「記者クラブは新人記者を養成するのにいい」という珍説を見た
記者クラブはよく批判の的になるが、ひさしぶりにツッコミどころ満載の文章を読んだので紹介しよう。共同通信の小池新氏「マスコミを勧めない理由」だ。
おどろいたことに小池氏は、記者クラブは新人の研修制度として機能すると考えてるらしい。ちょっと長いが一部を引用しよう。
「取材や記事の何たるかを全く知らない新人でも、そこ(松岡注・記者クラブ)に投げ込めば、同じ会社の先輩だけでなく、同業他社の記者たちがよってたかって教えて(時にはしかったりバカにして)くれる。そこに1、2年いれば、一応記事が書ける程度には「養成」してくれるシステムだった」
共同通信てのは個人的な体験でいえば印象最悪なんだが、そっちのエピソードを書いてたら別の話になっちゃうんでここでは置く。
さてまずガクゼンとするのは、新人教育に対する認識だ。これじゃあまるで人を育てるのは大変だから、記者クラブにでも放り込んでおけとでもいわんばかりだ。
「(記者クラブという名のエディタースクールが機能しなくなった)今、記者はほとんど自分の力で独り立ちすることを求められる」だって? そんなモン、どんな仕事だって当たり前の話ではないか。釣りじゃないのか? これは。
新人の養成とか記者クラブそのものについて、こんな旧弊で貧困な認識しかもっていない人が「あの」共同通信にいるんだからまったく驚かされる。
そもそも「取材や記事の何たるか」なんて、手取り足取り人から教えられて身につけるもんじゃない。そんなものは「自分の頭」で能動的に考えるんだよ、自分の頭で。まったく。
私も御多分に洩れずクラブにいた
で、今回は反駁するために、私の個人的な体験のオンパレードになっちゃうかもしれない。とはいえ具体例を出すには自分の体験を書くしかない。その点、ご容赦願いたい。
私がまだ会社勤めをしていたころの話だ。ご多分にもれず私も20代の中ごろに、○○省のクラブにブチこまれた。結論からいえば、あのクラブ生活が私に「取材や記事の何たるか」を教えたなんて事実はタダのひとつもない。
もちろん学んだことはある。官僚とはいったいどんな論理で動くのか? いまの官僚システムがいかに動脈硬化を起こしているか? 記者クラブ制度が記者をいかにダメにするか? 大きく分けると学習したことは3点だ。
こういうのは内部に入らないと、なかなかわからない。その意味じゃ貴重な体験をさせてもらったとは思っている。
もっとも私は当時まだ若く、世の中がどんなシステムで動いているかをわかってなかった面はある。
たとえば私は中央省庁のクラブにいながら、まず革靴を履いてなかった。いつもスニーカーだった。これには私なりの論理があった。
「記者は歩いてナンボの商売だ。だったら疲れやすい革靴よりもスニーカーのほうがはるかに合理的だ。だいたいオリンピックの短距離走やマラソンに、ハイヒールを履いて出るバカはいないだろう。みんな走りやすいシューズを履くじゃないか。おれがスニーカーを履いてるのはそういう理由だ」
ある意味、これは若さゆえの「へ理屈」だ。だが当時の私は自分の考えをかたくなに貫き通した。
そして第二に、私はクラブにいながら、ネクタイを締めたことがほとんどなかった。もちろん対面取材をするときや、よっぽど「あらたまり意識」をもつべき場所に出る以外は、完全にノータイだった。理由は同じくネクタイをする合理的な理由が見当たらなかったからだ。
さらにとんでもないことに、私はクラブ詰めの記者だってのにチノパンをはいていた。チノパンといっても柔らかい業種の勤め人がはくようなビジネスライクなやつじゃない。もっとド・カジュアルなシロモノだった。
おまけに私は99%、上着も着てなかった。これも合理的じゃないと考えたからだ。
スニーカーとチノパンを履き、いつもノーネクタイで上着は決して着ない、クラブ詰めの記者。こんなやつは、そうはいない。まあそういう意味では、私はほりえもんさんと同種の人間なわけだ。
ただし彼は「それが許される業種」の人間だが、私の場合は官庁のクラブ詰めである。当然、周囲からの風当たりははなはだ強い。だが私は自分の信念を絶対に曲げなかった。
「あれは間違っていたなぁ、若かった」と後で気づいた
もっとも一定の年齢をすぎて過去を振り返り、「ああ、若かったよなあ。おれはまちがってたな」とニガ笑いする程度には成長もした。それがいかに若気の至りだったか、理解できるようになった。
また、たとえ記者クラブに閉じ込められていても、やり方によっては充分にクリエイティブな仕事ができることもいまではわかっている。
いや当時の私は、とにかく意味のない既成概念をブチ壊したかったわけだ。
もちろん夏の30度を越す暑い日に、上着やらネクタイをして人と会うのはナンセンスだ、って考えはいまでも変わらない。
じゃあなぜ自分は「まちがっていた」と思うのか? 理由は機会があったらあらためて書こう。たぶんみなさんの想像とはちがう答えだ。
で、そんな出で立ちをしてることからもわかる通り、私は「取材や記事の何たるか」を人に教えてもらおうなんて考えたことは一度もない。
もちろん人からいろいろ盗んできたし、自分の脳みそを使ってさんざん考えたが、「教えて下さい」なんて発想はカケラもなかった。
実際、クラブ詰めの先輩記者から学ぶことなんてほとんどないのだ。唯一、あるとすれば、「おれは絶対にああいうふうにはならないようにしよう」という反面教師としての意味だけだ。とにかく私はあの鳥カゴから逃げ出す算段ばかりしていた。
冷房のきいたクラブに1日詰めているのとはちがい、夏場に外回りをするのはきつい。朝から晩まで取材して帰社すると、Tシャツがまるで水浴びしたみたいに汗ぐっしょりになっている。そこで私はもどると必ずトイレに入り、Tシャツを着替えていた。
いままで着ていたTシャツを絞ると、バケツにつけたぞうきんみたいにボタボタと大量の汗が落ちる。そのしたたり落ちる汗のぶんだけ、「取材や記事の何たるか」について、私は今日も「自分で」学んだわけだ。
自分の頭で能動的に考えず、だれかに「教えてもらおう」なんてやつはマスコミに限らず何をやってもだめだ。「リアクション・サッカー」ってのはそれはそれでおもしろいけれど、リアクション・人生じゃあ「ちょっとなあ」だろう。
官僚の尊大さには参った
これだけじゃナンだから、クラブにいて自分で学んだことをいくつか書こう。ただし具体的にまんまを書くとアレなので、抽象的な表現にとどめておく。ひらにご容赦を。
さて私が当時いた新聞社はあるイベントを主催し、毎年、開催していた。その後援だか協賛だか「開催にあたってのご挨拶」だかを、○○省に毎年依頼していた。
で、たまたま私が○○省のクラブにいた時期にイベントが開かれることになったので、省内の担当部署のおえらいさんに挨拶に行くことになった。「今年もよろしくお願いします」ってわけだ。
そのおっさんはハナから態度が尊大で、まるでお殿様が下々に施しをするように「○○省の名前をめぐんでやってる」みたいな官僚意識が丸出しだった。
まあそこまでならまだ許せるが、こともあろうにこのおっさん、話のついでに私の会社をある理由で侮辱する言動をした。コトここに至って、もうあたしゃ完全にキレました、ええ。
「わかりました。もう頼みません。今年はお宅の省は抜きでやります」
そう言い捨てて、とっとと帰ってきた。もちろんそんなことを決める権限は私にはない。さて困ったのは会社のほうだ。
例年通り、そのイベントに○○省が絡まないことにはハクがつかない。そこでウチの上役が私のところに連絡をよこし、もう1度おっさんのところへ頼みに行ってくれという。
冗談じゃない。私は上司に何があったかを細かく話し、おっさんが先にわびを入れるならともかく、自分は絶対に頭を下げる気など毛頭ないと説明した。
で、進退窮まった私の会社が何をやったか?
ウラから手を回し、政治家を動員したのだ。
そこから先は、私は直接関知してないから無責任なことは言えないが……要は某政治家を○○省のおっさんのところに派遣したのである。
するとおっさんはビビり上がってたちまちこめつきバッタと化し、「自分の不徳の致すところ」をわびたらしい。かくてイベントは会社の目論見通り、○○省のお墨付きと相成った。
なるほどこれが世の中のしくみか?
まだ大学を出て数年しかたってない私は思ったものだ。官僚は政治家に圧倒的に弱い。その後、似たような場面には何度も遭遇した。
某局長の「制度改革」を業界利権のため自民党がぶち壊した
たとえばこんなこともあった。○○省のエースと目されていた某局長が、ある業界の補助金制度を見直そうと考えた。その補助金制度は、活用すれば業界側に圧倒的に有利に働く。そこで規制を厳しくし、利権の構造を変えようというわけだ。
すると業界団体が寄ってたかって局長の策動をつぶしにかかった。最後は自民党の○○委員会を動かし、一大反対キャンペーンをくり広げる始末だ。
そのとき現場で取材していて感じたのは、「ああ、正しいこと」ってのはこんなふうにつぶされていくんだなあ、という一種の感慨だった。これも世の中のメカニズムのひとつである。
こんなふうに自分の足で取材し学んだことは多々あった。でもくり返しになるが、クラブで先輩記者から「書くこととは何か?」とか、取材のあり方について教えられたことなんて何ひとつない。
もっとも自社他社を問わず、先輩記者はひとクセもふたクセもある人間的におもろいおっさんが多く、人間の味やらおもしろさについてはいろいろと伝授された。
むしろ教えられるという意味では、私は取材相手から学ぶことのほうがはるかに多かった。
記者生活数年にすぎない私の取材に対し、紳士的で示唆に富む応接をしてくれた方がたくさんいた。私は取材対象である彼らに育てられたと思っている。この点に関しては今でもとっても感謝している。
まあそんなわけで「記者クラブが新人を育てる」という珍説には、大いに笑わせてもらった。小池氏には今後も第2、第3の壮大な釣りを期待したいものである。
んで、これも常々書きたかったことだったりして(笑)
最近、多くの人間の意識って、こんな感じが多いですよね。
周りが何かしてくれることが当たり前、って言うやつです。。
自分で何か、やらにゃアカンってならない、っていうかなれないっていうか。
で、こういう人間って「ほりえもんに見るメディアリテラシーの憂鬱」のコメントに書かれた、「セルフ・リテラシー」が働きませんね。
人が言ったことをなぞるだけなんで、自分のやってることは間違ってないのか、なんて考えませんから。
自分は、堀江支持の人間って、まさにこういう人たちが多いと思ってるのです。
物を掘り下げて考えることなんかしない人達ですから、堀江氏のような一貫性のない主張ですらシビレちゃうんでしょう(笑)
>高田さん
こちらこそ、今後ともよろしくお願いします。
貴ブログ、興味深く拝読しております。
こうしてコミュニケーションを取れること、
とてもうれしく思っております。
>とらぴんgさん
そうですねえ。
厳しく言えばセルフ・リテラシーの欠如なんですが、
まあ、ほりえもんさんを支持する人の気持ちもわかるんで
これについては回をあらためて書こうと思っております。
またよろしくお願いします。
かなり、思うところが重なります。
特に下記のご指摘、本当にそう思います。
取材相手から学ぶことのほうがはるかに多かった。記者生活数年にすぎない私の取材に対し、紳士的で示唆に富む応接をしてくれた方がたくさんいた。私は取材対象である彼らに育てられたと思っている
今後とも、よろしくおつきあいをお願いします。