高志は駆けるようにして、畑に向かった。
駆けながら懐中電灯を持ってくるべきだったかと思った。
鉄さんは海を見下ろす畑の際の、切株に腰を下ろしていた。
動かないその姿を見た時、高志は思わず足が止まった。呼吸を整えてからかけた声が、なんだか
遠くに呼びかける声になって、耳の奥で聞こえた。
返事がないので思わず、海の上のいつもの漁師声になって再び呼びかけた。
「鉄さん終わりましたか。大分暗くなりました」
やはり返事がない。
「鉄さん大丈夫ですか、具合が悪いのですか」
さすがに声が緊張していた。
その時になって鉄さんは、ようやく顔を向けて高志を見た。
明らかにその眼は今の今まで、どこか遠くをさ迷っていたものだった。
彼は最初ぼんやりと高志を見ていたが、急に「ああ」と言って笑った。
薄闇に浮かんだ、引き攣ったその笑いに、高志は思わず怯(ひる)んだ。
高志が初めて見る、無残な嗤(わら)いだった。
「大丈夫、具合はなんともない。唯ちょっと目眩がしたので休んでいた。もう大丈夫だ。いゃあ
すっかり陽が落ちてしまった」
高志は鉄さんの様子を窺いながら、傍の御用篭を見た。
中には未だ菜の一株も入っていなかった。