遊心逍遙記

読書三昧は楽しいひととき。遊心と知的好奇心で本とネットを逍遥した読後印象記です。一書がさらに関心の波紋を広げていきます。

『人狼』 今野 敏  徳間文庫

2014-05-29 09:33:24 | レビュー
 読み始めて、一瞬デジャビ感を抱いた。なぜだろう・・・?
 そこで思い出した。「渋谷署強行犯係」シリーズだった。これは『拳鬼伝』シリーズの改題として同じ徳間文庫から2008~20114年に出版されたものだ。
 竜門整体院の院長・竜門光一が主人公であり、渋谷署強行犯係の刑事辰巳吾郎が、竜門から腰の治療を受けながら、武術・武闘の関連する事件の話をそれとなく伝え、竜門の武術家としての側面を引き出すという発想のシリーズだった。

 本作品は、2001年にこのタイトルで文庫版としえ出版された長編アクション書き下ろしである。つまり、『拳鬼伝』シリーズ(1992~1993年)出版から、しばらく時を隔てて新たに出版された作品。同工異曲と言える。人物設定がほぼ似ていて、武術が絡み、そのテーマには趣の異なる色調が幾重にも重ねられている。いわば兄弟シリーズとも言える。

 つまり、主人公は「美崎整体院」を営む美崎照人。広尾駅から徒歩10分。港区元麻布二丁目にある4階建ての小さなマンションの1階にある仕事場兼住居の整体院という設定。 そこに、能代春彦という私立探偵を生業とする男が治療に通っている。また、警視庁の刑事で45歳の警部補、赤城竜次という中年男も腰の治療に通っている。

 「渋谷強行犯」と対比してみれば、美崎照人≒竜門光一、私立探偵能代春彦(+赤城警部補)≒刑事辰巳吾郎ということになる。警察という法執行の局面を赤城竜次に振ったという構成だ。
 かつては武術家、今は整体師という設定は同じだが、そのキャラクターはかなり変容されている。美崎は若い頃空手の世界大会を目指して修拳開館で猛練習に日々励んでいた。だが20歳の年の予選で左膝にもろにローキックを食らい入院。膝を痛め夢を絶たれる。杖をついて歩く身になる。当時付き合っていた女性・能代育子が自殺したことで、彼女も失う。自殺の原因は不明。能代育子は能代春彦の娘である。自分を責めた美崎は修拳会館を辞し、逃げるように沖縄に行く。酒に溺れホームレスに。それを救ったのが具志川市に住む上原正章老人。この上原老人から修拳会館とはまったく違う空手、伝統的な沖縄の空手を教えられ、棒術と整体術も同時に習う。その結果、「美崎整体院」を開業しているという設定である。武術を捨てきれないという点は竜門と同じ。違うのは身体的な差異と、美崎は竜門の様に武術家に意識を切り替えるための変身の儀式めいた行為はとらないところ。武術家として行動するときは己の意志で、身銭をきって行動するのは同じである。
 私立探偵の能代が美崎の武術家としての側面を引き出すという手法は同じである。刑事ではないため、その扱う課題の枠が広くなった。作品のテーマ設定が広がったように思う。シリーズ化されることを期待したいのだが・・・・。

 では、本作品についての本筋の読後印象に移りたい。
 本作品の見かけのテーマは人探しであるがそこには秘められた思いがあったというもの。少しひねった展開を含ませた構成がなかなかおもしろいところ。そのネタばらしは勿論しない。武闘シーンを絡めていくところがやはり著者の得意とする次元に導いている。
 冒頭は、もう20年もサンシャイン60から駅へ向かう道を利用するサラリーマンの池谷昭治が、この道の途中でオヤジ狩りの対象にされるというシーンだ。「電車賃、貸してよ」「ふざけるんじゃない」のやりとりからおきまりの暴力沙汰へ。そこに人間離れした体格の男が現れて、少年たちの暴力行為を力で阻止する。そして即座にその場から立ち去ってしまう。そこにTシャツの上に迷彩のベストを着て、黒いキャップを被った集団が入れ替わるように現れて、池谷と少年たちへの事後処理-警察と救急車-をする。このことで池谷は救われる。池谷が目にしたのは狼男つまり人狼なのだ。迷彩Tシャツ・黒キャップの集団はCR(シティーレンジャー)、いわば自警団だった。この自警団の一部が後ほど「人狼親衛隊」という集団に先鋭化していくことになる。
 この作品には、現代の都会に集まってくる若者世代の社会風俗や暴力行為という実態が描き込まれている。現代社会の持つダークな局面を著者は見つめている。

 なぜこのイントロが語られるか。それは人探しのテーマになるからである。能代が美崎整体院に一人の患者を紹介する。それはかつて修拳会館で指導員をしていて、今は独立して道場を経営する黒岩豪である。腰の治療が目的であるが、実はそれに加えて、もう一つねらいがあった。私立探偵の能代は黒岩から人探しの仕事の依頼を受けたのだ。能代はこの人探しのプロセスに、亡くなった娘の彼氏であった美崎の手助けを得たいという腹づもりがあったのだ。
 黒岩の依頼とは真島譲治という弟子を探してほしいということ。黒岩は今話題になっている狼男、人狼が多分真島だと思うので、狼男を見つけて、それが真島であれば大事が起きる前に止めさせたいというのだ。真島が練習に出なくなり、アパートも引き払い突然失踪した時期と町の不良をやっつける狼男の出現時期が重なるという。
 真島は黒岩が鍛えあげた弟子であり、黒岩が独立した時、修拳会館に残らず黒岩に随行した。修拳会館がオープン・トーナメントを開催した時、真島は出場を拒否されたという。苦しい練習を積み上げてきたのに、試合に出て腕試しをする機会は閉ざされた。黒岩は真島の実力、肉体は凶器そのものだと断定する。その責任をも感じるというのである。取り返しのつかない事態が発生する前に、真島を見つけて話し合いたいと言う。真島と戦わなければならない場面を想定し、己の体をベスト・コンデションにしておきたくて整体治療を受けたいともいう。勿論、美崎は整体治療を引き受ける。

 狼男は本当に真島譲治なのか。真島の武術家としての力量はどこまでなのか。
 能代の巧妙な持ちかけ方は、美崎の心を動かし始める。育子の件で能代に負い目を感じているという心理も内奥にある。さらにCR、人狼親衛隊がどういう組織で、どういう機能を持ち、真に何を狙っているのかも気になる点なのだ。
 知らぬふりができなくなった美崎は、能代に連絡する。そしてまずは、能代が調べたCRの代表者の事務所に同行し、代表者の徳丸忠から話を聞くことから始める。
 そうこうしているうちに能代がある少年グループにオヤジ狩りに遭う羽目になる。能代はその結果入院。いよいよ、美崎は己が繁華街に出て行き、狼男に遭遇する機会を作らざるをえなくなる。実際に活動を始めて、いろいろな疑問が噴出してくるのだ。ストーリーは思わぬ方向に展開していく。

 本作品では竜門整体院のような女子事務員は美崎整体院には居ない。代わりに、笹本有里という新体操の選手で大学生が登場している。体を酷使する新体操のせいで、笹本有里は美崎の治療を受けに来ているのである。この笹本有里が人探しのプロセスに、一色添えていく役回りとなる。美崎と都会の少年たちとのリンキング・ポイントになるのだ。
 美崎はCRの代表者と会った後には、赤城警部補にCRの代表者や狼男の件で関わりを持っていく。
 
 後は本書をお読みいただき、ストーリーの意外な展開を含めて、お楽しみいただくとよい。尚、本作品では能代育子の自殺理由は明かされない。笹本有里は美崎の治療を受ける患者という域を出ない。赤城警部補もちょとしたサポート役割になっている。
 育子の自殺理由がストーリーに関わったり、赤城警部補が積極的に美崎にかかわったりすることが、今後の作品であり得るのだろうか・・・・。継続作品に期待したい。
 
 ご一読ありがとうございます。


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いくつか関連する語句を調べてみた。一覧にしておきたい。

おやじ狩り :ウィキペディア
ストリートギャング :ウィキペディア

少年犯罪データ・ベース   主宰・管賀江留郎氏

オープン・トーナメント :「空手道禅道会」
 


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徒然に読んできた作品の印象記に以下のものがあります。
こちらもお読みいただけると、うれしいかぎりです。

『フェイク 疑惑』 講談社文庫
『スクープ』 集英社文庫
『切り札 -トランプ・フォース-』 中公文庫
『ナイトランナー ボディガード工藤兵悟1』 ハルキ文庫
『トランプ・フォース 戦場』 中公文庫
『心霊特捜』  双葉社
『エチュード』  中央公論新社
『ヘッドライン』 集英社
『獅子神の密命』 朝日文庫
『赤い密約』 徳間文庫
『内調特命班 徒手捜査』  徳間文庫
『龍の哭く街』  集英社文庫
『宰領 隠蔽捜査5』  新潮社
『密闘 渋谷署強行犯係』 徳間文庫
『最後の戦慄』  徳間文庫
『宿闘 渋谷署強行犯係』 徳間文庫
『クローズアップ』  集英社

=== 今野 敏 作品 読後印象記一覧 ===   更新2版


『フェイク 疑惑』 今野 敏  講談社文庫

2014-05-26 09:21:33 | レビュー
 この作品、著者ホームページに掲載の作品リストを見ると、出版8冊目となっている。1982年12月に『レコーディング殺人事件』と題して講談社ノベルズで出版された作品。作品リストの第1冊が1982年2月の出版なので、実に最初期に書かれた作品である。改題名称の方がやはり何となく現代的な感じを受ける。今風といえようか。文庫本表紙には、THE TAKE という英字が付されているので、名詞形で使われている。研究社の『新英和中辞典』を引くと、「模造品」の続きに「いんちき;虚報」という意味も記されている。ここでは、「いんちき」という意味合いがぴったりする。捜査プロセスでのやりとりでいえば「虚報」となる。がfake という英単語には動詞として「偽造する」という意味の他に、「・・・・のふりをする」という意味がある。読後印象としては、動詞の後者の意味で受け止めるのが一番自然な気がした。「疑惑」と意訳したら少しニュアンスが一面的になるように感じる。ちょっと飛ぶ感じ。だが、まあそういう見方もできるのはうなづける。

 というのは、主な登場人物がそれぞれに違うニュアンスにおいてフェイクな行動を取るからである。それぞれに「ふりをする」意図が違うからだ。このふりのしかたが人間模様として副次的なテーマととらえてもおかしくないと思う。人間関係の維持、仕事の関係の維持において、誰しも本音ばかりぶつけているのでなく、「ふりをしている」側面があるよね、という意味だ。この作品において、新曲のレコーディングという目的に対するプロセスでの様々な人々の関わり方がそうなのだから。

 さて、この作品は、定員約1万人を収容する武道館での5日間のコンサートにおいて、チケットを入手できなくて口惜しむファンが居るほどの人気歌手にまつわる事件である。大物歌手本田勇造が、午前2時を過ぎた時刻に、新曲のレコーディング作業を終えて、スタジオを出た後、その駐車場で殺されるのだ。原題は素直に「レコーディング殺人事件」と付けてある。
 本田勇造をシールド線を使い背後から絞殺したのは、新曲レコーディングを企画するネオメディアの倉橋部長その人なのだ。本田勇造がスタジオを後にして、駐車場に向かったときには、倉橋部長はそのスタジオに入っている時間帯なのだ。出来上がった3曲分のラフミックステープをもう一度じっくり聴きたいと、ミキシングルームにいる栗原と田所に依頼する。倉橋の希望でスタジオ内を暗くして、明るいミキシングルーム内から田所が音が流れるように段取りをたてるのだ。

 この作品は、殺害のネタばれという状況-倉橋が緻密に計算し計画した疑似密室状態-から、犯人捜査が始まるという設定である。だれがどこをヒントに、何に気づいて、どのように疑似密室状態での殺人事件解決への推理をし、立証するかのプロセスが描き込まれている。一番怪しそうでない人間が、じつは犯人だったというトリック解明ストーリーである。この手法はしばしば映画などにも取り入れられてきていると思う。
 ネタばれから始めるのだから、よほど巧妙に筋立てを構成しないと、読者を引きつけない、途中で投げ出されるリスクがある。著者は作家活動の最初期にその難関にチャレンジしていることになる。結論を言うと、投げ出さずに最後まで楽しめた。

 さて疑似密室状況での設定と主な登場人物を簡単に紹介しておきたい。
1.場所 九段スタジオ
 スタジオとミキシングルームは3階。1スタが使用されていた。
 駐車場は地下1階。エレベータが3階から地下までの移動手段
 1階は事務所。2階はメインテナンススタッフのオフィス。
 駐車場入口には守衛が常駐している。

2.時間帯
 本多勇造武道館コンサート(5日間)終了の翌日 18時からレコーディング
 午前2時頃 レコーディング終了
 事件の翌日午前7時 警察が通報を受けて現場検証開始

3.登場人物
 被害者本多勇造は大物に成長したシンガーソングライター。年齢28歳、独身。倉橋部長に独立を考えていると告げる。今後、後には業界の古顔・醍醐という人物が付いてくれるのだと匂わす。関係者にとっては扱いにくい人物。倉橋部長にはドル箱的存在となっている。

a)直接の関係者
 倉橋達夫:ネオメディアの部長。新曲レコーディングの企画トップ。
      田所を見いだし、その才能を引き出した。田所の過去を知る人物。
      本多勇造を見つけて、売り出した育ての親的存在
 田所平吉:ミキサー。元ヤクザ。罪をかぶって刑務所暮らしの過去がある。
 栗原正一:サニーサイドレーベルのディレクター
       社内的事情で本多勇造のレコーディング担当となる。仕事疲れを愚痴る
 西野志郎:サブミキサー。九段スタジオの従業員。
 桑島常彦:ネオメディアのマネージャー。倉橋部長の直属の部下。
      
b)捜査の直接担当者
 大門警部:田所が刑務所入りする際の事件を担当した刑事 
 谷刑事 :大門警部の相棒

c)周辺の間接的関係者
 秋谷雅子:中途半端なタレントという役割のモデル
      本多勇造と桑島常彦の二人とSEX関係を持つ。桑島は本多との関係を承知
 礼武  :フェアウェイ(5人グループ)のリーダー。田所の技術に信頼を置く。
      田所から本多が殺された時の状況を聞き、独自の推理を始めるミュージシャン
 
d)その他本作品に登場する人名、組織名:これらがどう関わっていくかはご一読を。
 評論家福原先生、東都テレビの名物プロデューサー岩崎、畑山九段スタジオ所長、池沢(田所がかつて兄貴と呼んだ人物)、重松(フェアウェイのリードギター担当)、ヤクザ3人、マネージャー)、前田弁護士。

 これで端役まで含めて役者がそろった。倉橋が殺人に手を染めた真因は何だったのか。田所がどういう行動をとったのか。なぜ、そんな行動をしたのか。大門警部が田所をどう見ているか。礼武はどう推理を展開したのか。
 後は本書を手にとって、あらかじめ犯人等が読者には自明となったストーリーの謎解きエンターテインメントをお楽しみあれ。

 ご一読ありがとうございます。


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門外漢故に、いくつか音楽用語などネット検索してみた。一覧にしておきたい。

シールド線ってなんですか? :「YAHOO!智慧袋」
シールド線 Hitachi Cable
同軸コネクタ&ケーブル :「ekoubou.net」
舞台照明 :ウィキペディア
マルチ・トラック・レコーダー :ウィキペディア
ストリングス :ウィキペディア
VUメーター :「平衡プロジェクト」
「VUメーターとピークメーター~その1」~音響豆知識(6)
  :「おとなバンド『健康』のムリムリ活動報告」
シティ・ポップ  :ウィキペディア
和製AORとは何ですか?またどのような歌手がそうですか? :「YAHOO!知恵袋」
 


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徒然に読んできた作品の印象記に以下のものがあります。
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『スクープ』 集英社文庫
『切り札 -トランプ・フォース-』 中公文庫
『ナイトランナー ボディガード工藤兵悟1』 ハルキ文庫
『トランプ・フォース 戦場』 中公文庫
『心霊特捜』  双葉社
『エチュード』  中央公論新社
『ヘッドライン』 集英社
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『赤い密約』 徳間文庫
『内調特命班 徒手捜査』  徳間文庫
『龍の哭く街』  集英社文庫
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=== 今野 敏 作品 読後印象記一覧 ===   更新2版


『赤軍ゲリラ・マニュアル』 レスター・グラウ/マイケル・グレス編  原書房

2014-05-24 09:14:03 | レビュー
 本書序文の冒頭はこう述べる。「このソヴィエトのマニュアルの最終版は、ナチと戦うゲリラ兵を訓練するために用いられ、小冊子ながら絶大な影響力を持っていた」と。
 本書の編者2人は子供時代にシベリアで育った。友人の父親がこの原マニュアルの1冊を持っていて、「それによって子供たちの想像力は刺激され、ごっこ遊びやサバイバル技術は正確さを増した」(p11)という経験をしているという。若者になって本を探したが発見できず、10年近くたち、ロシアの研究者が図書館に残されていた1冊を発見。その1冊のコピーを研究者から入手し、コピーの図は質が悪かったため、出版物やウェブサイトなどから収集・加工処理して、マニュアルを復元し、英語訳を完成させたと記す。

 正確に本書の位置づけを理解するために。英語版のタイトルを示しておこう。
 The Partisan's Companion Updated and Revised edition, 1942
The Red Army's Do-It-Yourself, Nazi-Bashing Guerrilla Warefare Manual
直訳すれば、「パルチザンの必携書 1942年更新改訂版 赤軍の自分たちでナチをやっつけるゲリラ活動戦のマニュアル」というところか。日曜大工品販売店で目にする言葉、Do-It-Yourself にこんな使い方もかるのかと、ちょっと驚き。目から鱗という感じだ。
 本書マニュアルの中扉では、「パルチザンのためのハンドブック ゲリラ戦士のハンドブック 第三版(拡大版) OGIZ ファー・イースト・ステート・パブリッシング 1942年」となっている。

 序文の末尾は、「この英語訳を読者に提供し、パルチザンの戦闘の戦術的価値だけでなく、パルチザンの生活の厳しい鍛錬の状況やストイックな現実も正しく認識されることを願う。これは訓練マニュアルだが、そこには郷土を守ることを決意した人々の忍耐が読み取れるだろう」という文で締めくくられている。
 ロシアの歴史はゲリラ戦に満ちている。そして1930年代にソヴィエトからパルチザンの幹部が追放されたときに、マニュアルは破棄されたという。そして、旧式の内線マニュアルが『パルチザンのためのハンドブック』初版として再発行されたのが1941年12月。第2次世界大戦中のソヴィエト連邦のドイツとの戦いにおいて、ソヴィエト政府は1942年5月30日にパルチザン活動の参謀本を組織化。同年9月スターリンが「パルチザン活動の任務について」の防衛命令189を出す。パルチザン集団の中央統制の強化とパルチザンの増加の中で、360ページの本としてこの第三版(拡大版)が1943年5月に出版されたという。5万部発行されたという。

 本書は、今や歴史上の軍事史料的な価値として存在するといえる。まず、全体構成をご紹介しよう。
 冒頭には、「十月革命二五周年記念演説」(スターリンの演説)、「人民委員会防衛命令 1942年11月7日 345号モスクワ」(スターリン)、「パルチザン戦について」(M・I・カリーニン)の文が掲載されている。ゲリラ集団の組織化をめざす目的の明確化だ。
 第1章 パルチザンの基本戦術
 第2章 ファシストの対パルチザン戦法
 第3章 爆発物と破壊工作
 第4章 戦闘用武器
 第5章 リヴォルバーとピストル
 第6章 敵の武器を使う
 第7章 偵察
 第8章 カムフラージュ
 第9章 敵の軍用機との戦い方
 第10章 化学兵器に対する防護
 第11章 白兵戦
 第12章 応急手当
 第13章 行軍と野営
 第14章 食料の保存法
 第15章 雪中生活
という具合である。

 第2次世界大戦から現在までの間に、軍備は、兵士の武器から戦車、ロケット、飛行機にいたるまで飛躍的な技術開発があったことは、素人でもわかる。それ故、このマニュアルに出てくる軍備関連の内容はもはや歴史的骨董品的な事実記載にしかすぎない。だから、軍事オタクではないので、ああこんな武器が敵味方で使われていたのかと史料確認的に斜め読みした。
 だが、・・・である。100%、骨董品で飾り物か? というとそうではない。サバイバル的視点でのマニュアル+αの箇所は、素人なりに客観的に眺めると、現在でも旧ソ連の地域、東欧辺りでならその通り有効な気がする。もちろん、ヴァーチャルなレベルで判断してだけのことだが・・・・。

 軍事オタクではなく、「マニュアル」作成という観点から本書を眺めると話は全く別だ。マニュアルの持つ意味、そのまとめ方・プレゼンテーションとしては、実にいろいろと学べるように思う。歴史的事実を学ぶ他に、この切り口からだけでも手にとって一読する価値はある。

 マニュアル作成という観点で、気づいた点を列挙してみる。
*マニュアル冒頭に、これが「何のために書かれたか」という目的意識を明確にするという姿勢が貫かれている。行動への動機づけである。
*まず最初に(第1章)、役割遂行への基本事項(本書では、基本戦術)が論理的な流れの中で、イメージを湧きやすくして、かつ具体的に個々の状況に応じた対処を含めて簡略に書かれている。見出し項目を追っていくだけで、押さえどころがわかるようになっている。
*役割遂行にはツール(ここでは、武器類だが)を効率的有効に駆使しなければならない。そのツールの利用法について、まさに素人にわかるように、だが要点を簡潔に書くことが実践されている。自分の道具の使いこなし方である。(第3~5章、10章)
 その際に、キーワードを見出し(軸)にして要点を述べる。箇条書きを各所で併用。
 重要点は、イラスト図(勿論、現代なら写真等も)を載せて、補足説明付記。
*どんな仕事にも相手が存在する。相対的な関係性で情報を知らせる原則が貫かれている。自分たちの武器の説明をすると、対比的に敵軍の武器情報を追記している。どのように見るか。どういう使われ方をしているか。知っておくべき事を押さえている。
 敵を知れば百戦して危うからずというが、まさにその実践である。
*ツールの使い方については、1)通常の扱い方の手順、2)メンテナンスのやり方、3)不良発生の知識と対処(考えられる問題とその原因、是正措置方法)、4)不良の直し方、がまとめられている。勿論、ここでも図解を有効活用している。点検の重要性が明確に打ち出されている。
 手順化するべきものは、すべて箇条書き方式で論理的にわかりやすく記述している。
 手順を図解して併記することを実行している。絵だけ見ても大凡理解できる。
*第6章は「敵の武器を使う」である。ここでは、敵の武器を図入りで列挙して、その特徴の説明と使い方を具体的に記載している。
 これはそのままビジネスにも応用できるのではないか。ライバルあるいはお客の情報を具体的に知り、そこから何を引き出し、どう使えば良いかというポイントを示すこと。たとえば、お客の発言情報からその欲求を引き出し、引き出し、対処のポイントをマニュアル化するということと同じだと感じる。
*動作・行動の基本ルールは明確に明示する。絵入りでわかりやすく。
 第7章「偵察」は、どういうレベルで基本を押さえさせるかの事例ともいえる。きっちり簡潔に記されている。だが、書かれていることは実に具体的なやり方・行動レベルである。抽象的な記述ではない。基本は具体的に即実践が利くようにの見本のようである。
*あたりまえと思えることも、具体的に書き込んで、イメージが浮かぶくらいにする。つまり、初めての素人でも、読めばイメージが湧くように。
 例えば第8章「カムフラージュ」にこんな一節がある。
 「周囲の地形に溶け込むことは、最も重要なカムフラージュ法のひとつである。自然のどんな地形も土地の起伏も天然の遮蔽物として利用し、敵から身を守ろう(図94)。小さな丘、小山、地面の穴、谷、くぼ地、砲弾(爆発)によるクレーターはどれも、敵の探索からのよいシェルターになる。自然や人工の物も自分の姿を隠してくれる。・・・・」(p163~164)実に具体的な記述である。
*主要なものは具体的に列挙して、それぞれに特徴を説明する。対処法も個別に記す。
 このマニュアルでは、軍用機や化学物質について、具体的に事例列挙している。(第9~10章)その要点を記憶しやすいように、同じパターンで簡潔にまとめている。
 尚、このマニュアルでは、防毒マスクの重要性を記した続きに、「においで毒物を探知する際は、1~2回吸い込むだけで気づくようにする。・・・・」と記されている。だが、一般のパルチザン戦士にこれが可能かと考えると、やはりちょっと首をかしげたくなる。記述の必要性と主旨は理解できるのだが・・・・。まあ必要な原則論的記述も避けられないとは思う。この点は、具体的な訓練でどこまで事前にカバーできるかという次元だろう。
 同じようなことは、ビジネスのマニュアルでもつきまとうことだ。
*通常のやり方ができない場合、次善の策についてもマニュアルに書き込む。これはやはり重要な観点だろう。
 このマニュアル内の典型的な事例では、「欠陥のある防護マスクの使い方」「防護マスクがない場合」という項目で、サバイバル対処の次善策を教えている。
*状況は体系化して、場合分けで具体的に要点を書く。全体像が捕らえられるようにする。全体像がつかめたら、あとは訓練で体に覚え込ませることが大事なのだろう。
 これはどの章にも共通するが、第11章「白兵戦」のまとめ方を読んでいて特に感じたことである。うまく状況を分類されて簡潔に要点が記されている。イメージは整理しやすい。そこで、これがどこまで即座に実践できる? からの当たり前のことへの回帰。
 ここでも急所は絵入りで説明している。
*マニュアルの作成には、地域の特性を考慮に入れる。これは異文化視点をきっちりと押さえておくということにも通じるだろう。
 サバイバルに関わる食料の保存法が第14章にまとめられているが、食料キノコと毒キノコについて列挙して載せられている。これで3ページくらい記されていることに、地域性を感じた。また、最終章で「雪中生活」の方法をマニュアル化している点にも同様に地域性を色濃く感じた次第である。

 最後に編者のプロフィールを簡単に紹介しておこう。
 レスター・グラウ: アメリカの退役軍人。ベトナム戦争で南ベトナムに従軍し、ゲリラと戦い、担架で運ばれ戦線を離脱した。その後、陸軍でロシア語を学び、任務でソ連を何度も訪れたという。
 マイケル・グレス: シベリア育ちの元ソ連兵。ロシア名は、ミシャ。父親は対ナチ戦で戦った退役軍人。
 この二人には『ソヴィエト・アフガニスタン戦争-大国はいかに戦い敗れたか』という共著があると、略歴に記されている。

 ご一読ありがとうございます。


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本書に出てくる用語で気になるものをネット検索してみた。一覧にまとめておきたい。
Red Army : From Wikipedia, the free encyclopedia
The Red Army Erich Wollenberg

The Partisan's Companion Updated and Revised edition, 1942


十月革命 :ウィキペディア
ファシズム :ウィキペディア
パルチザン :ウィキペディア
赤軍パルチザン :ウィキペディア
抗日パルチザン :ウィキペディア
レジスタンスとパルチザンの違いは何ですか? 同じなんでしょうか? (第2次世界大...
  :「YAHOO JAPAN! 知恵袋」
 
リヴォルヴァーカノン :ウィキペディア
機関銃  :ウィキペディア
拳銃   :ウィキペディア
手榴弾  :ウィキペディア
RGD-33手榴弾 :ウィキペディア
Next Generation Hand Grenade ( Product of Swedish innovation ) :Youtube
 
塹壕   :ウィキペディア
 
サバイバル :ウィキペディア
 
サバイバルの観点での別次元の連想展開として:

「Earthquake Survival Manual いざというときのためのサバイバル・マニュアル」
  東京都  pdfファイル
「わたしの防災サバイバル手帳」 消防庁  pdfファイル
震度6強体験シュミレーション  防災シミュレーター :「内閣府」
揺れ方シミュレーション 防災シミュレーター :「内閣府」
 
Survival Table of Contents  :「The Aircav」
 サバイバルについて様々に論じられた内容の目次ページ(英文)
 

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『スクープ』 今野 敏  集英社文庫

2014-05-22 08:52:42 | レビュー
 『クローズアップ』(2013.5)、『ヘッドライン』(2011.5)と遡り読み継いだ原点がここにあった。2009年2月に改題し文庫本化されたのである。原題は『スクープですよ!』(実業之日本社)として1997年9月に出版されていた。このスクープものシリーズの原点は短編小説7篇から構成されていたのだった。

 主人公は「東都放送ネットワーク・報道局・布施京一」である。TBNテレビ報道局の看板番組『ニュース・イレブン』の遊軍記者である。直属の上司はこの番組のデスクの一人、鳩村昭夫。報道畑一筋の生真面目な男。布施京一のような行動をとるタイプを理解できないと普段から思っている。このニュースショウのメインキャスターは鳥飼行雄でベテランのアナウンサー。女性キャスターは契約ベースの香山恵理子で、美人でスタイルがよく、物腰もやわらかで、セクシーな女性のため、番組の人気に大きく寄与している。布施は香山のスタイルや服装などをさらりと褒めるので、香山は布施を気に入っている。鳥飼と香山は布施がしばしばスクープをものにするので、その実力を買っている。鳩村が布施の行動に不満を言い、批判すると、彼らは布施の実力を認め、布施をかばい支援する側に立つ。鳩村は布施に対しては管理職として憎まれ役になる。文句を言いながらも、布施という人間が気になって仕方がないのだ。こんな人間関係の中で、布施がどのような状況から『ニュース・イレブン』にスクープを時折もたらすのか、それを語るのがこの短編集である。

 事件において報道記者に対するのが警察。このシリーズでは警視庁捜査一課の黒田祐介部長刑事が主な登場人物になる。刑事は記者を毛嫌いし近づけさせないものだ。なぜなら記者は刑事から情報を引き出し、スクープを得られることを狙っているだけだから。しかし、黒田はこの布施だけは近づいてくることを毛嫌いしない。どこか引きつけられるところがある憎めない男なのだ。時にはある意味で相棒的存在にすらなる。そんな不思議な関係性として作品化していくところが、ちょっとおもしろい。刑事と記者の癒着ではない。良い意味のギブ・アンド・テイクの関係である。
 そこにちょっと三枚目的役割で配されているのが東都新聞社会部の遊軍記者・持田豊である。黒田刑事からみれば持田は毛嫌いしたいタイプの記者。ネタがほしさに黒田に夜回りをかけてくる。布施を介することによって、なんとか黒田に少し近づける存在として描いて行く。布施と持田は同系列にあるマスメディアであり、布施は映像、持田は活字という報道畑の違いにより、直接的な競合ではない。そのため時には持田の情報ルートが有益な場合がある。そんなところがこのストーリーに広がりと奥行きを加える情報提供者の役回りにもなっている。
 
 一応本書では、第1章から第7章という風に章立てになっている。しかし、それそれが独立した短編でありどの章から読んでも支障が無い。短編なので筋はストレートで比較的シンプルである。スクープを獲得するための裏話集といったところか。布施京一がときにはちょっと危ない橋を渡っていると思える場面もある。一遍ずつで見れば、短時間のすき間時間をうまく楽しむ手段になるエンタテインメント作品と言える。

 短編の筋を語れば、おもしろみが半減するので、簡単なご紹介を要素風に記しておこう。
1.スクープ
 When : 解散含みの政権奪回が政治面でニュースになっている頃
Who : 友坂涼35歳独身。かつての人気アイドル。今は比較的地味な役者。離婚あり
Where: 友坂に誘われ、布施はとあるマンションまで同行する。
What : 覚醒剤所持及び使用
Why : 現行犯逮捕。だが実は、友坂が利用していたマンションの所有者こそ狙い目
How : 布施は独自の取材網から六本木での芸能人の覚醒剤パーティの情報を入手
 布施も時にはさりげなく仕掛けていくというストーリー展開の妙味

2.傷心 HEART BREAK
 When : 深夜2時過ぎ。保守系新党の再編が画策されている時期。
Who : 若手女優沢口麗子。元婚約者Jリーガー加瀬陽一は別の婚約者と結婚式挙行。
Where: 東名用賀インター付近での車5台の玉突き事故。
What : 事故の負傷者の一人に関東興志会組員・南雲俊二がいた。
Why : 沢口は失意のどん底? 事故/自殺? 南雲に布施は目をつけた。
How : 芸能畑の連中は失意の自殺という線で殺到。布施はそれをクールに傍観する。
 見落としがちな事実に目を留めた布施がたぐり寄せていく情報の結末の意外性

3.遊軍記者
 When : 深夜。
Who : 東都新聞記者持田豊。中国人娘ミンミンと遊ぶ布施。
Where: 新宿歌舞伎町の雑居ビル1階の中華料理店。
What : タレコミで警察の手入れがあった。
Why : 持田は麻雀賭博の現場への潜入取材を意図。
     ミンミンが布施に言う。「明日は、歌舞伎町に来ないほうがいい」と。
     布施はその裏の意味をくみ取る。布施は黒田にあることを伝える。
How : 持田は流氓の人脈を見つける。布施は中国美人と知り合いになっていた。
潜入取材に力む持田と自然体でどこにでも入り込む布施のコントラストのおもしろさ

4.住専スキャンダル
 When : 住専問題がトップニュースの時期。
Who : 元アイドル歌手の栗原弘美。立原美香(栗原と同じプロダクション)
Where: 新宿のラブホテルの一室
What : 栗原が遺体で発見される。
Why : 急性心不全。覚醒剤使用疑惑あり。
     栗原が高級デートクラブに関係していたことを布施は立原から聞く。
How : 布施は立原と仲良くなっていた。
 住専の不良債権の回収問題に絡めた色と欲の物語。ありそうな・・・・。

5.役員狙撃
When : オウム真理教の幹部に坂本弁護士の取材テープが流れた頃
Who : 狙撃されたカシマ電器役員、大手広告代理店の社員、新宿のポン引き
     クラブ「エルザ」のホステス、「ロココ」のソープ嬢
Where: TBN放送局、歌舞伎町、
What : 報道の綱紀粛正と報道姿勢
Why : 狙撃犯人の逮捕。そこには裏があった。
How : 布施が歌舞伎町で情報源・ゼンちゃんからあるネタを仕入れる。
 大企業の絡む事件には隠しておきたいウラがあるというお話

6.もてるやつ
 When : ビッグカップル折原沙枝と朝霞勇次の婚約発表の時期。深夜~明け方前。
    (元アイドル歌手で今は26歳の大物タレントと35歳の野性味ある二枚目俳優)
Who : 「ポルテ」のホステス・長岡由香里(その前は池袋のキャバクラ「ワイルドキャット」)
Where: 長岡の自宅・麻布十番のマンション
What : 殺害(絞殺)される。
Why : 容疑者として長岡の元彼氏・野島博史が連行される。布施は疑問を抱く。
How : 布施は「ポルテ」にボロルを1本入れて、ホステスのカズミの話を聞く。
     布施は黒田刑事からとんでもない役割を頼まれる。それが事件解決の鍵に。
 「もてる男の気持ちがわかるということかしら?」(香山恵理子)
 「他人の気持ちなんてわかりゃしない。でも、それが想像できなくなったら、記者なんてやめたほうがいいと思う」(布施京一)
 この短編の末尾の一行の布施の言葉、とこの会話とのコントラストが絶妙である。

7.渋谷コネクション
 When : 11時の待ち合わせ
Who : テレクラの少女リナ、間島憲久、少年シュウ(後日、死体で発見される)
Where: 渋谷、109の前での待ち合わせから事件が始まる
What : フリーライター・間島がオヤジ狩りに遭う。リナはオヤジ狩りに無関係
Why : 事件は援助交際が目的とみられたが、その裏には・・・・
How : 布施は、しばらく姿を消すと言い、潜入取材に入る。布施は間島の狙いを推測
     香山恵理子はニュースキャスターの枠を出て、現場取材活動をめざす。
 布施がヘッドハンティングに遭っているという噂が流れている中での、布施にはめずらしい潜入取材行動。間島が覚醒剤を追っていたことを知る布施。ドラッグの背景を見つめた短編である。

 意図的かどうかは知らないが、それほど時代背景を意識することなく読める短編集である。それどころか、季節感すらほぼ捨象されてしまっている作品群だと感じる。つまり、いまこの現在に発生している事件という感覚で十分読める作品集だと思う。
 布施記者と黒田刑事のもちつもたれつのスタンスが生み出す事件解決プロセスがおもしろい。布施にとって、スクープをものにするのが目的ではなく、関心を抱いた事件を解決に導くことに主体があり、結果としてスクープとなる。そんなストーリーを楽しめる。
 自然体の記者・布施京一シリーズが継続されることを期待したい。
 本来なら、第3作を読んだ後の文に書くべき言葉なんだが・・・・。


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短編作品群の背景に関連する事項をネット検索してみた。一覧にしておきたい。

薬物の種類と害悪 :「内閣府」
薬物事犯の送致人員(年次別) 統計図表 :「警視庁」
覚醒剤事犯の送致人員(職業別及び年次別)統計図表 :「警視庁」
薬物乱用の恐ろしさ 薬物に関するデータ :「警視庁」
合法といって売られてる薬物の本当の恐ろしさを知っていますか? :「政府広報オンライン」
覚醒剤 :ウィキペディア
超凶悪メキシコ麻薬カルテルと並んで日本のヤクザが「世界最大の国際犯罪組織」に認定。山口組・住吉会に続き、稲川会まで。遂に「日本のタブー」にアメリカ合衆国が切り込むか? :「JAPA+LA MAGAZINE」
日本の裏社会~薬物ルート :「朧月夜Hazy Moon night」
日本の裏社会~薬物ルートpart2 :「朧月夜Hazy Moon night」
【閲覧注意】覚醒剤ビフォー・アフター顔写真20選 :「ROCKET NEWS 24」
 
住宅金融専門会社 :ウィキペディア
住専処理(住宅専門金融会社の処理) :「現代キーワードQ&A事典」
 


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徒然に読んできた作品の印象記に以下のものがあります。
こちらもお読みいただけると、うれしいかぎりです。

『切り札 -トランプ・フォース-』 中公文庫
『ナイトランナー ボディガード工藤兵悟1』 ハルキ文庫
『トランプ・フォース 戦場』 中公文庫
『心霊特捜』  双葉社
『エチュード』  中央公論新社
『ヘッドライン』 集英社
『獅子神の密命』 朝日文庫
『赤い密約』 徳間文庫
『内調特命班 徒手捜査』  徳間文庫
『龍の哭く街』  集英社文庫
『宰領 隠蔽捜査5』  新潮社
『密闘 渋谷署強行犯係』 徳間文庫
『最後の戦慄』  徳間文庫
『宿闘 渋谷署強行犯係』 徳間文庫
『クローズアップ』  集英社

=== 今野 敏 作品 読後印象記一覧 ===   更新2版



『切り札 -トランプ・フォース-』 今野 敏  中公文庫

2014-05-19 09:24:45 | レビュー
 『戦場 -トランプ・フォース-』を先に読んでから、この第1作に遡ることになった。文庫版で2010年8月に出版される前は、『トランプ・フォース 切り札部隊』という題で1988年3月に扶桑社から刊行されていた作品である。
 原題と文庫版の改題に大きな変化はない。原題はトランプ・フォースというカタカナ語を素直に日本語にしただけの題である。というのは、この第1作は、なぜ、どのようにトランプ・フォースが形成されたか、そしてその最初のミッションとしてどんな課題を、どのように解決していったかを扱っているのである。
 カタカナ語は、この作品の途中でその意味が定義されている。先回りしてそのさわりを最初に語ろう。トランプ・フォースは Trump Force をカタカナ表記しただけ。そして、最初の単語は、実は、Task Force(機動部隊)、Rescue(救助)、Undertake(保証)、Military Party(軍団)の頭文字を取ったものだという。世界のテロ組織が個々バラバラに活動している時代から、テロ組織が互いの目論見から相互に協力・連携して、国際的に活動し出した。それに対して、各国政府の持つテロ対策組織には、国境という一つの行動の限界がつきまとう。そこで、各国からの援助の要請があれば、国際的な合意を前提としたうえで、特殊な契約を国々と結ぶ。そして、超国家的対テロ用特殊部隊を速やかに派遣する。という主旨の部隊が生み出されるのだ。Trumpという語は、いわゆる「トランプ」でもあり、それにはまさに「切り札」という意味がある。つまり、トランプ・フォースは「切り札部隊」そのものの意味であり、グローバルなテロ活動に対し、いずれか、あるいは複数の国家に契約で雇われて、テロ行為に対する最後の「切り札」になるというミッションを担うということである。つまり、世界最強の部隊編成ということになる。

 この第1作はその「切り札」の1単位となるチームが編成される経緯とそのチームともう一つのチームが協力する形で初めてのミッションを物語っていく。
 冒頭、佐竹竜-主人公の一人-が古びた古城の城壁をWz63サブマシンガンを右手に持って乗り越えていく場面から始まる。読み進むとこれが戦闘訓練だということがわかる。日本人の佐竹がなぜ、こんな訓練を受けているのか? それはトランプ・フォースのチームメンバーとなったからなのだ。では、なぜそういうことになったのか・・・・
 それが本作品の前半のストーリー。
 佐竹竜は幼い頃から父から家伝の拳法「源角」を叩き込まれてきた人物。津軽半島の最果て青森県三廚(みんまや)村で生まれ、育ち、拳法を修得し、東京で大学時代を過ごし商社マンとなった。東京勤務の佐竹がニューヨークの支店配属となり転勤する。彼はニューヨークで本物のカルチャーショックを受ける。アメリカ人の生活スタイルや行動に接し、自分は本当は何をやりたいのか? そんな疑問を抱き始める。ニューヨークで1ヵ月ほど過ぎたころ、ふとイーストサイドである看板を発見して、胸が高鳴るのを感じる。それは空手道場の看板だった。商談後にその空手道場の様子を衝動的に飛び込み見学する。その道場では、海兵隊出身で、去年の全米オープン・トーナメントで準優勝した人物が指導者となっている道場だった。見学のつもりが練習試合をすることとなる。ニックとブライアンという名の道場生と立ち合うのだ。そして2人に勝つ。「僕の生きる道はこれしかない」それが彼の商社マン人生を狂わせる契機になる。

 商社マン生活のかたわら、いっそうの体力トレーニングと技の研究に精をを出す。そして、ニューヨークの道場を見学して歩く。ニューヨークでいつか自分の道場を開きたいという夢を抱く。ハーレム地区に位置するグレッグの道場を見学し、練習試合をする。そして、そこでグレッグから3ヵ月後に、格闘技のオープン・トーナメントがニューヨークで開かれるということを知る。グレッグはそれに出場し優勝する野望を抱いているのだ。大会で優勝すれば、立派な道場を経営するための手助けを得ることができるからなのだ。
 佐竹はこのトーナメントに出場する決断をする。そしてグレッグとその仲間に手を貸し、一緒に大会に出ることを約束する。これがいわばファースト・ステージ。

 セカンド・ステージはオープン・トーナメントのプロセスである。
 大会の2ヵ月前に佐竹は会社に辞表を出し、退社準備やグレッグたちとの稽古で多忙な1ヵ月を過ごし、一旦故郷青森に帰る。大会前の最後の仕上げ、父から「源角」について最後の伝授を受けるためでもある。そして、大会が始まる。ここからは著者の超得意な分野。格闘技の展開である。そして、この大会で、佐竹はデービット・ワイズマン、マーガレット・リーと出会う。彼らもグレッグと同様に大会に出場してきて、勝ち残って行くのだ。どういう風に試合をして勝ち残っていくか・・・格闘技場面の描写がファースト・ステージ以上に読ませどころになる。
 そして、佐竹は大会役員をしているというホワイトと名乗る人物に声を掛けられる。フェアなオープン・トーナメントの大会なのだが、実はその裏に大きな意図があった。

 サード・ステージは、佐竹がリージェンシー・ホテルにいるというホワイトに会いに出かけるところから始まる。それはトランプ・フォースへのリクルートメントの始まりだった。ホテルのホワイトの部屋で、佐竹はワイズマン、リーと遭うことになる。彼らもホワイトに声をかけられていたのだ。リクルートメントの開始から訓練生活、そしてこの3人はそろって訓練に合格する。ホワイトが自らのチームのメンバーにふさわしいと選んだ精鋭だったのである。面談、リクルートの目的とミッション、そして合意の上での厳しい訓練。これらが描き込まれていく。トランプ・フォースを構成する一つのチームの誕生である。

 そして最後のステージが、初めてのミッションである。佐竹の属するホワイト・チームの初仕事であるだけでなく、トランプ・フォースが掲げる目的と行動力、成果を世界の主要各国の中枢人物たちに知らしめ、評価させるための初仕事でもあるのだ。
 そのミッションは、パリのオルリー空港に降り立つところから始まる。スコットランド・ヤードのスペシャル・ブランチが超A級犯罪者として特別にマークしているという爆弾のプロ、フランク・ミラーがパリに来ているという。重要人物の暗殺目的か、無差別テロか・・・・。フランスのSDECE(外国資料情報対策本部)、DST(国土監視局)、RG(総合情報部)、SN(国家警察)、これらの組織が総力を挙げて、捜査し対策を講じることに、「切り札」が雇われて行き、その実力を見せるということになる。
 いわば、起承転結ストーリーの「結」、大団円の始まりから結末までの描写である。そこには、思わぬどんでん返しを著者は潜めている。実におもしろい。

 本作品は、テロリズムの存在にいち早く着目し、テロが一国内という枠内だけに収まらず、世界に広がる脅威の存在ととらえている点に先見性がある。国内対策中心にならざるを得ない一国の諸組織体制には限界と盲点がある。そこに超国家組織を「切り札」として準備したらどうなるか、という発想である。外人部隊・傭兵部隊という視点を、すばらしい能力をそれぞれに秘めるメンバーが構成する少数精鋭特殊部隊へと飛躍させたところがおもしろい。ある意味の「正義の味方」を生み出したのだ。一国の法律を超えた次元において、できれば使わずに済ませたい、しかしいざというときの「切り札」はある!という形で。グローバル化するテロへの対策をストーリー化したとところに、時代性を的確に見据えたエンタテインメント作家の本領が発揮されている。

 最後に、佐竹のチームメンバーを本作品の「主な登場人物」から引用という形でご紹介しておこう。
 デービッド・ワイズマン: 世界各地で実践経験を持つ傭兵
 マーガレット・リー  : 元英国スパイ。カンフーの達人
 ホワイト・チームが対象としていく人物たちもご紹介しておいた方が、興味が増すかもしれない。
 フランク・ミラー   : アイルランド民族解放軍のメンバー。爆破テロの達人
 楊隆(ヤン・ルン)  : 拳法を駆使する殺し屋
 ワルター・カッツェ  : ドイツ赤軍の活動家。ナイフの使い手
 アブドル・シド    : スナイパー

 あとは、本書を手にとってお楽しみください。

 ご一読ありがとうございます。


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関連語句をネット検索してみた。一覧にまとめておきたい。

情報機関  :ウィキペディア
対外治安総局(DGSE) :ウィキペディア
Directorate-General for External Security 
   : From Wikipedia, the free encyclopedia
Central Directorate of Homeland Intelligence, DCRI)
   : From Wikipedia, the free encyclopedia
Central Directorate of General Intelligence (RG)
   : From Wikipedia, the free encyclopedia
National Police (France) : From Wikipedia, the free encyclopedia
 フランス語の略称ではPN、以前はSNと称された。
国土監視局(DST) :ウィキペディア
国内情報中央局(DCRI) :ウィキペディア
フランス 背景/テロ関連動向/今後 :「公安調査疔」
ドイツ 背景/テロ関連動向/今後 :「公安調査疔」
ドイツ赤軍  :ウィキペディア
アイルランド民族解放軍  :「公安調査庁」
 


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徒然に読んできた作品の印象記に以下のものがあります。
こちらもお読みいただけると、うれしいかぎりです。

『ナイトランナー ボディガード工藤兵悟1』 ハルキ文庫
『トランプ・フォース 戦場』 中公文庫
『心霊特捜』  双葉社
『エチュード』  中央公論新社
『ヘッドライン』 集英社
『獅子神の密命』 朝日文庫
『赤い密約』 徳間文庫
『内調特命班 徒手捜査』  徳間文庫
『龍の哭く街』  集英社文庫
『宰領 隠蔽捜査5』  新潮社
『密闘 渋谷署強行犯係』 徳間文庫
『最後の戦慄』  徳間文庫
『宿闘 渋谷署強行犯係』 徳間文庫
『クローズアップ』  集英社

=== 今野 敏 作品 読後印象記一覧 ===   更新2版



『等伯』 安部龍太郎  日本経済新聞出版社

2014-05-14 23:23:56 | レビュー
 2010年に「没後400年[特別展覧会]長谷川等伯」が京都国立博物館で開催された。それまでにも京博の所蔵品や京都市美術館の展覧会、寺院などで等伯の作品を数点見てきていただが、この「長谷川等伯」展で生涯にわたる作品群を鑑賞した時はやはり圧倒された。

「松林図屏風」の縹渺としたあの独特の絵に心惹かれる一方で、印象に残ったのは「千利休像」、「柳橋水車図屏風」である。「枯木猿猴図」に親しみを感じた。本書を読みながら、この展覧会で購入した図録(以下、図録という)を書架から取りだして久しぶりに眺めてみていた。
 この展覧会前後に萩耿介著『松林図屏風』(日本経済新聞出版社刊)を読んでいる。

 北陸の片田舎から長谷川信春が京の都に登場し、長谷川等伯として狩野派と対抗するまでの絵師となり、長谷川派を確立するというその展開を知って以来、長谷川等伯という絵師に関心を抱いている。
 この『等伯』を読み、長谷川等伯に一層関心を深めることとなった。併せて、ライバルの狩野永徳にも同様に興味関心を深める事になっている。永徳に関わる別の作家の作品を読んでいたので、余計におもしろい。

 本書は、長谷川等伯の伝記小説と言える。等伯の三十台から始まり江戸長谷川派を立ち上げるつもりで江戸に出立するまでが描かれている。勿論三十台以前のことは回想という形で触れられている。現存絵画類及び史料、資料として遺されていない部分は著者が想像力を羽ばたかせて創作したフィクションである。それが判っていても、そうとは思えないその通りなのかなと思わせる展開に魅了された。読み応えのある作品である。
 日本経済新聞朝刊に2011年1月~2012年5月の時期に連載され、2012年9月に加筆修正し、上・下2巻本として出版されている。
 
 能登国七尾の奥村家に生まれ、実兄(武之丞)が家督を嗣ぎ、又四郎信春(後の等伯)は、同じ七尾の絵仏師であり染物業をも営む長谷川宗清の養子となる。信春は三十台までに能登地方で絵仏師としてその名を知られるようになっていたという。その絵仏師・信春が京の都に上り、天下の絵師として腕を磨きたいという思いを秘める。その思いを絵仏師の師匠でもある養父が気づいていて、その道を開かせたい思いを抱いていた。そこからこの物語は始まって行く。33歳で信春は上洛することになる。

 長谷川等伯にはいくつかの大きな人生のステージがあり、そこに複雑に絡まり合う筋、しがらみがあるものとして、描かれている。彼が天下の絵師になるプロセスは単純なものではない。だからこそ読み応えがあるのかもしれない。

 彼の人生のベース:能登・七尾でのステージ
 長谷川家の養子となる信春は、それまで武家の子として育成され武術の基礎を修得して来た。奥村家から長谷川家に養子に出ることに相当のショックがあったようだ。長谷川家では絵仏師として絵画手法の基礎力を修得し、その領域では評価されるレベルになっていく。それ故に、一介の地方の絵仏師という生業に満足できない鬱勃たる思いを秘める状況に至る。
 絵師として立つために、上洛するきっかけが生み出される。図録の年表は「元亀2年 等伯(信春)の養父宗清及び養母妙相没す。等伯(信春)、この頃上洛するか」とのみ記す。本作品では、この「相没す」の背景が克明に描かれる。そしてそれは生涯、等伯の禍根を心に刻む出来事となる。ここには、兄奥村武之丞が主家・畠山家を再興したいという悲願が関わっている。兄の意志が等伯の生涯に色濃く影響を与えていく起点でもある。兄武之丞の思いと行動という副軸が、信春の生き方に様々に影を投げかける形でとなって織りなされていく。信春に依頼する兄の意図が信春(並びに後の等伯)を危機的状況に追い込むことになる。「養父母や妻を説得する口実がほしかった」だけではすまない事態、それが始まりになる。(第1章~第2章)
 
 京での潜伏、そして転機が訪れるステージ
 信春の絵の技量及び信仰心、絵仏師としての評価が、不遇の時期を助けることになる。兄との関わりから、信春は「追われる者」の境遇に投げ込まれた。京の町中での潜伏が始まる。扇屋の職人として拾われて糊口を凌ぐ。が、本法寺の日堯上人の尊像を描く機会を得て転機が訪れる。それが契機で夕姫に紹介されるが、この夕姫が信春の人生に幾度も影響を及ぼす人、さらに一つの副軸となる。
 一方、夕姫を介して、信春には近衛前久との繋がりが生み出されていく。近衛前久の仲介で、信長との戦を継続している石山本願寺・教如上人の絵を石山本願寺内で描くことになる。近衛前久との関わりにおいて、戦国~安土桃山時代の政治背景がうまく描出されていて、戦国史の裏話としても面白い。史料をベースに、著者の創作力が発揮されているように感じる。この近衛前久は、信春の人生の転機に立ち現れてくる強烈な副軸になる。この近衛前久に関わるシーンだけを読み繋いでいっても、副次的伝記小説になっていると感じるほどである。
 また、教如の絵を描くことが、石山本願寺での絵の仕事で逗留する狩野松栄との関わりを持つ機会となり、松栄を通じて狩野派の絵画技法を学ぶ契機が訪れる。信春にはこの機会から松栄を絵の師匠として敬うことになる。正式な狩野派への入門という形式でなく、近衛前久のお声懸かりという形での松栄との個人的関わりが深まるという設定で著者がこの作品を構成して居る点が興味深い。そこには狩野永徳との直接的関わりは見られないというしかけになっている。狩野松栄は、信春の技量を評価し、将来の長谷川派台頭を手助けする反面、狩野派の将来を見据えて、深慮で行動する人物として描かれている。狩野松栄という副軸は等伯の絵師としての熟成に深く関わっていく。(第3章)

 再会した妻子を伴っての仮住まいステージ
 事情があって、敦賀・気比神社近くの妙顕寺に預かってもらっていた妻子と再会し、やっと家族一緒に上洛できる。本法寺内の教行院にて世話になる。信長の上京が再び信春を逃げる立場に追いやる。それは京から堺への逃避となる。そこには近衛前久の支援があった。
 図録に掲載の論文「長谷川等伯、天下をとる-上洛後の二十年」(山本英男氏)には、上洛後の17年間の空白を埋める想定として、等伯の堺居住説が紹介されている。この作品では、この考え方が構想の中に重要なファクターとして組み入れられ展開している。
 著者は、この苦難の仮住まい時代を、信仰篤き絵仏師・信春がその力量を因とし、日蓮宗の寺の伝によって生き延びる果を得る経緯として展開していく。仮住まいの時代に諸上人の尊像を描くという形で巧みなリンクがなされている。堺においては、日上人の依頼で日?上人の尊像を描くプロセスが具体的に描き込まれている。図録によると、この上人像は昭和58年(1983)にはじめて現存したことが発見されている。  シン 示+眞
 堺での仮住まいは堺の妙国寺、日上人の許である。この日上人は、信長により仕組まれた安土での宗論に関与させられる論者の一人である。安土の宗論について、その経緯が法華宗徒の観点から裏話風に織り込まれていくのは興味深い。
 日上人は油屋常言の子であり、この堺の商人、油屋一族が信春の人生に大きくかかわっていく事になる。信春に関わる人の縁である。
 堺は信春にとり堺の商人が買い求めた西欧の模写画を直に見聞でき、西洋絵画の技法に接することのできた機会でもある。さらに、人脈が広がる機会でもあった。千利休との繋がりも、この堺から始まっていると、著者は描いていく。
 この堺での仮住まいは、一方で最愛の妻・静子に悲運が訪れる時にもなっていく。まさに禍福はあざなえる縄の如しである。
 信春の堺居住時代は、本能寺の変を経る戦国時代の転換点でもあり、妻・静子が肺炎で死去するという人生での転換点に重なっていく。 (第4章~第6章)
 
 単行本の上巻では長谷川信春(等伯)の雌伏のステージが緻密に描写され、積み上げられていく。 そして下巻では、信春が京の表舞台に登場し、長谷川派を築き上げていくプロセスが展開していく。この長い前半の準備期間があってこそ、後半の舞台が一層躍動していくのだ。

 狩野永徳との対決のステージ
 信長の死は、信春が追われる身でなくなる時となる。再び京の都に出て、今度は自ら絵屋を構えることから、京での絵師ステージが始まる。
 絵屋で売る絵が都の人々の評判になる。絵屋の商売の拡大が、日通上人の従姉妹である清子(油屋の出戻り娘)が絵屋を手伝うことに展開し、その清子が信春の人生に大きく関わっていく。
 京で絵師としての評判をとることは、絵師長谷川等伯が狩野永徳と絵で対決するステージを生み出していく。
 狩野松栄の依頼もあり、信春が聚楽第造営にあたり、その襖絵の絵の仕事を手伝う事になる。だが、その為には永徳の横やりが入り、信春は襖絵を描くことで永徳と事前に対決することとなる。このあたりから、ストーリーの展開は俄然おもしろくなっていく。

 春屋宗園が大徳寺三門造営を発願し、千利休が喜捨する形で三門を二階建ての楼門に改築することになる。この二階部分に長谷川等伯が絵を描く。このプロセスが具体的に描き出されいく。この頃には、信春の息子久蔵が狩野永徳の弟子となっていて、絵師としての腕をめきめきと上げている。その久蔵が狩野の門を去り、父信春を手伝って、大徳寺三門の絵を仕上げていくことになる。この大徳寺三門造営に伴う信春の絵が本格的に、長谷川派の築かれていく基礎になる。この経緯が具体的に描かれて行く。
 この仕事の結果が評価されることが、一層永徳にとって敵愾心となっていく。さらに、狩野派に対して長谷川派が絵師としての仕事の場、活躍の場を獲得することが不可欠となる。それは、信春と永徳の対決、確執への必然性を加速する。
 仙洞御所の対の屋に絵を描くという仕事が、一つの大きな山場となる。仕事を取るための裏工作がどれほど行われているかの側面にストーリー上の描写の力点が置かれている。いつの世も、大きな仕事を手に入れるには、その背景に熾烈な様々なの駆け引きがつきものであるようだ。そのどろどろとした局面が描き出されていくが、暴露話が人を引きつけるように、このストーリー展開は関心が高まるところでもある。
 対の屋の仕事は、最終的には永徳の手中に帰すが、その仕事の後に永徳が逝去する。(第6章~第8章)

 等伯が長谷川派を率いて活躍するステージ
 等伯の絵は関白秀吉の好む所となり、等伯の活躍の場が広がっていく。だがそれは、等伯を大徳寺三門の絵の仕事で支援してくれた千利休が切腹して果てた後の時代である。著者は、この利休の死に焦点を当てながら、等伯の関わりをまず描き込む。それは、後の等伯と秀吉の関わりの極点への伏線となる。
 秀吉の命を受けた大きな仕事における等伯の活動が克明に描かれて行く。
 一つは、亡くなった鶴松君の供養として秀吉が建立する東山七条の祥雲寺の障壁画の仕事である。秀吉が等伯の絵を好んだということに加えて、そこには亡き千利休に目をかけられた等伯を起用するという政策的な意図も絡んでいた。私は本書で改めて現在智積院のある一帯にかつて、天童山祥雲禅寺(祥雲寺)が建立されていたというのを再認識した。図録の作品解説を読むと、「智積院の障壁画は、江戸初期、現在地に智積院が移る前にあった祥雲寺のために描かれた障壁画である。祥雲寺は、豊臣秀吉が、天正19年(1591)8月5日、わずか3歳で夭折した愛児鶴松の菩提を弔うために南化玄興を開山として建立した臨済宗の禅寺」と明記されていた。智積院所蔵の国宝「楓図壁貼付」・「松に秋草図屏風」は祥雲寺障壁画の一部だった。
 本作品では、等伯の息子久蔵が名護屋城で障壁画の仕事を命じられて赴いていく。そこでは狩野派も仕事をしている。天守閣の外壁に絵を描く仕事の途中で、久蔵は謀略にかかり墜落死するという悲劇に遭う。それが等伯に衝撃を与える結果、秀吉の生母・大政所仲の一周忌法要での対応場面での極点に至るプロセスが描かれて行く。
 
 もう一つは、本能寺の変直後に出家し、龍山と名乗る近衛前久が、己の屋敷の客間の絵を等伯に描かせたいという意図があるとして秀吉と等伯の間を取りなしたことから生まれた課題である。信春の底力として「これから生まれる絵」により、等伯への処罰を判断するという。秀吉が完成した伏見城に移徒(わたまし)する日までと区切られた期限つきの絵の制作だ。それが「松林図」である。この絵が等伯の名声を確固たるものとする。
 やはり、この松林図制作プロセスの描写が、本作品での最後の山場となっている。
 
 著者は「松林図」の制作背景を劇的なものととして構想した。それは著者の類い希な想像力の結果なのだろう。さもありなん・・・と思わせる設定になっていて、面白い。解明できた事実範囲での仮設が、図録の作品解説に記されている。引用しておこう。
「本図については、もとは屏風として制作されたものではなく、障壁画のしかも草稿の一部ではないかという説が支配的である。(ただし、屏風絵の草稿とみる説もある。その理由は、障屏画としては異例の薄手の粗末な紙が用いられていることや紙継ぎが錯綜していること、さらに画隻で両紙幅が異なるために右隻は上下6枚継ぎ、左隻は5枚過ぎとなっているとなどである。」
「近年、屏風装になって以降の本図の図様をもとに描かれた『月夜松林図屏風』の発見によって、制作後あまり時を経ない頃(慶長期頃が想定されている)に、しかも長谷川派内で表装されたことが明かとなった。」
 研究者の研究成果が著者の想像力に巧みに取りこまれ、リアルな制作プロセスと背景として構成されていると言える。

 一つ興味深く関心を抱いた作品がある。それは現在重要美術品に指定されている「柳橋水車図屏風」のことである。図録にも載るこの屏風絵は、作品解説を読むと京都の宇治橋が連想されるものとされている。等伯の数ある作品の中でも有名な絵だ。しかし、著者はなぜかこの絵については等伯の人生を描く中で等伯の描いた絵として登場させていない。
 名護屋城の障壁画の仕事を命じられた久蔵が、等伯の後妻となった清子が第二子を生んだ後、そのお祝いを兼ね久々に京に戻って来る。その時に久蔵が等伯に見せる下絵として「柳橋水車図」を描き込んでいる。その図の描写が等伯筆「柳橋水車図屏風」とほぼ同じなのだ。ただし、住吉蒔絵の画題である「住吉神社の橋を描いて、航海の守り神になるようにという意味を込めたものです」「床の間の壁画にするつもりですが、屏風にしても面白いと思います」(下p285)と久蔵に語らせている。
 この点が私にはおもしろい。著者はなぜこういう構想にしたのだろうか。久蔵がこの絵の構図をアイデアとして先に持っていて、それを実現できないまま亡くなった。等伯がその思いを己の工夫を加えて現存の屏風にしたということなのだろうか。事実とフィクションの狭間の謎として残る。
 図録の作品解説にはこう記されている。「『柳橋水車図』は、慶長10年(1605)の豊国神社臨時大祭の情景を描く狩野内膳筆『豊国祭礼図屏風』(豊国神社)の見物席に画中画として登場することから、その頃までにはすでに描かれていたことが知られ、数多くの作例が伝存している。そのなかで、作者が判明するものとしては最古の遺品である。」「『柳橋水車図屏風』は、長谷川派に受け継がれていったらしく、・・・・この屏風とほぼ同図様をしめす無款の屏風も少なくない」(p276)と。 

 等伯の人生ステージとしては、やはり等伯の人生を陰で支えた二人の女性に触れておきたい。等伯の人生の前半が静子であり、後半が清子である。この二人が等伯の人生のメインの流れ、人生のステージが大きく転換していくうえで、等伯の陰にあって大きく関わっていく。この二人の存在なくして、長谷川等伯の画業は確立しなかったような気がしてくる。この等伯の伝記小説は、副次的に静子、清子という等伯の妻となった女性の伝記小説にもなっている。

 最後に印象深い章句を引用し、ご紹介しておこう。
*永徳に勝ちたいと焦るあまり、自分を見失っていた。大事なのは理想の絵に近づくことなのに、欲にかられて本末を転倒していたのである。  下p35
*絵師とは狭く険しい道を行く求道者だ。誰かがそこを超えてくれたなら、後につづく者の励みになる。そう言って門戸を開いてくれたのである。  下p123
*(永徳)「弟子でもない者の絵を、見る必要などない」
 (等伯)「貴殿は絵が嫌いなようですな。いや、絵に夢を持っておられぬというべきでしょか。」    下p128
*文化や芸術、芸能たずさわる者は、すべて心の国の住人であり、その道を極めれば極めるほど、朝廷を抜きにしてはこの世界が成り立たない事を理解するようになる。 下p137*狩野派に対抗できる勢力をきずき上げるためには、永徳より絵がうまくなるだけでは足りない。優秀な弟子を育て、公武の要人との人脈を持ち、天下の耳目を集める大きな仕事を手掛けなければならない。  下p165
*その努力は時には単なる模倣とか、大向こうの受けを狙った型破りのように見られるかもしれませんが、本質はまったくちがいます。・・・新しく作るのではなく、完成したものをひと回り大きくするのです。ですから、先代たちの仕事をすべて身の内に入れておかなければなりません。  下p189
*「白は無の境地ということや。これからは死んだ者を背負ったまま、そこに向かっていけ」そう言うなり白の字に人偏を加えた。等伯という名乗りは、この遺訓に従ったものだった。   下p202
*絵のために苦しむことができる我が身を悦べばよい。死んだ者も何もかも引き受けて、捨身の筆をふるえばいいのである。  下p227
*人の目とは不思議なもので、自分が学んだ知識や技法の通りに世界を観てしまう。それは真にあるがままの姿ではなく、知識や技法に頼った解釈にすぎない。 下p255
*絵師にとって自分の力不足を認めることほど辛いことはない。ところが松栄は永徳という傑出した息子を持ったばかりに、その責苦に耐えつづけなければならなかったのである。 下p274
 なかでも最大の手柄は、等伯の力量にいちはやく注目し、狩野派の門戸を開いたことかもしれない。この師がいなければ、等伯が世に出ることはなかったと言っても過言ではないのである。   下p275
*等伯は描こうとしているうちは描けないことに思い至った。
 「悟ろうとする欲が、悟りの邪魔をしとんのや。そこに思い至らんかい」利休はそう言って叱りつけたものだ。  下p277
*ええか信春、俺ら政にたずさわる者は、信念のために嘘をつく。時には人をだまし、陥れ、裏切ることもある。だが、それでもええと思とる訳やない。そやさかい常しえの真・善・美を乞い求め、心の底から打ち震わしてくれるのを待っとんのや。  下p340

 これらの章句の意味するところを本書を読み、その文脈で味わっていただくと良いのでないだろうか。吾が心に響いてきた一節である。


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長谷川等伯関連について、ネット検索で入手できる情報をリサーチした。一覧にしておきたい。

長谷川等伯 TOPページ 七尾商工会議所
   等伯の一生、  年表
  
長谷川等伯  :ウィキペディア
没後400年特別展「長谷川等伯」 :「東京国立博物館」
 
迦陵頻伽  :ウィキペディア
芦屋釜→ 芦屋釜とは :「福岡県遠賀郡芦屋町」
芦屋楓流水真形釜  :「e国宝」
芦屋釜  :「茶道入門」
真形(しんなり)  :「コトトバンク」
浜松図真形釜    :「e国宝」
 
孔雀石 → マカライト(孔雀石)  :「istone」
藍銅鉱 :ウィキペディア
虎目石 :ウィキペディア
 
長谷川信春筆 鬼子母神十羅刹女像  妙伝寺 :「住友財団」
絹本着色法華経曼荼羅図  本法寺 :「文化財の紹介」
禅宗祖師図襖  長谷川等伯  :「七尾商工会議所」
等伯の作品1 :「七尾商工会議所」
等伯の作品2 :「七尾商工会議所」
法華経絵曼荼羅  :「文化遺産オンライン」

本法寺 :「京都風光」
 
桃山時代の中の「松林図屏風」~長谷川等伯~  星野真理亜氏
 

瀟湘八景図  狩野元信  朝日百科 世界の美術
絹本著色文王呂尚・商山四皓図 :「e国宝」
竹林七賢図 雲谷等顔筆 :「京都国立博物館」
牧谿  :ウィキペディア
 「観音猿鶴図」が掲載されている。

竹林の七賢  :ウィキペディア
 



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『ナイトランナー ボディガード工藤兵悟1』 今野 敏  ハルキ文庫

2014-05-10 09:18:15 | レビュー
 現在の本書タイトルは表題に掲げたとおりである。ハルキ文庫新装版が2008年8月に出版されている。最初は『逃げ切る』、長編ハードサスペンス書き下ろしとして、1993年7月のノン・ノベルの1冊として出版された。

 私は『デッドエンド ~ボディガード工藤兵悟~』(2012年3月刊)を読んで読後印象を記した。その後実はこれが最新刊だったのを知った。シリーズとして既に3冊出版されており、『ナイトランナー』がボディーガード工藤兵悟シリーズの第1作だったのだ。

 耳にはマリンブルーの大きなイヤリングを飾り、同色のシャツブラウスを着て、ジーパンを穿き、旅行用スーツケースを持った、誰が見てもいい女だと認めるはずの女性が、六本木のはずれにあるスタンド・バーに飛び込んでくる場面から始まる。水木亜希子という。身長は160cmくらいだが、流れるような美しいプロポーションの持ち主なのだ。
 その直後に、彼女を追跡する二人の白人男が入ってきて、一騒動が起きる。しかし亜希子はうまく一旦その場から逃げ切れるというシーン。まさに映画の冒頭に出来そうなストーリーの始まりである。亜希子はある目的をもって日本に逃げ帰ってきた。3日後にアメリカから日本に飛来するある重要人物に会って、ある重要な物を手渡すまで「逃げ切らなければならない」のである。そのために、アメリカでエド・ヴァヘニアンから紹介を受けた工藤兵悟に会い、目的遂行までのボディーガードを依頼するのだ。亜希子はエド・ヴァヘニアンから指導された経験を持っているという。エド・ヴァヘニアンはサバイバル・インストラクターとして、亜希子を指導したのだと工藤に言う。そのエヴァが日本でのボディガードを頼むなら工藤以外にはないと言ったというのだ。勿論、即座に工藤は亜希子を試してみる。勿論、亜希子の身のこなしがその事実を証明している。

 水木亜希子は世界的な環境保護団体『グリーン・アーク』の本部に勤務していた。環境保護の実態を知るフィールドワークにいろいろな場所に出かける。アマゾンのジャングル、カンボジアやアフガニスタン・・・安全な場所とは限らないので、サバイバルの技術が不可欠だから、エドの指導を受けたというのだ。『グリーン・アーク』は世界の環境保護については狂信的な側面すらもつという評判がある。その本部に環境保護の信念を持って勤務してきた亜希子は、徐々に環境保護に関する様々な局面を知ることになる。
 そして、『グリーン・アーク』の目指すある環境保護対策の考え方が、亜希子の環境保護に対する価値観に反することを知る。そして、それを阻止するための行動を選択する。目的を完遂するためには、敵から「逃げ切る」ことが必要となる。

 工藤兵悟は学生時代に空手をやっていた。180cm、75kgの体格。空手を活かして海外生活をするつもりでヨーロッパに渡ったが、いつの間にかフランス外人部隊に入っていて、傭兵として本物の戦場で戦った経験を持つ。第二落下傘連隊に所属していた。エド・ヴァヘニアンとはコンゴで知り合ったのだ。工藤の分隊が孤立したとき、彼の無謀と思えるやり口で生き延びることができたのだ。工藤とエドは互いの力量を熟知した傭兵仲間だったのだ。

 工藤は亜希子からの依頼を1日30万円プラス必要経費で3日間のボディーガードとして引き受ける。二人が居た場所は『ミスティー』というバーの奥にある部屋だった。そのバーに六本木の飯倉のバーに現れた追跡者達が再び現れる。追跡者は米軍の制式銃となったベレッタM92Fを抜き出す。その銃の抜き方は、FBIで考案されたコンバット・シューティングだと工藤は見抜く。
 
 夜のバーから亜希子とボディーガード工藤兵悟の逃走劇が始まる。亜希子に対する追跡者はCIAだったことが亜希子から明かされる。日本国内・関東圏での工藤とCIAの闘いが展開していくのだ。CIAはあるルートを通し日本の警察を巻き込んで、二人の逃亡に対する捜査網を絞り込んでいこうとする。工藤は傭兵として戦場でのサバイバル経験を駆使して、大都会というジャングルの中で、如何に3日間サバイバルして亜希子をボディーガードし、契約を完遂するかに知力知略を働かせる。契約完遂は亜希子の目的達成でもある。
 
 地球環境保護の究極的方策は、環境保護の陥穽にもなるという切り口。その方策は驚愕のシナリオだったのだ。それに加担するCIAは亜希子の目的が達成されるならば、CIA存在の崩壊になるためにその阻止のためにあらゆる手段を使うことを辞さないのだ。逃げ切ろうとする工藤・亜希子と二人の捕獲、目的物奪取に必死のCIAの武闘活劇が展開されていくというストーリー。それが、日本国内での夜の逃走から始まるのである。まさにナイトランナーとなる二人だ。
 3日間というタイム・リミットのある中でのスピーディなストーリー展開。一気に読ませる軽快さがある。なかなか追跡・捕獲ができないCIA側には、さらに灰色の眼をした男が投入され、全体の指揮をとる立場になる。その人物と会えば一目をだれもが置くすごみすら感じさせる男だった。工藤の動きを的確に推測できる力量を持っていた。
 亜希子が工藤に誘拐されたという誘拐事件の公開捜査という警察組織の手段を使った追跡に展開していくのだ。
 そして・・・・遂に、亜希子と工藤はタイムリミットの寸前で、捕獲されてしまうことになる。そして、意外な場所での意外な結末に導かれていく。

 環境保護の陥穽という一つの驚愕シナリオとCIAがらみの逃亡・追跡活劇を組み合わせたテーマ設定が面白い。また、それは一面で、フィクションの形を借りた環境保護および日本という国家の警察組織の一局面をを考える材料提供にもなっている。

 まあ、硬く捕らえないで、ハードサスペンスとしてひとときを楽しめる作品である。

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関連する語句などを少しネット検索してみた。一覧にしておきたい。

フランス外人部隊 :ウィキペディア
明るく楽しい外人部隊 ホームページ
 元フランス外人部隊兵による、フランス外人部隊の話題
フランス外人部隊  非公式情報サイト
 
コンバット・シューティング → 実戦的射撃スクール体験記
アーマライト(Arma Lite)の公式サイト
M16自動小銃 :ウィキペディア
ベレッタM92 :ウィキペディア
リボルバー :「ピクシブ百科事典」
スミス・アンド・ウェッソン :ウィキペディア
ダマスカス鋼 :ウィキペディア
ナイフ   :ウィキペディア
警察無線機の型番いろいろ データベースコーナー :「Get a FREE Website」
 
僕らは戦場を知らない━━フランス外人部隊に7年所属した、結城健司・元伍長の物語
 :「GQ scoop」
 

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『洛中洛外画狂伝 狩野永徳』 谷津矢車  Gakken

2014-05-06 10:48:55 | レビュー
 「上杉本 洛中洛外図屏風」という六曲一双の屏風絵が、国宝として米沢市上杉博物館に所蔵されている。この洛中洛外図は狩野永徳が描いた作品であり、天下統一を狙う織田信長が、天正2年(1574)に上杉謙信へ贈ったといわれるものだ。そのことは、米沢藩の正史である「歴代年譜 謙信公」(元禄9年・1696:国宝上杉文書)に記録されている。(資料1)
 
 プロローグは、右半身が白、左半身が黒の片身合わせというかぶき者が好む装束で、狩野永徳が織田信長の引見に臨むという場面から始まる。冒頭、信長の背後にある屏風が、「とてつもない若作でお恥ずかしいかぎり」と述べる。信長には、「屏風の中で吠える虎は見るこちらを身震いさせるほどの迫真でもってこちらに迫ってくる」(p10)ものに感じられるのだ。永徳はその屏風が粉本を元に作った絵であり、「粉本で描かれた絵にはまるで魂がこもりませぬ」と信長に答える。そして、献上品を持参したと告げる。献上品と一緒にさる物語も献上すると伝えてあるという。「この絵の様は、尾張の田舎領主であったお方が、気付けばこうして天下に号令をしている様とも似ていましょうや」
 この永徳の不遜とも言える挑発的な言いざまに、信長はその話に受けて立つと肚を決める。そして、源四郎(永徳)が6歳、天文17(1548)年のことから己と献上品に関わる話を始めるのだ。

 源四郎の語る長い話は、永禄11(1568)年7月、足利義輝の弟義昭を伴い、尾張の国主・織田信長が上洛した時点で終わる。つまり、源四郎の話は6歳から26歳頃までの物語である。永徳が没するのは天正18(1590)年9月14日、享年48歳なので、前半生の物語といえる。
 エピローグは、献上品が六曲一双の屏風であること。つまり、冒頭の屏風であることが明らかになる。そして、信長と永徳の会話シーンが印象深い。
 「で、なぜこれをわしのところへ持ってきた?」
 「天下に、一番近いお方ゆえにございます」
 「ほう、新たな天下人へのおもねりか」
 「まさか。新たな天下人であるあなた様に挑みに来たのです」
このあと、対話が続くが、会話の終わりがおもしろい。
 「わしにとって貴様は未だ凡百の絵師の一人よ。貴様ごとき小者が政を語る不遜もあれど、それもまた、此度の公方様との合作により赦免する。・・・」
 「次に、これ程度の腕で天下に対する絵師と自負し、政を語るとしたら--。貴様を斬るぞ。
 「越えなければならぬ壁が目の前に立っていることが、なんと面白き事だと思いました。天下のみならず、まずはあなた様を越えなければならぬのですね」
 実におもしろい壮大なやりとりではないか。
 最後の永徳の独白が良い。「もしも独りになってしまったとしても進む。それが、わしなのだから」

 さて、源四郎が信長に献上した物語である。それは、洛中洛外図をでんと中軸に据えて、若き日の狩野源四郎(永徳)像を描き出していく。源四郎の祖父・元信が絵師・狩野家の土台を確立した。そして、狩野家とその一門、つまり狩野家の工房を発展させていくために、粉本(=見本絵)を基本に絵を描くことを確立する。源四郎の父・狩野松栄(しょうえい)は、父・元信の確立させた路線を発展させて、狩野家工房の総領となっている。粉本を種本にして、求められた絵を描きあげていくという手法である。
 松栄は「実物を見て描く。それは魔境に入る元ぞ」という小言を決まり切って源四郎に言う。実物を書くためには基礎技術が必要で、粉本をなぞることが描く物の「かたち」を頭の中に入れることだというのである。
 そして、狩野の工房は、幕府から扇絵を描く許可を得て、それを扇屋に引き渡している。それが工房運営の日常業務でもあるのだが、その扇絵は粉本を元に、注文の絵を描くことになる。それが狩野派の描いた扇絵ブランドで売られていくことになる。粉本を元に絵を描くことに、6歳の源四郎は早くも疑問を感じ、粉本を元に扇絵を描くことに懊悩している。独自の絵を描くと、父松栄から叱責されるのだ。「何度言ったらわかるのだ。我らが参考にするのは粉本だ」と。

 そして、この物語は洛中洛外図に描き込まれている市中の賭け闘鶏の場面から始まる。それは、6歳の源四郎が祖父元信に連れられて市中で目にした闘鶏だ。その場は、年の頃はあまり変わらないが、「侍風の髷をこしらえ、白い直垂姿の少年」を目にする場でもあった。その少年は腰に煌びやかな金で縁取りされた小太刀をぶらさげていたのである。源四郎は、祖父から懐紙を得る。元信に肩車してもらい闘鶏を見ている状態で、墨がないために己の鼻の奥をひっかいて、鼻血を使い絵を描く。貴人の少年は、源四郎の絵を見て、見事な絵と評価する。その絵を偶然に見た町衆は単なる落書きとしか感じていないのだ。
 そのシーンは、源四郎と後に将軍となる足利義輝との出会いだった。
 冒頭の洛中洛外図からその場面を引用させてもらおう。

 この物語、絵師としての源四郎の絵についての懊悩・葛藤のストーリー展開でもある。メインの流れは、足利義輝の求め、与えられた課題に対して、源四郎独自の絵を描くプロセスを語っていく。
 一方、狩野家の工房において、元信が引退し、父・松栄の許で、元服した源四郎は若総領の立場に置かれる。粉本を許にした扇絵、注文絵を描き、工房の人々を束ねていかねばならないのだ。それは懊悩の始まりである。魂のない絵を描く事への憤懣、懊悩。だがやらざるを得ない。
 扇絵を描く許可を幕府から得ていても、それを売るのは狩野家の仕事ではない。市中の扇屋の仕事であり、扇屋が狩野家の扇として売ってくれる。それは狩野家の工房の生業ともなっている。大きな収入源の一つなのだ。
 狩野の扇絵を商う美玉屋の安は源四郎に言う。
「その絵はいかん。なにせあんたの絵は--新しすぎる。この絵を町衆が欲しがるまでに、あと三十年はかかるのと違いますかな」と。また、「馬鹿おっしゃいますな。わしはずっと、あんたのことを褒めてきましたよ。けど、あんたの描きたいものは、町衆には売れん。だから商売人として見た時、あんたの描きたい絵はいらん。それだけのことですわ。」(p311)とも。
 時代の先を歩む画家は洋の東西を問わず居るのだ。著者は、将軍義輝が永徳にとって、その理解者の最初の一人だと描いて行く。否、永徳の本来の絵を引き出す役割を果たした人として描き出されているようにも感じる。源四郎の語るのは、公方様との関わりの中で花開いてきた永徳独自の画境についてである。

 洛中洛外図には、ちゃんと扇屋の店まで描かれている。

 6歳の時に、源四郎は父・松栄にこう問う。
「師匠、本当に、粉本を学ぶことがいい絵につながりましょうや?」(p18)
祖父、元信にも扇子に描いた絵について、どう思うかと聞かれ、
「ただ、きれいな色を並べただけのように思えます」(p16)と答えるのだ。
 己の才能を知り、父元信の確立した粉本で絵を描く工房組織の維持発展に注力した源四郎の父松栄の絵画思想と、源四郎は対立して行かざるをえない宿命である。それはまさに、祖父の才能の隔世遺伝と言えるのかもしれない。元信は源四郎の能力を認め、それが花開くことを楽しんでいるように思える。著者は、物語の始まり近くで元信にこう語らせている。
 「そうか、ならば、お前がこの扇を、いつか面白う変えてみよ。そしてそれは、わしを超えることぞ。実に楽しみなことだのう。源四郎」(p16)
 「源四郎は、狩野を創るか。それとも、壊すか」(p35)と。

 父・松栄との絵画上での価値観の対立は深い。松栄は天文21(1552)年、10歳頃の源四郎に言う。「考えなど不要と前から申しておろうが。なぜお前はいつもそうなのだ。粉本を見よ、先人たちの仕事を見よ。定石を踏め。さすれば何も思い煩うことなく扇絵の一つや二つ描けようぞ」(p37)と。
 父子の絵に対する姿勢の対立は、徐々に先鋭化していかざるを得ない。
「父上。わしは越える。狩野を。否、目の前にあるすべてを。そうでなくばわしは、わしではなくなる」(p319)とまで言わせるに至る。

 なぜ、「画狂伝」なのか? 著者は、父・松栄に「魔境に入る」と表現させ、源四郎には、彼の思いを累々と語らせ、反語的に己の気持ちをすら告白させていく。このスト-リー展開がおもしろい。絵に対する思想の違い、それが渦巻いていく。一方、天文21年に源四郎を引見した公方様・義輝は、松栄とは対極的な位置に居る。源四郎の画狂の局面を開化させる梃子の役割を果たしていく。この二極の狭間で苦闘し、懊悩しながら、源四郎が己の画境を開いていくプロセスが読ませどころである。

 物語の副次的な流れがある。これも興味深い側面であり、それらがメインの展開に大いに関わり、織り交ぜられていく。
 その1つは、源四郎が元服し若総領となった以降に、狩野家に家事見習いとして預けられた廉という少女である。元信が源四郎にこの廉を引き合わせ、土佐家の当主の依頼で預かったと告げるところから、始まっていく。源四郎はその廉が実は許嫁であることを知らぬまま、廉との関係がはじまる。「これが、あの狩野源四郎の描く絵なの? この程度の絵、うちの若い絵師でも描けるんじゃないかしら」と廉が遠慮なく言う事から話が進展していくというおもしろさ。実は廉は源四郎本来の絵が好きで、理解者でもあるのだ。二人の関係の在り方と進展具合が、興味深く読ませるところである。
 2つめは、源四郎が将軍義輝に引見された以降に、松永弾正との関わりができていくことでのエピソード。このストーリーに深く関わるのだが、興味深い弾正の言、源四郎に語る一節がある。
 「世の中には、自分にしか見えぬ己が正解がある。少なくとも、わたしにはそう思える。だが、そうやって見える正解は、いつも世間の連中を驚かせるものばかりらしい」(p120)
 「きっとそちは、依頼人の言葉に『はい、はい』と従うような作り手ではないだろう。--これまで、多くの作り手を見てきた。だからこそ、判ることもある。・・・そちは、言うなれば、わしら好事家が求める作り手なのかもしれぬ」(p215)
 その松永弾正にも関係しているのだが、得たいの定かでない日乗という男と源四郎とのの出会いであり、両者の関わりの深まりである。源四郎は義輝に引見され、その場で日輪を描いて持ってくるようにと所望される。狩野屋敷の一隅の膠小屋で膠を溶かす仕事に従事する老人から、京界隈に評判の陰陽師がいて日蝕のおこる時を予言していることを源四郎は聞く。源四郎がその陰陽師に会いに行く。それが日乗である。日乗はいつからか比叡山で修行する坊主になっていく。生臭坊主と自認しながら、源四郎との関係は継続していく。その日乗が、時折源四郎に義輝や松永弾正との関わり方について助言したり、世の中の動きをそれとなく教えたりする役割を果たす。だが、そこには日乗の裏の意図があった。ただ単に己の打算だけで源四郎との人間関係を進展させていくだけでないのが、おもしろいところでもある。そして源四郎に己の立場を種証しするところまでに至る。
 この日乗という生臭坊主は著者の創作なのだろうか? 最後に正体の一端を明かすとはいえ、実在の人物を踏まえて書き込んだのか、単なるフィクションとして組み込まれた人物なのか。この時代、歴史的には、朝日日乗という日蓮宗の僧が実在しているのだが・・・・。この点もわたしには興味深いところである。
 3つめは、膠小屋の老人と、そのじいさんが5歳になるかならないかの孫・平次を源四郎の許にある日連れてくる。そして、源四郎に使ってやってくれと依頼する。この平次が源四郎の手伝いとして身近な存在になる。源四郎が平次を供にして、洛中洛外に出て絵の材料を描きに出歩くことになる。その平次が身の回りの手伝いから、絵師の端くれになっていく様子の中で、狩野家の工房の一端が描き込まれていくことにもなる。

 ストーリー展開での山場という点で眺めていくと、いくつかの観点で意味合いを深める場面が積み重なっていく。
 賭け闘鶏(1章軍鶏)の場、義輝と源四郎の対面の場(1章軍鶏)、松永弾正の催した連歌会の後での弾正と源四郎の対話場面(2章錆色)、廉に誘われて源四郎が紅葉を見に出かけた場面(2章錆色)、源四郎が元信になぜ粉本などを作ったのか問う場面(3章魔境)、担当分の扇絵を源四郎が描いていないことに対する松栄との対立場面(3章魔境)、松永弾正邸での源四郎・元秀兄弟の競絵と後日譚の場面(4章競絵)、疫病に罹り死亡した平次の代わりに元秀が源四郎に洛中洛外図の完成を促し助けて仕上げる場面。
個々に読み応えがあるとともに、それらが呼応してストーリーを充実させていく。
 下絵から遂に洛中洛外図を完成させる最後の段階がこの物語の始まりに照応させられている。始まりの箇所から絵を飛躍させるところがおもしろい。

 それがこの賭け闘鶏の図の部分に潜んでいる。何がおもしろいかは本書をお読みいただきご理解願いたい。それは事実の世界から絵の創作世界へ飛躍させたことにある。
 
 本書のこんな章句もご紹介しておきたい。
*錆びついても動く、そういう魂が大事なのかもしれぬな。 p150
*絵はいい。そこには何の嘘も腹の探り合いもない。絵にあるのは、天と地、そして自分のみではないかえ。 p176
*お前の絵の力は、お前のものぞ。お前という人間の持つ強さ。それが絵を輝かせているのだと思うた。  p304
*これまでずっと、自分はずっとはるか高みを目指していたような気がしていた。しかし、それは違った。高みを目指しているのは、源四郎の魂ではない。源四郎の手だった。筆を取った源四郎の手は、源四郎の体を魂ごとひきずってどんどん高みへと引っ張っていってしまう。そのせいで、源四郎自身も、自分が高みに上りたいのだと誤解していた。しかし、心の命じるままに口を動かしてみて初めて目の前に自分の心が目の当たりになってみると、一職人として終わりたい、とすら願っている自分の姿が顔を出した。 p319
*世の中には普通の人間には見えない才能があって、それを見ることができる人間は簡単にその才覚の持ち主を見出すことが出来るものなのかもしれない。 p208

 最後に、著者は本書で源四郎が洛中洛外図を完成させるようにと、元秀に手伝うと言わせ後押しさせている。その時、元秀はこう語る。
 「あの競絵の時。兄上が即興で描かれた絵に、思わずわしは見惚れておりました。確かにその絵は粉本から大きく逸脱したものでございましょう。しかし、わしは、あの絵を美しいと思った。その瞬間から、兄上の絵を支えよう、そう決めたのです」(p358)と。
 京都国立博物館開館100周年記念での特別展覧会図録『黄金のとき ゆめの時代 桃山 絵画賛歌』が手許にある。冒頭文「祭の終り-桃山時代絵画の眺望-」(狩野博幸氏)を読むと、永徳の弟・狩野宗秀つまり元秀について、『本朝画史』(狩野永納著)に載る評価が引用されている。「画法専学家兄、能守規矩、然不及父兄」つまり、「永徳に画法を学んで狩野家らしい作品を作ったが、松栄にも、ましてや永徳にも及ぶものではなかった」と。

 また、特別展覧会図録『狩野永徳』(京都国立博物館、2007年)の冒頭文「狩野永徳の生涯」(山本英男氏)を読むと、「上杉本 洛中洛外図屏風」は図の景観年代と贈与の時期に大きなズレが認められることから、作期と注文主についての論争がさまざまに繰り広げられてきたそうであり、足利義輝が描かせたというのが現在の最も有力な説だとする。つまり、この著者はこの有力説をベースに本書を構想したといえる。山本氏によると『(謙信公)御書簡集』の記載により、作期は永禄8年(1565)9月3日に描き終えたことが明らかになったという。

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ネット検索してみた内容を一覧にまとめておきたい。

狩野永徳 :「Salvasty.com」
 主要作品の解説と画像が掲載されています。
狩野永徳 :ウィキペディア
 
No. 58 狩野永徳展の物語/中部義隆  :「京都国立博物館」
 
足利義輝 :ウィキペディア
足利家と足利義輝 :「足利家武将名鑑」
 
宗養  美術人名辞典の解説 :「コトバンク」
朝日日乗 :ウィキペディア
 

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その節には、直接に検索してアクセスしてみてください。掲載時点の後のフォローは致しません。
その点、ご寛恕ください。)




狩野永徳に関連して、拙ブログでは以前に、山本兼一著
 『花鳥の夢』(文藝春秋刊)について読後印象を記しています。
こちらもご一読いただけるとうれしいです。 

山本兼一氏が去る2月13日に肺腺がんで逝去された。享年57歳。
これからますますすばらしい作品が創出されることを期待していたのに・・・・嗚呼。

山本兼一作品について、この「遊心逍遙記」を書き出して以降に徒然に読んできた作品について記しただけですが、以下の通りです。作家を追悼するのは、その作品に触れるのが何よりだと存じます。そのきっかけになるようであればうれしいです。

『利休の風景』 淡交社
『命もいらず名もいらず』(上/幕末篇、下/明治篇)  NHK出版
『いっしん虎徹』 文藝春秋
『雷神の筒』  集英社
『おれは清麿』 祥伝社
『黄金の太刀 刀剣商ちょうじ屋光三郎』 講談社
『まりしてん千代姫』 PHP
『信長死すべし』 角川書店
『銀の島』   朝日新聞出版
『役小角絵巻 神変』  中央公論社
『弾正の鷹』   祥伝社

次作は・・・と作品を期待していた作家の予期せぬ逝去を惜しみます。合掌。

狩野永徳というキーワードの接点で、ここに付記することをご寛恕ください。
(なぜか、2月時点では報道を知らず、昨日ある記事で知り、愕然としたのです。)

『チェルノブイリ・ダークツーリズム・ガイド 思想地図β vol.4-1』 東浩紀編 genron

2014-05-01 09:48:18 | レビュー
 ダークツーリズムとは、「戦争や災害といった人類の負の足跡をたどりつつ、死者に悼みを捧げるとともに、地域の悲しみを共有しようとする観光の新しい考え方」(p53)だとう。この言葉の定義を知らない時点で、たまたまテレビ番組で一度だけ、チェルノブイリのツアー映像を見たことがあった。そのため、この本のタイトルとカバー写真を見て、さっそく読んでみることにした。2013年7月に出版されていたのだった。
 勿論、ダークツーリズムとして概念化されたものが最近始まったということではない。例えば、原爆ドーム・広島平和資料記念館(広島市)、長崎原爆資料館(長崎市)、水俣資料館・水俣病情報センター(水俣市)、田川市石炭・歴史博物館、大牟田市石炭産業科学館、野島断層保存館(淡路市)、人と防災未来センター(神戸市)などは日本国内の事例であり、ザクセンハウゼン強制収容所、ベルリンユダヤ博物館、サンダカンの日本人墓地、バンダアチェ(インドネシア、津波災害)などが海外にある事例の一端である。

 本書は、冒頭の「旅のはじめに」に触れられているが、「福島第一原発観光地化計画」プロジェクトを推進する著者たちが、チェルノブイリをダークツーリズムの視点で訪れた実体験をまとめたものである。
「あの事故の記憶を風化させずにいることそのものが難しい」(p109)という立場から、それを如何に風化させずに、学び体験、思索の機会にするかなのだ。そこから「観光化」が生まれている。フクシマと対比されるのが、チェルノブイリ。そこで、本書の主題はチェルノブイリの観光化が主題となっていて、その実態がありのままにまとめられている。 チェルノブイリの観光において、現地案内する地元の関係者のインタビューにおける率直な話も報告されていて、「観光」という手垢のついた日本語そのものを再考させる書にもなっている。チェルノブイリでのダークツーリズムが「ガイドがどう説明するかによって、参加者との対話の質が決まる」(p110)という率直な意見が現地を案内する人の意見として明確に記録されている。

 表紙を開くと、チェルノブイリの石棺へと続く「金の廊下」の写真、見開きページに、東京電力福島第一原子力発電所とチェルノブイリ原発の両事故の比較図、「旅のはじめに」、「チェルノブイリ原子力発電所事故概要」と写真数葉が載せられた後に、目次がでてくる。
 本書はいわば、2.5部構成になっている。
 第1部「観光する」、第2部「取材する」及び補遺として「読解する」という形である。 第1部「観光する」はまさに、ダークツーリズム体験記を写真と行程記録でまとめたもの。NPOプリピャチ・ドット・コム代表のアレクサンドル・シロタ氏の現地案内によるツアーきである。もっとも良質の現地ツアーの一つの記録と言えそうである。現地取材の限界までちゃんと明記された具体的な記録となっていて、ダークツーリズムの概念実践版として興味深く読める部分である。本書を読み、ネット検索で得られる現地写真や現地情報を併せていくと、「一見」できない者には大変参考になる。疑似体験から学ぶものが多くある。
 ツアー参加者の一人、開沼氏はこう記している。「ゾーンの中で働く人々、チェルノブイリツアーに関わろうとする人々は、・・・淡淡とそこでの生活を続けていた。・・・も皆、そこに原発があり、かつて事故があったことをあえてエモーショナルに意識することもなく、かといって忘れているわけでもなく当然なく、日常のこととして捉えて生活しているように見えた」(p132)
 第1部には、ダークツーリズムを敷衍していく情報として、「チェルノブイリから世界へ」(井出明氏)として、国内・海外の観光地が解説されている。

 第2部は、チェルノブイリにおけるダークツーリズム関係者へのインタビュー記録を軸として、総論的文章「チェルノブイリで考える」(津田大介氏)、鼎談「日常のなかのチェルノブイリ」とさらに、このツアーに参加したメンバーである新津保建秀氏(「チェルノブイリを撮る」写真集)、開沼博氏(「チェルノブイリから『フクシマ』へ」という考察)が掲載されている。
 私は6人に対する個別インタビュー記録をまず読んでから、「チェルノブイリで考える」を読むという少し変則的な読み方をした。結果的には、津田氏の文の後半のまとめを読むのに大いに便利であり、逆にプラスαの読み応えがあった。

 第2部「ウクライナ人に訊く」から、我々の思索の糧になる発言を引用してみよう。
*法律の中で、「国は人々が原子力発電所や核エネルギー関連施設を訪問できるよう保護する義務を負う」と定められています。これにはチェルノブイリや、現在稼働中の原子力発電所を含みます。事故跡地をオープンにする最大の目的は啓蒙です。 p82
*ウクライナは電力の約半分を原発に頼っており、少なくともこれから20年はこの比率を維持しなくてはなりません。 p82
*ウクライナでは単純に放射線量に応じて境界線を引いています。・・・境界線は基本的には年間1-20ミリシーベルトの間にあると考えていいでしょう。ウクライナでは、国民の許容できる被曝量を年間1ミリシーベルトと定めました。  p83-84
*(サマショールの)居住を容認しているのは、強制的に移住して受けるストレスのほうが、ゾーン内で受ける放射線量の健康被害よりも深刻だと考えられるからです。サマショールの大半が住んでいるのは、内部被曝と外部被曝の合計が年間2.5-5ミリシーベルトの区域です。   p84
 → 基準を無視してでも汚染地域に戻りたい住人。大部分が年齢70歳以上。約190名。
*ゾーンには立ち入りに関する時間制限やさまざまな条件があり、許可は国家公務員が担当している。 p86
*チェルノブイリを訪問することの最大の意味は、・・・人間の自己認識の高まりです。
 ・自国政府への疑問を抱くようになる・・・一方で自国政府への信頼が生まれることもある。
 ・このような災害は自分の国では決して起こしてはならないと考えるようになる。
 ・(ゾーンへのスアーの)根底には啓蒙の精神があるべきです。    p86-87
*問題を抱えて毎日を生きているうちに、もうすっかり慣れてしまった。  p87
*放射能にまつわる誤った情報は、驚くほど人間を傷つけます。誤った情報は放射能それ自体よりも危険です。・・・放射能事故では情報面のケアがとても重要になる。 p88
*チェルノブイリと聞いて多くの人々に思い浮かぶのは原子炉の映像でしょう。ところが博物館に来ると、別のシンボルを数多く発見することになる。そして、問題が原子炉の崩壊という枠をはるかに超えて広がっていることに気づくのです。  p95-96
*うちの博物館にはスローガンがあるのです・・・展示室の入口のところに掲げてあります。「悲しみには際限があるが、憂慮には際限がない」これがわたしたちの哲学です。 p96
 →小ブリニウス書簡集より。一般に「悲しみには限界があるが恐怖にはない」と訳されるラテン語の章句を宗教的含意に強い言葉に訳し変えたという。
*黄金の中庸を見つけるべきなのです。高度な科学技術と折り合いをつけながらも、自分で自分をだめにしてしまわないようにすること。これがわたしたちの目指すところです。 p97
*「事故の原因はだれにあるとお考えですか」
 われわれ全員です。わたしたちは広い意味でみな罪があります。すべてが連鎖している。若い世代へ教育力を入れているのはそれゆえです。・・・・・だれがボタンを押したのかではなく、なぜ彼はこのボタンを押してしまったのか、それを社会学者や哲学者の視点から考えなくてはいけない。 p97
*過去の記憶は人とともに死んでいきます。ウクライナではチェルノブイリが忘れられている。・・・このような悲惨な事故は、子どもの心に傷を与えるので記憶に残すべきではないという意見すらあった。けれども、子どもの腫瘍性疾患の問題はいまも続いているし、本当はなにも解決していないのです。  p99
*ぼくならば、問題設定を「原子力を脱することができるか」ではなく、「原発の操業をいかに脱するか」と置き換えます。稼働を停止して、完全に操業を脱した原発が世界にどれだけあるでしょう。膨大な数の核施設が存在する中で、稼働を停止した後の処理は今後大変深刻な問題になっていくはずです。チェルノブイリ原発でも20年以上も廃炉にするための作業が続けられていて、いまだに終わっていない。  p104

 鼎談「日常のなかのチェルノブイリ」で、執筆者の一人、開沼博氏が末尾で語る言葉が印象的である。
「終わらない現状をどうやって変えていくかというところに、ギアチェンジをしていきたいと思います。」(p112)

 補遺に掲載の「空想のなかのチェルノブイリ」(速水健朗氏)は、芸術や大衆文化の観点から、チェルノブイリの関わり、位置づけを論じている。宮崎駿、ハリウッド映画『ダイ・ハード』、世界中で大ヒットしたというPCゲームなどを取り上げて論じている。
 第2部でのインタビューでも触れられているが、チェルノブイリ原発周辺を舞台にしたFSP『S.T.A.L.K.E.R.Shadow of Chernobyl』の制作されたプロセスにも論及している。
 このFSPの出現が、チェルノブイリの観光化に結果的に寄与している側面があるようだ。富士山の登り口がいくつもあるように、チェルノブイリの現地に到る動機も様々あるようだ。

 しかし、現地に行き、そこで体験して、真に学び考えることの機会になるならば、つまり、単なる物見遊山に堕さなければ、ダークツーリズムの主旨が結実するということだろう。

 「いかなる熱い論点も必ずいずれ冷却されていく。そして必ず戻ってくる日常の中で忘却への圧が高まっていく」(p133)。それに抵抗して、原点を今の時点で改めて我々に再考させ、感じ、未来を思索させるのが、ダークツーリズムの核なのだろう。広島の原爆ドーム、平和記念資料館然りである。
 本書は、直接被害にあった被災者の情念を考慮しながらも、フクシマについて、「忘却」への対抗と今後どうあるべきかを考える上で、チェルノブイリの現状を鏡として、問題提起を投げかける書である。「百聞は一見に如かず」だけれど、やはり簡単にはチェルノブイリに行けないので、本書を通じて、考えて見ることをぜひやってみてはいかがだろうか。

 ご一読ありがとうございます。


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本書を読み、関心事項を検索してみた。一覧にしておきたい。

【インタビュー】 :「genron 株式会社ゲンロン」(広報ブログ)
24歳の編集者がチェルノブイリ原発見学ツアーに参加してみた。
  <前編>
  <後編>
【チェルノブイリ取材】ウクライナ国立チェルノブイリ博物館に行ってみた / 日本関連の展示物もあり :「ROCKET NEWS 24」
 
ウクライナ国立チェルノブイリ博物館 :ウィキペディア
ウクライナ国立チェルノブイリ博物館 英語版公式サイト
NPO「プリピャチ・ドット・コム」 ホームページ
 ロシア語を知らない私には文が読めない。だが、チェルノブイリの写真は事実を語りかける。
 たとえば、このページ
 英語版のページも発見!
 
’I want them to remenber' A letter from a child of Chernobyl
本書に登場するアレクサンドル・シロタ氏が書いたエッセイの英訳
国連の雑誌「DHA NEWS」(国連人道問題局の雑誌)1995年9/10月 No.16に掲載された。
Alexander Sirota :From Wikipedia, the free encyclopedia
 
エレナ・フィラトワ のウェブサイト (英語版)
 女性写真家。『ゴーストタウン』(集英社新書、2011年)の著者。
 「チェルノブイリの写真 Elenafilatova和訳」
   上記著書の翻訳者による日本語版サイト
 
『S.T.A.L.K.E.R. SHADOW OF CHERNOBYL』とは :「ニコニコ大百科」
S.T.A.L.K.E.R.   日本公式サイト
S.T.A.L.K.E.R. SHADOW OF CHERNOBYL :ウィキペディア
S.T.A.L.K.E.R Shadow of Chernobyl ゲームプレイ  :Youtube
 
第1回日ウクライナ原発事故後協力合同委員会(概要):「外務省」
 
ヴォロディミル・ホローシャ 非常事態省立入禁止区域庁長官 2012.7.26 :Youtube

THE BLUE HEARTS / チェルノブイリ  :Youtube
ラブミーテンダー / RCサクセション  :Youtube
 
「Tour2 Kiev」(「ゾーン」のツアー  現地民間旅行会社)の公式サイト
チェルノブイリゾーン のホームページ  ロシア語(写真は参考! 推測でだが・・・)
 アレクサンドル・シロタ氏が定期的に行っているゾーン内「ツアー」はこのサイトを通して開催されているという。
ウクライナ・ウェブの日本のページ
 
チェルノブイリ被害の全貌~アレクセイ・ヤブロコフ博士講演会  :Youtube
チェルノブイリ2011 :Youtube
26年後のチェルノブイリ  :Youtube
その日のあとで ~フクシマとチェルノブイリの今~  :Youtube
 

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今までに以下の原発事故関連書籍の読後印象を掲載しています。
読んでいただけると、うれしいです。

『原発ホワイトアウト』 若杉 洌  講談社  ←付記:小説・フィクション

『原発クライシス』 高嶋哲夫  集英社文庫 ←付記:小説・フィクション

原発事故及び被曝に関連した著作の読書印象記掲載一覧 (更新2版)