遊心逍遙記

読書三昧は楽しいひととき。遊心と知的好奇心で本とネットを逍遥した読後印象記です。一書がさらに関心の波紋を広げていきます。

『MARGRET & H.A.REY'S Curious George Goes Camping』 Houghton Mifflin Company

2022-10-31 21:32:53 | レビュー
 これは、H.A.Rey 没後、 さらにMargret も没した数年後に出版された絵本。
Vipah Interactive が H.A.Rey 様の絵を描いている。英語絵本電子書籍版で読んだ。1999年の著作権となっている。ナレーションがついている。

 ジョージと友達・黄色帽子の男は、キャンプに出かける。キャンプ場に着くと早速、テントを張ることから始まる。テント張りを手伝っている積もりが逆に足手まといになっているジョージは、友達からポンプ場に行きバケツに水を汲んできてと頼まれる。水を汲んだバケツを持って戻る時、キャンピを終え荷物を梱包している傍で女の子がキャンプファイアに水をかけているのを見て、やってみたくなる。ジョージはその隣りのキャンプファイアにバケツの水をかける。起こした火を消されたキャンパーに追いかけられる羽目に。逃げるジョージはキャンプ場から離れてしまう。そして、森の様々な動物たちと出会う。スカンクとも出会い、ガスを浴びて全身に臭いが染みつくことに。ジョージは臭いを消すのに、小川に飛び込んで洗い、木に登り体を干す。
 すると動物たちがこちらに逃げてくるのを木の上から見て、彼方に山火事が起きているのを発見! ジョージはバケツに小川の水を汲み、火を消しに駆けつける。ジョージが火を消し止めたとき、森林警備隊員と黄色帽子の男が現場に駆けつけてきた。
 お手柄ジョージ! だけど、スカンクの発した臭いはまだ消えていず、二人を困らせる。ジョージはなんと黄色帽子の男にトマトジュースを満たした浴槽で体を洗ってもらい、すっかり臭いを消すことができた。なぜトマトジュースなのか、疑問が残るが・・・・。
 最後は、キャンプファイアで好物のマシュマロを焼いて食べるというハッピーエンド。 この絵本もまた、好奇心旺盛なジョージの失敗をまじえた冒険譚である。
 本書を見る子供たちは、キャンプそのものを想像し、またジョージの冒険に心躍らせることだろう。

 文が比較的長めなので、年長の子供たち向けの絵本だろう。こちらのシリーズには対象年齢の表示はないが・・・・。

 キャンプ場に着いた場面の最初の文は、 
At the campsite the man with the yellow hat unpacked their gear while George looked
at all the tents. である。
gear という単語に「道具(ひと揃い)、装備」という意味があるのを知った。私は車のギアという意味でこの単語を覚えていたので。
 水汲みに行くジョージに黄色帽子の男は、
Now don't wander off and get into trouble. と注意する。wander off が「迷い込む、迷う」という意味で使えることをこの絵本で知った。単純に、lose one's way を思い浮かべてしまうのだが。
 この絵本でも擬声語、擬態語と言われる類いの単語が出てくる。sizzle (じゅうじゅういう)、splash (はねかえす、飛び散らかす)、scrub (ごしごしこすって洗う)、hiss (シューっという音をたてる、ジューっという音)。こういう単語が出てくるのは絵本の特徴だろうか。生活用語として自然に出てくる言葉なのだろう。
 ジョージが山火事の源の火消しをする場面で、Out went the fire with a big hiss! という文が記されている。ジューっと大きな音を立てて火が消えた、という一文だ。この文、意識的に倒置法で強調して記述されている。The fire went out with a big hiss. では平凡な感じで、その場の雰囲気が出ないからだろう。こういう使い方も自然に学んでいくのだな・・・と思った。
 
 絵本の裏表紙には、ジョージの大好物マシュマロを使ったレシピが載っている。
 その見出しは、Scrumptious S'mores 。この2つの言葉、全く知らなかった。辞書を引くと scrumptious は「<食事など>すごくおいしい、すてきな、すばらしい」という意味。もう一つの、s'more は手許の1984年出版と1985年出版の英和辞典2冊には載っていない。2014年出版の辞典にはちゃんと載っていた。「⦅米⦆スモア≪焼いたマシュマロとチョコレートをクラッカーにはさんだキャンプのデザート≫」(『ジーニアス英和辞典第5版』、大修館書店)英語の辞典も変化しているんだな・・・・と感じる。
 ウィキペディアの英語版をネット検索してみると、S'more の項がちゃんとある。その冒頭の記述を引用しておこう。
 A s'more is a campfire treat popular in the United States and Canada, consisting of
one or more toasted marshmallows and a layer of chocolate sandwiched between two
pieces of graham cracker.

 裏表紙のレシピの中には、graham cracker が勿論出てくる。クラッカーはわかっていても、graham cracker と言われると、私にはピンと来なかった。辞書を引けば「全麦のクラッカー」だそうである。

 英語絵本から学べることが、私にはけっこうある。気軽に楽しめるところがいい。

 ご一読ありがとうございます。

余談ながら、ちょっとネット検索してみた。一覧にしておきたい。
スモア  :ウィキペディア
S'more    From Wikipedia, the free encyclopedia
「スモアの日」とは    :「エイワのマシュマロ」
スモアって何?簡単で美味しいスモアの魅力とレシピをご紹介! :「Campify magazine」
スキレットで作る! スモア :「DELISH KITCHEN」

インターネットに有益な情報を掲載してくださった皆様に感謝します。

(情報提供サイトへのリンクのアクセスがネット事情でいつか途切れるかもしれません。
その節には、直接に検索してアクセスしてみてください。掲載時点の後のフォローは致しません。
その点、ご寛恕ください。)


 こちらもお読みいただけるとうれしいです。
『Curious George Takes a Trip』   Houghton Mifflin Company
『MARGRET & H.A.REY'S Curious George and the Puppies』
                  Houghton Mifflin Harcour
『Curious George Color Fun』 Houghton Mifflin Harcourt
『MARGRET & H.A.REY'S Curious George and the Pizza Party』
                  Houghton Mifflin Harcourt
『MARGRET & H.A.REY'S Curious George Goes to the Beach』
                  Houghton Mifflin Company
『MARGRET & H.A.REY'S Curious George Makes Pancakes』
                  Houghton Mifflin Company
『MARGRET & H.A.REY'S Curious George Goes to the Zoo』
                  HOUGHTON MIFFLIN HARCOURT
『Curious George's First Day of School』
                  Houghton Mifflin Harcourt
『Curious George Goes to the Hospital 』 MARGRET & H.A.REY
                  Houghton mifflin Harcourt
『Curious George Learns the Alphabet』 H.A.REY
                  Houghton Mifflin Harcourt
『Curious George and the Birthday Surprise』 MARGRET & H.A.REY
                  Houghton Mifflin Company
『Curious George Goes to a Movie』 MARGRET & H.A.REY
                  Houghton Mifflin Company

『転生 越境捜査』   笹本稜平  双葉文庫

2022-10-29 17:53:46 | レビュー
 越境捜査シリーズ第7弾。2019年4月に単行本が刊行され、今年(2022)2月に文庫化されている。文庫本のカバー表紙折込に記された著者プロフィールの末尾の「21年、逝去」を読み愕然とした。知らなかった! 調べてみると、著者は2021年11月22日に急性心筋梗塞のため死去。享年70歳。訃報は今年1月14日に公表されたという。気づかなかった。
 また一人、愛読作家が冥界に去って行った。嗚呼! 合掌・・・・・。

 併せて調べてみると、この越境捜査シリーズは『相剋』(2020年)、『流転』(2022年)の2作が単行本化されている。惜しくも第9作で終わることになる。この2作も今後読み継いでいきたい。他にも沢山読み残している。

 さて、この第7弾。日曜日の午前10時過ぎ、鷺沼が携帯の呼び出し音で叩き起こされる場面から始まる。相手は宮野だった。鷺沼友哉は警視庁捜査一課特命捜査対策室特命捜査第二係の警部補。宮野裕之は神奈川県瀬谷警察署刑事課の巡査部長。腐れ縁が続いている。宮野は鷺沼に儲け話があると言い、例によってギャンブルですり、鷺沼のマンションに居候をしようとする算段だった。宮野は、30年前の話を持ち出した。瀬谷署管内にある老人ホームの入所者が死ぬ前に警察に話しておきたいことがあると連絡してきた電話を宮野が受けた。その老人の名は葛西浩二。彼は、マキオスの会長、槙村尚孝は原口敏夫のなりすましだと言う。30年前に、葛西は原口と共謀し、世田谷の豪徳寺にある槙村尚孝の留守宅に泥棒に入ったが、物色中に槙村が戻ってきた。原口が金槌で槙村を殺害し、何も奪わずに逃げたという。マキオスは消費者金融の最大手。最近はIT分野にも手を広げている。槙村は資産総額では日本のトップテンの常連だという。
 鷺沼は頭から与太話と相手にしない。そんなところに、刑事部屋で当直している井上から白骨死体発見の通報が入る。検視官の見立てだと、30年くらい前のもの。頭部に鈍器で強打されたような陥没骨折の痕が見られ、殺人の可能性が高い。現場は世田谷の豪徳寺と告げる。
 単なる偶然の一致なのか? 宮野の話が頭の隅に留まるまま、鷺沼は現場に向かう。帳場が立つ様子は全く無し。所轄北沢警察署の新里課長との話し合いで、この事件を三好・鷺沼たちが預かることになる。

 30年前の白骨死体。それを糸口にして、鷺沼と井上は、聞き込み捜査での情報収集から捜査を始めて行く。このストーリー、捜査活動における華やかさは全くといえる位にない。インターネットの活用と足で稼ぐ地道な捜査が延々と続いていく。読者にとってはどのような捜査アプローチが可能かという点が読みどころといえようか。捜査活動の実態とはそのようなものかもしれない。その地道な捜査による関連情報と証拠の累積、時によっては試行錯誤により犯人に迫っていくことになる。

 このストーリーでは鷺沼、井上たちはどのような捜査行動を積み上げて行くのか。その手法やアピローチのしかたを、捜査の進展に沿いながら列挙してみよう。
1.宮野の掴んだ情報の整理とその裏付け事実の確認:警視庁犯歴データベースの活用
2.葛西老人が証言する原口についての身上照会捜査
3.白骨死体現場の鑑識捜査の結果からの関連捜査
4.白骨死体の頭部に対するスーパーインポーズ法の活用検討
5.白骨死体発見現場の家屋・土地の登記記録の調査・確認
6.マキオス会長についての公開情報のリサーチ
7.マキオス会長槙村尚孝の人間関係、友人等の調査と聞き込み捜査
8.マキオス会長槙村尚孝の自宅住所から住民票等の追跡捜査
9.インターネットから削除された記事の執筆者が行方不明:それに関連した捜査
10.マキオス会長槙村尚孝の行動確認捜査
11.非公式ではあるが、葛西老人に白骨死体発見現場付近を現地確認させる
12.現場周辺での30年前の状況についての聞き込み捜査
13.第9項の行方不明者(川井)の死体発見に伴う捜査への参加。その後の追跡捜査
14.白骨死体の頭部に対する科捜研の復顔作業 ⇒復顔結果での聞き込みと読みの外れ
  だが、葛西老人から新たな証言を得る。その顔は中西輝男だと。
15.中西輝男の身上照会捜査と聞き込み捜査
16.捜査対象アパートの監視捜査
17.銀行口座の照会捜査:隠匿資産の解明
18.行き着いた仮説に従って、鷺沼、井上たちは証拠発掘の行動を開始
19.捜査の詰め。張り込み・追跡ほか

 捜査方法を抽出しまとめるにあたり、見落としがあるかもしれないが、これらの捜査活動で時には読み筋違い、紆余曲折を経ながらも、現槙村尚孝=原口という事実の立証に迫っていく。事件後の犯人捜しではなく、犯人であることへの証拠固めの捜査をするという反転ストーリーであるところがおもしろい。
 さらに、マキオスという会社にはもう一つ事業経営上の重要な動きが生じて来る。そしてそこには、原口を手玉に取る形の人物が登場してくることに・・・・。鷺沼はその人物とも対峙していくことになる。その人物の犯罪行為の立証はこれまでの捜査プロセスでの証拠に基づくというこの最終ステージへの一捻りが興味深い。

 視点を変えると、様々な行政手続き、法律行為を意図的に悪意で組み合わせれば、如何に犯罪行為を生み出せる余地があるかという側面を描き出している。このストーリーでは犯罪行為が暴かれて終焉する。
 だが、その一歩手前の法の悪用レベルが実際に罷り通っているかも・・・・。そんな思いを抱かせる。

 葛西老人の宮野に対する証言から始まったこのストーリー、著者は宮野のためにおもしろいオチを最後に書き加えている。

 ご一読ありがとうございます。

この印象記を書き始めた以降に、この作家の以下の作品を順次読み継いできました。
こちらもお読みいただけると、うれしいかぎりです。
『最終標的 所轄魂』   徳間書店
『危険領域 所轄魂』   徳間文庫
『山狩』   光文社
『孤軍 越境捜査』   双葉文庫
『偽装 越境捜査』   双葉文庫

=== 笹本稜平 作品 読後印象記一覧 === Ver.1 2022.1.22 時点 20册

『écriture 新人作家・杉浦李奈の推論Ⅲ クローズド・サークル』松岡圭祐 角川書店

2022-10-28 17:29:10 | レビュー
 杉浦李奈の推論シリーズの第3弾。変則的な順番で読んできたので、この推論Ⅲを読み、杉浦李奈と櫻木沙友理が出会うきっかけが理解できた。勿論、本書もまたこれだけで独立した小説なので、どちらを先に読んでもそれほど影響はない。
 本書は、2022年2月に文庫書き下ろしとして刊行されている。

 講談社の書籍編集部のフロアー、担当編集者松下登喜子の席の傍で、杉浦李奈が対座し、李奈の原稿について松下登喜子の意見を聞いている場面から始まる。既に触れているが、この杉浦李奈シリーズ、出版業界の舞台裏が表に出て来くる。いわば出版業界の裏事情とミステリーを掛けあわせたフィクションである。この場面もまた、編集者のスタンスによる婉曲的なダメ出しと作家李奈の立場をリアルに寸描する。新人作家は弱い立場! 松下は「櫻木沙友理みたいなのが、いまは評判だし」とぼそりと言う。
 「彗星のごとく出現した二十代半ばの女流作家、京都出身の櫻木沙友理。世に出た書き下ろし小説はたった二作。いずれも単行本ながら百万部突破の快挙を達成」(p11)でブームに湧く最中だった。いまや猫も杓子も、櫻木沙友理。各社の編集者もまたしかり・・・。版元は中堅どころの爽籟(そうらい)社。担当は文芸編集者の榎嶋祐也。大手各社が担当編集者に紹介を依頼しても、作家櫻木への橋渡しをしないという。「文芸編集者は作家の連絡先を、互いに教えあうのが業界の不文律なんだけどね」と登喜子がぼやく(p12)。つまり、読者からすれば、ここにも出版業界の一端が垣間見え、そういうものか・・・・と。

 勿論、李奈は櫻木沙友理の著書を手に取り作家の目で深く読み込みブームを生み出した神髄を探ろうとする。櫻木の作風、作品の構成がどういうスタイルかが述べられていく。これがいわば後に読者の思考を惑わせる伏線になっている。
 李奈はKADOKAWAの担当編集者菊池からも、松下と同様の本音を聞くことに・・・・。
 爽籟社が第二の櫻木沙友理を発掘するという名目で、新たに新人作家を公募するというニュースが報道される。それを文芸編集者榎嶋が担当するという。
 李奈と友人作家那覇優佳の二人はこの公募に応じる。この公募プロセスもまた、業界の舞台裏としてストーリーに組み込まれていく。李奈と優佳は選考の結果、最終合格者に名を連ねた。
 最終合格者は8名。榎嶋は最終合格者を瀬戸内海のリゾートアイランド、汐先島に招待するという案内を李奈に送ってきた。そこは小豆島や直島に近い孤島。オフシーズンなので高級宿泊施設を貸し切りだという。この宿泊施設は「クローズド・サークル」と称されていた。もともと櫻木沙友理の写真集撮影の為に島ごと3日間借り切ってあり、祝賀会と今後の説明会を兼ねる。櫻木沙友理もこの汐先島の催しに参加するというのだ。

 汐先島に全員が集合した。担当編集者の榎嶋祐也。話題の作家櫻木沙友理。李奈と優佳を含めた最終合格者8名。写真撮影を担当するフリーのスチルカメラマン・曽根貴之。調理人兼世話係として臨時雇用された池辺亮介。島に滞在する人数はこれだけ。
 李奈と優佳は汐先島に最後に着いた。優佳はふと、オーウェン著『そして誰もいなくなった』という海外推理小説の兵隊島を想起する。
 宿泊施設に着くと、李奈と優佳は先着の最終合格者6人と相互に自己紹介と自著書の交換をした。自著書の交換に参加しなかったのは、40代の作家蛭山正市だけだった。彼は18禁、官能小説専門だと他の最終合格者矢井田純一が補足説明した。

 建物の近くの草地にはロープが張られていて立入禁止。トリカブトが群生していることによると公式サイトには説明がある。汐先島は小豆島や直島に近い孤島。3日目まで迎えのクルーザーはやって来ない。カメラマンの曽根はこの島ではスマホでの通信ができないとぼやいていた。彼はジャマーを仕掛けてケイータイ電波を妨害しているのか、と榎嶋に不満をぶつけた。初日の撮影場所に櫻木沙友理が現れなかったことへの不満も抱いていた。曽根と榎嶋は大学生ころから知人関係だという。一方、20代後半の安藤留美と40代の篠崎由希は、櫻木沙友理を目にし昼食に誘ったが拒否されたという。20代後半の渋沢晴樹と同世代の矢井田も櫻木沙友理と言葉を交わしたが、気分を害したという。

 李奈と優佳は空いている二部屋にそれぞれの荷物を入れる。部屋のライティングデスクにはタブレット端末が設置されていた。インターネットにはつながらない。画面には、ドアの画像と”翌朝七時、この扉が開く”の一文が表示されるだけ。そこには謎めかした演出が見られた。

 ダイニングルームには12人が座れる円卓が据えてある。そこで第1日目の夕食会が始まる。櫻木沙友理は現れなかった。池辺はメインディシュ1名分とパンが少々消えていると皆に報告した。榎嶋は身勝手な櫻木を待つ必要はないと夕食会を始める。
 榎嶋はカレースープをすすりだして、しばらくすると、突然、呻き声を発し、椅子ごと後方に倒れた。蘇生措置もAEDも役に立たなかった。榎嶋が死んだ。
 警察に連絡しようとしたが固定電話も通じ無かった。優佳が厨房の床、タイル上に粒状の物体が散らばっていることに気づく。トリカブトとの関係が想起される。
 ここからミステリーが始まって行く。

 瀬戸内海の孤島。物理的な音信は不通。姿を見せない櫻木沙友理を含めて、汐先島に滞在するのは12名。榎嶋が毒殺された。李奈と優佳を除くと、榎嶋を殺害する可能性のあるのは9人。ベストセラー作家櫻木沙友理と直接の利害関係があり得るとすれば、最終合格者のうち、李奈と優佳を除く6人。榎嶋との直接の長期の利害関係のあるのは、櫻木沙友理えお含めて7人になる。誰が犯人なのか。
 クローズド・サークルの建物内を中心にし、彼等は相互監視の状態に進展して行く。誰が榎本に毒を盛ったのか? 
 夕食を経て、一通りこれまでの情報の整理はできても動きはない。

 この小説の興味深いところは、出版界の内部事情に絡んで起こった事件というところにある。本を出版するとはどういうことか。その出発点にも関わっている。著作権、出版契約ということとも大きく関わっている。編集者と作家との力関係、人間関係もからんでいる。榎嶋はこの汐先島に櫻木沙友理と最終合格者を集合させた意図はなにだったのか。性格的にも扱いにくいベストセラー作家を一層鼓舞するために、最終合格者を当て馬として集めたのか。逆に、櫻木沙友理に見切りをつけ、新規に作家を育てるという宣言のために最終合格者を集めたのか。

 謎解きが始まって行く。タブレット端末に表示された”翌朝七時、この扉が開く”が何を意味するのか。榎嶋が何を指示するつもりだったのか、そこから何等かの動きが見え始めるのだろうと。それをひたすら待つことになる。
 榎嶋の意図を読み取ることから全ては始まることに。

 この先は本書を開いていただきたい。李奈たちには次々に作家に対してらしき課題が提起されるという展開になっていく。

 出版業界の舞台裏情報が各所に散りばめられている。この点がいわば副産物としておもしろい。いくつかご紹介しよう。
*心のどこかで登場人物たちを突き放し、執筆は仕事にすぎないと割り切る。作業感を自覚することで、罪悪感や恐怖から著者自身の精神状態を守ろうとする。それが小説家の心理というものだ。一見グロテスクに思える作品も、じつは書き手は読み手ほどには、作中世界に入り込んでいない場合が多い。思い入れが稀薄であればこそ、陰惨な描写も可能になる。  p16
*新人扱い・・・・。いまもそう変わらない。売れた本のない作家は実績なしと変わらない。  p32
*下読みの人間が水準以上の原稿だと評価、さっきこの男性はそういった。どの文学新人賞の公募にも、まず応募作品に目を通す下読みスタッフがいる。手早く読んで可否を審査し、一次選考に残すか否かを判定する。下読みはプロのライタアーから社員までさまざまだ。出版界にはありふれた仕組みだった。  p36-37
*小説家は新人のうち、担当編集者としか顔を合わせない。中小出版社の場合、打ち合わせはたいてい喫茶店かファミレスだ。作家がみずから会社を訪問し、上司を紹介されないかぎり、ほかの誰とも知り合いにはならない。社内でも作家に関することは、担当編集者がすべて処理する。サイン会などイベントに出席しない作家は、版元のほかの社員と会うことがない。ただ著書が出版の運びとなれば、刊行だけはされていく。 p273

 この小説は作家たちが登場人物であることにもよるのだろうが、やたらに文学作品が話材に登場することである。これは著者の読書領域の広さを意味するのか。あるいは、この小説のためのキャラクター作りに関連したリサーチによるにだろうか、どんな著者・作品が出てくるか、列挙してみよう。拙文をお読みの読書好きの貴方は、この列挙にどんな印象を持たれるだろうか。
 幸田文『季節のかたみ』、青木玉『小石川の家』、須賀敦子『コルシア書店の仲間たち』、白洲正子『かくれ里』、庄野潤三『庭のつるばら』、大岡昇平『野火』、野坂昭如『火垂るの墓』、ジャック・ケッチャム『隣の家の少女』、夢野久作『ドグラ・マグラ』、オーウェン『そして誰もいなくなった』、横溝正史『八つ墓村』、オスカー・ワイルド『アーサー卿も犯罪』、太宰治『魚服記』・『道化の華』・『列車』・『逆行』・『ロマネスク』、川端康成『眠れる美女』、谷崎潤一郎『痴人の愛』・『春琴抄』、パーシヴァル・ワイルド『ミステリー・ウィークエンド』、カーター・ディクソン『九人と死で十人だ』・『一角獣の殺人』、パトリック・クェンティン『八人の招待客』、エラリー・クイーン『シャム双子の殺人』、エリス・ピーターズ『雪と毒杯』、ドット・ハチソン『蝶のいた庭』、デカルト『方法序説』、ポアロ『カーテン』という具合である。そのジャンルの幅が広い。私には著者名すらこれが初見という人がかなり居る。この中で、読んだ本はほんの数冊に過ぎない・・・・。
 文脈に沿い著者・書名が登場し、その本の要点に触れるあるいは絡める形で言及されるのだから恐れ入る。

 李奈の推論において、仮説設定が二転・三転するところに、ついつい振り回される。その分結果的に巧妙なストーリー構成を楽しむこととなる。
 「クローズド・サークル」はダブルミーニングだった。

 ご一読ありがとうございます。

こちらもお読みいただけるとうれしいです。
『千里眼の死角 完全版』  角川文庫
『小説家になって億を稼ごう』  松岡圭祐   新潮新書
『ecriture 新人作家・杉浦李奈の推論Ⅳ シンデレラはどこに』  角川文庫
『ecriture 新人作家・杉浦李奈の推論Ⅱ』 角川文庫

松岡圭祐の作品 読後印象記掲載リスト ver.3 総計45冊  2022.9.27時点


『恋ふらむ鳥は』  澤田瞳子   毎日新聞出版

2022-10-27 17:20:45 | レビュー
 古代歴史小説。飛鳥時代末期に生きたに額田王(ぬかたのおおきみ)が主人公である。歴史年表風に言えば、斎明天皇(皇極重祚)の末期、「660年10月:百済、唐・新羅に敗れ、救援を求めるが、百済滅亡。661年1月:新羅征討の軍進発、斉明天皇親征。同年7月:斉明天皇没」の時期から始まり、天智天皇・弘文天皇の時代に活動し、「672年:壬申の乱」の過程を生きた額田王を中心にしてこの時代の王朝内部の政治的確執の実態を描く。史実を踏まえその空隙に想像力を羽ばたかせて、フィクションとして額田王と主要登場人物を織りなした作品となっている。飛鳥時代への興味が高まることだろう。
 「毎日新聞」(2020年5月16日~2021年6月30日)の連載も加筆修正されて2022年7月に単行本が出版された。

 本書の後半に、「古しへに 恋ふらむ鳥は 杜鵑(ほととぎす) けだしや鳴きし 我念(おも)へるごと」という歌が詠まれている。本書のタイトルは、この歌に由来する。そして、著者は額田にはこの歌について「誰に求められたものでも、誰に捧げるものでもない。これは自分だけの歌だ。」(p531)と言わせている。
 額田は最終ステージで「わたしは歌詠みなのだから--」(p529)と唇だけで呟くに至る。額田にそう認識させるに至らせたのはなぜなのか。それがこのストーリーで語られることになる。
 「讃良は額田を敗者と嗤っていよう。だが、そんなことはどうでもいい。自分が何を成したかは、すべて歌に刻まれている。何を感じて生きたかは、歌だけが知っている。それだけが、誰にも侵しようのない事実だ」(p559-560)と。

 ストーリーは額田王を中軸にして、額田の視点から主な登場人物が鮮やかに描き込まれていく。まず、主な登場人物の人名と歴史年表で目にする人名表記について対比しておきたい。
  宝女王(たからのおおきみ、斉明天皇)
  額田(額田王)
  葛城王子(かつらぎのみこ、中大兄皇子・天智天皇)
  大海人王子(おおあまのみこ、大海人皇子・天武天皇)
  伊賀[大友]王子(弘文天皇)
  讃良王女(ささらひめみこ、天武天皇の皇后・持統天皇)
  漢王子(あやのみこ) ⇒ 葛城と大海人の異父兄
    学習参考書の歴史年表には登場しないが、宝女王と高向王との間の子
  中臣鎌足 葛城王子の内臣

    あかねさす紫野行き標野行き野守は見ずや君が袖振る(万1-20)

 額田王が詠んだこの歌はよく知られている。
 この歌に対して、大海人王子は、

    紫のにほへる妹を憎くあらば人妻故に吾恋ひめやも

と応じたとされる。
 私は何となくこれらの歌を相聞歌と思い込んでいたのだが、この額田王の歌には「天皇の蒲生野に遊猟したまへる時、額田王の作る歌」と詞書が付き、雑歌として収録されているので、宴の中で交わされた歌だという。その意味合いが全く変わることになる。本書ではこの二首の歌が、ナルホドと思える場面で効果的に織り込まれている。
 『万葉集』には額田王の歌が様々収録されている。これらがどのような状況下、場面で詠まれたのか。著者はそれらの歌をストーリーの要所要所に適切に織り込んでいく。
 額田自身の意思による主体的な行動の結果として詠まれ、最後は上記のとおり、額田の自己認識にリンクしていく。「歌詠み」に額田の万感の思いが込められて・・・・。

 額田は、宝女王・葛城王子が新羅征討軍を率い兵士を徴募しつつ国内を西に向かい移動する中に付き従っていた。移動途次に、大海人の妻・大田王女が女の子を出産する時、額田が介助するという場面からストーリーが始まって行く。
 額田はこの時、31歳。大海人王子と離別し、宮城で宮人として宝女王に仕えて働き、10年以上を経ていた。大海人との間に十市という娘を産んでいたが、大海人に見切りをつけ離別し10年以上が経っていた。
 新羅征討軍は四国で兵を徴し、船団が熟田津から出航していく。この時額田が「熟田津に船乗りせむと・・・・」の歌を詠む。この船団の出発前に、百済に戻る豊璋王子に対して、倭国と百済の紐帯を強める縁組が進められる。珠羅が縁組の相手として俎上に上がる。葛城がその縁組を主導するのだが、額田はそれに関わって行く。このエピソードが後々に一つの因となる。
 この親征中、7月に宝女王は筑紫国朝倉宮(福岡県朝倉市)で没する。この後、額田は葛城王子に仕える宮人として働くことになる。今風にいえば、額田は葛城に仕えるキャリア・ウーマンとして、葛城が目指す政治体制づくりを支えて働く役割を担うことを目指す。このストーリーは、葛城の指示を受けつつ、己の才覚を存分に発揮したくてうずうずしている額田の行動、時には空回りになりかねない額田の行動を時代背景とともに描いてく。額田の前に現れるのは中臣鎌足である。葛城の内臣として陰で葛城を支え続け、額田との関わりを深め、額田に助言し協力していく。時に牽制もする。

 新羅征討軍は白村江の戦いで敗れ、失敗となる。百済からの倭国への亡命者が増大する。葛城は唐新羅軍への防衛拠点づくりと国内体制づくりに邁進していく。さらに近江京遷都に踏み出す。

 ストーリーの進展につれ額田が関わって行く事象を点描風に大凡列挙してみよう。
*飛鳥にある宮の倉や島の管理
*難波津で百済からの亡命者の管理に当たる百済司への関与
 葛城・大海人の異父兄になる漢王子が百済司の長となっている。
 漢王子と仕事上の関わりが深まっていく。額田は漢王子の評価を変えて行くことに。
 額田は百済司を介して、葛城の政治への関わりを深め、視野を広げることになる。
 そこには、中臣鎌足の目が光っていることも徐々に見えて来る。
*亡命百済人間での不和が、倭国の火種に。額田はその渦中に入り、関与していく。
*近江京への遷都計画に関わって行く。遷都への人々の心を促す歌を詠む。
*葛城と大海人の兄弟間での確執。額田はその中に捲き込まれていくことに。
 葛城の娘であり、大海人の妃の一人となった讃良が常に大海人の陰で糸を引く。
 讃良は、葛城から大海人に皇統を引き継がせることを狙う黒幕的立場とみなされる。
*新羅使の来日。その饗応の席で額田は重要な役割を担うことになる。
*壬申の乱の発生とその経緯。
 額田は瀬田大橋での戦況を間近で眺める行動をとる。
 近江京の滅び行く姿を傍観する立場になっていく。
*漢王子の死、その殯宮・奥津城に向かう。

 額田の行動の動機と行動中の心理描写が読ませどころといえる。このストーリーでは、額田にとって重要な秘密が隠されているという設定になっている。その秘密が額田の行動と心理に大きな影響を与えていくことになる。その秘密とは、額田の目に映じる外界はモノトーンの世界。額田は生来、色覚に異常を持っていたという。巻末の主要参考文献を見ると、額田の色覚異常について論じている書も実際にあるようだ。
 額田のこの秘密に気づいているのは、夫となった時期がある大海人王子、そして、何かの契機により、漢王子だけがその事実に気づいたという設定でストーリーが展開する。この設定が、このストーリーでは重要な要素として、額田の行動に絡んでいく。色が識別できない苦しみが様々な場面に反映していく。
 己の色覚異常の秘密を逆にバネとして、己の能力を発揮できる場を築いて行こうとするまさにキャリア・ウーマン的な芯の強い女性というイメージ。これは、初めて『万葉集』で、「あかねさす紫野行き標野行き・・・・」を読んだ時の印象での額田王のイメージとの間に大きなギャップがありすぎた。それがかえってこのストーリーで、額田が活躍するのだろうかという興味への出発点にもなった。

 最後に、印象深い一節を引用しご紹介しておこう。
*余人とは異なる己の眼と、中臣鎌足の才知には遠く及ばぬ己の身を自覚しているがゆえに、額田は葛城の役に立とうと常に足掻き続けている。・・・・一旦、己に足りぬものを知ってしまった者は、激しい渇望とともにそれを埋めようと悶えるのだ。 p215
*(鎌足の言として)臣がいなくなろうとも、臣の成したこと、語ったことまでが消え去るわけではありません。加えて、誰が死に、誰が生まれようとも、日月は変わらず昇り、年月は流れるものです。・・・・だからこそ、この世にある限り、我々は懸命に生きねばなりませんし、同時に死や滅びを恐れてもなりません。すべてはいつか、流れ去るのです。 p297
*(鎌足の言として)人は大なり小なり、誰かに認められ、褒められたいと願うものです。・・・・誰かと向き合わねばならぬ際は、その相手が周囲にどう振る舞っているかをなぞるのです。  p317
*葛城も大海人も、所詮は人。怒りもすれば我欲のままに生きもする人々によって、この世は成り立っている。そんな中で心地よい場所がどこかにあるはずと夢見た己が、そもそも愚かだったのではあるまいか。人の世とはつまりは、人同士がぶつかり合い、悶着を起こす諍いの世なのだから。  p376
*同じ場所に立ち、同じものを見ながらも、色が分かる他の人々と自分が異なる光景を捉えているように、自分は余人のように考えられぬことが多のだ。
 その事実はあまりに哀しいが、だからといてどう足掻いても、色の見える人々の如く生きられるわけではない。 p423
*今ならば分かる。人が誰にも増して信じるべきは、己自身なのだ。そうすれば仮に他人から裏切られたとて、己の魂まで損なわれはしない。  p434-435
*遠い古しえの蜀王・望帝はゆえあって帝位を降りたことを悲しむあまり、死後、杜鵑に生まれ変わって、去りし昔が恋しいと啼いたという。
 漢(王子)は末期の苦しみい遭ってもなお、己の所業を悔いはしなかっただろう。だがそう分かっていてもなお、この世に残された者は過去を恋い、顧みずにはいられない。
・・・・・事ここに至っては、自分はあるがままを見、歌に詠むしかできぬのだから。 p455-456

 ご一読ありがとうございます。

本書に関連し、ネット検索した事項を一覧にしておいたい。
額田王    :「千人万首」
額田王    :ウィキペディア
額田王    :「コトバンク」
天智天皇   :「ジャパンナレッジ」
天武天皇   :「ジャパンンレッジ」
漢皇子    :ウィキペディア
大友皇子   :「コトバンク」
番外編「大友皇子伝説」  :「飛鳥の扉」
白村江の戦い  :「飛鳥の扉」
倭国の防衛   :「飛鳥の扉」
天智天皇と大津京 史跡と伝承  :「近江神宮」
近江大津京のページ  :「近江勧学館」
近江大津宮   :「大津市歴史博物館」
壬申の乱   :「コトバンク」
壬申の乱   :「飛鳥の扉」

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徒然に読んできた著者の作品の中で印象記を以下のものについて書いています。
こちらもお読みいただけると、うれしいかぎりです。

=== 澤田瞳子 作品 読後印象記一覧 ===  Ver.1 2022.10.27 現在 21冊


=== 澤田瞳子 作品 読後印象記一覧 ===   Ver.1 2022.10.27現在 21冊

2022-10-27 17:05:18 | レビュー
「遊心逍遙記」として読後印象を掲載し始めた以降に読んだ印象記のリストです。
こちらもお読みいただけるとうれしいです。

『星落ちて、なお』   文藝春秋
『輝山』  徳間書店
『与楽の飯 東大寺造仏所炊屋私記』  光文社
『駆け入りの寺』  文藝春秋
『日輪の賦』  幻冬舎
『月人壮士 つきひとおとこ』  中央公論新社
『秋萩の散る』  徳間書店
『関越えの夜 東海道浮世がたり』  徳間文庫
『師走の扶持 京都鷹ヶ峰御薬園日録』  徳間書店
『ふたり女房 京都鷹ヶ峰御薬園日録』  徳間書店
『夢も定かに』  中公文庫
『能楽ものがたり 稚児桜』  淡交社
『名残の花』  新潮社
『落花』   中央公論新社
『龍華記』  KADOKAWA
『火定』  PHP
『泣くな道真 -太宰府の詩-』  集英社文庫
『腐れ梅』  集英社
『若冲』  文藝春秋
『弧鷹の天』  徳間書店
『満つる月の如し 仏師・定朝』  徳間書店


『Curious George Takes a Trip』   Houghton Mifflin Company

2022-10-20 14:23:40 | レビュー
 Curious George シリーズの続きなのだが、たまたま取り上げたこの英語絵本電子書籍版では、今までのシリーズと比べていくつか異なる点があることに気づいた。本書は2007年のコピーライトになっている。2007年の刊行だろう。

 この表紙で気づいたこと。まず、H.A.REY の没後の出版物に「MARGRET & H.A.REY'S」と冠されていた部分がない。「LEVEL 1」という記載がある。裏表紙の上端には、このレベル1について、Green Light Readers という表記があり、下端には、このレベルは年齢では5~7歳に対応する旨の分類表記がある。(この分類表記に併せて 「READING RECOVERY LEVEL 15-16」、「LEXILE LEVEL 240L」という表記もある。下記のソースをご参照ください。)
 表紙の下端には「Curious about transportation」とあり、「乗り物への好奇心」くらいの意味合いだろう。何の乗り物か? 表紙に描かれた「飛行機」への好奇心・興味を持たせるということのようだ。

 内表紙には「Adaptation by Rotem Moscovich
       Based on the TV series teleplay
       written by Raye Lankford 」   と明記されている。
この表記から、私は teleplay という単語を初めて知った。テレビドラマ、テレビ劇を意味する。その脚本の意味も含むようだ。
 この明記から幾つかのことが分かる。この英語絵本は、ジョージと友達・黄色帽子の男を主人公にしたテレビドラマが先にあって、そのテレビドラマは Raye Lankford の脚本によること。そして、この絵本は Rotem Moscovich がそれをもとに絵本化したという作品ということ。このことで冒頭に載せた表紙、飛行機の右翼部分に書き込まれている「SEE IT ON PBS KIDS」というTM(トレードマーク)付きの箇所と結びついた。

 そこで、著作権の記載を見ると以下のとおり。
「Copyright 2007 Universal Studios. Curious George and related characters, created by Margret and H.A.Rey, are copyrighted and trademarked by Houghton Mifflin Company and used under license. ・・・・・・・・」
テレビドラマが最初なので、Universal Studios が著作権を持つ一方、現在はHoughton Mifflin Company が、Curious George その他のキャラクターに関わる絵本の著作権を継承していることがわかる。著作権は、Margret and H.A.Rey の手を離れたということなのだろう。だから、「MARGRET & H.A.REY'S」の記載がないという点を理解できた。

 さて、この絵本の本筋に入ろう。
 上記のことと関係するが、絵本のタッチが大きく変わった。ページ全体がカラー刷りの絵になっていて、基本的に絵本の本文はページの下部に記され、絵とは分離している。ジョージと黄色帽子の男のキャラクター描画は勿論同じだが、ページ全体に絵がカラフルに描かれている点が大きく異なる。テレビドラマの画面とリンクするシーンが使われている結果なのかも知れない。確証はないけれど・・・・。

 ジョージと黄色帽子の男は、雪が積もる自宅を後に、バケーションとしてハワイに旅行するというお話。旅行の準備万端を整えて眠りにつくのだが、目覚ましの起床時刻をセットし忘れていて、慌てて空港に向かう場面から始まる。
 この絵本は、空港と飛行機に焦点を当てたお話。ジョージは飛行機に乗ったことがないので、すごく興奮している。空港で旅行鞄を載せるカートを使い、搭乗のチェックイン手続き。カウンターでジョージはおもちゃの飛行機をプレゼントされて大はしゃぎ。
 搭乗予定の飛行機が嵐のために遅延していて、搭乗待ちをしなければならない羽目に。 大はしゃぎしていたジョージはオモチャの飛行機をどこかで置き忘れてしまう。それに気づいたジョージは、空港を右往左往する羽目に。乗客を運ぶ空港内のカート、動く歩道、ラゲッジの回転テーブルなど、空港内の各所の場面が登場する。
 搭乗できるようになった時、ジョージが居ない。黄色帽子の男は慌てる! なぜか、ジョージは先に乗り込んでいて・・・・(このあたりは絵本だからか)・・・乗務員に教えられて、黄色帽子の男は飛行機に無事搭乗。座席に着く手前で、ジョージは乗客のおばさんから、これあなたの忘れ物ね!と、おもちゃの飛行機を渡されることに。
 そして、無事ハワイに到着し、日光浴しているシーンでハッピーエンドになる。

 この絵本、飛行機そのものよりも、空港の様子に焦点が当てられている感じ。
 5~7歳の子供には、空港自体が興味の対象になるだろう。飛行機の飛んでいる写真や動画の方が、空港内の様子よりも、日頃目にふれやすいだろうから。

 この絵本の本文は、これまで読んだ絵本と比べて知らない語彙が一番少なかった。
 単語 teleplay 以外には、2つだけ。spot という単語に「見つける、見分ける」という語義もあることをこの絵本で知った。
 Bag were moving on along belt. George spotted the red suitcase.という文脈で使われている。
 もう一つは、get around という語句、「<困難などを>うまく避ける、乗り越える」という意味で使われている。

 寝坊して、家から空港へと飛び出して行く時に、黄色帽子の男は「ハワイに行こう!」と言う。この表現だが、”Hawaii, here we come!" the man said. と本文に記されている。この文を読み、改めて、come の使い方を思い出した。come が(相手の方へ)行くという意味でも使われることを。
 『新英和中辞典』(研究社)を引くと、come について、「go は出発点を中心に考えるが、come は第1に話し手のほうにだれかが移動して来る時に用い、第2に相手を中心にして相手の思う場所へ移動する時にも用いる;その時、日本語では『行く』になる」と。
「I will come to you. 僕が君のところへ行こう。/ I'm coming with you. ご一緒します」が文例に載っている。
 語彙の知識としては知っていても、Hawaii, here we come! なんて表現は自然にはでてこない・・・・。これは今回再認識した表現。私にとっての英語リハビリだ。

 今回は絵本の本文とは別に、最初に記した著作権関連で学ぶことがあった。このシリーズで、Curious George は原作者から完全に離れて、その先の新たなステージに入ったということだろう。絵本の末尾を見ると、このシリーズとして、16冊の表紙がリストアップされている。そして、「Curious George adventures:」と表示されている。
これがジョージの冒険シリーズの1冊だとわかる。

 絵本の絵の描き方が変わって新鮮に感じた。この英語絵本もナレーションが付いている。
 英語リハビリとして、リストアップされているのをさらに気楽に読み継いで行こうと思う。 

 ご一読ありがとうございます。
 

本書と関連してネット検索してみた。一覧にしておきたい。
PBS ホームページ  ⇒ PBS: Public Broadcasting Service
公共放送サービス  :ウィキペディア
READING RECOVERY LEVEL :「RR Books Reading Reading Books」
About Reading Recovery :「UCL」
Lexile 指数 :「ETS TOEFL Primary ETS TOEFL Junior」
Lexile Levels: What Parents Need to Know :「SCHOLASTIC PARENTS」

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 こちらもお読みいただけるとうれしいです。

『MARGRET & H.A.REY'S Curious George and the Puppies』
                  Houghton Mifflin Harcour
『Curious George Color Fun』 Houghton Mifflin Harcourt
『MARGRET & H.A.REY'S Curious George and the Pizza Party』
                  Houghton Mifflin Harcourt
『MARGRET & H.A.REY'S Curious George Goes to the Beach』
                  Houghton Mifflin Company
『MARGRET & H.A.REY'S Curious George Makes Pancakes』
                  Houghton Mifflin Company
『MARGRET & H.A.REY'S Curious George Goes to the Zoo』
                  HOUGHTON MIFFLIN HARCOURT
『Curious George's First Day of School』
                  Houghton Mifflin Harcourt
『Curious George Goes to the Hospital 』 MARGRET & H.A.REY
                  Houghton mifflin Harcourt
『Curious George Learns the Alphabet』 H.A.REY
                  Houghton Mifflin Harcourt
『Curious George and the Birthday Surprise』 MARGRET & H.A.REY
                  Houghton Mifflin Company
『Curious George Goes to a Movie』 MARGRET & H.A.REY
                  Houghton Mifflin Company


『愚者の階梯』  松井今朝子   集英社

2022-10-19 15:05:05 | レビュー
 主人公は桜木治郎。この名で思い出した。『芙蓉の干城(ふようのたて)』である。この読後印象をご紹介したとき、「桜木治郎は、江戸歌舞伎最後の大作者、三代目桜木治助の孫であり、早稲田大学に勤める教員である。祖父が木挽座・狂言作者の総帥であったことから、木挽座は治郎の幼い頃の遊び場ともなっていた。」と記した。これを第1作とすると、本書は桜木治郎シリーズの第2弾になると思う。
 本書は「小説すばる」(2021年2月号~2022年1月号)に連載された後、大幅に加筆・修正され、2022年9月に単行本として刊行された。

 今回も木挽座の舞台裏で事件が発生し、それを皮切りに事件が続くことに。桜木治郎は結果的に築地署の薗部刑事に協力して、事件の謎解きに挑まざるを得なくなる。勿論、事件は解決するが、桜木と薗部にはそれぞれに痛恨の思いが残ることに・・・・。ミステリー小説である。

 さて、『芙蓉の干城』は、1932(昭和7)年5月、「五・一五事件」が発生し、総理大臣犬養毅が暗殺された翌1933年の4月23日から始まった。それに対し、本書は1935(昭和10)年という時期を背景としている。
 そこで、このストーリーの背景となる時代について少し歴史年表を参照しこの時代の動向に触れておこう。本書に関心を抱かれる人には予備知識になることと思う。
 1932年 1月 上海事変 3月 満州国建国宣言 
     5月 上海日中停戦協定調印、5・15事件
     2月にリットン調査団が来日し、10月にリットン報告書公表
 1933年 1月 日本軍、山海関占領 3月 日本、国際連盟脱退を通告
     そして、軍閥支配の進展が始まる
 1934年 3月 満州帝政実施(皇帝溥儀)
     12月 ワシントン海軍軍縮条約廃棄を米国に通告
 1935年 2月 美濃部達吉の学説「天皇機関説」が問題化。
       美濃部の3著が発禁処分に
     4月 満州国皇帝溥儀来日

 1935年、木挽座は亀鶴興行の大瀧社長が経営する一劇場になっていた。彼は桜木治郎のちょうどひとまわり上になる。関西出身の大瀧は還暦間近の年齢で、歌舞伎役者の大半と東京の主要劇場をほぼ手中に収め、映画にも目をつけ亀鶴キネマ社を創業し、映画製作に乗りだしてもいた。それに呼応し、亀鶴興行は劇を無声映画から発声映画(トーキー)に移行する手はずを進めていた。
 治郎は大瀧から相談を持ちかけられる。満州国の溥儀皇帝来日の折に、木挽座での歌舞伎観劇が予定されたという。その演目に何が適するかの相談だった。治郎は歌舞伎十八番の『勧進帳』は外せないだろうと助言した。その他の演目も話し合いの内に決まっていく。
 4月10日の皇帝溥儀の木挽座公演観劇は無事終わる。だが、後で『勧進帳』が物議を醸した。箕輪志辰と名乗る男が、大瀧社長と川端専務を相手に、『勧進帳』のセリフが不敬に当たるとねじ込んできたのだ。助力を求められた治郎は、睦仁大帝陛下と昭憲皇太后のご叡覧事例を引き、問題はなかったと説明して、その場を収めることができた。
 だが、この不敬問題が波紋を呼び、嫌がらせ騒動が相次いだ。その窓口を川端専務が担当していた。公演の千穐楽の日に川端は治郎に『勧進帳』の描き直しを相談してきた。だが、治郎は正論を述べるに留め、その場では引き受けなかった。
 鬱々とした気持ちの治郎は大道具方を束ねる長谷部棟梁から声を掛けられる。長谷部棟梁が後継ぎに目している塚田を紹介される。さらに長谷部棟梁から川越専務のことと、不敬問題がらみの嫌がらせの事情を聞くことになる。
 翌日早朝に、大道具の水門に首を吊って死んでいる川端専務が発見される。状況から自死にみえるのだが、一つの疑念が残る状態だった。頼まれ事を聞いた直後故に、治郎は責任の一端を感じる。なぜこの事件が発生したかの謎を究明する責任すら感じる。川端専務の人となりを長谷部棟梁から聞き出すことから始まり、その謎解きに関わっていく。
 この事件、築地署の笹岡警部がまず関わるが、なぜかその後、部下の薗部刑事に事件の捜査と後処理を振ってしまう。薗部は本当に自死かどうかの疑問を消せず己なりに捜査を続行することになる。治郎は心情的には警察を敬遠しながらも、薗部刑事に協力する形に進展していく。
 
 一方、パラレルにサブ・ストーリーが進行していく。こちらは大室澪子が主人公となる。澪子は治郎の妻の従妹。萩野寬右衛門と恋仲になり、両親には内緒で所帯を持っていた。寬右衛門は歌舞伎役者だったが、木挽座で労働争議を起こし師匠・萩野沢之丞から破門され、劇団進歩座を立ち上げていた。併せて映画にも出演している。澪子は夫寛右衛門が親しくしている映画監督の勧めで、蒲田撮影所の現代劇の監督に紹介してもらう事になる。それが契機で、蒲田撮影所の大部屋女優として籍を置く。その澪子が銀幕の二枚目スタアとして人気のある宇津木典英が主演する映画に役を得て早速映画の撮影に参加することに進展していく。一見して全く別のストーリーと思えるのだが、治郎の取り組む謎解きとの関わりの端緒が見え始め、思わぬ繋がりが明らかになっていく。そこには夫寬右衛門とも関わる人間関係があった。世間は広いようで狭いというところ。この展開、読者にとっては興味津々となっていくところである。

 この小説には次のテーマが織り込まれていると思う。
1.桜木治郎が事件の謎解きに挑むというミステリー。
 川崎専務の死は自死か否か。治郎は川崎という人物についての情報の聞き込みを続けるにつれて、人物像の評価に矛盾点が増え、混迷を深める。一方、治郎が長谷部棟梁に語る事実から、棟梁には何か気づいた気配が生まれる。だが、その棟梁が舞台裏で殺されるという第二の事件が発生していくことに。治郎には痛恨の思いが残る原因となる。
 このミステリー、「瓢箪から駒」という譬えをモチーフにしているようだ。おもしろいストーリー構成で、読者をも巧みに心理的に右往左往させる。
 治郎の謎解きと薗部刑事の捜査の過程で、もうひとつの殺人事件まで発生する。

2,歌舞伎の世界の一端を伝える。
 木挽座がミステリーの舞台となることにより、歌舞伎の舞台裏の設備と構造が描写される。ここでは、大道具やセリを含め、舞台裏の環境が描かれる。さらに、時代の変化に合わせた技術的変遷の側面にも触れられる。江戸時代に人力で操作されてきたセリも大正・昭和の時代にモーターの導入で機械化される劇場が出てくる。この昭和10年時点においては、セリを利用して演じる役者側からの技術的な短所にも触れられる。
 歌舞伎界の「女帝」として君臨する名優、六代目萩野沢之丞は期待していた息子の死に見舞われる。そして孫に期待をかける。孫の五代目萩野宇源次は天賦の才と美貌で将来を嘱望されている。沢之丞は、己がまだ30前の若さで一度だけ上演した『龍女三十二相』を宇源次に試演会として演じさせ、継承させようとする。治郎はその試演会の監督を頼まれる。一つの演目の継承プロセスの描写を通じ、歌舞伎の世界の芸の継承の一端が描かれる。
 おもしろいのは、この試演会の興行前の一過程が、治郎の謎解きの上で重要な仕掛けという形でリンクしていくことである。

3.昭和10年頃の映画界の状況を伝える。映画史の1ページを描く。
 亀鶴興行と亀鶴キネマ社は映画界に進出している。「活動写真」とか「キネマ」と言われた当初から「映画」と呼ばれるようになる移行期の映画界の状況を描き込んで行く。無声映画(サイレント)から発声映画(トーキー)への移行段階である。役者・俳優にとっての芝居と映画の違いという側面にも触れられる。この移行期は無声映画の活動弁士が失職する転換点でもあった。
 サブ・ストーリーで、澪子と寬右衛門が映画界の関係者という形でこのテーマに関わりを持っていく。
 読者は、当時の映画界の状況をイメージし感じることができる。

4.「軍閥の支配」が進展し始めた時代相を描く。
 二つの側面で時代相が描き出されつつ、このストーリーの進展に関わって行く。
 一つは、桜木治郎の内心から眺めた時代受容の心理である。美濃部達吉博士の憲法学論上の「天皇機関説」が軍人出身議員により真っ向から否定され、博士が学匪と罵られたこと、不敬罪に問われるとともに検事局で16時間にも及ぶ取り調べを受けたということを知ったショックに端を発する。時勢の動きとひたひたと迫り来る闇の恐怖という心理描写、官憲である警察への畏怖心・反撥心として、描き込まれていく。
 もう一つは、アカと称される共産党員の捜査である。その矢面に薗部刑事が関わって行く。築地署内で特高に呼び出された笹岡警部が、薗部刑事に指示する。木挽座の従業員の中に、非合法の共産党の党員徳永肇が潜伏している可能性があり、それを捜査せよという。薗部刑事は、党員の潜伏問題と捜査中の事件の両方を追わねばならなくなる。同時に潜伏党員が事件に関わっているのではないかまで想定する事になる。労働争議という視点との絡みで、当時の時代相が絡んでいく。
 末尾近くでこんな一文が記されている。「去年までこの国の最高権威と見られていた人物があっという間に国賊にされてしまった現実にもまして治郎が恐ろしと思うのは、極端な主義主張に踊らされた日本人の多くが真面目で従順な人びとに違いないことだ。」(p350)
「天皇機関説の排撃で憲法の解釈が改められた今年、ひょっとしたら日本は踏み板からあ一段足を滑らせたようなものなのかもしれない。そしてさらに一段、また一段と国の階梯を転がり落ちて、奈落に沈んでしまう日もそう遠くないのではないか・・・。」(p351)

 これらの4つのテーマが巧みに織り込まれながら、意外な形の結末を迎えていく。
 この意外性が読ませどころのツボになっている。成り行きの果てに・・・・・。
 そこに残されたのは、罪は誰にどこまで問えるかという、法律上の解釈でのアプローチである。事件の捜査が解明した証拠と事件への関わりの関係。どの範囲までの人間が被疑者として罪を問われるのか。法律の限界と倫理観とのギャップと言えるかもしれない。
 
 最後に、いくつか印象深い記述を引用しご紹介しておこう。
 それがどのような文脈で語られるかを本書で味わっていただきたいと思う。
*思えば芝居の世界に限らず、いかなる業種や職場でも、しばしば世代交代は今度の長谷部のような旧世代の予期せぬ退場で著しく進行するのかもしれない。 p252
*思えば彼は常に周囲の意に沿って動こうとする人間だった。それが皆に調法された。だから歪んだ梯子も昇り始めたら最後、途中で降りられなくなったのだ。そして踏み板からうっかり足を滑らせ、一段、さらにまた一段と転がり落ちて、他人を奈落に沈め、自らは心の地獄を味わうはめになった。それはただ運が悪かったで済まされる問題ではない。そうした愚かしさ、心の弱さは ・・・・・ 自分にもあるのだ。この国の多くの人がそうなのではないか、と治郎は自らを省みた。」 p325-326
*自らの輝きで人を惹きつけて大いに稼ぐ人間はしっかり守られても、片や職務に忠実で従順な凡人が虫けらのように扱われてしまうというのではいいわけがない。しかしだからといって人を惹きつける人間に、惹きつけた罪を償えとまではいい切れなかった・・・・・。 p337
*つまり誠一は真澄に何か「した」のではなく、真澄の心を惹きつけながら何もしなかったのが問題なのだろう。  p342
*身のまわりの不幸を自らの光源に変え、遠くまで燦然と輝くのがスタアという存在の宿命ではないだろうか。  p346
*理想的兵卒は苟も上官の命令には絶対に服従しなければならぬ。絶対に服従することは絶対に責任を負わぬことである。即ち理想的な兵卒はまず無責任を好まなければならぬ。                (芥川龍之介が残した警句という)   p350

 このミステリー小説は時代背景をもかなり重視しているように感じる。
 タイトルの「愚者の階梯」には、二重の意味が込められているのではないか。
 そんな余韻が残る。

 ご一読ありがとうございます。

本書に関連して、関心事項を幾つかネット検索してみた。一覧にしておきたい。
江戸三座  :ウィキペディア
溥儀    :「コトバンク」
愛新覚羅溥儀  :ウィキペディア
満州国   :ウィキペディア
満州国   :「ジャパンナレッジ」
天皇機関説  :「コトバンク」
美濃部達吉  :ウィキペディア
美濃部達吉のいわゆる「一身上の弁明」演説 :「南野森のホームページ」
滝川事件  :「コトバンク」
荻野沢之丞  :「コトバンク」
セリ  :「歌舞伎用語案内」
大道具 歌舞伎事典  :「文化デジタルライブラリー」
活動写真  :ウィキペディア
トーキー(映画) :「コトバンク」
リットン調査団 :ウィキペディア

インターネットに有益な情報を掲載してくださった皆様に感謝します。

(情報提供サイトへのリンクのアクセスがネット事情でいつか途切れるかもしれません。
その節には、直接に検索してアクセスしてみてください。掲載時点の後のフォローは致しません。その点、ご寛恕ください。)

ブログ開始以降に引き続き読み継いできた作品についての印象記です。
こちらもお読みいただけると、うれしいかぎりです。
『江戸の夢びらき』  文藝春秋
『芙蓉の干城 (ふようのたて)』  集英社
『奴の小万と呼ばれた女』   講談社
『家、家にあらず』 集英社
『そろそろ旅に』  講談社


『千里眼の死角 完全版』  松岡圭祐  角川文庫

2022-10-15 17:00:28 | レビュー
 千里眼クラシックシリーズの第7弾である。2004年8月刊行の小学館文庫『千里眼の死角』に修正が加えられ、完全版として2008(平成20)年12月に刊行された。
 
 砂漠で逃走するジャジ・ア・バラカが突然火だるまになり断末魔の叫びをあげる。世界各地で原因不明の人体発火現象が相次いで発生、7人が焼死した。アメリカのある研究所の2人の研究員がクレイトン議員に質問を受ける。あるシステムの誤動作ではないかと。
 一方、イギリスでのシンポジウムでふたつの講演と会議に出席予定だった臨床心理士の嵯峨は、英国王室に招聘され、精神状態の不安定なシンシア妃を診断し、1時間で公務に戻れるようにと治療を求められる。シンシア妃は嵯峨に言う。次に炎に焼かれるのは私だ、そこで部屋隠れている。部屋から出れば、時速63マイル以上の速度で移動し続けないと確実に地獄の炎に焼かれるのだと。薬物の過剰投与も原因となり、パニック障害と同じ症状が出ているが、シンシア妃が命が危険にさらされているとの発言は本当だと診断する。冒頭は、こんなシーンの描写から始まる。

 このストーリーも話のスケールは大きい。異なる国々でそれぞれのサブ・ストーリーがパラレルに進行する。この組立がおもしろい。それらがどのように関わって行くか。共通項は人体発火現象である。フィクションとしての状況設定のおもしろさに読者が引きこまれていく要素が満ちている。

1.嵯峨がバッキンガム宮殿内の敷地内移動用の1台のミニクーパーを使い、突飛もない行動に出る。嵯峨はシンシア妃に時速63マイル以上で走行することを約束する。シンシア妃が助手席に乗り込むと、嵯峨は即座に車を発車させた。ミニクーパーで逃走する。そしてあることに気づく。嵯峨はこの事態に深く関わっていくことになる。

2.クレイトン議員は、研究所を訪れて、ジョナサン・ボイド技術主任と対峙する。クレイトンはディフェンダー・システムの誤動作・暴走を疑っている。政府の特別立法により、システムの誤動作やトラブルの発生は即、技術員の犯罪とみなされる。ボイドら技術員は戦々恐々となっている。クレイトンはモニタリング・ルームへの案内を命じ、調査を開始する。
 バイオ素子を使ったプロアクティヴ・コンピューティングというIT技術領域を背景にして原因探しが始まる。

3.飛行機恐怖症の人々をYS11に搭乗させ、彼等の恐怖心を解消するという療法をリバプールで行うために岬美由紀はイギリスに来ていた。機上の美由紀に嵯峨から連絡が入る。美由紀はパラシュートで降下し、宮殿に向かうという突拍子もないシーンを発端に、事件に関わって行く。まず、この設定が読者を楽しませる。
 美由紀は事件を担当するマクガイア警部に協力することになる。人体発火は血液の突沸とスコットランドヤード鑑識課は分析していた。
 美由紀は臨床心理士の知識に加え科学知識力を駆使して、事件に取り組み始める。
 ある推論から、彼女は古巣との関わり・コネを利用する。その結果、ディフェンダー・システムへと導かれて行く。

4.ダビデが逃亡者として登場する。ダビデは美由紀との面会を要求していた。横須賀基地に逗留する米空母キティーホークでの対面となる。ダビデはメフィスト・コンサルティング・グループを離れたと言う。ダビデはメフィスト・コンサルティングがコンピュータ・ヒプノタイズ(催眠化)の技術を開発したのだと、美由紀に告げた。疑心暗鬼ながらも、美由紀は一連の事件の裏にメフィスト・コンサルティングの暗躍を感じ始める。
 ダビデとの協力関係が始まる。

 ストーリーの後半は、舞台が日本に移っていく。全国の自衛隊基地壊滅という事態までも発生していくことに。そして遂に、世界統治を目論むメフィスト・コンサルティング・グループ総裁マリオン・ベロガニアが映像の形で出現してくる。

 決戦はジャマイカ。カリブ海の中にあるメフィストの島となる。マリオン・ベロガニアの目指す島の構造が興味深い。
 難攻不落と思われるこの島に美由紀は上陸する。決戦の渦中で美由紀は死角に気づく。美由紀の果敢な戦いが最後の決着をつける。

 本書の魅力は、高度な科学技術を駆使するSF的側面を織り込んでいるところにあると思う。ストーリーに含まれる荒唐無稽さが逆におもしろさを引き出す形に転化している。最先端の科学技術のその先を取り込んだ虚実の融合が背景となり、科学知識に長けた美由紀がその頭脳をフルに駆使して、マリオン・ベロガニアに挑んでいく姿が爽快である。 
 ご一読ありがとうございます。

本書から関心事項をネット検索してみた。一覧にしておきたい。
アラン・チューリング  :ウィキペディア
チューリングマシンとは?コンピューター・ソフトウェアの生みの親アラン・チューリング   :「パーソナルテクノロジースタッフ」
バイオ素子  :「コトバンク」
バイオ素子  :「機械工学事典」
バイオコンピュータ  :ウィキペディア
コンピューティングの未来!)!)「いつでもつながる」の到来(下):「日経XTECH」 
量子コンピュータ  :「NRI」
フォトモデラー カメラを使って実世界を測定し、モデリング :「XLSOFT]
【2022年】3DCG制作ソフトのおすすめ人気ランキング17選 :「mybest」
ステファンボルツマン定数  :「CAE用語辞典」
スターウォーズ レーガンのハッタリ BS世界のドキュメンタリー :「NHK」
第11回 レーガン大統領とスターウォーズ計画 :「アメリカ合衆国現代史」
【スターウォーズ計画】  :「航空軍事用語辞典++」

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こちらもお読みいただけるとうれしいです。
『小説家になって億を稼ごう』  松岡圭祐   新潮新書
『ecriture 新人作家・杉浦李奈の推論Ⅳ シンデレラはどこに』  角川文庫
『ecriture 新人作家・杉浦李奈の推論Ⅱ』 角川文庫

松岡圭祐の作品 読後印象記掲載リスト ver.3 総計45冊  2022.9.27時点


『小説家になって億を稼ごう』  松岡圭祐   新潮新書

2022-10-14 14:22:19 | レビュー
 著者は「はじめに」に初めて年収1億円を越えた年の確定申告書を実証として掲載している。ベストセラー作家として億を稼ぎだしている著者が、自身の体験を踏まえて、小説家をめざす人への指南書を書いた。「小説家が儲からないというのは嘘」とまず強調する。だが、儲けるためには、それなりのやり方があると著者は説く。一つは、小説家になるためのステップ、ノウハウの次元。二つ目は、稼ぎ方のノウハウという次元。その2つの次元に適切に対処できないから「儲からない」と断言しているとも読める。易々と儲けられるわけではないということの裏返しとみることもできる。
 読んでみて、真摯で具体的な説明であり、説得力のある論法でまとめられていると思った。本書は2021年3月に刊行されている。

 小説家になりたいと思い本書を読んだわけではない。著者の本の愛読者の一人として、著者が何を語るかへの関心から読んで見た。読書好きにとっては、小説家が作品を創作するプロセスの舞台裏、並びに編集者と小説家の関係、出版業界の内実が見えておもしろい。出版業界には出版業界特有の慣習や暗黙の了解事項があることやその仕組みがわかる。さらに出版業界と、映画化、ドラマ化、ゲーム化という関連業界との関わり方にも舞台裏の観点で具体的実務的な助言がなされていて、実態の一端が見えて来る。実務を踏まえた率直な語り口に好感が持てる。

 第Ⅰ部は「小説家になろう」である。著者は5つの観点で指南する。私なりの理解と受け止め方でご紹介しよう。
1.現代小説の位置づけ (第1章)
 書店に並ぶ小説は「商品」である。商品の販売という視点を著者は重視する。
 読者は映像・漫画など視聴覚メディアの影響を既に受けていて、言葉には読者の持つ無数のイメージを前提に小説を読む。「言葉の意味」特に名詞の意味を捕らえ直す重要性を指摘する。「すべての現代小説は映像世代の脳を前提に書かれており」(p18)とまず指摘する。現代小説が成立する位置づけの認識から始める。
 本を読みうる人を考えれば、40人に1人が読者である。「事実として日本最大のベストセラー文芸は600万部ていど(上下巻を除く)」(p20)と説く。

2.小説の書き方 (第2章~第4章)
 小説家になりたい人にとっては、ここに著者のノウハウが開示されている。ここでの助言を自分のものとして修得し実践できるかどうかが要ということだ。
 読書家にとっては、小説が創作される舞台裏のプロセスを知ることになる。著者は脳内で物語を作り出す段階、つまり、「アイデア出し」からあらすじが活き活きと脳内で動き出す位まで醸成させることをまず語る。それを『想造』という造語で表現する。『想造』は執筆の前段階であり、最重要なステップと位置づけ、具体的な手順を懇切に指南している。『想造』に自己制限を加えるなと助言している(p31)。この段階で、物語の最後まで思い描けと言う。(p33)
 読んでいて、著者の小説を思い浮かべつつ、ナルホドと思う。
 「現代に通用する小説家は、『想造』の中での実体験をもとに、追想して文章表現をすべきです。原稿執筆段階では、ノンフィクション作家と同じ条件になるわけです」(p33)と言う。
 物語の最後まで『想造』した後に魅力的なあらすじを書きとめるステップを指南する。 そこでは、最初に40字×3行で、5W1Hを使った物語全体の見出し作り、物語の「三幕構成(三部構成)」を指南する。その先にあらすじ書きのノウハウを説明していく。
 著者は、『想造』段階での書きとめからWordの使用を推奨する。どの出版社の編集者もWordを用いているからという。
 そして、第4章で、小説の書き方の基本原則も説明している。おもてなしの精神に満ちた執筆を心がけよと指南する。実に具体的な指導になっている。例えば、映像とは異なり小説の場合は、「一瞬ですべての情報を伝えるのは困難です。よって視覚がとらえやすい情報から順に書きましょう」(p58)と述べ、具体例を挙げる。

3.小説のリリース、つまり売り込みについての指南(第5章)
 小説を如何にして世に出すか。売り込みのルートやノウハウを具体的に指南している。そういう方法があるのかと、おもしろく読める。小説家志望者には切実なノウハウになることだろう。ここでの対処を誤らぬことが小説家の一つの処世術のようである。
 文学新人賞応募から初めて、編集者に原稿を読んでもらえる方法を具体的に述べている。新人作家候補者と編集者の関係がわかって興味深い。
 例えば、次のような指摘もある。
「一般文芸でもハードカバーにふさわしい文体や題材、文庫にこそ適した作風が存在します。」(p88)
「オリジナリティの模倣が広がる隙を与えてはならないのです。」(p90)
「タイトルやあらすじに、多くのユーザーの嗜好性に当てはまる要素を入れましょう。」(p90)
「人の感想は『面白い』か『つまらない』かだけです。理屈はすべて後付けになります。」(p92)
「どこが面白いのか著者自身が分かっていなければ、同水準の作品も書けません」(p93)

4.ゲラの校閲作業・校正作業のプロセスと作業のコツ (第6章)
 校閲と校正の違いも含め、小説が商品として書店に並ぶ前段階での作業の実際の実務の様子が良く分かる。
 ライトノベルのイラスト作業工程について、おもしろいデータにも触れている。
「営業サイドのデータでは、売れっ子のイラストレータによる表紙は刊行時に人目を引くものの、長いスパンでの売り上げにはさほどつながらないとの見方が優勢です。」(p109)

5.小説家にとり、出版契約書の契約内容が儲けに反映する事実の指摘と指南 (第7章)
「日本ではなぜか出版契約書を取り交わすのは、本ができあがった後というのが慣例になっています。」(p111)という冒頭文から始まって、出版契約書にどのように対処すべきかを縷々説明している。それは、印税交渉が小説家にとり、どのように儲けに影響を及ぼしていくかの説明でもある。
「著者に支払われる印税率は最大で12%ですが、通常は5~10%ほどです」と記されている。1%の差が後々響いてくるという次第。
 ここでは小説家にとっての収入源を決める出版契約書の重要性について説いている。

 第Ⅱ部は「億を稼ごう」という見出しである。
 小説家志望者は真剣に読むことをお薦めする。章構成をご紹介しておく。
   第1章 デビューの直後にすべきこと
   第2章 編集者との付き合い方
   第3章 デビュー作がヒットした時、しなかった時
   第4章 映画化やドラマ化への対応
   第5章 ベストセラー作家になってから気をつけること

 読書好きにとっては、出版業界の内部事情、いわば本という商品の舞台裏に光が当てられている内容なのでおもしろい。出版業界とその関連業界(映画化・ドラマ化・ゲーム化等)の内実、舞台裏も見えるおもしろさがある。
 そこで、出版業界の内実として著者が語っている要点を一部抽出しご紹介する。
*「編集者の態度別」小説家ランク測定法  (p152~156)
   ⇒新人作家・杉浦李奈の推論シリーズでは具体的にそのランク対応の描写あり!
*アマゾンの電子書籍配信サービス「KDP」について、「アマゾンとの独占契約なら70%の印税を得られる」(p156)
 「KDPの配信者はユーチューバーと同じく、立場がアカウントを取得した一ユーザーでしかありません。」(p156)
*「本は書店に委託販売されており、委託期間の105日間以内なら、書店の意思で返品可能です。この105日間を過ぎると、取次が本を受けとってくれません。」(p169)
   ⇒大型書店の棚は新刊書間でのスペースの取り合い。売れなければ本は返品に。
 サイン本:「サインの入った本は書店の買い取りとなり、取次に返品できない」(p193)
*「数百万部も売れた本は、たちまち中古市場に出回るため、ほどなく増刷もストップします。」(p204)
*一般文芸の場合、漫画版だけが評判を呼ぶ事態はあまりないのですが、ライトノベルなら大いにあります。ライトノベルは漫画化が成功すると、その後のアニメ化に向けて、大きな牽引力になります。 (p210)
*映像化の出版ビジネスへの波及効果は、「全国数百舘での映画公開か、地上波全国ネットのフォラマ放送でようやく、単行本で10万部、文庫本で20万部ぐらいに達します。」(p219)
*実際に映画化されたものの、文庫本で1万部程度の重版のみ、100万円以下の儲けに留まることはざらにあります。(p219)

 他にもいろいろ興味深い解説事例が載っている。本書を開いて楽しんでいただきたい。
 小説家が稼げるかについて、著者の考えは次の箇所に現れていると思う。
「小説家も稼げるかどうかは受賞のお墨付きではなく、本書で説明してきたような商業的工夫と、小説づくりの努力に委ねられていると言えます。文学賞そのものは不動の評価であり、作家冥利に尽きる名誉ですが、出版不況の昨今、作家には『ここがロドスだ、ここで跳べ』の信条が求められています。過去の栄誉による箔付けではなく、最新刊こそ最高傑作と言える出来こそが期待されています。」(p207)
 もう一つ、小説家という職業について本書の末尾に記していることを引用しておこう。
「この職業に定年はありません。やは甲斐があって一生続けられる仕事は、永遠の楽しみと同義です。
 このことを忘れないようにしてください。これは貴方の未来の姿です。」

 小説家志望者への指南書、読書愛好者にとっては出版業界と小説家の舞台裏を知り得る書として、役立つ一冊である。
 ご一読ありがとうございます。

本書に関連して、小説家の稼ぎについてのネット情報を検索してみた。一覧にしてみよう。
小説家の年収【印税システム・原稿料】新人から大御所まで :「年収ガイド」
【作家が解説】小説家の年収はどれくらい?爆発的な原稿料・印税収入を得るチャンスとは?  :「転職とキャリアアップ」
   末尾に、東野圭吾と大沢在昌の事例を紹介しています。
高額納税者(作家部門) :「趣味は『読書』」  ⇒ 1993~2005年の期間だけ

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『ecriture 新人作家・杉浦李奈の推論Ⅳ シンデレラはどこに』  角川文庫
『ecriture 新人作家・杉浦李奈の推論Ⅱ』 角川文庫

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『MARGRET & H.A.REY'S Curious George and the Puppies』 Houghton Mifflin Harcourt

2022-10-13 10:28:52 | レビュー
 Curious George シリーズの英語絵本電子書籍版を読み継いでいる。
 本書の内表紙に ”Illustrated in the style of H.A.REY by Vipah Interactive" と、1998年のコピーライトが明記されている。
 今まで読んできたこのシリーズの1990年代ものは『Curious George Goes to a Movie』(1998)、『Curious George Makes Pancakes』(1998)、『Curious George Goes to The Beach』(1999)の3冊。H.A.REY の没後、イラストは、Vipah Interactive という組織が引き継いでいる時点の出版。
 H.A.REY が1977年に没し、MARGRET が1996年に没した。イラストの継承者だけが明記されているので、絵本の文は MARGRET の遺作かと推測するが不詳。
 勿論、本書もナレーション付きである。
 
 ジョージが友達・黄色帽子の男と散歩にでかけ、茂みから覗く子猫 (kitten) を見つける。付近で飼い主を探すが見つからない。そこで子猫を the animal shelter に連れて行き預かってもらおうとするところからお話が始まる。
 動物保護センターとでも呼ぶ施設だろうか。こんなところで、shelter という単語が使われるんだということをこの絵本で知った。
 施設の入口で、所長さん(the director of the shelter) に会い子猫を預けたいと黄色帽子の男は話す。快諾されて、施設内に入り、彼がが手続きをする間に、好奇心旺盛なジョージが騒動を引き起こすというお話。丁度その時、施設内で一匹の子犬(puppy) がおりから出て行方がわからず、施設内を皆で探しているところだったという。
 なぜ Puppies がタイトルに出てくるのか。施設内を見て回っていたジョージが、数多くの子犬と母親犬の入っているおりを見つけて、その内の一匹の子犬を身近で可愛がりたく思って扉を開けた。母親犬が猛然と飛び出し、子犬も全部続く。大騒動になる。だが、その結果、母親犬が迷子になっている子犬の居場所を見つけることに。
 ジョージは今回も怪我の功名で、所長さんから結果的には喜ばれることになる。
 子供たちにとっては、さまざまに想像力を働かせることで楽しめることだろう。

 kittenを初め、この絵本からも初めて知る単語やイディオム、日常でよく使われる表現のフレーズなど、けっこう学べて、おもしろい。

 茂みからジョウージと友達を見つめる子猫のところで、peek out (<外を>ちらっと見る)が出てくる。
 所長さんは、ジョージと友達に、”Come in, but watch where you step." と語る。「お入りください。階段に注意してくださいね」というところか。 watch your step という表現は知っていたが、こういう表現もあるんだと・・・。
 We have a large litter of puppies and one has gotten out of his cage.
と所長さんが話す。 litter には、「散らかしたもの、がらくた」という意味があるのは知っていたけれど、「[犬・豚などの]ひと腹の子」という意味もあることをこの絵本で知った。
 ジョージが施設内を見て回り、おりの中に犬が一杯いる部屋を見つける。そこでいろんな犬の表現として、yellow dogs, spotted dogs, sleek dogs, fluffy dogs, quiet dogs, yappy dogs などと出てくる。知らない単語も混じっている。子供たちはこの絵本から自然にこれらの表現を学ぶんだ・・・・。
 sleek(なめらかな、つやのある)、fluffy(ふわふわした)、yappy(キャンキャン吠える)という単語を学ぶ。
 Then George saw a wagging tail. という文。絵から wag の意味は推測できるが、この単語 wag(<体の部分などを>[上下・前後・左右に]振る、揺り動かす)も初めて。この一文、ジョージが沢山の子犬たちを見つけるきっかけになる。

 ジョージがおりの留め金を開けたために、母親犬と子犬たちが飛び出し、子犬たちが騒動を始める。犬が吠えるのは、bark なんだけど、猫がニャーニャー鳴くのは? The cats were meowing. という文が出てくる。meow という擬声語を知った。
 子犬に吠えられて、おりの中の兎たちがおりの反対側の隅にさっと動いてかたまっているイラストが絵の一部に描かれている。
The bunnies rustled into the corner of their cage. という説明がある。rustle(さらさらと音をさせて動く、動き回る)という単語が使われていた。これも知らない単語だった。
 一匹の子犬はおりの上に上って、そこから to watch the others get into mischief を決め込む。他の子犬がいたずらするのを高みの見物としゃれこむのだ。辞書を引くと mischief(いたずら)の語義説明の箇所に、get into mischief が事例として載っていた。
 子犬たちが一斉にいたずらをしている中で、ジョージが困り果てているイラストがおもしろい。

 所長さんがジョージにこんな言葉を投げかける。
George, you certainly caused a ruckus! ruckus(騒ぎ、騒動)という単語も初だった。
 だが、迷子の子犬を見つけることができたので、所長さんも探し回らずに済むことになり、子犬たちも無事おりに戻して、ハッピーエンドとなる。

 この絵本も実質22ページにまとめられている。このシリーズ、22ページが基本のようだ。
 今回も学ぶことがけっこうあった。私の英語リハビリ学習には丁度よい感じ・・・・。

 この絵本、最後に、「子犬をしつけるヒント5ヶ条」(FIVE HELPFUL PUPPY TRAINING TIPS) が記されている。子を持つ親への付録というところか。内容は本書を開いてご覧いただきたい。

 ご一読ありがとうございます。

 こちらもお読みいただけるとうれしいです。
『Curious George Color Fun』 Houghton Mifflin Harcourt
『MARGRET & H.A.REY'S Curious George and the Pizza Party』
           Houghton Mifflin Harcourt
『MARGRET & H.A.REY'S Curious George Goes to the Beach』
           Houghton Mifflin Company
『MARGRET & H.A.REY'S Curious George Makes Pancakes』
           Houghton Mifflin Company
『MARGRET & H.A.REY'S Curious George Goes to the Zoo』
           HOUGHTON MIFFLIN HARCOURT
『Curious George's First Day of School』
           Houghton Mifflin Harcourt
『Curious George Goes to the Hospital 』 MARGRET & H.A.REY
           Houghton mifflin Harcourt
『Curious George Learns the Alphabet』 H.A.REY
           Houghton Mifflin Harcourt
『Curious George and the Birthday Surprise』 MARGRET & H.A.REY
           Houghton Mifflin Company
『Curious George Goes to a Movie』 MARGRET & H.A.REY
           Houghton Mifflin Company