勤め人をやっている頃、お前足下を見よ、とよく言われた。
自分では着実に物事を進めているつもりだけど、他人には浮き足だって、
地に足がついていないように見えたのだろう。
今でもこの言葉を振り返って、考えて見るのだが、いまいち腑に落ちない。
そこで歩くときに足下を見下ろして、歩こうとしたら、目が回るようで歩けない。
歩くときはまっすぐ首をあげて歩く前方を見ないと、まともな歩きは出来ない。
だから腑に落ちないのである。きっと社風が足下ばかりを見つめる風になっていたのだ。
足下ばかりを見つめて、会社の将来の発展はどうなるのか。会社の存続には10年先、
あるいは20年先を見据えて舵を取らないといけないのではないか。
元いた会社は僕が居た当時250億円の資本金だったが、現在は減資されて1億円の会社に
なっている。是は足下ばかりを見つめた会社のなれの果てだ。
足下を見てしっかり固める事よりは、先を見据えて事業展開をする事のほうが大切な証拠である。
足下ばかりを見つめる社風の会社は早晩傾く。もちろん飛び跳ねてばかりいる会社は
これまた倒産の危機に見舞われる可能性は大である。どっちもどっちだ。
自分では着実に物事を進めているつもりだけど、他人には浮き足だって、
地に足がついていないように見えたのだろう。
今でもこの言葉を振り返って、考えて見るのだが、いまいち腑に落ちない。
そこで歩くときに足下を見下ろして、歩こうとしたら、目が回るようで歩けない。
歩くときはまっすぐ首をあげて歩く前方を見ないと、まともな歩きは出来ない。
だから腑に落ちないのである。きっと社風が足下ばかりを見つめる風になっていたのだ。
足下ばかりを見つめて、会社の将来の発展はどうなるのか。会社の存続には10年先、
あるいは20年先を見据えて舵を取らないといけないのではないか。
元いた会社は僕が居た当時250億円の資本金だったが、現在は減資されて1億円の会社に
なっている。是は足下ばかりを見つめた会社のなれの果てだ。
足下を見てしっかり固める事よりは、先を見据えて事業展開をする事のほうが大切な証拠である。
足下ばかりを見つめる社風の会社は早晩傾く。もちろん飛び跳ねてばかりいる会社は
これまた倒産の危機に見舞われる可能性は大である。どっちもどっちだ。