セミの終わる頃(4)

2016-12-25 11:28:35 | 小説
 治子は相変わらず分刻みの仕事に追われている中で、見積金額のレートを間違えてFAX送信してしまった。
そして、間違いに気が付いたので訂正のFAXを発信しようとしていた時に先方から取引承諾のオッファーが来てしまった。

「ねぇ白石さん、どうしたら良いのかしら?」
「オッファーが来てしまったので、信用に影響するから取引をしなければいけないよ。だから、方法としてはメーカーに今回だけ特別価格にしてもらって、幾らかでも損失をカバーするしかないよ。だけれど、次回のオーダーの時に損失分をカバーすると言って、メーカーに借りを作るのは止めた方が良いよ。貸し借りを行うと雪ダルマ状態になり、何時しか破綻するからね。」
「分ったわ、メーカーに交渉してみるわ。」

 しかし、永い付き合いのメーカーであるが、価格交渉に応じてくれたのは三百万円が限度であった。損失金額はその十倍近くであり、残額は会社が負担することにして上司が稟議を取締役会に上程してくれたが、上司に大きな汚点を被らせてしまった。
当然上司からの信頼を失墜してしまい、治子は営業の最前線から後方支援の事務処理担当に配置換えとなってしまい、業務時間帯のズレから治子は白石と話しをする機会も減ってしまった。

 そして、今まで他の女子社員とのコミュニケーションの悪かった治子は、今回のミスにより自分の周りには誰も居なくなってしまったとの寂しさがこみ上げてきていた。
しかし、上司の信頼を失った社員などに気づかいする雰囲気も無く、今まで自分の時間を犠牲にしてまで仕事をしてきたことが何だったのだろうかと自問自答を繰り返していった。

 また、社内では白石との不倫も噂され、妻子有る白石も潮時と考えたのか、治子から遠ざかるようになってしまい、治子は気を紛らわすものを全て失ってしまった。

 そして、一人で住んでいるマンションに戻っても話し相手も無く、治子は精神的に落ち込んでいった。