アートプラス京めぐり

京都の探索、記事数6500 いろいろなテーマで京都をめぐります 
京都市外も始めました 先ずは京都南部から

史跡八幡065 石清水八幡宮 宝塔院跡  琴塔と呼ばれていました

2020年01月27日 07時52分12秒 | 史跡・旧跡

 

 

 

宝塔院は、本殿の東側に、平安時代以降明治初年まであった天台密教系の仏塔で、平安時代中期の万寿年中(1024~28)にはすでに建てられていました。軒の四隅に風が吹くと鳴るような琴がかけられ、「琴塔」とも呼ばれていました。江戸時代の設計図によると方形の二重の塔は、天台宗の「大塔」の様式で、現存する例は日本に1つしかありません。明治の初めに神仏分離令によって取り除かれ、基壇の中央に参道が通されました。今も参道の両側に、柱を支えた礎石が残されています

本殿の西側には真言宗の大塔もあり、密教の別宗派の2種類の大塔が、同じ境内に本殿と共に共存していたことは、石清水八幡宮の神仏和合の精神をよく表しています。

 

江戸時代後期に描かれた宝塔院

 

慶応2年(1866)に描かれた宝塔院と大塔

 

軒から下る琴が描かれている

 史跡 前回の記事 ⇒ 史跡向日064 物集女城跡

関連記事 ⇒ 49 八幡  地区 記事検索一覧  その1

下の地図のユーザー地図 の囲みをクリックすると 付近の記事が探せます

 



最新の画像もっと見る