きょうの国旗シリーズは、わが国の国旗についてです。
日本政府の公式な見解を発表する場において、官房長官がその時に壇上に掲げられている「日の丸」に向い一礼をしてから会見を始めるのを目にします。
日本国旗である「日章旗」が国民統合の象徴であることを明示することに、その意味が込められていると思われます。
国の祝日には、かっては日の丸を玄関先に掲げた光景がありましたが、現在ではそれを見かけることは極めて少なくなっております。
日の丸の旗は今ではスポーツの国際大会で、現地で応援や観戦する光景では目にすることがあります。
ここで不思議に思う事なのですが、スポーツの国際大会で「日の丸」を掲げる人たちは、国の祝日には各人の家庭や住居に「日の丸」の旗を掲げているのでしょうか。
多分、そんなことはしていないと思います。なぜなら日常において国の定めた祝日に「日の丸」が掲げらえることなど今では、ほとんど見かけないからです。
普段、「日の丸」を掲げる習慣がない人々が、国際大会ではごく自然(と思われる)に、日の丸の旗を振り応援に励みます。
私などは、天邪鬼なのでその光景に違和感を感じるのです。
スポーの「国際大会」だからこそ、「日章旗」を振って応援をしているのだとしか思えないのです。
国際大会、今行われているオリンピックにおいてもそれは同様です。
応援に駆け付ける人々は、国際大会の会場では「日本人」になってしまっていると考えることが、出来ます。
これは、よく考えれば不思議な現象です。日常での祝日に「日の丸」を掲げる習慣のない人々が、他国の人々が集まる会場でのみ「日本人」になってしまっているのです。
これは日常の生活の中では「国」や「国民」を意識しないで生活をしていると考えることが出来ます。
「国際大会」の会場でのみ、自国である「日本国」や「日本国民」を意識してふるまっているのです。
国際大会での会場には「国旗」ではなく、出場選手の「個人名」が記された旗や幕を掲げる人たちも見かけることがあります。
その観戦者や応援者は、その「個人選手」を応援しているのだとすれば、それはそれで納得のできることです。
国旗の話題がスポーツの国際大会の話題になってしまいましたが、ここで表題に戻る事にしましょう。
表題の示した画像は、言うまでもなく日本国旗の「日章旗」です。
日章旗の右にあるのが「旭日旗」です。
この「旭日旗」はかっては「日本帝国陸軍」と「海軍」で使われていた「軍旗」です。
この軍旗は現在でも「海上自衛隊」の艦船では艦船の国籍を表示するものとして使われております。
ここで余談ですが、国際軍事法典においては、軍艦や航空機にはその国籍を表示することが原則的に定められております。
ですから特殊な例を除いては艦船や航空機には国籍の表示の義務があるのです。
隠密行為を行う航空機にはあえて国籍を表示するものを付けない事や、水中行動をする潜水艦には国籍のマークはないようです。
さて、その国籍を表示することは、軍人であれば個人にもそれは適用されています。
正規軍の軍籍を持つ軍人が着用する軍服には国籍を表示されているのが普通です。
さて「旭日旗」は今では右側のイデオロギーを唱える団体が掲げるものとして見ることがありますが、実はさっき言いましたように「海上自衛隊」の艦船にも使われているように格別に特殊な旗ではありません。
実際に今でも使われている例をお目にかけましょう。次のものです。
朝日新聞の社旗です。
そして次の画像はニッスイ(元の社名は日本水産)で使われているマークです。
このニッスイのマークには「日の丸」で使われている赤と白の色と左に描かれている丸に「日の丸」のイメージを感じ取る事も出来ます。
「日章旗」と「旭日旗」の由来なども本当はもっと正確に調べたいのですが、とりあえず本日の話題はここまでとします。
最後にお断りしておきたいことがあります。
オリンピックの開催期間中にも関わらず、「日章旗」を話題にしておきながら、「日本選手」の活躍に触れないのは、なぜなんだとこの記事をお読みになった方からお叱りを受けることを承知で、釈明をしておきます。
わたくしは、自国民を格別の意思で応援する事を、あえていたしません。
スポーツはそれの競技に挑戦することは「個人の努力と結果である」との考えを持っているからです。
「自国民」を応援しない事をかっては「非国民」と称された歴史の事実があったと思うからです。
「個人の努力」により歴代の記録を塗り替えた選手自身の活躍には、惜しみない拍手を送りますが、その選手が「日本人」であるからその選手の活躍を観るのではありません。
日本政府の公式な見解を発表する場において、官房長官がその時に壇上に掲げられている「日の丸」に向い一礼をしてから会見を始めるのを目にします。
日本国旗である「日章旗」が国民統合の象徴であることを明示することに、その意味が込められていると思われます。
国の祝日には、かっては日の丸を玄関先に掲げた光景がありましたが、現在ではそれを見かけることは極めて少なくなっております。
日の丸の旗は今ではスポーツの国際大会で、現地で応援や観戦する光景では目にすることがあります。
ここで不思議に思う事なのですが、スポーツの国際大会で「日の丸」を掲げる人たちは、国の祝日には各人の家庭や住居に「日の丸」の旗を掲げているのでしょうか。
多分、そんなことはしていないと思います。なぜなら日常において国の定めた祝日に「日の丸」が掲げらえることなど今では、ほとんど見かけないからです。
普段、「日の丸」を掲げる習慣がない人々が、国際大会ではごく自然(と思われる)に、日の丸の旗を振り応援に励みます。
私などは、天邪鬼なのでその光景に違和感を感じるのです。
スポーの「国際大会」だからこそ、「日章旗」を振って応援をしているのだとしか思えないのです。
国際大会、今行われているオリンピックにおいてもそれは同様です。
応援に駆け付ける人々は、国際大会の会場では「日本人」になってしまっていると考えることが、出来ます。
これは、よく考えれば不思議な現象です。日常での祝日に「日の丸」を掲げる習慣のない人々が、他国の人々が集まる会場でのみ「日本人」になってしまっているのです。
これは日常の生活の中では「国」や「国民」を意識しないで生活をしていると考えることが出来ます。
「国際大会」の会場でのみ、自国である「日本国」や「日本国民」を意識してふるまっているのです。
国際大会での会場には「国旗」ではなく、出場選手の「個人名」が記された旗や幕を掲げる人たちも見かけることがあります。
その観戦者や応援者は、その「個人選手」を応援しているのだとすれば、それはそれで納得のできることです。
国旗の話題がスポーツの国際大会の話題になってしまいましたが、ここで表題に戻る事にしましょう。
表題の示した画像は、言うまでもなく日本国旗の「日章旗」です。
日章旗の右にあるのが「旭日旗」です。
この「旭日旗」はかっては「日本帝国陸軍」と「海軍」で使われていた「軍旗」です。
この軍旗は現在でも「海上自衛隊」の艦船では艦船の国籍を表示するものとして使われております。
ここで余談ですが、国際軍事法典においては、軍艦や航空機にはその国籍を表示することが原則的に定められております。
ですから特殊な例を除いては艦船や航空機には国籍の表示の義務があるのです。
隠密行為を行う航空機にはあえて国籍を表示するものを付けない事や、水中行動をする潜水艦には国籍のマークはないようです。
さて、その国籍を表示することは、軍人であれば個人にもそれは適用されています。
正規軍の軍籍を持つ軍人が着用する軍服には国籍を表示されているのが普通です。
さて「旭日旗」は今では右側のイデオロギーを唱える団体が掲げるものとして見ることがありますが、実はさっき言いましたように「海上自衛隊」の艦船にも使われているように格別に特殊な旗ではありません。
実際に今でも使われている例をお目にかけましょう。次のものです。
朝日新聞の社旗です。
そして次の画像はニッスイ(元の社名は日本水産)で使われているマークです。
このニッスイのマークには「日の丸」で使われている赤と白の色と左に描かれている丸に「日の丸」のイメージを感じ取る事も出来ます。
「日章旗」と「旭日旗」の由来なども本当はもっと正確に調べたいのですが、とりあえず本日の話題はここまでとします。
最後にお断りしておきたいことがあります。
オリンピックの開催期間中にも関わらず、「日章旗」を話題にしておきながら、「日本選手」の活躍に触れないのは、なぜなんだとこの記事をお読みになった方からお叱りを受けることを承知で、釈明をしておきます。
わたくしは、自国民を格別の意思で応援する事を、あえていたしません。
スポーツはそれの競技に挑戦することは「個人の努力と結果である」との考えを持っているからです。
「自国民」を応援しない事をかっては「非国民」と称された歴史の事実があったと思うからです。
「個人の努力」により歴代の記録を塗り替えた選手自身の活躍には、惜しみない拍手を送りますが、その選手が「日本人」であるからその選手の活躍を観るのではありません。
そんな屑をあぶり出すのに国旗の話題や使い方は良い話題になると思います
日本はそれだけ不良外人による大量移民問題を抱えていると言う不幸な社会問題が有ると言う事です