日々雑感

心に浮かんだこと何でも書いていく。

ありがとう.

2012年04月15日 | Weblog
ありがとう


歩き遍路であれ車遍路であれ,遍路をされた人びとの体験談を読んでみると必ずと言って良い程,御礼とか感謝とかいう言葉が出てくる.
普通の観光 旅とは違ってこれは物見遊山気分ではできない旅である
ある人は1200キロを歩き通し,またある人は例えマイカーで巡拝すれにしても、山門や本堂の軒下で野宿をするようなきつい旅行をしている人たちが多い.
その人たちが御礼とか感謝とかいう言葉を口にするのだから、我々が日常会話で使っている言葉の意味とは少し違うように思う..

普通の観光旅行と違ってかなり厳しい条件の旅をしつつも、どうして御礼とか感謝という言葉が出るのであろうか.。
普通の常識からいうとそこに何か違和感がある。.
しかし私が違和感を抱こうと、そういう遍路をされている人は心の底から
気持ちを込めて、それらの言葉を口にされるから、それは真実の言葉なのである.
四国88カ所遍路して回る旅は、ひとつには自然とのふれあいであり
また四国の人々の暖かい人情に触れることでもある。
それによって、普段は心のをそこに閉じこめられでしまって、心のそこで眠ってしまっている感謝という言葉や気持ちを思いだしたりして、人間本来の素直な気持ちになることから、いう言葉が出てくるのであろう

いずれの年からか、私もまた菅笠や2白装束の遍路姿ににあこがれを抱きバイク遍路を始めるようになった。
確かに肉体的には楽な旅ではないが、精神的には今まで経験したことがないような、すがすがしいさを感じる。
もちろんお大師さまには心を寄せて同行二人という安心はあるものの
初めての遍路の旅ということもあって心細い感じもした

私が四国遍路を思いたった理由のひとつに先祖供養ということがある
今は亡き父母や父方や母方の祖父母の菩提を弔うために写経をしてそれを本堂と大師堂に納経するために遍路したいのである
簡単なことではあるが、写経100枚はそれなりに我慢のいることであった。100枚目が終わったときに、私はまずありがとう、という言葉が口から出た、さあ出来た。やれやれ。これでいけるという前に、ありがとうが出たのだ。何故だかわからないが、ごく自然に腹の底から出た言葉であった。
ひょっとしたら お遍路さんは今の私のような状態でごく自然に御礼の言葉が出たり感謝の言葉が出たりするのではなかろうか。
意図していう言葉ではない。自然に口をついて出る言葉である
もちろん遍路には、人それぞれの目標がある。それが成就されたときには、感謝の気持ちが湧いてきて当然だ。
そして目的成就を考えてみると、そこには同行二人つまりいつもお大師さまが側にいて、付き添ってくださり、そのおかげで満願成就したという実感もある。
理由はなんであれ、物欲に振り回されいつも飢餓状態に置かれている現代人が幸せのもとである感謝の気持ちを、取り戻した、あるいは自覚したというのなら現代人にとって、遍路することこそ幸せへの近道ではないか、そんなことも考える。
それにしても、長いあいだ忘れかけていた感謝の心を教えて、とりもどさせてくれた四国遍路には感謝したい気持ちでいっぱいである。
お大師様ありがとう。四国遍路ありがとう。









再稼動

2012年04月15日 | Weblog
再稼動
甘めの条件
1,急ごしらえの安全基準
2,地元理解のアピール材料要素が多く甘い条件設定だ

関電
夏に電力が足りなくなる 13,9%不足
2月に10%不足という試算から実際に電力不足はおきなかった。需要が伸びなかった。
揚水発電が予定より200万kw増えた。
融通電力は50万キロワットあった。

13,9%不足試算は再稼動するための都合のよい試算であり、まともには 信じられない数字である

首相の指示からわずか二日で新基準が出来るなんて考えられない。
国は国民の生命財産を守るという最大の義務をどう考えているのか

新基準
1,炉心溶融を起こさない電源や冷却対策を求めているが項目が並ぶだけですでに実施した対策で由とする

関電には重要免震棟がない。
深刻な電力不足、燃料費高騰 で日常生活に重大な支障がでる場合に限る
べきで、電力が足りていれば再稼動の必要なし。
不足電力を第三者を交えて精査してその結果を待って慎重に判断すべきだ。
電力不足と、料金の上昇を抑えるためには原発を再稼働する必要がある
というのは筋は通る話だが、危険なものを稼働させるわけだから、電力においては精査する必要がある。
1次テストをクリアしたものから順にと言うより、万一事故が起こったときに出来るだけ被害の少なくて済むところに立地する原発から再開する方が良い。福井県にある原発事故では、日本の中枢に位置して間違いなく関西がやられる。これで国がたちゆくだろうか。浜岡原発にも同じ事が言える、 原発再開よりも、即戦力のある発電システムを構築すべきである。

c 電力融通

2012年04月14日 | Weblog
電力融通

夏の電力不足の絶体絶命のピンチを救ったのは全国から電力を送ってもらう緊急の融通であった。
政府は再稼働は、今夏の電力不足を避けるためだというが、他の電力会社には電力が余っている。それをお互いに余った分を融通してもらえないのか。
再稼動をする前にこういうことに努力すべきだ。勿論火力水力発電所のフル稼働が前提である

電力会社はこれまで原発を再稼働しないと停電のおそれがあると繰り返すだけで、需要を超える緊急融通という奥の手があることをしらさなかった。

再稼動の前に火力や水力発電を増やしたり他の電力会社から余った電力を融通してもらう努力できなかったのか。その辺がどの辺りまで詰めているのだろうか。

出自はままならぬ 

2012年04月13日 | Weblog
出自はままならぬ 

宮尾登美子さんには、遠見ながらお目に掛かった事があった。もう80才は越しておられるのだろうか。車いすに乗っておられた。あれ以来興味をもって彼女の作品を読んだが、自分の出自について随分悩まれたようである。作品の随所に出自に対する嫌悪感があからさまに語られている。

人は、どういう境遇に生まれるかは、己で決めることができない。
皇室や権力者や金持ちの人々生まれつきのも、極貧のスラム街に生まれつくのも、みんな天の采配である。

そして不遇の中に生まれおち、人々からいじめられ、いびられて、石持って追われ、この世の地獄に落とされたものが、身を捨てて、社会に復讐するのもはなはだ迷惑な話ではあるが、当人にしてみれば、この世の恨みつらみを晴らすには、多くの罪なき人を悲惨なルツボに、陥れて辛酸の苦しみを味わわさせる事が、唯一の慰めと言うことになるのだろう。
だからこの世からもろもろの惨劇が、きえ失せるせることは無い。
この世で時々起こる、不条理の根源を突き詰めれば、その一端は、天の采配の不条理にあるのだろう。と僕は思う事がある。

人間は知恵を使って人を不幸に陥れる出自を何故消してしまわないのだろうかと長年思ってきた。人はその人の、人となりが全てであって、それは何ものにも増して尊重されなくてはならない。

先日先祖のことを調べようと思って、役所に出向いたが、ぼくのじいさんの戸籍はすでに廃棄処分になっていた。約十年前にすでに破棄処分されたそうである。
ある特別は家、例えば天皇家のような家系は別だが、その他大勢が出自を競うような時勢でもあるまい。わずか7,80年の人生で出自も何も関係ない。各自が好きなように生きて家庭を作り、好きなように生きることができれば、それだけで良い。後は本人の生き方の問題だ。とは思うが、宮尾さんの場合、作品の諸処にその影を見ると、生まれ落ちた所を生涯消すことができないのだろう。それはある人には自慢の種に成り、ある人には劣等感の塊となって、人生に影をおとす。出自を人間から消し去ることは不可能なのだろうか。

これを至福と言う

2012年04月12日 | Weblog
これを至福と言う

深緑の好季に入る。
4月も末ごろ寒くてもなければ暑くも無い。
川面に一人笹船を浮かべ、誰にわずらわされることもなく、ただ一人で小さなテープレコーダーで自作の音楽をうっとりして聞いている。夢とも無く現実ともなく、上手から下手に川の流れのままに気分は共にくだっていく。

たたひとりである。妻もいなければ、子供もいない。親も兄弟もいない。ましてや利害の伴う他人は誰もいない。他に誰に気使うことも無い。
お腹はすいてもいないし、満腹でもない。丁度良いころである。

季節は晩春と初夏の境目だから、ちょうど良い加減である。時折川面を渡っていく緑の風が心地よげに頬を通り過ぎてゆく。
風自身は暖かさを含んでいるが、川面のことである。少し冷たい感じもするが、それがかえって気持ちがよい。

心の中には何一つ引っかかるものがない。家庭もうまくいっている。職場にも問題はない。おまけに皆健康である。作曲も予想外に良い作品が出来上がってくる。
世の中すべで言うことなし。これを至福と言う。

原発再稼働8条件に対するコメント

2012年04月11日 | Weblog
原発再稼働8条件に対するコメント 9,621位 / 1,705,306ブログ中
1,安全基準を根本から見直す
2,3日で決めた政府のやり方には信用がおけない。もっと時間を掛けて作り直す事が大切。

2,新体制のもとで完全なストレステストを実施
前々から指摘しているように保安院の見解は視野が狭く、現実的では無い。津波、地震に加えてテロ対策 空中からの落下物等に供えないと完璧とは言えない。完全で無いところに絶対の安心は無い。

3,事故発生を前提とした防災計画と危機管理体制を構築
今回の事故で思い知った。発生当時の関係者のうろたえぶりが想像できる。普通の人間なら誰だってこういう状態になる。やはり前もって体制を作っておく必要がある。

4,原発から100キロ程度の広域住民同意を得て自治体との安全協定締結
何よりも恐ろしいのは琵琶湖が1500万人の生命線であることだ。是が汚染されたら日本沈没だ。笑い事では無い。悲劇は福島の比では無い。

5,電力供給体制について徹底的に検証する
あれだけ原発が止まっても、何とかしのげたじゃないか。原発を稼働したら 儲かる奴がいる限り、再稼働しないと電力が止まると脅しをかけてくる。どうすれば供給体制が原発を使わなくても成り立つか、もっと研究する必要がある。原子力発電は発電すればするほど儲かるシステムになっている。

事故収束と損害賠償等原発事故で生じる倒リスクを最小化すること
こんな事より国を滅ばさない様な事を考えたが良い

歌の歌詞

2012年04月10日 | Weblog
歌の歌詞 9,171位 / 1,704,915ブログ中

歌詞には物語や文学性が必要である。文学性のない詞は歌詞とは言わないだろう。
「あいうえお」 でも、「いろは」 でもよいような単語の羅列からどのようなよい歌が生まれるだろうか。

歌はます歌詞が感動をよび起こすもので、なくてはならない。
歌詞によって作曲家は触発され、歌を作るのだ。その詞が感動的であればあるほど良いメロデイがわきあがる。

曲が先に出来ていて、後に詞をはめ込む、はめ込み詞で良い曲もあるけれど、その数は少ない。
作成日: 12/04/03

胸を打つ言葉

2012年04月09日 | Weblog
胸を打つ言葉


1.臨終のハンセン氏病の子供の患者を思わず腕に抱きかかえ人間の体温の暖かさの中から黄泉の国へ旅だったせたかかった。
壺阪寺常盤勝憲長老

2,ガン研の病院に入ってくる人は気も動転せんばかりに、死の恐怖におびえている人たちばかりである。そんな心理状態にある人に冷たい手で触った患者はどう思うか。僕は温かい手で患者に触れるようにいつも心がけてカイロで手を暖めておくのです 
 黒川ガン研付属病院長

3.僕が発明するのではない。神が作ってたものを一番最初に発見するからです  東北大学総長 西沢潤一博士    93.3.18

97点が出た

2012年04月08日 | Weblog
97点が出た

採点付カラオケ

作ることが専門で、めったに歌うことがない僕が、採点付カラオケ装置で歌ってみた。結論から先にいうと、97点が出て、ギャラリーから、歓声と拍手がわいた。
我ながら驚いたが、機械がどうして採点できるのだろうかと、不思議に思い、その構造をある程度調べてみた。
左に伴奏 右チャンネルには歌の正しい信号が記録されている
機械に内蔵されているマイコンが右チャンネルの信号とマイクを通して入ってくる歌を拾いだして比較して採点するというのが基本的な仕組みである。もう一つは楽譜のメロディー通りに信号が入っている専用テープと歌手付の歌がそのまま録音されている。音声多重テープ。殿比較の差が点数表示される。

音程やリズムなどは機械で採点できても、歌の情感といったものはなかなか採点しにくい、節回しが短いなど、歌詞と同じように歌わなければ、高得点は出ないのが採点付カラオケ。
何の間違いか知らないけど97点を取るなんて事は滅多に無い。

僕の場合高得点と言うより、カラオケを歌って酔うほど感情移入ができない。作曲しているときに心の中で歌っている歌の方がずっと情感がこもっている。つまり感情移入の連続で作曲しているのだ。
そこで考えた。カラオケを楽しんでいる人は 歌う事が楽しみであり、それによって憂さ晴らしをしているのだ。だとすれば採点機なるものは不要ではないか 。

近頃カラオケに行く際には採点機が付いているかいないかだ改めて調べることが多いが、数はめっきり少なくなってしまった。当然だ。歌がうまいと評価されることもさることながら、効能の第一はストレス吐きだ。
ウレシイに付け悲しいに付け歌いたくなるのが人間の本能だ。
どんなに情感をこめて歌っても、音痴では滅多に高得点は得られない。
機械もいいが、もっと料金が下がってくれた方が通いやすいと言うのがカラオケフアンの本音だろう。

素朴な疑問

2012年04月07日 | Weblog

素朴な疑問
1,
再稼働しないと、電力不足が陥る。ということなのだが、何時頃、どれだけ、どのくらい不足するのか、国民の前に、説明がない。電力会社が、詳細を抱え込んでいる。なぜ政府が、もっと確かなことを確認しないで、再稼働に走るのか、どこからどんな圧力が働いたのか、
2,
電力の需給関係もわからないと、何時からいくつの原発を再稼働したらいいのか。それすらわからない。だのに、こういうやり方は大飯原発再開をさせ、あとはなしくずし的に、再開させるつもりなのだろうか。
3,
電力会社の側に求めるならば、なぜ電力の需要と供給の詳しい説明がないのか、
4,
足りない部分は、原子力で補う。という事自身が前提になっている。これは絶対におかしい。原発による絶対安全性は、確保されない。という前提で、絶対安心を考えなければならないはずだ。
5,
国家の安全に関する重大事故が、首相の強い要望から、わずか2日で、安全対策の暫定基準案を了承し、それを持って、地方自治体に説明にするというのは納得出来る話では無い。
6,
こういう姿勢を示し、実施できていない対策を先送りし、安全性の一部を捨ててまで、なぜ再開を急ぐのか、その理由を国民の前に示してほしい。
7,
政府はこれまで基準を作ってこなかった非を認めて、これからじっくり基準作りに取りかかってほしい。半年位かかるだろうが、その間に電気が不足するのなら足りるように最大限の工夫をすればいいのだ。水力火力、自然エネルギ、電力融通など
8,
周辺住民の代表 、電力会社代表 実施する所の市長、国の代表などで、安全委員会をつくり、常に、原子力の安全について、意見を交換している。これはフランスの例であるが
日本では、たった4人の閣僚が、再稼働の基準を了承して、住民を説得すると言う。周辺住民の理解を得るためには、彼らが納得するように現状と資料の開示と詳しい説明をする事が必要だ。政府関係者4人でと言うところに隠蔽体質を見る、原発のオープン主義体質とでは天地ほどの安全意識尊重の差が見て取れる



目先のことしか見えていない

2012年04月06日 | Weblog
目先のことしか見えていない、

電力会社は、発電送電に関して、多くの人材と、技術、ノウハウ、設備など豊富な経営資源を、たくさん持っている。
にもかかわらず、電力のあり方の新体制への転換にイニシアチブを取ろうとしない。それは目先のことだけにこだわり続けている証拠だし、足下しか見ていない証拠でもある。
現状を見る限り、そこにこだわる限り、おそらく原子力発電は今後難しくなるだろうから、経営に行き詰まることは目に見えてくる。
あれだけ多くの人がいて、そういう所まで気がまわらないのだろうか。
見通しの暗い原子力発電にこだわるよりも、新しい電力供給システムの構築に活路を見いだした方が、どれほど将来に展望が見えるか。秘密特殊班でも組織してビジネスを立ち上げるチャンスをうかがったら、どうか。

既存の体制がそんなに良いのか、どのような企業体も、寿命というものがあり、脱皮したり、変革したりして、情勢に対応して変革することが、生き延びる道である。

本音と建前

2012年04月05日 | Weblog
本音と建前 8,915位 / 1,703,192ブログ

精神的肉体的に、圧力がかかると、建前が引っ込んで本音が出てくる。
本音は、生きることに直結している。どんな立派な建前をたてたとしても、命が、脅かされるところにさしかかると、本音に切り替わる。

本音は、欲望のママに、という側面があるので、もろに出すと、格好が悪い。
悪くするとプライドに傷がつく。

それを少しでも、カバーするために、事と次第によっては、人は上手に使い分けているのだ。建前は、あくまで余裕のあるときに、取れる言動である。

作成日: 12/04/03

火を見るより明らかなことだ

2012年04月04日 | Weblog
火を見るより明らかなことだ

大飯原発事故が起こったら、関西全滅の危険性を孕む。即ち日本国がたち行かなくなる。国の今の安全基準が信用できないから、絶対安全基準ができるまで再稼働はやめたほうがよい。
少々の不便があっても、万一の事を考えてみると、かって家庭では、計画停電も受け入れているのではないか。

電力会社は経営上のことで原発稼働を主張するが、国民の安全を守るという観点からすると、それは小さなことだ。関西地方が全滅して関電が残るよりも、関電が倒産して関西地方の安全が保たれることのほうがずっと大切な事だ。

自然死

2012年04月03日 | Weblog

自然死

人間は自然に枯れて死ぬのが望ましい。
現代は医学の進歩で延命治療をして寿命を伸ばすことが医学の使命のように考えられているが、それには異論がある。
老齢のために、または重篤な病のために、本人の意思がはたらかないのに医学上の見地から、治療を続けるというのはばかげている

人間の生存とは他人の力を借りなくとも、自力で生活できる範囲のことを言う。
生存の意志を持たないような、また生存の意識もない患者を、ただ物理的に生かしておくことはかえって不幸なことではないか。
自然な死の訪れに誘われて、この世を去る事が基本で、人工的に延命させる手段を使うのは良くないと、僕は思う。

人間って

2012年04月02日 | Weblog
人間って

2002年炉心損傷事故の発生確率を試算した日本原子力研究所の研究報告書を入手100,000年に一回という確率ながら最大の危険は地震による全電源喪失でもたらされるとの指摘。
約10年も前にすでに日本ではこういう意見もあったのだ。安全神話に押しつぶされて、声なき声におわってしまったが、当時もう少し力を入れて主張され大きくクローズアップされていたらと悔やまれてならない。人間って手痛い目に遭わないと懲りない者か。この報告書にあったように、2011年3月東京電力福島第一原発はその全電源喪失かららしいん溶融事故を起こした。
悔やまれて仕方が無い。今なお避難を余儀なくされている被災者にはお見舞いの言葉も失う。