あの世とこの世のわかれ道
六道の辻
三途の川から魔界・冥土へと続く道
当寺が平安京の東の墓所であった鳥辺野に至る道筋にあたり
この地で「野辺の送り(のべのおくり)」をされたことより
ここがいわば「人の世の無常とはかなさを感じる場所」であったこと
小野篁が夜毎、冥府通いのため
当寺の本堂裏庭にある井戸をその入口に使っていたことによるものであろう
この「六道の辻」の名称は、古くは「古事談」にもみえることより
この地が中世以来より「冥土への通路」として世に知られていたことがうかがえる
六道珍皇寺HPより
前頁の「六波羅蜜寺」でも書いたので六道は割愛しますが
六道珍皇寺(ろくどうちんのうじ)では、地獄に通じる冥途の通いの井戸と
この世に戻ってくる時に使った黄泉がえりの井戸があるそうです
さらに「閻魔様」の正体を解き明かし、裁かれ地獄に落ちる「地獄絵図」も、、
残念ながら当日(2/19)はコロナ感染症対策中で開催中止でした
赤色の山門をくぐって境内へ
六道珍皇寺本堂前に三界萬霊供養塔
本堂
本堂の近くには
小野篁が冥途に通うために使った,
と伝えられている井戸があります
冥途通いの井戸は(残念ながら)
靴を脱ぎ、本堂右端の格子窓から遠目に見て撮影
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本堂右端の格子窓の壁に、掲げていたパネル写真2枚
冥途通いの井戸のようです
パネル写真①
パネル写真②
では、冥途通いの井戸について
平安時代前期の政治家・学者・歌人であった小野篁は
昼間朝廷に仕え、夜間は東山区の六道珍皇寺の井戸を入口として冥界へ行き
閻魔大王の臣として亡者の裁判を担当し
朝になると、右京区上嵯峨の福正(生)寺(ふくしょうじ)にあった井戸を出口として
この世へ戻るのを日課としていたという伝説があります
※本堂内部や石庭・冥途通いの井戸は、特別公開日に拝観することが出来ます
六道の辻でも気になった地蔵様
大石地蔵菩薩
近くの説明書によると、平安時代には、飢饉や疫病の流行により
鳥辺山にはいつも骸(むくろ)を荼毘(だび)に附す煙が絶えず
また、裾野一帯には火葬にすらできない人々の遺骸や髑髏(どくろ)が散在していたそうです
こうした人の世の無常とはかなさの光景を憂い
亡者の魂魄(霊魂)の弔いと冥界での往生を願った弘法大師空海が
六道の辻に身の丈七尺七寸(約2m3cm)の大きな石仏を一夜にして刻みました
右手に持っているのは錫杖(しゃくじょう)です
この世で迷い苦しみの世界にある衆生(しゅじょう)から地獄に堕ちた亡者まで
すべての救済のため、どこにでもこの杖をついて出向いて下さり
ときにはこの杖上部の金の輪を鳴らし、悪をも退け救っていただけるそうです
しっかり拝んでおけば、願い事を聞いてもらえ、苦しみからも救ってもらえそうです
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