今日、本屋に「モーニング」を買いにいったら、なかった。
仕方がないので、コンビニで買った。
なんだかこれってヘンじゃない?とか思ったけれど、こういうボーダーレスというか、ヘンな現象はいろいろなところで起きている。
なんでこんなことがこんなところでできるの?
と思うのは、古い人間なのかもしれないが、それはそれでマア許せるというか・・・
許せないのは、当たり前のところで当たり前のことができない、ということなのだ。
というわけで、コンビニで「モーニング」と「ベルサイユのバラ」第6巻(池田理代子)を購入。
そういえば、この「ベルサイユのバラ」もセブンイレブンとインターネットの販売である。
それから、昨日購入した「新選組 沖田総司 浅葱色の風」(里中満智子)を読んだ。
里中満智子の絵が好きで、そして物語の深さもよくて、よく読むのだが、この新選組はイケナイ。
先を急ぎすぎている。いつもの里中さんらしい深さがない。1984年(昭和59年)の作品とのこと。だからといって、里中さんの評価が変わるわけではなく、そういう作品もあるんだなあ、と、思っただけなのである。
仕方がないので、コンビニで買った。
なんだかこれってヘンじゃない?とか思ったけれど、こういうボーダーレスというか、ヘンな現象はいろいろなところで起きている。
なんでこんなことがこんなところでできるの?
と思うのは、古い人間なのかもしれないが、それはそれでマア許せるというか・・・
許せないのは、当たり前のところで当たり前のことができない、ということなのだ。
というわけで、コンビニで「モーニング」と「ベルサイユのバラ」第6巻(池田理代子)を購入。
そういえば、この「ベルサイユのバラ」もセブンイレブンとインターネットの販売である。
それから、昨日購入した「新選組 沖田総司 浅葱色の風」(里中満智子)を読んだ。
里中満智子の絵が好きで、そして物語の深さもよくて、よく読むのだが、この新選組はイケナイ。
先を急ぎすぎている。いつもの里中さんらしい深さがない。1984年(昭和59年)の作品とのこと。だからといって、里中さんの評価が変わるわけではなく、そういう作品もあるんだなあ、と、思っただけなのである。