伊豆箱根鉄道の1000系、第3編成は1968年11月~12月に、第4編成は1969年12月~70年1月に西武所沢車輌工場にて車体が製造された後、大場工場にて艤装の上竣工しています。
もちろん、第3編成はロングシート、第4編成はセミクロスシートと言う違いがあるため、戸袋窓の有無などの違いはありますが、他にも僅か2年の間なのに細かい違いがいろいろ見られます。私が気付いた点で他にもまだあるかも知れませんが…
まず、運転台と客室の仕切り。

↑ モハ1005 1996年11月14日 三島駅
↓ モハ1007 1996年11月15日 修善寺駅

第3編成では伊豆箱根鉄道のオリジナルタイプで、ドアを含め全てHゴム固定となっているのに対し、第4編成では、西武801系と共通品になっています。
連結面側では、第3編成は通路にRの付いた西武601系タイプなのに対し、第4編成ではやはり西武801系と同一のタイプになっています。

↑ モハ1006 1994年6月28日 大場工場(検査・修繕中)
↓ モハ1007 1996年11月15日 修善寺駅

また、客用ドアは第3編成では西武601系同様の鋼製ドアなのに対し、第4編成ではステンレスドアとなっています(ただし外側は塗装されていますが)。
網棚は第3編成では西武801系同タイプのパイプ製、第4編成では西武101系タイプの網状に変わっています。
車内の車号表示は第3編成がペンキ書きなのに対し、第4編成では西武の車両と同様にプレートになっています。
化粧板の配置なども変化していますね。
第4編成では、ほとんどが当時所沢車輌工場で製造されていた西武101系と共通のものが使われていたのに対し、第3編成は一概にもその時期と同じ部品が使われていなかったのは不思議なことでした。
他にもまだ相違点など、後日続きます。
もちろん、第3編成はロングシート、第4編成はセミクロスシートと言う違いがあるため、戸袋窓の有無などの違いはありますが、他にも僅か2年の間なのに細かい違いがいろいろ見られます。私が気付いた点で他にもまだあるかも知れませんが…
まず、運転台と客室の仕切り。

↑ モハ1005 1996年11月14日 三島駅
↓ モハ1007 1996年11月15日 修善寺駅

第3編成では伊豆箱根鉄道のオリジナルタイプで、ドアを含め全てHゴム固定となっているのに対し、第4編成では、西武801系と共通品になっています。
連結面側では、第3編成は通路にRの付いた西武601系タイプなのに対し、第4編成ではやはり西武801系と同一のタイプになっています。

↑ モハ1006 1994年6月28日 大場工場(検査・修繕中)
↓ モハ1007 1996年11月15日 修善寺駅

また、客用ドアは第3編成では西武601系同様の鋼製ドアなのに対し、第4編成ではステンレスドアとなっています(ただし外側は塗装されていますが)。
網棚は第3編成では西武801系同タイプのパイプ製、第4編成では西武101系タイプの網状に変わっています。
車内の車号表示は第3編成がペンキ書きなのに対し、第4編成では西武の車両と同様にプレートになっています。
化粧板の配置なども変化していますね。
第4編成では、ほとんどが当時所沢車輌工場で製造されていた西武101系と共通のものが使われていたのに対し、第3編成は一概にもその時期と同じ部品が使われていなかったのは不思議なことでした。
他にもまだ相違点など、後日続きます。
第3編成、上部に化粧板を貼らずに白い天井板が伸びていたので余計に明るく感じられたかも知れません。
大場工場の方々の徹底した手入れにより、いつまでも美しい姿を保っていたことが何よりでした。
伊豆箱根鉄道では、正面窓もHゴム化されたり、Hゴムの使用は多かったですね。保守の面でも扱いやすかったのでしょうか?
第4編成は本当に西武801系と似た感じでした。これでロングシートだったら…
第三編成と第四編成、細かな処で色々と違いがあるのですね。西武を見慣れた感覚では、第四編成の方が違和感が少ないです。仕切り窓のHゴムと天井板の網棚位置まで降りているのは西武では有りませんでしたね。