「人生はクローズアップで見れば悲劇だが、ロングショットで見れば喜劇だ」と言ったのはかのチャーリー・チャップリンであった。
この場合クローズアップで見るのは、その悲劇の当事者やその人に近い人だろう。一方、ロングショットでそれを見る人は、当事者から離れている人となる。これは何も関係性が希薄な人だけがそうなのではなく、その悲劇の当事者であっても『悲劇』から時間が隔たっていたり彼が関わった「悲劇」を当人が「他人事」のようにとらえる視点を持った時には「悲劇」は「喜劇」としてみる事もできるようになると言う意味であろう。
一つの事象が「悲劇」にも「喜劇」にもなりうるのである。
自ら望んで「悲劇」を得ようとする人はいないだろうが、何かのはずみで「悲劇」の主人公になってしまう人もいるだろう。そんな時、少し距離と時間を置くことにより「悲劇」を「喜劇」に転化させることもできる事を忘れてはいけない。
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