かんりにんのひとりごと

日々の出来事や季節を感じる野鳥や花々の写真を載せています!
お出かけ先の寺院や趣味の卓球についても書いています!!

朝から雪景色・・・

2023-01-25 | 野鳥・草花・その他風景

 

今日は朝起きると、一面が真っ白になっていました。

 

いつも見ている景色が新鮮に見えました。

 

雪を見慣れない地域のものとしては、めったにないことに、大騒ぎでした。

 

 

 

愛犬の足跡もしっかりついていました。

 

 

 

 

桜の季節はピンク色に染まる光景が、なぜか白黒の風景に変わってしまいました。

 

 

 

桜のトンネルができる場所ですが、雪のトンネルとなりました。

 

この場所は雪が降ると必ず行くようにしています。

 

 

 

川の水は凍り、サザンカも雪をかぶりました。

 

 

愛犬が寒くないかと心配でした。

 

 

 

先日まで、水仙が咲き誇っていた場所ですが、雪に埋もれてしまいました。

 

雪が解けたら、また咲くでしょうか?

 

 

 

 

今日はアオサギやダイサギはいなくて、コサギちゃんだけが、一羽残っていました。

 

川が凍って、なかなか大変では?

 

 

 

「雪中四友」と言っていたら、本当に雪をかぶってしまいました。

 

 

ロウバイも紅梅も雪をかぶっていました。

 

愛犬が寒そうなので、早めに家に帰って、もう一度撮影に出かけたのでした・・・。

 

明日に続きます・・・。

 

 

 


メジロは木の陰に隠れてばかり

2023-01-24 | 野鳥・草花・その他風景

 

今日は、10年に一度の寒波がやってくるというので、身構えて仕事に出かけました。

 

しかし、午前中は日が差していたりして、穏やかな天候でした。

 

 

それが一転したのは、お昼ご飯の時でした。

 

急に風が強くなり、雪が舞い始めました。

 

 

風も強くなり、雨と雪が混ざって、外は騒がしくなってきました。

 

聞くところによると、本格的に寒くなるのは、夕方以降ということで、大急ぎで仕事を終えて、帰ってきました。

 

夜には大雪警報も出て、今からが要警戒です。

 

さて、そんな中、今日は久しぶりにメジロを撮影出来ました。

 

 

 

メジロがいる場所はわかっていて、毎日鳴き声は聞いているのですが、メジロは枝の後ろに隠れて、なかなか出て来てくれません。

 

今は、サザンカが咲き乱れているので、たぶんその蜜を食べているのだと思います。

 

いつも、サザンカの枝の中に入って、外からは見えないようになっています。

 

今日は、珍しく外へ出て来ているメジロを見つけました。

 

その場合でも、枝が前にあると、前の枝にピントが合ってしまって、メジロがぼやけてしまいます。

 

 

こういう写真が何枚もあります。

 

なので、ピント調整が難しいです。

 

 

 

倍率をあまり上げすぎない方が、ピンボケは少ないみたいです。

 

ちょっと、引き気味にして、何枚か撮影出来ました。

 

頑張って、もう少し倍率を上げてみると・・・。

 

 

 

 

できました。

 

ピントがメジロ君にちゃんとあってくれました。

 

オートフォーカスの機能は便利ですが、こういう時にはなかなかうまくいかないものですね。

 

 

それにしても、メジロは本当に目が白くて、なかなかかわいいですね。

 

今度は、もっと明るい日に撮影してみたいです。

 

さて、夕方から本格的に降り始めた雪が積もり始めました。。。

 

 

明日の朝は、どんな景色が見られることでしょう・・・。

 

 

 

 

 

 


明日から寒波が襲来!

2023-01-23 | 野鳥・草花・その他風景

 

毎日寒い日が続いています。。。

 

私は今日も仕事で、何重にも厚着をして、万全の服装で出かけました。

 

出会う方が、皆さん「さむいですねー」とおっしゃいますが、私は着ぶくれしすぎて、暑いくらいでした。

 

やはり、肌が外気に触れないことが大事だと思います。

 

 

七十二候の話を忘れていましたが、「大寒」の初候、「欵冬華(ふきのはなさく)」(1月20日〜1月24日頃)を迎えました。

 

凍てついた地面に蕗の花が咲き始める頃と言われます。

 

地面には雪が積もり、強い寒さが襲ってくる時期ですが、草花は春に向けて着実に動き出しているようです。

 

「立春」の初候「東風解凍(はるかぜこおりをとく)」から数えると、七十二候のうちの七十番目の候ということになります。。。

 

残すところ、あと二つですね。。。

 

 

これは、昨日の写真ですが、霜が降りて、サザンカの花が凍ったように見えました。

 

川を見ると、川の水も凍っていました。

 

 

 

これぞ「大寒」ですね。。。

 

 

 

上を向いて撮影すると逆光になって、よく見えません。

 

先日から見かけるカワラヒワかも???

 

セキレイ君はしょっちゅう見かけます。。。

 

 

 

 

明日は、10年に一度の大寒波だと天気予報で言っていました。

 

明日の仕事は、どうするか?ちょっと心配ですが、厚着を重ねて頑張ります・・・。

 

七十二候/欵冬華 ふきのはなさく|暦生活

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神としてまつられた秀吉(豊国神社)

2023-01-22 | 観光・旅行・京都検定

 

昨日の方広寺に続いて、豊臣秀吉のお話です。

 

実は、梵鐘のある方広寺と、豊国神社は隣通しにあります。

 

もともとは、広大な土地を持っていた方広寺の敷地内に神社が作られたということかもしれません。

 

 

 

秀吉がなくなった時に、朝廷から「豊国乃大明神(とよくにのだいみょうじん)」という神号をもらって、神様としてまつられたそうです。

 

しかし、大坂の陣で豊臣が滅亡してからは、一転し、その神号は剥奪され、ただの人となって、神社自体も廃絶となったそうです。

 

なかなか、複雑な歴史を持った神社ですね。

 

北政所のたっての願いもあって、かろうじて社殿は残されたそうですが、修復は一切許されなかったそうです。

 

 

手水舎にもひょうたんが飾ってありました。

 

ここにも大きな唐門があり、綺麗な装飾がなされていました。

 

 

 

裏側から見るとこんな感じです。

 

 

 

 

扉には、鯉の彫刻がなされていました。

 

 

 

 

至る所に、豊臣の家紋があります。

 

 

 

昨日かいた方広寺と同じく、明治になって、秀吉が再び祀られることになり、神社が再興されたそうです。

 

神になったり、人になったり、秀吉の波乱万丈の人生を象徴するような神社ですね。

 

 

 

京都十六社朱印巡りの一つにもなっているみたいです。

 

 

私も御朱印を頂きました。

 

先日、下鴨神社で購入した御朱印帳に書いていただきました。

 

 

秀吉のお墓は、この場所から東の方にある阿弥陀ヶ峰山頂付近にあり、埋葬されているらしいです。

 

山の上の方にあって、登るのが一苦労だと書かれていました。。。

 

さすがに、そこまでは行けませんでした・・・。

 

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大坂夏の陣のきっかけの梵鐘(方広寺)

2023-01-21 | 観光・旅行・京都検定

 

今日は、雰囲気を変えて、歴史の話を・・・。

 

少し前ですが、方広寺というお寺に行ってきました。

 

このお寺にある、梵鐘がぜひ見たかったのです。

 

 

 

この梵鐘は、歴史的に有名なもので、「大阪夏の陣」のきっかけの一つになったと言われているものです。

 

歴史ドラマなどで、何度も見たのですが、梵鐘に書かれていた文字が気に入らないと徳川家康や家臣が言いがかりをつけたのでした。。。

 

 

 

 

この説明書きによると、豊臣秀吉がなくなった後、秀吉の追善のために、息子の秀頼が作ったそうです。

 

しかし、実際には豊臣家の財力を消耗させるために、家康が作るように勧めたと書かれています。

 

作らせておいて、梵鐘に書かれている文字が気に入らないと言いがかりをつけたわけですね。。。

 

 

 

「国家安泰」と「君臣豊楽」というこの部分です。

 

「国家安泰」というのが、家康を分断するとか、「君臣豊楽」というのが、豊臣が豊かで楽になるとか言われて、けしからんということになったわけですね。

 

もともと、徳川としては、豊臣家をつぶす方策を探っていたのでしょう・・・。

 

 

 

徳川の時代、江戸時代にはこの梵鐘は山の中に放置され、雨ざらしになっていたそうです。

 

何となく、古びてボロボロになった感があります。

 

明治になって、今度は徳川が悪者になって、豊臣秀吉がもてはやされたそうで、この梵鐘も日の目を見ることになったようです。

 

天井に描かれているのは、有名な伏見城の女性の化粧室の天井のものだと書かれていました。

 

もう一つ、行きたいところがありました。

 

 

 

大仏殿跡です。。。

 

秀吉が奈良の大仏に負けない大きな大仏を作ったらしいです。

 

何度も焼失したようですが、再建されて昭和48年まではこの場所にあったそうです。

 

残念ながら、その年に火災で焼失してしまったようです。

 

何となく、そんなニュースがあったような気がしますが、よく覚えていません。

 

 

 

秀吉のことなので、多分すごく大きな寺院だったことでしょう。。。

 

今では、思いもつかない空き地となってしまいました。。。

 

 

方広寺鐘銘事件 | 世界の歴史まっぷ

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