公安部片野坂彰シリーズの第2弾。文庫書き下ろしとして、2020年3月に刊行された。
トルコで邦人が行方不明になるところからストーリーが始まる。女性2人と男性1人。カッパドキアのホテルのセフティ・ボックスに保管されていたパスポートから、イスタンブールの在トルコ日本国総領事館では行方不明者の氏名を確認した。男は外務省職員の望月健介。大臣官房総務課から出向し、ドバイに在住する国際テロ情報収集ユニットの構成員だと分かる。総領事館の一等書記官内山田邦彦はこの案件をトップシークレット扱いにして対処すると判断した。内山田は密かに望月のデータの収集に着手する。
この第2作では、外務省の実情について、フィクションであるが、かなり批判的な視点で取り扱っている。そこには著者の警鐘が含まれているのかもしれない。
片野坂はトルコでの邦人行方不明の連絡を公安総務課長から受けた。一方、白澤はルーカスから情報を得て、即座に片野坂にそのことを報告していた。香川は行方不明者の女性の一人吉岡里美の出国データが不明である点の実態調査を始めていた。
片野坂は公安部長にまず報告する。この時点で、片野坂は調査元がなぜ在イスタンブール総領事館なのかに疑問を抱いた。片野坂がこの事件に関与していく起点になる。
香川の調査で、吉岡里美は北海道に実在し、彼女のパスポートが海外で不正使用されていた事実が判明する。吉岡里美の韓国での苦い経験を聴取し、不正使用される事態に至る背景の追跡捜査を香川は始める。それが、思わぬ方向へと進展していく。
この第2作、前半は海外現地での行方不明者救出ストーリーである。後半は日本国内での事件を如何に未然に制圧するかというストーリーに進展していく。その繋がりが興味深い。
<第二章 情報戦>
外務省内の幹部間での情報分析、ブリュッセルに駐在する白澤の情報収集、片野坂による邦人行方不明へのアクションとして緒方外務副大臣に情報面からの仕掛けを行い、緒方をこの事件のネゴシエーターに祭り上げていく。片野坂がこの行方不明事件に対して行動する準備段階と言える。
<第三章 ソウル>
ブリュッセルで、白澤はイギリスのエージェントであるウィリアムスから、旅行中に連れ去られた日本女性がシリアで保護されたという情報を知らされる。高田尚子が保護され入院中と、白澤は片野坂に報告する。片野坂が警備局長に速報すると、直ちに官房副長官、官房長官に報告する形に。片野坂は緒方副大臣の要請もあり現地に赴くことになる。
一方、吉岡里美本人から聞き込みをした香川は、ソウルに飛んで捜査を広げて行く。
<第四章 ベイルート>
片野坂はレバノンのベイルートに飛び、緒方副大臣をサポートする形で、この事案に取り組んで行く。この時点で、片野坂は吉岡里美になりすました女の背景を把握していた。ベイルートで緒方副大臣の了解を得て、ブリュッセルに居る白澤を呼び寄せることにし、また白澤の友達エカテリーナ・クリンスカヤの協力を得たいと白澤に告げる。勿論、クリンスカヤの背景を承知の上である。さらに、片野坂はFBI時代の友人、モサドの上席分析官スティーヴ・サミュエルと連絡をとり、事案に関わる重要な情報を入手する。まさにヒューミントの本領を発揮していくプロセスが描かれる。
<第五章 日本国内のターゲット>
香川は日本、韓国、中国を独自の判断で飛び回り、捜査を進めて行く過程で、日本国内での破壊活動が計画されている情報をキャッチする。
それが、このストーリーのタイトル「動脈破壊」にリンクしていく。
この章では、香川の捜査は中国に広がり、上海から寧波市での情報収集に及ぶ。
<第六章 救出>
片野坂らが、ベイルートからシリアのダマスカス国際空港に飛び、高田尚子を救出する経緯が描かれる。そこに一つの意外性が織り込まれていく。
一方、上海浦東国際空港から出国するため搭乗ゲートを過ぎようとしていた香川が何者かに銃で撃たれる危地に陥る。
<第七章 告白>
救出劇の舞台裏話と香川の中国における捜査の裏話。新たな展開への情報収集が始まる。それは日本国内におけるチャイニーズマフィアに絡む。それが糸口となっていく。
補足的な事象として、沖縄の基地問題の一側面などを織り込んで行くところが、著者の視点として興味深いところでもある。
この後、<第八章 銃撃戦>、<プロローグ>へと進展する。香川は追跡していた側面への対処が実行されていく。
この第2作は、2つのメインストーリーが、絡み合ながらも続いていくという感じである。つまり、2つの山場が全く異なるフェーズでの事件解決という姿で描き込まれていることになる。この構想がおもしろい。
最後に、片野坂が白澤との会話で語るゾルゲの発言内容が印象深いので、ご紹介しておきたい。
「・・・また彼は日本人から情報収集を行う際に、『日本人は他人を売る発言を簡単にはしないが、プライドが高い高学歴な人ほど自らの無知を他人に指摘されると、反論するために饒舌になる』として『そんなことも知らないのですか?』と尋ねることで、数多くの情報を引き出していたと伝えられています」 (p365)
この小説、ヒューミントの重要性と、電子情報データベースの駆使並びにハッキングの活用、裏返せばその脅威を強烈に描き込んでいる。ここにこのシリーズの特徴が現れている。もう一つが、リアルな同時代性の世界情勢分析の織り込みである。この視点は読者にとって考える材料となる。
ご一読ありがとうございます。
こちらの本も読後印象を書いています。お読みいただけるとうれしいです。
『警視庁公安部・片野坂彰 国境の銃弾』 文春文庫
===== 濱 嘉之 作品 読後印象記一覧 ===== 2022.12.6現在 2版 32冊
トルコで邦人が行方不明になるところからストーリーが始まる。女性2人と男性1人。カッパドキアのホテルのセフティ・ボックスに保管されていたパスポートから、イスタンブールの在トルコ日本国総領事館では行方不明者の氏名を確認した。男は外務省職員の望月健介。大臣官房総務課から出向し、ドバイに在住する国際テロ情報収集ユニットの構成員だと分かる。総領事館の一等書記官内山田邦彦はこの案件をトップシークレット扱いにして対処すると判断した。内山田は密かに望月のデータの収集に着手する。
この第2作では、外務省の実情について、フィクションであるが、かなり批判的な視点で取り扱っている。そこには著者の警鐘が含まれているのかもしれない。
片野坂はトルコでの邦人行方不明の連絡を公安総務課長から受けた。一方、白澤はルーカスから情報を得て、即座に片野坂にそのことを報告していた。香川は行方不明者の女性の一人吉岡里美の出国データが不明である点の実態調査を始めていた。
片野坂は公安部長にまず報告する。この時点で、片野坂は調査元がなぜ在イスタンブール総領事館なのかに疑問を抱いた。片野坂がこの事件に関与していく起点になる。
香川の調査で、吉岡里美は北海道に実在し、彼女のパスポートが海外で不正使用されていた事実が判明する。吉岡里美の韓国での苦い経験を聴取し、不正使用される事態に至る背景の追跡捜査を香川は始める。それが、思わぬ方向へと進展していく。
この第2作、前半は海外現地での行方不明者救出ストーリーである。後半は日本国内での事件を如何に未然に制圧するかというストーリーに進展していく。その繋がりが興味深い。
<第二章 情報戦>
外務省内の幹部間での情報分析、ブリュッセルに駐在する白澤の情報収集、片野坂による邦人行方不明へのアクションとして緒方外務副大臣に情報面からの仕掛けを行い、緒方をこの事件のネゴシエーターに祭り上げていく。片野坂がこの行方不明事件に対して行動する準備段階と言える。
<第三章 ソウル>
ブリュッセルで、白澤はイギリスのエージェントであるウィリアムスから、旅行中に連れ去られた日本女性がシリアで保護されたという情報を知らされる。高田尚子が保護され入院中と、白澤は片野坂に報告する。片野坂が警備局長に速報すると、直ちに官房副長官、官房長官に報告する形に。片野坂は緒方副大臣の要請もあり現地に赴くことになる。
一方、吉岡里美本人から聞き込みをした香川は、ソウルに飛んで捜査を広げて行く。
<第四章 ベイルート>
片野坂はレバノンのベイルートに飛び、緒方副大臣をサポートする形で、この事案に取り組んで行く。この時点で、片野坂は吉岡里美になりすました女の背景を把握していた。ベイルートで緒方副大臣の了解を得て、ブリュッセルに居る白澤を呼び寄せることにし、また白澤の友達エカテリーナ・クリンスカヤの協力を得たいと白澤に告げる。勿論、クリンスカヤの背景を承知の上である。さらに、片野坂はFBI時代の友人、モサドの上席分析官スティーヴ・サミュエルと連絡をとり、事案に関わる重要な情報を入手する。まさにヒューミントの本領を発揮していくプロセスが描かれる。
<第五章 日本国内のターゲット>
香川は日本、韓国、中国を独自の判断で飛び回り、捜査を進めて行く過程で、日本国内での破壊活動が計画されている情報をキャッチする。
それが、このストーリーのタイトル「動脈破壊」にリンクしていく。
この章では、香川の捜査は中国に広がり、上海から寧波市での情報収集に及ぶ。
<第六章 救出>
片野坂らが、ベイルートからシリアのダマスカス国際空港に飛び、高田尚子を救出する経緯が描かれる。そこに一つの意外性が織り込まれていく。
一方、上海浦東国際空港から出国するため搭乗ゲートを過ぎようとしていた香川が何者かに銃で撃たれる危地に陥る。
<第七章 告白>
救出劇の舞台裏話と香川の中国における捜査の裏話。新たな展開への情報収集が始まる。それは日本国内におけるチャイニーズマフィアに絡む。それが糸口となっていく。
補足的な事象として、沖縄の基地問題の一側面などを織り込んで行くところが、著者の視点として興味深いところでもある。
この後、<第八章 銃撃戦>、<プロローグ>へと進展する。香川は追跡していた側面への対処が実行されていく。
この第2作は、2つのメインストーリーが、絡み合ながらも続いていくという感じである。つまり、2つの山場が全く異なるフェーズでの事件解決という姿で描き込まれていることになる。この構想がおもしろい。
最後に、片野坂が白澤との会話で語るゾルゲの発言内容が印象深いので、ご紹介しておきたい。
「・・・また彼は日本人から情報収集を行う際に、『日本人は他人を売る発言を簡単にはしないが、プライドが高い高学歴な人ほど自らの無知を他人に指摘されると、反論するために饒舌になる』として『そんなことも知らないのですか?』と尋ねることで、数多くの情報を引き出していたと伝えられています」 (p365)
この小説、ヒューミントの重要性と、電子情報データベースの駆使並びにハッキングの活用、裏返せばその脅威を強烈に描き込んでいる。ここにこのシリーズの特徴が現れている。もう一つが、リアルな同時代性の世界情勢分析の織り込みである。この視点は読者にとって考える材料となる。
ご一読ありがとうございます。
こちらの本も読後印象を書いています。お読みいただけるとうれしいです。
『警視庁公安部・片野坂彰 国境の銃弾』 文春文庫
===== 濱 嘉之 作品 読後印象記一覧 ===== 2022.12.6現在 2版 32冊
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