遊心逍遙記

読書三昧は楽しいひととき。遊心と知的好奇心で本とネットを逍遥した読後印象記です。一書がさらに関心の波紋を広げていきます。

『万能鑑定士Qの探偵譚』  松岡圭祐  角川文庫

2014-10-30 09:34:48 | レビュー
 この作品の冒頭で、また一つ凜田莉子の過去のエピソードが付加される。13年前の小学校時代の莉子の姿がわかるとともに、莉子が遠足で石垣島の野底岳(ぬすくだけ)に登ったときにひとりはぐれて雨宿りに寄った山小屋での非常に怯えた体験が語られる。莉子はそこで”マーペー”という女性の壁画を目にし、風邪をひき発熱していたのもあったようだが、その絵に睨まれていると泣きわめき手足をばたつかせて暴れたのだ。この”マーペー”に睨まれたという恐ろしい記憶がマーペーにまつわる伝説とともに、莉子の深層意識である種のトラウマとなったようなのだ。この作品は底流において、莉子がこのトラウマとどう対峙するかがテーマの一つになっている。この点がストーリーでの情感を盛り上げてい上で効果を発揮している。
 ネットで調べてみると、マーペーの伝説は実際にあるようだが、壁画はフィクションのようだ。

 この作品では、凜田莉子は波照間島に帰郷し、そこで古民家に「万能鑑定士Q」の看板を掲げてほそぼそと店を営んでいる。そして、その近くの古民家に小笠原悠斗が『週刊角川』の八重山オフィスとして一人駐在している。そこに事件を抱えた25歳の樫栗芽依が身を隠すために石垣島から渡ってくる。それはちょうど島の祭「ムシャーマ」の行われている日だった。島に上陸し、外からの訪問客がやけに目立つ雑踏の中で、小笠原にぶつかりそうになり、言葉を交わす。そして本名を名乗ってしまう。
 祭の翌日、岡山県警の警部他が島に渡ってくる。波照間島の照屋巡査部長がその応対をすることになる。その朝、荻野編集長から電話で八重山オフィスの閉鎖撤収を命じられているため、是が非でも八重山オフィス存続の記事ネタ探しで、照屋巡査部長のところに小笠原は出向いていた。そのため、この警部等の来訪に出くわし、同行取材をすることになる。警部が捜査対象としていたのは、樫原芽依だった。
 南端荘という宿に1週間の連泊の形を取っていた樫原芽依は、所持品の一部を破却・焼却して荷物を残したままいち早く島を抜け出していた。

 一方、その朝、莉子はスコット・ランズウィックという老紳士の来訪により、享保年間に作られた村上彫堆朱の漆硯の鑑定を依頼される。莉子は思い過ごしかもしれないが気になる点があると、一箇所、竜の爪の仕上げ方について指摘したのだ。老紳士は勉強になったと言って引きあげるのだが、この鑑定品が実は事件への伏線の一つになっていく。

 南端荘で樫原芽依が借りた部屋を警察が調べているところに、莉子が現れる。遺留品に含まれていた1万円札が偽物であることを即座に指摘する。そして、小さく破り捨てられて散らばっていた紙片の一つから莉子はヒントを得る。

 島に戻った莉子は父親から探偵の真似事などやめろと言われていた。
 おばあが莉子のところにやてくる。小さな島のこと、小笠原の借りた古民家の家主からおばあが小笠原が月末で波照間島から撤収するということを聞いたのだ。そして、莉子に尋ねる。「莉子。あんた平気かね」と。「これを最後の機会とするさ!」「・・・・それより、じっとしとると落ち着かんじゃろうよ。ゆうべ宴会にきてた樫原芽依さんって子に、小笠原さんが惚れんとも限らんさ!」「小笠原さんの取材とやらにもういちどだけ手を貸して、思う存分にやれば、その過程で自分の気持ちに整理もつくじゃろ。ためらいを残さずに島に戻っておいで。なら心穏やかに暮らせるようになるさ!」
 「いまどう思っとる。率直に言ってみるさ」「・・・上京した5年前に戻ってやり直したい」・・・おばあはきっぱりと莉子に言う。「自分できめるさ」と。そして付け加えたのだ。「石垣に行く機会があったら、野底岳に行ってマーペーさんに会ってくればいいさ」「あんたはマーペーさんに目をつけられてなんかいねえ。それとも、いまだに度胸はねえか」と。
 このおばあの意見に背中を押されて、莉子は小笠原の取材に協力することになる。
 そして、莉子が見つけた樫原芽依が細かく破った印刷物の断片らしき紙片に「→日本国」というかろうじて読み取れる活字表記を手がかりに、探偵の役割りを果たし始めるのである。
 
この探偵譚の面白いところはがいくつかある。、
 樫原芽依という勉強熱心な女性が学生時代に特異な行動を取っていたのだ。それはある意味でうしろぐらいところとなる過去だった。大学卒業後、銀行員となり顧客先から受け取った5000万円を銀行に運ぶ帰路に金を強奪される事件が起こるのである。必死に犯人を追い、追い詰めた結果、運搬していたのが偽札だったとわかる事件。警察は樫原芽依自体を容疑者の一人として捜査対象にする。樫原芽依は自分の学生時代のことが明るみにでることを畏れ、自分は被害者で無実だと思いながら、逃避行の及ぶ。小笠原は波照間島に上陸した樫原芽依の印象から、彼女に罪が無いことを取材で明らかにしようと試みるという次第。その取材の成功には、莉子の感性と論理思考という協力が不可欠なのだ。つまり、「→日本国」という極端な断片情報から、莉子はある推理を既にできるのだから。
 樫原芽依の居所を直接探し求めるというのでなく、樫原芽依の過去から現在を追跡しながら、樫原芽依の居所を警察よりも早く発見するという展開のおもしろさが加わる。
 さらに、その探偵行程の中で、村上彫堆朱の漆硯に関する情報が交差してパラレルに収集されていく。その点情報が莉子の頭脳に累積されていく。そして、樫原芽依の関わる事件と村上彫堆朱の漆硯の問題が、遂に結びついて行くという意外な展開になる。さらにおもしろいのいは、そこにあのマーペーの壁画が絡んでいくという巧妙なしかけである。
 サービス精神が旺盛なのか、探偵行程の中でも、いろんな小さな問題・事件を莉子が解決していくのをエピソード風に著者は盛り込んでいく。
 一方、波照間島で逮捕されたコピアの取り調べが秋月警部補の下で進展しているが、それにあの雨森華蓮が協力する。そこから、これまた意外な事実が見えていき、さらに再び凜田莉子の存在に結びついて行くというおもしろさ。挿話風に重要な伏線が張られていく。

 この探偵譚で莉子と小笠原がどこの土地に取材行するかを移動途中の場所も含めて時系列的にご紹介しておこう。勿論、出発場所は、波照間島である。
 波照間港埠頭→(高速艇)→石垣島→新石垣空港(長い待ち時間を利用して、莉子は野底岳のマーペーに行く)→(飛行機)→新潟空港→村上彫堆朱美術館→(レンタカー)→山形県鶴岡市→新潟市→2日間の単独行動(莉子は倉敷市に、小笠原は京都市に)→倉敷市内で合流し取材→樫原芽依の居所発見→倉敷貸会議室センター倉敷市内での樫原芽依に関わる事件の解決
 ところが、これで莉子にとっての探偵譚は終わらなかったのである。そこから莉子に関連しては重大な事件へと意外な展開が始まる。マーペーに関わる莉子の命が関連した事態の発生と、舞台を東京に移しての大団円である。
 
 この探偵譚が遂に幕を閉じた時点で、莉子が選択した生き方は?  
 それを楽しみに本作品をお読みいただくといいのでは・・・・・。

 『万能鑑定士Qの推理劇 Ⅳ』を読むと、この探偵譚とのつながりがより明確になってくると思う。万能鑑定士Qのシリーズは、それぞれに独立した作品として読めるが、その背景部分でゆるやかに繋がっていく。この作品を読む楽しみを深めるには、少なくとも『万能鑑定士Qの推理劇 Ⅳ』を読了しておくと、一層興味深いだろう。
 

 ご一読ありがとうございます。


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本書に関連する語句をいくつかネット検索してみた。一覧にしておきたい。

野底マーペー  :ウィキペディア
マーペー   :「石垣島検島誌」
野底マーペーを登る  :「Ishigaki」

紙幣のABC(基礎知識)  村岡伸久氏
  村岡氏はウエブサイトの内容を「偽札百科」として出版されているそうだ。
日本銀行券  :ウィキペディア

村上木彫堆朱  :「村上堆朱事業協同組合」
村上木彫堆朱  :「小杉漆器店」
村上堆朱会館  :「村上市」


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万能鑑定士Qに関心を向け、読み進めてきたシリーズは次のものです。
こちらもお読みいただけると、うれしいです。

『万能鑑定士Qの攻略本』 角川文庫編集部/編 松岡圭祐事務所/監修

☆短編集シリーズ
『万能鑑定士Qの短編集 Ⅰ』
『万能鑑定士Qの短編集 Ⅱ』

☆推理劇シリーズ
『万能鑑定士Qの推理劇 Ⅰ』
『万能鑑定士Qの推理劇 Ⅱ』
『万能鑑定士Qの推理劇 Ⅲ』
『万能鑑定士Qの推理劇 Ⅳ』 

☆事件簿シリーズは全作品分の印象記を掲載しています。
『万能鑑定士Q』(単行本) ← 文庫本ではⅠとⅡに分冊された。
『万能鑑定士Qの事件簿 Ⅲ』
『万能鑑定士Qの事件簿 Ⅳ』
『万能鑑定士Qの事件簿 Ⅴ』 
『万能鑑定士Qの事件簿 Ⅵ』
『万能鑑定士Qの事件簿 Ⅶ』
『万能鑑定士Qの事件簿 Ⅷ』
『万能鑑定士Qの事件簿 Ⅸ』
『万能鑑定士Qの事件簿 Ⅹ』
『万能鑑定士Qの事件簿 ⅩⅠ』
『万能鑑定士Qの事件簿 ⅩⅡ』

『万能鑑定士Qの短編集 Ⅱ』  松岡圭祐   角川文庫

2014-10-28 09:40:42 | レビュー
 この短編集にも5つの事件が取り上げられている。どの事件も凜田莉子に依頼された鑑定に絡む局面を持つ事件であり、莉子の感性と論理的思考による謎解きのおもしろさを楽しめる小品である。各話について、読後印象をまとめてみたい。

 第1話 物理的不可能
 ある金券ショップが京都市伏見区に住む植竹天馬という資産家から中国の切手、11,762点を買い取る。それらの切手は最もプレミアのつく、文化大革命前後に発行された貴重品ばかりなのだ。買い取り金額8億円は前払いで銀行振り込みが成されている。担当するのは京都駅前店の店員、鴨嶺智久である。植竹の豪邸で切手の現物の真贋を確認した後、鴨嶺は切手アルバム36冊を3つのジュラルミンケースに格納し、大阪の南海なんば駅真上にあるスイスホテル南海大阪に宿泊する顧客、李海鳴に届けることになる。巨額のために勿論保険が掛けられている。ルシファ保険(株)の調査員、沢木がこの運搬行程に立ち合う。彼はその運搬行程の全部をHDDカメラで継続的に記録する手続きを取る。鴨嶺は運搬にあたり、いとこの藤林兄弟に運搬の協力を頼んでいた。兄の徹也は元警官、弟の俊平は現役消防士だった。運搬用の車もこの兄弟に事前にレンタルしていくことを頼んでおいたのである。兄弟は右京区のレンタカー屋でどこにでもあるようなセダンをレンタルしてきていた。
 豪邸を出る前に鴨嶺は沢木にも席をはずしてもらい自分だけにわかる秘密の措置をジュラルミンケースの施錠前に施した。藤林兄弟の運転するレンタカー、アルテッツアのトランクに3つのケースを積み込んだ後、沢木はトランクの開閉部分に社名入りのステッカーを貼りつけて封印したのだ。この車を沢木と鴨嶺が乗車した車がすぐ後について走向する。もう1台の警備車が運搬の規定のコースを先導する。3台の車がぴったり連続して大阪のなんばまで移動するのだ。
 一方、李が受け取りの際に鑑定をさせるため、渡瀬にベテラン鑑定家への依頼を指示していた。出張鑑定に出向いたのは凜田莉子だった。莉子は李の準備していた鑑定家のテストを受けることから始めねばならなかった。
 厳重に注意深く監視されて李の待つホテルの部屋に運び込まれたジュラルミンケースを開けると、中身は別物だった! 莉子の見た切手アルバムの最後のページに、ワープロ印字で「トランクの中をよく見たか?」と記された1枚の小さな白紙が挟んであった。
 この密室状態での切手のすり替え事件という謎に莉子が乗り出すことになる。沢木は輸送に使用したアルテッツアを整備工場でバラしてまで調べていた。
 伏見区の豪邸での切手現物の確認・施錠からホテルの李の部屋までの運搬搬入までのどこで、どのようにすり替えられたのか・・・・。単純な行程の中に思わぬ錯覚の要因があったのだ。
 
 第2話 雨森華蓮の出所
 凜田莉子の協力で逮捕され服役していたあの雨森華蓮という贋作者が岐阜県の笠松刑務所から仮釈放される。それには服役中に華蓮が莉子の依頼で警察の事件解決に協力していたことにより、莉子が警視庁の宇賀神警部に恩赦の後押しを働きかけていたことも影響している。仮釈放期間中は華蓮に保護観察官が付くことになる。その華蓮がなんと贋作スキルを発揮して、陰で莉子のクライアントを助けるというエピソードが加わる話である。実に愉快な結末となる。そのテクニックも読ませどころ。
 万能鑑定士Qの店に、笹倉沙希という少女が一圓銀貨のコレクションを持ち込んできて鑑定を依頼する。母が認可外の笹倉保育園を運営してきたが、資金繰りに行き詰まり、300万円ほどの返却ができなければ、来春までに閉園しなければならない状態なのだという。母方の祖祖父が集めていて今は母の所有になっているそのコレクションの鑑定うけ、それを売ることで閉園しなくて済む助けにならないかと考えてのことだった。仮釈放された華蓮が莉子の店を訪れたとき、丁度莉子はこのコレクションの鑑定中だった。二人の鑑定結果は一致し、店での売価で350万円くらいの価値になると鑑定した。勿論売りに出せば買い取り価格は半額近くなる可能性も少女に説明する。鑑定の仕事は一応それで終わった。
 だが、である。莉子が牛込署での出張鑑定の帰りに笹倉保育園の前に立ち寄り、閉園のお知らせという張り紙を見て愕然とする。莉子は笹倉親子に会い、事情を尋ねる。そしてあの一圓銀貨のコレクションが、2軒目に持ち込んだ神保町の亀井小判という店で5万円で売ったというのだ。1軒目は2万円だと言われたとのこと。莉子は亀井小判を訪ね、笹倉親子が持ち込んだ銀貨コレクションを見せてもらう行動を起こす。そこで問題の原因に気づいていくが・・・・莉子にはもはやなすすべがなかった。莉子はそのコレクションを売る段階まで沙希に関わってやるべきだったと悔やむのだ。
 このあと、おもしろい展開となっていく小品である。

 第3話 見えない人間
 莉子は半月に1度、牛込署に招かれ出張鑑定をする。莉子が出向いている知能犯捜査係葉山翔太警部補のところに、芳野里佳が訪れてくる。収入を得られるようになったと里佳に言った父が帰って来ないのだという。失踪したことになるのではないかと心配し、捜査の依頼に来たのだという。だが、葉山警部補は相手にせず、すげなく追い返す。それには過去においての里佳の父親の悪いパターンがあったのだが・・・・。
 人探しは鑑定家の専門外。里佳には協力してあげたい。ということで、莉子は小笠原に相談を持ちかけることにする。里佳を小笠原に引き合わせ、父親の失踪前後の状況を詳しく聞くのだった。里佳の件は一旦小笠原に任せてみる。
 お店に戻った莉子のところに、八重山高校時代の同級生溝塚琴帆が突然訪ねてくる。琴帆は女優志望なのだ。莉子の店の近くで行われている「映画エキストラ即日オーディション」に応募するために、莉子を引っ張り出すという魂胆だった。募集要項に「グループでの応募歓迎」とあるからだ。受かりやすいという理由で、莉子に協力させたいのだった。仕方なくオーディションの場所に莉子は付き合うことになる。なんとオーディションに合格。最後の土壇場で莉子はやはり辞退するが、琴帆は勇んで絶叫シーンを演じてみせる。そこで莉子は撮影現場を見聞することになる。ギャラはなくお礼だけが報酬。しかし、琴帆はそれでも一歩前進と受け止めている。
 午後四時過ぎ、莉子は小笠原と落ち合い、芳野里佳の住まいを訪れる。そこで小笠原の取材結果と父親の部屋で持ちものを見せてもらい『その日から読む本』という題名の冊子を見て、手にとり、開いて見るところから、莉子の観察眼と思考が動き出したのだ。
 なんと、琴帆に強引に引っ張られていったオーディションの体験と小笠原による里佳の父親についての取材結果が交点を持ち始めるというストーリー展開となるところがおもしろい。
 思わぬところに謎解きの手掛かりが潜められていて興味深い作品に仕上がっている。

 第4話 賢者の贈り物
 冒頭に嵯峨敏也という臨床心理士が莉子の店に一枚の絵の鑑定を持ち込んでくることから始まる。「莉子にとって特別な知り会いといえる人物だった」と記されているので、私には未読の作品で莉子はこの嵯峨と協働しているのだろう。結果的に、この作品で莉子に嵯峨が協力する場面が出てくることになるが・・・・。
 25歳、丸の内の外資系企業に勤めるOLの坂城紫苑は不眠症である。父は不動産会社の社長。一方、二人の兄は窃盗行為を楽しんでいる輩だ。盗みに反対していた父は、「効率のよさを学んだな。おまえにしちゃ立派な進歩だ」というようになっている。まるで支援者になったようなのだ。紫苑はこの状態にがまんならない。
 紫苑は牛込署の葉山警部補を訪れ、サンイ電器の社宅に泥棒が入ったこと、その泥棒が紫苑の兄たちだと告げる。紫苑は真珠のネックレスを取りだし、証拠の一部だと差し出す。葉山警部補はこの3か月間に侵入盗の届け出はないと不思議がる。葉山警部補は一応調べる行動を取るが窃盗の事実はつかめない。そこで、理由は不明ながら紫苑の偽証を疑い出す。紫苑の目にした事実を受け入れられないことから、過呼吸状態となり意識をなくした紫苑は、入院病棟の個室ベッドで嵯峨臨床心理士と対話することになる。そして、嵯峨は紫苑を凜田莉子の店に連れていき、莉子を紹介することになる。莉子はこの謎解きに一歩踏み出すことになる。嵯峨に協力を依頼して。
 だが、結果的に嵯峨の専門領域に関わっていくことになるという展開が興味深い。終わりは一応ハッピーエンド。この作品の末尾は、「誰にも否定できない。道を踏み外し終焉を悟ろうとも、なお行く手に希望が待ち受けていることを。」で締めくくられている。

 第5話 チェリー・ブロッサムの憂鬱
 この作品、冒頭は宮牧がグラビア撮影の担当をし、張りきっているところから始まる。ウクライナ出身の美人モデルの撮影ということなのだが、この撮影はなかなか上手く進まない事態となっていく。
 出張鑑定の依頼を受けた莉子は、桜の名所、千鳥ヶ淵から西へ1キロ強にある日本嘱植大学の久富准教授の研究室に赴く。千鳥ヶ淵の桜が綺麗なので小笠原に電話してデイトの約束をしたぐらいなのだ。久富は桜の木立の中で、莉子に一本だけソメイヨシノでない品種が混じっているのでそれを見抜いて欲しいと依頼する。莉子は見抜けないと久富に告げる。識別できるという事実を示したかった久富は残念がるのだった。
 莉子と小笠原は千鳥ヶ淵の夜桜見物を楽しむが、そのとき小笠原は莉子に宮牧の担当していたグラビア撮影がうまく進まない状況の話を莉子にする。
 桜見物の途中で、二人はサイレンの鳴る音を耳にする。パトカーの近くまで行った二人は一本の桜の木が枯れ果てていたのだ。立ち腐れた幹は痩せ細り、変色しえ見る影も無かった。莉子は小笠原に久富准教授を紹介することになる。
 事態は最初の一木の周囲の7本にも同様の症状が見られ、枯死に近づいているという。さらに感染の疑いがそれ以外の11本にもあるという。小笠原は取材活動で忙しくなる。小笠原からのディナーの約束も怪しくなる・・・・。莉子は一人で桜の枯死を現場に再び出向き調べ始める。ぽつぽつと雨が降り出す。妙な異臭を感じる。立ち入り禁止区画の枯れ死した桜の無数の枝だが燃えだしたのだ。莉子は事件の真相に迫っていく。
 なんとグラビア撮影がうまく進まない原因がこの事件に関連していたという意外な展開が実におもしろい。
 このストーリー、読者の持つ科学/化学の知識が試されているとも思えて興味が深まる。

 この短編集で、莉子と小笠原が鑑定案件を介することなく、デートの約束を互いが口にするようにやっとなったというところがほほえましい展開である。実は、二人の関係がどのような形で、どのように進展していくのかという裏テーマを楽しみ始めている。この裏テーマは万能鑑定士Qの全シリーズで共通分母のようになっているのだろうと思う。
 『短編集Ⅰ』とは異なり、全く異なる切り口と状況設定で、独立した5つの話がまとめられている。どの作品から読み進めても良いだろう。デートの約束行為が出てくるのは第5話が初めてということにはなるけれど・・・・。

 ご一読ありがとうございます。


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関心を抱いた事項をネット検索してみた。一覧にしておきたい。
中国の切手  :「MARUMATE」
昔集めた古切手は宝の山? 中国切手なら高値の場合も  :「日本経済新聞」
   2012/8/25付
プレミア中国切手一覧

加納夏雄 明治の新貨幣の原画制作を担当した明治金工界の巨匠 :「歴史くらぶ」
加納夏男の試作貨 ← 造幣局の催事にて :「『狩勝峠』私的資料室」
田舎家春秋図鐔 加納夏雄  :「鐔鑑賞記 by Zenzai」

オスカー像 :ウィキペディア
【その日】から読む本 :ウィキペディア
ベレンガリア・オブ・ナヴァール  :ウィキペディア
Berengaria of Navarre  :From Wikipedia, the free encyclopedia
不眠症  :「e-ヘルスネット」
クレプトマニア → 窃盗症 :ウィキペディア

ソメイヨシノ :ウィキペディア
染井吉野の語源・由来 :「語源由来辞典」
千鳥ヶ淵緑道  :「千代田区観光協会」
自家不和合性(植物)  :ウィキペディア
抗体  :ウィキペディア
抗体って何?  :「協和発酵キリン株式会社」
湿度計 :ウィキペディア


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万能鑑定士Qに関心を向け、読み進めてきたシリーズは次のものです。
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『万能鑑定士Qの攻略本』 角川文庫編集部/編 松岡圭祐事務所/監修

☆短編集シリーズ

『万能鑑定士Qの短編集 Ⅰ』

☆推理劇シリーズ

『万能鑑定士Qの推理劇 Ⅰ』
『万能鑑定士Qの推理劇 Ⅱ』
『万能鑑定士Qの推理劇 Ⅲ』
『万能鑑定士Qの推理劇 Ⅳ』 

☆事件簿シリーズは全作品分の印象記を掲載しています。

『万能鑑定士Q』(単行本) ← 文庫本ではⅠとⅡに分冊された。
『万能鑑定士Qの事件簿 Ⅲ』
『万能鑑定士Qの事件簿 Ⅳ』
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『万能鑑定士Qの事件簿 Ⅸ』
『万能鑑定士Qの事件簿 Ⅹ』
『万能鑑定士Qの事件簿 ⅩⅠ』
『万能鑑定士Qの事件簿 ⅩⅡ』


『タックスヘイヴン Tax Haven』  橘 玲   幻冬舎

2014-10-25 10:29:39 | レビュー
 タックスヘイヴンとして金融業で生きていくことを国策とするシンガポールが舞台である。
 シンガポールのラッフルズシティにある高級ホテルの一室のバルコニーから北川康志が転落死した。直接の死因は外傷性脳損傷だという。現地の中央警察署は自殺なのか他殺なのか、捜査に乗り出した。妻の北川紫帆は大使館からの連絡を受けて、遺体の確認及び引き取り・事後処理のため現地に赴かねばならない。紫帆は麻布界隈に住み、”セレブ”な生活を送り、幼稚園に通う子供と生活してきたが、夫が一人で金融コンサルタントみたいなことをしていると理解するだけで、どんな仕事でシンガポールと日本を往来しているのか一切知らなかった。
 紫帆はシンガポールに行くにあたり、高校時代の同級生、牧島慧に13年ぶりにいきなり電話して、協力を依頼する。牧島は静岡県内の高校を卒業後、東京の私立大学理工学部を出て、大手電機メーカーに就職。5年前に退職して技術書やビジネス書の翻訳でなんとか食いつないでいるのだ。紫帆は高校時代、牧島に無理難題をふっかけては、彼を振り回していた存在である。しかし、牧島にはそれを許す思いがあったのだ。
 突然の電話連絡にビックリするが、彼は紫帆に協力し、彼女の通訳という立場でシンガポールに行くことになる。そして、この北川康志の転落死事件の真相解明に関わっていく。

 シンガポールの中央警察署では、犯罪捜査課のアイリス・ウォン刑事がこの事件を担当していた。彼女が当然ながら紫帆と北川に対応し、状況を説明していくことになる。
 北川は6年前にシンガポールでコンドミニアムを購入していたのだ。さらに、そこにはシンガポールでの妻と子供が居た。しかし、事件直後になぜか母子は何処かに去ってしまていたのである。
 紫帆は夫の仕事内容を全く知らないし、シンガポールに妻子がいたことを初めて知り愕然となるのだった。

 そんな状況のところに、スイス系銀行のシンガポール法人のエグゼクティヴダイレクター(執行役員)だと自己紹介するエドワード・ウィリアムズが紫帆に接触してくる。彼は北川康志には1000万米ドルの負債があること。北川との取引に銀行側にもいささかの瑕疵があるために、損金処理の適正な社内手続きをとりこの件を処理したいために、契約書に合意して欲しいと申し出てくる。紫帆が契約書にサインすれば、北川の10億円の負債はチャラになり、時価2億円以上のコンドミニアムも無償で紫帆に譲られる。代わりに紫帆は銀行に対する一切の求償権を放棄する条件だと告げるのだ。
 紫帆には判断不能。牧島に頼る。勿論牧島にもそう簡単に判断できる内容ではない。彼は高校時代の友人、古波蔵佑(こばくらたすく)に携帯電話で連絡を取る。そして、古波蔵のアドバイスを得ることになる。古波蔵はそこにカネづるとしての匂いを嗅ぎつける。背後には大きな闇の取引プロセスが潜んでいると・・・・。

 古波蔵は大学を出た後、外資系銀行に入り、プライベートバンキングの顧客対応の経験を通じて海外送金の仕組みに自然と詳しくなった。節税・脱税のやり方に習熟したのである。そして、銀行を辞め、フリーのプライベートバンカーになった。そこに、情報屋の柳が接触してきたのである。柳の仲介により海外のまともな金融機関が相手にしない風俗業やパチンコ店など現金商売の顧客の便宜を図るという仕事を引き受けるようになっていたのだ。闇の世界の絡む仕事を金融のプロとして引き受ける。そこには違法行為への関わりも含まれる。彼は闇経済、闇金融の情報網にも強味を持って行く。

 この作品、冒頭からおもしろい。古波蔵が関西を中心にファションヘルスやピンサロを手広く経営する堀山の依頼で、彼が脱税行為で得た5億円の現金を韓国への密出国で持ち出し、韓国経由で海外送金するという行動を援助するという脇道からストーリーがはじまるのだ。勿論、それは古波蔵が北川康志の転落死の背後に巨額の金が蠢いていることを察知したとして、そのことに対する裏世界での対応力を持つ。つまり、その裏世界での取引に関わる問題解決を種にしてカネを引き出すに十分な知識と情報網、スキル、度胸を持っている人物であることを示すための伏線でもある。

 主な登場人物は4人。そこに情報屋柳が影を投げかけている。北川康志が仕事のために使っていたノートパソコンに残されていたデータファイルがキーになっていく。北川の転落死の後、そのノートパソコンは遺留品として一旦中央警察署に保管されていたのである。牧島がそれを紫帆の代理人として後日受領する。そこから新たな展開が始まる。

 この作品の構成・展開で興味深いところがいくつかある。列挙してみよう。
*脱税行為のある種のやり方、その法的背景が種あかし的に描かれていること。それがこの作品の奥行きを広げる。また、知る人ぞ知る危ない情報提供になっている点。
*北川康志の転落死の原因究明プロセスの展開。それがストーリーの本筋なのだ。その事件はタックスヘイヴンを利用したある計画の破綻に関わるものだったということ。
 そして、小さな事件の処理に留めるという警察署幹部の思惑が、大がかりな捜査、そして意外な方向に展開していくというおもしろさ。
 スケールが飛躍的に大きくなっていく興味深さである。ありそうな話・・・そんな気にさせるストーリー展開である。
*北川紫帆、牧島慧、古波蔵佑という3人が高校時代の同級生であり、紫帆を核にして牧島と古波蔵が微妙な関係を保ちながら、この事件に関わっていくという興味深さ。
 そこにはエンジニアだった北川と金融プロの古波蔵のコンビネーションが事件解明に有効に相乗効果を発揮していく展開の興味深さがある。
 一方、牧島の視点に立った、「愛」の問題が底流にながれていること。
*アイリス・ウォン刑事が古波蔵に惹かれていくことが、情報という点で一つのキーになっていくこと。アイリスの刑事根性が描かれていく点も興味深い。アイリスには複雑微妙な人間関係が背景にあるという設定もおもしろい。
*シンガポールという国、社会の一側面が描かれていること。何処まで事実の裏付けがあり、どこにフィクションの増幅があるのか・・・・その点に私は興味を抱く。
などである。
 金融・脱税の裏世界を垣間見るというおもしろさがこの作品を一気読みさせる。
 
 さてタックスヘイヴンに関わり本作品の出版時点までの法規制に絡むこんな記述がある。カネのない庶民には関わりのないお話なのだが、いくつかご紹介しておこう。後は本作品を読んで探してみていただきたい。
*海外送金が税務署に筒抜けになっている・・・・日本で銀行業の免許を取得している以上、外資系だからといって税務調査を拒否することはできない。プライベートバンクは大口の脱税を見つける宝の山だから、・・・毎日のように東京国税局から海外送金記録を調べに税務署員がやってきた。  p49
*日本の税法では、日本国内に居所のない非居住者になると、海外に保有する資産の譲渡益はすべて非課税になる・・・いったん無税で利益を受け取ったあとは、それを持って日本に戻ってきても課税されることはない。  p384
*シンガポールでは、相続は裁判所が選定した遺産管理人によって行なわれる。遺産管理人が相続人を確定し、財産と負債を調べたうえで純資産を分配するんだから負債を相続することはない。  p321

 勿論、税を徴収する行政も手をこまねいているわけではない。本作品で初めて知ったこと。なにせ、カネには全く縁が薄いので・・・・。
 2013年から国外財産調書制度が導入されたようだ。「預金や株式・債券、不動産など日本国外に時価5000万円を超える財産がある個人は、所轄の税務署に国外財産調書を提出しなければならなくなった」(p417)。罰則適用は今年度(2014)からだとか。
 また、「2014年2月、日米欧など主要20ヶ国・地域は、課税対象者が海外に保有する銀行口座の情報を自動交換することに合意し、2015年末までの導入を目指すとした」(p388)ようである。尚、この合意にはタックスヘイヴン国は含まれていないのだ。

本書にはカネにまつわる辛辣な事実の記述がある点でも大変興味深い。こんなことが記されている。
*賠償や経済援助を積極的に行なったのが、戦後の大物政治家たちだ。彼らがなぜ熱心だったかというと、過去の歴史を反省したわけではまるでなく、要するにカネになったからだ。児玉誉士夫のようなフィクサーをあいだに挟んで、日本の政治家に巨額の裏金がキックバックされたことはもはや常識になっている。  p239
*2013年6月、国際調査報道ジャーナリスト連合(ICIJ)がシンガポールとBVIの信託会社から入手した10万件以上の登記情報をインターネットに公開した。ICIJはその後、半年以上にわたって資料の分析を進め、汚職撲滅の先頭に立つ周近平国家主席のほか、温家宝前首相、李鵬元首相ら中国共産党や中国人民解放軍幹部の親族などがタックスヘイヴンを使って蓄財している実態を明らかにした。  p388

 日本は次の側面でも東南アジアに影響を及ぼしていることを本作品で知った。
*カンボジアは日本の国際貢献のモデルケースで、司法制度も日本の援助で整備され、カンボジア民法は日本の法律をそのまま持ち込んだものだ。  p389

 この作品、ストーリーを楽しむだけでなく、カネに関わる情報が豊富で実におもしろい。カネに縁がなくても、知的好奇心を刺激してくれて楽しめる。


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知っておきたい海外投資の税金  :「海外投資の歩き方」
海外口座の情報交換制度をズバリ解説!  2014年7月31日 :「海外送金.com」
平成22年度における租税条約等に基づく情報交換事績の概要  :「国税庁」
我が国の租税条約ネットワーク  :「財務省」
タックスヘイブン対策税制(外国子会社合算税制)  :「pwc」

タックスヘイヴン :「橘玲 公式サイト」
タックス・ヘイヴン  :ウィキペディア
what is a tax haven?  :「tax havens guide」
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プライベート・バンク  :ウィキペディア
日本プライベートバンク協会:PB完全ガイド
1億3200万円の脱税容疑から一転、無罪に 八田隆クレディ・スイス証券元部長 国税に勝った男がスクープ告白(週刊現代)  :「阿修羅」
事例1 海外資産の申告漏れ  :「海外送金.com」



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『七つの会議』  池井戸 潤   日本経済新聞出版社

2014-10-22 11:38:30 | レビュー

 エレクトロニクス分野に軸足を置いた経営方針のソニックが、多角化経営に戦略を変えた。当時の社長が五ヶ年計画をぶち上げ、子会社の東京建電にはその業績を伸ばせとのハッパがかけられた。東京建電は住宅設備関連を扱っており、今後の成長分野と期待されていたのだ。 とにかく利益をあげろというなりふり構わぬ営業であり、利益追求・目標達成至上主義の風土が醸成されていた。
 会社は人が集まって構成されている。自ずと出来上がった風土の中で目的目標を掲げ、それぞれ個人が公式の役割・機能を担っている。目標を遂行するのは、その会社を構成する人間である。
 この作品は、東京建電の特定の人間に光を当て、その人間の会社人としての思いと行動という視点から、その人物をある局面での主人公として描き出すという手法をとる。その人物の行動プロセスは独立したストーリーとして語られていく。それぞれのストーリーは、底流に一つの重要なつながりを持ちながら、一面が順次結合して多面体を構成するごとくに、東京建電という会社の実態が浮き彫りにされていく。そんな面白い構成になっている。本作品のタイトルは「七つの会議」である。この作品は、それぞれが一応独立したテーマの小品8つとしても読む事ができる。かつその小品が連結点を持ち、累積されていく事実の全体が一つの問題テーマを扱っている。
 まずはその小品の構成をご紹介し、次にその個々の小品について読後印象を述べてみたい。

 まず、こんな構成になっている。そのストーリーの核になっている会議を対比する。
第1話 居眠り八角   営業部内の業績報告のための「定例会議」
第2話 ねじ六奮戦記  この小品は東京建電の下請会社なので会議は対象外
第3話 コトブキ退社  各職場から任命された環境委員による「環境会議」
第4話 経理屋稼業   毎月計上される売上・経費などの目標を決める「係数会議」
第5話 社内政治家   カスタマー室内でのクレーム報告書作成目的の「編集会議」
第6話 偽ライオン   かつての産業課(現在の営業一課)内での「営業会議」
第7話 御前会議    議事録の作成をしない徳山社長を交えた「打ち合わせ会議」
第8話 最終議案    東京建電の強度偽装に関する「調査委員会」

 さて、独立した小品のそれぞれのストーリー、テーマ、読後印象などについてまとめてみたい。
 この作品全体をほぼ通底して何らかのつながりを示すのは第1話に登場する「居眠り八角」と陰で呼ばれる不良社員で50歳の八角民夫(やすみたみお)である。彼は営業部内の万年係長であり、現在は営業第一課の係長である。営業部長の北川誠とは同期入社である。八角は営業部長の北川を畏れていない。噂では、北川は八角に「借り」があるという。かつてはばりばりの優秀な営業マンだった八角がぐうたら社員と陰で呼ばれても平然としているのには理由があった。その信条がこの作品のテーマにつながることになる。

第1話 居眠り八角
 北川営業部長は目標達成至上主義で、時代遅れのモーレツ管理職と陰口を叩かれようが己のやり方、信念を変えない。営業部の定例会議は目標と実績対比での叱咤激励会議である。目標未達の課長は出席するのは苦痛以外の何物でもない会議だ。営業第一課は坂戸宣彦が課長であり、名だたる大企業を顧客に持ち、常に売上実績を誇る花形だった。原島万二が課長を務める営業第二課は住宅設備関連の電器商品を扱うが、目標未達が続く。「花の一課、地獄の二課」そんな東京建電の営業部の様子を描きながら、花の一課で万年係長の八角に光を当てる。その八角が阪戸課長をパワハラ委員会に訴えたというのだ。阪戸は「人事部付け」となり、原島が一課長に異動する。八角は北川部長が坂戸を更迭することにした理由を知っていた。原島は八角からその理由を尋ねる。八角は理由を聞くのは簡単だが、聞けば大事な「知らないでいる権利」を放棄することになると告げる。理由を聞いた原島は組織の醜悪な舞台裏を知ってしまうことになる。そこから彼の営業一課長としての行動が始まる。定例会議を舞台にした営業部の姿と八角が万年係長で存在する事実を印象づける小品である。「醜悪な舞台裏」を暗示させるのが意図というところか。

第2話 ねじ六奮戦記
 大阪市西区で指折りの老舗、「ねじ六」はネジを作る小さな会社である。逸郎はその四代目にあたる。ねじ六は東京建電を得意先とする下請会社だった。坂戸課長が東京電鍵の実質的発注者だった。この作品はネジ六が新規仕様のネジについて、コンペ形式での見積書依頼に応募するが、東京建電という取引先を失うことになる。中小企業の悲哀のプロセスを描いて行く。逸郎の妹で、会社の経理を担当する妹の奈々子は言う。「こっちの都合なんかかんがえてえへん。自分の都合だけやで、あの人は」と。下請会社の逸郎、奈々子の立場から見た東京建電、坂戸課長が描かれる。ねじ六は経営が成り立たない瀬戸際近くまで落ち込む。営業第一課長の原島が、坂戸が取り扱い、ねじ六が受注しそこねた特殊形状のネジのサンプルを持参し、それらのネジを以前のねじ六の提出した見積単価で製造して欲しいと言う。逸郎が応諾する。原島は会社に携帯で連絡したいと立ち上がった拍子に持参したネジの箱をひっくり返す。奈々子は慌ててネジを拾い集める。
 ねじ六は東京建電からの受注で一息つくことができる。奈々子は原島がぶちまけたネジの拾い残しを2本見つけて、逸郎に渡す。逸郎はそのネジから意外な事実を知る。
 コストと製品の原則、発注元と下請会社の関係に光を当てた小品。

第3話 コトブキ退社
 大学を卒業し東京建電に入社した浜本優衣は、日々営業四課で営業部員の下請け仕事ばかりやって5年間過ごしてきた。「これは自分がやった仕事だ」といえるものの実感がない。「結婚する」という偽りの理由を付けて会社を辞めるという話を上司の課長に告げる。同期入社で人事部に異動した遠藤桜子は、それは事実ではないということを知っていた。なぜなら、経理課長代理で結婚している新田と優衣が不倫関係にある事実を知っているからだった。桜子は絶対に会社を辞めるべきではないと優衣を説得する。しかし、優衣の気持ちは変わらない。その優衣が退社までの2ヶ月に何かを残したいと思いついたアイデアを環境会議に提案する。無人の社内ドーナツ販売コーナーを設置してはどうかという提案である。この小品は、その提案を実現するまでのプロセスを描く。
 それは意義有る仕事の発見プロセスであり、社内の人間観察の機会でもあった。特に、不倫の相手・新田の本性がわかる機会になったのだ。
 この「社内ドーナツ販売」は企画提案書の作成プロセスのケーススタディという局面を併せ持っていて、けっこうおもしろい仕上がりになっている。

第4話 経理屋稼業
 計数会議は、毎月の計画と実績が報告され検討される会議である。経理屋の視点が重視される数値の結果から締め上げていく会議である。経理課長の独擅場となる会議でもあった。経理課長の加茂田は数値から業績の先行きを読む確かな目線を持っているのも事実である。原島に代わった営業第一課の扱う製品の利益率が落ちている。コスト高だといって前任の折戸がバッサリ切ったねじ六が新課長原島により復活されているのだ。
 徹底したコスト削減は、社長が全社的に号令をかけている重要目標だという中での、この原島課長の動きに、課長代理の新田は不審の目を抱く。
 ねじ六のコスト高の件は新田課長代理が加茂田課長に具体的に報告し、加茂田課長は経費削減の逆行事例としてトップに持ち上げるが、その意見は採り上げられない。原島課長に任せたのだからと。加茂田課長は憤懣を抱きながらも、そのまま保留とする。
 原島課長とねじ六の癒着を邪推する新田は、事実を追求しようと乗り出して行く。計数だけでしか考えないで己の憤懣と功名心にとらわれ行動していく新田課長代理の姿を追う作品。「醜悪な舞台裏」という穽の闇が開いていることに気づけず突っ走り、一方で社内不倫を続けてきた男の成り行きが見事に描かれていておもしろい。

第5話 社内政治家
 営業部次長として肩で風を切っていた時期を経験するサノケンこと佐野健一郎は、機を見るに敏、風見鶏、ゴマスリ屋などとみられる社内政治家である。そのサノケンはクレーム処理を主業務とするカスタマー室の室長という窓際に追いやられている。
 東京建電のカスタマー室は、顧客のクレームを積極的に製品改良につなげていくというスタンスではなく、火消し役と位置づけられ、それができれば十分と見なされる風土なのだ。
 この小品は、サノケンが東京建電での会社人生をどう経てきたかを含めて、彼のこれまでの人生を回顧しながら、一方、誰も耳を貸そうとしないカスタマー室の仕事を蟻地獄にはまったものと感じている。だが、クレームレポートをまとめるプロセスで、「椅子の座面を留めたネジが破損」というクレームに目を止める。そして、ネジについての過去のクレームを追求していく。
 いつもとは違って、ネジのクレーム問題を執拗に追跡していくサノケンの姿が詳細に描き出されていく。そして、サノケンはカスタマー室の関与するレベルを越えた問題の重大性に突き当たるという展開である。
 このクレーム追跡のプロセスが、結構ケーススタディ的な事例になっていて面白い。

第6話 偽ライオン
 営業部長にまで昇進してきた北川誠が、東京建電の営業マンとしてどんな人生を送ってきたのか、それを絡めながら今直面する窮地に追い込まれた状況を描き出していく。それは第5話の主人公サノケンがクレーム内容を調べ上げて、カスタマーレポートという本来の手続きではなく、北川営業部長、稲葉製造部長、宮野社長に封書の形で送った書類の内容から端を発する。そこには営業第一課の坂戸元課長の行動や原島現一課長の行動の詳細を告発する内容だった。
 東京建電の「醜悪な舞台裏」に繋がる導火線に火をつけたも同然の行為である。勿論それには、最前線で売上目標達成、業績結果最優先の先頭を駆け抜けてきた北川初め幾多の人々が関与してきたのだ。獅子奮迅の働きをした北川は当時、「ライオン」という渾名を付けられていた。
 北川営業部長がどんな行動にでるかを描いて行く。そこで、あの「居眠り八角」が再び表に登場してくるのだが、なぜ八角が万年係長に甘んじてきたか、その信条、信念が明らかになることで、その立脚点が納得できるのだ。
 この作品の構成は、会社人間のそれぞれ個人の生き様を描き上げる中で、会社内の人間関係、組織・機能の繋がりから東京建電の闇に光が当たるという仕掛けになっている。
 八角の生き様が、北川営業部長への批判的発言に凝縮されていく。「なあ、偽ライオンよ。教えてくれ、お前に佐野や坂戸を責める資格があるのか?」と。

第7話 御前会議
 企業グループ、連結決算のビジネス世界である。東京建電の不祥事は親会社ソニックに必然的に影響を及ぼす。ユニックスから東京建電の副社長として出向してきていた村西京助は、東京建電の「醜悪な舞台裏」には蚊帳の外だった。匿名の告発文を受け取り初めてその事実の一端を知る。村西は親会社に手続きを踏んだ報告をする。
 その結果、社長の徳山郁夫を交えて行う打ち合わせ会議でこの告発事実が明らかにされることになる。この会議は議事録を作成しない。話し合われたことは出席者の記憶にのみ留まり、外部には漏れない。
 この第7話では、梨田国内営業担当統括常務と村西がかつてはライバルであったこと。その梨田は東京建電の営業課長として出向し、強引に売上業績を高めていき、親会社に戻った男だった。現在の東京建電の風土の醸成に梨田の考えが影響しているともいえる。一方、この作品では村西の会社人としての生き方をふり返り、梨田とのライバル関係も絡めながら、現在の不祥事をどう扱うかの会議の経緯が描かれる。併せて村西のこの問題への取り組みが展開されていく。
 村西は八角とも話し合いの場を持っていく。
 だが、東京建電の闇は新聞にリークする。
 企業ぐるみの犯罪行為、不祥事の構図、それに抗おうとする一群の人々・・・その終極に近い段階の状況描写がテーマになっている。

第8話 最終議案
 企業において重大な不祥事が明らかになると調査委員会が立ち上げられ、真相究明が試みられる。そして、調査委員会がその結果に基づいて最終的な提言を行う。これは現在定石的に実行されている。
 東京建電は一夜にして反社会的企業の烙印を押されてしまった。この小品は、ソニックの顧問弁護士事務所から派遣されてきた弁護士・加瀬孝毅が社外調査委員会のメンバーとして登場する。八角は加藤の補佐役を務めろと会社から指示を受ける。この小品は加藤を軸にして調査の進展プロセスが描かれていく。坂戸に対する調査において、今までの坂戸元営業第一課長の人生の歩みが深く営業行動に影響を及ぼしていることが明らかになる。また、坂戸がねじ六を切り捨て、新たに採用した会社・トーメイテックの実態が明らかになる。そして調査結果がまとまると、お定まりのシナリオが東京建電に適用されていく。 それが何かは本書をお読みいただきたい。

 この8つの小品が織りなされて、東京建電の「醜悪な舞台裏」つまり、「強度偽装」がどのようにして明るみに出てきたか、そしてどういう対応策に落ち着いたかが描き出されていく。そこには「告発」が手段となったのだ。「自浄」は機能しなかった。

 企業経営とは何か? 売上追求、利益追求のあり方は何が適切なのか? 会社とは?
 一個人が会社で果たす役割とは何か? 己が成し遂げたと誇れるものを「会社」に残せるのか? 社会に貢献することと会社の利益追求の関わりとは?
 こんな根本的な問題を改めて考えさせる作品である。
 会社の風土は誰が作っていくのだろうか? それは変革することが困難なものなのか? 
 御前会議の結論として、親会社ソニックの社長・徳山がこんな発言を村西にする。
 「君はもう、ソニックの人間ではない」徳山は、冷ややかにいった。
 「これが表沙汰になったときの社会的影響を考えた場合、こうする以外に方法はない。発表しないかぎり、本件は表沙汰になることはない。そうだな」

 議事録の作成されない会議での社長発言。徳山社長のことは、このストーリーにはその後出てこない。この徳山社長の責任はどうなるのだろうか・・・・。

 大勢の会社人間の皆さん、考える材料が沢山詰まった作品ですよ。



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この小説に触発されて、実際に発生した企業の不祥事について、どの程度情報がネット検索できるか、少し調べてみた。一部だけだが一覧にしておきたい。

企業における犯罪事件の一覧 :ウィキペディア
21世紀企業の不祥事事件簿 不祥事一覧  出来田一 缶(キャンダイチ キャン)氏
最近の企業事件 :「エフシージー総合研究所」


企業トップが関与していた不祥事の事例いくつか・・・
 オリンパス事件  :ウィキペディア
 リクルート事件  :ウィキペディア
 ライブドア   :ウィキペディア
 船場吉兆     :ウィキペディア
 西松建設事件   :ウィキペディア

 エンロン  :ウィキペディア

エンロン事件に学ぶコーポレートガバナンスの課題 :「経済産業研究所」
最近の企業不祥事とリスクマネジメント 赤堀勝彦氏
CFOのための最新情報  武田雄治氏


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『万能鑑定士Qの推理劇 Ⅳ』  松岡圭祐  角川文庫

2014-10-18 21:38:54 | レビュー
 この作品は凜田莉子がその推理力を働かせる事件の場所を大きく変化させながらストーリーが意外な方向に展開していくというおもしろさがある。本作品で取り上げられた事件の内容と発生・対応場所についてストーリーの時系列で要約してみよう。そして読後印象を付記する。番号は識別のために仮に設定しただけである。

1.マリリン・モンローのブリキ看板盗難事件
 内容: 映画『七年目の浮気』の白いドレス姿のイラストが印刷された看板が、古民家を改装した居酒屋サムザの前から盗まれた。
 場所: 山梨県北杜市明野町上手
 「週刊角川」の記者・小笠原悠斗を訪ねて東京まで押しかけてきたあの津島瑠美の結婚式披露宴に出席するために悠斗が帰郷する。県立高校の元同級生たちとの再会。その後の二次会の開催された居酒屋での事件からストーリーが始まる。小笠原悠斗の過去の情報がいろいろ分かってきておもしろい。この事件の面白いのは、小笠原が莉子から学んだ鑑定の秘訣を応用して元同級生の前で事件を解決することである。

2.モンローのブリキ看板鑑定
 内容: 東京・代官山にあるJOAの駒澤直哉と凜田莉子が鑑定依頼を受諾する。
 場所: 山梨県・北斗署
 たかが看板、されど看板・・・鑑定結果はとてつもないものだった。悠斗の取材記事になる代物だった。なぜ盗難に遭ったかがよくわかる結末。

3.宅配品クレーム事件
 内容: 宅配便を受け取った客が、受け取った生け花が壊れていたとクレームを付けてくる。生け花と壺を営業所で箱詰めにしてワレモノ扱いで運搬依頼した品だった。
 場所: 八重山運送の東京支社
 莉子の父・凜田盛昌が突然上京してくる。莉子を八重山運送東京支社に出向かせるため。出向いた時に莉子はこのクレームを目撃し、忽ち推理で解決する。だが問題は、莉子がおばあに金銭面で迷惑をかけているので、店を閉じて、その鑑定能力を活かし、八重山運送の検品部の部長になれという話なのだ。

4.万能鑑定士Qの店の損壊事件
 内容: シャッターを閉めずに出かけていたので、戻ってみると、なんとガラス製の自動ドアの下部が割られていて、ロックは解錠され、壁にはあの力士シールが貼られて埋め尽くされていた。
 場所: 飯田橋の莉子の店
 牛込署から協力を依頼された早稲田大学の氷室准教授は、力士シールを鑑識課専用のワゴンに積載の特殊な電子顕微鏡で分析する。それはあの謝花兄弟の作品に酷似していると結論づける。だが、そこには別にメッセージが記入されていたのだ。これは莉子を心理的に窮地に投げ込む契機だった。まずは謝花兄弟を見つけることから始まるのだが・・・・。意外な展開へと導いていく。

5.新会社KADOKAWAのトレードマーク盗作事件
 内容: 『週刊角川』の熊井が推薦した菊池先生の描いたマークが謝花兄弟の作品の盗作だと主張するもの。
 場所: 『週刊角川』編集部のフロア
 莉子が協力して盗作事件を解決するのだが、なんとそこには謝花兄弟の名前が再び出てくるのだ。

6.謝花兄弟の居所探し
 内容: いずこかに雲隠れした兄弟に会う必然性が出てきたために、小笠原と居所の追跡を開始する。チープグッズに謝花兄弟が残していったノートが手掛かりだった。そこには富士山の山頂の社殿清掃のアルバイトをしていたという記録があった。
 場所:追跡していく行き先
 ちょっとトリッキーなおもしろさが潜んでいる。全く知らなかったことなので興味深い。地元の人が読めば、ピンときただろうか・・・・・。

7.ツアー観光客失踪事件
 内容: 国道1号線、箱根新道山崎インターチェンジからほど近い和食レストランに、派遣添乗員・朝倉絢奈が引率するツアーが到着すると、別のツアー団体の添乗員がツアー客とトラブル状態。その事情を聞き、絢奈は問題点を即座に解明。絢奈のツァー客として来ていた婚約者の壱条那沖がそのピンチに協力する。
 場所: 和食レストランの前
 この話、事件という程でも無かったが、壱条の登場が目新しい。観光庁の役人でテレビにも出演する人物。彼の登場は、この後の展開で莉子の事件に関わっていく伏線でもある。ラテラル・シンキングの絢奈と「ピアニストのような芸術家肌、繊細な横顔。目は涼しく、鼻はつんと高く、高貴さと生真面目さを兼ね備えた知性溢れる面立ちを構成している。透き通るほど艶やかな色白の顔には、サラブレッド特有の育ちの良さが感じられ」(p173)る壱条という組み合わせが、新たな興味となってきた。
 これは次の事件とともに、莉子にとっての大事件に繋がる伏線なのだ。

8.夜の上野動物園、もぐりのツアコン調査が・・・・
 内容: 壱条がツアー客から得たもぐりのツアコン調査を夜の上野動物園で急遽行うことになる。上記のツアー観光終了日の夜の話。壱条の電話で絢奈が合流することになる。もぐりのツアコン調査のつもりがライオン一頭の盗難の現場に出くわす羽目に。
 場所: 上野動物園
 犯人たちの一人の落とし物、黒革製のウエストポーチに入っていた地図と現金の金額から、添乗員・絢奈は強盗たちの行き先に気づくのだ。

9.波照間島での大事件
 内容: 小さな一連の事件は、莉子を苦境に陥れずたずたにするための布石だったのだ。莉子に挑戦してきたのは、闇の社会ではよく知られた超一流の贋作者で詐欺師の通称コピア。コピア(弧比類巻)は莉子に言う。「莫大な損失が重なって、きみに対して腹を立てていないと思うか? 覚悟を決めておくんだね」(p243-244)と。贋作者雨森華蓮ですら関わりを持ちたくないと思っている謎の多い人物なのだ。波照間島の住民が莉子の活躍のせいで苦難に陥ることは莉子にとっては心外である。コピアが何をねらっているかに対峙するために、莉子は波照間島に帰郷する。小笠原悠斗がそれに同行する。また、コピアを知る華蓮も経緯上、莉子の協力者として波照間島に同行するのだ。そこに、絢奈と壱条が加わることになる。
 そして、波照間島ではとんでもない事件が発生していく。
 場所: 勿論、波照間島全域
 波照間島の人々は、莉子の父盛昌を始め、いたってのんびりしたもの。その人々が突然に恐怖の渦中に投げ込まれる。島の人々を苦しめるのが莉子を苦しめる最大ポイントだと狙ったコピアの作戦なのだ。莉子と華蓮、小笠原はそれに立ち向かって行く。絢奈と壱条も協力することに。
 莉子の精神的危機の到来。この大事件がやはり読みどころだろう。意外な展開となっていく。

 大事件は解決するが、遂に凜田莉子は飯田橋の万能鑑定士Qの店を閉じ、波照間島に戻ることになる。店じまいを保護観察下にある華蓮が引き受けることにしたのだ。波照間島に戻って莉子はどうするのか? 小笠原悠斗はこの事態にどう対処していくのか・・・・。
 それは本書を開いてのお楽しみというところに残しておこう。


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本書関連での関心事項をネット検索してみた。結果を一覧にしておきたい。

動物用吸入麻酔剤 動物用イソフルラン - Isoflurane for Animal
   :「MSD Animal Health」
吸入麻酔薬の種類と特性  :「動物実験手技」
ファンデルワールス力  :ウィキペディア
ファンデルワールス力とは
   :”目で見て操作する「分子の世界」-そのミクロ構造と物性-”
富士山頂神社 → 富士山本宮浅間大社 ホームページ
富士山(秋田県) :ウィキペディア
日本で一番低い富士山登頂記  :「travel.jp」
オディーン  :ウィキペディア
セント・ニコラスからサンタへの変身  :「Mini Post from England」


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万能鑑定士Qに関心を向け、読み進めてきたシリーズは次のものです。
こちらもお読みいただけると、うれしいです。

『万能鑑定士Qの攻略本』 角川文庫編集部/編 松岡圭祐事務所/監修

『万能鑑定士Qの短編集 Ⅰ』

☆推理劇シリーズ

『万能鑑定士Qの推理劇 Ⅰ』
『万能鑑定士Qの推理劇 Ⅱ』
『万能鑑定士Qの推理劇 Ⅲ』

☆事件簿シリーズは全作品分の印象記を掲載しています。

『万能鑑定士Q』(単行本) ← 文庫本ではⅠとⅡに分冊された。
『万能鑑定士Qの事件簿 Ⅲ』
『万能鑑定士Qの事件簿 Ⅳ』
『万能鑑定士Qの事件簿 Ⅴ』 
『万能鑑定士Qの事件簿 Ⅵ』
『万能鑑定士Qの事件簿 Ⅶ』
『万能鑑定士Qの事件簿 Ⅷ』
『万能鑑定士Qの事件簿 Ⅸ』
『万能鑑定士Qの事件簿 Ⅹ』
『万能鑑定士Qの事件簿 ⅩⅠ』
『万能鑑定士Qの事件簿 ⅩⅡ』


『万能鑑定士Qの推理劇 Ⅲ』  松岡圭祐  角川文庫

2014-10-16 09:39:28 | レビュー
 千葉県内の国道沿いにある”なんでも買います”という看板を掲げた千葉鑑定団という店に、凜田莉子が出張鑑定する。そこで依頼された鑑定の品の一つが一枚のトレーディング・カードだった。莉子の眉間に皺が寄る。なぜなら、フォース・オブ・ウィルのシリーズのカードなのだが、鑑定した「ファイアエレメント」というのはそのシリーズには含まれていないカードだったのだ。
 莉子の即座の実験分析で個人の手製による贋作と判明する。18歳の働いている成富賢也という子が売りに来たという。働いているということから、本人の身分証と印鑑だけで取引できたのだった。
 「精巧な海賊版の一種と考えると、放置できませんね。私が調べます」と千葉鑑定団の店員に莉子は言う。店員はその調査費用のことを気にかけたが、「自己責任で働きますから。鑑定家として新たな知識を得られるなら、それがなによりの報酬です」と屈託のない笑みを浮かべて莉子は答えたのだ。

 成富賢也の家を訪ねた莉子は本人からその経緯を聞き、賢也が無意識のうちに事件に巻き込まれていることを莉子は察知する。賢也の話を手がかりに、莉子の推理が働き、賢也に被害が及ばぬ前に、カードの贋作者を突き止めて、莉子は彼に対峙する。そして賢也への将来の被害が及ぶ根をまずは断ち切ってやることができる。
 この事件そのものがメインの事件への導入となっていて、けっこうなるほどと思うケースである。贋作者は錦織秀樹といい、一見少年っぽく見える人物。18歳とみられても違和感のない男であるが、実は28歳。だが彼の正体は警視庁が古物商や鑑定業者に配布したチラシに載っている「贋作者A17号」だと莉子は見抜く。素性もあきらかでないため指名手配には至らないが謎の人物として、リストに載っていたのだ。
 莉子は警察への通報を控えるからには、未成年には保護者。結婚前なら婚約者。家族に真実を知らせておく必要があると、きっぱり錦織に告げる。その結果、そこに現れたのは牧瀬恵玲梨という婚約者だった。

 婚約者のいる錦織を、再犯に及ばないという確約で警察への通報をしないと莉子は決めた。この錦織から、彼があの雨森華蓮の弟子だったことを知らされる。
 錦織の仕事を斡旋できるかがんばってみると莉子は彼らに告げた。そして恵玲梨に「喧嘩しないでくださいね、道を踏み外さない限りは、失敗があっても温かく見守ってあげてください。きっと成功する人なんだから」と莉子は励ますのだった。

 警察に通報しない、仕事の斡旋にトライしてみるという莉子の取った選択肢が、とんでもない事件に莉子を巻き込んで行くことになる。

 錦織英樹と恵玲梨が同棲するアパートの部屋にツアーへの招待状が届いたのだ。中国の実業家で資産家の周正天の代理人、史部公嗣という人物からの「海外芸術能力選定ツアー」への招待状だった。錦織はそれが莉子の約束していた仕事の斡旋に関連するものと受け止めてしまう。そして、その招待状を受けて集合場所に出向くのだ。
 恵玲梨は、昨日会ったばかりの莉子なので、翌日のそのツアーへの招待には一抹の不安を抱く。結果的に、招待状の指示に従って出かけた錦織からの連絡が途絶えてしまう。
 警察に失踪届をだすことも出来ない。「贋作者A17号」なのだから。恵玲梨が莉子に相談することから、この不可思議な海外ツァーの出来事が始まるのだ。

 錦織の所在を追跡する為に、莉子と恵玲梨はそのツアーの行方を追うことになる。それも莉子は自己負担で、万能鑑定士Qの店を閉じて。なんと地中海3ヶ月の追跡旅行が始まってしまう。
 このストーリーは、「周正天主催 海外芸術能力選定ツアー プログラム」という参加者に腕を競わせる、一種ゲームじみた企画の展開と、それを追跡し、このツアーの真の狙いの謎解きに迫っていく莉子の推理劇として展開する。実に奇妙でおもしろい発想が盛り込まれた海外転々いかさま劇である。そこに参加した人々はすねに傷を持つ贋作者ばかりという集団だったのだ。

 ツアーは地中海に展開しているメディタラニアン航空の旅客機のコースすべてを利用できるという範囲において、最初の第1チェックポイントを参加者の中の地図係が自由に決めた後、チェックポイントに決められたルールに従い、次の目的地を航路図を使ってルールの範囲で自由に地図係が選んでいくという奇抜なものである。次はどこが目的地に選ばれるかは未知数なのだ。そして、その目的地では、指定された人物の頭部を、粘土を材料にした彫塑で作品として仕上げるというものなのだ。それをある場所に居る周正天が評価採点して連絡してくるという。そして最低点の参加者がその場で脱落するという方式の能力選定なのだった。
 その詳細と展開プロセスは本書をお楽しみいただくとして、どの目的地にいくことになったかを記しておこう。莉子と恵玲梨は入手した情報から推理を駆使して、その目的地を追跡しながら、このツアーの真の狙いに気づいていくという趣向である。

 日本→バルセロナ→サルディーニャ島→アレクサンドリア→アテネ→アテネ→ティラナ→モロッコという見た目には出鱈目なコースを行くツアーになるのだ。アテネが2回なのはルールに従ってアテネから辿ってアテネに戻ったという次第。
 ところがこのルールにも緻密なしかけが施されていたということなのだ。莉子がその謎を解くことになる。というおもしろい展開である。


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英BBCが最新の科学技術を駆使してイエス・キリストの顔を復元

BBC unveils hi-tech Jesus  BBC NEWS
From science and computers, a new face of Jesus
By Jeordan Legon CNN
ツタンカーメン王の顔復元、3チームが競演 2005.5.13 WIRED NEWS
Putting a Face on King Tut Wired Nwes 2005.5.11

クレオパトラの墓まもなく発見か、頭部彫像など見つかる :「AFP BB NEWS」
ファラオ像発見、クレオパトラの墓か?  :「NATIONAL GEOGRAPHIC」
クレオパトラ7世  :ウィキペディア

ニコラウス・コペルニクス  :ウィキペディア
NICOLAI COPERNICI MUSAEUM FROMBORCENSE ホームページ

伊達正宗 :ウィキペディア
伊達正宗の肖像画 仙台市博物館 :「仙台市」

石田三成 → 石田家の事 :「京都妙心寺 壽聖院」
石田三成  :ウィキペディア
石田三成公の復元像 :「クリス・グレン オフィシャルサイト」

卑弥呼  :ウィキペディア
大阪府立弥生文化博物館 ホームページ
大阪府立弥生文化博物館 :「邪馬台国大研究」
  博物館に展示の卑弥呼の人形の写真が掲載されている。


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『万能鑑定士Qの攻略本』 角川文庫編集部/編 松岡圭祐事務所/監修

『万能鑑定士Qの短編集 Ⅰ』

☆推理劇シリーズ

『万能鑑定士Qの推理劇 Ⅰ』
『万能鑑定士Qの推理劇 Ⅱ』
『万能鑑定士Qの推理劇 Ⅳ』 

☆事件簿シリーズは全作品分の印象記を掲載しています。

『万能鑑定士Q』(単行本) ← 文庫本ではⅠとⅡに分冊された。
『万能鑑定士Qの事件簿 Ⅲ』
『万能鑑定士Qの事件簿 Ⅳ』
『万能鑑定士Qの事件簿 Ⅴ』 
『万能鑑定士Qの事件簿 Ⅵ』
『万能鑑定士Qの事件簿 Ⅶ』
『万能鑑定士Qの事件簿 Ⅷ』
『万能鑑定士Qの事件簿 Ⅸ』
『万能鑑定士Qの事件簿 Ⅹ』
『万能鑑定士Qの事件簿 ⅩⅠ』
『万能鑑定士Qの事件簿 ⅩⅡ』

『万能鑑定士Qの短編集 Ⅰ』  松岡 圭祐  角川文庫

2014-10-14 09:09:24 | レビュー
 『事件簿』、『推理劇』に引き続く万能鑑定士Qの別シリーズである。こちらの2冊(Ⅰ、Ⅱ)を読了したので順次、その読後印象をまとめておきたい。

 事件簿シリーズは主となる事件の解決プロセスで、少し脇道の別件事件に遭遇し、それを短時間で解決しながら、展開するという構成パターンだった。その別件のあるものはがなにがしか主となる事件に繋がっていくという流れである。別件事件としては伏線となるものとそうでないもの、事件とまでは呼べなくても万能鑑定士Qの鑑定あるいは問題解決のエピソードをいくつも挿入するという形で進む。どの別件事件が主となる事件の伏線だったかということを理解するのも楽しみなシリーズである。
 一方、短編集はそのものズバリだ。1作品で1事件を扱うというシンプルな謎解きである。だが、面白いのは凜田莉子の活躍、その行動の背景が繋がって行き、莉子を取り巻く人間関係が徐々に進展していくプロセスとなっている。短編の連作を介在して、凜田莉子の人生がわかるという構成である。事件簿シリーズでは分からなかった莉子の一面や活動が埋められていくということになる。

 この『短編集Ⅰ』は次の5つの事件で構成される。
「第1話 凜田莉子の登場」、「第2話 睡章に秘めし詭計」、「第3話 バスケットの長い旅」、「第4話 絵画泥棒と添乗員」、「第5話 長いお別れ」である。勿論、それぞれが短編の小品であるが、その中でも万能鑑定士Qの本領発揮としての鑑定エピソードや問題解決は適度に盛り込まれていく。なるほどと思う豆知識がおもしろい。短編作品なのでネタばれしない範囲で事件と感想をご紹介しよう。

 第1話 凜田莉子登場
 昨今の渋谷や原宿に住む女性たちの要らない物処分法には三択ある。ネットオークション出品、フリーマーケットでの販売、そしてジャック・オブ・オールトレーダーズ(J.O.A)という名前の東急東横線代官山駅の急な坂道を下がったところにある質屋である。J.O.Aは質種として預かる他に買い取りもしているのだ。
 このJ.O.A.に凜田莉子が登場する。なぜか? それはJ.O.A.の依頼により、鑑定家連中の推薦で莉子がこの店での出張鑑定業務を引き受けることになったからである。ここに納められた5話は、このJ.O.A.での定期的な出張鑑定の期間中に発生した事件の解決話である。
 J.O.A.に関わる主な登場人物は2人。
香河崎慧: J.O.A.の経営者。72歳。好感の持てる老紳士という印象だが頑固爺。宝石鑑定士の資格を持つ。質種の鑑定には自信を持つ。だが、念の為に、定期的に客観的に第三者の鑑定士の鑑定を依頼するという方針をとっている。鑑定家からの絶賛推薦とはいえ、紹介された凜田莉子に関して、ムラーノ探偵事務所に事前調査を依頼して調査しているのだ。そして、莉子の高校時代の成績を知り、一抹の不安と不満足な印象を最初から抱いているというオヤジ。
駒澤直哉:J.O.A.の若頭。従業員10人余りの中のリーダー格。23歳。「すらりと痩せた長身ながら端整な顔立ち、伸ばした髪はロッカー風」「店で売買される商品全般について広範な知識を持つ。クールでおとなしく、いつも低い声で喋るのが特徴」という青年。業界では「かなりの目利きで、見立てもたしかだ」と評判が高いのだ。
 莉子とは年齢的にも同じ。小笠原悠斗のライバルになってもおかしくない。が、そうは展開しない・・・・なぜか? それもおたのしみのひとつ。
 こんなお店で莉子が出張鑑定するのだ。一番身近に接する駒澤は莉子の鑑定能力のい高さを見抜き、この店では二人三脚のように仕事を進めていく。一方、香河崎慧は莉子の鑑定能力を疑う所から初めるが、莉子の様々な鑑定と事件解決の中で、疑問を氷解させ信頼に転じていく。この180度転換のプロセスが背景として語られていくことになる。
 さて、この第1話では、莉子がJ.O.A.の店に初登場するのっけから、鑑定エピソードが展開する。それはアメリカの有名な耐熱ガラス食器セットの製造年代評価というもの。
シャネル、ジャマイカ産黒砂糖、任天堂スーパーファミコン、ダイヤなどの鑑定エピソードが次々に出てきて興味深い。鑑定士の本領発揮というところ。
 一番重要な案件は、香河崎慧が秘蔵している有名ブランド時計に絡むものだった。それを莉子が合理的思考で謎解きする。

 第2話 水晶に秘めし詭計
 地価の高い駅周辺では店舗面積が広い方のJ.O.A.は、半年前から売り場の一部をレンタルすることを始めていた。現在は友岡古書という専門に洋書を扱う店にスペースを貸し出している。それほど商売がはやる古書店ではない。香河崎慧は月あたり賃料が固定だから、洋書の古書店は店に高級感が出て良いとご満悦である。友岡はJ.O.A.の店の一部と間違えられて、J.O.A.に来店した客にいろいろ尋ねられて苦笑気味なのだ。
 こんな状況の中で、小笠原が浜砂琥太郎作の水晶に彫刻された「風と光の女」という像を質入れに来るということになる。莉子は小笠原の実家の内情の一端を知るというエピソードが挿入される。それから一週間以上後に、J.O.A.の仕事として莉子と駒沢は芦ノ湖近くまで出張鑑定に行く。これが一種の古文書の謎解きだった。その一方、彼等の留守中に、J.O.A.では、厳重に管理されている保管部屋から「風と光の女」の像が忽然と失くなるという事件が発生していたのだ!
 それは小笠原がやむなく一時的質入れに持ち込んだ家宝の品。香河崎慧には成すすべがない。莉子が事件解決に本領を発揮する。この解明されたトリックが奇抜でおもしろい。
 第3話 バスケットの長い旅
 都内で漁師をしているという安斎がトランクと奇妙なバスケットをJ.O.A.に持ち込んでくる。漁船の網にひっか掛かった品物で、所轄警察に届けたが3ヵ月を経過したの自分が取得したものという。冒頭、ヴィトンの古いトランクの鑑定エピソードから始まる。2つめに安斎が取りだしたのが金属製のバスケット。駒沢がそのバスケットに触れると、「内側の二面だけ、板が二枚重ねになっている。わずかに浮きあがってて、指で押すとガタつくよ」というシロモノ。莉子にもちょっとわからない奇妙な特殊バスケットだった。200円で買い取りとなる。
 だが、この奇妙なバスケットがとんでもないことに利用されていたのである。その謎に挑んでいくというストーリー。見当のつかない莉子と駒澤は、週刊誌記者の小笠原に記者の目からみた意見を求める。そこから小笠原がこのバスケット事件に関わりをもっていくことになる。
 面白いのは副産物として、突然に津島瑠美という快活な女性が現れる。彼女は小笠原にとって長坂中の同級生だったという。小笠原の履歴をほとんど知らない莉子。瑠美は突然に上京してきた理由を小笠原に告げる。「風と光の女」の質入れに関連した話と小笠原の噂を聞いた瑠美は、「・・・・地元じゃ小笠原君の噂で持ちきりだよ? わたしも、どうしても小笠原君に会いたくなっちゃって。ね、覚えてる? 大人になったら東京のレストランで食事しようって約束したじゃん」
 小笠原のことについてほとんど知らない莉子。「凜田さん、心配ないよ。少々のことでは彼の気持ちは揺らいだりしないから」と駒沢が莉子に語る。「無理に浮かべた笑みがひきつって仕方がない。莉子はそう実感した」という風に、莉子の心に波風が立つ。これがどう展開するかが・・・・楽しませるところである。

 第4話 絵画泥棒と添乗員
 富士山を望む河口湖の北東に広がる広大な高原。そこに面積30平方キロメートル。河口湖神馬美術公園がある。運輸業でひと財産を築いた神馬グループの所有地。公園の経営者は56歳の神馬康助、神馬グループの会長である。
 本館に博物館を有し、敷地内には5つの展示小屋が点在する。その展示小屋にはバヨン=ルイの絵画が1点ずつ飾ってある。近代フランス絵画で、標準サイズのキャンバスに描かれた油彩画の名画である。
 招待客だけ受け入れる方針だったが、最近はツアーの団体客に限り、予約制で見学を許可している。今はツアー客の団体を率いて22歳の女性添乗員が展示小屋を案内している。添乗員は朝倉絢奈(あやな)である。莉子の論理的思考つまりロジカル・シンキングに対して、ラテラル・シンキングの超得意な女性として登場する。
 その最初が、この公園にある博物館から盗まれたという石器のかけら数点の盗難について、その犯人像のヒントをあっけなく語るのだ。

 この団体ツアーが展示小屋を訪れた前日遅く、公園の警備室に明晩遅くにバヨン=ルイの名画を盗むという犯行予告電話があったのだ。そして、団体ツアー客が帰った後、翌朝展示小屋に駆けられていた絵はすり替えられていたのだ。団体客を引き連れてスーパーあずさ6号で新宿に戻ろうとする朝倉絢奈にこの絵のことで直感を働かせて欲しいと頼み込む。だが、絢奈はツアーの仕事を途中放棄できないので、絵に詳しい人として莉子を紹介するのだ。
 J.O.A.に出勤した莉子のところに、神馬は5枚の絵を持参して鑑定を依頼する。そこから莉子がこの事件の謎解きに乗り出さざるを得なくなる。というのは、絢奈からケータイにメールが届いていたのだ。ツアーの集合写真で団体客の人数について不審な点に気づいたというのだ。莉子と絢奈は現地に向かう。
 ロジカルとラテラルの思考の組み合わせが事件を解決する。だが、そこにもう一つカラクリが含まれていた。勿論、莉子・絢奈のコンビがそれを見抜くというストーリーである。なかなか、盲点を突いた盗難事件でおもしろい。このコンビの事件解決スタイル、これが「特等添乗員αの難事件」という新たなシリーズへの布石の一端なのかもしれない。多分、朝倉絢奈を主にしながら、莉子が加わっていくというコンビによる難題解決シリーズになるのだろう。新たな読書の楽しみが加わったというべきだろう。

 第5話 長いお別れ
 JPN48握手会参加券の偽造に関わる事件である。
 J.O.A.のカウンターで漆器の鑑定中だった莉子のところに、スーツ姿の男女が現れる。「証券どころか紙幣に匹敵する出来栄ですね」と莉子が感心する印刷見本を持参したのだ。それはJPN48握手会参加券の試作見本だった。警察に被害届をだそうにも、技術的価値が理解してもらえないので、莉子に鑑定をしてほしいと言う。持ち込まれたのは表のみ印刷したサンプル3枚、裏のみ印刷が4枚。表1枚のサンプルが紛失したのだ。
 来店したのは、特殊な偽造防止技術に定評のある老舗・大亜印刷株式会社技術管理部の讃岐佳織と同じ部署の岩垣健人だった。莉子を訪ねてきたのは、警視庁捜査二課の宇賀神警部だったという。
 握手券の入った劇場盤はキャラアニという会社の取り扱いで、その会社は小笠原が勤める同じビルに入っているのだった。駒澤は莉子に小笠原に相談してみることを勧める。小笠原を巻き込んで、この試作品盗難事件の解明がスタートする。
 この事件の解決プロセスとパラレルにあの津島瑠美が再び登場してくる。なんと彼女は小笠原の誕生日プレゼントとしてJPN48握手券を贈ろうとして苦労していたのだ。だが、その券はもう仕えない代物だったのだ。
 この第5話の解決は、ひと月にわたる莉子の出向期間の終了であり、J.O.A.での出向鑑定の終わりでもあった。瑠美にとっての長い別れであり、莉子にとっても長い別れとなる日だった。「立ち去りぎわ、莉子の頬にひとしずくの涙が流れ落ちたのを、駒澤は目にした。」という一文が別れの場面で出てくる。意味深長である。

 莉子と小笠原、莉子と駒澤、莉子と香河崎慧、莉子と朝倉絢奈、小笠原と津島瑠美、香河崎慧と駒澤、様々な対人関係がいろいろに絡んでいく形で5つの話が展開していく。それは、凜田莉子が鑑定家としてJ.O.A.という質屋に出向期間に起こった事件であり、鑑定だった。一方、その様々な対人関係の交錯の中で、愛と信頼が語られていることにもなる。短編集であり各作品はそれぞれ比較的短時間で読める。ちょっと時間のあるときに、分散して一編ずつ読むというのも、おもしろいかもしれない。私は一気に通読してしまったのだが・・・・・。
 

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ヴィトン → LOUIS VUITTON 公式サイト
ショパール K.R.V. 時計  ← Chopard 公式サイト

箱根旧街道 ← 箱根旧街道ハイキング  :「箱根ハイキング」
ループ・タイ ← ポーラー・タイ  :ウィキペディア
ウエスタン・タイ  :「kotobank.jp」
ツイストタイ  :「ASKUL」

御岳昇仙峡エリア  :「甲府市 観光情報」
昇仙峡 :「昇仙峡観光協会」
金峰山(山梨県・長野県)  :ウィキペディア

ミハルス   :ウィキペディア
カスタネット :ウィキペディア
日本カスタネット協会 :「カスタネットワールド」


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『万能鑑定士Qの攻略本』 角川文庫編集部/編 松岡圭祐事務所/監修

☆推理劇シリーズ

『万能鑑定士Qの推理劇 Ⅰ』
『万能鑑定士Qの推理劇 Ⅱ』
『万能鑑定士Qの推理劇 Ⅲ』
『万能鑑定士Qの推理劇 Ⅳ』 

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『万能鑑定士Q』(単行本) ← 文庫本ではⅠとⅡに分冊された。
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『万能鑑定士Qの事件簿 ⅩⅠ』
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『万能鑑定士Qの推理劇 Ⅱ』  松岡 圭祐  角川文庫

2014-10-12 09:20:50 | レビュー
 万能鑑定士Qの事件簿シリーズが終了して、新たに『推理劇』というシリーズができたた。その第1作を読まずに、第2弾から読み始めたという変則ぶり。
 この第2弾で、なんと万能鑑定士Qの店を閉店するということに!
 意外な展開となっていく。閉店した後、凜田莉子はどうするのか?
 ジェルヴェーズという紀尾井町にあるオークション会社に転職するのである。それには凜田莉子なりの理由があった。それは莉子が電子メールでのやりとりを通じて、一冊の本の鑑定を依頼されたことによる。その本とは、『愛ちゃんの夢物語』、ルイス・キャロル著、円山薄夜訳である。『不思議の国のアリス』の史上初の和訳本で明治43年に刊行されたものなのだ。版元は内外出版協会。全部で209ページ、旧仮名遣いでひらがなが目立つ文章。幼児にも読みやすいと思われ、挿絵はキャロルの原著を模したものと思われる本である。
 莉子が鑑定依頼のメールのやりとりで待ち合わせた相手は、久宇良颯人と名乗る6歳か7歳くらいの少年だったのだ。莉子は少年が持参した『愛ちゃんの夢物語』が本物であると鑑定する。本の持ち主、久宇良颯人はその本をオークションに出品してほしいと言う。公の競売にかけるのは難しいと知りながら、莉子はジェルヴェーズを訪ねたのだ。複数の鑑定家仲間から、ジェルヴェーズが著名な作家の未発表原稿を扱うらしいという噂を聞いたことによる。公式の鑑定書が付いていないので、勿論断られる羽目になる。

 ジェルヴェーズを訪れた時、コナン・ドリルが書いたとされる短編作品『ユグノーの銀食器』について、応対者の芹澤杏樹が階段を下りてくるときに話していた内容を莉子は耳にしていた。持ち込んだ本をオークションにかけることは断られたが、杏樹の話題にしていた事項について、莉子が自分の考えを述べたのだ。これが芹澤杏樹が莉子に関心を抱くきっかけになる。
 一方、莉子は久宇良颯人に会い、オークションにかけることを断られた事情を話す。颯人はしばらく本を手許に預かっていてほしいと希望し、大型の封筒を莉子に押しつけて、少ないと思うがお礼だと告げ、懸けだして去った。颯人はどうも出品に伴う細部への鑑定、科学的鑑定に期待をしていたようなのだ。さらに、その封筒の中に、表紙が退色した古い『東京タワー』という江國香織作の文庫本が入っていたのだ。パラパラとページを繰っていた莉子はある一点に目が釘付けされてしまう。それは、莉子の記憶と結びつくものだったのだ。マンションの自宅に戻り、卒業アルバムを見て、記憶が正しかったことを知る。

 週明けの朝、芹沢杏樹は富里蒼依の運転で、万能鑑定士Qの店を訪れる。『ユグノーの銀食器』を莉子に見せる。莉子は自分の鑑定所見を述べる。その話を聞き、杏樹は莉子にジェルヴェーズへの入社し、未発表原稿を含む古書全般の担当者になってほしいとオファーするのだ。入社すれば、『愛ちゃんの夢物語』の科学鑑定も場合により可能だし、競売部のスペシャリストの提案なら、『愛ちゃんの夢物語』のオークションへの出品も可能性があると仄めかす。
 「誰かのためになるのなら、仕事の環境が変わるぐらいどうってことない」と、莉子はQの店を閉店し、ジェルヴェーズへの入社を決断するのだ。

 このストーリーは2つの古書にまつわる謎解きの流れが並行して進行し、いつしか両者が接点を持ち始めるという興味深い構成展開になっている。

 ジェルヴェーズは事業の新規開拓として古書の競売を始めようとする。美術分野に定評があるとはいえ、古書を扱うのは初めてである。そのため、スペシャリストの養成から始めつつ、競売の準備を進めなければならない状況にある。その初競売の目玉が『ユグノーの銀食器』だったのだ。入社後、莉子は古書担当のスペシャリストとして働き始めるが、そこでは古書の競売に関わるスペシャリストとして、富里蒼依と隅山大智の教育を任せられることになる。
 神田の古書店の店頭を借りて、富里蒼依と隅山大智に対するOJTが始まる。この作品の興味深いのは古書籍業界の舞台裏話が脇道として語られている点である。そして、古書鑑定に伴う落とし穴にも触れられていておもしろい。
 わけてもメインである『ユグノーの銀食器』についての真贋絡みの分析プロセスがおもしろい。また、『愛ちゃんの夢物語』の科学鑑定を莉子が実際に持ち込むことにより、ボールペンで書き込まれた×印やインクのでないペン先で×印をつけた痕の発見、端が1ミリ削られたページの存在など、いろいろなことが分かってくる。そして、それがかつての波照間島での記憶と結びついて行くのだ。記憶の奥深くにあったモノトーンの思い出が、俄然リアルなものとして湧出してくる。久宇良颯人の問題が、自分にとっての問題ともなってくる。推理が広がり複数の事象が結びつき、論理的推理を一層強固にしていくのである。

 芹澤杏樹はドイルの未発表原稿を莉子に託し、古書オークション全体の成否の鍵を莉子に預けたのだ。入社した以上、莉子は期待に応えなければならない。莉子は思う。「一日の半分を颯人君のために、もう半分をジェルヴェーズのために費やそう」と。

 オークションがどのように行われるか。この場面の描写もけっこうおもしろい。オークションがどのように進行するかの雰囲気がけっこう味わえる。莉子は初めてのオークションでの実体験と観察から、ある疑念を抱き始める。それがこの推理劇に弾みをつける契機になる。
 オークションから得た情報の論理的推理は莉子を四国、直島のベネッセハウスへの旅へと導き、直島でのある発見がまた次の論理的推理を促していく。

 2つの案件は解決するが、莉子のかつてのモノトーンの思い出は、もはや還らない思い出となり、現実に破壊されてしまう。江國香織作『東京タワー』の文庫本を大事にしていた颯人の希望は遂に叶えられなかった。問題は解決したが、悲しみは残るという結末。その悲しみが何か、問題はどのように解決したのか・・・・それは本書を開いてみてほしい。

 そして、凜田莉子はあるべき所に戻る。
 

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本書関連の語句をいくつか検索してみた。一覧にしておきたい。

ルイス・キャロル  :ウィキペディア
『愛ちゃんの夢物語』
  ← 丸山英観と『愛ちやんの夢物語』川戸道昭氏 :「ナダ出版センター」
『不思議の国のアリス』 :ウィキペディア

サザビーズ  :ウィキペディア
Southeby's 公式ホームページ

荻須高徳  :ウィキペディア
ベネッセハウス ミュージアム :「ベネッセアートサイト直島」
直島 → 素顔の直島 ホームページ
   直島ウォーキング・マップ
うどん専任乗務員 → うどんタクシー ホームページ

ミッキー・スピレイン  :ウィキペディア
『大いなる殺人』 → The Big Kill From Wikipedia, the free encyclopedia
007/赤い刺青の男 ← 赤い刺青の男  :ウィキペディア


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『万能鑑定士Qの推理劇 Ⅰ』

事件簿シリーズは全作品分の印象記を掲載しています。
『万能鑑定士Q』(単行本) ← 文庫本ではⅠとⅡに分冊された。
『万能鑑定士Qの事件簿 Ⅲ』
『万能鑑定士Qの事件簿 Ⅳ』
『万能鑑定士Qの事件簿 Ⅴ』 
『万能鑑定士Qの事件簿 Ⅵ』
『万能鑑定士Qの事件簿 Ⅶ』
『万能鑑定士Qの事件簿 Ⅷ』
『万能鑑定士Qの事件簿 Ⅸ』
『万能鑑定士Qの事件簿 Ⅹ』
『万能鑑定士Qの事件簿 ⅩⅠ』
『万能鑑定士Qの事件簿 ⅩⅡ』



『万能鑑定士Qの推理劇 Ⅰ』 松岡圭祐   角川文庫

2014-10-09 13:01:29 | レビュー
 このストーリーは、凜田莉子が波照間島から巣立ち、石垣島発羽田行の直行便で東京に出て行った「遡ること5年」の時点を点描することから始まる。莉子はその時の搭乗便でハイジャックまがいの事件に遭遇していたのだ。万能鑑定士の連作を読み継いでいくと、凜田莉子の経験した人生が少しずつ明瞭になり、莉子像が肉付けされていく。多面的に情報が累積されるというのは楽しいものである。
 莉子のいくところに事件ありというところ。ただし、この時点では莉子はまだ感受性は異常なほど強いが天然のままであり、事件発生にとまどってるばかりだった。ではなぜ5年前のこの旅客機での事件がでてくるのか? それはこの推理劇Ⅰの事件解決に関わるひとつの事実が伏線となっているからだ。何が伏線か? それは読んでのお楽しみ・・・。
 
 5年後の現在、竹富町の海水淡水化事件の報告の関係で莉子が那覇署を訪れた夜に、那覇市内のローソンの一店での強盗事件に協力することになる。偶然にも強盗に入った人物が5年前の旅客機の隣の席に乗り合わせた槌谷廉だったという次第。彼との再会は莉子がその後に事件を解決していくプロセスで関わりができる縁となる。連作ものでの将来の伏線が組み込まれていく。それはシリーズを読み続ける人の一つの楽しみでもある。
 
 さて、推理劇としての主なテーマは3つある。
 一つめは小笠原の勤め先に関連した部署の事件発生に、莉子が協力して推理を働かすもの。クリスマスイヴにメディア局編集部からRGBモード、フルカラーの連載原稿データを保管したHDDカートリッジが盗まれたのだ。この事件が解決されるや、「宝石鑑定」に絡んだ案件が莉子の前に現れてくる。推理劇Ⅰでは、この宝石鑑定のテーマにウエイトが大きくかけられている。
 大手の宝石商であるゴールデン・プログレス商会の浪滝琉聖は毎年宝石鑑定トーナメントを主催している。年に一度、大みそかに、1億円の賞金とそれ以上の宣伝費をかけて、宝石鑑定の優劣を決するイベントとしてトーナメントを開催しているのである。
 宝石鑑定士という国家資格はないので、このGP商会の宝石鑑定トーナメントの参加者は実質的に鑑定家として認められた証になるという。トーナメントの優勝者は、名実ともに日本一の鑑定眼の持ち主として認められ、業界で名が知れわたる。天皇皇后両陛下に献上される宝石鑑定もまかされるのが通例。さらにロンドンのバッキンガム宮殿で、エリザベス女王の前での「御前鑑定」に参加する名誉もあるという位置づけなのだ。昨年度の優勝者は蓮木愛美。父は資産家で母はピアニストという大富豪の令嬢なのだが、このトーナメントで優勝し急にスポットライトを浴び有名になった。彼女は今年もこのトーナメントに参加し二連覇を狙っているようなのだ。
 今年、このトーナメントを目前にして凜田莉子のところにトーナメント参加への招待状が届いたのである。
 莉子には参加する意志がなかったようなのだが、牛込署知能犯捜査係、葉山警部補から頼み込まれて、招待状を受けてこのトーナメントに参加せざるを得なくなるのだ。葉山警部補は、宝石がらみで闇社会に台頭してきたのが浪滝琉聖で、今年のトーナメントでは蓮木愛美の二連覇を阻止し、彼女の権威を失墜させようというたくらみのために巨額の金が動いているというのだ。GP商会の外観の華やかさに対し、その経営内情は破綻に近いようなのだ。闇の事業にとり、蓮木愛美の存在は邪魔なのだ。葉山警部補は浪滝琉聖の闇社会とのつながりの突破口を今年のトーナメントの経緯に見つけようとしているのである。 蓮木愛美の権威失と闇社会絡みの背景を葉山警部補から聞いた莉子はトーナメント参加に協力し、そこに仕組まれた謎の解明に突き進んでいく。
 
 この宝石鑑定トーナメントとその後の展開でおもしろい要素はいくつかある。
・蓮木愛美の意欲・欲望と行動の描写
・トーナメントのプロセスに仕組まれたカラクリを莉子が解明する論理思考
・浪滝琉聖が蓮木愛美の権威を失墜させようと企んだそのやりかた
・トーナメントの会場で置き忘れられた紙片が別の事件に絡んでいく伏線の作り方
・英国王室での御前鑑定で生じる憂慮のなりゆき
・凜田莉子と蓮木愛美の関係づくり

 これらの要素がどういう風に交錯してストーリーが展開していくかが読みどころ、楽しみどころである。

 浪滝琉聖の悪業の尻尾をつかむのに、もう一つの問題解決が必要となる。それがグレーの生地を買い占めである。アパレル業界における流行色と関係した事件なのだ。小笠原が気づいて手にした紙片がこの事件とかかわっていたのだ。その関わり方は本作品を読んでみてほしい。
 
 いつものことながら、莉子の鑑定にまつわるその理由説明の箇所は読んでいて、なるほど・・・と学ぶところが多い。この鑑定理由を読むのが私には楽しみの一つになっている。


 ご一読ありがとうございます。


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本書に関連する事項で、興味を抱いたものをいくつかネット検索してみた。一覧にしておきたい。

質量と重さ  :「物理のかぎしっぽ」
重さ  :ウィキペディア
幻の泡盛「泡波」  :「YUNTAKU」

宝石鑑定士について - 宝石鑑定士 GIA・GGになるには?
宝石  :ウィキペディア
ダイヤモンド  :ウィキペディア
有名なダイヤモンド一覧  :「Jewellery Houseki Mall」

枯草熱(こそうねつ)  :「a legal alien in London」
花粉症の始まりはイギリスの枯草熱!? 知られざる花粉症のルーツとは:「ビーカイブ」
花粉症  :ウィキペディア

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万能鑑定士Qに関心を向け、読み進めてきたシリーズは次のものです。
こちらもお読みいただけると、うれしいです。

『万能鑑定士Qの攻略本』 角川文庫編集部/編 松岡圭祐事務所/監修

☆推理劇シリーズ

『万能鑑定士Qの推理劇 Ⅱ』
『万能鑑定士Qの推理劇 Ⅲ』
『万能鑑定士Qの推理劇 Ⅳ』 

☆事件簿シリーズは全作品分の印象記を掲載しています。

『万能鑑定士Q』(単行本) ← 文庫本ではⅠとⅡに分冊された。
『万能鑑定士Qの事件簿 Ⅲ』
『万能鑑定士Qの事件簿 Ⅳ』
『万能鑑定士Qの事件簿 Ⅴ』 
『万能鑑定士Qの事件簿 Ⅵ』
『万能鑑定士Qの事件簿 Ⅶ』
『万能鑑定士Qの事件簿 Ⅷ』
『万能鑑定士Qの事件簿 Ⅸ』
『万能鑑定士Qの事件簿 Ⅹ』
『万能鑑定士Qの事件簿 ⅩⅠ』
『万能鑑定士Qの事件簿 ⅩⅡ』


『騙されたあなたにも責任がある 脱原発の真実』  小出裕章  幻冬舎

2014-10-06 09:43:00 | レビュー
 2012年4月に出版された新書である。福島第一原発爆発事故発生の1年後の出版だ。本書の内容は事故発生後に著者が様々なところで講演し論じてきている内容の集約版の1冊とも言える。従って、Youtubeの動画で流布している著者の講演記録をいくつか視聴していけば、ほぼこの本の内容が得られるというのが一つの読後印象だ。

 とはいえ、活字になった集約版にはいくつかのメリットがある。
1.内容が整理編集されている。
 本書では、3章構成にまとめられている。「1なぜ東電と政府は平気でウソをつくか」「2さらなる放射能拡散の危機は続く」「3汚染列島で生きていく覚悟」という具合である。
 そして各章は疑問点に答えるという形式、Q&Aスタイルで編集されているので、「まえがき」の項目を具体的に読んでいけば、読者の抱く疑問点、不安事項を多分見いだすことができるだろう。なぜなら、数多くの講演会後の質疑応答やラジオのインタビューによる質疑応答などで、一般国民の頻度の高い疑問点や不安事項はほぼ出尽くし、それがまた講演会の内容に反映していくという経緯があるだろうからである。
2.「まえがき」を疑問・不安に関係するキーワードでスキャンして、即座に自分の関心事からまず読み始めることができる。動画の場合、なかなかそうは行かない。また、動画を視聴していたとしても、必要箇所を再度見直す・聞き直すという時は不便である。この点が活字本は効率よく再アクセスできる。
3.いくつかのページ、箇所をパラレルに参照しながら考え方を整理してみるということや部分的繰り返し読みや対比読みなどをすることで、深読みしていくことも可能である。
 という意味で、Youtubeで公開されている様々な場所での著者の講演動画を見ていたとしても、この本を頭の整理というために役立てるのがよいだろう。私自身が著者のYoutube動画を数多く視聴してきた経験からの印象でもある。改めて理解を深めた箇所がいくつもある。

 本書のタイトル「騙されたあなたにも責任がある」は著者が講演の中で幾度も発言してきたフレーズである。この言葉は、一種反語的な強烈さを秘める。究極での「責任」という意味合いがあると感じる。
 原子力という学問領域を専攻した著者は、その結果反原発という立場にたち過去営々と活動してきている。「何とかこんな悲劇が起きる前に原子力をやめさせたいと思っていた」という思いが根底にある。だから「原子力をやめさせられなかった責任」を痛烈に意識している人だ。その原点は「私がどんなことをいっても、みなさんには届かなかったのです」と語る。
 私自身、恥ずかしながら小出裕章・著者を知ったのは、福島第一原発爆発事故後である。「国とかマスコミを含めて、原子力は安全だということしか流さなかった」ということに、それほど意識せずに過ごしていたのが実態だった。原子力安全神話を信じていたわけではないが、安全神話が造り出されてきたカラクリに目を向けてみるという意識を持っていなかった。電気エネルギーの発生源くらいにしか認識していなかったというべきだろう。原爆の悲劇と原発の悲劇を結びつけるという考えを深めて行くなどという発想を持たなかったという点で、原子力安全神話に乗せられてしまっていたのだろう。今、改めて情報の流布環境、情報操作ということを、遅ればせながら意識している次第だ。
 結果として問題意識が生ませない情報環境づくりの中で「普通の国民のみなさんがそれに騙されたということは、仕方のないことだと思います」と著者はまず、そのことを認めている。本書タイトルの意味は、その先にある。「騙されたから仕方がない」というところに留まるなという点だ。そこで思考停止してしまえば、「また騙されるという歴史が続いてしまいます」ということこそ重要なのだ。比喩的に言えば、第二次世界大戦中の一般国民は大本営発表に騙されてきた。原発推進は原子力安全神話形成という情報環境に騙されてきた。商業主義のマスコミもその神話形成に一翼を担っていた。ある意味、大本営発表的な行動パターンである。それしか情報が届かないと、「また騙されるという歴史」が続いたパターンである。二度あることは三度ある、というが、そのパターンから脱却することがまず必要なのだという反語的表現なのだろう。「騙されたなら騙されたことの意味を考え責任を取る」(p194)というフレーズこそ、本書タイトルの意味なのだ。まず、騙されたことの意味、なぜ騙されたのかを考えてみることが責任を取る始まりなのだ。思考操作、情報操作されていた自分を知ることから出発する責任があるよ、ということだ。適切で正確な情報を入手し、考え、己の知性を磨くことから始めるべきだということだろう。
 本書は、原子力安全神話から脱却するための基本的な情報が数多くの講演プロセスを経て、「騙されたことの意味」を考える材料、情報をわかりやすく説明している。疑問、不安の解消の手始めとして、騙された手口を再認識するための入門テキストとして有益である。
 著者は一見、極論的発言をしている。だが、そこにはきっちりとした論理・理屈が内在している。著者の発言は、己のなした行動に対する結果責任をきっちり考えて、その責任をとること、行動で示すことが当たり前のことだろうという原則論に立脚している。行動としての問題解決への対策の取り方は様々なレベルが存在する。著者は、時折究極的な対策(極論的行動)をボンとまず提示しているに過ぎない。この極論的発言こそが、私たちにとっては「騙された意味」を考えるトリガーとなるように思う。
 著者は「個人が自分の責任をかけて発言することでなければダメ」だという立場を堅持する。原子力ムラの無責任体制を糾弾している。「責任」の重みである。

 いくつかの極論的発言を拾い出しておこう。著者の真意は何か? それを本書のQ&A式編集の中から読み込んでいただくと、「騙された意味を考える」ことになっていくと思う。極論は真剣に考えるためのインパクトなのだ。

*汚染された食べ物は、大人たちが責任に応じて食べるしかない。      p4
*国会の議員食堂や東電の社員食堂は猛烈な汚染食品で献立を作ればいい。  p5
*(汚染土は)腐食しない容器に入れて、東京電力の社内や国会議事堂に積み上げて欲しい。  p37
*(爆発事故で)原発から飛び散った放射性物質を、自分は知らない(東電の所有物でない)というのは無責任な会社です。  p58
*私から見ると、いまだに米国の属国だという感じがします。   p102
*国会議員の方はみなさん除染できたという土地に住んでほしい。 p113
*汚染はまず、東京電力福島第一原子力発電所に返せばよい。   p187

 一方で、いくつかの基盤となる基本情報の説明も見逃せないので、覚書を兼ねて本書から列挙しておきたい。当たり前だろうという説明もあるかもしれないが、それこそ議論で見落とされ、上滑りする可能性もあるのだから。(原則引用だが煩雑さを避けるために一部要約した箇所も含む。)詳細は、勿論本書をお読みいただきたい。
*IAEA-原子力を進める、世界的な原子力村の総本山-から見ても、なおかつ日本のやり方がおかしといっている。  p24
*国が率先して法律破りをしている。・・・汚染地帯に人が帰ってもいいと、日本の政府が決めたのです。  p26
 1年間に1ミリシーベルトという、国の法律を守れないような世界にすでに変わってしまっている。  p46
*猛烈な被曝環境の中で、きちっとした工事をすることは難しい(のが汚染された現場である。) p29
*風が吹いた歩行に汚染が広がる。  p31
 避難すればいい、といっても方向が問題なのです。  p143
*ストロンチウムのように、水に溶けにくいものは、土に汚染が溜まり、生き物を汚すということになる。  p36
 セシウム137は半減期が30年。汚染は長い間、その地下に残る。  p49
*ロンドン条約という国際条約で放射性物質を海に捨ててはいけないことになっている。 p38
*(広大な立ち入り禁止の汚染された)砂漠の中の(除染して立ち入り可能な)オアシスのような形では、生活自体が成り立たない。  p56
 森林の土を剥ぎ取ることはできません。   p112
*(運転稼働した)原子力発電所で絶対に交換できない部品が(原子炉本体の)原子力圧力容器そのものであること。  p67
*今現在も、溶けた炉心、燃料がどこにあるのかもわかりません。  p79
*東日本大震災で、広範囲に岩盤が割れていますから、余震はこれからも必ずある。p90
*実測は計算よりも大切だ。  p105
*(放射性物質の)「崩壊熱」は止められない。何をやっても止めることができない熱が原子炉の中で21万キロワット出るのです。  p133
*原子力発電所を全廃しても電気が足りる。 p148
*原子力の単価が高くても、電力会社は儲かる仕組みがあった。  p150
*世の中すべてが汚れてしまった。汚染の少ないものから、猛烈に汚れているものまで、連続的にあるだけなのです。  p158
*外部からの被曝の意味では、ガンマ線だけが問題。体の中に取り込んでしまうと、ベータ線あるいはアルファ線を出す物質がむしろ危険。放射線が体の中にすべてのエネルギーを落とすので。つまり、注意のしかたが異なることになります。   p161
*きちっと測定をして、それを公表し、汚染の少ないものを子どもたちに回せるようなシステムを作らなければいけない。  p164
*高速増殖炉「もんじゅ」は、開発には1兆円かかり、さらに停止している間にも維持費が年間二百数十億円かかる。    p182

 騙された意味を考え責任をとるとは、行きつくところは「脱原発」への行動をとることなのだ。原発の維持と核兵器開発・所有の潜在的能力がコインの両面とみられているなら、なおさらである。本書ではプルトニウムの問題について「兆優秀な核兵器材料が作れるという性質」という点で高速増殖炉にわずかに触れているだけである。
 もうこれ以上騙されないためには、基礎的な情報をきっちりと知ることが大事である。そのための入門書になるだろう。

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本書に関連する事項をネット検索してみた。一覧にしておきたい。
2014.5.24 小出裕章氏講演会&伊方とほんとうのフクシマ」写真展  :YouTube
小出裕章 福島原発「事件」後を生きる 7/5【IWJ_KYOTO1】 :YouTube
小出裕章さん講演会「原子力と核 -戦後世界が戦前に変わる日-(前半)」(2014年6月18日 沖縄大学) :YouTube
小出裕章さん講演会「原子力と核 -戦後世界が戦前に変わる日-(後半)」(2014年6月18日 沖縄大学) :YouTube

児玉龍彦氏「あらためて内部被ばくを考える~未来のためにただしい知識を~」20130418 : YouTube


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今までに以下の原発事故関連書籍の読後印象を掲載しています。
読んでいただけると、うれしいです。


『福島の原発事故をめぐって いくつか学び考えたこと』 山本義隆  みすず書房
『対話型講義 原発と正義』 小林正弥  光文社新書
『原発メルトダウンへの道』 NHK ETV特集取材班  新潮社
『チェルノブイリ・ダークツーリズム・ガイド 思想地図β vol.4-1』 東浩紀編 genron

『原発ホワイトアウト』 若杉 洌  講談社  ←付記:小説・フィクション
『原発クライシス』 高嶋哲夫  集英社文庫 ←付記:小説・フィクション

原発事故及び被曝に関連した著作の読書印象記掲載一覧 (更新2版)