心臓外科医スティーブン(コリン・ファレル)は、美しい妻で眼科医のアナ(ニコール・キッドマン)と、長女キム、長男ボブの4人で郊外の豪邸に暮らしていた。
スティーブンは、マーティン(バリー・コーガン)という少年と時々外で会っており、食事をごちそうしたり、腕時計をあげたりと、面倒をみていた。スティーブンは、かつてマーティンの父親の主治医で、スティーブンの執刀した手術の甲斐なく、マーティンの父親は亡くなった罪滅ぼしの意識もあったのか、、、。
ある日、マーティンを自宅に招いて家族に紹介した直後、長男ボブが立てなくなる。あらゆる検査を受けても異常がなく、原因は分からない。戸惑うスティーブンに、マーティンはこう言う。
「家族のうち、あなた以外の誰かを1人殺さないと、あなた以外の3人とも死ぬ。立てなくなった後は、食べ物を受け付けなくなる。その後、目から血を流すようになるが、そうなったら数日しか生きられない。誰を殺すか、早く決めろ」
そんな妄言をにわかには信じないスティーブンだが、数日後、今度は長女のキムが立てなくなる。マーティンの言葉は、単なる妄言でも脅しでもないと分かり、怖れるスティーブン。
果たして、スティーブンの選択は、、、?
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予告編にそそられて見に行きました。『ビガイルド』に続く、コリン&ニコ姐コンビだけど、ある意味、今度は立場が逆になったかな?
◆ハネケっぽさを感じたけれど、、、。
まず、結論から先に言っちゃうと、正直、期待ハズレでござんした。いえ、面白かったんですよ、確かに。監督の志も感じられるし、役者さんたちは皆良い演技をしていると思った。それならなぜ期待ハズレなのか、というと、それは展開がもろに読めちゃうから、まるで意外性がない、ってことかなぁ。
世間に公開されているあらすじを読んでも、大体の察しがついちゃうんじゃない? そして、スクリーン上で概ねその察しどおりにコトが運んでいってしまうのだよ。
いや、だから、面白かったことは面白かったのよ。それに展開が読めても面白い映画は一杯あって、これもその一つに違いない。
……てことは、私は何を期待していたんだろう、と考えたんだけど、なんかこう、もっと、「あ゛っ!!!」と言わせて欲しかったんだろうな、、、と。
で、思い当たった。もう、そういう「あ゛っ!!!」には、ハネケの映画で十分鍛えられており、本作程度の描写ではゼンゼン響かなくなっているんだ、、、てことに。
ランティモス監督作品は初めて見るんだが、この監督がハネケ作品を意識したかどうかは分からないし、パンフに収録されている短いインタビューにハネケの名前はなかった。だけど、“不条理”かつ“暴力”というハネケ作品のキーワードは、本作にも通じるし、全編を覆う不穏な空気は、ハネケ作品と非常に似ている。何より、終盤のあるシーンは、ハネケの『ファニーゲーム』を誰もが連想するものだった。
ただ、足りないのは、"毒"。そう、私は、この毒を期待していたのだと思う。だから期待ハズレだと感じたのだ、、、多分。
◆何故アナには症状が出なかったのか?
そうは言っても、もちろん、見所はイロイロあったわけで、中でも「ぎょえー」と思ったのは、ニコ姐演じる妻・アナのセリフ。家族3人(妻と2人の子ども)のうち一人を殺さなければならないと知ったアナは、スティーブンにこうささやく。
「殺すなら子どもよ。子どもはまた作れば出来る」(セリフ正確じゃありません)
いや~、これにはドン引きだったよぉ。別に、母親に犠牲的精神を発揮して欲しいだなんて思わないが、このセリフを言うアナの表情は冷徹でまるで迷いがない。そして、このとき、スティーブンとアナの夫婦それぞれに浮かんだ“殺すべき子ども”の顔は違っていたはず。そう、スティーブンの脳裏にはボブが、アナの脳裏にはキムが、、、。これは間違いない。
なぜなら、それまでの描写で、スティーブンはボブを、アナはキムを、それぞれ嫌っているのが分かるからだ。そして、スティーブンはキムを、アナはボブを愛しく思っているのだ。
このとき、スティーブンは特にセリフを返さなかった(と思う)が、否定もしなかった。否定すれば、それは即ち、妻のアナを殺すという選択になるから安易なことは言えないにしても、だ。こんなことを企む夫婦が医者である、ってことが、もの凄い皮肉である。いや、むしろ、医者だからこその冷静な判断なのかも知れないが。
でもって、スティーブンが、マーティンの父親の手術をしたとき、実は二日酔い状態だったことも判明するんだが、それが分かる過程が、スティーブンの友人にアナが問い質すんだけど、その友人は、自分の一物をアナにしごくように要求するわけ。で、車の中で、アナが必死にしごくシーンがあるんだけど、これって必要? なんか、ただの“やり過ぎ演出”と感じたんだけど。
二日酔いの主治医に父親を殺されたと信じているマーティンは、とにかく容赦ない。マーティンは呪術師か何か知らんが、まあ、とにかく、不思議な力をお持ちの少年で、見るからに不気味そのもの。演じたバリー・コーガンは大したもんである。こういう、訳分からん設定、私は結構好き。別に、何もかもがロジカルである必要なんてない。映画なんだからサ。
……にしたって、マーティンは自分の腕を食いちぎったり、何だかなぁ、だった。そのマーティンの足下にひざまずいて、彼の脚にキスをするアナとか、何かもうあらゆる事象が狂っていく感じは、割と嫌いじゃない。
ただ、不満なのは、アナに全く症状が出なかったことかな。アナも立てなくなって、いよいよ、、、というまでにスティーブンを追い詰めた方が面白かったんじゃないかなぁ、と思ったんだけど。実際、キムが寝たきりになった後も、スティーブンはアナに「ポテトが食べたいなぁ」なんて呑気なことを言って、アナに怒られたりしているわけで。その後、大逆ギレするスティーブンは、ただただサイテーだった。
このスティーブンという男、私は嫌いだ。一見、良い夫で父親っぽくしているが、一皮剥けば権威主義のマッチョ男で、危機管理能力ゼロ。確かに、超常現象の前に為す術ナシなのは分かるが、マーティンにも「アンタの決断力の鈍さには呆れるゼ」などと言われる始末。
アナに症状が出なかったのは、もしかしたらマーティンに正面から向き合ったからではないか、という気もする。スティーブンは、マーティンが何故そんな復讐の仕方をするのか、直接聞いていない。アナは聞いている。そのとき、マーティンはパスタをもの凄く気持ち悪い食べ方で食べながら、「自分だけが死んだ父親と同じスパゲッティの食べ方をする人間だと思ってたけど、みんな誰でも同じ食べ方をするんだ。その事実を知って哀しい」(セリフ正確じゃありません)みたいな訳分からん話をするんだけれども、その気持ち悪い食べ方と相まって、このマーティンの独白みたいな言葉が、アナに掛かる筈だった呪いを解いたのかも、、、とかね。それくらい、あのマーティンがパスタを食べるシーンは印象的だったから。何か意味があるとしか思えない。
◆果たしてスティーブンの選択は?
で、スティーブンは結局どうしたのか。……ってことで、ここからはネタバレになります。
スティーブンは、ロシアンルーレットばりの方法で、3人のうち一人を殺すことを決断する。つまり、妻、長女、長男の手足を縛って拘束し、さらに、頭から袋を被せて、リビングに3人をそれぞれ自分を中心にした円の弧上に座らせる。そして、その中心で、自分も顔まですっぽりニット帽を被って目隠しをし、手には猟銃を持ち、グルグルとその場で回りながら、しばらく回ったところで当てずっぽうに引き金を引くのである。
ハッキリ言って、このシーンは、怖ろしいというより、バカっぽくしか見えず、私は笑いそうになるのをこらえるのに必死だった。"ニット帽ですっかり顔を覆ったコリンが猟銃を持ってグルグル回っているの図"は、可笑しい以外の何でもない。
1発目、2発目は、3人の誰にも当たらない。そして、3発目。当たったのは長男のボブ。そうだろうと思ったよ。だって、スティーブンはボブを嫌っていたからね。ニット帽で目隠ししていたけど、ニットなんて隙間が一杯あるんだから、あれは見えていたんだよ、、、、と思う。たまたまボブに当たったのではない。意図的にボブを撃ったのだ。そして、自分の可愛い娘キムと、子どもを再生産するために必要な妻は残した。
確かに、こういう結論に至ると、ギリシア神話っぽいよねぇ。
ちなみに、本作はあちこちで解説されているとおり、「アウリスのイピゲネイア」にインスパイアされてのシナリオ、ということなんだって。生け贄は、ボブってことなのかねぇ。
ラストシーンも何だかヘン。ボブが死んで3人家族になり、3人で、スティーブンとマーティンがよく来ていたレストランに行くと、そこにマーティンが現れる。離れた所に座ったマーティンを見ながら、3人はレストランを出て行く、、、。キムは普通に歩けるようになり、家族には平穏が戻ったということらしい。しかし、その様子は明らかにヘンである。家族に凶事をもたらしたマーティンは、哀しげな表情で3人を見送っている。……これは一種のハッピーエンディングってことなのかね? 奇しくも、ハネケの最新作もタイトルは『ハッピーエンド』だったけど。もちろん、関係ないだろうけど。
◆その他もろもろ
スティーブンを演じたコリンが、妻アナを演じたニコ姐に銃口を向けるという意味で、『ビガイルド』とは攻守逆転でありました。
コリン、どう見ても外科医に見えん。髭を蓄えて貫禄を出したつもりかも知れないけど、ちょっと方向性が違う気がする。呆れるほどに役立たずの父親を、とても情けなく演じていてgooでした。
ニコ姐は、まあ、キレイだし裸体も美しいが、その乳房(後ろからチラッと見える程度だけどね)はどう見ても人工的で、ちょっとなぁ、、、と思ってしまった。コリンと夫婦役だったけど、2人が立って向き合ったり並ぶシーンだと、明らかにニコ姐がコリンを見下ろす感じになっていたのだけど、それも演出としての狙いなのかな、、、などと思ったり。
長男ボブを演じたサニー・スリッチ君が、なかなかの美少年だった。終盤、目から出血するシーンは、目が痛くないのか心配になってしまったけど。手足を縛られ、頭から袋を被せられ、その袋の下から赤黒い血がTシャツを染めていくシーンは、ホントに『ファニーゲーム』そのものでゾッとなった。
しかし、本作のMVPは、なんつってもバリー・コーガンでしょ。彼の独特のルックスと、秀逸な演技があってこそ、本作の不穏さは維持されていたのです。あのパスタの気持ち悪い食べ方、素晴らしかった。これからが楽しみな俳優ではないでしょうか。あまり、好きって感じになれないけど、注目したい若者です。
あと、ちょっと音楽が過剰演出かな、、、と思う部分も。選曲は結構好きだけど。