「ねえ、今だから聞けるけれど、あなたは何をしにここに来たの?」
「ごめんなさい、この近くで死ぬつもりだったの。
だけれど、この小鹿を見た時に、猟師に撃たれた母鹿に代わって、私が母親になってやろうと思ったの。
死のうと思っていた私が、生きる努力の手助けをするなんて皮肉よね。
本当にこの小鹿に生きる事を教えてもらったのよ。
そして、この子が若い雌鹿を連れて来て、僕のお嫁さんだよと見せに来てくれた時は、すごく嬉しかったの。
生きていて良かった、私はこの小鹿に生かされたんだと思ったの。」
「やっぱりねぇ、私の経験からして最初に会った時にピンときたのよ。そうよ、この子のためにもちゃんと生きないとダメよ。」
「ええ、分かったわ。」
「もう少しあなたのことを聞かせて。」
「ええ、いいわ。小さい頃の私は頑張り屋さんで、何でも自分でやってきたの。
勉強も運動もみんなに負けないように頑張ったの。
会社でも人一倍頑張っていたんだけれど、それは恋人の居ない寂しさを仕事で紛らわしていたのよね。
そして、特別好きでもない妻子の有る男性社員とセックスをしていたのも、現実をごまかしていたのよ。
忙しい時にミスをして会社に損失を被らせてしまった時に、自分は一人ぼっちで恋人ごっこで自分の心をごまかしていたのに気が付いたの。
或る日、仕事の空間に私一人取り残されて、音も無い、風も無い、ただ光だけの世界で、自分の体を突き抜けて行く光を見ていたの。すごく寂しかったわ。」
と治子は吐き出すように、おかみさんに打ち明けた。
窓の外では鹿が、治子とおかみさんとの話を食い入るように聞いていて、心なしか頷いているように見えた。
「商社は評価が厳しいので、大きな失敗を犯すと閑職に配置換えさせられるの、一生懸命に仕事をやってきたのに寂しかったわ。
配置換えになってからは暇となり、抜け殻のようだったの。
そして、目的の無い旅行に出たの、いいえ、死ぬ場所を探す旅行に出て、ここの駅に下りたの。」
ここまで話した治子は喉のつかえていた物が取れたようにフゥと大きく息を吐いて気持ちが落ち着いた。
「そして、夢も目標も失っていた私が、母親を猟師に撃たれ、自分も傷付いた小鹿を見た時に小鹿を助けなくちぁと思い、死ぬ事だけを考えていた私が、小鹿に生きて、生きて、と叫んだの。
皮肉よね。
今は怪我も治り、私の子供のように甘えてくれて、私の生きる目標ができたの。
この子はお嫁さんをもらって、可愛い小鹿が産まれ、素敵な家族となったのよね。
みんな、みんな生きているのよね、
私も死ななくて良かったと、本当に思っているの。」
「最初にあなたを見た時に、私の永い経験で、この人は自殺するだろうなあとピンときたの。
実はね、あの時小鹿を抱いて帰ってきてくれた男の人はここの従業員なのよ。
あなたが何かやらかすのではないかと思って、あなたを見張るように頼んでいたのよ。
それでなければこんな山間で男性が必要な時にすぐ現れることは無いでしょ。」
「そうだったの。でも助かったわ。」
「それからね、あなたの命の恩人のあの鹿は、あなたに甘えているんじゃなくて、あなたに恋をしているわよ。」
「えっ、鹿が人間に恋をするの?」
「絶対そうよ、あなたを見る鹿の目が潤んでいるもの。」
「あら、そうなの。鹿でも嬉しいわ。でも、雌鹿といつも一緒よ。」
「鹿への恋と人間への恋は別なんじゃない?」
「そうかしら?」
「ごめんなさい、この近くで死ぬつもりだったの。
だけれど、この小鹿を見た時に、猟師に撃たれた母鹿に代わって、私が母親になってやろうと思ったの。
死のうと思っていた私が、生きる努力の手助けをするなんて皮肉よね。
本当にこの小鹿に生きる事を教えてもらったのよ。
そして、この子が若い雌鹿を連れて来て、僕のお嫁さんだよと見せに来てくれた時は、すごく嬉しかったの。
生きていて良かった、私はこの小鹿に生かされたんだと思ったの。」
「やっぱりねぇ、私の経験からして最初に会った時にピンときたのよ。そうよ、この子のためにもちゃんと生きないとダメよ。」
「ええ、分かったわ。」
「もう少しあなたのことを聞かせて。」
「ええ、いいわ。小さい頃の私は頑張り屋さんで、何でも自分でやってきたの。
勉強も運動もみんなに負けないように頑張ったの。
会社でも人一倍頑張っていたんだけれど、それは恋人の居ない寂しさを仕事で紛らわしていたのよね。
そして、特別好きでもない妻子の有る男性社員とセックスをしていたのも、現実をごまかしていたのよ。
忙しい時にミスをして会社に損失を被らせてしまった時に、自分は一人ぼっちで恋人ごっこで自分の心をごまかしていたのに気が付いたの。
或る日、仕事の空間に私一人取り残されて、音も無い、風も無い、ただ光だけの世界で、自分の体を突き抜けて行く光を見ていたの。すごく寂しかったわ。」
と治子は吐き出すように、おかみさんに打ち明けた。
窓の外では鹿が、治子とおかみさんとの話を食い入るように聞いていて、心なしか頷いているように見えた。
「商社は評価が厳しいので、大きな失敗を犯すと閑職に配置換えさせられるの、一生懸命に仕事をやってきたのに寂しかったわ。
配置換えになってからは暇となり、抜け殻のようだったの。
そして、目的の無い旅行に出たの、いいえ、死ぬ場所を探す旅行に出て、ここの駅に下りたの。」
ここまで話した治子は喉のつかえていた物が取れたようにフゥと大きく息を吐いて気持ちが落ち着いた。
「そして、夢も目標も失っていた私が、母親を猟師に撃たれ、自分も傷付いた小鹿を見た時に小鹿を助けなくちぁと思い、死ぬ事だけを考えていた私が、小鹿に生きて、生きて、と叫んだの。
皮肉よね。
今は怪我も治り、私の子供のように甘えてくれて、私の生きる目標ができたの。
この子はお嫁さんをもらって、可愛い小鹿が産まれ、素敵な家族となったのよね。
みんな、みんな生きているのよね、
私も死ななくて良かったと、本当に思っているの。」
「最初にあなたを見た時に、私の永い経験で、この人は自殺するだろうなあとピンときたの。
実はね、あの時小鹿を抱いて帰ってきてくれた男の人はここの従業員なのよ。
あなたが何かやらかすのではないかと思って、あなたを見張るように頼んでいたのよ。
それでなければこんな山間で男性が必要な時にすぐ現れることは無いでしょ。」
「そうだったの。でも助かったわ。」
「それからね、あなたの命の恩人のあの鹿は、あなたに甘えているんじゃなくて、あなたに恋をしているわよ。」
「えっ、鹿が人間に恋をするの?」
「絶対そうよ、あなたを見る鹿の目が潤んでいるもの。」
「あら、そうなの。鹿でも嬉しいわ。でも、雌鹿といつも一緒よ。」
「鹿への恋と人間への恋は別なんじゃない?」
「そうかしら?」