュー
 青山望シリーズ第11弾となる。2018年4月に文庫本書き下ろしとして出版された。
 同期カルテットの警察組織におけるポジションは前作に引き続き、同じポジションで始まる。それぞれが、継続して管理官の職位で縦横に協力しつつ事件解決に取り組んでいる。
 プロローグは10月31日のハロウィン騒ぎの最中に奇妙な形で起こる。スーパーマリオ軍団に扮した2,30人の集団が整然と渋谷ハチ公前のスクランブル交差点を分列行進した後、四方向に分かれて駆け足で路地に入り込んで行った。その後、4箇所のATMから非常発報があった。さらにその後、同様の事態が起こり、1時間以内に渋谷管内で合計12ヵ所に拡大した。警察官がそれぞれの現場に駆けつけると、ATMは破壊され現金が盗まれていた。併せて、4ヵ所でスーパーマリオの仮装をした男一人ずつが射殺されていた。
 一方、ハワイのホノルルでも、スーパーマリオに仮装した集団が現れ、12ヵ所のATMが破壊され現金が盗まれる事件が発生した。翌朝にはスーパーマリオの仮装をした4人の射殺死体がある公園で一列に並べられているのが発見された。
 奇妙に符合する事件が日米で同時進行で発生した。これは何を意味するのか。

 博多中州の味噌汁屋に居た藤中の携帯電話に警察庁から連絡が入る。自宅に居た青山はテレビの報道で事件の発生を知る。青山はこの事件が国際テロに関係するのかという危惧をまず抱く。独自に捜査をする必要性を感じ指示を出す。
 4人の司法解剖を連続して行った法医学の医師は、銃の発射角度が同一であり、被害者は貧しい外国人が殺害されたようだと言う。渋谷署に特別捜査本部が設置される。
 藤中がこの事件に直接関わっていく。なんと、このとき藤中は刑事局分析官という肩書に、長官官房調査官という立場を兼ねるようになった。藤中の事件に対する捉え方が広がって行く。役割が人を作るということか。行動や思考面での面白さが加わると言える。

 4人の射殺遺体の身元を確かめる手がかりが杳として掴めない。青山は個人的なネットワークを使い、ハワイで射殺された4人の情報をFBIから入手する。中国の偽造パスポートを持つ連中だったが、捜査の結果人定はできていないが日本人だと言うことは判明した。青山の許に送信されてきた個人写真とパスポートの画像データを許に、青山は法務省入局管理局に照会をし、次に大阪府警警備部公安第一課に照会することから手を打っていく。そこから一つの動きが出始める。
 また、青山は大和田に連絡し、チャイニーズマフィア情報をとるとすればどこにあたるのがベストか相談する。大和田は青山の質問に答えるとともに、最近のマル暴が在日や半島系ばかりになりつつあり、勢力範囲が大きく変化しつつあると言う。そして「奴らの多くが芸能ヤクザという、まるで日本人になりすましたような動きで、マスコミだけでなく広告代理店業界にも進出している。これはある意味、日本の危機になっているような気がするんだ」(p99)とも言う。青山は大和田との話からヒントを得ていく。

 国内で発生した事件については、人定は進まないが捜査の進展に伴い射殺に使われた銃や銃弾、使用された車などの情報が明らかになっていく。ATMの破壊の現場検証からは相当訓練されたプロの手口だと言う事が明らかになる。周到な計画の下に実行されていたのだ。そこには北朝鮮の影が見え隠れし始める。
 ハワイで殺害された4人の足取りが徐々に見えて来る。そして、日本人の無戸籍者という事実が明らかになる。その実態から、背景には暴力団やマフィアが関与している可能性が俎上に上る。青山が藤中に語る重要な発言に触れておこう。
「無戸籍者は、戸籍法がある国家の出身者であれば、この世に存在しない人間ということになる。存在しない者が犯した罪は犯罪そのものが成立しない・・・・つまり刑事罰はもちろん、民事罰も身柄を確保された場合以外、誰にも波及しないことになるだろう」(p79)
 無戸籍者の追跡調査は、京都の東寺前交番の細田巡査の日常勤務での備忘録が、人定の突破口となっていく。この突破口となる聞き込み捜査プロセスにおいては、信頼関係醸成の根本部分の描写が読んでいてうれしくなってくる。そこにあるのは人間関係の原点だ。
 
 その頃、捜査第二課管理官の龍は、クレジットカードの不生利用による被害額が15億円を超える大型詐欺事件に取り組んでいた。ATMが狙われた理由が掴めない青山は、龍に意見を聞く。一方で、龍からある芸能プロダクションの情報について質問される。そこから龍の携わる事件との関わりも出てくる。

 一方青山は、大学の同期生で、大手都市銀行に勤務する設楽にコンタクトし、ATMやクレジットカードについての情報収集を行う。また、藤中とともに隠退した清水保からの情報収集、またタマとしての関係を維持している岡広組総本部若頭補佐の白谷昭義からの情報収集を積極的に繰り広げていく。そこから事件の本質を導き出していく。
 白谷から入手した情報は、東京での事件で殺害された4人の人定を決定づけていくことにもなる。
 そんな矢先、中国の銀聯に対するサイバー攻撃が激増し、銀聯の電子決済システムが世界規模でトラブルを起こすという事態が発生した。なかなかおもしろい展開となっていく。なぜ、スーパーマリオに仮装したのかという読み解きもおもしろい。
 あとは本書を開いていただければと思う。
 
 本作もまた、情報小説という色彩がますます濃厚になっているように思う。リアルタイムでの世界情勢や国内問題を考える材料がストーリーに織り込まれて語られて行くところが興味深い。勿論、フィクションという前提の上で、現在の世界情勢分析を登場人物達の視点から語らせている箇所は、それ自体が読者にとり現在を考える材料になり有益である。今回は次のような事項が盛り込まれて行く。簡略に列挙しよう。
1.トランプ大統領がエルサレムをイスラエルの首都と認めた発言と各国の政治的思惑
 世界情勢に与える影響と反応について
2.上記しているが、本作のモチーフにもなっている「無戸籍者」問題
3,ATM機器の利便性とATMデータに関連したIT技術上のリスク管理問題
4.中国の銀聯というデビットカード・システムの持つ意味と中国の富裕層について
5.DBマップ情報と地図画像について
6.A3放送について:この用語をネット検索したが関連情報はない。
 「平壌放送」というウィキペディアの項目を見つけただけ。現実味のある話と思う。
 フィクションの類いではないだろう。考える材料になる。
7.「長銀大阪」の破綻と公的資金投入問題の意味すること
8.仮想通貨の現状と問題点
詳しくはストーリーを楽しみつつ、一読されるとよい。これらの箇所だけ読んでも良い刺激になると思う。

 ご一読ありがとうございます。

本書を読み、関心を抱いた事項をネット検索してみた。一覧にしておきたい。
ハロウィン  :ウィキペディア
起源や由来、仮装の意味は? ハロウィンの疑問まとめ :「Let's enjyoy Tokyo」
ハロウィンは日本にいつから定着した? 起源と歴史。海外との違いは?
                :「日本文化研究ブログ Japan Culture Lab」
日本の「無戸籍者1万人」は、なぜ生まれるのか  :「東洋経済」
無戸籍の方が自らを戸籍に記載するための手続等について :「法務省」
東京ジャーミー・トルコ文化センター ホームページ
日本最大のモスク「東京ジャーミー」 :「nippon.com」
平壌放送  :ウィキペディア
今こそ「朝銀に1兆4000億円投入」の闇を解明すべき --- 山田 高明氏  :「アゴラ」
「朝銀の公的資金投入」と「歴代内閣」の関連  :「Dogma and prejudice」
朝銀信用組合 :ウィキペディア
朝銀信用組合の破綻に対する公的資金投入に関する質問主意書 西村眞悟氏 :「衆議院」
The Globe Now: 朝銀~金正日の集金マシン :「国際派日本人養成講座」
銀聯国際 ホームページ
銀聯カードはどこで作れる?普及した理由や使用方法を解説 :「三井住友カード」
暗号資産(仮想通貨)とは?暗号資産(仮想通貨)取引について知る:「DMM Bitcoin」
仮想通貨とは何か?初心者にもわかりやすく解説【漫画付き】 :「Coincheck」

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こちらの本も読後印象を書いています。お読みいただけるとうれしいです。
『一網打尽 警視庁公安部・青山望』 文春文庫
『警視庁公安部・青山望 国家簒奪』 文春文庫
『警視庁公安部・青山望 聖域侵犯』 文春文庫
『警視庁公安部・青山望 頂上決戦』 文春文庫
『警視庁公安部・青山望 巨悪利権』 文春文庫
『警視庁公安部・青山望 濁流資金』 文春文庫
『警視庁公安部・青山望 機密漏洩』 文春文庫
『警視庁公安部・青山望 報復連鎖』 文春文庫
『政界汚染 警視庁公安部・青山望』 文春文庫
『完全黙秘 警視庁公安部・青山望』 文春文庫

『利休の功罪』 木村宗慎[監修] ペン編集部[編] pen BOOKS 阪急コミュニケーションズ

2020-05-22 11:39:58 | レビュー
 本書も『千利休101の謎』(川口素生・PHP文庫)と同様、2009年11月に出版されている。「あとがきに代えて」を読むと、本書は雑誌特集として刊行された後で、単行本として出版されたようである。本書のタイトルに惹かれて購入し、部分読みして本棚に眠っていたのを改めて引きこもりの時期を活用し通読した。
 本書はビジュアルに写真や絵、イラスト図などをふんだんに掲載しているので入りやすく読みやすい。千利休に焦点を合わせながらその後の茶の湯の世界の広がりと現在へのつながりを見つめる。千利休をレビューしてみようという試みだ。千利休を「茶聖」と奉ることにとどまらずに、改めてその実像を現代目線から捉え直そうとする書である。

 本書の冒頭文のタイトルは「千利休の功罪を、いま改めて問い直す。」であり、「あとがきに代えて」の副題は「利休の”罪”は、いかにして創られたか。」である。本書タイトルと併せて、一見、エクセントリックな題が並んでいる。そのエクセントリックぎみなタイトルに惹かれて購入した面もある。
 だが、その内容を読むといたってまともと言える。千利休の「事績や存在意義を考える”きっかけ”をもとめた」(p137)というところに本書のタイトルのネーミングが由来するという。
 このp137の一文が、冒頭文中で次のように記されていることと照応する。
 「大成者として”茶聖”の諡を与えられた千利休の”名”はあまりに大きく、ときに論じることをためらわせる。あたかも、唯一絶対の神に接するがごとく。しかし、その大きさゆえに、千利休の存在とは、彼の求めた”侘び”とは一体何なのか? 功罪を問い直す作業は、茶の湯という狭い世界を超えて日本の文化、その重要な一側面を紐解き直す作業となる。」
 そして、「既にできあがっている、もとい与えられた利休像を洗い直さなければならないのだ」(p10)というスタンスが本書の基盤となっている。

 著者は「実際、利休自身は何も書き遺しておらず、実証された利休の姿は、後世に編まれた逸話や伝承の数に遠く及ばない」と延べている。つまり、利休信仰で培われた利休像の虚像を取り除き、真の利休の姿に迫ったうえで、利休切腹後現在に至るまでの茶の湯(茶道)の世界を考え直そうとする。

 本書は「利休デザイン徹底解剖」、「利休をめぐる人々の興亡」「現代における利休とは」という3部構成になっている。
 「利休デザイン徹底解剖」では、利休の才能が「デザイン」を創出した点を多面的に分析していく。二畳敷きの「待庵」は極小空間のデザインであり、そこに到るまでにも、各種の大きさの茶室をデザインしている点に触れている。そして、利休好みの深三畳台目を復元した「大庵」と「待庵」の両平面図を対比例示し、それぞれの茶室写真も掲載している。利休好みの茶碗の変遷を分析し、その先に長次郎作楽茶碗に対するクリエイティブ・ディレクターとしての利休の側面を語る。プロダクト・デザインへの利休の関与である。さらに利休自体が竹花入や茶杓という領域で、自らプロダクトをデザインし創造している。「利休形」の考案が様々な茶道具に影響を与え、茶の湯のユニバーサル・デザインになっている。それを茶道具の写真を多数掲載することでビジュアルにわかりやすく示している。
 そして、「利休はモノを作り出す際、つねに”機能美”を追求している」(p60)と結論づける。利休緞子・利休間道・棗・扇の図柄にミニマル・デザインのよさへの注目を見出す。「利休のグラフィック・デザインの特徴は『単純化』だ」(p60)と。
 さらには、大徳寺茶湯や北野大茶湯において、秀吉の茶道として空間のイベントにプロデューサーとしての才能を発揮した側面にも言及していく。
 利休は、安土桃山時代を背景に「今」をデザインして茶の湯を究めたクリエイティブ・デザイナーだったと結論づけていると受けとめた。あの時代の中で、利休の茶の湯における美の追求はアバンギャルドだったのだ。
 とするなら、現代という時代においての茶道は、現代を背景にアバンギャルドで有り得るのか。そういう反語的疑問が出てくる。本書ではその点深入りしていないように思う。

 「利休をめぐる人々の興亡」では、まず、信長と秀吉、そしてこの二人に茶頭として仕えた利休に焦点をあて、三者三様の茶の湯への意識・スタンスの違いを分析する。そして、利休と利休の後の茶の湯を対比する。千利休、古田織部、小堀遠州という茶の湯における三巨人を対比して簡略に説明する。さらに、利休と関係の深い絵師長谷川等伯に触れている。等伯は利休の肖像画や大徳寺の「金毛閣」天井画を描いている。写真が載っているのでわかりやすい。天井画を一度拝見したいものだが、現状では非公開。残念。
 「個」を打ち出す利休の美意識に対するものとして、集団としての「琳派」の美意識、つまり「派」を生む美の潮流がパラレルに存在している事実に触れる。共存していること自体を日本文化のひとつの典型として。琳派における「波」や「梅」のモチーフが分析されている。
 茶の湯の世界における美意識について、ここでは利休の究めた「佗び」という美意識を絶対化するのではなく、改めて相対化しているように受けとめた。

 「現代における利休」では、まず、クリエーターに利休像を語らせるという形で、現代視点から利休に迫る。語り手は5人。千宗守(武者小路千家第14代家元)、楽吉左衛門(千家十職 茶碗師・楽家15代)、赤瀬川原平(アーティスト)、原研哉(グラフィック・デザイナー)、黒鉄ヒロシ(漫画家)である。それぞれの思考と視点の違うところがおもしろい。利休には様々なアプローチの仕方があるということだろう。
 また、現代のクリエーターたちが千利休をどのように描いているか、2009年までの時代的制約があるが、代表的作品を小説、絵画、エッセイ、美術、漫画などの諸分野から列挙し簡略な解説を付けている。千利休への手軽なアプローチの紹介というところである。その後10年余経ているので、現時点なら更に紹介できるものが増えることだろう。
 最後は、花人・川瀬敏郎と本書の監修者で茶人・木村宗慎の対談を掲載して締めくくる。この第3部の末尾には利休の年表「茶の湯に捧げた、『茶聖』70年の生涯」が掲載されている。
 
 「あとがきに代えて」の副題は「利休の”罪”は、いかにして創られたか。」
 ここで言う「罪」は、秀吉から切腹を命じられた利休の罪の理由は何かに焦点をあてて、様々な説を列挙しつつその根拠の妥当性を分析していく。利休の罪状とされるものと、切腹という罪の間のギャップの大きさゆえに、利休の死がミステリアスなのだという。つまり、創られた罪という見方につながる。それ故にいつまでも様々に語られる余地があると言える。
 本書末尾に、三種の「千利休 茶会道具一覧」が掲載されている。門外漢の私には猫に小判的な一覧資料だが、茶道の世界に居る人には、便利な参照資料になるのではないだろうか。後は、本書を手に取り、ご確認願えればと思う。

 「千利休の功罪」というタイトルからすれば、意図的にだろうが、触れられていない視点が2つあると思った。その一つは千利休研究者が千利休の功罪をどのように分析研究しているかという側面である。この点は直接的には触れ得られていない。その研究成果が説明の中に活かされているのかもしれないが。
 もう一つは、茶の湯、後の茶道における茶の作法・所作・手続きというか、所謂茶の稽古という側面についてである。利休の茶の湯における当時の利休のやり方と、三千家が派を立てた以降のやり方との間に差異あるいは変容があるのかという点である。利休の茶の湯とその後の諸流派の茶道との間では、そのやり方にどういう関係にあるのかである。茶道は門外漢である故に、こんな疑問を持つのかもしれないが・・・・。。
 茶の湯・茶道の門外漢であっても、プロダクトである茶碗をはじめとする茶道具や茶室など、美しいものは美しいと感じる。千利休の美意識、侘びの理念は興味深い。

 おもしろい付録がついているので、これも紹介しておこう。たまたまカバーがはずれて気づいた。表紙カバーの裏が「茶聖70年の生涯を、スゴロクで再現。」として使われている。利休の年譜の一部や茶道具がマス目に記されスゴロクになっている! スゴロクを楽しいながら、利休の生涯を知るという試みができる。

 ご一読ありがとうございます。

本書に関連して、関心事項をいくつかネット検索してみた。一覧にしておきたい。
武者小路千家 官休庵 公式ページ
茶の湯 こころと美  表千家ホームページ
裏千家今日庵 ホームページ
千家十職  :「茶の湯 こころと美」
千家十職  :ウィキペディア
千家十職  :「茶本舗 和伝.com」
茶道 式正織部流(しきせいおりべりゅう) :「市川市」
茶道扶桑織部 扶桑庵  ホームページ
天下の茶人・古田織部が確立した茶の湯「織部流」 :「鳥影社」
遠州流茶道 綺麗さびの世界 遠州茶道宗家公式サイト

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これまでに、茶の世界に関連した本を断続的に読み継いできています。
こちらもお読みいただけるとうれしいです。

=== 小説 ===
『利休の闇』 加藤 廣  文藝春秋
『利休にたずねよ』 山本兼一 PHP文芸文庫
『天下人の茶』  伊東 潤  文藝春秋
『宗旦狐 茶湯にかかわる十二の短編』 澤田ふじ子  徳間書店
『古田織部』 土岐信吉 河出書房新社 
『幻にて候 古田織部』 黒部 享  講談社
『小堀遠州』 中尾實信  鳥影社
『孤蓬のひと』  葉室 麟  角川書店
『山月庵茶会記』  葉室 麟  講談社
『橘花抄』 葉室 麟  新潮社
=== エッセイなど ===
『千利休101の謎』  川口素生  PHP文庫
『千利休 無言の前衛』  赤瀬川原平  岩波新書
『藤森照信の茶室学 日本の極小空間の謎』 藤森照信 六耀社
『利休の風景』  山本兼一  淡交社
『いちばんおいしい日本茶のいれかた』  柳本あかね  朝日新聞出版
『名碗を観る』 林屋晴三 小堀宗実 千宗屋  世界文化社
『売茶翁の生涯 The Life of Baisao』 ノーマン・ワデル 思文閣出版

『千利休101の謎』  川口素生  PHP文庫

2020-05-21 20:25:47 | レビュー
 本書は2009年8月に文庫書き下ろしとして出版された作品である。10年前の作品であるが、千利休という人物そのものにアプローチする入門書、いわば基本的教養書の1冊として手頃であると思う。部分読みに留まっていたので、改めて通読してみた。
「101の謎」というタイトルのネーミングは一つのシリーズ名称として付けられたのだろう。他に購入後未だ本棚に眠っているままなのだが、著者は2005年に『織田信長101の謎』、2011年に『平清盛をめぐる101の謎』を同様に書き下ろし出版している。他にもこのシリーズが数冊出版されているが、手許にないので省略する。

 「101の謎」は、謎というよりも千利休という人物とその周辺群像を知るための具体的観点という方が適切である。「謎」という言葉はつい惹きつけられやすいので、チャッチ・コピーとして使われているのだろう。副題「知られざる生い立ちから切腹の真相まで」が本の表紙に記されている。千利休その人を周辺も含めて具体的に知り理解するための質問(具体的観点)が101項目投げかけられ、それに回答説明が加えられていく。例えば、Q1は「利休が現在でも根強い人気を誇る理由は?」と投げかけて、3ページのボリュームでその回答が為される。大凡、質問に対して2~4ページの説明となっている。

 千利休を知るアプローチとして、中項目レベルの観点が章立てになり、その観点の下に小項目レベルの質問にブレークダウンして具体的にしていくというやり方である。
 序 章 千利休の<実像&業績>の謎   3(Q1~Q3)
 第1章 利休の<出自&家庭>の謎    7 (Q4~Q10)
 第2章 利休の<私生活&子孫>の謎  10 (Q11~Q20)
 第3章 利休と<茶の湯&修行>の謎  10 (Q21~Q30)
 第4章 利休の<流儀&茶会>の謎   10 (Q31~Q40)
 第5章 利休の<茶室>の謎      10(Q41~Q50)
 第6章 利休の<茶道具>の謎     10(Q51~Q60)
 第7章 利休の<流派&弟子>の謎   10(Q61~Q70)
 第8章 利休と<天下人&茶頭     10(Q71~Q80)
 第9章 利休の<失脚&切腹>の謎   10(Q81~Q90)
 第10章 利休の<史跡&供養>の謎   11(Q91~Q101)
<>内が千利休その人の出生から切腹に至るまでを多面的に知る基礎的観点だということがこの目次構成からわかる。

 例えば、<出自&家庭>という中項目は、生誕地、先祖の職業、利休の通称・号など、居士号について、生家の家業、利休の妻について、利休の子について、という小項目(具体的な観点)に具体化して質問の形で投げかけられていく。

 質問形式の利点は、小項目の回答内容を読めば、一応それで完結していることである。そのため、自分にとって関心の高いものからまず自由に拾い読みすることができる。気軽にどこからでも読めるというメリットは大きい。
 質問形式の欠点は、一問一答のために他の質問で答えられていた内容と重なる部分が結構回答説明として含まれてくることである。一問一答で完結をする上で、冗長性がどうしても加わってくる。読み進めると多少煩わしく感じることになる。繰り返しから覚えるということにもつながるのだが。

 冒頭に基礎的教養書と思うと上記した。そこで、本書から学んだ利休を知るための基礎知識の一部を要約的に箇条書きでご紹介したい。括弧内は質問番号を記した。
*利休の最大の業績は佗び茶を大成させ、茶の湯を芸道に高めたこと。(Q3)
*利休の幼名・通称は与四郎、法号(法諱)は宗易、居士号は利休、斎号は抛筌(抛筌斎)
 宗易という法号を授けたのは臨済宗の禅僧・大林宗套。天文14年(1545)4月8日
 居士号は正親町天皇の勅賜だが、利休と最初に名づけたのは古渓宗陳 (Q4,Q6,Q7)
*利休の花押で判明しているのは4種類:ケラ判、易判、横判、亀版 (Q13)
*利休の孫である千宗旦の4人の息子の内、次男宗守(一翁)、三男宗左(江岑)、四男宗室(仙叟)がそれぞれ武者小路千家、表千家、裏千家に分かれ一派をなす。
 宗旦は利休の娘お亀と養子千小庵を両親とする。(Q19)
*与四郎と称し17歳の時に東山流の北向道陳(1504~1562)に師事し茶の稽古を始めた。
 その後、道陳の引き合わせにより、珠光流の武野紹鴎(1502~1555)に師事する。(Q25)
*「利休四規」(和敬清寂)、「利休七則」(利休七箇条)と言われる。しかし、「四規」は珠光の発言を利休が究める形に。「七則」は利休を経て、茶人の間に普及したことが後に纏められた可能性が大きい。同様に「利休百首」も後世に体裁がまとめられたものとみられる。(Q33,34)
*利休の構築した茶室で現存するのは京都の大山崎に所在する妙喜庵の茶室・待庵だけ。
 利休ゆかりの茶室で、復元等により現存するのは、京都・高台寺の傘亭、時雨亭。堺・南宗寺の実相庵。裏千家の広間の残月亭。広島・神勝寺の茶室一来亭。 (Q43)
*利休愛用の茶道具 (Q51~Q58)
  茶壺:唐物銘「橋立」、釜:辻与次郎作の茶釜
  水指:南蛮芋頭水指(交趾焼)・信楽水指・瀬戸焼の水指・
  茶碗:景徳鎮の染付茶碗・長次郎作の楽茶碗・狂言袴茶碗銘「挽木鞘」・奥高麗茶碗
  掛物:圜悟克勤の墨蹟・密庵咸傑の墨蹟・馮子振の墨蹟・中峰明本の尺牘
  花入:銅製花入銘「鶴一声」・瓢花入銘「顔回」・桂籠花入・鉈鞘籠花入
  香炉:井戸香炉銘「此世」・瀬戸獅子香炉・唐銅獅子香炉
 利休が自作した茶道具 (Q56)
  竹花入:銘「園城寺」・「よなが」・「尺八」、茶杓:銘「ゆがみ」・「両口」
*利休の高弟、「利休七哲」には複数の説がある。(Q65)
*豊臣政権下での利休は「内々の儀は宗易(=利休)、公儀の事は宰相(=秀長)」と位置づけられた。← 豊臣秀長から大友宗麟への耳打ちとのこと。 (Q80)
*現在、大徳寺の金毛閣に安置される千利休木像は、明治維新後に備前岡山藩の筆頭家老であった伊木忠澄(三猿斎/1818~1886)が遺言により寄進したもの。(Q100)

 Q&A式での解説をお読みいただくと、具体的に千利休関連の基礎知識を手軽に知ることができる。欲を言えば、もう少し写真掲載が多く掲載されてビジュアルさが増すと、一層親しみ易いのだが・・・・・・。
 末尾に、「千利休関係略系図(千利休関係閨閥図)」、三千家の各略系図、「千利休関係系譜図」、「千利休関係略年譜」、「主要参考文献一覧」がまとめて掲載されているので、便利である。

 ご一読ありがとうございます。

これまでに、茶の世界に関連した本を断続的に読み継いできています。
こちらもお読みいただけるとうれしいです。
=== 小説 ===
『利休の闇』 加藤 廣  文藝春秋
『利休にたずねよ』 山本兼一 PHP文芸文庫
『天下人の茶』  伊東 潤  文藝春秋
『宗旦狐 茶湯にかかわる十二の短編』 澤田ふじ子  徳間書店
『古田織部』 土岐信吉 河出書房新社 
『幻にて候 古田織部』 黒部 享  講談社
『小堀遠州』 中尾實信  鳥影社
『孤蓬のひと』  葉室 麟  角川書店
『山月庵茶会記』  葉室 麟  講談社
『橘花抄』 葉室 麟  新潮社
=== エッセイなど ===
『千利休 無言の前衛』  赤瀬川原平  岩波新書
『藤森照信の茶室学 日本の極小空間の謎』 藤森照信 六耀社
『利休の風景』  山本兼一  淡交社
『いちばんおいしい日本茶のいれかた』  柳本あかね  朝日新聞出版
『名碗を観る』 林屋晴三 小堀宗実 千宗屋  世界文化社
『売茶翁の生涯 The Life of Baisao』 ノーマン・ワデル 思文閣出版


『警視庁公安部・青山望 国家簒奪』  濱 嘉之  文春文庫

2020-05-20 13:14:31 | レビュー
 青山望シリーズの第9弾。文庫のための書き下ろし作品である。2017年1月に出版された。同期カルテットのそれぞれは前作と同じポジションで任務に携わっている。

 プロローグは覚醒剤取引の場面から始まる。北九州のある海岸で花沢組若頭・大場がコリアンマフィア・朴直煕の使いの者と互いの割符を合わせる形で待ち合わせをする。雪ネタと称される覚醒剤取引のブツの品質と取引方法の確認をするためだ。その夜博多港国際ターミナルで1000万ドル相当の現物が取引される。大場は確認サンプル1kgの雪ネタが入ったジュラルミン製アタッシュケースをプレゼントされた。大場が仕事を終え、名古屋栄の自宅マンションに戻り、情婦のめぐみの居る前で、そのアタッシュケースを開けようとした途端に、強烈な閃光と凄まじい爆発音が起きる。瞬間に二人の人間が消滅してしまった。岡広組総本部系二次団体の花沢組若頭・大場が爆殺されたのである。
 この爆殺現場の検分から、即座に警察庁への連絡、科捜研に鑑識資料送付の準備指示、消防研究センターへの協力依頼が為される。つまり、警察庁に出向中の藤中克範分析官が、この爆殺事件に関わって行く始まりとなる。

 捜査第二課管理官・龍一彦は、公安総務課の管理官・青山望に電話を入れる。龍はユーロ建て定額個人年金保険の個人情報流出に端を発した特殊詐欺事件を捜査していた。ソムレック保険という外資系保険会社の顧客データが盗まれて詐欺に使われているという。青山はソムレック保険が絡むなら、それは清水組の流れを汲む連中だろうと推測する。龍に協力を依頼され、青山はこの定額個人年金保険詐欺をチェックすると言い公安の視点からこの事件に関わって行く。

 藤中は名古屋の爆殺事件を知ると、消防と鑑識が現場検証中の段階でまず青山に連絡を入れた。テロの可能性を考えてのことだった。勿論、藤中が現地検分に行く際、青山も現地入りして一緒に検分する。使用されたのはプラスチック爆薬とテルミットの合わせ技と判明していた。さらに、爆発物マーカーの分析結果から中国人民解放軍使用のものと同一とわかる。青山はこのトリック爆弾はチベット辺境地区のラマ教寺院爆破事件に用いられたものと似ていると言う。
 捜査が進展すると、花沢組の位置づけ、コリアンマフィアとチャイニーズマフィアの連携した覚醒剤ルートが明らかになっていく。一方で、コリアンマフィアとチャイニーズマフィアの関係、さらにチャイニーズマフィア内に於ける香港と上海との勢力争いの関連も見え始める。現場とその周辺からの物証採取が難航し、手詰まり感も生まれていく。

 青山は大和田にも連絡を入れ、爆殺事件と保険詐欺事件の両面で、岡広組系ほか反社会的勢力の実態を一層明らかにしていこうとする。その一方で、岡広組総本部内でタマとして関係を維持している若頭補佐の白谷昭義に接触し情報を得ていく。大和田と白谷からの情報収集により、保険詐欺事件について岡広組から離脱した組の存在と関わりを意識し始める。
 さらに青山は、西新宿にある袁韋仁の事務所に乗り込んで行く。袁韋仁は服役中の神宮寺武人のシマを乗っ取り、龍華会グループを率いて、関東のチャイニーズマフィアのトップとなっていた。直接会って情報収集を兼ねる形で、日本国への敵対行為をするようなら宣戦布告とみなして潰すと断言する挙に出た。ビルを出るとき、すれ違った男に気づく。このとき青山は新たな情報への端緒を得た。

 パラレルに進展する事件の捜査は相互に関わり合う接点を秘めながら、独自の展開となっていく。その過程で警察組織内の不祥事が一つ明らかになっていく。

 本書のタイトルは一連の事件が一段落した時点で、青山が博多中州の人形小路にある味噌汁屋を訪れ、そこで引退した清水保と交わす会話から取られている。こんな会話である。
 青山「世界が、アメリカ、ロシア、中国の三国によって支配されることにはならないと思いますが、少なくとも日本が、国家簒奪--、つまり正統とはいえない支配者による搾取の対象とされることだけは避けねばなりません」
 清水「国家簒奪か・・・・。案外、この国はそんな危機に直面しなければ、国家というものを意識できない事態に陥っているのかもしれないな」

 さて、リアルタイムな警察小説という形の中に、公安部の青山を軸に同期カルテットの視点を介した情報小説という側面が前作よりさらに色濃くなり、ウエイトが大きくなっていると感じる。この点が私には興味深い。まさにリアルタイムに進行する世界情勢、問題事象について、そういう読み解き方もできるのか・・・・という点がおもしろい。
 今回はフィクション化されつつも、過去の事実の読み解きに連なる事象や、現在進行中の世界の情勢の読み解きに繋がる事象の情報がふんだんに盛り込まれている。
 情報小説という側面では次の諸事項が事件の進展と絡まり背景となりながら、パラレルにそれらの事象に対する一つの見方として書き込まれていく。
1. 九州オルレについて、その功罪。この小説で私は初めてこのことを知った。
2. 中国情報:人民解放軍の実態。「一帯一路」戦略の意味。社会構造の実態。「キツネ狩り作戦」の意味すること。太子党と団派。中国内におけるチャイニーズマフィアの位置づけ、等。
3. ドイツ銀行の問題事象とEUの抱える問題事象。イギリスの関わり方とEU離脱。
4.タックス・ヘイブンとバハマリークスから見える国際金融の裏面事象。
5. チャイナスクールと称される一群の人々の存在とその一側面。
6. 国連に関わる問題事象
7. 中国人、韓国人による日本国内の不動産購入の実態。
実に、多方面にわたり、世界情勢、現代社会等について考える材料に溢れている。
 ここには挙げていないが、過去あるいは現存の有名な政治家たちを推測させる裏話的な語りも興味深い。勿論、デフォルメされた書き方、つまりフィクション化された書き方から類推できるという域をでないが、さもありなんと思わせるところがおもしろい。つまり、公には語られることがない側面がアイロニカルに語られている。

 「エピローグ」の後半に、(龍)「青山、今回はホンマに助けられたわ」(青山)「総力戦となれば日本警察は強いんだ。それを示しただけのことだろう」から同期カルテットの会話がしばらくつづく。
 この第9弾では、日本警察の「総力戦」という観点がテーマになっているとも言える。
 青山望と文子のスーパームーン・デートの場面描写で終わるところが楽しい。

 ご一読ありがとうございます。

本書に出てくる関連事項で関心を抱いたものをネット検索してみた。一覧にしておきたい。
九州観光推進機構 ホームページ  
九州オルレ  :「九州旅ネット」
ドイツ銀行  :ウィキペディア
ドイツ銀行の破綻はあるのか、過去記事をチェックして要点を学ぶ:「日経ビジネス」
緊急ライブ!ドイツ銀行 本日実質デフォルト オリーブの木 代表・黒川あつひこ:YouTube
退役士官1万人が連携、北京に集結して抗議デモ 2016.11.4 :「日経ビジネス」
中国の特色ある強軍路線を闊歩して前進 2016.3.3 :「新華網」(新華社)
日本到着便の事前旅客情報(API)の提出開始について  :「JAPAN AIRLINES」
通貨スワップ協定  :ウィキペディア
「パナマ文書」に続き「バハマ・リークス」(タックスヘイブンの情報流出):「税理士法人 斎藤会計事務所」
「バハマ・リークス」(タックスヘイブンの情報流出」:「山條隆史-国際税務の専門家-」

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こちらの本も読後印象を書いています。お読みいただけるとうれしいです。
『一網打尽 警視庁公安部・青山望』 文春文庫
『警視庁公安部・青山望 聖域侵犯』 文春文庫
『警視庁公安部・青山望 頂上決戦』 文春文庫
『警視庁公安部・青山望 巨悪利権』 文春文庫
『警視庁公安部・青山望 濁流資金』 文春文庫
『警視庁公安部・青山望 機密漏洩』 文春文庫
『警視庁公安部・青山望 報復連鎖』 文春文庫
『政界汚染 警視庁公安部・青山望』 文春文庫
『完全黙秘 警視庁公安部・青山望』 文春文庫

『師走の扶持 京都鷹ヶ峰御薬園日録』  澤田瞳子  徳間書店

2020-05-12 22:20:15 | レビュー
 『ふたり妻』に続く「京都鷹ヶ峰御薬園日録」シリーズ第2弾である。今回も6つの短編連作が収録されて、2015年11月に単行本として出版された。さらに2018年5月に徳間時代小説文庫となっている。「読楽」の2014年1月号から2015年1月号の期間中、奇数月に連載されたものの短編集である。本書のタイトルには連作の最後の短編のタイトルがそのまま使われている。
 第1作に引き続き、連作での主人公は、京都鷹ヶ峰御薬園で生活する元岡真葛である。関わりを持った人々との間でふと気がかりになったことがきっかけで真葛はその謎解きに向かって踏み込んで行く。その人情味溢れる顛末譚を通して真葛の人柄を味わい楽しめる読み物シリーズである。
 それでは、収録された短編の順に、ご紹介していこう。

 < 糸瓜(へちま)の水 >
 このストーリーは前作中の最後の短編「粥杖打ち」に端を発する。来京していた延島沓山が、御師で本草学の大家・小野蘭山が幕命により薬草の探索採集の旅に出るにあたり、真葛も随行しないかと打診した。藤林匡は反対したのだが、真葛はある決意をした。その結果がこの物語につながる。
 真葛は蘭山の採薬の旅に随行した。そして江戸の蘭山の邸宅・衆芳軒に逗留し、蒐集された薬草の整理作業に勤しんでいる。蘭山は真葛の日焼けした顔に気づき、糸瓜水を使わせるように沓山に指示する。それがきっかけで、真葛は沓山に案内され、小石川御薬園を訪ねることになる。真葛は藤林匡から御薬園奉行・岡田利左衛門宛ての書状を携えてきていた。小石川御薬園はその敷地が二分され、岡田家と芥川家がそれぞれ生薬の上り高を競い合っていた。それを複雑にしているのが、新参の岡田家が奉行職を担っていることである。
 岡田家の門前近くで真葛はうずくまる老婆に気づく。岡田家に勤める荒子の母だが、門が閉まっていた。芥川家に勤める荒子が異変に気づき傍に来た。芥川家の荒子はその老婆が隣の荒子辰次の母と知っていた。そこで老婆を芥川家に運び込み、真葛が手当をすることになる。病状が回復したはずの老婆が岡田家に行った後、苦しみだしたということから、一騒動になる。岡田・芥川両家の確執の渦中に真葛は巻き込まれる羽目に。
 勿論、処方に間違いはないと確信する真葛は、老婆の苦しみの真因について謎解きをしなければならなくなる。両家の確執を知る老婆が己の息子を愛おしむ故の行動に焦点があたる。「母の慈愛とは時に周囲の思惑と大きくすれ違う。しかしすれ違ってもなお息子を案じずにおられぬ愚かさこそが、母の慈愛の根源であるだろう」(p44)がテーマになっている。
 このストーリーの背景となる小石川御薬園の運営状況描写がリアルでおもしろい。

 < 瘡守(かさもり) >
 京都で小野蘭山が私塾・衆芳軒を開いた時から従僕を務めて来ていた喜太郎が、70歳を迎えたのを機に暇を取り、伏見の娘夫婦の元に身を寄せることになる。蘭山の採薬の旅に随行した真葛は、当初の目的を終え、この喜太郎を供に京都鷹ヶ峰に帰ることになる。喜太郎の勧めで、真葛は熱田神宮に参拝するため立ち寄ることにして、桑名の宿に直行せず、宮宿泊まりをする。参詣の前に、少し休憩をと思い茶店に立ち寄った。
 その茶店で休息中に、別の客の会話からごくわずかの腐臭に気づき、それを一人の女の客からの臭いと突き止める。それが契機となり、熱田神宮境内の人気のない松林の一隅で、その女の病が瘡毒(梅毒)であると真葛は診断した。女は渡船場近くの旅籠の女房佐和とわかる。佐和の悩みを聴くことから、真葛はその宿に泊まり、佐和の夫の様子も観察する決心をする。その結果、夫妻の問題に一歩踏み込んで行くことになる。
 江戸時代に瘡毒がどのように見られ、扱われていたか。その状況がわかる物語でもある。真葛が一組の夫婦の生き様に重要な梃子入れをするストーリーになっていく。
 このストーリーの展開から、真葛の熱田神宮参詣はできずじまいで京への帰路につくことになったようである。

 < 終の小庭 >
 江戸から京への帰路の旅は大津宿が最後の泊まりとなる。喜太郎は京が近づくにつれ、複雑な心境に落ち込んで行く。己の帰京が歓迎されるのか、嫌がられるのか・・・・。
 宿の入口である八町通に至ると、藤林匡の一人息子、10歳になった辰之助がわざわざ荒子の又七を供に出迎えに来てくれていた。喜太郎もひょっとして誰か来てくれているかと探す。気落ちしかけた時、七つか八つの少女が宿から放り出される騒動に出くわす。何とお栄と名乗るその子が一人で喜太郎を迎えに来ていたのだ。予想しない邂逅である。
 お栄は両親と迎えに来る約束をしていたのだが、急にそれどころではなくなった事情ができたと両親が言っていたという。喜太郎はますます疑心暗鬼に陥る。歓迎されざる立場かと。真葛はいずれにしても喜太郎の娘夫婦と一旦は話し合いの場を持つ必要があると、喜太郎を励ましつつ、お栄の案内で伏見の御香宮神社にほど近い小さな商家に辿り着く。
 娘夫妻がとんでもない詐欺事件に遭って困窮している事態を聞かされることに・・・・。
 火事場の馬鹿力という言葉があるが、喜太郎が要の場面で思わぬ力を発揮する。禍転じて、ハッピーエンドで終わるところにほっとさせられる。
 タイトルの「終の小庭」には、喜太郎にとって結果的に商家の小庭がうれしい出迎えとなってくれたという意味が込められている。
 はらはら、やきもきさせて、最後はにこりとさせる終わり方がよい。

 < 撫子(なでしこ)ひともと >
京都鷹ヶ峰御薬園での日常生活に戻った真葛に、匡の妻の初音が縁談話を持ちかけてくる。相手は上京の鍼灸医・小笹汪斎の子息玄四郎という。今はその気が無い真葛はその話を拒否する。そんな矢先に、岡朔定先生の紹介で青蓮院の寺侍の娘・お蓮が御薬園に訪ねてくる。岡先生に相談しづらいので女医の紹介を頼んだという。お蓮は自ら妊娠していると告げ、子を産みたい。相手は小笹玄四郎だという。その玄四郎から服用するようにと貰った薬を飲むべきかどうかの相談事だった。真葛はその丸薬を見て堕胎剤と判断した。
 真葛はもたらされた縁談話にかこつけて、小笹玄四郎に自ら会い、その人体をまず見届けようとする。見合は叡覧能の折と決まる。観能中に能舞台でハプニングが起こったことから、真葛は玄四郎の人柄を知り、事の真相の謎を解くに至る。
 真葛とお蓮という二人の女心を扱った興味深い短編となっている。

 < ふたおもて >
 真葛は藤林信太夫の妻で、真葛にとり養母であるお民の祥月命日に、真如堂の塔頭の一つ松林院にある藤林家の墓所に墓参に行く。供の荒子吉左と茶屋で一休みをしていて、町女房風の身拵えだが言葉遣いが武家に近い女の会話を耳にする。その傍に居たのは亀甲屋の主・宗平ではないかと吉左が気づく。吉左は亀甲屋の女主はかれこれ10年前に亡くなっているはずという。御薬園の役宅を訪れた亀甲屋の定次郎は、真葛の注文品の納入が遅れることを告げ、帰洛した父親の宗平がしばらくは旅に出ないと言い出したと語る。そして、帰洛後は壬生村の別墅に引きこもり店に顔を出さないといい、心配している。
 先日の目撃が気になる真葛は、自分には見舞いに行く先があるので、亀甲屋の別墅に立ち寄ってみると定次郎に告げる。
 別墅を訪れると宗平はかつての恩人も同然の人が別墅に寄寓していると言う。その後思わぬ事件が発生し、真葛によるその真相の謎解きに発展していく。
 この短編のタイトルは、「人の心は、児手柏の二表(ふたおもて)」というこのストーリーの末尾近くに出てくるフレーズに由来する。

 < 師走の扶持 >
 師走の十六日は鷹ヶ峰御薬園の煤払いである。この日、真葛の母倫子の実父である棚倉静晟から例年通り米一俵と味噌一樽が届けられた。届けに来たのは棚倉家の家令田倉隆秀だった。応対していた藤林匡が激高しているとの報せで、真葛は二人の対座する場に駆けつける。静晟の子で、真葛の叔父にあたる棚倉祐光が先月半ばから咳病(現在のインフルエンザ)で寝込んだままだという。そのため、真葛の往診を頼んでいたのだ。出入りの医師は岡本梅哉先生で、先代が亡くなりまだ20歳の梅哉が跡を継いだのだという。田倉は真葛の素性を隠して往診してほしいと依頼した故に、匡はその身勝手に怒っていたのだ。
 岡本梅哉は真葛が一時期同じ門下で学んでいた。姉さまと慕われてもいた関係だった。梅哉の名に傷をつけぬ為にも、真葛はその依頼を引き受ける。そして、梅哉の弟子で薬籠持ちで供についていると偽って棚倉祐光の病間に赴く。梅哉の診断と処方を聞いた上で、祐光の症状を観察した真葛はあることに気づく。それを梅哉に告げたことから、梅哉の知り得る棚倉家の内情をも聞き、真葛の謎解きが始まる。そして、匡の理解を得て、再度祐光に会いに出かける。
 棚倉家の内部事情を知った真葛は、己の今までの棚倉静晟に対する見方を転換するとともに、祐光にある提案を行うことになる。
 このストーリー、いつしか真葛の心情に深く引き込まれている自分に気づく。そんな短編である。

 この6つの短編には、そのモチーフとして共通している観点があると思う。
 それは現象面に表出されている相手の行動や言葉から、こちらが受けとめて解釈し理解した事実が必ずしも適切・妥当であるとは限らないということだ。相手の言葉と行動の背後にある思いは、現象に表れているものと真逆であり得る場合もある。その事例を具体的に短編小説に結実させているように感じた。人の心の深奥は簡単にはわからないもの・・・・というところか。
 
 元岡真葛シリーズの第3弾が出ることを期待したい。

 ご一読ありがとうございます。

本書に関連する背景事項をいくつかネット検索してみた。一覧にしておきたい。
小野蘭山    :ウィキペディア
江戸のくすりハンター 小野蘭山 :「くすりの博物館」
小野蘭山顕頌碑(京都市左京区) :「京都風光」
小石川御薬園  :「東京大学」 
宮宿   :ウィキペディア
熱田神宮 :ウィキペディア
大津宿  :ウィキペディア
安産の社 御香宮  ホームページ
御香宮神社   :ウィキペディア

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徒然に読んできた著者の作品の中で印象記を以下のものについて書いています。
こちらもお読みいただけると、うれしいかぎりです。
『ふたり女房 京都鷹ヶ峰御薬園日録』  徳間書店
『夢も定かに』  中公文庫
『能楽ものがたり 稚児桜』  淡交社
『名残の花』  新潮社
『落花』   中央公論新社
『龍華記』  KADOKAWA
『火定』  PHP
『泣くな道真 -太宰府の詩-』  集英社文庫
『腐れ梅』  集英社
『若冲』  文藝春秋
『弧鷹の天』  徳間書店
『満つる月の如し 仏師・定朝』  徳間書店

尚、拙ブログ(遊心六中記)にて、以下の記事を掲載しています。
こちらもご覧いただけるとうれしいです。
観照 & 探訪 [再録] 京都・伏見 御香宮神社 本殿壁面の極彩美 -1
    5回のシリーズでご紹介しています。
観照 & 探訪 [再録] 京都・伏見 御香宮神社の石庭~小堀遠州ゆかりの庭石~ほか
観照 & 探訪 [再録] 京都・伏見 御香宮神社 拝殿 蟇股の美 



『警視庁公安部・青山望 聖域侵犯』  濱 嘉之  文春文庫

2020-05-11 10:54:38 | レビュー
 2016年8月に文庫の書き下ろしとして出版された青山望シリーズの第8作である。
 第7作のストーリーの途中で、大和田博が警務部参事官特命担当管理官に異動し、それまでよりも行動範囲が広がった。捜査第二課の知能犯第二捜査担当管理官の龍一彦が刺傷事件での入院治療から現場復帰を果たした。青山望と藤中克範は前作と同じポジションに居る。

 2016年5月下旬に「G7伊勢志摩サミット」が開催された。この第8作は第42回先進国首脳会議、伊勢志摩サミットの開催地・三重県志摩市で発生した死体遺棄事件に端を発し、伊勢志摩サミット開催直前の状況をストーリーの根底に描きながら、捜査が進展していく。つまり、同時代警察小説であり、読者にとって、著者の視座を介して現代という時代を知る情報小説の側面を併せもっている。
 この第8作のタイトルは、エピローグに出てくる会話から来ている。
 龍に言葉「今回の一連の事件はまさに伊勢という聖域を侵そうとして失敗した馬鹿どもを無事退治できた安堵感があるな」
 青山が呟く「聖域侵犯か・・・・」 青山は龍の言葉から、一連の事件の背景となる「聖域」を重層化する形でさらに飛躍していた。「捜査はこれからも続く」という認識のもとに。このネーミング自体も興味深いものとなっている。

 プロローグは、4月上旬、英虞湾にあるマリーナに停泊するクルーザーの場面から始まる。夜桜見物を兼ねたサンセットクルーズを予定していた。クルーザーのオーナー、精神科と人工透析だけの病院を経営する医師、そして清水組の元組長清水保の甥にあたる白坂隆一郎の三人である。彼らの会話だからブラックな話材が中心になる。そこに一人の客が加わる。新谷充広の紹介で儲け話を持ってきたと言い、VCに対するコンサルティングを行うと新間敬一郎である。新間が持ち込んだ提案を3人は拒否する。そして、新間の脅し発言に対し、3人は医者が見ても心臓麻痺にしか判別できない方法で報い、英虞湾内の大型の養殖イカダ近くで死体遺棄した。このプロローがどう展開するのか。

 たまたま英虞湾で養殖業者が誤って若い貝のイカダを引き揚げたことから不審物が見つかり、警視庁の機動隊員が遺棄された死体を発見する。それが事件の発端となる。伊勢志摩サミット警備の一環として、湾内で事前チェックをしていた警備艇がその遺体回収の任に付く。警備艇の船長はその死体遺棄方法が関西のヤクザもんの手口と断定する。

 青山望は、2月16日に警備企画課長命を受け、三重県入りして警備体制を確認する一方、名古屋を拠点にして警備体制絡みで、国際テロリズム関連での特命捜査を行っていた。また、捜査の一環として、青山は密かに岡広組総本部の若頭補佐、白谷昭義と会う機会を作る。

 三重県警捜査第一課の上席・堤警視は前年まで警察庁刑事局の補佐として出向していて藤中が彼の指導官だった。被害者が東京の大手芸能プロダクション、アルファースターとの関係がうかがえる情報が捜査から出て来たことで、堤は藤中に質問を兼ねた連絡を入れる。藤中は、アルファースターの社長が榎原哲也であり、岡広組直系でもあったことを知っていた。藤中と堤の情報ラインができる。
 藤中は早速大和田の携帯電話に電話を入れ、事件情報の共有化をはかる。藤中は勿論、青山のプライベート用携帯に電話を入れる。また、大和田も藤中もともに、サミット前に現地入りする予定だと伝えた。
 現場に復帰した龍は農林水産省キャリアいよる贈収賄容疑事件を追っていた。それは環境問題、土壌改良に関係していた。
 青山は藤中からの連絡による依頼に基づき、榎原哲也と新間敬一郎の関係を調べるよう指示を出しておいた。そこから環境問題に絡む興味深い事実が浮かび上がってくる。

 伊勢志摩サミットへの警備態勢準備という背景の中で、同期カルテットの相互連絡から一つに収斂する可能性の問題事象が見え始める。なかなかおもしろい展開を推測させる。
 これから先は、何がどのように絡み合っていくか。それがどのように解きほぐされていくかを、お楽しみいただきたい。

 この小説の副次的産物として興味深い点を列挙してご紹介する。
 情報小説の側面を示していると感じる所以。現代社会の諸事象と歴史を考える材料になる。詳細は本書をお読み願いたい。
1. サミット開催における安全性確保のための警備体制・態勢の事前準備と期間中の準備がどういうものであるかの具体的描写。ここでは第42回先進国首脳会議、伊勢志摩サミットを扱っている。テロリズムの実情話も警備絡みの会話の一環として語られている。
2. 関西と関東のヤクザにおける死体処理方法の違い。特に、死体のバルーン型沈没遺棄法。
3. 伊勢神宮の外宮から内宮に通じる参道に並ぶ石灯籠に彫られた三種の紋章。
4. パナマ文書とデータジャーナリズムについて。並びにパナマ文書と闇社会との接点。
5. 中国ウォッチング:中国の国家企業(国営企業と国有企業)と国家戦略。日本の対中国援助の実態。中国の環境問題と日本企業の接点。中国の「三農」問題。
6. 警視庁と管区警察局の関係


 最後に、本書に出てくる会話部分から、2016年時点での青山の発言として、興味深い部分をいくつか、ご紹介しておこう。
*サミットでの日本の役目は各国が合意できるG7声明をまとめることだが、成長に陰りが出た世界経済に「金融緩和、財政出動、構造改革」の三本の矢をぶち上げて、果たして効果があるのか疑問だ。 p168
*政治は力学なんだ。力学を無視した政治理論は無意味だからね。 p175
*重鎮が下を育てる度量がないからでしょう。自分で派閥を作る力もない。これも政党交付金のような馬鹿げた制度を作ったからでしょう。 p252
  これは次の発言に対する返答:「政治家は義理と人情とやせ我慢と言われていた。
  それがどうだ。最近の若い政治家や学者上りの知事のような連中は義理もなければ
  人情もない。挙句の果てに我慢もできないとなれば、もはや政治家の器ではないと
  いうことだ」
 それと、いよいよ青山の人生ステージが変化をする。このストーリーのエンディングは同期カルテットの酒席を描く。そこで青山が同期に婚姻届を見せると、藤中が証人欄への署名はやっぱり、俺しかいないだろうと応えた。このシリーズ、青山個人の家庭生活の側面が背景に加わっていくことになる。サイド・ストーリーの楽しみが増えることだろう。

 ご一読ありがとうございます。

本書との関連事項で、事実情報をネット検索してみた。本書を楽しむ背景情報にはなるだろう。
G7伊勢志摩サミット  :「首相官邸」
伊勢志摩サミット等警備 :「警察庁」
伊勢志摩サミット開幕。各地の警備体制はどんな感じ? :「NAVERまとめ」
G20大阪サミット等の成功に向けて  :「警察庁」
G20、3万2千人の警備態勢 過去最大規模で警戒  :「日本経済新聞」
地力増進法及び関連法令等  :「農林水産省」
パナマ文書   :ウィキペディア
世界に衝撃を与えた「パナマ文書」わかりやすく解説すると…  :「HUFFPODST」
YP体制  :ウィキペディア
陸軍分列行進曲   :ウィキペディア
[徒歩行進・陸軍分列行進曲] 観閲式2018 陸上自衛隊 :YouTube
テキストマイニング、文章解析ツールの紹介 :「LIONBRIDGE」
<1年を振り返って>伊勢市の石灯籠死亡事故 違法状態に終止符、どう総括 
           2018.12.25    :「伊勢新聞」
チオペンタール   :ウィキペディア
アベノミクス「3本の矢」 :「首相官邸」
アベノミクス  :ウィキペディア
政党交付金  :ウィキペディア

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その点、ご寛恕ください。)


こちらの本も読後印象を書いています。お読みいただけるとうれしいです。
『一網打尽 警視庁公安部・青山望』 文春文庫
『警視庁公安部・青山望 頂上決戦』 文春文庫
『警視庁公安部・青山望 巨悪利権』 文春文庫
『警視庁公安部・青山望 濁流資金』 文春文庫
『警視庁公安部・青山望 機密漏洩』 文春文庫
『警視庁公安部・青山望 報復連鎖』 文春文庫
『政界汚染 警視庁公安部・青山望』 文春文庫
『完全黙秘 警視庁公安部・青山望』 文春文庫



『ふたり女房 京都鷹ヶ峰御薬園日録』  澤田瞳子  徳間書店

2020-05-09 11:31:02 | レビュー
 まず関心を抱いたのは、この小説のタイトルに記された「鷹ヶ峰御薬園」である。
 なぜか? この御薬園の跡地を史跡探訪の一環で通ったことがあるから。
 著者の作品を読み継いできている。この御薬園がどのように取り上げられるのかという関心が跡地を見ている故に特に強かった。
 
今は駐車場になった場所の一隅に、跡地を示す石標が建てられている。



この2枚はその傍に設置された案内板の一部を拡大したもの。
その時の探訪記をもう一つの拙ブログでご紹介している。「探訪 京都・洛北 鷹ヶ峰の寺社を巡る」というシリーズの3回目「光悦寺・御土居・薬草園跡」の中で。こちらもご覧いただけるとうれしいです。(クリックしてご覧ください。)

 本書は短編6話の連作をまとめ、単行本として2013年5月に出版されている。タイトルは「第四話 ふたり女房」からとられていて、この短編は単行本化にあたり書き下ろされたそうだ。「第一話 人待ちの冬」は「問題小説」2011年12月号に掲載され、残りの四話は「読楽」2012年5月号~2013年2月号の期間に順次掲載されている。

 この短編連作に登場する中心人物は、元岡真葛という20歳台の女性。物語は真葛が21歳の時点から始まって行く。真葛は京都の北西、鷹ヶ峰にある徳川幕府直轄の御薬園内に住む。
 御薬園はその名の通り、薬草を栽培し、生薬を精製して、幕府に納める薬草園。ほかに江戸の小石川御薬園、長崎の十善師御薬園などがある。1400坪の敷地の鷹ヶ峰御薬園は、代々藤林家が御薬園預として運営を担っている。現在の藤林家当主は29歳の匡である。子のない先代信太夫は、遠縁の本道(内科)医・月岡匡が21歳の折にその妻初音19歳と子の辰之助ぐるみで養子に迎えて藤林家六代を継がせていた。藤林家は禁裏御典医を兼ねている。この時真葛は13歳の夏だった。信太夫は現時点では既に亡くなっている。

 ならば、真葛はどういう位置づけか。御門跡医師だった元岡玄巳が、北嵯峨の曇華院門跡に出仕していた棚倉倫子との間に儲けた子である。血統を辿ると藤原北家にまで溯る棚倉家は、玄巳と倫子の結婚に反対した。出奔同然に倫子は棚倉家を飛び出し、町医者となった玄巳と暮らすようになり、真葛が誕生した。だが真葛が三歳の初冬、倫子は流行風邪をこじらせた末に亡くなってしまう。そのとき、玄巳は旧友藤林信太夫に誘われ、美濃へ薬草採取に赴いていたのだった。玄巳は3歳の娘を信太夫に預かってほしいと言う。己の妻一人を救えなかったとの思いから、長崎にて改めて医学を学び、医者について再考したいがためと玄巳は語った。信太夫は真葛を預かる。玄巳の音信はその後途絶えてしまう。

 真葛は信太夫の許で育つ。幼少より薬草園を駈け回り、薬草栽培を仕事とする荒子たちの手伝いをしながら、薬草や生薬に関する実学を吸収していく。信太夫は真葛が医者にならなくても、最低限の知識を修得するのがよいと、真葛に本草学、本道(内科)・外科を教授した。さらに、知友の許に通わせて産科、児科、鍼灸なども学ばせたのだ。そんな生育歴を持ち、藤林匡からは妹のように思われ、またその培われた力量を信頼されている。
 元岡真葛の活躍がここから始まって行く。御藥園を基盤にしながら、真葛は日常生活でふと触れ合った人々との関わりの中で、どこか不可解に感じた心象をそのままにしておけず、一歩踏み込み問題の謎解きをしていくというストーリーが展開していく。
 それでは、第一話から簡単なご紹介をしておきたい。

 第一話 人待ちの冬
 手代が娘お香津の婿となり、先代の病没後に薬種問屋成田屋の跡を継ぐと、取り扱う薬種の質が落ちてきていた。藤林家はそれに気づき鷹ヶ峰出入りを禁じた。成田屋に奉公するお雪は最近節季にも実家に戻らない。心配した弟の太吉が店を訪ねても姉に会えず追い出される。棚倉家に仕える山根平馬が幼馴染みの弟太吉を連れて、真葛に相談に来た。成田屋を知る真葛は様子を窺いに行く。その折、真葛は成田屋夫婦の揉める声を聴き、店を出たお香津の跡を付ける。お香が植木職人に預けてあった元日草を引き取るという会話を耳にする。その何気ない会話から、真葛は後ほどよもやということに気づく。そこから思わぬ事件の顛末譚となる。元日草とは福寿草の別名。真葛の本領が発揮される。

 第二話 春秋悲仏
 真葛の診立(みた)てを請う病人の一人、菱屋のお膳がぷっつり来なくなった。心配する真葛は、二条衣棚の亀甲屋に五加皮の注文に行った帰りに、寺町蛸薬師の菱屋に立ち寄ってみようと考えた。だが、三条大橋の傍で、忍栄という説法師がお奈美観音の霊力を吹聴し、喜捨を受けその観音像の身を削り与えるという場に出くわす。仏像の欠片(かけら)を薬にするのだという。その欠片を貰い受ける菱屋の小女を目撃し、真葛は愕然とする。亀甲屋で偶然出会った来京中の本草学者延島沓山はこの忍栄と観音像のことを少し知っていた。これが始まりだった。この観音像と、遠島の刑を受けた加賀・金沢在の仏師並びに彼の妹お奈美にまつわる悲哀との関わりが明らかになっていく。さらに、この仏像の欠片になぜ霊力があったのかも・・・・・。構想が巧みな短編である。
 
 第三話 為朝さま御宿
 江戸時代、疱瘡と呼ばれ恐れられた病-現代の天然痘-とそれにまつわる民間信仰、当時の京における公家の生活実態、氏より育ちの視点が渾然と織り込まれていく。御典医藤林匡は公家・三条西家の当主実勲(さねいそ)の弟・実季(さねすえ)14歳が疱瘡に罹ったためにその治療に忙しい。だが、匡の子・辰之助も同じく疱瘡に罹っていた。三条西家では、疱瘡神は赤色を嫌うという民間信仰を併用していて、さらに坂田木綿が効くということにもあやかっていた。匡は三条西家では何も言わないが、自宅では俗説に惑わされてはならぬと、為朝さまに関わる赤色の民間信仰を排除し、医術第一で処方の指示を出し、真葛が辰之助の治療面を見ていた。著者は母である初音の思いを描いていく。初音は夫の匡に内緒で坂田木綿の寝間着を辰之助に着せ疱瘡除けをしていた。
 実季は病重く亡くなる。辰之助は回復する。真葛が匡に付き従い、三条西家に治療に訪れたことから、坂田木綿に絡んだ民間信仰の背景・カラクリが明らかになっていく。そこには三条西家の末弟伊予丸が赤子の時に疱瘡に罹ったが快癒したという事情が絡んでいた。疱瘡に罹患した子を持つ母の思いと、冷静に観察する真葛の姿が描かれる。
 
 第四話 ふたり女房
 吉田山での観楓の宴が繰り広げられる最中に、侍同志の諍いが起こる。どちらも京詰めの武士夫妻でちょっとした騒ぎ。藤林匡がその仲裁に入る。気性の強い妻女の振る舞いに狼狽していた武士は、先に帰ると言い残して妻がその場を去ると、亀甲屋の設けた宴の席について来た。新発田藩の京詰めの武士で、高浜広之進と名乗った。彼は江戸で汐路と称する妻の親に見込まれて養子となった経緯と京詰めの経緯を語った。
 酒宴の後で、匡と真葛は光隠寺の施行所に病人の治療に立ち寄る。そこで真葛は元武家の妻女らしきお香を知る。飲水の病(糖尿病)で目が不自由になってきているのである。お香の夫はひどく気弱な質の人だが、3年前に仕官の道を求めて京を出たようだ。いずれ迎えにきてくれるものと信じお香は夫を待っているという。施行所に住む病人の一人がお香を揶揄すると、怒ったお香は広之進という夫の名を無意識に発していた。真葛は一瞬呆然となった。
 また、このところ光隠寺のあたりに不審な男が出没するという話から、事が進展していく。いわば二重婚をした気弱な武士にとって、思わぬ賢婦譚のストーリーとなる。最後の匡のつぶやきがおもしろい。

 第五話 初雪の坂
 十二、三歳の少年が藤林家の薬倉に盗みに入るが、荒子の又七に捕まる。が隙をみつけて逃走した。鷹ヶ峯周辺に住む孤児の一人。後にその少年の名は小吉とわかる。
 藤林匡が青蓮院門跡の往診に出かけている間に、御薬園から五、六町ほどの距離にある安養寺隣の隠居所で氷室屋の隠居が倒れたという報せが入り、真葛が赴く。安養寺の範円からもらった煎じ薬を服用した後に倒れた。その煎じ薬は範円が御藥園から採れた生藥と言っていたと聴く。だが真葛がその薬を確かめると、それは毒芹の根だった。すぐにわかる虚言であるのに、なぜ範円がそんなことを言ったのか。
 藤林家の役宅に、同じ町内の町役・乙訓屋正之助が飛び込んで来る。御薬園は町役の差配外である。しかし、真葛は正之助と話をして、小吉の名前が出てきたところから、得体の知れぬ悪意を感じる。数人の孤児が小吉がつかまっていると思ってか、薬倉に訪れた。孤児等の話から地蔵堂に臥せる幼い女児・お三輪の容体を真葛が診察に行く。一方、小吉が範円を殺害したという。事態の思わぬ展開から真相が明らかになっていく。
 この真相に至る入り組んだ構図と人の思いが読ませどころになっている。盗みを働いた小吉像がガラリと転換するという仕掛けが巧みである。
 
 第六話 粥杖打ち
 粥杖打ちは小正月十五日に行われる宮中の年中行事。この日、宮中では望粥とも呼ばれる小豆粥を食する。この粥を炊いた際の杓子が粥杖である。粥杖で子のない女性の尻を打てば、男児を産むと言い倣わされていた。平安時代以来のこの行事が江戸時代には身分を問わずうっかりしている者を打ち叩く遊戯へと変化していた。当然、怪我人が出る。御典医の藤林匡は真葛を補助に伴って行く。宮中につくなり、二人は打ち叩かれる羽目に。
 その後、御典医たちは怪我人の治療に追われる。この日の粥杖打ちは伏見宮が皆を煽っていたという。安芸局が御末のお竹を連れて来る。真葛は手当をするようにと指示されたが、お竹は頑なに拒否して逃げた。真葛にはこの女のことが記憶に残る。
 如月の二日、真葛は書肆の佐野屋を訪れる。来客で取り込んでいるようなので、延山沓山が止宿している山本亡羊邸を訪ねる。そこで、佐野屋の娘が、粥杖打ちの後で、自宅に戻っている。身籠もっていて腹の子の父は伏見宮だと言っていると聞かされる。真葛はお竹を思い出した。
 真葛は、沓山に言われたとおり、書肆・佐野屋から出版される予定の小野蘭山先生の講義録『本草綱目啓蒙』の草稿を読むために佐野屋に通う。ある日、佐野屋に向かう途中で産医の賀川満定と出会う。佐野屋に行くところだったという。賀川先生に会ったことから、お竹の妊娠の真相が明らかになっていく。
 お竹の行為が、真葛に新たな己の生き方を貫く決意を促すことになる。
 粥杖打ちという宮中の年中行事を、お竹が己の生き方の梃子に使うところが興味深い。

 鷹ヶ峰のかつての雰囲気を想像できる情景描写が興味深い。また、本草学の知識、生薬及び漢方薬の処方についての記述が幅広く出てくることや江戸幕府における御藥園の経営システムがうかがえることもまた関心を惹かれる点である。薬草や生薬の記述はエキゾチックでさえあるところが時代を感じさせる。
 再び、上掲した石標の立つ跡地に佇めば、きっとこの小説を想起するに違いない。

 お読みいただき、ありがとうございます。

徒然に読んできた著者の作品の中で印象記を以下のものについて書いています。
こちらもお読みいただけると、うれしいかぎりです。
『夢も定かに』  中公文庫
『能楽ものがたり 稚児桜』  淡交社
『名残の花』  新潮社
『落花』   中央公論新社
『龍華記』  KADOKAWA
『火定』  PHP
『泣くな道真 -太宰府の詩-』  集英社文庫
『腐れ梅』  集英社
『若冲』  文藝春秋
『弧鷹の天』  徳間書店
『満つる月の如し 仏師・定朝』  徳間書店

余談ですが、もう一つの拙ブログに書いている記事をご紹介いたします。
本書に登場する実在人物に関連する史跡を幾つか今までに探訪しており、ご覧いただけるとうれしいです。
探訪 京の幕末動乱ゆかりの地 -8 壬生塚(近藤勇胸像・隊士の墓ほか)・壬生屯所旧跡(八木家)・六角獄舎跡ほか
   「日本近代医学発祥之地」 六角獄舎にて、山脇東洋が所司代の官許を得て、
    日本最初の「人体解屍観臓」を行ったのです。
スポット探訪 京都・中京  誓願寺 -2 誓願寺墓地に眠る人々と六地蔵石幢
   「山脇東洋解剖碑所在墓地」、「法眼東洋山脇先生墓」とその系譜の人々の墓碑
    山脇家が人体解剖を重ねた際の遺体14柱の供養碑 をここで参拝しました。
探訪 [再録] 京都・油小路通を歩く -1 「山本読書室」跡、京町家と鍾馗像、本能寺跡
    小野蘭山の高弟・山本亡羊の自邸があった場所(油小路五条)です。

『万葉のうた』 大原富枝 文 ・ 岩崎ちひろ 画   童心社

2020-05-07 20:43:51 | レビュー
 この本もまた10年余前に買い、身近に置きながら部分読みし挿絵を眺める形で時が過ぎてしまっていた。このステイホームをきっかけにして初めて通読した。これからも、時折繙く一冊になりそうである。
 初版は1970年6月で、手許の本は2007年9月58刷となっている。ロングセラーの一冊になっているようだ。『万葉集』がロングセラーであるかぎり、本書もそうなって不思議ではないだろう。
 『万葉集』で秀歌と認められているものから、さらに著者大原富枝さんが選び取った歌をまとめた本である。今ネット検索で本書を調べると、「若い人の絵本」というキャッチフレーズがつけられている。決して若い人に限る必要はないと本である。だけど、『万葉集』自体は敷居が高いと感じる人、特に若い人には万葉集に入りやすい本だと言える。要所要所に、歌と本文とに響き合う岩崎ちひろさんのモノクロ・トーンの挿絵が入っているので、絵からも歌のイメージを広げることができ両者のコラボレーションになっているからである。

 手許にある『新訂 新訓 万葉集』上・下巻(佐佐木信綱編・岩波文庫)を見ると、万葉集に収録された歌には通し番号が振られている。最後が4516番、大伴家持の歌で終わる。つまり4516首収録されていることになる。本書には、数えてみると151首が収録され、実質80ページ余にまとめられている。この数の比から考えても、万葉集の世界に絵本的感覚で誘うという局面も含めて、一歩踏み込んでみるのに手頃な本といえる。
 本書は、「あかねさす紫野行き」という見出しから、「防人にゆくは誰が背と」まで、12の章で構成されている。この見出しは、世に親炙した万葉集中の秀歌の一部に由来する。「あかねさす紫野行き」は勿論、額田王のあの有名な歌だ。
  あかねさす紫野行き標野行き野守はみずや君が袖ふる  20
これが出れば、相聞歌として、
  紫草(むらさき)のにほへる妹を憎くあらば人妻ゆゑにわれ恋ひめやも 21
が載る。本書も勿論、対としてこの歌が載せられて、本文が始まる。
 この二首が載る右側のページには、章の見出しと額田王のちょっと振り向く姿の挿絵がある。

 岩波文庫本では、第20首に「天皇、蒲生野に遊猟しましし時、額田王の作れる歌」と詞書が付く。第21首には「皇太子の答へませる御歌 明日香宮御宇天皇」と詞書が付く。そして、歌の後に、「紀に曰く、天皇七年丁卯夏五月五日、蒲生野に従猟したまひき。時に大皇弟、諸王、内臣、及び群臣、悉皆に従ひきといへり」という一文が記述されている。万葉集の本文をまとめてある岩波文庫はこれだけである。
 解説書がなければ、一般読者にはこの対の歌の関係性が十分にはわからない。勿論、歌意は二首を読めばある程度はわかるのだが・・・・・。私も一般読者にすぎない。

 そこで、本書に戻ると、第21首には、「天武天皇」と作歌名が併記されている。そして、「天智天皇は皇太弟大海人皇子(後の天武天皇)をはじめ群臣を従えて晩春の蒲生野に薬猟(くすりがり)をした。そのとき天皇の妃の一人である額田王が歌われた歌と、それに応えた皇子の歌である」という書き出し文から始まる。大原さんは、その後、大海人皇子と額田王の間に十市皇女が生まれていたこと。兄の中大皇子(後の天智天皇)が額田王を妃の一人にしたことに触れた後で、この二首を説明している。
 「・・・・・古代は袖をふるのを恋愛の意思表示と見た。
  まあ、そんなに袖をお振りになって、人目につきますわ、およしになってくださいまし。と歌いかける額田に、皇子は、
  紫草のように美しくはでやかな愛しい人よ。あなたがいくら人妻であるからといって、どうして私が愛さずにいられようか。」(p9)と。
 この後、この章には額田王の歌を三首、その姉の鏡王女の歌を一首、取り上げている。鏡王女についての記述も歴史と当時の社会の有り様を考えると興味深い説明となっている。

 大原さんは「あとがき」に秀歌と認められたなかから、さらに本書に選んだ基準を記す。「特にその時代の特色をよく捉えているもの、生活の匂いのゆたかなもの、若々しく澄んだ歌、悲しく心にしみる歌など、現代の若い人々に親しみやすいものを撰んだ」と。
 さしずめ、上記の額田王、天武天皇、鏡王女の歌は、「時代の特色」をよく捉えているものと言える。
 もう一つ、「限りある枚数のなかに、できるだけたたくさんの秀歌を収録するため、専門的な字句の解釈ははぶいて、意訳することによって歌の生命を活かすように努力したつもりである。」と記す。このスタンスに関連するものとして、一例をご紹介する。
 手許に、『折口信夫全集 第四巻 口譯萬葉集(上)』(中公文庫)がある。折口信夫(釈迢空)は万葉集全首を口語訳している。まず額田王の第20首を引用する。
「紫草の花の咲いてゐる時節、天子の御料の野を通つて、我がなつかしい君が袖を振つて、私に思ふ心を示してゐられる。あの優美な御姿を、心なき野守も見てはどうだ。(括弧内の補記を略す)」
 そして第21首・後の天武天皇の歌については、
「ほれぼれとするやうな、いとしい人だ。そのお前が憎いくらゐなら、既に人妻であるのに、そのお前の為に、どうして私が、こんなに焦がれてゐるものか」
本書でのスタンスの違いがおわかりいただけるだろう。

 「わが背子を大和へやると」(大伯皇女・第105首)の章では、謀反の罪で処刑された弟・大津皇子を思う大伯皇女の哀切な思いを表出した歌が6首撰ばれている。そして、大津皇子の「ももづたふ磐余の池に鳴く鴨を今日のみ見てや雲隠りなむ」(416)が載っている。章の末尾に、岩崎さんの描く大津皇子の姿がこの章に呼応していて余韻が深まる。
 通読するとやはり、相聞歌や恋の歌が多く取り上げられている。また東歌や防人として徴兵される庶民の悲哀の歌なども取り上げられていて、万葉集の時代を知るのにも役立つ本になっている。
 山上憶良の秀歌も勿論ある。「憶良らは今は罷らむ子泣くらむその彼の母も吾を待つらむぞ」(337)と「銀(しろがね)も金(くがね)も玉も何せむに勝(まさ)れる宝子に及(し)かめやも」(803)の二首を載せた左のページには、岩崎さん独特のかわいい少女の顔が挿絵となっている。左右のページが響き合う。また、宴会の場を抜けて帰る憶良の前者の歌には、前半の5・7・5で、酒の座をしらけさせることいっておき、後半で「つまり女房が待っているからね、と酒席を賑わしておいて帰るのである。彼は才能ゆたかな歌人であった」と大原さんは説明している。この歌を知ってはいたが、「酒席を賑わしておいて」というところまで、踏み込んで読み取っていなかった。う~ん、ナルホド!である。著者はこの章で憶良の歌を更に8首とりあげていく。

 本書には、天智天皇・持統天皇・孝徳天皇・斉明天皇・磐姫皇后・光明皇后、皇子では志貴皇子・有馬皇子・穂積皇子、皇女では中皇女・但馬皇女・湯原王・厚見王、歌人では柿本人麿・大伴旅人・大伴家持・高市黒人・山部赤人・中臣宅守、狭野茅上娘子・石川女郎・大伴坂上女郎・笠女郎・安部女郎・紀女郎、さらに遊行女婦児島などが登場する。また、作者不詳の秀歌が数多く撰ばれている。

 最後に、作者名不詳の中から3首とそれに付された意訳をご紹介しておこう。
*恋ひ死なば恋ひも死ねとか吾妹子(わぎもこ)が吾家(わぎえ)の門(かど)を過ぎて行くらむ                               (2401)
 (恋しいひとが私の家の前を振り返りもしないで行く。恋しさのあまり死ぬなら死んでおしまいなさい、とでも思っているのであろうか。ああ。なんと情(つれ)ない人だろうか・・・・・)p38

*相見ては面隠(おもかく)さるるものからに継ぎて見まくの欲(ほ)しき君かも (2554)
 (お逢いするとつい羞ずかしくて顔をかくしてしまうのですけど、でもほんとうはいつまでもあなたのお顔を見ていたいのです。)p59

*多摩川に曝す手作りさらさらに何ぞこの児のここだ愛(かな)しき  (3373)
 (多摩川にさらす手作り布の新しくまた新しく、なんでまあこの児の愛(いと)しいことであろう。恋いの想いも東国ではすべて日々の労働につながっていた。それが新鮮な美しさとなり、特徴となるのである。)p83-84

 『万葉集』への誘いとしては、読みやすい、楽しめる一冊である。

ご一読ありがとうございます。


[付記]
 『万葉集』については、中村博さんが興味深いチャレンジをされています。
万葉集の歌を、「歴史という時間軸に沿いながら、ある時代、ある時期に歌われた数々の歌の関係、相関性の中で、それらの歌をまとまりとしてとらえて鑑賞するということはほとんどなかった。万葉集に編纂された諸々の歌を当時の時代の変遷という『時の流れ』の中で読むというのは、なかなか面白くて興味深い。そこには、著者独自に、歌の時間軸で意図的に編集が加えられている部分もある。それは『ものがたり』として語らせる一手法という試みのようだ。」と言う形で私は拙ブログで既にご紹介している。

 著者・中村博さんの作品について読後印象記を書いています。こちらもお読みいただけると、これもまた『万葉集』への誘いになると思います。
『万葉歌みじかものがたり 一』 中村博 JDC
『万葉歌みじかものがたり 二』 中村博 JDC
『万葉歌みじかものがたり 三』 中村博 JDC
『万葉歌みじかものがたり』第4巻・第5巻  中村博 JDC
『万葉歌みじかものがたり 六』 中村博 JDC 

『警視庁公安部・青山望 頂上決戦』  濱 嘉之  文春文庫

2020-05-06 14:31:34 | レビュー
 青山望シリーズの第7作。文庫のための書き下ろしで、2016年1月の出版されている。
 警視庁組織図における同期カルテットのポジションは青山・大和田・龍について変化していない。ただ、前作の最終段階で藤中克典が出向先での異動として、警察庁刑事局捜査第一課分析官の肩書で福岡に行った。一応彼らのポジションを押さえておこう。
  青山 望 公安部公安総務課第七担当管理官
  大和田博 警務部人事第一課監察、表彰担当管理官
  龍 一彦 刑事部捜査第二課知能犯第二捜査担当管理官
である。

 プロローグは大分県・八湯の温泉郷において電車の車中で事件が発生するシーンから始まる。最寄り駅から救急病院に搬入されたが死亡する。フグ毒のテトロドトキシンによる殺人事件だった。彼らは観光ツアー企画の調査中だった。被害者の女性は旅行のコンサルティングを仕事とし、一緒に居た男性は旅行代理店の仕事に携わっていると言う。中国人旅行社が一気に4,000人ほどのツアー企画だと言う。

 青山は新宿の警備課長から電話連絡を受ける。大分県警からの簿冊の照会があり、その問い合わせ内容に疑問を持ったので、青山に連絡を入れたと言う。青山は被害者および行動を共にした男は逮捕されているとの情報から、データ検索をする。
 被害者は白坂亮子享年45歳。旅行代理店とタイアップしたコンサルティング業を仕事にして、最近は中国観光客の受け入れを積極的に行っていたという。姉が清水亜希子であり、その姉は清水保の嫁だった。清水保は岡広組系の清水組を二代目に譲り、今はヤクザを引退していた。一方、逮捕されているのは、福岡の旅行代理店社長高木勝造。データ検索によれば、岡広組の元舎弟頭である。清水組に居たが清水保と仲たがいして本家筋に移るという経緯を持つ。
 この情報を得ると、青山はチヨダの校長に速報を入れる。青山は、岡広組の分裂騒動と中国利権の奪い合いへの予兆を感じたのである。

 青山自身は、相良陽一殺害事件を発端としたところから、トリカブト毒の側面を未解決の事件と絡めて継続捜査していた。今も継続捜査が行われている下北沢小劇場殺人事件の背後に潜む極左集団が気になるとともに、豊見城医師に繋がる共同研究者の存在の有無、そしてその背後の宗教団体の関与と動きを注視していた。そこに大分県臼杵でのフグ毒殺人事件が発生し、岡広組の名前がまたも出て来たのだ。
 当時下北沢小劇場殺人事件に関係した公安部自身の動きについて、不可解な点もあり、青山は調べていて、部内の一人から重要な情報を入手することになる。そして、そこには警視庁内に巣くう派閥問題も関連していた。

 岡広組もいよいよ利権に絡んで分裂問題が表面化してくる。総本部系と総本家系との分裂である。清水組二代目は総本家系に属す。岡広組が分裂し、中国利権を巡る福岡での頂上決戦がきな臭さを帯び始める。福岡県警も青山も、かつての「夜桜銀次」と同種の事件への発展を恐れる。
 青山は再び20人の精鋭部隊を引き連れて福岡に赴くことになる。藤中との協働が強まる。青山が福岡入りした翌日、藤中に連れられてライブハウスに行く。そこで偶然にも清水保が数人の連れと来ていた。その一人に、博福会若頭補佐の桐島洋二が居た。博福会の中では珍しい武闘派と言われるヤクザである。その桐島がライブハウスを出た矢先に、拳銃で撃たれるという事件が発生する。青山部隊の裏の活躍で、わずか45分で発砲犯人を逮捕するに至る。辻村組の鉄砲玉、篠崎健吾と判明する。ここから、いよいよ分裂抗争のもめ事が展開していく。
 それは、福岡にとどまらず、東京とも連動していくことになる。
 この頂上決戦での騒動発生による市民への影響を回避し、一方頂上決戦にからむ背景の利権問題、それに絡んで蠢く一連の政治家を含めた関係者を洗い出し、問題の芽を潰していくか。頂上決戦の背後の相関図が徐々に明らかになっていく。それは問題事象が様々な領域に絡み合いながら、広がりのある構造を形成している背景に光が当てられるプロセスとなる。
 何と、この事件捜査のプロセスで、青山自身が刺客に襲われ全治1ヵ月の怪我を負う事態に立ち至る。それは公安部の青山の面相が敵に知られていたという由々しき事態でもある。青山の怒りが爆発する。
 読者にとっては、何が何とどのように繋がっているのか、興味津々の展開を楽しむことになる。
 今回のストーリーで、ちょっと副産物として楽しめるシーンがある。青山が事件のただ中ではあるが、東京に戻っている間に、文子とデートするシーンや、青山が怪我をした後に青山の自宅に文子が見舞うシーンである。このシリーズで、青山自身の人生に絡むサイドストーリーが断片的に挿入されていくという別の楽しみである。
 プロローグで発生した事件の犯人とその動機は何か。このストーリーの最終段階で、取調べの中での容疑者の自白により明らかになる。
 これから先は、本書を開いて、楽しんでいただきたい。

 このストーリーの展開には、本書を情報小説という視点で捉えると副次的に興味深いと思う話材が織り交ぜられている。フィクションという形での会話や思考内容の表明、状況シーンの描写になっている。そういう見方もあるのか、あるいはそこまで技術が進んでいるのかと読み取ると、現代社会の状況分析・思考材料として役に立つと思う。
1. かつての極左集団が、現経済社会体制の中でどのように変容しているか。
2. 電力部門における発送電分離が意味する実態は何か。
3. 中国の国家体制と構造に関連した視点での諸情報と日本への影響あるいは関連性についての読み解き。
4. カジノの導入・合法化に伴う利権は何か。どういう状況と影響が想定できるか。
5. 日本の科学技術の海外流出の状況
6.携帯電話の発信するGPSの位置情報を取り込んだロケーター技術。
  これはまさに、視点を変えると監視社会化が具体的になっている一例と言える。
7. 日本における公認ギャンブルの実情:その所轄官庁と適用法律
 
現代社会のリアルタイムに進行している局面に関わる情報の織り込み箇所を読むだけでもおもしろい。フィクションを介して、今の世の動きを考えてみようではないか。

 ご一読ありがとうございます。

本書に関連して、現実の社会で発生している事象を少しチェックしてみた。本書の背景になっている事実、あるいはフィクションにデフォルメするネタになっているかもしれない事象、あるいはそれらの著者の先取りかもしれない事実・事象とみるのもおもしろい。
別府八湯温泉道 ―温泉道施設一覧―  :「極楽地獄 別府」
別府温泉  :ウィキペディア
トリカブト保険金殺人事件  :ウィキペディア
フグの毒とトリカブト併用で完全犯罪が可能!? テトロドトキシンの恐すぎる作用「ゆっくりして逝ってね」  :「excite ニュース」
クルーズ船で日本に押し寄せる中国人観光客 :「MIHOLDINGS」
巨大クルーズ船、大衆化に乗る中国客  :「日本経済新聞」
夜桜銀次    :ウィキペディア
夜桜銀次事件  :ウィキペディア
位置情報活用の現在地  :「HH News & Peports」
スマホのGPS(位置情報)精度を最適に設定・改善する方法【iPhone/Android】:「appllio」
最高の酒に杜氏はいらない「獺祭」支えるITの技  匠を捨て、匠の技を生かす(上) :「日本経済新聞」
国際観光産業振興議員連盟  :ウィキペディア
日本の将来を博打に託した国会議員  :「Pierrot」
秋元議員逮捕/利権と癒着の構図にメスを 2019年12月  :「河北新報」
「国会議員5人に現金」中国企業側が供述 IR汚職巡り 2020年1月 :「朝日新聞DIGITAL」
沖縄におけるカジノ・エンターテインメント検討事業 我が国における経緯
         :「やっぱりいいな沖縄 沖縄県観光商工部観光企画課」
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こちらの本も読後印象を書いています。お読みいただけるとうれしいです。

『一網打尽 警視庁公安部・青山望』 文春文庫
『警視庁公安部・青山望 巨悪利権』 文春文庫
『警視庁公安部・青山望 濁流資金』 文春文庫
『警視庁公安部・青山望 機密漏洩』 文春文庫
『警視庁公安部・青山望 報復連鎖』 文春文庫
『政界汚染 警視庁公安部・青山望』 文春文庫
『完全黙秘 警視庁公安部・青山望』 文春文庫

『利休にたずねよ』 山本兼一 PHP文芸文庫

2020-05-06 11:15:20 | レビュー
「利休にたずねよ」に対して、
利休は、結局
秀吉に答えなかった。

利休の侘び茶は枯れることなく、その底に熱を秘め、艶がある。
その真因を突き止めたい秀吉のあくなき欲望に対し、
利休は怒りとともに切腹を受入れた。

天正19年2月の「死を賜る」日を起点に、物語は過去へ過去へと遡っていく。

遡及していくタイム・ポイントで焦点をあてられた人物が、
利休の茶の美の追究あるいはその考え・行動に関わっていく。
それらのエピソードが描かれ、積み重ねられていく。

それは、あたかも点描派画家の描く一点一点が、
独立していながら
絵を構成する必須の要素としてつながっていくようである。

そこに、利休の茶を究明する広がりと奥行きが生まれている。

時は、与四郎(利休)19歳の「恋」にまで遡る。
その恋の結果が
「利休の茶の道が、寂とした異界に通じてしまった」
という発想と展開はユニークで新鮮だった。

利休秘蔵の小さな緑釉の香合がストーリーを貫く黒子。
しかしその香合は、
切腹の当日に時が戻る物語の最終章で、
利休の妻・宗恩が擲ち砕いてしまう。

そこには宗恩の女の想いが凝縮されている。

緑釉の香合に仮託した千利休への著者のロマンを感じる。


[付記] 
グーブログで読後印象記を書き始める前に、一時期アマゾンに読後印象記を投稿していた。その当時投稿した記録から、本の幾つかをチェックしてみると、今も掲載されているものがある。上記の読後印象記をチェックしてみたが、こちらは削除されたようだ。その時の原稿(2008/12時点)を保管していたので、再録しておきたい。(表示スタイルを変更、一部語句修正のみ)
千利休関連小説の読後印象記を残した手始めだった思い出と、茶の世界関連での読書印象記をここに一元化したいために・・・・・。

これまでに、茶の世界に関連した本を断続的に読み継いできています。
こちらもお読みいただけるとうれしいです。

=== 小説 ===
『利休の闇』 加藤 廣  文藝春秋
『天下人の茶』  伊東 潤  文藝春秋
『宗旦狐 茶湯にかかわる十二の短編』 澤田ふじ子  徳間書店
『古田織部』 土岐信吉 河出書房新社 
『幻にて候 古田織部』 黒部 享  講談社
『小堀遠州』 中尾實信  鳥影社
『孤蓬のひと』  葉室 麟  角川書店
『山月庵茶会記』  葉室 麟  講談社
『橘花抄』 葉室 麟  新潮社

=== エッセイなど ===
『千利休 無言の前衛』  赤瀬川原平  岩波新書
『藤森照信の茶室学 日本の極小空間の謎』 藤森照信 六耀社
『利休の風景』  山本兼一  淡交社
『いちばんおいしい日本茶のいれかた』  柳本あかね  朝日新聞出版
『名碗を観る』 林屋晴三 小堀宗実 千宗屋  世界文化社
『売茶翁の生涯 The Life of Baisao』 ノーマン・ワデル 思文閣出版

「遊心逍遙記」として読後印象を掲載し始めた以降に、今は亡き山本兼一さんのこんな作品を読み継いできます。こちらもご一読いただけるとうれしいです。
『利休の風景』 淡交社
『花鳥の夢』 文藝春秋
『命もいらず名もいらず』(上/幕末篇、下/明治篇)  NHK出版
『いっしん虎徹』 文藝春秋
『雷神の筒』  集英社
『おれは清麿』 祥伝社
『黄金の太刀 刀剣商ちょうじ屋光三郎』 講談社
『まりしてん誾千代姫』 PHP
『信長死すべし』 角川書店
『銀の島』   朝日新聞出版
『役小角絵巻 神変』  中央公論社
『弾正の鷹』   祥伝社