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音盤日誌「一日一枚」#424 大貫妙子「クリシェ」(RCA/RVC RHT-8807)

2023-01-15 06:01:00 | Weblog
2023年1月15日(日)



#424 大貫妙子「クリシェ」(RCA/RVC RHT-8807)

シンガーソングライター、大貫妙子のスタジオ・アルバム。82年リリース。宮田茂樹、彼女自身によるプロデュース。

大貫妙子(以下ター坊)は53年生まれ。75年、シュガー・ベイブのメンバーとしてレコード・デビュー。その解散後、76年にソロ・デビュー。

ター坊は日本クラウンで2枚のアルバムを出してからRVCに移籍するが、そこでの4枚目のアルバムが「クリシェ」である。

筆者はこれをリリース当時はまるで聴かなかったが、1年後、当時担当していた漫画家某氏がいたく愛聴していた影響で、聴くようになった。

そしてそれ以降、90年に至る約7年間、ター坊は新譜が出れば必ず購入するという、ひいきアーティストになったのだった。

このアルバムは、A面のうち4曲を坂本龍一、A5とB面はフランスのコンポーザー、ジャン・ミュジーがアレンジを担当しており、それぞれの個性が強く出た作りになっている。作詞・作曲はすべて彼女自身による。

「黒のクレール」は、本盤のテーマ曲ともいえるバラード。報われることのない愛の苦しみ、孤独感を歌った佳曲で、ター坊の数ある作品の中でも屈指の出来ばえだと思う。ストリングス、そして細野晴臣のベースがいい演奏をしている。

ター坊にまつわるモノトーンっぽいイメージは、主にこの曲から来ているのだろう。そのくらい、圧倒的な曲なのだ。

「色彩都市」は一転して、ハッピーで色鮮やかな世界を歌うポップな一曲。恋の始まりのウキウキした感覚が見事に描き出されている。

「ピーターラビットとわたし」は、当時人気急上昇中だったキャラクター、ピーターラビットをテーマにした愛らしい小曲。

ター坊の「かわいいもの」趣味が全面に出ている。ピーターラビットとわたしが「お隣りに住んでいる」という設定がユニークで、微笑ましい。女性リスナーからも人気が高い曲。

「Labyrinth」は、今でいう「中二病」的な指向性を先取りしたような、悪魔召喚、禁断の儀式がテーマの作品。ファンタジーを愛読するター坊ならではのナンバー。教授の妖しさに満ちたアレンジも、中二な人々のツボを押さえていてグッド。

「風の道」は、ミュジーの編曲による、バラード・ナンバー。言葉少なく語られる、「ふたり」の話。ふたりはどのような関係なのかは、聴くものの想像力に委ねられる。含意に富んだ、スケールの大きい歌曲だ。

ここからの6曲のため、フランス・パリまでター坊、そしてギターの大村憲司、ドラムスの村上秀一も同行し、初の海外レコーディングを行なったのだ。オーケストレーションが、まことに美しい。

「光のカーニバル」は、ヨーロッパ色満開のワルツ。

ター坊のヨーロッパ・サウンド指向はアルバム「ロマンティーク」(80年)に始まり「アヴァンチュール」(81年)を経て、この「クリシェ」のパリ録音で完成したといえるだろう。

ター坊の透き通るような声が、ワルツ・サウンドにこの上なくマッチしている。

「つむじ風〈tourbillon〉」は、明るくほっこりするような歌曲。アレンジもぴったりで、純正のシャンソンと言われても、そのまま信じてしまいそう。

「思ひ出〈memoire〉」は前曲とは対照的な、別れの歌。

ストリングス、アコーディオンの響き、そして淋しげなター坊の歌声に、胸を締め付けられそうになる。

「夏色の服」は、服とそれにまつわる恋の思い出を語る、これもまた感傷的な歌。

ミュジーのピアノの一音、一音が、聴くものの心に沁みていく。たとえ、恋することをとうの昔に忘れた人の心にも。

B面ラストの「黒のクレール(reprise)」は、ミュジーのピアノ、弦楽をフィーチャーしたインストゥルメンタル・ナンバー。歌詞なしでも、原曲の中に含まれる感情を完璧に表現している。

A1との最大の違いは、フェイドアウトせずにメジャーコードで終わっているところ。

たった3分でも、ひとつの映画を観終えたような充足感がある。さすが、映画音楽のマエストロである。

ター坊の描く純度の高い音楽世界はわれわれに、下世話な世間、煩雑な日常をいっときでも忘れさせてくれる。

悲しい、実りの少ない恋をしている人には慰めを、幸せな恋をしている人にはより一層の祝福を与えてくれる。

そんなミューズの化身、大貫妙子がこの国にいてくれることに、ただただ感謝。

<独断評価>★★★★☆


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