[Autographed pictures sent by Mr. John Wayne] ジョン・ウェイン氏から送られてきたブロマイド
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ウエスタン・西部劇
ウエスタン(Western) という言葉を聞かなくなってから久しい。アメリカ南北戦争 "the Civil War"(1861~65)の頃から1890年代までの30年間ぐらいが西部劇 story の中心で、日本では江戸幕府の末期から明治の中期頃にあたる。アメリカ開拓時代のフロンティア・スピリットと、日本人の第2次世界大戦の敗北の痛手から立ち直ろうとしていた時代が噛み合って、日本では1950年代の半ばから1960年代の半ばまでハリウッドの西部劇全盛時代を迎えた。「一生懸命に努力すれば明るい未来が開ける」と誰もが希望に満ちていて、西部劇のヒーロー(hero) があこがれの的になった。
そして数多くのカウボーイ(cowboy) スターが生まれた。
ジョン・ウェイン(John Wayne 1907~1979)を筆頭に
ゲイリー・クーパー(Gary Cooper 1901~1961)
ロバート・ライアン(Robert Ryan 1909~1973)
エロル・フリン(Errol Flynn 1909~1959)
ロイ・ロジャース(Roy Rogers 1911~1998)
タイロン・パワー(Tyrone Power 1914~1958)
カーク・ダグラス(Kirk Douglas 1916~2020)
バート・ランカスター(Burt Lancaster 1913~1994)
ロバート・テイラー (Robert Taylor 1911~1969)
ウィリアム・ホールデン(William Holden 1918~1981)
スティーヴ・マックイーン (Steve McQueen 1930~1980)
ジェームズ・スチュアート (James Stewart 1908~1997)
ヘンリー・フォンダ (Henry Fonda 1905~1982)
ランドルフ・スコット(Randolph Scott 1898~1987)
アラン・ラッド (Alan Ladd 1913~1964)
スチュアート・グレンジャー(Stewart Granger 1913~1993)
グレン・フォード (Glenn Ford 1916~2006)
オーディ・マーフィ (Audie Murphy 1925~1971)
クリント・ウォーカー (Clint Walker 1927~2018)
フエス・パーカー (Fess Parker 1924~2010)
リチャード・ウィドマーク (Richard Widmark 1914~2008)
グレゴリー・ペック(Gregory Peck 1916~2003)
チャールトン・ヘストン(Charlton Heston 1923~2008)
ジェフリー・ハンター(Jeffrey Hunter 1926~1969)
ロナルド・レーガン(Ronald Reagan 1911~2004)
リチャード・ブーン(Richard Boone 1917~1981)
ヴィック・モロー(Vic Morrow 1929~1982)
アンソニー・クィン(Anthony Quinn 1915~2001)
チャック・コナーズ(Chuck Connors 1921~1992)
ブローデリック・クロウフォード(Broderick Crawford 1911~1986)
リー・ヴァン・クリーフ(Lee Van Cleef 1925~1989)
アーネスト・ボーグナイン(Ernest Borgnine 1917~2012)
ロバート・ミッチャム(Robert Mitchum 1917~1997)
リー・マーヴィン (Lee Marvin 1924~1987)
ジャック・パランス (Jack Palance 1919~2006)
ピーター・グレイブス (Peter Graves 1926~2010)
チャールズ・ブロンソン (Charles Bronson 1921~2003)
ジェームズ・コバーン (James Coburn 1928~2002)
ジェームズ・ガーナー(James Garner 1928~2014)
ポール・ニューマン (Paul Newman 1925~2008)
ロック・ハドソン(Rock Hudson 1925~1985)
クリント・イーストウッド (Clint Eastwood 1930~ )
ロバート・フラー(Robert Fuller 1933~)
ロバート・レッドフォード (Robert Redford 1936~ )
トム・ベレンジャー(Tom Berenger 1949~ )
ケビン・コスナー (Kevin Costner 1955~ )
などなど、きりがないほどいる。
前にも書いたが、東京・渋谷の生家 (home) の隣がたまたま封切り(first run) 洋画専門館 (movie theater) だった為、映画館の所有者と親父の関係で封切りの映画(ほとんどがハリウッド製)を毎週、「タダ」で観ることが出来た。[正確に言うと、隣の映画館の大きなポスターを自宅の塀に数枚貼ることで、毎月映画館の無料招待券が5枚手に入った。]当時、ラーメン1杯分の120円が大人の料金(週3本立てで入れ替えなし)で中・高校生が80円、小人が50円だった。月12本ペースでの観覧は、嫌でも「映画好き」と言うよりは「映画気狂い」(maniac, rather than movie fan) への道をたどることになる。近所の遊び相手が皆、幼稚園 (kindergarten / preschool) に通っていたころ(当時は保育園 nursery school がなかった)何もすることがなくやむなく隣の映画館に「遊びに」行く。小学校 (elementary school) 入学前の子供に英語がわかる筈がない。ましてや字幕 (superimpose / subtitle) の日本語はちんぷんかんぷん (gibberish / It's Greek to me.)。 しょうがない、唯一の楽しみはブロンド (blond) やブルーネット (brunette) 髪の美人、脚のスラっとしたグラマーなハリウッド女優を「ながめる」ことだった。今から思うと大変ませたエロガキだった。(失礼ながら、当時の日本女性の体形は、男は言うまでもなく、散々であった!ずっと、ずっと昔の60~70年前の話なのでご勘弁を‼)
そんな生活が高校3年生まで続いたので、上に列記したカウボーイたちの顔と名前は全員、鮮明に思い浮かぶことが出来る!! 好きな俳優は荒くれの大男ではなく、甘いマスクの美男子男優だった。ゲイリー・クーパー、ロバート・テイラー、アラン・ラッド、オーディ・マーフィなどで、特にオーディ・マーフィは第2次世界大戦の功績で32もの勲章を授与された最も有名な兵士・英雄で皆があこがれた。マーフィは戦後、ハリウッドに招かれて44本の映画に出演したので、彼の登場したウエスタン映画は結構たくさん観ている。
ハンサムではないがジョン・ウエインの映画はやはり面白い。とくに監督ジョン・フォード(John Ford) 、俳優ジョン・ウエインのコンビによる映画作品は天下一品。監督・黒澤明(くろさわ・あきら)、三船社長(俳優・三船敏郎 みふね・としろう)コンビの映画に匹敵する。
「駅馬車」“Stagecoach” (1939)
「黄色いリボン」“She Wore a Yellow Ribbon”(1949)
「リオ・グランデの砦」“Rio Grande”(1950)
「捜索者」“The Searchers”(1956)
「騎兵隊」“The Horse Soldiers”(1959)
「リバティ・バランスを射った男」“The Man Who Shot Liberty Valance”(1962)
これらの作品は映画音楽と共に大ヒットし決して忘れられない名作となった。【上記のサイン入りブロマイド2枚もジョン・ウエイン氏から送られてきた自慢のものだ。】
1960年後半ごろからウエスタン映画製作が全く行なわれなくなった。その理由はいくつかあるが、主な事柄として人種差別 (segregation / racial discrimination) がある。それまで基本は、白人・カウボーイは「善人 (good person)」、先住民・インディアンは「悪人 (bad person)」として描かれていた。60年代後半のベトナム戦争 (Vietnam War) の激化、70年代前半のアメリカ軍のべトナムからの撤退 (evacuation)、戦争の終焉 (end) は約6万人のアメリカの若者の命が奪われた[そして30万人の負傷者]米国社会を一変させた。それまでの若者の価値観が変わり、人権がますます重んじられ、少数民族・マイノリティー(minority) の存在が重要視された。以来、インディアン(Indian) という言葉は差別用語で死語となり、先住民/ネイティヴ・アメリカン(Narive American) と呼ばれるようになった。
自分が最後に観たウエスタンは、ケビン・コスナー(Kevin Kostner) 監督・主演の1990年作『ダンス・ウィズ・ウルヴズ (Dances With Wolves)』だ。アカデミー賞 (Academy Award) の最優秀作品と最優秀監督賞を獲って西部劇活性化 (revitalization) が期待されたが、それ以降、全く観られなくなった。
時代劇
当時(1950年代前半)町内には隣の洋画専門館「ロマン座」以外に東映系の「パール座」、松竹・日活系と東宝・大映系の3軒の映画館があった。よく通ったのは東映系列の小屋で、好んで観た時代劇映画スターは:
大河内傳次郎(おおこうち・でんじろう 1898~1912)
進藤英太郎(しんどう・えいたろう 1899~1977)
阪東妻三郎(ばんどう・つまさぶろう 1901~1953)
月形龍之介(つきがた・りゅうのすけ 1902~1970)
片岡千恵蔵(かたおか・ちえぞう 1903~1983)
嵐寛寿郎(あらし・かんじゅうろう 1903~1980)
島田正吾(しまだ・しょうご 1905~2004)
辰巳柳太郎(たつみ・りゅうたろう 1905~1989)
志村喬(しむら・たかし 1905~1982)
市川右太衛門(いちかわ・うたえもん 1907~1999)
東野英治郎(とうの・えいじろう 1907~1994)
長谷川一夫(はせがわ・かずお 1908~1984)
黒川弥太郎(くろかわ・やたろう 1910~1984)
高田浩吉(たかだ・こうきち 1911~1998)
河津清三郎(かわづ・せいざぶろう 1908~1983)
大友柳太郎(おおとも・りゅうたろう 1912~1985)
近衛十四郎(このえ・じゅうしろう 1914~1977)
三船敏郎(みふね・としろう 1920~1997)
西村晃(にしむら・こう 1923~1997)
鶴田浩二(つるた・こうじ 1924~1987)
東千代之介(あずま・ちよのすけ 1926~2000)
大川橋蔵(おおかわ・はしぞう 1929~1984)
若山富三郎(わかやま・とみさぶろう 1929~1992)
市川雷蔵(いちかわ・らいぞう 1931~1969)
勝新太郎(かつ・しんたろう 1931~1997)
萬屋錦之介(中村錦之介)(よろずや・きんのすけ 1932~1997)
平幹二朗(ひら・みきじろう 1933~2016)
藤田まこと(ふじた・まこと 1933~2010)
伏見扇太郎(ふしみ・せんたろう 1936~1991)
仲代達矢(なかだい・たつや 1932~ )
里見浩太朗(さとみ・こうたろう 1936~ )
などで、新しい作品が上映されるのが待ちどうしかった。特に好きだったのが嵐寛寿郎、大友柳太郎、東千代之介、中村錦之助だった。残念ながら西部劇同様、それらの時代劇は若者の嗜好の変化についてゆけず、台本・脚本のマンネリ化、後のパソコンの急激な普及・多様化などなどで全くヒット作がでなくなってしまった。NHK大河ドラマの時代劇がある程度がんばった時期があったが、テレビ視聴率だけでは大衆ブームになるには至らなかった。
前述の黒澤明監督・スター三船敏郎コンビによる映画(全16作品)は最高傑作ばかりで、今どの作品を観ても感動する。ただ素晴らしいの一言!!!!
「酔いどれ天使」(1948)
「野良犬」(1949)
「羅生門」(1950)
「7人の侍」(1954)
「どん底」(1957)
「蜘蛛巣城」(1957)
「隠し砦の三悪人」(1958)
「悪い奴ほどよく眠る」(1960)
「用心棒」(1961)
「椿三十郎」(1962)
「天国と地獄」(1963)
「赤ひげ」(1965)
三船敏郎*三船プロダクション http://www.mifuneproductions.co.jp/
【参考ブログ】
『三船敏郎(恩人)』(2015・6・27)
『米国で最も有名な日本人:クロサワ・ミフネ(黒澤明 & 三船敏郎)』(2011・11・7)
『映画俳優と自動車』(2004・7・26)
なぜ、このような心に残る映画が現在作れないのか不思議でたまらない。製作者たちの発想の転換、一層の努力、奇抜なアイディア、ひらめきなどなどにより西部劇と時代劇の復活を願う一人だ。#YS
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