切れたメビウスの輪(23)

2016-12-18 10:06:59 | 怪奇小説
第十一章 住む世界の移動

それから横顔生夫は、縦顔死郎の住む世界に行き、童話作郎とお互いに子供達の喜ぶ童話を作り、読み聞かせをしていたが、永い時間が経過したような感覚がしていた。

「童話作郎さんの童話は暖かくていいですね」
「いえいえ、あなたの童話のほうが可愛くて素晴らしいですよ。」
「わたしはこれで、一旦我が家に帰りますから。」
「おや、そうですか。また来てください。」
「ありがとうございます。」
「では、お達者で。」
「あなたもお達者で。」
この世界の人間に『お達者で。』はオカシイ。
この世界は時間が無く、食事を取ることも寝ることも要らないので、日にちの経過が分からず、気が付かないうちに一年が過ぎてしまっていた。

横顔生夫が家に帰ると、見慣れない仏壇が置いてあり、自分の遺影が飾られていた。
田舎に住んでいる両親が、タクシーに跳ねられた横顔生夫のために作ったのであった。
「あっ、俺が死んでいる。それに、カレンダーの日にちが読み聞かせに行った時から一年が過ぎてしまっている。
そうか、縦顔死郎達の世界へ行ってから、もう一年が過ぎてしまっていたのだ。

死んでしまったのなら、縦顔死郎の世界に居なければならないなあ。
しかし、それでは毎日ビールが飲めなくなるのでゴメンだ。
だけれど、あの広場で丸く座った子供達に、私の作った童話を読み聞かせることができる魅力は捨てがたい。」

その頃、縦顔死郎の所に市役所から郵便が送られてきた。
二階の窓からの転落により、病院からの生き返り宣告を受け、生き返りによる戸籍抹消通知であった。
「俺は生き返りをしたのなら、横顔生夫の世界に居なければならないなあ。
あの満員電車に乗るのはゴメンだが、毎日ビールが飲めるのと、横顔生夫と一緒に行ったあの楽しいテーマパークに毎日行くことができる。この魅力は代えられない。」と、縦顔死郎は考えた、

「さあ、どうするか?」と、横顔生夫。
「さあ、どうするか?」と、縦顔死郎。

横顔生夫はもう一つの幸せを考えていた。
「日比谷花壇で、誰にも負けない大きく華やかな花束を手にいれ、ソプラノ歌手の深く澄んだ声に酔いしれる喜び、そして、花束を渡す優越感に浸り、柔らかい手との握手。この楽しみは別の世界では失われてしまう。」

縦顔死郎はもう一つの幸せを考えていた。
「オーケストラによるクラシック演奏会に来て、静かに聞き入り、演奏が終わった時の、割れんばかりの拍手と、
『ブラボー』
『ブラボー』
の歓声を、自分に対する驚嘆として受けとり、ホール全体のうねりが自分を包み込んでいるように思う。
ああ、死んでいて良かった。
これが俺の死に甲斐であり、これ以上の至福の時はない。」

しかし、縦顔生郎は拘らない。なぜならば、両方の世界を知っているからである。