潮音院縁起
~目暗ヶ原ものがたり~
秋の夕暮れ、遠くからこずえをわたる風の音が聞こえてくる。
そんなとき、ひいばあちゃんは決まって話してくれる。
「ありゃなー、法師さまのひきよらす琵琶の音ばい。
いっときすると、よかにおいのしてくるけん、
じーっとしとってみんねー。」
遠い昔、船の村は目暗ヶ原でおこった事件です。
霧はますます濃くなってきました。乳の色をした重々しい霧でした。
とつぜん突風が吹きあがり、そこにふたつの人影がおぼろげに浮かびあがります。
ふたりとも長い旅の果てに、着物はひどくいたんでいました。ひとりのお坊様は、由緒あるお方でしょうか、りっぱな風格をそなえております。
もうひとりは、目が不自由な琵琶法師。背には、金襴の袋に包まれた琵琶を背負っています。
「光盛殿!貴殿は濃い霧で道も見えないと嘆きなさるが、わたしには、霧も夜も昼も、皆同じにございます。目明きは不自由なものでございますなあー。はっはっはっはっは。」
琵琶法師の言葉に
「まこと、お坊の申されるとおり、この霧には難渋いたす。
何となく、霧の中に潮の香りが感じられますゆえ、
この峠を下れば海岸に出られるやも知れません。」
と光盛りは返しました。
実は、このふたりは、源平の争いに敗れた平家ゆかりのものでした。
この西海の五島宇久島には、都を逃れた平道盛が宇久道盛りと名乗り、近辺の島々へ勢力を伸ばしておりました。
このことを風の便りに聞いたふたりは、道盛がもと宇久島へ渡らんと、はるばる鹿町の地へとたどり着いたところでありました。
この時代、鹿町へ乗り入れるための陸路は、佐々町から山越えして、この目暗ヶ原を通るしかありませんでした。
つ づ く