平安京のメインストリートである朱雀大路の南端に設けられた、都の表玄関にあたる大門で、この門を境に内外を分けた。弘仁7年(816)に大風により倒壊し、その後に再建されたが、天元3年(980)の暴風雨で再び倒壊した後は再建されることがなかった。11世紀前半に藤原道長が法成寺造営のため、門の礎石を持ち帰った記述が『小右記』にあり、この頃には門の礎石や基壇のみの姿となっていたと思われる。付近の発掘調査では、羅城門に関わる遺構は見つかっていないが、東寺の木造兜跋毘沙門天像(国宝)や三彩鬼瓦(重要文化財、京都国立博物館寄託)はこの門にあったものと伝えられている。平成20年3月 京都市
平安京朱雀大路南端にあった正門。幅約35メートル,奥行約9メートル,高さ約21メートルの二重楼閣であった。弘仁7(816)年大風で倒壊し再建されるが,天元3(980)年暴風で倒壊,以後再建されることはなかった。東寺に所蔵する兜跋毘沙門天像は,羅城門上に安置されていたものと伝える。この石標は羅城門の跡を示すもので,明治28(1895)年の平安遷都千百年紀念祭の事業として建立された
明治28年3月 京都市参事會 建立
木造兜跋毘沙門天像 ➡ 東寺の天部像 守りと祈りのかたち
石碑 前回の記事 ➡ 石碑右0132 名勝境界 文部省
五七五
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