昨日(2月11日)は「建国記念の日」という国民の祝日であった。この記念日は「国民の祝日に関する法律」により定められている16日ある祝日の一つである。「建国記念の日」はかっては紀元節と言った。紀元節は、古事記や日本書紀で日本の初代天皇とされる神武天皇の即位日をもって定めた戦前の祝日であった。以前にはこの祝日を記念する行事のニュースが必ず報道されていたように思うが、近年ではその報道に接することがないよ . . . 本文を読む
アメリカはトランプ氏が大統領になる前まではグローバル主義の旗手のようにふるまっていました。しかしかっては孤立主義をとっていたこともありました。それは第二次世界大戦の初期には欧州戦線には参入していなかったのです。当時、ナチスドイツはヨーロッパ大陸諸国を平定し、英国だけがわずかに抵抗している状況でした。英国のチャーチルは、自国戦力だけではナチスドイツに対抗するには限界があることを悟り、アメリカに参戦を . . . 本文を読む
大人のコミック誌と言われた「ビッグコミック」が創刊されたのが1968年の事でした。その50周年展が秋田県立近代美術館で行われていました。9月8日の最終日に観てきました。当時の大学生などに人気のあった漫画誌にはこのほかに「ガロ」や「COM」もありました。「ガロ」の創刊は1964年、「COM」は1967年に刊行されています。「ガロ」や「COM」がマニアックに偏りがちな内容とすれば、「ビッグコミック」は . . . 本文を読む
8月15日は「終戦記念日」でした。この日は総理大臣から一般市民にいたるまで「不戦の誓い」を口にします。「終戦記念日」が戦争の悲惨さを忘れないようにと振り返る日だとするなら、結果としての「終戦」がおこった原因、すなわち「開戦」がなぜ起こったのかも振り返る必要があるのではないかとおもいます。開戦が無ければ終戦はないわけなので、「開戦記念日」はぜひとも必要と思うのです。いつの間にか戦争が始まってしまい、 . . . 本文を読む
昨日は「天安門事件」から30周年であった。中国政府の報道官はこれについて次のように言っていた。「30年前の学生らの暴挙を制圧したのは間違いではなかった。なぜなら、その後のわが国の発展を見れば明らかである」と。中国共産党は経済発展こそが「正義のあかし」と言っているのだ。経済発展を成し遂げれば他のすべてのことは許されるかもしくは犠牲になっても構わないとする「経済発展至上主義」がそこにはある。そのような . . . 本文を読む
昨日、本日の新聞やテレビの番組は元号が変わることに関する番組ばかりである。これほど見事に同じ目線で番組や紙面が編成されているとは不思議なことと思う。敗戦を迎えたとき、これほどまでの「天皇制の大衆への浸透」を誰が予想しただろうか。「天皇制」を存続させようと判断した連合国でさえこれは予想がつかなかったのではないだろうか。その意味でも連合国がわが国に突きつけた終戦の条件、すなわち天皇を戦犯として扱わない . . . 本文を読む
上記の書籍を買いました。何かを調べているとき、その出来事が起きたとき世界の状況はどんなであったのかを知りたくなる事があります。世界史の概観を抑えておくとその事象が良くわかることがあると思ったのです。今までは息子が高校生のとき使ってた「帝国書院版新世界史図説」を使ってたのですが、何せ版が旧く現代の情勢には対応仕切れていないと感じたからです。(1993年発行)今回購入した「山川 詳説世界史図 . . . 本文を読む
今年のゴールデン・ウイークが10連休となるので、世間の話題になっているようです。
現天皇の譲位と新天皇の即位の為に国民の休日が増やされる処置により、休日が増えてしまうのです。
旅行業者などには喜ばしい事であるようです。
わたくしなどの年金生活者は休みが多くなろうが少なかろうが生活には何の影響もありません。
さて、休日を増やしてくれる「天皇制」についてせっかくですのでこれを機会に考えてみたいと思い . . . 本文を読む
昨年暮れあたりから『平成最後の〇〇』という言葉を頻繁に聞くようになっています。
昨年の大みそかは「平成最後の大みそか」であり、「平成最後の紅白」も行われたのです。
また1月14日は「平成最後の成人の日」だったわけですね。
さて、この『平成最後の〇〇』には特別大きな意味はあるのでしょうか。
当然のことですが「平成」や「昭和」という年号は日本国独自のものです。よっぽどの日本びいきの外国人や研究者でも . . . 本文を読む
日産自動車のカルロス・ゴーン氏の逮捕劇に衝撃を抱かなかった人はいなかったと思われます。おそらく今年の十大ニュースの上位になることでしょうね。
カルロス・ゴーン氏の業績は今更いうまでもないことですが、革新的な手法で傾きつつあった日産自動車を立て直したことにあります。その当時「ゴーン・マジック」ともその手法は言われたこともあります。
言葉を変えれば革命的に日産自動車を救ったのです。
そしてその後、日 . . . 本文を読む